プレジデント神羅直々の緊急招集に幹部たちはそれぞれ不安や疑問に表情を曇らせていた。
 緊急招集をかけた肝心の人物はまだ会議室に着いていないが、もう間もなくやってくるだろう。
 その会議室の椅子が3つ、空席となっている。
 1つはスカーレット女史の席。
 彼女が今朝早くからどこかへ行っていることは既に報告を受けているため多少の疑問は残るものの特に問題ではない。
 しかし、残り2つの席が問題だ。
 1つは勿論、この組織のトップであるプレジデント。
 さらにもう1つは、神羅の守護神とまで称されている英雄。
 プレジデントと英雄がその関係を上手く築けていないことはもう幹部でなくとも神羅の人間は知っている。
 いや、プレジデントと英雄が、というよりも、一方的に英雄の方こそがプレジデントを見下していると言った方が正しいだろう。
 いやしかし、もしかするとこの言い回しも正しくないかもしれない…。
 より正確に言葉で表すならば、『英雄は自分以外の全てのものを蔑んでいる』が最も相応しいと言えた。
 いつもここではないどこか遠い世界を見ているような目をしているかと思えば、獰猛な猛禽類を思わせる目で獲物見据え、愉悦の笑みを口元に浮かべている…。
 その瞳に宿る光はギラギラと光り、底知れない恐ろしいまでの執着心を印象付けるほど粘着質に富んでいて狙われたら最後、地の果てどころか地獄の底まで追い続けるであろう不気味さ、おぞましさで満ち満ちている。

 その得体の知れないおぞましさを感じさせる英雄は、これまでに度々あった緊急招集に対し、応じたり応じなかったりとマイペースな姿勢でしか臨まず、プレジデントの自尊心をいたく傷つけてきた。
 英雄が己の闘争心を満足させることが出来ているのは、神羅の持つ情報網をゆえだ、というのがプレジデントの言い分だ。
 だがしかし、それすらも実は英雄が退屈しのぎに付き合っているだけではないのだろうか…というのがセフィロスと言う男を知る幹部連中の囁きごととなっている。
 本当は、神羅の情報などなくともきな臭いところ、強敵のいるところ、危険極まりない命のやり取りとなる戦場を本能で察知することが出来るのではないだろうか…?
 ただ、それをするのが面倒なだけ…、気が乗らないという実に軽い理由により、プレジデントの与える情報にとりあえず従っているのではないだろうか?
 そう幹部たちは囁いている。

 非常に曖昧で不確かな立ち位置を取り続けている英雄が、果たしていつまで”神羅の英雄”という肩書きに甘んじてくれるのか…。

 実は密かに、それを危険視する声が強くなりつつある。
 故に、今回の緊急招集に対し、果たしてセフィロスがどういう反応を示すのかが幹部達の関心を集めていた。
 プレジデントの誕生式典の翌日になされた緊急招集。
 これまでに行われたものの中では恐らく一番緊急性を持つ召集であろう。
 それに応じるならば、まだセフィロスが神羅の一員として腰を落ち着けても良い、と判断しているというある程度の指標になる。
 しかし、もしも応じなければ…。

 だが、緊張している幹部達の中でただ1人、デスクに両肘を着いた状態で手を組み合わせているリーブ・トゥエスティだけは違う理由で青ざめていた。
 緊急招集に応じる直前にもたらされた報告。
 それが、彼を激しく揺さぶっていた。

『シェルクは気を失ってるだけで済んだけど、監視隊は…。え?あぁ、大丈夫。怪我もないから。ただ、精神にかなりのストレスがかかったみたいでね、心を護るために身体が”眠り”を強要したせいで失神してるだけだから。ただ…この1ヶ月くらいのデータが全部消滅してる。……うん、そう。全部。昨日の式典のものも綺麗さっぱり…ね』

