世界一の大組織、神羅カンパニー。
 大地や大海深くに流れる星のエネルギーを効率よく抽出し、人々の日常生活に多大な益をもたらせる技術を開発してその名を世に馳せたのは、現・神羅組織の社長の曽祖父。
 以後、世襲として現社長のプレジデントが巨大組織を仕切っている。
 次代は必然的に1人息子のルーファウス。
 しかし、プレジデントはまだ壮年のかかりに入ったばかりで息子がその跡を継ぐのは10年以上先と言われている。

 そのプレジデントの誕生パーティーは、まさに世界中の注目の的であった。
 パーティーの規模たるやそうそうたるもので、あたかもこの星の支配者の様相を呈するほどになると専らの前評判であり、誰もそれを疑わなかった。

 そして今、その前評判は正しかったのだと立証されている。





Fantastic story of fantasy 13






「……」
「………」
「ちくしょう、本当ならよぉ」

 暗雲が垂れ込めているかのような雰囲気が店内を圧している。
 その中、一番重い空気を醸し出しているバレットが、拳を戦慄(わなな)かせて堪らず呻いた。
 が、すぐに全方位から仲間たちの白い目がぶつけられ、言葉途中で押し黙る。

 今、アバランチの面々はセブンスヘブンの店内でテレビを見ていた。
 ある者は憤りに肩を震わせ、またある者は不貞腐れた様子でテーブルに頬杖を着きながら、画面の中でにこやかに手を振るプレジデント神羅へジトリとした目を向けている。
 散々悔しがり、神羅への憎しみをぶちまけて疲れきった仲間たちの様子にヴィンセントは注意深くその場の雰囲気に気を配っていた。
 いつ、血気盛んな仲間たちが突っ走らないとも限らない。
 しかし今のところ、エアリスの『誕生パーティーに乗じて襲ってくる反・神羅組織を一網打尽にするために罠が張られている可能性が高すぎる』という発言が功を奏しているようで、仲間たちは誰も反対を押し切って強硬手段に出ようとはしていなかった。
 それぞれが思い思いに腰をかけ、テレビ画面へ視線を注いでいる。
 テレビでは、まさに豪華絢爛そのものの誕生パーティーの模様が映し出されていた。
 豪奢な装いの内装が施された巨大なホールで執り行われているその式典は、全世界からお祝いに駆けつけた各種の知名人、有名人の豪華な顔ぶれで溢れている。
 パーティーの規模の大きさを興奮気味のリポーターが早口、高い声で伝えるているのが不快にメンバーの耳を打っていた。

「…やってらんねえぜ」

 ボソリ…とシドがこぼした。
 苛立ちを散らすために大きく息を吐き出す彼をバレットのときとは違って誰も咎めなかった。
 代わりに、賛意を示すかのようにユフィも息を吐き出す。

「本当に忌々しい」

 ジェシーが心底悔しそうに呟く。
 テレビカメラが先ほどから映しているのは、豪華な料理、祭典を盛り上げるための各種パフォーマンス、お祝いに集まっている有名人たち、そしてご満悦な様子のプレジデントとその息子、ルーファウスなどなどだ。
 だが、ジェシーやアバランチの人間が悔しがっているのは、その豪華絢爛な様子ではない。
 中継が始まった頃、一瞬だけカメラが映し出したものと、今、こうして歯噛みしながら憎むべき敵のご満悦な様子を見るしか出来ない状況を悔しがっているのだ。
 今はこれっぽっちも映されていないが、中継が始まった直後に一瞬だけ映し出された光景は、この場にいる全員がしっかりと見ていた。

 プレジデントへの反感を持っている一般人たちが口々に何かを叫び、抗議らしき文句の書かれたプラカードを掲げている姿と、それを追いやる警備員たちの様子である。

 勿論、誕生パーティーの会場となっているホールには招待状を持っていない人間は入れないので抗議のデモを起こしている人間は会場となっているホール周辺に集合していた。
 そのデモ隊を、パーティーの規模を伝えようとホールの外を映したカメラがうっかり映してしまったのだ。
 今、テレビが映しているのは白々しいほどプレジデント神羅贔屓な映像のみ。
 それが何を教えるかと言えば1つだけ。

