「連中の狙いは俺だから、とりあえず俺が囮になってここから飛び出す。神羅もまさか、地下にこんな施設があるとは思っていないだろうから、アンタたちが生きているとは思っていないはずだ。その隙にここから脱出して身を潜め、反撃の機会を窺うのが上策だと思う」 クラウドのこの台詞に心臓が凍りつきそうな恐怖を味わう。 必死に止めるが、返ってきたのは静かな中にある確固たる意思。 大丈夫、と。 一般兵には絶対に負けない、と。 そう言い切った彼に、だがしかし、どうして落ち着いてその背を見送ることが出来ようか? ましてや折角思いが通じ合ったかと…、いや、通じ合いそうになったと思えたというのに、再び、今度は2度と戻ってきてはくれないかもしれない死地へ赴こうとしている。 引き止めたい。 引き止めて、傍にいて欲しいと縋りたい。 一緒に逃げて欲しい。 もう2度と生きているのか、はたまた星に戻ってしまったのか分からないのはイヤ。 それらの溢れんばかりの思い、不安、恐怖、願望、そして恋慕…。 だが何ひとつとしてまともな言葉にならず、胸の中で鉛と化し、積み上がっていく…。 なのに…。 「俺は……ちゃんと思い出したい。このまま、中途半端に断片的な記憶しかないのは…気に喰わない。あの時ティファと何を約束したのかちゃんと思い出して、約束を果たしたい。だから…」 胸が引きちぎられ、心が悶え死にそうなほど苦しくて、悲しくて、雁字搦めの恐怖に縛り付けている張本人のくせに、その微笑みは反則だわ…とティファは泣いた。 心の中だけで泣いた。 そんなにも優しくて穏やかで温かい笑顔を見せられたら、言いたいことが全部消えてしまう…。 「ちゃんと帰ってくるって今、約束する」 心に染みるようなその微笑みを前に身じろぎすら出来ず、ただただ見つめているだけで精一杯で…。 涙がこみ上げそうで、それでも目を逸らせないでいると、こんなに優しく触れられたことはないくらいにそっと、ゆっくり、思いが流れ込んでくるような愛撫を頬に受けた。 呼吸すら止まってしまう甘美な感触はだがしかしほんの一瞬。 その手が名残惜しげに離れたとき、青年の暖かな表情は霧の様に霞み、代わりにアイスブルーの瞳に宿ったのは死神の目。 全身に悪寒が走り、心が縮み上がる。 「アンタなら神羅がどういう攻撃をしてくるのか分かるだろ?ここは頼む」 「構わないが、丸腰で行くのか?」 「俺に合う武器はここにないみたいだからな。兵から奪う」 ヴィンセントへ必要最低限の確認と指示を言葉少なく言い終わると、もう何も見ようとせずに背を向け、ドアへ向かって踏み出した。 思わず彼の名が喉の奥から飛び出す。 しかし、チラリとも見ようとせず、まるで自分以外の世界の全てを遮断したかのような硬質な雰囲気を全身から醸し出すクラウドに駆け寄ろうとして仲間に阻まれる。 己の肘を掴む男を振り払い、駆け寄る暇すら与えずクラウドはドアの向こうへ消えた。 ドアが閉じた重々しい音を合図に、気を飲まれていた面々はハッと我に返ったが、逆にティファはその動きを止めた。 エルダスが腕を放しても、呆けたように閉ざされたドアを見つめる。 慌てふためくユフィや彼女に同調する仲間たちのせわしない動きが耳に届くが聞こえてこない。 それなのにヴィンセントの台詞だけは耳に飛び込んできた。 「あいつに行かせたほうが確かに活路を見出すチャンスが高くなる。あいつの思いを無駄にしないように全員、自分勝手な行動は控えるべきだ」 クラウドへ何もかもを背負わせた無責任な発言に聞こえ、カッと血が上る。 しかしすぐにその熱は冷め、先ほど見せてくれた彼の表情を思い返す。 確固たる意思を宿した碧い瞳を。 硬くなった心を溶かすような暖かな微笑を。 そして、尊いものを躊躇いもなく排除する死神の顔。 