 シャルアの緊張を孕んだ声が鼓膜にこびりついて離れない。
 完全に後手に回ってしまったことに臍(ほぞ)を噛む。
 血の海だったという監視ルーム。
 シェルクの力、センシティブ・ネット・ダイブを可能にするための専用ルームと監視ルームがもう少し近ければ、もしかしたら彼女は生きていなかったかもしれない。
 あの英雄がシェルクを見逃したのは、彼女が凶行に及んでいたのを”観ていた”と知らなかったからではなく、ただ単に神羅ビルの最奥に彼女の部屋があったため、寄るのが面倒だっただけだろうと思われた。
 英雄が記録から何を見て、何を感じ、何をしに外の世界に出て行ったのか…。
 多少のズレはあるかもしれないが、立てた推測はほぼ間違いないだろう。


 脱走兵、”死神”クラウド・ストライフ。


 青年以外に英雄の興味を引きそうな出来事が外の世界にあるとは到底思えない。
 ザックスが危惧していたことを回避出来なかった無力さに打ち震えている場合ではないことは分かっているが、今の情報が少ない状態ではどうすることも出来ず、リーブは焼け付くほどの焦燥感と切迫観念を懸命に抑えながら静かな面持ちを保ち続けた。





Fantastic story of fantasy 19






 気配を殺し、瓦礫と化す寸前の建物の壁に背をくっつけ、周囲を窺いながら進んでいたアバランチは、突然起きたけたたましいほどの騒音にギョッと身を竦めつつ空を振り仰いだ。
 建設中のビルが崩壊していく…。
 鉄骨しか組まれていないその建物が崩れる中、信じられない光景をメンバーは見た。

 轟音を立てて崩れるそのビルの骨組みから小さな影が2つ、斜め上空へ飛びあがったのだ。

 1人はクラウドだとすぐに分かったが、彼を追って飛びあがったもう1人の姿に全員が驚愕に目をむいた。
 思わずビルの陰から飛び出しかけたティファをヴィンセントがギリギリ阻む。
 エアリスが顔を歪め、額を押さえて蹲ったのはそのときだ。
 ジェシーやシドが慌ててしゃがみ込み、声をかけたことでメンバーがエアリスの異常に気づいて青ざめた。

「なにか…ちょっと変な感じ。英雄…?なんで…?それに…なにか来る」

 途切れがちに呟いたその言葉を聞きとがめ、ヴィンセントは目を眇めてハッと顔を上げた。
 慌てて蹲ったエアリスへ腕を回して抱き上げると、
「全員、すぐ隠れろ!」
 と言い捨て、壊れかけた建物の中に飛び込んだ。
 訳は分からないなりに全員がそれに従う。
 後ろ髪を引かれるようにクラウドが消えた方を気にするティファをエルダスは強引に引っ張り仲間の後に続く。
 リーダーらしく殿(しんがり)を勤めたバレットの巨体が建物内へ滑り込んだ直後、一台の車が耳障りな音を上げつつ通り過ぎた。
 ビクリッ!と身を震えわせたエアリスにヴィンセントの眉間のしわが深くなる。
 通り過ぎる車のエンジン音が消えた頃にようやっと全員緊張を解いたが、それでもまだ予断は許さない。

「クラウド…」

 心配ではちきれんばかりのティファがフラリとビルの陰から身を晒すのを、エルダスが肘を掴んで引き戻すその傍らではヴィンセントに抱えられたままのエアリスがブツブツと言葉にならない声で呟き続けていた。
 ところどころ、「なに?」「分からない」「もう一度…」「待って」と、言っているようにも聞こえるが、定かではない。
 霜が下りている深緑の瞳は、正直ゾッとする。
 だから、エアリスが目を見開いて硬直したとき、彼女を注視していた全員が心臓を縮み上がらせた。


