巨大組織、神羅。
 その強大な力は全世界を確実に制圧しつつあるが、ここまで絶大な力を手にするまでに様々な争いがあった。
 神羅の危険性に気づき危険視している者たちとの戦いである。
 彼らの力は神羅に敵対するには非力なもので、神羅が誇る”英雄”を始め、世界最先端の武力を前にとても太刀打ち出来るものではなかった。
 故に、彼らは個々のグループ力を合わせ、神羅の抑止力としての存在になり得ることが出来るよう、世界各地で神羅の動向を探り、時には妨害工作を仕掛けていた。
 神羅がこれに黙っているはずがない。
 ありとあらゆる力を駆使し、己に敵対する者たちを排除して今の神羅がある。
 その排除された数多あるモノの中には、村という規模も少なくなかった。
 一番最初に犠牲になった村。
 それが…。


 ニブルヘイム。





Fantastic story of fantasy 15






 スラムの狭苦しい路地から一歩踏み出すと、そこは世界そのものが変わったかのような賑わいに溢れていた。
 空は相変わらずどんよりと厚い雲に覆われているというのに、人々の表情はどれも明るく、活気に溢れ、誰もがお祭り騒ぎを楽しんでいる。
 紙吹雪が至るところに舞い、笑い声と騒々しい音楽が鼓膜を打つ。
 煌びやかなパレードが広い大通りを練り歩き、人々が歓声と拍手を送る。
 屋台が並び、誰も彼もがプレジデント神羅の式典にあやかっていた。
 これほどの人間がどこにいたのかというほどに人で溢れ返り、ティファの足はたちまちのうちにその動きを止めざるを得なくなった。
 歯噛みしたいほどの苛立ちと、これほどまでの力を持っている敵への憎悪で頭がガンガンとする。
 忙(せわ)しなく首を廻らせ、開けた場所を探すが中々見つからない。
 少しでも身体を割り込ませることの出来る空間へ我武者羅に突き進み、とにかく高い建物を目指す。
 途中、何人かを突き飛ばして非難の声を浴びたが全く耳に入ってこなかった。

 ようやく辿り着いたその建物は、赤茶けたレンガ造りの少し背の低いアパートだった。
 裏へと回り、辺りを見渡して人の目がないことを確認するや否や、一気に跳躍する。
 出窓の柵に片足を乗せることに成功するとそれを足がかりにまた跳躍。
 ほんの3回の跳躍だけで彼女はアパートの屋上へと辿り着いた。
 路上の賑わいは当然屋上まで届いていたが、人の波はパタリと止んだ。
 怒りに駆られて走るティファにとっての障害物が消えてなくなった瞬間、彼女は屋上伝いに走り出した。

 屋上にも数人の人間がパレードやお祭り騒ぎを見学するために上っていたが、そもそも式典の最中、大体どの建物も屋上は封鎖していたため、数人の人間はメディア関係者だったり不法に侵入している者たちだけだった。
 そのことがティファにとって追い風となったのかどうか…。
 彼らは突然現れて疾走する女の姿にあんぐりと口を開けるばかりで、立ちはだかろうとするものはおろか、手にしているカメラを向ける余裕さえなかった。
 それはメディアのカメラマンも同様で、我に返ったときには既にティファの姿を捉えるには遅すぎた。

 ティファは建物が続く限り屋上伝いに突き進んだ。
 建物が途切れたときには仕方なく路上の人間を気にしつつ裏通りへと舞い降り、また疾走を繰り返す。

 既に息は上がり、鼓動はバクバクと激しく胸を打ち叩いている状態で、とてもじゃないがまともに戦えるコンディションではない。
 しかし、胸中を荒れ狂う激情の波に飲み込まれているせいでその事実に気づかない。
 網膜に張り付いて消えない”英雄”の姿に我を忘れて爆走する。

 許せない。
 許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない!!

