広々とした薄暗い廊下。
 何度も見回りの兵士に見つかりそうになりながら、そのたびに空いた部屋へ逃げ込んだり、壁に身体を密着させて息を殺し、アバランチはそれらを凌(しの)いだ。

 そうして。

「みんな〜、ほんっとうに助かったよぉ」

 見事な赤い毛並みをした隻眼の獣が嬉しそうに独房から飛び出した。





Fantastic story of fantasy 2






「おう、なんともないか!?」

 救出された獣…ナナキよりも嬉しそうに大声を上げたバレットは、すかさずユフィによって後頭部を張り倒された。

「うっさい、このバカ!」

 声を殺した少女の一喝に、苦笑交じりに「悪かったって…」とぼやく。
 それを横目に見ながら、シドは炎を灯した尾を嬉しそうに振るナナキの視線に合わせるようにしゃがんだ。

「なんもされなかったか?」

 大丈夫そうだなぁ…、と安堵の溜め息を軽く吐き出し、ナナキの頭を軽くポンポンと叩く。
 ナナキはにんまり、という表現が相応しい笑みを浮かべた。

「大丈夫!なんか、変な薬を注射されたけど、意外と何にもなかったし」

 げげっ。

 元気そうなナナキに破顔していたジェシーたちが顔を引き攣らせる。
 それを見てナナキは明るく笑った。

「大丈夫大丈夫。なんか、おいらの身体にはあまり効かなかったみたい。『興奮剤』とか『子孫を残さなくては』とか『交配種』とかどうのこうの言ってたけど、結局なんにもなかったしね。」
 それよりも早くここから出ようよ?

 そう言うと、軽やかな足取りで歩き出すナナキに、ユフィは引き攣った表情を引っ込め、少し意地の悪い笑みを浮かべた。

「本当にアンタって人騒がせだよねぇ。アンタが拉致られたって知ったときのアタシたちの衝撃、どんなんだったか分かる〜?なぁにが勇敢な戦士よ。あっさり捕まった奴がホイホイ先に行くんじゃないの!」

『あっさり捕まった』という台詞で固まったナナキをべしっ!という小気味の良い音を立てて叩く。
 シュン…とうな垂れたナナキを、丁度その脇を歩き抜こうとしたヴィンセントが軽く頭を撫でた。
 そして、顔を上げたナナキではなく、意地悪そうに笑っているユフィをひと睨みすると、それ以上からかわないようにけん制し、「てへへへ…」と笑いながらチロッと舌を出して”反省”を現す少女に肩を竦めた。

 ユフィが本気でナナキに意地悪したのではないことくらいこの場の全員が分かっている。
 いわゆる、ユフィなりの安堵の表現だ。
 情に篤い少女の照れ隠しだと分かってはいるが、今はもっと他に気を配り、迅速に行動へ移さなければならない。

 ヴィンセントはナナキの頭に手を置いたまま、独房があった一角から広々とした廊下へ続く道へ、更には後方に控える壁、独房が続く廊下、そしてまた広々とした廊下とその廊下にある一面ガラス張りの窓へ…と視線を投げた。
 無愛想なムッツリ顔が険しい表情のそれになる。

 あまりにも静か過ぎる。

「本当にこのままプレジデント神羅のところへ乗り込むのか?」

 その言葉にギョッとしたナナキの驚きが、ナナキの頭に置いていた手からヴィンセントに伝わってくる。
 ナナキにまだ何も説明していないのだから彼の驚きは当然のものではあるが、本当に当初の作戦通りに行動するなら一刻を争う。
 ヴィンセントの予想通り、巨漢のリーダーは「行くに決まってんだろ!?」と即答した。
 赤いマントを翻し、ヴィンセントは背を向けつつ小さな溜め息を吐いたが、それはナナキにしか分からなかった。

「この独房が破られたことは監視センターにもうバレているはずだ。警備が厚くなる前に行動する必要がある。しかし…」

 ヴィンセントの言葉は、だが最後までバレットの耳に入らなかった。
 血気盛んなリーダーは義手を振り上げると、ナナキ救出でホッと気の緩んでいた一同を見回した。
 そして、
「おう!行くぜ、てめぇら!!」
 気合十分、鼻い気も荒く駆け出した。
 アバランチメンバーもその後を追う。
 一瞬にして張り詰めた緊張感が戻り、ビッグス、ウェッジ、ジェシーがバレットのすぐ後を追った。
 その後をティファが睨むような表情で追いかける。
 だが、バレットの後を追ったのはティファで最後だった。
 殺気を双眸に宿した仲間たちの姿を前に、シドとユフィは不安そうに表情を曇らせたのだ。
 そうしてチラリ、と視線を交わす。
 2人は互いが感じていることが同じものであることをその目の中に見て取ると、同意を求めるようにヴィンセントを見た。
 ヴィンセントも無言のまま頷く。
 ユフィとシドはヴィンセントが頷くのを見るともう1度視線を交わし、血気盛んにかなり前方を走る一行を追いかけた。