「っ!!!」


 無言の悲鳴。
 目を見開いて鋭く息を吸い込み全身を強く硬直させる。

 抱えていたヴィンセントは咄嗟にエアリスの口元を手で覆い、上がるかもしれない悲鳴を塞いだ。
 だが、エアリスは一言も声を上げることなく唐突に意識を失ってしまった。
 突然全身の力を手放し、失神したエアリスに全員が蒼白になる。

「ちょっと!?」
「エアリス、どうしたのさ!?」

 小声でエアリスの名を呼び、頬を軽く叩く。
 しかし、ピクリともせずに真っ白な顔色で意識を失った彼女にヴィンセントはすぐ首筋に触れて脈を計った。

「この症状…以前にも見たことがある。星がエアリスに深く干渉してきたときだな…。一体エアリスに何を伝え、何を見せたのか…」
「そう言えばよぉ、プロドシアが裏切ったことをエアリスはどうやって知ったのか聞きそびれてたな」

 シドが顎に手をやりながら1人ごちる。
 ただの独り言だったが、「それこそ、裏切った瞬間を映像として見せられたんだろう…星に」ヴィンセントが溜め息を吐きつつホッと顔を上げた。
 憂慮すべき脈の状態ではないことにホッと息を吐き出すが、アバランチのリーダーであるバレットへ向けた目は苦く重いものを含んでいた。

「このままここにいるのは得策じゃない。無念だがこのままエアリスを休ませてやれるところへ向かうよう提案する」
「そんな!」

 非難にも似た声を上げたのはバレット……ではない。
 それまでエアリスを心配そうに覗き込み、彼女の髪や頬を撫でていたティファは焦燥感も露わに立ち上がり、見下ろすようにしてヴィンセントを睨んだが、当の本人はチラリとも見ることなくリーダーのみに視線を向ける。
 先導し、敵の目を掻い潜ってここまで辿り着くことが出来たが、それでもアバランチのリーダーはバレットであってヴィンセントではない。
 アバランチの行動はリーダーであるバレットが握っている。
 そして。

「…くそっ!しょうがねぇ」
「バレット!」

 リーダーが下した決定には従う。
 それが組織に生きる者の最低限のルール。
 少なくとも、アバランチではそうだ。
 よほど突飛な発想でない限り、バレットの決断にメンバーは従って行動する。
 だから、無謀とも思えた神羅ビルへの潜入も断行したのだ。

 身を乗り出し、縋るように見るティファにバレットは渋面を向けた。

「ティファ、おめぇが心配するのも分かる。なにしろ、英雄が相手だからな。もしかしたらあの野郎も…」
 言いかけて言葉を切り、大きく息を吐いてまた続ける。
「でもな、俺たちの本当の目的は神羅を倒して星を救うことだ。あの野郎を助けることじゃない」
「星を救うために仲間を見殺しにするの!?」

 非情とも言える言葉をきっぱり口にしたバレットにティファが悲鳴のような声を上げる。
 しかし、リーダーは鳶色の瞳に浮かんだ詰るような色に怯むことなく断言した。

「仲間が1人でも生き延び、戦える道を選ぶべきだろうが!」

 正論。
 反論のしようがないほどの正論を前にティファはグッと言葉に詰まる。
 苛立ちと焦燥、恋慕と組織に与する人間としての責務。
 それらの思いがごちゃまぜになって苦悩するティファの横顔をエルダスは苦しげに見やった。

