心臓が縮み上がる経験は何度しても慣れるものじゃない。
 しかし、それを表面に出さないようにシラッとした仮面を被ることは上手くなった。

「なんだ女史の奴。あんなに血相変えて」

 先ほどまで散々、『調子に乗るな』『お前のそういうところが気に喰わないんだ』と説教と言う名のイヤミを浴びせていたセレスティックが訝しげにスカーレットの出て行ったドアへ目をやったのを見て、ザックスはじっとりと汗ばむ手の平をグッと握り締めた。

「さぁ?最初からこのパーティーがすっごく気に喰わなかったみたいだし、とうとう我慢出来なくなったんじゃない?博士にしたらよく我慢出来た方だろ」

 さも興味がない、と言わんばかりに軽口で応えながら、内心セレスティックの意識が自分のみに向けられていたことを名も知らぬ神に感謝した。
 もしもセレスティックの意識が自分を罵倒することに集中していなければ、絶対に聞きとがめられていたはずだ。

(クラウド…まだ少し早いよな)

 いつまでも隠れられるとは思っていなかったし、クラウドが本来の力を手に出来るまでなら見つからないでいられるとも思っていなかった。
 だが出来ればもう少し時間が欲しい。
 実験の呪縛から完全に解き放たれるまでまだもう少しだけかかるはず…。
 クラウドよりもメンタルケアを受けていた時間が短かった自分でさえ、解放されるまで1ヶ月ほどかかった。
 自分よりもどっぷりと実験に浸らされていた青年にとって、まだもう少し時間が必要のはずだ。

 女史から興味を失い、改めて自分に向き直ってイヤミを再開させようとしたセレスティックだったが、ふと視線をパーティー中央へ向け、「なんだ…?妙に機嫌がいいな」と意外そうな顔になる。
 つられるようにして目をやると、そこには悠然と足を組み、堂々たる風格でプレジデントの右隣に腰をかけている英雄の姿。
 反対隣にはルーファウスが有名女優と、本日の主役は招かれた大企業の会長とそれぞれ談笑している。
 英雄は1人、まるで王族のような風格でもって腰を下ろしているだけだった。
 しかし…。
 目の前のワイングラスにのみアイスブルーの瞳は注がれているが、口元には至極満足げな薄い笑みが浮かんでいる。
 ワイングラスを見ているにしては、その目に宿っている光はあまりにも強烈で、まるで猛獣が獲物を捕食する寸前、えも言われぬ愉悦をかみ締め、恍惚とした喜びに浸っているかのような…残忍そのものの色を浮かべていた。
 舌なめずりをしている獰猛な肉食獣のそれだ。

 ザックスの全身からどっと汗が噴き出し、ザーッと血の気が引いていく。

(エアリス…!クラウド!!)

 バレた。
 最もバレてはいけない敵にバレてしまった。

 今すぐ駆け出し、恋人と親友を守りに行きたいという強烈過ぎる誘惑に襲われる。
 だが、今、目立つ行動に出るのはあまりにも愚か過ぎるというものだ。
 焼け付くような焦燥感を抱えながら、ザックスは耐えるしかなかった。





Fantastic story of fantasy 16






 エルダスは自室のベッドの上でまんじりともせず、天井を見つめていた。
 自分の軽率な言動のせいで誰よりも幸せでいて欲しい女が危ういことになるところだった。
 仲間たちがいるから大丈夫などとよく思えたものだと思う。
 自分がこんなにも視野が狭いとは思いもしなかった。

 いや、違う…、とエルダスは1人ごちる。

 もっと広い視野を持っていたはずだ。
 しかし、それはあの男が来るまでの話しだ。
 金髪碧眼の男がやって来てからすっかり自分は狭量な人間に成り下がってしまった。
 誰よりも想っている女がずっと会いたいと話していた幼馴染に出会えたという奇跡を喜んでやれないどころか、その男を疎しいと…、排除したいとすら思ってしまうとは。
 そのどす黒い思いを抑えきれず、なんとかしてあの男から彼女の目を逸らしたくて、彼女の心の傷に付け入るようなことをしてしまった。

 こんな男、彼女に相手にされなくて当たり前だ…、と真剣にそう思う。
 そう思うが、焼け付くような嫉妬と胸を掻き毟られるような妬みはどうしようもない。
 この感情も、いつか時が経てば昇華されるのだろうか…?