「バレット!」
「おい、お前らちょっと待て!」

 追いかけ、追いつき、呼び止めたシドとユフィにバレットたちはスピードを緩めつつ振り返り、訝しげな顔をした。
 その表情が、ヴィンセントとナナキ両名が独房からさほど離れていないところで突っ立っていることに気づくと険しいものへと変わる。

「おい、なにちんたらしてんだ!?早くしないとマジで”死神たち”が来ちまうだろ!?」

 苛立ちも露にバレットが声を抑えた状態で怒鳴る。
 そのバレットの周りにいるビッグスたちやティファの表情が、ハッ!と一瞬息を呑むそれになったかと思うと、怒りを滾らせた眼光で睨みつけたものに変わった。
 バレット以外の仲間が自分たちの言わんとしていることを察したことをユフィとシドは知った。
 しかし、バレットはまだ気づいていない。
 ユフィとシドは説得が簡単にいかないことをピリピリと肌で感じたものの、だからこそ、今ここで勢いに流されるわけにはいかないと自らの決断を確固たるものとした。

「ぐずぐずするなら置いてくぜ!?」

 そう言い捨て、イライラと再び走り出そうとするバレットに、ユフィは素早く先回りをして真正面からバレットたちと対峙する。
 思わず足を止め、苛立ちのあまり罵声を浴びせようとしたバレットだったが、絶妙のタイミングで足を滑らせるようにしてバレットとユフィのまん前に身を割り込ませたティファによってついにその台詞を口にすることは出来なかった。

 バレットからだとティファは背中しか見えない。
 しかし、彼女から発散される恐ろしいまでの怒りは、顔を見なくとも手に取るように感じられた。
 そのあまりの気迫にバレットは驚いて半歩、後ずさった。
 ユフィも内心はビクビクだったが、下がりかけた足に力を込めて踏ん張ることになんとか成功する。

「そこをどいてユフィ」
「ダメだよ…ティファ」
「どきなさい…」
「どかない…」

 底冷えのするような怒りのこもった声音を押し出すティファに、ユフィは怯みそうになりながらも首を横に振り、一歩も引かない姿勢を固持した。
 思わず加勢しようと踵を浮かせたシドだったが、ビッグスたちがどんな行動に出るのか分からないことに気づき、グッとその場に踏み止まる。

 ユフィはグイッ!と口元を引き結ぶと、激情に駆られていて尚、それをギリギリで押さえ込んでいるティファを前に両腕を広げた。

「ティファ…無理だよ今夜は。ナナキを助けるって目的の1つは果たしたんだ。だからもうイイってことにしよう?」
「…ふざけてるの?」

 地を這うような低い声のティファに、彼女の怒りがどれほどのものかイヤと言うほど感じさせられる。
 しかし、そのお陰でユフィの中にあった『仲間の発する怒りへの怖れ』が『分からず屋の仲間への怒り』へと変化した。

 カッ!と目を見開いてユフィは激した。

「ふざけてない!ティファ、それに皆、もっと冷静に考えなって!なんでアタシたち、ここまで来られたと思う?どう考えたって不自然じゃん!こんだけ広い施設内だってのに、警備の数は信じられないくらい手薄だし、独房を監視してた兵士は一般兵2人。そんなの、あってないような警備じゃんか!」

 ビッグスとバレット、それにティファはユフィのその台詞を前にしても揺ぎ無いものを持つ者のように心揺れなかった。
 しかし、ジェシーとウェッジは苛立ちの気持ちが僅かに動揺へ変化した。
 2人の変化に気づかないままバレットが反論するべく口を開きかけたが、ユフィはそれを許さないかのように矢継ぎ早に続けた。