考えたのは一瞬で、考えなくても分かることだったと気づいたのも一瞬。 彼が単身、死地へ赴いたのは他ならぬ自分のため。 自惚れでもなくそう思えることが、ほんの3日前からは考えられないほど幸せなことだとティファは気づかない。 気づかないが、確かにヴィンセントの言う通り、そうすることが一番良い道だと正しい判断を下すことに成功する。 「大丈夫だよ。こんなところでどうにかなったりしないから」 エアリスの温もりを感じながら、心が折れそうになる弱い自分を彼女に寄せる。 「さぁ、私たちもここが正念場だ」 ヴィンセントの力強い声に、ティファはようよう己の思考から抜け出し、顔を上げた。 反撃の機会を窺ってある程度身を潜めていたら、きっとクラウドの役に立てるだろう…、という一縷の希(のぞみ)を胸に宿して。 Fantastic story of fantasy 18手で呻き声を押さえ、地面に音を立てないようゆっくり気を失った身体を横たえる。 意識のない成人男性を相手取っているとは思えないほど軽々とあしらうことが、どれほど常識からは信じ難い力かと言うことに丸きり気づかないまま、クラウドは淡々と神羅兵の駆除をこなしていた。 背中には身の丈ほどもあるかと思われる幅広な刃を持つソードが一振り。 神羅兵の中でも扱える人間はごく限られているその武器を進撃隊のリーダーが背負っていたのはクラウドにとって幸運だった。 もっとも、欲を言えばもう少し質の良い武器が良かったのだが、あまり贅沢は言えないことは承知している。 今のところ奪ったその武器を振るうことなく事(こと)に当たれているのは喜ばしい。 恐らく、このソードだとクラウドの力に耐え切れず、ほんの数戟交わしただけで壊れてしまうだろう。 アバランチを逃がすため、敵の前に身を晒して意識を引きつけ、爆発の影響をさほど受けていないミッドガルの路地裏へ入り込んでからはまぁまぁ望んだ成果を上げることが出来ていると言える。 1つ心配なことと言えば、先ほどアバランチを吹き飛ばしてクラウドをあぶりだそうとした方法をもう一度神羅が取らないだろうか…ということだ。 もしも爆弾が投下されたら流石に防げないだろうし、自分も今度こそ怪我を負う。 怪我を負えば、仮にアバランチのメンバーが全員、爆発範囲内から遠ざかっていて助かったとしても、自分が足手まといになってしまうだろう。 きっと、ティファは助けに来る。 他のメンバーは…正直良く分からない。 エアリスとヴィンセントは助けに来る意思を持ってくれるだろうが、他のメンバーの意見に合わせる可能性も十分ある。 しかし、ティファは違う。 周りが止めようとしても絶対に助けに来るだろう。 セフィロスがTVに映っただけであの勢いを見せたのだから…。 あの時、もう少し早くティファを捕まえることが出来ていたら、こんなことにはなっていなかったのに…と苦々しく唇をかむ。 監視の視線を痛いほど感じながら、彼らの目に映らないよう必死にその網目を掻い潜っていたから後れを取ってしまった。 そのことを考えるとクラウドは気が重くなった。 恐らく神羅は彼女にも気づいたはずだ。 彼女へ突き刺さっていた監視の眼差し。 それを遮ろうと手を伸ばして路地裏に連れ込んだが、手遅れだったに違いない。 せめて、この爆撃でティファが死んだと思ってくれていたらまだ彼女は助かる。 だから、絶対に自分は捕まるわけには行かない。 捕まってしまったらティファは仲間が引き止めるその手を振り払い、単身であろうがなんであろうが、身の危険を顧みず駆けつけるだろう…。 そう言えば…、とクラウドは新たな神羅兵の一団を路地裏におびき寄せつつふと気づいた。 ティファを斬ったのは自分だ。 斬っただけで済んだのは本当に幸運だったとしか言いようがないのだが、それでも彼女を傷つけたのは他でもない自分。 