 神羅の力がいかに世界中に影響を及ぼしているかということ。

 どのチャンネルもプレジデントを祝すことしか放送していない。
 アンチ的立場の人間などまるでいないかのような世界が画面の向こうに広がっていた。
 通常、ある程度の有名人のパーティー等々の中継の際、SP(護衛)がどうこう、厳戒態勢云々がある程度の規模で伝えられ、その人物や組織の力を世に誇示する。
 しかし、今、TVで流れる映像には一切そういったものがない。
 厳戒態勢にあることは世界中の人間が想像しているだろうに、その想像しているものを映像としてリポーター達が伝えない理由は、神羅がシャットアウトしているからに他ならない。
 これでは、ある程度の前情報のみから立てた予想以上の情報を入手することは困難だ。

「神羅の奴ら…、どんだけ厳戒態勢なんだってんだ」

 口汚くビッグスが罵った。
 世界中に潜んでいる反・神羅組織が付け入る隙などまるでない、と言わんばかりの影響力を見せ付けられては不貞腐れたくもなる。
 その隣では、ぽっちゃり体系のウェッジがティファお手製のハムの燻製をつまみながら「腹が立ち過ぎたせいかなぁ、もうこれ見ても何にも感じなくなったよ」と、遠い目をしながら空笑いを浮かべている。
 さらにその隣に座っているジェシーは、ティファお手製のカクテルを口に運びつつ、アバランチのメンバーの中で唯一熱心な視線を画面に向けていた。

「このカメラマン、最初はあんまり良い腕してないと思ったけど、途中で他の人に代わったのかしら〜?なんか急に、神羅側からの映りになった気がするのよねぇ〜」

 ブツブツ言いつつ、手元のメモにペンを走らせる。
 どうやら、テレビから得られる数少ない情報を元に、今後の対策に役立てようとしているらしかった。
 一番、堅実的な考え方と言えるだろう。
 その彼女の足元では、見事な赤い毛並みの隻眼の獣が炎の灯った尾を揺らしながら興味深そうにテレビを見上げていた。

「なんか、神羅の兵隊さんにも陽気な人がいるんだねぇ」
「あん?どいつのことだ?」
「あ、シド。ほら、さっき右の端っこに映ってた〜……あ、カメラさん、わざわざ戻ったんだ。ほらこの人」

 前足で画面を指すナナキにシドは頬杖を着いたまま「あ〜…確かになぁ…」と頷いた。
 後ろに撫でつけ切れなかったツンツンとした黒髪を持つ男が、ニコニコ笑いながらテレビカメラに向かって手を振っている。
 中々に整った顔立ちをしているのに、お調子の良い態度のせいで軽い奴に見えてしまうのが珠に瑕(きず)と評するべきだろうか。
 神羅の隊服を着用しているので神羅兵と一目で分かるのだが、他のしかつめらしい顔をした兵士がずらりと並ぶ中、彼だけはそこらへんにいる陽気な兄ちゃんにしか見えず、敵だと言うのに何故か好感が持てる男だった。

「なんか…緊迫感のない人だね」
「あんなんばっかだったらアタシたち、楽勝よねぇ」
「にしてもよぉあの兄ちゃん、隊員の中では偉いさんってやつじゃねぇの?」
「「なんで?」」

 図らずも声を揃えたユフィとナナキに、シドは顎に手を添えて軽く首を傾げている。

「ずらっと並ぶ隊員たちの前にただ1人立てる隊員、ってそういうことじゃねぇか?」
 それに、誰も注意しようとしないし…。というシドの説明にユフィとナナキは顔を見合わせて画面に目を戻した。
 確かにそうかもしれない、とマジマジ見ていると、
『それでは、ここで隊員さんにちょっとお話をお聞きしましょう』
 と、美人リポーターがそのお調子者隊員へマイクを向けた。
 今回の式典で苦労した点や今後の神羅の発展等々、当たり障りのない質問を興奮した口調で訊ねている。
 警備中と思われる隊員へ声をかけるとは少し信じ難い気もしたが、マイクを向けられた隊員はにこやかに答えた。

『まぁそうですね。これからの世界情勢に大きく関わってくることは間違いないでしょう』
『そうですか。ところで隊員さんは普段、どなたを警護されているんですか?』
『警護の対象は勿論、非戦闘員、つまり一般人の皆さんですよ』

 ウソをつけ、と突っ込みたいのは山々だが、にっこりと笑った笑顔が眩しい。
 邪気のなさ過ぎるその笑みは、本当に彼が神羅に属する人間なのか疑ってしまいそうになる。
 しかし。