 ティファの気持ちが痛いほど分かる。
 神羅ビルへの潜入作戦のあの時、どれほど自分も一緒に行動したかったか。
 想っている女が死地に赴こうとしているのに留守を護らなくてはならないあの焼け付くほどの無力感は言葉に出来ない。
 しかし、あの時もバレットの命令に逆らいきることはしなかった。
 それが、アバランチに属する人間としてのルールだからだ。
 無論、ただ盲目的に従っているわけではない。
 敵は世界一の巨大組織。
 対する自分たちは世界にあまた存在するとは言え、その組織一つ一つはとても小さく、力は弱い。
 巨大組織と敵対するためには同じだけの力を有しなくてはならないが、そのために団結することがどうしても出来ない。
 それは、少しでも大きくなると神羅の情報に引っかかり、殲滅させられてしまうからだ。
 神羅の放つ間者は至るところに潜んでいるため、その目を掻い潜って一つ一つの小さい反勢力が団結することは不可能だ。
 だから、どうしても今ある共に戦っている仲間・戦力を失うわけには行かない。
 そのことを知っているからこそ、エルダスは従った。
 そしてそれを今、仲間は同じようにティファへ強要しようとしている。
 その守るべきルールの重要性はティファも重々承知しているのだが、それでも、クラウドの元に駆けつけたい、と心が悲鳴を上げているのだろう…。

 英雄・セフィロス。

 5年前に故郷、ニブルヘイムを焦土へと変えた憎い敵。
 しかし、その真相を知るものは極々僅か。
 世間はニブルヘイムの悲劇をモンスターの襲撃だと思っている。
 神羅が情報操作を行ったのだが、元々ニブルヘイム地方のモンスターが凶暴だったことは世界の常識として知られていたため、特になんの疑問も抱かれずに世間はそれを受け入れた。
 だから、ティファの憎しみはいや増しているのだとエルダスは誰よりも理解している。
 その仇が目の前で、唯一人残った同郷の仲間へ刃を向けている。
 しかも、ただの幼馴染ではなく…もっと深い想いを寄せている相手…。
 与する組織のルールに従うか、それとも心のままに飛び出すか。

 迷うな、と言うほうが無理だ。

「ティファ…心配なのは分かるけど、クラウドもかなり腕が立つみたいだし、もしかしたらあの人1人だけだったら逃げられるかもしれないよ?」

 おずおずとナナキが口を挟む。
 チラリとも見ようとせず唇を噛んで俯いているティファに、そっと身を寄せながら更に言葉を紡ぐ。

「オイラだってやっぱり心配だし駆けつけたい気持ちはあるよ。勿論、オイラ以上にティファが駆けつけたい!って思ってることも分かってるけど、もしかしたらオイラやティファがクラウドのところに行くことで、クラウドが逃げられなくなっちゃうかもしれないでしょ?」
「あ〜、だよねぇ。アタシたちが逆に足を引っ張る可能性だってあるわけだし」

 同意を示し、ユフィはそっとティファの肩へ手を伸ばした。

「ね?ティファ。今はしょうがないよ。エアリスもこんな状態だし、アタシたちまでバラけたらアイツが何のために1人で囮になってくれたのか意味なくなるじゃん?だから、今は大人しく安全なところに退却して態勢を立て直そうよ」
「だな。プロドシアが俺らを裏切ってたってことも、同士たちに報せて警戒するよう呼びかけねぇと」

 シドが腕を組みながら頷き、他の面々も賛意を示した。

 いよいよどうしようもなくアバランチの決定に従うしかなくなったティファを痛ましそうに見つめながら、エルダスは拳を握り締めた。
 彼女が苦しんでいるのに、彼女の望む一言を言ってやれないことが口惜しい。

 行かせてやれ、と。
 彼女1人では危険すぎるだろうから俺が一緒に同道する、と。

 しかし、それは絶対に言えない。
 ルールに反するからじゃない。

 ティファが自分以外の男のことで身の危険も顧ず、ひたむきに駆ける姿をこれ以上見たくないからだ。

 浅ましすぎる自分の思いに反吐が出そうになる。
 だが、そうそう簡単に捨てられる想いではないし、自分の中でけじめをつけられるほどの時間も与えられていない。
 彼女が望む言葉をかけられない狭量な自分を絞め殺したくなりながら、それでも”組織に属する上での最低限のルール”に縋りついて沈黙を選ぶ。

