プロドシア・カタスコ。 世界に数多ある反・神羅組織に属する女。 シルバーの髪、緑の瞳、少し低い鼻と厚い唇、若干張り気味のエラ。 決して美人とは分類されないが人当たりの良い彼女に好感を持つ者は非常に多い。 しかし、彼女の素顔が本当に”それ”なのかどうかは分からない。 見た目も20代後半から30代前半ではある。 それも本当かどうか不明だ。 何故なら彼女は反・神羅組織に属する女、一般人ではないからだけではない。 変装し、敵の懐に飛び込んで情報を集めることを得意とするスパイ。 それがどんなに危険な任務か想像に難くない。 彼女からの情報はいつも新鮮で、信憑性に富、世界に数多ある反・神羅組織の動きを先導するだけの力を持っていた。 アバランチもその1つ。 彼女から不定期にもたらされる情報を元に、行動を決めている。 その女が裏切った。 その衝撃とその事実による被害。 それは決して軽くない。 Fantastic story of fantasy 17時は少し遡る。 プレジデントの豪華絢爛、贅の限りを尽くした誕生パーティーは深夜まで行われる予定であり、予定変更の兆しは終(つい)ぞ見えなかった。 その間、神羅の兵士としてザックス他、隊員たちはろくな休憩すら取らず警護に当たっていた。 一般兵に疲れが色濃く見える中、ザックスは元気そのもので2日ほど休憩を取らなくても全然問題ないほどだった。 それこそが、”死神”としての実験をクリアした人間の持つ力と言える。 己の肉体のギリギリを駆使し、コントロール出来る人間。 瞳は遥か彼方まで鮮明に見通し、耳は人ごみに揉まれながらも尚たった1人の呼吸を聞き分け、腕力と脚力は人間のそれを遥かに上回って俊敏性と機敏性を桁違いなレベルにまで引き上げる。 それが”死神”。 常人の身体機能をはるかに凌駕した存在。 ザックス・フェアという男がお調子者のレッテルを貼られながらも割りと好きに行動出来ているのは一重にその力を有しているからに他ならない。 だからザックスは己に与えられている権利を最大限に行使することを厭わない。 好きな時に外出し、気ままに振舞う…。 神羅のトップシークレットの情報をやや強引に閲覧し、携帯電話の所持を認めさせる。 多少、上層部の人間に睨まれ、目を付けられ、危険視されようともどこ吹く風、そ知らぬ顔でシラを切り、堂々と、傲岸不遜な態度を取り続けた。 そうしなくては護りたいものを護れないのだから。 恋人の、そして己自身の宿敵に与すると言う悶絶死してしまいそうな状況に甘んじているのはたった一つ、愛しい人を完璧に護りたいから。 しかし、己が選んだその道をザックスは激しく悔いていた。 こういうときのためにこそ神羅へ残ることを選んだはずなのに、今、自分がしていることと言えば宿敵の警護。 すぐにでも同士へ急を報せたいのに、それが出来ないというジレンマ。 今、持ち場を離れたら間違いなく英雄は自分へ意識を向ける。 向けられたら最後、自分たちの存在はバレてしまうだろう。 いまひとつ、神羅という組織に対して忠誠と言うか執着というものを感じない男だが、神羅一の力を持っていることは疑いようがない。 内心で神羅をどう思っているのか掴みどころがないものの、表向きは神羅の兵士、英雄だ。 自分たち反・神羅の人間を黙って見逃すとは思えない。 きっと、暇つぶしくらいにはなるだろう…という理由で全員殺される。 ”死神”としての身体能力を駆使してもセフィロスに勝てる気がしない。 相打ちにまでもっていけるかどうかも怪しい…。 いや、恐らく無理だろう。 運を100%自分の味方につけることが出来たらもしかしたら相打ちに持ち込めるかもしれないが、運そのものがセフィロスの味方をしているようにしか思えないのだ、これまでのことを考えると…。 焼け付くような焦燥感、無力な自分への憤り、それらの感情で胸の中がただれそうな思いを味わいながら、ザックスは己自身と戦った。 なんとか神羅内にいる同志達の下へ駆け出したいという誘惑に打ち勝ち、ようやっと行動に移せたのは4時を過ぎた頃だった。 