彼女を心身ともに傷つけていたことに改めて気づく。 それなのに、まだ一言も謝っていない。 謝っていないどころか…。 (気持ちすらちゃんと言ってない……んだな、俺) 神羅ビルで5年ぶりに再会した彼女をおぼろげな記憶から振り返る。 あの時は不完全とは言え、実験の影響が色濃くて自分自身も含め、世の中全てが虚無的なものでしかなく、曖昧な世界だった。 だから、記憶がほとんど残らない。 残っていても色がなく、せいぜいがセピア色といったところだろうか。 生彩に欠き、全てがどうでも良かった。 その中、ティファの顔だけが突然目の醒めるような色彩を輝かせて飛び込んできた。 そういう酷くアンバランスで危うい状態の中、神羅からザックスに無理やり離反させられてセブンスヘブンへ行って、そこでまた彼女と再会して…。 5年ぶりに会った、とティファは言うが今もその記憶ははっきりせず、あるのは断片的なものだけだ。 だから、本当のところはどうなのか知らないが、それでもティファの言うことは真実だと今は信じている。 そんな状態なのだから、気持ちを伝える、伝え損なうという以前の問題。 想いを自覚したのはつい昨日なのだ。 これらのこと全て、神羅兵たちを片付ける時につらつら頭の中で呟いていたと誰が信じられるだろう? 警戒しながら路地を進んでいる兵士の一団、その殿(しんがり)が眼下を通り過ぎるのを見計らい、身を張り付かせていた建物の壁から躍らせる。 驚いて振り返った隊員たちに一言の声を上げさせることなく次々昏倒させると、今度はわざと失神した兵士たちの身体を隠さずそのまま放置する。 耳を澄ませると他の一団が慎重に近づいてくるのが手に取るように分かる。 その遥か後方からは車のエンジン音が近づいてきている。 爆破直後のミッドガルは凄まじいばかりの大混乱に見舞われているが、誰一人として爆撃跡に近づこうとはしていない。 その中を徐々に大きくなるエンジン音が何を意味するのか、考えなくとも直感で分かると言うものだ。 全身の神経が研ぎ澄まされていくのが分かる。 かつてないほど心が冷え、無気力状態だった頃以上に頭が冷えて物事がクリアに見えてくる感覚。 身体の細胞と言う細胞が己の意思1つでコントロール出来そうな…そんな力強い感触。 目を眇め、クラウドは俯き加減のまま飛び上がった。 その身がビルの最上階に到達するや否や、身を翻して疾走する。 遥か後方となってしまった路地裏からは、神羅兵が失神している自分たちの仲間を大量に発見し、驚愕の呻きを上げたのが聞こえてきた。 間違いなく兵士たちは失神している仲間の周辺を警戒する。 周りへ警戒の手を伸ばすのはもう少し先だ。 それを確認したクラウドは、意識を完全に前方へと向けた。 向かうはこちらへ近づいてくる車ただ1つ。 もう兵士たちの大半が片付き、動ける兵士たちは後方で一まとめにしているので警戒は不要だ。 こちらを片付けることが出来たらとりあえず一息つけるだろう。 それなのに。 死神としての感覚が鋭敏になりすぎているからだろうか? 全身がまるで静電気の海に放り込まれたようにピリピリする。 神経を引っ掻くその感覚に不快感…というよりも不安が煽られる。 なにか見落としをしているのではないか…という言い様のない不安。 しかし、それが顔に出ないままクラウドは建物から建物へ疾走、跳躍を続け、運良く爆撃に巻き込まれなかった建設中のビルの鉄骨へその足を乗せた。 途端。 全身が硬直するほどの戦慄が走り、咄嗟に背に追っていたソードを抜き放った。 右肩が抜けてしまいそうなほどの衝撃に思わず眉間にシワが寄る。 足を踏み外しそうになるが渾身の力を振り絞って踏ん張ると、突然翳った視界へ焦点を合わせ、愕然と目を見開いた。 愉悦に満ちたアイスブルーの瞳と流れる銀糸の髪。 