 村を真っ赤に染め、業火に投げ込んだあの男を絶対に許せない!
 大好きだった小さな教会、美味しい料理をご馳走してくれた小さな小さなレストラン、そして村にたった1つしかない思い出の給水塔。
 素朴だけど優しかった村のみんな、それに……パパ。

 父親の身体に刻み付けられた深い斬り傷。
 その傷から止まることなく溢れ流れる鮮血と、虚ろな目を虚空に投げたままの……死に顔。
 忘れたことなど1度もない。
 クラウドがセブンスヘブンに現れてくれたあの時からだって、一日足りとも忘れなかった。

 それらの光景が鮮烈に蘇る。

 目が潤むのは決して悲しみではない。
 胸が締め付けられてどうしようもないのは敵に返り討ちにされるかもしれないと言う不安ではない。

 全ては神羅への憎しみと憤り、抗いがたいほどの破壊衝動によるものだ。

 ティファは激情のまま、目の前に迫る一際高いビル目掛けて一気に飛びあがった。
 ビルの壁が見る見る近づき、壁に走るヒビや汚れまでもが見分けられるほどになると、身体を出来るだけ建物に沿わせ、壁を思い切り蹴った。
 直立して立つ壁を蹴り上げて己の体を上空へ飛ばすなど常人が出来るわざではないし、ティファ自身、こんな荒業をしたのは実は初めてなのだが、彼女自身、それに気づいていない。

 跳躍は素晴らしく、真っ直ぐ屋上に向かって身体は飛ぶ。
 しかし、一歩距離が足りない。
 思い切り手を伸ばして屋上の縁を掴もうとしたそのとき、突然、横合いから何かかぶつかってきて、そのまま身体が掻っ攫われた。
 それまで身体が感じていた空気の抵抗とは全く違う浮遊感と身体に巻きつく”何か”に驚き、目を見張るティファはそのまま暖かくて力強いもの包み込まれた。
 グルリと世界が反転し、ビルの壁から曇り空へ視界がぶれる。
 そのとき、目に映ったのは金色に輝く髪。

 瞬きをして更に目を瞠(みは)ったティファは、そのまま無抵抗のうちに路地裏へと連れ込まれてしまった。

 一体、何が起こっているのか…。
 ティファの頭の中は状況の激変に到底ついていけない。
 何故、彼が来てくれたのか…とか。
 何故、こんなに苦しいくらい、彼の胸に押し付けられるようにして拘束されているのか…とか。
 何故、彼は何も言わず、緊張感も露わにこんなところに連れ込んだのか…とか。

 言いたいことは沢山あるようなのに、実はこの3つくらいしか頭の中にはなかった。
 しかもその3つの中でも一番ティファの頭を占めているのは最初の疑問だけ。


 どうして…来てくれたの?


 クラウドの鼓動が全身で感じられるほど抱きしめられていることも信じられないが、彼がこうして来てくれたことこそが信じられない。
 今まで、彼は散々自分のことを避けてきた。
 彼の部屋を訪れるたびに『用はない』と言わんばかりに眉間にシワを寄せ、顔を背けられて…。
 その固く拒んだ彼の横顔に話しかけることがどれだけ辛かったか…とか、食事を作っても食べてくれないのではないか…とか、エアリスには見せる真っ直ぐな眼差しやかける言葉にどれほど傷つき、嫉妬したか…とか。
 そういう諸々の負の感情を伴う場面が次々蘇って…消えていく。
 ティファに今あるのは、クラウドが駆けつけてきて抱きしめてくれている、ただそれだけ。
 背に回った力強い腕も、少し汗ばんだ彼の温もりも、頬を押し付けているために耳に届く彼の少し早い鼓動も…全てが本物。
 それだけが現在(いま)の真実。
 しかしその真実を信じられず、彼の腕の中でただ戸惑うばかりだった…。

 どれほどそうしていたことか。

 ビクッと震えた振動を感じた途端、フッと拘束していた腕が緩んだ。
 そろそろと顔を上げると、口元を引き結んで緊張しているクラウドの顔があった。
 どこで手に入れたのか、薄汚れたぼろ布を頭からかぶっている。
 まるで神羅ビルで再会したときのような装いだ。
 しかしあの時違うのは、アイスブルーの瞳の中に自分の姿を見ることが出来るほど近くにいるということ。
 なにより、彼が真っ直ぐ自分だけを見つめてくれていると言うこと…。

 吸い込まれそうなクラウドの瞳に呼吸を忘れる。

 互いに言葉をなくして見詰め合う。
 最初に口を開いたのはクラウドだった。

「…す、すまない」

 小首を傾げる間もなく力強い腕がパッと離れる。
 包み込まれていた温もりがスーッと消えていく感触に思わず自身を抱きしめ、俯いた。
 クラウドはその仕草を触れられたことを嫌悪していると勘違いしたのだろう、「いや、その…悪かった。慌ててたから」と慌てて言い繕う。