監視カメラがその機能を一瞬だけ無効化する時間をシェルクより事前に聞いていたザックスは、疾風のように廊下を駆けて僅か数秒でその部屋を訪れると、まだ頭がしゃんとしていないリーブに開口一番、ストレートに伝えた。 「一番ヤバイ奴にバレた」 深夜…というよりももう早朝。 押しかけられたリーブはと言うと、神羅の幹部ではあるが他の幹部連中と同じで一般人。 流石にここ数日の式典の準備、当日の慌しさ等々で疲労がたまっている。 目の下に薄っすらと浮いたクマ、少しこけてしまった頬。 早朝4時と言う時間に訪室したザックスに、それでも彼はイヤな顔ひとつせず焦燥感に駆られる青年をいつものように温かく迎え入れた。 急を要する事態に浮き足立っているザックスへ座るように促し、自身も真正面の1人掛けのソファーへ腰を下ろす。 「クラウドのこと、セフィロスにバレちまった」 「……そうですか」 身を捩るほどの不安に駆られていたザックスにとって拍子抜けしてしまうほどの一言だったが、リーブの表情は覚悟を決めている者のそれだった。 深い苦悩を思わせる疲労の濃い顔にザックスは口を噤まざるをえない。 暫くリーブは組んだ手を眉間に押し当てるようにして瞑目していたが、やがて顔を上げると真っ直ぐザックスを見た。 「いよいよ我々も覚悟すべきでしょうね。ここ数ヶ月の間で、世界にいくつも点在しているはずの私たちの同志がどんどん神羅の強襲を受け、散り散りになっています。崩壊状態に追い込まれた同志組織のリーダーが捕まっていないことが奇跡としか言いようがない…」 「…そうだったな…」 「やはり…内通者がいるようですしね」 「分かったのか?」 身を乗り出すザックスにリーブは小さく頷いた。 「シェルクに密かに探らせていた件で1人、引っかかる女がいました」 「女…」 「えぇ。ただ…どうやら彼女は非常に優秀な変装の達人らしいんですよ。一度として同じ顔で現れたことがないそうです」 リーブの説明にザックスは怪訝そうな顔をする。 「同じ顔で現れたことがない…って、そんなの、もし本当に同じ顔で現れたことがないほど優秀なスパイなら、シェルクが見てもその女が変装した姿だ…って分かんないだろ?」 ある時はAという人間、またある時はBという別の人間のフリをして神羅の人間と会っていたとしたら、AもBも別人だという認識しかないのに”変装をしている”と気づくのは非常に難しいのではないだろうか? ザックスのこの疑問に、リーブは「確かにそうでしょう」と頷いて、「でも…」と言葉を続ける。 「女に会っている神羅の人間は変装していないんです」 ザックスは目を見開いた。 リーブは続ける。 「ここ数ヶ月、同志たちが次々と神羅の攻撃の的になっていくその直前、必ずある男は神羅ビルから抜け出して外の世界で人に会っています。最初はただの逢引かと思ったんですけどね、あまりにもタイミングが合いすぎるし、コロコロと会う女が変わっていたました。あまりにもおかしすぎる、ということでシェルクのアンテナに引っかかってたんですよ」 「本当か?でも…なんか今の言い方だと、もっと前から疑ってた…って聞こえるんだけどさぁ」 「えぇ…実はそうなんですよね」 苦笑しながら肯定したリーブにザックスは目をむいた。 「なんですぐ教えないんだよ。そうしたら、俺も一緒に警戒に当たれるし、尻尾捕まえることだって、エアリスにちゃんと警告してやることも出来たのにさ!もしかしなくても、アバランチもヤバイかもしれないんじゃないのか?」 詰りながらも、しかしザックスは薄々感じていた。 怪しいと睨みながらもギリギリまで泳がせていたということは、一般兵や中階級の幹部レベルが女の協力者であるとは考えにくい。 もっと上の…、それこそリーブと同じレベルの上階級幹部か、それとも…。 苦労性の男は「そうしたかったんですけどね」そう言葉を濁しつつ、1つ、深い溜め息をついた。 そして、気持ちを決めたように青年を見る。 真剣な面持ちを前に、ザックスは無意識のうちに肩へ力を入れた。 「女と密通していたのは、神羅の切り札、”死神”の1人…セレスティックです」 鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を受ける。 