「あ〜あ〜、分かってるよ!ヴィンセントと手を組んでる幹部のお陰だって言いたいんだろ?でも、それでも不自然なんだよ、気づかない!?手引きしてくれる人間がいるって言ったって、こんなに手薄な警備に出来るはずがないんだよ!だってそうでしょ!?神羅の幹部は1人じゃないんだ!たった1人の協力者がいたからって、ここまでスカスカな警備体制に持っていけるわけがない!そんなことを指示してみなよ、あっという間に不審に思われて、その幹部は他の幹部か、”死神”か”英雄”に消されちまうって!」

 バレットはまだ怒り心頭と言わんばかりだがビッグスの表情は揺らいだ。
 そして、後ろに控えるように立っていたシドを盗み見る。
 その視線に気づいたシドが静かに頷くと、ビッグスは苦々しいものを噛み潰した顔をした。
 ユフィの言葉をビッグスが受け入れたことをシドは知り、足音を殺すようにして隣にやってきていたヴィンセントをチラリと見た。
 赤いマントの仲間は、バレットとティファの頑なな様子に眉根を寄せている。
 その厳しい表情を前に、シドは焦燥感を感じつつ辺りへの警戒を怠らなかった。

 苛立たしげにバレットがとうとう口を挟んだのはその時だ。

「なら言ってみろ!今夜、どうしてここまで警備が手薄だって言うんだ!?他の理由はいったいなんだってんだ!?」
「そんなもん、罠に決まってんだろ!!」

 すかさずユフィは怒鳴り声を上げた。
 もう声を抑える必要はない、と言わんばかりだ。
 いや実際、そうだった。
 シドはハッと目を軽く見開き手にしていた槍を握る手に力を込めた。
 ヴィンセントも手にしていた銃を改めて握る。
 いまひとつ事態を飲み込めていなかったものの、ユフィたちとバレットたちとでは意見が分かれていることは察したため黙って成り行きを見守っていたナナキが耳と鼻ををピクリと振るわせた。

 直後。

 突然、ヴィンセントの銃が火を噴いた。
 銃声とほぼ同時に金属音が辺りに鳴り響く。
 ギョッとして振り返ったビッグス、ウェッジ、ジェシーはそこにあるはずのないものを見た。

 黒いフード付きマントを羽織り、フードをかぶった人間が2人、大人の身体ほどもある馬鹿デカイソードを抜き手に持ち、広い廊下に並び立っていたのだ。
 銃声とほぼ同時に上がった金属音が、銃弾を一刀両断にした音だと理解したのは恐らくヴィンセントとナナキだけだ。

 ユフィへの怒り心頭だったバレットとティファもまた、ビッグスたち同様にそのフードの兵士達を前にして驚愕に目を見開いた。

 まったく気配を感じなかった。

 しかし、その次の瞬間にはバレットの義手が猛々しい方向をあげ、4人の兵士向かって無数の銃声を浴びせかけた。


「”死神”だ!!全員、逃げろー!!」


 神羅のトップを暗殺することを第二の目的として潜入したアバランチ。
 そのリーダーが、一番警戒しなくてはいけないと言う兵士に発見されたからと言って、総員撤退を口にするなど矛盾しているだろう。
 だが、バレットは理性で判断するよりも本能で察したのだ。

 たった2人の神羅の兵士が”死神”との呼称に相応しい実力を保持しているということを。
 そして、彼の仲間たち全員がバレットと同じく、”死神”の実力を前にして到底、太刀打ち出来ないということを。
 もしも、バレットの力が”一般的よりも少しだけ優れている”という、中途半端なものだとしたら、己の力量を過大評価して仲間を巻き込み、”死神”の鎌の餌食となるよう愚かな命令を下しただろう。
 だが幸い、バレットは並々ならぬ戦闘能力を保持していた。
 だからこそ、彼は相手の力量を過小評価せず、また己の能力を過大評価せずに天秤にかけたのだ。
 そして、即座に弾き出した答えを本能で口にした。
 バレットにとって幸運だったことはそれだけじゃない。
 仲間たちがバレットの命令に躊躇しなかったことも大いに味方した。

 むしろ仲間たちはバレットに言われるまでもなかった。
 突如現れたとした思えない”死神”2人に、自分たちの力が到底及ばないことを瞬時に悟った。
 そして、意固地に止まり続けて全滅の危機に瀕すると言う愚かで悲しい選択をすることなく、即座に敵前逃亡という”唯一正しい選択”へと手を伸ばした。