 そうしてエルダスは胃に鉛を詰め込まれたような思いを味わいながら、アバランチの総意に従う決断を苦渋に満ちた表情で下したティファを見守った。
 仲間がホッと安堵の表情を浮かべたその光景に強い反発めいたものを覚えながらも、また、彼女にその道しか与えてやれない自分たちの不甲斐なさに身を捩るほどの惨めさをかみ締める。

 しかし、活路のようなものを見出したと思えたのは一瞬だった。

「それでは」
 行こう。

 続けるはずだったヴィンセントの言葉は中途半端に消え、彼が何故言葉を途中で区切ったのか訝しげに思う隙すら与えず、アバランチは突然目を覆うほどの閃光と巻き起こった爆風によって視力と方向感覚、聴覚、身体の自由、全てを奪われ潜めていた建物の瓦礫もろとも吹き飛ばされた。


 *


 ゾッと背筋に悪寒が走り、クラウドは身を翻しざまソードを一閃した。
 鈍い音と重い衝撃が全身を襲ったのと別の感触が起こり、手から力が抜けていく。
 恐れていたことがとうとう起こったのだ。
 奪った武器が粉々に粉砕し、ただの無力な”モノ”と化す。
 思わず舌打ちをしながら柄しか残らないその役立たずをグッと握ると、思い切り跳躍すると同時に後方へ投げつける。
 唸りを上げて飛んだそれは、英雄の眉間すれすれのところで弾き飛ばされたが風圧で薄い皮を切り裂くことに成功する。
 セフィロスの額に一筋の赤い雫が軌跡を描き、英雄は唇を吊り上げた。
 楽しくて仕方ない様子の英雄は狂気に彩られ、確実にクラウドを追い詰めている。
 既にクラウドは満身創痍。
 逃げの一手に追いやられていた。
 形だけの武器ですらもう手元にはなく、あるのは己の身1つだけ。
 死ぬ気になって戦っているが故に死への恐怖はない。
 しかし、別の恐怖がジワリジワリと彼を追い詰める。

 セフィロスの遥か後方に上がる濛々たる煙に焦燥感がいや増す。

 一瞬だけだが眩い閃光が走った直後の爆音。
 しかも爆撃場所は自分たちが先ほどまで戦場としていた建設中のビル近く。
 何が起こったのか疑う余地もない。

「…この…!」

 地面へ着地ざま、転がっていた大人の頭部ほどもある瓦礫を掴み、思い切り投げつける。
 当然、それは悪あがき程度にすらならないことは重々分かっているが、これぐらいしか戦いようがない。
 殺されるにはまだ”足りない”はずだ。
 セフィロスの気を済ませるだけの血沸き肉踊る戦いを演じてみせなくては…!
 しかし、そうまでして守りたいと思っていたアバランチも、もしかしたら…。

 そこまで考えてクラウドはギリリッ、と奥歯をかみ締めた。
 考えるな!と己に言い聞かせる。
 余計なことに気を取られている場合ではない。
 それでなくとも分が悪すぎる。
 もしも…。
 もしも、無事でいてくれてるのなら、いや、絶対に無事に決まっているが、自分が死んだ後、今のままならセフィロスは確実に”闘争心の消化不良”でアバランチへその不良感を解消させるべく手を伸ばすだろう。
 そうなったら絶対に助からない。
 彼女には生きていて欲しい。
 彼女にも、それに彼女の大切な仲間にも、親友の恋人にも…。

 そのためにはまだ…。
 まだ終わるわけにはいかない。

「ほぉ、お前は本当に面白くなった」

 繰り出される長刀に空を切らせ、足元の岩を蹴り上げて武器とし、朽ちた建物の陰に身を潜めて反撃の機会を窺う…。

 幾度それを繰り返したか。
 いい加減、息が上がって喉がひりつく。
 対する英雄はどこまでも超人然としており、息1つ上がらず、汗1つ浮かべていない。
 圧倒的な力の差を見せ付けられ過ぎたせいで、この戦いにおいて絶望すら沸いてこない。