ゆっくりと息を吐き出し、ザックスはこみ上げる怒りをなんとか紛らわせた。 「あの野郎…」 言われてみれば、おかしなことばかりだった。 アバランチがプレジデント神羅の首を狙って強襲してくる、という匿名の情報が神羅にもたらされて上層部が慌しくなったとき、それを尻目にあの男は浮かれていた。 そのくせ、肝心の任務の時には遅れてやってきた。 その前にも他の反・神羅組織のグループが神羅ビルへ潜入しようとしているという情報がこれまた匿名にてもたらされたとき、セレスティックは情報源が曖昧であるというのに、やけにやる気満々だった。 あの時は遅れてくることはなかったが、本当に侵入者がやってきたときにはそれを信じていなかった隊員たちに勝ち誇った顔をして笑っていた。 あの時は侵入者を相手に大暴れしたので闘争心を満たすことが出来たが故のむかつく笑みだと思っていた。 それに、もう1つ解せなかったことがある。 それが…。 「あの日、アバランチがプレジデントの首を狙って進入した日、プレジデントは急遽、朝のうちにコスタへバカンスに発ったな」 「えぇ、恐らくそれもセレスティックが裏で糸を引いているんでしょう。もしあの時プレジデントがいたら、侵入者への制裁という名目で死神に嬲り殺しにさせていたでしょうからね。セレスティックは戦いを好んでも命令されて戦うことにいささか抵抗があるようですし。それは、アバランチが侵入する前の侵入者の件で立証されたようなもんでしたから。彼はプレジデントの秘書とも懇意にしているようですから、そこら辺の根回しは簡単だったでしょう。それに、あの日、彼は1人遅れてアバランチの撃退に参戦したということですが、恐らく遅れた理由はない通相手の女と会っていたからと思われます。予定していた以上に女と話しこんでしまった…というところでしょうか」 「…ったく、あのクソ助平野郎!」 思わず罵りの言葉を吐き出し、ザックスは自分の膝を拳で打ち付ける。 そうして、勢い良く立ち上がるとどこへ行くのか問うリーブへ背中を向けたまま答えた。 「今すぐあのクソ野郎絞めてくる。今ならアバランチに対して余計な手出しするのを防げるだろ」 「一体、どういう理由で押さえつけるつもりです?」 苦笑するリーブをそのままにドアの前まで来ると、ザックスはチラリと腕時計に目を落とし、好戦的な笑みを浮かべて振り返った。 「あの男の悪癖は知ってる。挑戦者は散々いたぶってから殺(や)るか、それとも自分と同レベルの相手ならその鼻っ柱をへし折る命がけのゲームに持ち込むか…。アイツはそういうイカレた奴なんだよ」 だからずっと、無気力状態のクラウドをバカにはしても相手にしなかったんだ…。 苦々しく最後の台詞を口にして、ザックスはドアをくぐった。 セフィロスにクラウドのことがバレてしまったことに対しての解決策はなにも相談していないが、それでもリーブやルクレツィア、シャルアと言った頭脳明晰で優秀な幹部たちがなんとかしてくれると信じていた。 ならば、自分がするべきことをすべきだろう。 今度こそ恋人と親友を護るため、神羅へ残ったその使命を果たすために動くべきだ。 時間はバッチリだった。 監視カメラの作動が再び切れるその一瞬を突き、風のように廊下を駆ける。 辿り着いた先はひとまず自分の部屋だ。 自分の部屋に着いてからきっかり1分後、自室のドアを開いて再び廊下に出る。 これで、監視カメラの映像記録には、”誕生式典から自室へ戻って初めて部屋を出た”ということになる。 真っ直ぐ向かうのはセレスティックの部屋。 一般人と同じ程度の足音を立てて歩く。 これだけで誰かが自分の部屋に近づいていると気づくはずだ。 全神経を尖らせて目的地を探ると、静かな呼吸音と共に衣擦れの音が壁を越え、距離を越えて聞こえてきた。 目を眇めて足を止める。 程なくして現れた男は挑発的な笑みで口を歪め、嘲るように顎を上げて見下してきた。 「こんな時間になんの用かな?子犬のザックス」 「ちょっと遊んでほしいと思ってさ。ほら、俺って子犬じゃん?