『アイツさぁ、すっごいんだよ!人でごった返す中に飛び込んだのにさ、スルスルスル〜って少しの隙間を突っかかることなくあっという間に溶け込んじゃったんだ。アタシも忍としてそれなりに修行してきたけど、あれは無理!絶対に無理!あの身のこなしは常人のそれじゃないよ?それにアイツ、ティファがどっちの方向に走ったのか知らないはずなのに、ティファが向かった方に躊躇うことなく走ってったんだ…。まるでティファが走ってったのを見てたのか、それともティファの走る足音が聞こえたみたいに…。アイツ…何者かな…』


 ティファを一番最後まで追っていたユフィがどこか呆然として言った言葉が鼓膜に蘇る。
 感心したような、それでいて薄ら寒い思いが交じり合った声音でユフィにしては珍しく物思いに沈んだその様子に、仲間たちは一様に言い知れない不安をその顔(かんばせ)に浮かべて顔を見合わせた。

 それからどれくらい待っただろう?ティファは帰ってきた。
 傷1つなく、逆上していたとは微塵も感じさせない穏やかな面持ちで。
 穏やか…と言って良いのかどうか。
 無事を喜び、駆け寄った仲間たちを前にティファは少しは居心地が悪そうに目を伏せた後、深々と頭を下げて軽率な行動を謝罪した。
 そこまでは彼女らしいと言える。
 しかし、顔を上げた彼女はドア付近でジッと立っている自分を連れ帰った男へチラリと視線を向けると、耳の端をほんのり染めてパッと顔を背けてしまった。
 その口元がはにかんだように薄く弧を描いているのに気づいたのはエルダスだけではないだろう。
 はにかんだ微笑みを浮かべたティファは目を奪われるほど美しかった。
 匂いたつ…という言葉があるが、まさにその表現に相応しい表情だったと思う。
 そのときのティファを思い出し、胸が抉られそうに痛んだ。

 所詮、最初から敵うはずもなかった。
 だが、どうしても大人しく負けを認めることが出来なかった。
 簡単に諦められるほど、この胸にある想いは軽くない。
 しかし、だからと言ってティファを力づくでどうこう…という考えはこれっぽっちもなかった。
 ティファには心から笑っていて欲しい。
 作り物ではなく、何かを我慢したり諦めた末に手に入れた『ささやかな幸せ』の中での微笑ではなく、本当に心の底からの幸せ…、至福に浸ったときに浮かべるであろう至高の笑みを浮かべ、前を向いて歩いて欲しい。
 その笑顔を向けられる相手が自分なら…、隣を歩ける男が自分であるならと思ってしまうだけで…。

 そこまで考えてエルダスはゴロリ、と横を向いた。
 我ながら未練がましい、と自嘲する。
 彼女を心身ともに助けられるのはあのいけ好かない男だということが今日、証明されたのだからこれ以上みっともない男に成り下がらないようにしなくては。
 ティファの目に、無様な自分をこれ以上晒したくはない。

「はぁ…」

 大きな溜め息をつきながら不毛で鬱々とした思考に区切りをつける。
 もう一度ゴロリ、と寝返りを打つと目を閉じ、気持ちを落ち着けようとした。
 そろそろ寝ないと寝不足でまともに動けなくなってしまう。
 短時間でも良い、良質な睡眠をとることが出来たら急な任務などが舞いこんでも十分対処出来る。
 しかし、今夜はどうも良質な睡眠をとれる自信がない。
 ならば、せめて睡眠時間だけでもいつもと同じ程度はとっておかなくては…と思うのだが、どうやらそれすら出来そうにない。

 小さく息を吐き出して諦めると、エルダスは上体を起こした。
 1階店舗部分へ降り、ミルクパンにミルクとメープルシロップを注ぐとホットミルクを作る。
 シンと静まり返った店内は、昼間の活気溢れる姿とはまた違った顔を見せている。
 薄暗い店の隅から小人がひょこひょこ顔を出してもおかしくないような、そんな不思議な気分にさせられる。
 そんなことを考えながら程よく薄っすら湯気の立ってきたミルクパンをコンロからおろし、カップへ注いでいると1階店舗部分と居住区を繋ぐドア付近に人の気配を感じた。
 振り返ることなくエルダスは口を開く。