『お姉さんも俺にとっては警護対象ですからね。どうです?個人警護と言うことで俺のこと、指名しません?』
『まぁ!本当に!?』
『勿論。お姉さんは美人だから、警護の報酬はデート1回ってことで』

 ユフィ、ナナキ、それにシドはなんとも言えない顔でジトッとした視線を画面へ注いだ。
 ユフィたちの会話に入っていなかった面々も同様の白けた表情を浮かべている。
 唯一バレットが「けっ!あんな見るからに軽そうな男ばっかでなくても、俺様とこの相棒(義手)で蹴散らしてくれるぜ!」と苛立ち紛れに”がなって”いた。

「はいはい、バレット分かってるから、今回は我慢ね〜」

 ほほほ、と表現するしかない乾いた笑い声で宥めるエアリスの顔が引き攣っていたように感じたのはヴィンセントの気のせいではないだろう。
 さらに、なにやら小さく「ザックス…、覚えてなさい」と恨み言を聖女が呟いたように聞こえたのだが、恐らくこれも気のせいではない。

(…まさかエアリスの言っていた男があいつとは…)

 先ほど、『隊員たちの前にただ1人立てる隊員は偉いさん』というシドの解釈を耳にするまで、テレビの中へ興味がなかったヴィンセントは、ここ数日、それぞれの理由で重苦しい雰囲気を醸し出す仲間の様子を伺っていたのだが、目を向けた先に映っていた黒髪の男に軽く驚いてしまった。

(相変わらず…元気そうだな…)

 まだヴィンセントが神羅にいた頃、やたらと明るい一般兵がいた。
 名前は知らないその一般兵は、陰鬱な雰囲気の兵士達の中ではとても浮いた存在だったのだが、本人は至ってマイペース、気にする素振りも見せなかった。
 同僚らしき兵士にやたらとかまっている姿を遠目に何度か見たことを思い出す。
 恐らく、あのマスクをかぶった一般兵がクラウドだったのだろう…。
 久方ぶりに見た青年の姿にようやっとはっきり分かった事実。
 それらに思わず目元を和らげてしまうが、エアリスの不機嫌そうな顔の向こうにある辛気臭い顔に気づき、つい溜め息が洩れる。
 1週間前にバレットが起こした騒動はなんとか皆の中で落ち着いてくれているらしいのだが、その騒動とは別の問題が浮上し、しかも泥沼化の様相を呈している…らしい。
 というのも、この場にいるはずの仲間の姿がないことが問題の大きさを如実に表していた。
 そして、この場にいる全員がその問題に触れないよう気を使っている。
 いつまでも見ぬフリは出来ないことを皆が分かっているのだが、誰もその話題に触れようとしない。
 仕方ないから知らないフリをしてやろう、と言う気遣いよりも、どう触れていいのか分からない、という方が正解だ。

 早いもので、クラウドがアバランチに入れて欲しいと突然口にしたあの日から丁度1週間が過ぎようとしている。

 神羅の兵士というだけではなく、最重要危険人物として位置づけられている”死神”だと告白したクラウドにエルダスが激昂するのも、アバランチへ迎え入れるなどどうしても認められないという主張もヴィンセントはよく分かるつもりだ。
 それに対し、どうにかしてクラウドを受け入れて欲しいというティファの気持ちも分かる。
 故郷を失った彼女にとって唯一、彼女の過去を知るはずの人物…しかも、ティファにとっては単なる幼馴染以上の存在の男。
 傍に居て欲しい、神羅という敵対組織から自分の属する組織へ移って欲しいと思うのはごく自然なことだろう。
 だが、だからこそ難しい。
 エルダスの気持ちは見ているだけで十分過ぎるほど深く、純粋な想いだった。
 知らなかったのは当の本人であるティファくらいだ。
 だからあの日、飛び出したエルダスの後を追ったティファが青ざめた顔で帰ってきたとき、ヴィンセントはあえて何も問うことなく彼女をそっとセブンスヘブンへ迎え入れた。
 おりしも雨脚が強まり、全身濡れ鼠で帰ってきたティファは、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
 だが、あの時は見ないでやることこそが思いやりだと判断し、顔が見えないようタオルを頭からかけて風呂場へ押しやったのだが、少し失敗したかもしれないとヴィンセントは今さらながらに案じている。
 ああいうとき、男と女の違いは大きい…としみじみ思う。
 男なら自棄酒に付き合うか、あるいは逆にあえてそっと見守ってやることが良いと言い切れる。
 しかし、女の場合はどうだったのか。
 1人で立ち向かわせるには少々荷が重すぎたのかもしれない…。
 仲間たちが大騒ぎをする前に、と階下へ降りたヴィンセントに、エルダスとティファが凄まじい勢いでセブンスヘブンを出て行った…と、ユフィたちは心配そうな表情を浮かべていた。
 2人が戻るまでの間にヴィンセントは”死神”という言葉は使わず、クラウドが神羅からの脱走兵であることや人体実験を受けていたこと、その後遺症が出て苦しんでいることや記憶が曖昧であることを掻い摘んで説明した。
 そのお陰でバレットをはじめ、メンバーの受け入れは上場だった。
 神羅の人間を受け入れられないとしてエルダスが飛び出し、ティファがそれを追いかけた、という具合に仲間たちは勝手に解釈して納得するのをヴィンセントはシラッとした顔で見守った。
 かなり掻い摘んだ説明ではあったが、ウソは一言も言っていない。