遊んでくれないと寂しいわけよ」 侮辱をさらりと受け流してやると、男は唇を益々吊り上げ舌なめずりをした。 ゾワリと全身が鳥肌立ち、ザックスも挑戦的に口元を歪め、クッと目を吊り上げる。 空気が帯電したかのようにビリビリと痛いほどの緊張に張り詰め、互いの闘争心を否が応でも煽る。 その後、監視カメラは2人の死神が死神専用のトレーニングルームへ消えるのを記録したきり、沈黙してしまった…。 * もう随分高くなった陽の光が窓から差し込んでいる。 プレジデントは贅の限りを尽くした豪奢な椅子に腰を下ろし、短い足を組んでいた。 イライラとつま先を動かしながらパイプを吹かす。 つい昨日のことだ、自分の力を世界中の人間に見せつけ、楯突く愚か者たちの戦意を挫くことに成功したと確信したのは。 それなのに。 「社長。報告です」 静かなノックの音と共に秘書が現れる。 髪をすっきりと結い上げ、モデル並みのスタイルと容姿をした美女は、手にしていた報告書へ視線を落とした状態で口を開いた。 「スカーレット博士の乗った車はミッドガル北東へ出た後すぐに停車。その直前に発ったヘリはミッドガル7番街上空を目指して航行。そして…」 僅かなためらいの後、言葉を続ける。 「博士の開発した試作段階の爆薬を投下。半径50メートル四方を爆砕。死者、重軽傷者などの被害者数は2000人を下りません」 目をむいて立ち上がったプレジデントに秘書は淡々とした口調で指示を仰いだ。 しかし、驚愕と憤怒に満ち満ちた社長はそれに対して迅速に命令を下すことが出来ない。 パイプを投げ捨て、オーク材のテーブルを蹴り付ける。 「あの女、ふざけおって!!今まで好き勝手に研究をさせてやったその恩を仇で返すとは!!」 唾を飛ばしながらこの場にいない女博士を罵倒する。 秘書はただジッと佇み、嵐がある程度去るのを待っていた。 その秘書の目の前でプレジデントは足音も荒く、部屋を歩き回りながらスカーレットを罵倒する。 ついでに部屋の各所に置かれている高級観葉植物や陶器の置物へ攻撃することを忘れない。 あっと言う間に部屋は無残に荒らされていった。 プレジデントの怒りはもっともと言えるだろう。 つい昨日、絶大な力を持っているのだと世界中に示したばかりなのに、部下が愚行に走ったとなるといくらかん口令を敷いたとしても到底防ぎきれるものではない。 このことは必ず、各国のメディアによって取り上げられ、追求されるだろう。 神羅の実態を知る者がいない…とは言わない。 しかし、公(おおやけ)にそれを吹聴するにはまだ時期が早いのだ。 もっともっと、世界に並み居る権力者達を押さえ込み、世の人間に神羅グループの力を浸透させてからだ、邪魔者を排除するのは。 スカーレットがとった行動は、プレジデントにとってまだまだ時期尚早と言うだけの話で、決して被害者を悼んでのことではない。 プレジデントにとって、この世の命あるモノは全て、自分に傅(かしず)くべきものであり、いくらでも使い捨ての効くコマなのだから。 しかし、本当にそうなるにはまだ時間が必要だった。 ここまで築き上げたものが狂人のせいで台無しだ。 「スカーレットは今どこにいる!?」 「ミッドガルです」 「なに!?わざわざ何しに…」 肩で息をしながらの詰問に、いささかも怯まず即答した秘書の答え。 プレジデントはカッとなったすぐに狡猾な顔になった。 スカーレットのしでかしてくれたことへの損害に気が取られてしまったが、どんな目的で凶行に走ったのか確認していなかったことに気づく。 プレジデントの疑問に気づいたのだろう、秘書はサッと口を開いた。 「スカーレット博士の実験体が約3週間前から行方不明となっています」 「なに?」 予想だにしなかったその一言は、しかし、プレジデントの中ですぐに1つに繋がった。 口元を歪めて笑う。 「すぐにワシも向かう、準備しろ!それからセフィロスも同道させる」 そう命じられることを予想していたのだろう、秘書は軽く一礼すると踵を返した。 「あいつめ…。そんな重大なことをワシに知らせる前になんとか片をつけるつもりだったんだろうが、そうはいかん」 クックック、と肩を揺すって笑うとプレジデントは再び悠然と椅子へ腰掛けた。 