 そうではなく、至福とすら言える温もりが消えてしまうのが寂しかったから…と素直に言ないティファはなおも黙って俯いていた。
 まるで、宝物のように思ってくれていると勘違いしてしまいそうなひと時だった。
 言い訳をされることで、その幸福感が儚く消えていく…。

 クラウドはバツの悪い思いを味わったのだろう。
 1つ息を吐き出すと気を取り直して口を開いた。

「アンタ、なに考えてるんだ?」

 責めるような声音に思わず小さく体が震える。
 そんなティファにクラウドはたじろいだ顔をしたが、俯いているティファには分からない。
 何も言わないティファに、クラウドはそわそわと視線を彷徨わせたが再度気を取り直して口を開いた。

「アンタ1人が殴り込みをかけたところで返り討ちにあうのが関の山だ。それくらい分かってるんだろ?」

 しかし、なおも俯いたままのティファにクラウドは溜め息をつく。

「とにかく、帰るぞ。みんな心配してる」

 手を差し出そうとして思いとどまったかのように拳を握り締め、脇に垂らしてしまったのをティファは俯いた視界の端でとらえた。
 落胆が胸を重くする。
 ほんの数分前に感じたあの至福はただの錯覚だったのだ…と無理やり自分に言い聞かせる。
 そう、あまりにも彼に焦がれる想いから見た白昼夢だ。
 クラウドは決して自分を認めない。心を開かない。
 どんなに頑張っても、願っても、彼に寄り添うことは出来ない。許してくれない。
 それが現実。
 自分の都合の良い夢を見て、浮かれてしまうなど、なんて恥ずかしい…。

 恥ずかしいと言えば…。

 ティファはフッと先ほどまでの激情を思い出し、嘲笑に口元を歪めた。
 宿敵の姿を画面で見たからと言って逆上し、こんなところまで暴走してしまうとは。
 クラウドの言う通り、自分1人が殴りこんだところであっさり返り討ちになるだけだ。
 返り討ちになるだけならまだいい。
 人質にされ、アバランチのみんなを脅迫する種にでもなったらそれこそ目も当てられない。
 死んでも死にきれない。
 自害を試みても恐らく神羅はそれすら許してくれないだろう。
 己に抗うものは徹底的に利用してから排除するのが神羅のやり方だ。
 クラウドのように、人体実験を繰り返されてボロボロになるまで利用しつくされるだろう。

 そう…クラウドのように…。

 おずおずと視線を上げる。
 クラウドは回りを警戒するように路地裏から顔だけ出して辺りへ視線を廻らせていた。
 あぁ、そうか、とティファはまた落胆した。
 先ほどはクラウドが抱きしめてくれたと錯覚したが、やはり勘違いに過ぎなかったのだ。
 辺りを警戒する間、自分がバカな行動にこれ以上出ないよう拘束していただけなのだ。
 だから別に抱きしめたわけでもなく、ましてやこうして駆けつけてくれたのは心配してくれたからでもない。
 アバランチのメンバーとしてやって来てくれただけ…、ただそれだけ…。

 それだけでも良いじゃない、とティファは自分を叱咤する。

 仲間として認めようとしてくれているのかもしれないのだから。
 今まで散々、知らない、話すことはない、出て行ってくれ、などなど拒絶の言葉ばかりだったクラウドが、こうして暴走する自分を助けに来てくれたのに、何を落胆することがある?
 もしかしたら、このまま仲間として一緒にいられるかもしれないではないか。
 ただ1人の存在として傍にいられないとしても、仲間として一緒にいられるならそれでも良い。

「もう大丈…夫」

 辺りを警戒していたクラウドがホッと緊張を解いて振り返り、中途半端に言葉を切って目を見開いたのをティファは不思議そうに見た。
 表情の変わらないはずのクラウドが傍目にも分かるほどうろたえるその姿に小首を傾げる。
 途端、頬にほんのりと温かい何かが流れてティファは瞬いた。

「あ……?」

 思わず小さな声が洩れる。
 手を頬に添え、初めて自分が泣いていることに気がついた。
 自覚するともうダメだ。
 嗚咽が喉の奥からせり上がり、唇が震え、涙が止め処なく流れる。
 泣いていることが恥ずかしくて、クラウドの途方に暮れた顔を見たくなくて、ティファは背を向けて顔を覆った。