 相手が”死神”ではなく一般的な敵だとしたら、恐らく目を見張るほどの見事な逃げっぷりだったろう。

 バレットの命令が終わるや否や、シドは槍を構えたまま、走るのが得意ではないウェッジを引きずるようにして疾走している。
 ビッグスは殿(しんがり)を務めようとしているバレットをサポートしようと銃を構えたものの、それをヴィンセントが阻ばまれた。
「行け!」と、背中を押して無理やりこの場から離脱を促される。
 抗おうとしたのは一瞬。
 己の力量を知るアバランチメンバーは、一瞬悔しそうに歯を食いしばったものの、背を向けるとシドの後を追いかけた。
 ジェシーはと言うと、”死神”を認めた瞬間、ヒッ!と小さい悲鳴を上げて腰を抜かしそうになったのだが、ナナキによって襟首を銜えられて後方へと引っ張られたかと思うと、次の瞬間に彼女はナナキの背に乗っていた。
 既にシドよりも更に先を走っている。

 バレットの機関銃が火を噴き、2人の”死神”へ襲い掛かるが、信じられないほどのスピードで敵は離散した。
 右の壁、左の壁、天井、そして床ギリギリをてんでバラバラに駆け巡る。
 バレットをあっさり翻弄すると、”死神”の1人が突然、巨漢のリーダーの前に躍り出た。

 バサリッ!というマントが風によって羽ばたく音と共に、フードの影から”死神”特有のアイスブルーの瞳がバレットを正面から睨み据える。
 いや、もしかしたらそれはバレットの見間違いなのかもしれない。

 ギラリと光るソードの鈍い光、まさに”死神”によって狙い定められたその瞬間、バレットの脳裏に浮かんだのは己の死という恐ろしい現実と幼い娘の笑顔だった。

 全ては一瞬で、全てが遅すぎた。
 ”死神”に狙われていると気づくことも、それに対して反応することも。
残りの”死神”を相手にしていたユフィとヴィンセントが空を舞いながら何とかバレットに迫るソードを阻もうと巨大手裏剣に銃をそれぞれ構えたがそれすらも遅い。

 迫る刃の獰猛な煌き(きらめき)すらとてもスローモーションで瞬きすら出来ず、己の首にソードがその刃を食い込ませるのを待つ。
 そう、もうあと少し。
 ほんの刹那の一瞬で…!


 しかし…。


 一陣の風がバレットの鼻先をかすめ、一瞬、視界を黒いものが走ったかと思うと、バレットの目の前から”死神”が消えていた。


 バレットが見たのは漆黒の髪を宙になびかせ、床へ着地したばかりのティファ・ロックハートと、彼女に蹴り飛ばされたはずの”死神”が壁に両足を着けて難なく床に舞い降りる姿だった。

 一気に命がバレットに戻り、バクバクと心臓が激しく脈打ち始める。
 ドッと噴き出す汗が額から顎を伝ってぽたぽた落ちるままに、バレットは荒く息を繰り返した。
 そのバレットの眼前で、ティファは下肢に思い切り力を込めると”死神”目掛けて床に対し、水平に跳躍した。
 まさに”陸の飛び魚”のようだ。
 容赦のない蹴りを繰り出す。
 ”死神”は殺気のこもったティファの蹴りを危なげなくかわすと、大きく開いた体をそのままにティファの横っ面へソードを振り下ろした。
 ティファはそれを、動きが取れないと言われている宙にあって、床へ手を着くことで身を逸らせることに成功し、”死神”の攻撃をかわす。
 そのまま半倒立状態で己の身体を細腕2本で支えたまま、回し蹴りを繰り出した。
 ”死神”の脇腹にティファの蹴りがかすめる。
 丁度一回転させたところで腕の力だけでティファは飛び上がり、態勢を素早く整えた”死神”目掛けて今度は踵落としを仕掛けた。
 しかし、”死神”と呼ばれるだけあり、その兵士は早々簡単にティファの猛攻の餌食になってくれない。
 難なくティファの攻撃をかわすと腰を落とし、ソードを思い切り振り上げ、振り下ろした。
 一見、隙の多い動きに見えるかもしれない。
 しかし、一つ一つの動作が信じられないほどのスピードだった。
 しかも、重い。
 攻撃の一つ一つが重く、とてもじゃないがそのスピードでここまでの思い攻撃が出来る人間がこの世にいるというのがティファは信じられない思いをかみ締めつつかわしていた。
 だが、それでも彼女の戦意を挫くまでには至らない。
 ティファの中にあるのは、ただただ神羅への憎しみだけ。
 故郷を滅ぼし、家族を奪い、大切なものを根こそぎ葬り去った神羅への恨みは筆舌しがたいものだった。
 その神羅にとっての”守護神”とも呼ばれる”死神”を前に、敵前逃亡など出来るはずがない。