部下が準備を整えるまで待つつもりだった。 しかし…。 「社長、申し訳ありません!」 出て行った秘書が血相を変えて戻ってきたのは新しいパイプに火をつけ、2度ほど紫煙をくゆらせたときだった。 いつにない秘書の様子にイヤな予感が胸を覆う。 秘書は許可を得るまでもなく持ってきたばかりの情報を報告した。 「セフィロスがいなくなりました!」 今度こそプレジデントは絶句した。 * パラパラと天井から剥がれた漆喰が零れ落ち、濛々と砂埃を巻き上げた。 埃の粒が気管に詰まり、激しくむせ返る。 足元が大きく揺らぎ、立ってるのも困難な中、電気の供給が絶たれて真っ暗闇の中に放り込まれると人間、誰しも不安と恐怖でいっぱいになるだろう。 だが、ティファは強い不安を感じながらも恐怖は感じなかった。 抱きしめてくれている力強い腕に、こんな非常事態だと言うのに幸せを感じてしまう…。 やがて、揺れも収まり仲間たちの混乱も少しずつ終息に向かっているらしい気配が流れてきた頃、パラパラと電気が点滅してから照明が点いた。 非常時用の自家発電に切り替わったのだ。 途端、ティファは自分がしっかりとクラウドにしがみついていることに気がつき真っ赤になってパッと離れた。 仲間たちに見られていないか気にしたものの、真っ暗だったと言うことと爆撃を受けたと言うショック、更にはすぐにでもやってくるであろう神羅兵たちへの迎撃へ意識が集中しており、恥ずかしい思いをしなくて済んだ。 クラウドもティファが離れたことに対して何も特に感じてはいないらしく、厳しい顔つきでドアを睨みつけている。 「おう、野郎ども!」 バレットが怒鳴った。 右往左往しかけているメンバーがハッと我に返る。 バレットは義手を構え、仁王立ちに立つとこぶしを振り上げた。 「ここで俺たちは最期を迎えるかもしれねぇ!だが、最期の最後まで俺たちは神羅に屈しねぇ!」 おおう!と、呼応する者、覚悟を決めて頷く者、それぞれがバレットに賛意を示す。 ヴィンセントは銃の弾倉を確かめ、ナナキはブルリと全身を震わせて毛に入り込んだ埃を払った。 全員の気持ちが1つになり、打倒・神羅と燃えていた。 だから、 「待ってくれ」 と、水を差す者の登場にほぼ全員が目をむいて顔を向けた。 クラウドは淡々とした静かな面持ちでいきり立つメンバーの鋭い視線を受け流した。 「これから神羅の兵士が来る。それも100人体制で…だ」 「けっ!望むところだ!!」 バレットが吐き出し、邪魔するなら容赦しないと言わんばかりに睨みつけた。 しかし、クラウドはどこまでも冷めていた。 「アンタはそれで良いかもしれない。だが、まだこの付近には生きた人間が沢山いる。俺たちがここで下手に抵抗すれば、確実に非戦闘員を巻き込むことになる」 実に冷静な状況判断にバレットはうぐっ、と言葉を詰まらせた。 クラウドは更に言葉を続ける。 「連中の狙いは俺だから、とりあえず俺が囮になってここから飛び出す。神羅もまさか、地下にこんな施設があるとは思っていないだろうから、アンタたちが生きているとは思っていないはずだ。その隙にここから脱出して身を潜め、反撃の機会を窺うのが上策だと思う」 「は…?お前を狙って…って、こんな大掛かりなことまでしてか?」 という、バレットをはじめとしたほとんどのメンバーの疑問は、しかしティファの甲高い声で遮られた。 「ダメ!絶対にそんなこと!!」 「ティファ…」 エルダスが複雑な顔でポツリと呟いたが、ティファには聞こえない。 縋らんばかりにクラウドだけを見つめる。 飛び色の瞳は恐怖に満ち、握り締められた両手は小さく震えていた。 クラウドはほんの少し目を細めると今までで一番穏やかな表情を浮かべた。 「大丈夫、捕まらない。来るのは一般兵だけみたいだからな。きっと、メンタルケアを暫く受けてないからラクに捕まえられると思って”死神”を投入しなかったんだろう。一般兵相手に俺は負けない」 クラウドの正体を知らないメンバーが怪訝そうに顔を見合わせる。 しかし、詳しく聞きたいと思いながらも、でも!と声を上げたティファを前に口を差し挟むことなど出来なかった。 