「なんだ?お前も飲むのか?」
「うん、ちょうだい」
「じゃあ、こっち先に飲んでろ」

 そう言うと、出来たばかりのホットミルクを差し出す。
 エアリスはニッコリ微笑むと礼を言って受け取り、美味しそうに啜った。
 満足げな聖女の姿をチラリとも見なかったが、雰囲気だけで十分伝わってくる。
 エルダスもその無邪気な様子に自然口元を綻ばせながらミルクパンに自分の分を作りなおす。

「ごめんね」

 ふいにエアリスがそう言ったのは、エルダスが出来たホットミルクを一口啜ったときだった。
 軽く驚いて目を向けると、彼女はカウンター内のシンクにもたれるようにして肘を着き、カップを下唇に当てたまま真っ直ぐ暗い店内へ視線を投げていた。
 エルダスは黙ったまま、エアリスの視線を追うようにして暗い店内へ顔を向ける。
 どこを見るということも無く、ただ一点のみに視線を注ぎ、無言のままエアリスに続きを促す。
 エアリスは無言の促しをきちんと受け取った。

「ティファのことと…クラウドのこと」
「エアリスが謝ることじゃないだろ?」
「うん…そうかもね」

 呆れた口調に少しの皮肉を込めて問うとあっさりエアリスは頷いた。
 ティファがエアリスと特別に仲が良いことは知っているし、クラウドが彼女の恋人の友人だったと言うことも先日知った。
 ティファの願いを聞き入れると言う形で身元不詳とされていた頃からクラウドを庇っていたことや、彼の真実を隠していたこと、更には、エアリスにとってティファもクラウドも、特別な位置関係にある人間と言うことになり、その関係性によって今回のことで酷く傷ついているエルダスに謝罪をするということはある意味理が叶っているのかもしれない。
 だが、やはりそれとこれとは話しが別だと思う。
 だから、エルダスは小さく笑った。
 エアリスも小さく笑ったが、決してエルダスに追従して笑ったわけではないのだろう。
 穏やかな雰囲気をふわりと醸し出しつつ、ミルクを啜る。
 それきり、エルダスも黙ったままミルクを口にした。
 暫く沈黙が優しく横たわり、シンシンと時が緩やかに流れる。

 やがて、すっかり飲み終わったエアリスは空になったカップを洗い始めた。
 手元のみを見つめながら口を開く。

「エルダスには…きっと辛いことだと思うし、安易な慰めは口にするべきじゃないと分かってる。でも…」

 水を止めて軽くカップを振って水気を飛ばし、布巾に手を伸ばす。

「絶対に将来、振り返ってみて『あぁ、ああいうこともあったな』って笑って言える日がくるよ」

 拭き終わったカップを棚にしまいながらエアリスは言った。
 淡々とした口調の中にある確固たる自信と暖かなものを感じ、エルダスは胸を衝かれた。
 他の人間が言うと『安易な慰め』にしか聞こえないはずのその台詞が、エアリスが言うと何故か本当にそうなる気がする。
 鼻の奥がツンとして、ごまかすようにフッと笑った。

「へぇ、エアリスは俺のことが気に食わないのかと思ってたんだが?」
「あら、アナタ個人を気に入らないって思ったことは1度もないわ」
「それは初耳だ」
「本当よ?ただ、ティファの相手はアナタじゃないと思っていただけで」