 愉しげな声音は今にも舌なめずりをしそうで、うっとりと目を細める英雄にクラウドは戦慄する。

 まだまだ…と言っている。
 まだまだ足りない。
 もっともっと楽しませてくれ…と、底の見えない貪欲な渇望がクラウドへ向けられ、求められている。
 しかし…。

 顔色を変えないよう慎重に全身の状態をチェックする。
 左腕は既にまともに動かない。
 走ったり飛んだりする時にバランスを取るくらいは可能だが、戦うためにはもう役に立たない。
 右の背中には長刀で斬りつけられた傷がジクジクとした痛みと熱を孕んでいる。
 この程度の斬り傷で済んだのは本当に幸運だったのだが、だからと言ってダメージは決して軽くない。
 左脇腹の少し上、つまり肋骨には恐らく数本、ヒビが入っているだろう。
 折れて内臓に突き刺さったりでもしたら命に関わる。
 そして…極めつけが視力だ。
 左目は掠れてほとんど見えない。
 殴り飛ばされた時の衝撃がまだ視力を削ぎ落としていた。
 すぐに治療すれば元に戻るだろうが、そんなわけにはいかない。

 このような満身創痍の状態であとどれくらいもつだろう?
 いや、弱気になどなっていられない。
 ここには自分しかいないのだ。
 英雄と称されるただ1人の人間と相対出来る者は。

 しかし、クラウドのその決意を嘲笑うかのようにセフィロスは余裕たっぷりに口を開いた。

「しかし、まだまだだな、お前は」
「!?」

 冷酷な死刑判決にも似た言葉に息を呑んだその直後、セフィロスの姿がゆらりと陽炎のように揺らいだかと思うと、次の瞬間、右肩に激痛が走った。

 危うく上がりそうになった悲鳴を喉の奥の奥で止める。

「まだまだ、お前は自分の力を完全に手にしていないようだ」

 顔を歪め、貫いた長刀に震える左手を伸ばし、持ち上げられた身体を捩りながらクラウドは英雄の言葉を聞いた。

「私がそれを手伝ってやろう」

 その言葉に恐怖を感じたその直後、貫かれた右肩から尚一層走った激痛に意識が飛びそうになる。
 霞んで消えそうになる意識をかき集め、己が宙高く放り上げられたのだとなんとか理解したが、そこまでだった。

 幾度も突き上げてくる長刀。
 貫かれる四肢。
 受け止めようとして、防ごうとしてかざした手の平を貫通し、目の前で止まったその切っ先は、しかし自分が止めたのではなくセフィロスがあえて力加減をして止めたのだと説明を受けずとも分かってしまう。

 ここまでの力の差をどうしろと?

 堪えきれずに上がった短い悲鳴を無様と哂う余裕すらない。
 地面に叩きつけられ、立ち上がる力もなく、ただ冷たい瓦礫の感触すら遠のきそうになりながら必死になって顔を上げる。

 まるで背に翼でも生えているかのように英雄はゆっくりと山と積まれた瓦礫の上に舞い降りると、笑みを模った口を開いた。

「己への痛みだけでは不十分…か。ならば…」

 銀糸の髪を風に乗せながら背を向ける。


「他の人間に手伝ってもらうしかないな」


 目を見開き、恐怖に凍りつくクラウドを肩越しに一瞥すると、英雄は忽然と姿を消した。

 待て!と。
 他の人間に手を出すな!と。

 必死に喉を震わせ叫ぶクラウドの弱々しい声はしかし、巻き起こった風に無情にもかき消される。
 身を起こそうとするも激痛によって阻まれ、クラウドは絶望と狂いそうになるほどの焦りに苛まれながら傾ぐ身体を支えきれず、その場に倒れ伏した。
 出血多量のために急速に冷える身体を自覚しつつ、意識を手放したクラウドが最後に思い出したのは、泣きそうな顔で縋る眼差しを向けてきた…ティファの白い顔だった。






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