「俺は……ちゃんと思い出したい。このまま、中途半端に断片的な記憶しかないのは…気に喰わない。あの時ティファと何を約束したのかちゃんと思い出して、約束を果たしたい。だから…」 言葉を切り、クラウドは再会してから初めて微笑みを浮かべた。 「ちゃんと帰ってくるって今、約束する」 心に染みるようなその微笑みに、ティファは勿論、その場の面々は衝撃を受けて息を呑んだ。 そのまま流れるような動作でスッとティファへ手を伸ばし、不安で微かに震える彼女の頬をゆっくり撫でるとその手を下ろした。 その手が完全に下りたとき、暖かな表情は幻のように消し去り、アイスブルーの瞳は背筋が凍るほどの冷たい光を湛えていた。 その変貌にある者はヒッ!と息を呑み、ある者はギョッと後ずさった。 エルダスは背筋をゾワゾワと這う悪寒を覚えながら、これが神羅の切り札”死神”の姿か…と肝を冷やしながら、ティファを見た。 真っ青になった彼女は小さく震え、飛び色の瞳は幼馴染しか映していない。 顔色を失っているその理由が彼を恐れているからでは決してないことは疑う余地もなく、改めて自分の張り込む隙などないことを思い知らされる。 緊張感が張り詰める中、ただ1人冷静にヴィンセントは状況を判断しようとしていた。 確かに、”死神”という力でなら一般兵が100人、200人来ようと敵ではないだろう。 しかし、彼はまだ実験の呪縛から解放されてはいない。 未だに体調は変動気味でまともな食事すらままならない。 そんな状態でただ1人、戦いへ身を投じようとしているのは自殺願望者のそれとほとんど変わらないのではないだろうか? エアリスへチラリと視線を流すと、その強張った横顔は彼を引き止めるか否かを迷っているようには見えなかった。 迷いがない、引き止めるための行動を取っていない、この2点から考えられる結論は1つだけ…。 ヴィンセントはティファへ視線を投げ、その震える背中を認めてから視線を男に戻す。 霜の降りた瞳とかち合った。 臆することなく真正面から受け止める。 「アンタなら神羅がどういう攻撃をしてくるのか分かるだろ?ここは頼む」 「構わないが、丸腰で行くのか?」 「俺に合う武器はここにないみたいだからな。兵から奪う」 それだけを言いながら、彼はもう何も見ようとせずに背を向け、ドアへ向かって踏み出した。 ティファが名を呼んでも、エルダスが駆け寄ろうとしたティファを引き止めるべくその腕を掴んでも、全くなにも興味がないように自分以外の世界の全てを遮断したかのような硬質な雰囲気を全身から醸し出し、ドアを開け……消えた。 ドアが閉じた重々しい音を合図に、気を飲まれるようにして見送っていたメンバーがハッと我に返る。 「ちょ、ちょっと…!?いいの、ヴィンセント?行かせちゃったけどさぁ!?」 慌てふためくユフィに同調するようにしてビッグスが腰のホルスターから銃を抜き、ウェッジも慌しい動作で武器へと手を伸ばす。 バレットも、出鼻を挫くだけ挫いておきながら1人出て行った新顔に憤怒の形相を浮かべながら太い声を上げ、ドアへ突進しようとして呆れ顔のシドに止められた。 仲間たちの混乱した様子にヴィンセントは声を張り上げることなく、いつもの淡々とした口調で「大丈夫だろう」と言った。 「あいつに行かせたほうが確かに活路を見出すチャンスが高くなる。あいつの思いを無駄にしないように全員、自分勝手な行動は控えるべきだ」 分かったな?と、バレット、ティファへ視線を向けると巨漢の男はうぐっ!と言葉を詰まらせてシュンとなり、ティファは視線こそヴィンセントに向けなかったものの後を追って駆け出しそうな危うさは消えた。 エアリスは静かにティファの傍らへ立つと、そっと彼女の肩を抱いた。 「大丈夫だよ。こんなところでどうにかなったりしないから」 だがしかし、いつもなら聖女の『大丈夫』と言う言葉は力強く励ましてくれるのに、今回ばかりはこの緊迫した空気を払拭してはくれなかった。 「さぁ、私たちもここが正念場だ」 ヴィンセントはメンバーを見渡してから、ドアへ向かった。 背後から仲間たちが気を持ち直した頼もしい雰囲気が流れてきた。 |