 事実の一部分を伏せているだけで…。

 興奮しきりのバレットはすぐさまクラウドの寝室へ向かおうとしたが、当然、それは仲間たちに止められた。
 わざわざエアリスの逆鱗に再度触れなくとも良いではないか、という説得にハッと我に返ったバレットは、ならせめて、神羅の情報収集をするべし、として雨の中飛び出してしまった。
 ユフィたちはイヤそうにしながらも、暴走するリーダーを放っておくことの危険性を認識していたため、ヴィンセントにエアリスたちの護衛をお願いする形でバレットの後を追った。
 そのせいで、ティファが戻ってきたとき店内に仲間たちは1人もいないと言う状況になってしまったわけだが、どのみちティファ自身も皆にバレないように裏口からこっそり戻ってきたので、店内に残っていたとしても仲間と顔を合わせることなく自室へ引っ込んだことに変わりはないのかもしれない。
 一番適任なのはエアリスだったのだが、クラウドの治癒に入っていた彼女は手が離せなかった…。
 だから、誰も適任者がいなかったのだが、それでもやはり、誰か気心の知れた人間をティファの傍にやるべきだったのかもしれないというほんの少しの後悔が胸に小さな鉛となって転がっている。

 今、この場にいないクラウドとティファを、エルダスがどう思っているのか…。

 プレジデント神羅の誕生日記念式典の混乱に乗じ、猛攻撃をかけるというバレットの強攻策を却下することに成功しているのに、別の意味でアバランチは存続の危機に直面していた。


 *


 階上から聞こえてくる賑やかなテレビの音に、ティファはサンドバッグに繰り出そうとしていた拳を止めた。
 大人の身体ほどもある大きなサンドバッグが軋みながら顔面すれすれを通過する。
 鬱々とした気分で戻ってきたサンドバッグの動きを止めると、背を向けて汗を拭いた。

 いつまでも彼に向き合わず、逃げているのは良くないと分かっている。
 しかし、一体どんな顔をしてエルダスのいる場に立てば良いのか分からない。
 深い溜め息を吐き、ティファはリングコーナーのロープに背を持たれかけさせて天井を仰いだ。

 セブンスヘブンの地下にある広大なトレーニングルーム。
 そこは、反・アバランチメンバーが日々の鍛錬に汗を流すための空間だった。
 手作り感の溢れるのセブンスヘブンの店内からは想像出来ないほどしっかりとしたその地下施設は、セブンスヘブンが爆撃を受けたとしても地下のここは難を逃れることが出来る造りとなっている。
 トレーニングするための設備も充実していた。

 ランニングマシーン、各種ダンベル、射撃場にソードでの鍛錬ルーム、等々。
 世界各地に点在している反・神羅組織との連絡を取るのもこの地下施設だ。
 もっとも、今は妨害電波は勿論、電波を傍受されているため滅多にネットルームを使うことはなかった。

 広いトレーニングルームでたった1人、こうして鍛錬すること自体、ティファにとって珍しくない。
 しかし、今、こうして1人で広い空間にポツリといると、どうしようもない寂寥感に襲われてしまう。
 だが、どんな顔をして皆の前に行けば良いのか分からない。
 部屋で休んでいるクラウドのところになど、もっと行けない。
 だから、1人で雑念を振り払うように一心不乱に身体を動かしていた。
 しかしそれも、所詮は一時の気休め的な行為に過ぎない。
 少しでも集中力を欠いてしまうと途端にやる気が削がれてしまい、あっという間に気分が急降下してしまう。
 そうして思い出すのだ。