「絶対に逃げない…絶対に許さない…絶対に…ここで討つ!」

 ティファの悲痛とも言える叫びに、もう1人の”死神”をヴィンセントに任せながらバレットの元へ駆けつけたユフィは、勢い良く顔を向けた。
 そうしてティファの名を呼びながら、ギョッとすると躊躇うことなく思い切りバレットを殴った。
 ”死神”に殺されそうになったショックから立ち直ったバレットが、ティファと激戦を展開する”死神”向けて発砲しようとしていたのだ。
 それは、神業的なスピードで戦っているティファにとって凶弾にしかならない。

「バレット!アンタ、ティファもろとも撃ち殺す気!?」

 バレットは「くっ!」と悔しそうに短く呻いた後、「うぉおおおおおお!!」と雄叫びを上げ、ティファの元へとなりふり構わず駆け出した。
 まさにそれは自殺行為だった。
 それを止めたのは、もう1人の”死神”を相手にしていたヴィンセントだ。
 相対する”死神”へ発砲しつつ、ヴィンセントは巧みに立ち位置を変え、バレットの行く手を遮る形で目の前に躍り出たのだ。

「バレット、頭を冷やせ!」
「で、でもよぉ、ティファが!!」

 しかし、バレットは最後まで言うことは出来なかった。
 絶妙のタイミングで、心配していた当の本人であるティファが鼻先すれすれを掠めて着地し、自分を一刀両断しようとした”死神”目掛けて気合と共に思い切り跳躍したのだ。
 ティファの憎悪に歪んだ横顔を至近距離で見ることになったバレットとヴィンセントは同じくして固まった。
 そして、すぐさま視線を転じ、それぞれ左右に分かれるようにして真横に飛ぶ。
 2人が立っていた床に亀裂が入り、もう1人の”死神”がソードを床から抜き放った。

 バレットは焦燥感と怒りに滾りながら「邪魔すんな!」と怒鳴りつつ義手を構える。
 それをまたしてもユフィが止めた。
 ”死神”の後方にはティファがもう1人の”死神”と死闘を演じている。

「ティファー!!」

 ユフィが祈りを込めるようにして彼女の名を叫びつつ、渾身の力を振り絞って手裏剣を投げた。
 弧を描くようにして空気を切り裂きつつ恐ろしい唸りと共に飛ぶ手裏剣は、”死神”目掛けて拳を繰り出したティファの肩ギリギリを走りぬけ、遥か向こうへ飛んでいった。
 かと思うと、ティファの攻撃をかわし、逆にソードで彼女を首と胴体から切り離そうとした”死神”の背中を狙い済ませたかのように音を立てながら戻ってきた。
 ティファがハッとそれに気づき、後方宙返りをしながら”死神”と間合いを取ろうとする。
 ”死神”はそれを、敵前逃亡と受け取ったのかもしれない。
 背後に注意を払わずティファの後を真っ直ぐに追った。

 あと1秒、それが遅かったら”死神”は手裏剣の餌食になったはずだった。

 ユフィは、己の手裏剣が獲物を目前に叩き落とされるのを信じられない面持ちで見た。
 ヴィンセントやバレットもまた、己の目を疑った。

 黒いフード付きマントを羽織った”死神”がもう1人現れたのだ。
 仲間の”死神”と同じく、大人の背丈ほどもあるソードを無造作に握っている。
 そのソードの刃の先にはユフィの手裏剣がカラン…と床に横たわっていた。

 ”死神”2人だけでもてこずっていたと言うのに、更にもう1人現れたとあっては、どう考えても勝利は薄い。
 それどころか、脱出することすら上手くいくかどうか、望みは薄いと言えるだろう。
 ヴィンセントは臍をかんだ。
 向かってくる”死神”3名を前に、戦意を喪失しかけているバレットとユフィへ彼らしくない大声で逃げるように言うと、ただ1人、戦意を喪失するどころか怒りと憎悪を益々滾らせるティファへ駆け出した。
 これ以上、この場に止まるなど無謀すぎる。