 あっさりとストレートに言い切られ、目を丸くし絶句する。
 悪びれないエアリスに苦笑が浮かび、苦いものがこみ上げる。
 だが、やはりどうしてだろう?エアリスのことが嫌いだとも、苦手だとも思えない。
 彼女が命の恩人という理由だけではないだろう。
 これは、エアリス・ゲインズブールという女が持って生まれた天性のものだ。
 そして、そんな彼女のお陰でアバランチは今日までひとつの組織として成り立つことが出来ている。
 エアリスと出会う前のアバランチは、リーダーであるバレットの直情的な性格のために何度も崩壊の危機を迎えていた。
 情に篤いが短気のため、短慮に走り勝ちなバレット。
 彼に愛想を尽かせ、離反したメンバーがなんと多かったことか。
 それが、エアリスと出会い、今よりもっと幼かったマリンと共に助けられてから、彼の中に余裕が生まれた。
 生まれた余裕はそれまで短慮にのみ走りがちで周りを巻き込んで自滅しそうな勢いにあったバレットを止めた。
 そうして、1度呼吸をしてからものを考え、行動に移すことが出来るようになったのだ。
 それも全て、エアリスの『大丈夫』という言葉に込められた力のお陰。
 それがセトラという古代種によるものなのかどうかは分からないが、そんなものはどうでもいい。
 神羅が狙っている最後のセトラであるエアリスを守り、星を守る。
 そのために神羅を討つ。
 そう、そのためにもメンバーが一丸となってことにあたらなくてはならない。
 好いた惚れた、フラれたなんだと言っている場合ではない。

「落ち込んでもいいよ、別にそんな肩肘張らなくても」

 まるで心を読んだかのようにエアリスが苦笑した。
 でも、と言葉を続ける。

「エルダスももう少し周りに目を向けられたら幸せが傍にあるってことが分かるのになぁ」

 クスクスと笑いながら肩を竦めると、エアリスはなにを言われているのか分からず困ったような顔をして首を傾げるエルダスの手から空になったカップを受け取った。
 それを洗いながらポソリ…とこぼす。

「本当に…もっと周りを見ないとね、私たち」

 水を止めて手を伸ばして布巾へ顔を向けたエアリスは、エルダスの視界からその曇った表情を隠した。


 翌日、エルダスは睡眠時間が短かったにもかかわらず、いつもと変わらないほど爽快な朝を迎えていた。
 エアリスが短い時間ではあるが共に過ごしてくれたお陰だと心の中で感謝する。
 1階に下りると、既にティファは朝食の準備をあらかた終えていた。
 後はコーヒーメーカーからコーヒーを各カップに注ぎ、洗い物をするくらいだろう。
 他のメンバーがまだ来ないテーブルの上には朝食が食欲をそそる香気を放ちながらところ狭しと並んでいる。
 焼きたてのパン、コーンスープ、ハムエッグ、ウィンナー、ポテトサラダにニンジンのグラッセ。
 ヨーグルトとフルーツも朝陽を浴びて皆が揃うのを今か今かと待っていた。
 店舗へ入ってきたエルダスにカウンターの中で忙しく動いていたティファが笑顔で顔を上げて、バツの悪そうな顔になった。
 他のメンバーが入ってきたと思ったのだろう。
 チリッとした胸の痛みを感じながらも、覚悟していたほどではない痛みに安堵する。
 だから。

「おはよう」
「あ…うん、おはようエルダス」

 どうすべきか内心おろおろしているであろう彼女へ先に声をかけてやることが出来たことに、ホッと肩から力を抜く。
 そのまま、以前のようにカウンターへ入るとカップを準備し、コーヒーを注ぐ。
 約20日前まで、こうして朝食のコーヒーをカップに注ぐのはエルダスの役目だった。
 クラウドが転がり込む2日前、ティファが生死の境を彷徨うほどの大怪我を負うまでの…。

 たった3週間ほどの間で激変してしまったことを考えると、人生とはまさに激動だ、と思ってしまう。
 慣れた手つきで人数分のカップを棚から出し終わったとき、ふと手を止めた。
 いつもなら…。
 バレット、ヴィンセント、シド、ユフィ、ティファ、ビッグス、ウェッジ、ジェシー、エアリス、マリン、そして自分の分でカップは終了だ。
 マリンは一昨日からシドの妻、シエラの元へ”避難”しているため、少女のものであるチョコボのプリントがされたカップはいらない。
 しかし問題はそこではなく…。
 やはりここはティファを傷つけないためにもクラウドの分のカップも準備すべきだろう。
 先ほどからコソコソとドア付近で様子を伺っているお人よし軍団を安心させるためにも。
 そう言えば。