息を呑む間もなく腹に重すぎる衝撃を受け、後方へ吹っ飛ぶ。 視界が歪むほどの痛みに息が詰まるがそれでも無様に転がることは回避した。 「久しぶりだな、クラウド」 「…セフィロス」 獰猛な肉食獣が獲物を前にしたときのような目をひたと向けてくる英雄に、我知らず震えそうになる。 信じ難い者の登場に頭がついていかないクラウドを英雄は楽しそうに見やった。 「ほぉ、神羅から脱走した、というのは本当だったようだな。あの生き人形がウソのように良い顔をしているじゃないか?」 「…なんでアンタがここにいる…」 口をついて出たのは情けないほど弱々しい声だったが、上ずったり震えなかったことがせめてもの慰めだろうか? セフィロスは風になぶらせている髪を掻き上げなら笑った。 「ずっと楽しみにしていたのだよ、私は」 「…なにを…?」 「お前とこうして刃を交えるその時を…だ」 耳に聞こえてきたその言葉が頭の中に入ってこない。 何を言っているのか意味が分からないが、セフィロスが確実に殺(や)る気なのだけは分かった。 しかし、理由が分からない。 確かに神羅兵の中でも際立った存在である”死神”として一目置かれているかもしれないが自分は失敗作だ。 一目置かれているのは死神として戦っている時しか知らない一般兵や何も知らない世間の人間だけ。 戦い終わった後の無様過ぎる状態は一般兵に知られないようスカーレットたちが隠していたし、知っている上層部や同僚であるセレスティックには蔑まれていた。 だから、神羅唯一の”英雄”という称号を手にしているセフィロスから見れば取るに足らない存在のはず。 それなのに、何故自分がその目に止まったというのか。 「お前は知らないだろうが、お前の出身地であるニブルヘイムとコレル、未だに抵抗を続けているウータイ、和解策を呑んだと見せかけて直前で村の人間全員が逃亡を図り、世界中へ散って身を潜めているゴンガガ、不可侵条約なる愚かな提案を掲げ、未だに公然と独自の社会を築いているコスモキャニオン。この5つの村出身の人間は身体能力が非常に優秀だ。何故だか分かるか?」 饒舌に語り出した英雄に面喰い、ただ圧倒されて押し黙る。 セフィロスは答えを求めていなかったのだろう、黙ったままのクラウドを一瞥すると言葉を続けた。 「この5つの村のある大地の下では星の中心を流れているはずのエネルギーが地表浅くへとその流れを変えて流れている。そのため、生き物の力が他の土地に比べて強い。それはその土地に住む人間にも言えることだ。分かるか?その村出身のお前があの女の実験を受け、とりあえず使い物になる程度の力を手にした。しかし、それでも私には不満だったのだよ。」 それがなんなのか、お前に分かるか?と楽しげに問う。 しかしクラウドは答えられない。 英雄とまで呼ばれた男が刃を交えるに足る相手として自分を見ていたその理由として、今の説明が本当ならばある意味納得は出来るがそれでも信じられない。 今、英雄自身も言ったではないか。 不満だった、と。 ようするに、実験の成果としてとりあえず”死神”というランクにはなったが、いつ剥奪されてもおかしくないほど不安定で弱々しい状態にあるクラウドは、セフィロスにとって取るに足らない存在のはずなのだ。 それなのに、何故今になって、しかもこのタイミングで立ちはだかる? あまりにも不運過ぎるこの状況を嘆いている間にも、英雄は悦に入った調子で言論を披露していた。 「ゴンガガ出身と言えば、ザックスがそうなのだが…」 親友の名前に思わず頬がピクリとする。 「しかし、知っているか?あいつは頑としてゴンガガ出身者ではないと言い張っている。いつもの調子の良い笑い顔でコスタ出身だと言い切り、私の挑発をのらりくらりとかわすのさ。