警報音が鳴り響く廊下を慌しく駆ける兵士たちに紛れ、リーブも大混乱の神羅ビルを走っていた。
 人の波に逆らうようにして疾走するリーブの隣をいつの間にかルクレツィアが深刻な顔で併走している。

「さっきの揺れの原因、もう分かってる?」
「えぇ」

 挨拶をすっ飛ばし、要点をついてくる仲間にリーブは短く返事を返しながら胸ポケットに手を突っ込んだ。
 前を見据えて走ったまま開いた携帯を差し出す。
 先ほど、ようやっと緊急招集をかけた当事者であるプレジデント神羅がやや遅れて会議室に現れたばかりだった。
 深刻で重々しく「緊急事態が起こった」と口を開いたその直後、建物全体が地響きのような音と共に大きく揺れ、警報音が鳴り響いた。
 慌てふためいた幹部たちよりも先に息子であるルーファウスに促されてプレジデントは会議室から飛び出した。
 幹部に声もかけず逃げ出した最高権力者に唖然としたのは一瞬、大混乱となった。
 その混乱のお陰でリーブは携帯に届いたメールを誰にも気付かれずに済んだのだ。

 携帯を受け取ったルクレツィアは短いメール文に驚いて眉を跳ね上げた。

「死神専用のトレーニングルームが破壊!?」
「恐らく、ザックスとセレスティックでしょう」

 更に驚く彼女に、ザックスの早朝の来訪があったことを告げる。

「十中八九、その戦闘の影響のはずです。ただ、詳しいことはちょっと…。シェルクもたった今、目が覚めて神羅ビル周辺に設置されている生きた監視カメラへ意識投影したばかりのようですからね」
「…なにがあったの?」

 シェルクが失神していた事実を知らなかったらしい仲間にリーブはこれまた簡潔に説明した。


「セフィロスが監視隊を殲滅し、神羅からの離反を意思表明しました」


 ルクレツィアは息を呑み驚きを表したが、すぐに厳しく表情を引き締めた。





Fantastic story of fantasy 20






 ティファは身体の節々に走る痛みに顔を顰めながらゆっくりと身を起こした。
 パラパラと砂や瓦礫が頭や体から落ちる。
 小さく咳き込み、煙る砂埃に涙目になりながらゆっくりと周囲を見渡した。
 元々、半分倒壊したような建物だったが、新たな爆撃のせいで更に倒壊が進んでいる。
 ただ、爆薬の量をかなり抑えたのだろう、全壊には至っていない…。

 いまだ濛々とあがる砂埃のせいで視界は非常に悪い。
 そんな中、痛めた足を庇うようにして引きずりつつゆっくり、ゆっくりと進む。
 仲間の名を呼びながら、辺りを警戒してどれほど進んだだろう?
 人の気配を感じ、ハッと身を固くしたティファの目の前にヘビースモーカーの仲間がフラフラと現れた。

「…あ〜〜…酷い目にあったな…」
「シド!」

 パッと顔を綻ばせて駆け寄ろうとするが、痛む足のせいで動きが鈍重になる。
 シドはホッと緩んでいた顔に心配そうな色を浮かべた。

「大丈夫か?怪我したか?」
「うん、大丈夫。大したことないから。それよりも、皆は…?」
「俺も探してるんだがよ。多分この近くにいることはいるだろうが、もしかしたら敵を警戒し過ぎてちょっと離れちまったかもしれないなぁ…。ティファは失神してたか?」
「…うん、多分。ちょっと良く分からないけど」

 問われて考える。
 どれくらいかさっぱり分からないが、気を失っていたことは確かだろう。
 しかし、これだけ砂埃が上がっているのだ、爆撃を受けてからさほど時間は経っていないはずだ。
 シドは軽く頷くと辺りへの警戒を強める。

「あっちから…ちょっとイヤなものを感じるんだがよぉ…」

 言われて視線を向ける。
 確かに…なんとなくイヤなモノを感じる。
 それが一体なんなのかまでは分からない。
 恐らく、エアリスなら分かるだろうが、シドとティファは一般人だ。
 なんとなくイヤなものがある、と分かるのは、一重に”武芸者として気配を読むことに長けているから”に他ならず、超能力とかそういう超人のような能力が備わっているわけではない。
 ある程度、戦いに身を投じている者なら誰でも備わってくる”第六感”的なものに過ぎないのだ。
 しかし戦場において、その”第六感的”なその場の空気を読み解く力はグループや己の命を左右する。
 決して軽く見てはならない。