 ―『ティファ、頼むからもうあいつのことでそんなに必死になるのはやめてくれ』―

 彼らしくない掠れた弱々しい声音。
 切なげに…、苦しそうに眇められた瞳。

 ―『俺はずっとティファを見てた。ずっと…ずっとだ』―

 あんな風に切なさと恋慕、そして嫉妬で歪んだ顔をする人間を、これまでの人生の中でただの1度も見たことがない。

 ―『俺は…本当はずっと、アバランチから抜けて欲しいと思ってた。復讐なんかに人生を費やすのではなくて、もっと普通の…、女としての人生を歩いて欲しかった。そうして幸せに生きて、笑って欲しいってずっとずっと思ってた。でも、言わなかった。なんでか分かるか?』―

 吐息がかかるほど顔を寄せられて、初めて彼がどれだけ苦しんできたのかに気づいた。

 ―『ティファにとって、神羅に復讐することを諦めることは幸せに繋がらない、そう思ったからだ。復讐さえ果たしたら、きっと普通の幸せを手に入れることが出来る。だから、そのためにも一番傍でティファを守ってやろう、そう誓ったんだ、自分自身に。でも…』―

 その言葉の直後、息を呑むほどの強い力に抱きすくめられ、ティファは初めて自分は”女”で、彼は”男”なのだと知った。


 ―『他の男に譲るために今まで思いも告げず、傍にいたわけじゃない!!』―


 心臓がドクリッ!と大きく跳ねた後、信じられないくらいのスピードで脈打ったのも…人生で初めてのことなのかもしれない。
 そして次の瞬間、言葉に出来ないほどの罪悪感に襲われたことも人生で初めてだ。

 思い切り突き飛ばし、震える身体を抱きしめながら後ずさったあの時に見た彼の傷ついた顔。
 それは今でもティファの心に深い爪痕を残している。
 ティファにとって、エルダスは良き理解者であり、良き仲間であり、そうして兄のような存在だった。
 神羅への憎しみはお互い同じくらい深いのに暴走しかける自分をいつも冷静に引きとめ、諭してくれる頼りになる存在…。
 安心して背中を預け、目の前の敵に集中することの出来る存在だった。
 それなのに…。

「サイテー…」

 しゃがみ込んで膝を抱える。

 エルダスの想いに全く気づいていなかったわけではない。
 もしかして…、と思ったことは正直今までに何度かあった。
 しかし、そのたびにティファは幼い頃に抱いた淡い恋心の話しを思い出話として語り、少年がもしかしたら生きているかもしれないということや、生きていて欲しいということをそれとなく口にしていた。
 そうすることで、エルダスが仲間意識以上の感情を抱かないようにと思ったのだ。
 事実、最近では彼から恋慕のような眼差しを感じることはなく、彼が神羅への復讐にのみ意識を向けてくれたのだと思っていた…。

 結局、彼の方が自分よりも何倍も大人だったことが今回のことではっきりした。
 あんなに激しく強い想いを胸に抱いたまま、ずっと傍にいてくれたとは…。
 自分には無理だ、とティファは思う。
 抑え切れない溢れんばかりの想いを胸に抱いたまま、想い人が別の人間を見つめているそのすぐ傍に居続けるなど…。

「私には……無理…」

 膝を抱えたままくぐもった声を洩らす。
 胸が焼け付くほどの痛みを覚え、ジクリジクリと疼きをもたらす。
 瞼の裏に蘇る人影がエルダスから金糸の髪を持つ青年へと変わる。
 あんなに会いたくて、会いたくて、ようやっと会えた彼はティファのことを忘れ、すっかり別人になっていた。
 しかし、根底にあるのは間違いなく幼馴染の少年だった、
 思いがけずセブンスヘブンで再会してから3日後。
 食事をほとんど摂らない彼のために、ティファが痛む脇腹を誤魔化しながら盆を持って訪れたとき、クラウドはいつものように『お前なんか知らない』と言わんばかりに無視を決め込んでいた。
 ベッド脇のテーブルに食事を置いても素知らぬ顔をして背を向けるクラウドに、ティファは震える声でクラウドの名を呼ぼうとしたとき、エアリスがベシリッ!とその後頭部をはたいた。