「ご、めんね。なんでもない…」

 なんでもないはずなどないと誰が見ても分かるだろう。
 しかし、咄嗟に思いついた言葉はなんとも陳腐な言い訳だけだった。
 それを打ち消すように上ずった声で必死に言葉を紡ぐ。

 心配かけてごめんなさい。
 村を滅ぼした”英雄”を見たらどうしても我慢できなかった。
 迷惑をかけるつもりはなかった。
 自分のバカさ加減につくづくイヤになる。
 もう大丈夫だから1人で帰れる、だからクラウドは先に帰ってて…。

 途切れ途切れの嗚咽交じりな言葉を背を見つめているであろうクラウドへかけるが、一言も返事はなかった。
 もしかしたら呆れ返って言葉もないのかもしれない、と思うと情けなさ過ぎて涙が益々止まらなくなる。
 それでも立ち去りそうにないクラウドに、ティファは惨めさのあまり死にたくなった。

「も…本当に…大丈夫だから…、先に帰って…」

 嗚咽に邪魔され、涙に声が掠れてしまうが精一杯の声を張り上げて訴える。
 ざり、とクラウドの靴が土を踏む音が耳に届いた。
 彼が自分の言を受け入れて帰ろうとしているのだと分かり、これ以上切なくて苦しい思いは味わえないと思えるほど胸が締め付けられる。
 己の惨めさに失望感がこみ上げ、愚かさ加減をかみ締める。

 だから、背後から伸びてきた腕に抱きすくめられた瞬間、ティファは呼吸が止まるほど驚いた。
 頭の中が真っ白になり、ついでに失望も己への落胆も全部が吹っ飛んだ。
 都合の良い白昼夢をまたもや見ているのだと自身へ言い訳し始めることが出来るようになっても尚、心臓は己を裏切って最速に鼓動を刻み、顔はカーッと熱を持つ。
 膝が笑ってまともに立つことが出来なくなり、背中に押し付けられている彼の身体へ寄りかかろうとするのを防げない。
 そのままとうとう、ティファは完全にクラウドに身体を預けてしまった。


 クラウドは身体を小さく震わせて泣く女を抱きしめたことに戸惑っていた。
 小さくなって身体を震わせ、泣いているその背中を見つめていると、どうしようもなく苦しくて手を伸ばさずにはいられなかった。
 これまで自分がしてきた彼女への仕打ちを考えると嫌悪感のあまり振り払われるかもしれない、と一抹の不安が過ぎったが、それでも止まらなかった。
 だが、ビクリッ!と大きく身体を震わせたものの、そのまま身体を預けてきた彼女に胸が締め付けられる。
 抑えきれない感情に突き動かされるまま、手を伸ばしてしまったことに我ながら信じられない思いだが、それでもそれが間違えているとはどうしても思えなかった。
 胸に走る甘い疼きこそがその正当性を後押ししてくれているとすら思える。
 クラウド自身は気づいていないが、それこそが神羅の実験と言う呪縛から解放されつつあると証しのようなものだった。

 ティファが口走った『村を滅ぼした”英雄”』という言葉が気になって仕方ないが、それ以上に泣いている彼女へ向かう感情こそがクラウドを支配した。

 泣かせたかったわけではない。
 むしろ、彼女にはずっと笑っていて欲しいとすら思っている。
 他人に笑っていて欲しいなどと願うとは、我ながらどうかしていると思うが、そんな自分を嫌悪するどころか、正しいことだと思ってしまうのだからどうにもしょうがない。

 そのまま力の入らなくなったティファを支えるようにしてゆっくり体の向きを変えさせ、真正面から泣き濡れた顔を覗き込んだ。
 熱に浮かされたような自分の顔が、大きく見開かれた鳶色の瞳に映っている。
 微かに震える唇も、涙に濡れた頬も、澄んだ瞳も、全部が心を捉えて離さない。
 片手でそっと頬を包み込むと震える唇が小さく吐息を漏らした。

 途端。

 背筋にゾクリとした疼きが走る。
 手の平全部で頬を包み、そっと撫で、目元を親指で拭い、そのままゆっくりと顔の輪郭をなぞるようにして鼻筋から唇へと滑らせると、震える唇が軽く息を吸い込んだ。
 まるでそれが合図のように、クラウドは引き寄せられるようにして顔を寄せた。