 シドとティファはそのことを経験から学んでいた。
 言葉を切り、アイコンタクトでその場からそろりそろりと後退する。
 自分だけではなく仲間も同じ感覚を味わっていると言うことは、気のせいではない…ということだ。
 一瞬、ここまで気持ちの悪い感覚がするということは、神羅の英雄がいるのではないだろうか?と考えもしたが、足を負傷している身ではそれこそただの足手まといにしかならない…。
 気持ちは逸るが仲間ともはぐれているこの状況で危険と思われるものからは極力身を遠ざけなければ…。

 普通の状態ならたった2人でも問題なかっただろう。
 しかし、ティファは軽症とは言え負傷していた。
 前方から近づく危険と思しき気配へ気を取られ過ぎ、足元への警戒、更には背後への警戒はしていても上空はおろそかになっていた。


 突然、全身を電気が走り、硬直する。
 いや、本当に雷が落ちたのでは無論ないが、そう表現するしかないほどの凄まじい衝撃が2人を襲った。
 全身から冷や汗が噴き出し、心臓が駆け足で鼓動を打ち鳴らす。
 恐る恐る背後を振り返った2人は、そこに立つ男を見て目を見開いた。

 蛇に睨まれたカエル。

 その言葉と自分たちの状況が重なる…。
 我知らず身体が震え、呼吸が上手く出来なくなる。
 笑いそうになる膝に力を込めるが、果たしてうまくいっているのかどうか、自分でも分からない。
 頭の中が真っ白になり、どうして目の前の男がここにいるのかとか、ここに現れたということはクラウドが敗北したということを意味するとか、そういう諸々の背景等々を理解するよりもまず本能で悟る。


 ここで死ぬ。


 絶対に勝てない。
 逃げられない。
 見つかったら最後、最高のコンディションで尚且つ仲間が共にいてくれたとしても絶対に生き伸びることは出来なかっただろうと分かってしまった。

 こんなバケモノ相手にクラウドは1人で…。

 金糸の髪をツンツンと立たせた青年が最後に背を向けた姿が蘇る。
 ティファの胸の奥底から熱いものがこみ上げ、恐怖のうち幾分かと摩り替わる。

「クラウドは…どうしたの…」

 震える声で、しかしはっきりと詰問したティファにセフィロスは面白げに「ほぉ」と声を漏らした。
 口元を歪め、冷たい微笑を浮かべてそこに立つ英雄は目を細めるとティファのみにヒタと視線を向ける。

「どうすればクラウドの本気を引き出せるのか少し考えていたのだが…ふむ、お前1人で十分かもしれん」

 ティファの問いに答えるつもりは毛頭ないのだろう。
 ねっとりとした視線をティファに向けているくせに眼中にないその様子は、とても同じ星の人間とは思えない。
 そう、異世界の住人かどこか遠い星からきた異星人のようだ。
 理解し難い存在、それが英雄の全てを表すに相応しい言葉だと思える。

 ティファもシドも、セフィロスから発せられる圧倒的な力を前に完全に気を飲まれてはいたが、目は逸らしていなかった。
 だから彼が動いた時、忽然と姿を消したようにしか見えなかったのだ。

「「え?」」

 それに気づいた2人は我が目を疑い、次の瞬間、本能だけで前方へ飛んだ。
 瓦礫に突っ込むような形になりはしたものの、幸い怪我を増やさずに済み身構えながら振り返った。
 
「よく避けたな」

 空気が唸ったのが聞こえた気がしたが、それもすぐに意識の片隅に追いやられ、目は英雄が抜き身で持っている信じられないほど長い刀に釘付けになる。
 ドッと汗が噴き出し、恐怖で全身の筋肉が強張る。
 しかし、呆然としている余裕も、硬直している場合でもない。
 ニタリと笑ったセフィロスから第二戟が放たれる。
 その攻撃も我武者羅にただの勘だけでかわす。
 シドは右に、ティファは左に飛んでかわしたため、2人の距離が大きく開いた。
 その開いた空間にセフィロスは流れるように移動すると、シドに見向きもしないでティファへ長刀を振り上げた。
 そのとき、ティファはまだ横飛びに飛んでいる途中…、つまり身体はまだ宙に浮いている状態だった。

 鳶色の瞳いっぱいに長刀の切っ先が映る。

 アドレナリンが異常分泌されているからだろうか、全てがスローモーションに見える中、それでも視覚で捉えられる動きの限界を超えているその攻撃に身体がついていけるはずもなく、ティファはただ見ているしか出来なかった。
 だから、その長刀が横合いからの攻撃をまともに受けて軌道を変えたそのときもティファはただ見ているだけで何が起こったのか分かったのは着地に何とか成功したときだった。