「ティファ」

 クラウドがずっと寝室で食事をしていたことを思い出し、今朝はどうするのか訊ねようと声をかけたのだが、彼女はビクッと身を竦ませると勢いよく振り返った。
 その態度に傷ついたものの、ティファもまた、そんな風にびくついてしまったことに自己嫌悪に見舞われているのを見て、なんとも毒気が抜かれてしまう思いがした。

 あぁ…やっぱり好きだな、と思う。

 こういう優しくて気取らない彼女だから好きになったのだ。
 自分のことのように他人を思いやれる彼女だから。
 そして、本質は優しくて泣き虫なくせに、自分の幸せを諦めて復讐に生きることこそが正しい道だと思い込もうとした悲しい姿に、どうしようもなくほっとけなくて、力になりたくなった。
 それなのに、結局、彼女が選んだのは自分ではなく…。

 ふと我に返り、自分の思いに呆けてしまいそうになり、慌てて気を引き締める。
 いかんいかん、ズルズル引きずるのは大人の男としてどうかと思うぞ、と自己突っ込みを入れる。

「クラウドはここで食事をするのか?」

 何食わぬ顔はちゃんと出来ただろうか?
 ドア付近の気配が少しざわりとしたのは気のせいではないだろう。

『くぅ…エルダス!俺は、俺は、感動したぜ!!』
『やかましいバレット!静かにしなよ、バレるだろ!!』
『バレットもユフィもうるさいよぉ…』
『仕方ねぇってナナキ。諦めろ』
『でもさぁ、シド〜…』
『無駄だナナキ。もうバレている』

 その通りだ、ヴィンセント。でも、そこは知らないフリをしてくれることが親切というやつなのに…。
 恥ずかしい。
 かなり恥ずかしい。
 でも、まぁ…。

 心配してくれる仲間がいるということはありがたいのだが、今、この場面ではなんとも面映い、と思いつつ、エルダスはいっぱいいっぱいで出歯亀状態の仲間に気づいていないティファの顔に集中した。
 彼女は、自分がクラウドの名を口にしたその真意を推し量ろうと戸惑いがちに目を向けている。
 ここが正念場だと腹に力を入れる。

「コーヒー、いるのかな?っと思って」

 客用の白いカップを軽く持ち上げて見せると、ティファは嬉しそうでいて申し訳なさそうな、泣き出しそうな、大層複雑な表情を浮かべた。
 息を吸い込み、口を開く彼女を見守る。

「うん、あのね。今日から…」

 しかし、最後まで聞くことは叶わなかった。
 どこか上の方で物がぶつかる大きな音が割り込んできたと同時に、隠れて様子を伺っていた仲間たちがバランスを崩し、なだれ込むように店舗部分へころがり込む。
 咄嗟に耳を覆ってしまうほどの大音量を上げて仲間たちが転がり込んだ理由は、押し合いへしあい状態でドアにへばりついていたため、突然の大きな音にビックリしてバランスを崩したから、ということは後になって分かったのだが、今はそれどころではなかった。
 バレットを一番下に敷く形で倒れこんだ仲間たちが目を白黒させながら上体を起こそうともがいているその一瞬の間に、青ざめた顔でクラウドが飛び込んできた。


「みんな逃げろ!神羅が来る!!」


 時が止まる。
 誰もがクラウドの言葉の意味が理解出来ずにいるのだと分かる。
 しかし、焦れたクラウドがもう一言言う前に、後から飛び込んできたエアリスがその言葉を掻っ攫った。


「みんな早くトレーニングルームへ!プロドシアが裏切ったわ!!」


 静寂は一瞬。
 次の瞬間、混乱が爆発した。

 敵を迎え撃て!といきり立ちドアへと突進しようとするバレットをシドとビッグス、ウェッジが押さえ込もうと全身で体当たりする。
 ヴィンセントはホルスターから銃を抜き放ってエアリスを護るように身を寄せ、ナナキは全身の毛を総毛立たせながら窓に突進した。
 外を伺うがいつもと同じ、スラムの陰気な光景が広がっているだけで変わりはない。
 しかし、ビリビリとした緊張と殺気、痛いくらいに張り詰めた空気は内側からではなく外からこのセブンスヘブンを包囲しているのだと感じ取った。
 ハッと顔を上げる。
 上空になにか黒い点が見える。
 そこから放たれる悪意の塊のようなおぞましさにナナキは瞬間、仲間たちのところへ駆け戻った。