ふふ、いつまで逃げ切れるのか楽しみなところだ」 「……何故、ザックスの出身がゴンガガだと思うんだ」 「私はお前達”死神”よりも感覚が優れている。聴覚も、嗅覚もな。あいつの訛りはコスタ出身者ではないし、匂いが違うんだよ。人間にはその土地でより長く生きてきた匂いと言うものが染み付いている。お前には分かるまい?」 さらりと種明かしをする英雄を見つめながら、そう言えばザックスがどこの出身者なのかまだ実験される前に聞いたことがあった気がする、と記憶を探る。 あの時、親友はちょっと困ったように『まあ、コスタってことでどう?』と笑っていた。 世界中へ散って身を潜めている村の出身だとしたら、大きな声で言うことが出来ないはずだ。 しかし、そんなことよりもクラウドの意識は別のものへ向けられていた。 綱渡りのようなやり取りをしながらも、聴覚は車のエンジン音を捕らえ続けていたのだ。 しかも、このままでは通り過ぎてしまう…。 疑問や焦りが顔に出たとは思えないが、しかしセフィロスは微かな表情の変化を見て取ったらしい。 唇の端を吊り上げ笑うと、目をクラウドの遥か後方へと投げた。 「そんなに気になるか?あの連中が」 心臓が縮み上がる。 死神として力を発揮していてもこれほど離れていては察知出来ない。 アバランチの誰かがクラウドへ意識を集中させて視線をよこしている場合は別だが、流石に無理だ。 しかし…。 「ほぉ、いい具合に兵のいない方へ動いているようだな。無駄がない…。誰が指揮している?」 独り言のように呟いているが、クラウドへ聞かせるためにわざとこぼしているのは明白だ。 心臓が早鐘を打ち、手の平がじっとりと汗ばむ。 クラウドの恐怖を愉しむようにセフィロスは目をスーッと眇めると更に意識を集中させた。 「この動きには覚えがあるな…。どこで見たのだったか…」 笑みを消して言葉を切り、記憶を探る。 しかしその時間はほんのひと時に過ぎず、次の瞬間、唇をキュウッ、と吊り上げた。 「ああ、タークスか。なるほど、なら先導しているのはヴィンセント・バレンタインか」 グッ…と顎を引き、クラウドは英雄の向けた視線を真正面から受け止めた。 ここで動揺しようが、平静を取り繕おうがもうバレてしまったことは疑いようがない。 しかし、まだ大丈夫のはずだ。 まだ…。 ティファが…、同じニブルヘイム出身者がいるとはバレていないはず。 しかし、このままだとバレるのも時間の問題だ。 恐らく自分はここで死ぬ。 ティファに絶対に帰ってくる、と約束したくせに守れないことが悲しいが、それでも彼女を護るためだと思えばそれくらいはなんでもない。 死んだ後、セフィロスがアバランチを追い詰めないとも限らない。 基本、この英雄は気晴らし程度にもならない存在を相手にしないが、だが、もしも変に興味を持ってしまったら最後だ。 いや、ダメだ。と、クラウドは即座に自分の甘い考えを打ち消した。 ヴィンセントがアバランチの中にいると勘付いてしまったのだから、興味はある程度持っている。 なら、英雄が自分を殺した後、アバランチを見逃してしまおうと思えるようになるにはどうしたらいい? どういう心境にしてしまえばいい? あぁ、そうか。 闘争心を…、獲物を喰らう捕食動物の本能を満足させればいい。 しかし、それが出来るだろうか?と自問するクラウドは、死を覚悟した戦いと、生に執着した戦いと、どちらがより苛烈に戦えるのか、それを秤にかけることなく自分で道を狭めてしまっていることに気づかない。 気づかないまま、手にしているソードを握り締めた。 恐らくこのまま攻撃してもかわされるか、受け止められてしまう。 ソードの耐久性を考えるとあまり振るうわけにはいかない。 ソードを使う場面を最小限に減らし、英雄が満足するような戦いを披露する。 最期の最後まで諦めない。 セフィロスを満足させまで死ぬわけにはいかない。 