 セフィロスが片眉を上げて邪魔した輩へ顔を向けているその視線を追う。

「ヴィンセント!」

 喜び…というよりも驚きの声を上げたのはシドだ。
 ティファもまた、嬉しく思うよりも、より緊張が高まるのを感じる。
 助けに来てくれた仲間に嬉さよりバケモノの前に身を晒してしまった仲間の危険の方にこそ意識が向く。
 ヴィンセントが構えていた銃からはゆらりと細い白煙が一筋上がり、彼がティファを救ったことを意味していた。

「ほぉ、これはこれは。タークスの裏切り者ではないか」
「何故ティファを狙った?」
「ティファ?この女のことか?」
「分からずに狙っていたのか?」
「名前など知らずとも別に問題はない。私が興味があるのはこの女そのものではなく、この女を失った時に覚醒するであろうクラウドの力のみ」

 だが、と言葉を切ると意味深にティファへ視線を流す。
 爬虫類のそれを思わせる眼差しにティファの背筋に悪寒が走った。

「そうだな…この女も案外、私を楽しませてくれそうだ。記録で見た限りではこの女に素質があるかどうか疑問にすら思わなかったが」

 ふむ…と思案顔になる英雄にティファだけでなくシドとヴィンセントも訝しげに眉を顰める。
 3人の訝しげな様子をまるで気にも止めず、セフィロスはふと顔を上げると後方へチラリと視線を流し、フッと笑った。

「…なるほど。こういう展開も案外楽しめる…か。上手くいけばあるいは私の楽しみが増えるかもしれん」

 独り呟きながらゆっくり体をティファへ向ける。
 ヴィンセントとシドがすかさず武器を構えながらティファの元へと駆けつけようとした。
 ティファもまた、震える拳を一瞬だけ強く振るとグッと握り直す。
 セフィロスは目を細め、唇の両端をキュウッと吊り上げた。

「いいな、お前たちは。中々に面白い。ここまで対抗意識を持ち続けることが出来た人間はとても少ない」

 心の底からの愉悦。
 獰猛な肉食獣が舌なめずりをするかのような英雄に新たな恐怖が胸に沸く。
 しかし、それすらも認めるだけの時間が与えられなかった。

 唐突に英雄は長刀を大きく頭上に振りかぶると、なんの気負いもなく足元の瓦礫の山めがけて一閃した。

 たったその一振りでその場が斬り込まれ、崩れる。
 耳を覆いたくなるほどの音と濛々たる砂埃を上げて崩落する瓦礫の山に、慌てて3人は後方へ飛んだ。
 視界があっという間に覆われて何も見えなくなる。
 ティファは口元を押さえて数回後方へ飛んだが、痛めた足のせいで踏ん張りが利かず、踏み外してしまった。
 よろめいて転倒する。
 いや、転がるその寸前、咄嗟に受身を取ろうとした身体が宙に浮いた。

 え…?と思う間もなく、鳩尾に重い一撃を受け、息が詰まる。

 英雄により片腕だけで抱きかかえられ、逃げられない態勢の状態で鳩尾を殴られたのだと理解したのは、知らず苦悶の表情を浮かべて視線を上げたときだった。

 薄笑いを浮かべている英雄のイヤミなほどに整った顔を睨みながら、ティファは意識を失った。


 一方。
 ヴィンセントはセフィロスの予想だにしない攻撃を難なく回避していたものの、新たな敵の接近に舌打ちをした。
 ピンポイントで自分たちが潜んでいたところに威力を抑えた爆撃があったことの意味を考える。
 目撃者・生存者の一掃を目的としていたにしては威力が弱かった。
 炙り出そうとでも言うのか、それとも別の狙いがあったのかは分からないが、自分たちが潜んでいたことを敵に知られたのは間違いない。
 爆撃直前に意識を失っていたエアリスは既に近くの頑丈そうな被害の少ない建物の中にジェシーたちと一緒に避難させている。

 あとはティファとシドだけだったのに…。

 とにかく迅速な行動が必要だ。
 まずはセフィロスの攻撃を避けた際、図らずも近くにきたシドと合流することを選ぶ。
 シドはまだ敵の接近に気づいていないようで駆け寄ったヴィンセントに慌てた様子でティファを案じていた。
 そのシドに身を屈めさせると敵の接近を早口で伝える。
 その頃には車のエンジン音がかなり近くなっていた。
 シドの顔にも緊張が走る。