「ティファ、引け!!」

 叫びつつ、頭部を狙って振り下ろされたソードを寸前でよける。
 額に巻いた布が切り裂かれるのも厭わず、ヴィンセントは自分を殺そうとした”死神”へ向けて至近距離で発砲した。
 普通なら額のど真ん中に穴が開いているはずなのに、視界が霞むほどのスピードで”死神”はその銃弾を避けた。
 しかし、流石の”死神”もまさか無理な体勢で発砲するとは思っていなかったらしい。
 咄嗟に捻った態勢が無理やりだったため、バランスを崩して転倒しかけた。
 そこへ、狙い定めてクナイを放ったユフィにより、更に態勢を崩してドォッと床に倒れ、バレットのマシンガンの餌食になりかけたところをもう1人の”死神”に襟根っこをつかまれて救われた。

 ようするにこの瞬間、動ける”死神”はたった1人になっている。

 そして、その1人がまさに今、ティファに足払いをかけ、態勢を崩した彼女の胴めがけてソードを振り下ろしたのだ。


 先ほどのバレットと全く同じ危機がティファに迫る。
 今度は、ヴィンセントもユフィもバレットも、出来る限りの備えをし、態勢を整え、敵の隙を伺いながら自分たちの安全を確保しつつ精神と肉体の可能な限り、極限を持って戦闘に臨んでいた。
 そのアバランチメンバーが。
 ティファを襲っている突発的とも言える危機に対して手を差し伸べる余裕があろうか?

 いや。


 ない。


 床に倒れ伏して尚、闘争心を燃やし、己に迫る凶刃を下から睨み上げる形となったティファとティファへ刃を振り下ろす”死神”。

 両者の瞳が合わさったのはこのときが初めてだった。


 フードからこぼれた金糸の髪。
 スッと通った鼻筋、無駄な肉の一切ない頬。
 男性とは思えないほど整った顔(かんばせ)に光るアイスブルーの瞳。

 漆黒のフードの中の顔が若い男のそれであることに気づいたとき、ティファの中で神羅への怒りや、憎悪や、目の前の敵への憤り全てが一瞬にして吹っ飛んだ。
 代わりにティファの中を満たしたのは、遠い遠い昔、まだ彼女が幸せで何も知らない無知な少女でいられた時のあの頃の記憶。

 村の給水塔。
 左手の薬指に巻かれた四葉のクローバー。
 宵闇の中でも分かる幼馴染の少年の赤い顔。


 少年の整った顔(かんばせ)と…少年の真摯な瞳、彼の約束。



『俺…絶対に約束守るから!『あんなこと』がもしまた起きても、ティファを守れるくらいに!』



「ク……ラウド……!?」



 悲痛な声で我知らずこぼしたその名は、遠いかの日、約束を交わした少年の名前。
 ティファにとって、とてもとても大切で、何物にも変えがたい宝物の名。

 故郷はなくなってしまったが、大惨事が村で起こるまさにその1ヶ月前、村を飛び出した少年といつか会えるかもしれない。
 その絶望的とも思える『希望』に半ば縋るようにして生きてきたティファにとって、かけがえのない少年。

 それがクラウド。

 そのクラウドの面影を残し、今、敵として目の前に”死”をもたらそうとしている”死神”を、ティファはそれ以上の言葉を発する時間すら与えられず、その一瞬を迎えた。
 驚愕に目を見開き、自身に振り下ろされるソードを見向きもせず、ただただ”死神”の顔を食い入るように見つめるティファには、ユフィの悲鳴も、バレットの叫びも、ヴィンセントの鋭く息を吸い込んだ音も何も聞こえない。

 そうして…。


 横腹に走った灼熱の痛みに小さい悲鳴を上げると、ティファはゆっくりゆっくり、張り裂けんばかりの悲鳴を上げる仲間たちの前で己の血にまみれながら床に倒れ伏した。


 誰かが駆け寄り、抱き上げる腕を感じながら、ティファはただ己を斬った”死神”へと目を向ける。
 急速に薄れる意識の中、ユフィが怒りに我を忘れて”死神”へ突進するのを…、そうして自分を斬った”死神”が他の”死神”たちに抱え込まれるようにして後退するのを、遠い遠い世界での出来事のようにぼんやりと見つめ、襲い掛かる激痛、倦怠感、そして全身が震えるほどの悪寒に押しつぶされそうになりながらゆっくりゆっくり震える手を伸ばした。


「…待って…」


 何に待てというのか。
 ”死神”に突進するユフィへの言葉なのか。
 それとも去ろうとする”死神”への呼びかけなのか。

 ティファ自身、分からないまま伸ばした手は力なく床へ落ちた。

 失われる意識の中、自分がもう一度少年の名前を口にしたことすら気づかず、ティファは真っ暗な闇に飲み込まれた。

 




Back  Next  Top(時系列)(シリーズ)