 初めて交わす口づけは羽が触れるように優しいものだった。
 全身を静電気のようなものが駆け抜け、クラウドは眩暈にも似たものを感じながらほんの少しだけ顔を離した。
 ティファの涙はもう止まっていた。
 ただただ、自分の瞳を見つめ返している鳶色の瞳にクラウドの理性が吹っ飛ぶ。
 互いの瞳を間近で見つめ合ったのは瞬きほどの瞬間だった。
 2度目は彼女の吐息を奪うほど荒々しく唇を重ねた。
 彼女の背に回していた腕でしっかり支え、頬を包んでいた手をうなじへと回して更に引き寄せる。
 苦しげな吐息が口腔へと伝わってきて、それすら飲み込もうと何度も角度を変えて唇を重ねる。
 いつの間にかティファの手は震えながらもしっかりクラウドの服を掴み、シワを作っていた。

 ―『昔…、約束しただろ?』―

 突然、幼い少年の声と少女の姿が蘇った。
 ハッとするが、ティファに求められてそのまま唇を離すことなくまた目を閉じる。

 ―『俺…絶対に約束守るから!『あんなこと』がもしまた起きても、ティファを守れるくらいに!だから…そしたら…その時は…』―

 早鐘を打っていた心臓がますますその存在を主張するかのようにバクバクと音を立てた。


 ティファ。


 少女をそう呼んだ少年の声は、紛れもなく幼い頃の自分。
 あぁ、そうか。
 これが失っていた記憶の一部か…と、クラウドは心の底から沸き上がる歓喜に打ち震えながらティファへ回した腕に力を込めた。
 ティファもまた、求められてそれに懸命に応える。

 再会してからずっと、拒み続けて傷つけきた己の愚かさにゾッとすると同時に、自分を諦めないでくれていたティファへどうしようもなく熱いものがこみ上げて止まらない。


 これまでの時間を埋めるように時を忘れ、2人は口づけを交わした。


 *


「まったく…やってらんないわね」

 パーティー会場のテーブルに着き、足を組んで見事な脚線美を惜しげもなく周囲の人間へ晒しながら、スカーレットは毒づいた。
 手にはワインのグラス。
 かなり出来上がっているのか、目は虚ろだ。

「こんなバカバカしいパーティーになんか参加してる場合じゃないのよ、私は!早く……早く見つけないと…!」

 ギリギリとグラスを握り締め、焦燥感に駆られた独り言を繰り返す。
 もうとっくに2週間が過ぎたというのにいまだ、彼女の唯一の実験成果は見つからないままだった。
 プレジデントには不調のため、調整中であるからお見せ出来ない、と苦しい言い訳をしている。
 しかし、それの言い訳もせいぜいこのパーティー騒ぎが終わるまでの間だろう。
 あまりにも時間がなさ過ぎる。
 このままでは本当に身の破滅だ。
 逃亡するか?と、真剣に考えたが、追っ手に捕まるのは目に見えている。
 神羅の力を誰よりも知っている幹部の1人なのだから。
 ならばどうする?

「…こうなったら、実験の末に壊れた…とでも言うしかないわね」

 実験に耐えられず悶絶死する実験体は珍しくない。
 今回もそういうことにするしか道はなさそうだ。
 だが、それはあくまで奥の手。
 もしもクラウドが元気な姿で神羅の誰かの目に止まるようなことになれば、そのときこそ確実にスカーレットは破滅する。
 神羅の実験に耐えた被験者が神羅に対し、一体どれほどの脅威となるか想像するだけで背筋に悪寒が走る。
 例えそれが、出来損ないと日頃罵っていた失敗作だとしても…。


「女史、お忙しいところ申し訳ありません。至急、お耳に入れたいことが」


 逃亡か、それとも実験の末の死亡か。
 どちらを選ぶか考え込んでいたスカーレットは耳打ちしてきた部下を睨みつけた。
 八つ当たりすべく口を開きかけるが、部下の次の台詞に鋭く息を吸い込んだ。


「実験体と思しき人間が監視隊のカメラに映ったという報告が入りましたのでご確認を」


 スカーレットは周りの目も気にせず大きな音を立てて立ち上がると、報告に来た部下を急かしてパーティーホールを後にした。

「ようやく……ようやく見つけたかしら?まったく、困った子だこと」

 唇の端を吊り上げて笑いながらヒールの音を甲高く響かせ、神羅一のマッドサイエンティストと称される女は監視へと向かった。






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