「行くぞ」

 促し、身を低くした状態でヴィンセントは駆け出した。
 シドが後に続く。
 瓦礫の山を飛び下り、足元の悪さをものともせず2人は駆ける。
 しかし、いくら駆けてもティファの姿は見当たらなかった。

「おかしすぎるだろうが…。ティファの奴、足を怪我してたからそんな遠くまでこの短い時間で行けるわけねぇのによ。それに…あの不気味な野郎もいねぇ…。こりゃ…イヤな予感がしやがる」

 声に焦りが色濃く表れ、シドは握っていた槍に力を込めた。
 何故かティファに執心していたように見えたのが気がかりだ。
 クラウドのことも訳の分からないことを口走っていたようだったが、一体あれはなんだというのか…?

 分からないこと、不安なことが多すぎて思わず頭を掻き毟る。
 ヴィンセントもまた、シドの隣を走りながら厳しい表情で辺りを警戒しつつ、頭の中は数々の疑問でいっぱいだった。

 クラウドの力を引き出すため…と言っていたことから、まだ青年は生きていると推察出来る。
 力を引き出すとは、十中八九、”死神”としての能力だろうが、そのためにティファを利用しようとしていることが解せない。
 ”死神”の力を引き出すと言う話すらヴィンセントは聞いたことがなかった。
 神羅の闇の実験の産物である”死神”は、人間が有している生命維持のためのブレーキを少しだけ緩め、肉体の限界ギリギリに近づいた能力を発揮出来るというもののはず。
 しかし、それをコントロールするのは非常に難しく、多くの不適合者を生み出し、命を奪ったと聞く。
 また、”神羅”が目指していた”理想の死神”とは、自分たちの命令のみを聞く人形だ。
 故に、死神には自我が邪魔となる。
 マインドコントロールのような実験も平行して行われていたため、より多くの不適合者が生まれたのだ…と、ヴィンセントは今は亡き父から聞いていた。

 グリモア・バレンタイン。

 彼は非常に優秀な科学者だった。
 余談だが、現在も神羅の科学班に身を置いているルクレツィアとシャルアは彼の愛弟子である。

 ”死神”を生み出すおぞましい実験を強行する狂科学者であるスカーレットと宝条を激しく非難し、実験から手を引かなければ神羅から離反すると言い切った直後の事故死を遂げた父を、ヴィンセントは言葉にはしなかったが誰よりも尊敬していた。
 事故死も恐らくはスカーレットか宝条の…、あるいは双方の仕組んだものだと思っているが、残念なことに証拠がなかった。
 父の死の真相を暴くためと、これ以上神羅に身を置くことに耐え切れなくなったヴィンセントは、父の亡骸を故郷に埋葬するという名目で神羅を離れ、それきり戻らなかった。

 そしてアバランチへ身を寄せたのだ。
 エアリス・ゲインズブールが神羅に狙われているのはタークス出身と言うことで誰よりも分かっていたので、なんとしてもそれを阻止したかったこともアバランチへ身を寄せた理由の1つになるだろうが、それ以上に公然と反・神羅を叫びたかったのにそれまで神羅に籍を置く父を思って出来なかったその反動こそが大いに挙げられるだろう。
 彼女には最初警戒されるかもしれないとある程度覚悟をしていたのだが予想に反し、自分の受け入れを仲間に説得したのは当の彼女だった。

『大丈夫!この人は信じられるから。それに、この人なら神羅の動きをとても良く知ってるでしょうし、これからの作戦を立てるのにうんと力になってくれるよ。ね?』
『うん。エアリスがそう言うなら私は信じる』

 難色を示すメンバーを笑顔であっさりと説き伏せたエアリスの傍でティファが微笑みを浮かべて頷いてくれた。
 彼女たちの笑顔にどこかホッと救われたことを思い出す。
 そのティファにセフィロスが執着している。
 正直、かなりマズイことになっていると考えざるを得ない状況に、ヴィンセントは奥歯をかみ締める。
 辺りを探るもセフィロスのおぞましい気配は少しも感じない。
 勿論…ティファも。

「くそっ!」

 焦りから思わず毒づくシドと共にヴィンセントは砂煙の中をひた走った。
 そうして見つけたのは、ティファでも英雄でもなく…。

「うおっ!」

 ギョッと一瞬だけ立ち止まり、倒れている青年へ猛然と駆け寄る。
 うつ伏せのままピクリともしないクラウドをヴィンセントは仰向けにさせると首筋に手を添えた。
 出血が酷く、クラウドが倒れていたところを中心に血溜まりが広がっている。
 どう考えても無事には思えず、シドは悔しそうにしながらも堪らず目を逸らす。
 しかし、ヴィンセントは弱々しくではあるが脈があることにホッと息を吐き、慎重に青年を担いだ。