「空からくる!爆撃だ!!」

 ナナキの言葉が終わるや否や、ヴィンセントはエアリスに腕を回して担ぎ上げながら駆け出した。
 シドとビッグスたちもバレットを引きずるようにして地下へ向かう。
 エルダスは驚愕のあまり硬直しているティファの腕を掴むと地下へ向けて駆け出そうとして、ハッとクラウドを見た。
 こんな非常事態だというのに気にするなど正真正銘の救いようのない馬鹿だ!と踏ん切りをつけ、そのまま止まることなく地下へ向かう。
 アイスブルーの瞳に浮かんだ色が嫉妬や不満に染まっていてもおかしくないと思うのに、そうではなかったような気がしたのは気のせいだろうか…?
 しかし、そんなことを考えている場合ではないのに掴んだ腕が振り払われなかったことに安堵してしまった自分は、救いようがないほどではないが馬鹿だ、と思いながら地下に着き、彼女の腕を放す。
 クラウドを殿(しんがり)として地下の入り口が閉じられ、ティファが男のところへ駆け寄ろうとしたその直後。

 大地を激しく揺さぶるほどの衝撃、鼓膜が破れるほどの大音量、天地がひっくり返るほどの揺れと自分たちの置かれている状況に悲鳴が上がる。
 グラグラと揺れる足元にジェシーが堪えきれずに倒れ、ナナキが下敷きにされる。
 バラバラと地下の天井が剥がれ落ち、濛々と埃を舞い上げた。
 供給されていた電気が止まり、真っ暗になったせいで一層パニック感が押し寄せる。

 アバランチは真っ暗な混沌とした闇に突き落とされた。


 *


「ふふん、これくらいで死んだりしないでしょ?」

 双眼鏡を覗きながらスカーレットは至極機嫌の良い声を上げた。
 小高い丘に立つ女博士は、ミッドガルが一望出来る場所に立っている。
 高性能の双眼鏡は彼女自身が開発したもので、その性能の高さゆえにこれほど離れていたとしても状況を見るに不足は全くない。
 大混乱に陥り、逃げ惑うミッドガルの人々など眼中になく、ましてや巻き込まれて命を落とした人々など女にとっては取るに足らないモノでしかない。
 爆弾自体、かなり範囲を絞ってダメージを与えられるものに改良したばかりの女の試作品だ。
 逃亡兵を捕まえることと試作品の実験、両方が出来た今回の作戦は女を至極満足させていた。

「さすがは私よねぇ。計算どおり、直径100メートル内のみに影響を抑えられてるんですもの」

 キャハハハハ、としか表現しようのない品のない笑い声を上げ、傍らに控える部下に双眼鏡を渡しながら女は意気揚々と控えている車へ向かった。

「次はウイルスを搭載したものを試さなくっちゃね〜。あぁ、いつ、どこで試そうかしら?」

 悦に入った恍惚とした表情で車に乗り込む。
 悠然と足を組み、走り出した車の窓へと視線を向けた。

「それにしても…ちょっと惜しかったかしらね?」

 1人ごちて顎に指を添える。
 脳裏には昨日見た、監視隊の衝撃の映像。
 黒髪をなびかせ、常人では有りえない身のこなしでビルの壁を蹴り上げて宙を舞った1人の女。
 その女を庇うようにして飛び込み、抱えて路地裏へ消えたボロ布を纏った”誰”か。
 一瞬、ボロ布からこぼれた髪が曇り空から弱々しく洩れる陽の光に踊らなければ、恐らく逃亡した実験体とは分からなかっただろう。
 クラウドがあのような芸当が出来たことは当然のことだが、あの女は…。

「あ〜、やっぱりあのコ、是非とも手に入れたかったわ〜」

 出来損ないであるクラウドを早急に連れ戻すことさえ優先しなければ、あの女も手に入ったのに。
 しかし、まぁ仕方ない。

「さぁ。出来の悪い子を迎えに行かなくっちゃね」

 耳障りな笑い声を乗せ、その車がミッドガルの爆撃跡へ着くまであと15分。






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