『子供みたいなことしないの、クラウド!ティファったらまだ体調良くないのに一生懸命作ってくれたのよ、失礼でしょ!』

 まるで小さい子供を叱りつける母親のような彼女に、クラウドは目を丸くして見つめていたが、やがてバツの悪そうな顔をして、
『……ごめん…』
 小さな小さな声で一言、謝った。

 そのとき、ティファの中でクラウドとの思い出が新しく蘇った。
 やんちゃ坊主だったクラウドはよく彼の母親に怒られていた。
 彼はいつもバツが悪そうに顔をフイッ、と背けたままボソリ、と謝ったものだ。
 いつまでも母親に頭が上がらないその姿が、幼いながらもティファにはとても微笑ましく見えた。
 その姿とエアリスに叱られた姿が重なった。
 ティファはクラウドの根底には彼らしさが残っているのだと確信し、泣きそうなほど嬉しかった。
 しかし、同じくらい切なくて、苦しくて、締め付けられるほどの痛みに襲われた。

(なんで?)

 そう詰って、泣き叫びたくてたまらなかった。
 どうしてエアリスにはそんなに心を開いているの?と、大きな声で喚きたかった。
 確かに、エアリスがいなければクラウドは神羅の実験による後遺症から救われることは出来なかっただろう。
 しかし、それでもどうしても受け入れられなかった。
 幼い頃の大切な時間、宝物のような思い出を共有しているのは他でもないティファだけのはずなのに、その大切な大切な時間を忘却の彼方へと追いやり、頑として受け入れようとはしてくれない。
 それなのに、出会ってからまだ数日しか経っていないはずのエアリスには彼らしさを見せている。
 そればかりか、時折、穏やかな眼差しを彼女に向けていることにも気がついた。

 悔しくて、悲しくて、辛くて苦しい。
 嫉妬でどうにかなりそうな経験など、ティファは初めてだった。
 だから…ますます周りが見えなくなるほどティファはクラウドしか見えなくなった。

 どうしたら思い出してくれる?
 どうしたらその穏やかな眼差しを向けてくれる?
 どうしたら…心を開いてくれる?

 出来ることなら、エアリスではなく自分こそがクラウドの看病をしたかった。
 しかし、その役目は神羅の実験による後遺症に苦しむクラウドにとってエアリスだけが唯一許された大切な役目。
 他の誰も、彼女の代わりになることは出来ない。

 そうして、ティファの目の前でクラウドはどんどんエアリスへ心を開いていく。
 いくらティファが頑張って声をかけても、故郷の料理を作っても、少しもクラウドはティファを見ない。

(このまま、クラウドがエアリスを愛してしまったらどうしよう…!?)

 いつしかそんなことにまで想像が膨らんでしまうようになった。

 その時だった。

(イヤ…、絶対にイヤ!)

 激しい嫉妬、締め付けられる焦燥感、そして……大切仲間であり、親友でもあるエアリスへ強い敵対心を抱いた瞬間、ティファは擬似痛から解放された。
 擬似痛。
 身体の傷は治っているのに、脳がその当時の記憶を忘れることが出来ず、痛まないはずの痛みを覚えて動作や日常生活に支障を及ぼす症状。
 エアリスの治癒により、脳が混乱している…と言ったほうが良いのかもしれない。
 その脳の混乱を払拭してしまうほどの激情に駆られて、ティファは擬似痛を克服した。

 そうして、そのお陰でクラウドの看病の補佐を正式にエアリスへ申し出ることが出来たのだ。
 それなのに、その日のうちにエルダスとあんなことになるとは夢にも思わなかった…。

 たった数日。
 たった数日だ、クラウドが他の女性を見ていることに嫉妬したのは。
 しかし、エルダスは違う。
 もっともっと前からティファの傍にいて、ティファが語る幼馴染の少年の話しを微笑みながら聞いてくれていた。
 あの微笑の裏でどんなにか辛く、苦しい思いを味わったことか…。

「…ごめんなさい……ごめんなさい…」

 その苦痛を味わわせていたのだが他でもない自分であるという事実に、ティファは膝を抱えたまま蹲るしかなかった…。
 そのときだ。
 衣擦れの音がして誰かがトレーニングルーム入り口に現れた気配がする。
 ハッと顔を上げたティファは目を見開いた。
 戸口に現れたその人物も驚いて目を見張っている…。

「……クラウド…」

 ティファの声がコロリ、と殺風景な床に転がった…。






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