「すぐエアリスたちと合流するぞ」

 シドは一瞬、ティファのことや英雄のことを口にしかけたが重傷を負っている青年をチラリと見やり、苦々しい顔で1つ頷くと槍を握りなおした。
 未練を残しながらも2人は無言で仲間たちの隠れている場所目指して駆け出した。


 *


「どうしてアナタがこんなとこに?」

 精一杯の虚勢を張ってスカーレットは英雄を見上げていた。
 対する彼は女博士の虚勢などどうでも良いのだろう、敬礼すべきかはたまた銃を突きつけるべきか迷っているスカーレットの部下を横目に車の後部座席へ気を失っているティファを乱暴に押し込んだ。

「監視カメラに映っていたこの女、お前なら面白いことにしてくれるのだろう?」

 怪訝に眉を寄せるが、すぐにその言わんとしている意味に気づき、スカーレットは目を見開いた。
 まじまじと整った顔を見る。

「本当に?この子、私に譲ってくれるの?」

 声には信じ難い思いと歪んだ喜びがない混ざっている。
 セフィロスは唇の端を持ち上げた。

「中々に面白いことになりそうだ。なにしろ記録映像だけでは匂いまで分からなかったからな。まさかこの女がお前の作り上げた人形と同じ村の出身とは」

 え?と目を軽く見開いたスカーレットに、だがセフィロスはそれ以上話すことはないとばかりに背を向けた。
 そうして、何もない宙へと目を向ける。

「ふん、いい具合に拾ってもらったようだ」
「なにが?」

 しかし、スカーレットにとって訳の分からない満足げな呟きを残し、セフィロスはゆっくりと歩き去った。
 至極不可解な思いを抱え、スカーレットは英雄の背を見送ったがやがて気を取りなおすと同じように呆けた顔をして見送っていた部下に声をかけ、神羅ビルへ戻るよう命ずる。
 そうして自身はティファの押し込まれた後部座席へ乗り込むと悦に入った笑みをこぼした。

「本当に…憎らしいほど綺麗な顔ねぇ。肌も最高だし」

 ツツ…とティファの頬を、腕を指先で撫でる。
 口角を吊り上げ、スカーレットは大きく胸を上下させた。

 最高の気分だった。
 死んだと思っていた人形の素材がこうして手の中に転がってきたのだから。
 クラウドの居場所をより正確に知るべくしてサーモグラフィを使い、人影を捉えた場所へ爆弾による追撃をしたのだが、諦めていた新たな実験材料を入手出来るとは思いもしなかった。
 脱走した人形は取り戻せなかったが、まぁいい。
 それは後で考えれば済むこと。
 そうだ、この新しい人形を完璧に仕上げることが出来たらこの人形にクラウドを探させればいい。
 いや、向こうから喰い付いてくるだろう。
 クラウドにとってこの女はこれ以上のないほどのエサになるはずだ。
 ”死神”に華麗なる変身を遂げたこの女を目の当たりにしたとき、あの出来損ないはどうするだろう?
 悶え苦しむだろうか?あるいは己の無力さを嘆くだろうか?
 なにしろ、自分がこの女に目を止めることになったのはクラウドがこの女を庇うようにして路地裏へ引っ張り込んだからなのだから。
 何もしなければ、とんでもない女がビルの屋上を疾走している…というだけで、監視隊からタークスなり、一般兵になり警告が発せられ、片付けられていただけで済んだのに。

「ねぇ、アナタも可哀想ね。とんでもない男に関わったせいで。でも安心しなさい。すぐに最高の状態にしてあげるから」
 生まれてきて良かった、って思えるくらいにね。

 そう呟くスカーレットを乗せ、車は大きく揺れながら神羅ビルへと走り…消えた。

 それを、小高く積みあがった瓦礫の山に腹這いになりながら一部始終を見ていたウータイの忍は、悔しそうに唇をギュッと引き結ぶと仲間の元へと駆け戻った。
 更に遥か離れた爆撃の影響を微塵も受けていないビルの屋上の縁に立ち、セフィロスは満足げに頬を緩めた。

「さぁ、どうする?クラウド」

 ねっとりとした黒い喜びを舌に乗せた英雄は一陣の風が吹いたとき、その姿を忽然と消したのだった。






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