どこまでも冷静に、焦らず、戦機を逃さず確実にそこを突かなくては。 耳のすぐ傍で鳴っていると思えるほど早鐘を打つ心臓を宥め、全神経を目の前の男に集中する。 やがて、己の鼓動が遠くになり、自分を取り巻いている現実世界が遠のいていくに従って、流れる銀糸の一筋一筋、アイスブルーの瞳の細かな煌きの動き一つ一つがよりクリアに捉えられるようになる。 世界には自分と目の前の男しかいなくなる…。 筋肉の強張りをほぐし、その一瞬を待ったのはほんの刹那。 「ふふ、あと少しでこちらに到着だな。嬉しいか?クラウド。どうやらお前1人を戦わせたくはないらしい」 ブツリッ、と集中力が切れる。 遠ざかっていた現実の世界が急激に押し寄せて意識に飛び込んできた。 聴覚が今まさに通り過ぎようとしている車のエンジン音を捉え、同時に背後へまいてきた一般兵たちの動きを伝える。 それらの溢れんばかりの情報網を掻い潜って神経に止まったのは、ティファの名を呼び暴走しがちな彼女を押し止めるエルダスの抑えた声、アバランチメンバーの緊張した息遣い、ぬかるんだ地面を踏みしめる足音にティファが呟いた自分の名前…。 何故、逃げなかったのか、とか。 何故、このタイミングで自分の名を呼んだのか…とか。 何故、もっと早くアバランチのメンバー全員がこちらへ向かっていることに気づかなかったのか…とか。 言いたいこと、叫びたいことは溢れんばかりにこみ上げてきたがそれら全部が次の瞬間に吹っ飛んだ。 「ほぉ、どうやら私が思っていた以上に行方不明になっていた間、随分仲良くしてもらったようじゃないか」 胸を凍りつかせて粉々に粉砕してしまうほどの恐怖と焦燥感が爆発する。 何も考えずに身体が動き、気づけば見上げる位置にいたはずの英雄を見下ろしていた。 上空に飛び上がりざま、振り上げたソードを思い切り振り下ろす。 タイミングは絶妙だったはずだ。 しかし、やはりそれは英雄の前には児戯にしか過ぎない程度の技でしかなく、あっさり長刀に受け止められる。 鈍い金属音が鳴り響き、腕が痺れるほどの重い太刀筋を応酬として受けることになって思わず顔が歪む。 しかし、ボーっとしている暇はない。 突き上げられた長刀の切っ先をかろうじてソードで受け流すと宙に浮いたまま蹴りを繰り出す。 僅かに上体をそらせることでかわされたが、頓着せずに刃先を変えたソードを横滑りさせて一閃した。 しかしこれも長刀で受け止められる。 流されるのではなく受け止められたことでそれを軸に宙で態勢を変えることに成功するが、流されずに受け止められたことによりソードに込めた力の幾分かが自分に跳ね返り、クラウドの腕を重く痺れさせた。 しかしその痺れを振り払うように気合を込めると、英雄の上に組まれていた鉄骨を足がかりにして上空から突っ込みつつソードを振るった。 英雄はクルリと身を反転させてクラウドの攻撃を避けると、今度はお返しとばかりに長刀を横滑りさせた。 身の毛もよだつような空気を切る音。 眼前に迫るそれを咄嗟に身を跳ね上げてかわす。 しかし、咄嗟のことだったためバランスを取りきれないまま飛んだ跳躍は大して勢いも飛距離もない。 気づけば背後に回りこまれる形で追いつかれており、宙に浮いたままの状態で蹴り飛ばされた。 身を捩ったために蹴りを横腹で受け、視界がブレるほどの激痛に襲われる。 意識をかろうじて保ち、遥か下方の鉄骨に掴まって軸とし、クルリと一回転してから勢いを殺してから更に下の鉄骨へ舞い降りることに成功した。 だが、一息つく間もなくクラウドは目を瞠った。 たった今、かわした長刀が鉄骨を数本、切断していたのだ。 けたたましい音を立てながら落下するそれらをかわすべく後方へ飛ぶ。 それを追うようにして英雄も口元に愉悦の笑みを浮かべたまま飛んだ。 命がけの鬼ごっこが始まった。 |