「くそっ、死神め!!」

 意識を失ったティファを抱きかかえつつ彼女の傷口を大きな手で抑えながら、バレットは呻いた。
 出来ることなら今すぐ、ティファをこんな目に遭わせた”死神”をくびき殺してやりたい!
 しかし、突きつけられている現実は バレットにとって喜ばしい状況とは真逆だった。
 どう足掻いても勝利を収めることの出来ない戦局にあり、その無謀な戦いの中でとうとう最初の犠牲者が出てしまったのだ。
 唯一の救いは、”死神”が一瞬、ティファへの攻撃を躊躇ったことだけ。
 いや、そう見えたのは目の錯覚だろう。
 事実、ティファは今、自分の腕の中で重態なのだから。

「バレット!!」

 突如、視界が真っ白な煙で覆われた。
 あっという間に黒いフードが見えなくなる。
 ユフィの緊迫した声で、彼女が白煙筒を使ったのだと知った。

「バレット、急げ!!」

 ヴィンセントの彼らしからぬ急いた口調にバレットはティファを抱き上げ、走り出した。

 背後に許しがたい敵をそのまま置き去りにして…。





Fantastic story of fantasy 3






 白煙が収まった廊下には、侵入者の姿は影も形もなかった。

「くそっ、なんたる失態だ!”死神”とまで呼ばれている我らが!!」

 苛立たしげに黒いフードをむしりとったその男は、忌々しそうに残り2人を睨みつけた。
 正確にはもう1人の”死神”に抱えられている”死神”を。

「お前のせいで取り逃がしたわ!どうしてくれる!!」

 赤茶色の髪を短く刈り込み、額から左目を通って頬にまで刀傷のある精悍な顔は、怒りにドス赤く変色している。
 対して、罵声を浴びせられた”死神”はというと、なんの反応も見せなかった。
 ただただ、”モノ”のように佇んでいる。

「何とか言え、クラウド!!」

 殺気も織り交ぜて詰め寄ったその”死神”に、クラウドと呼ばれた”死神”に付き添っていたフードの男がさりげなくその背に庇って立ちはだかった。

「まぁまぁ、セレスティック、落ち着けって。逃げられたもんはしょうがないだろ?」

 その”ヘラリ”とした軽い口調に、セレスティックと呼ばれた男は眦を吊り上げた。
 なにお!?と詰め寄るも、仲間であるはずの”死神”は己のフードを取り払いつつ、背後に庇った”死神”を更に己の背に隠す。
 フードから現れたのは、ツンツンした漆黒の髪を肩にかかる程度に伸ばした美青年。
 茶目っ気のある瞳はアイスブルー。
 瞳の色とは違い、その奥に湛えられている色合いはとても温かい。

「しょうがないだろ?アンタもしょっちゅう言ってるじゃん。『クラウドは失敗作』だって。その失敗作があそこまで善戦してたんだ、褒められこそすれ、責めるのはおかしいって〜」
「なにを言うザックス!あそこで躊躇わなければあの女は確実に胴と首が離れておったわ!それを、急に仏心なぞ出したせいで…!」

 あの一瞬。
 確かにクラウドはソードを振り切ることを躊躇った。
 躊躇ったからこそ、首を狙った刃は横腹に逸れたのだ。
 だがしかし、果たしてそれが意味のあることだったのかザックスには分からない。
 床に広がる血溜まりが、女の怪我の具合をリアルに伝えている。

 血溜まりから視線を外すと、ザックスはいっそ爽やかとも言える笑顔を浮かべ、セレスティックを見た。

「それを言うならいつも通り、最初から3人で相手してたら絶対に逃げられることはなかったはずだろ?アンタこそなにやってたのさ?」
「なに!?」

 アイスブルーの瞳に冷たく刺すような色が宿る。
 口元は笑っているのに目が笑っていないザックスを前に、男はほんの微かに頬をひくつかせた。

「なぁ、おかしいよな?今夜、アバランチが攻めてくるって前情報があったじゃん?”英雄セフィロス”は遠方に討伐に出てて不在。なら、本部を守るのは俺達”死神”の役目だ。アンタもそう日頃から言ってるじゃん?にも関わらず、緊急招集がかかったのにアンタからの応答はなかった」

 言葉を切り、目をスーッと細める。

「アンタ…一体どこに行ってたわけ?」

 セレスティックは、ザックスと呼んだ青年の、常にないその迫力の中にある”猜疑”を嗅ぎ取り、息を呑んだ。
 後ろめたいことがないなら、ザックスの眼光を前に怯むことはないだろう。
 しかし…。

「ふんっ!お前、いつまでそんな失敗作のお守りをしてるつもりだ?」

 悔し紛れ、苛立ち紛れの台詞を吐き捨て、セレスティックは踵を返した。
 遠ざかる背中には虚勢しかない。
 ザックスは、その背が曲がり角の向こうに消えて見えなくなるまで挑戦的な笑顔で見送っていたが、見えなくなった途端、「けっ!まったく肝っ玉の小さい奴」と、笑顔を引っ込め舌打ちをした。

「大丈夫か、クラウド?」

 そうして、心配そうにフードをかぶったままの最後の”死神”へ振り返る。
 クラウドと呼ばれた”死神”は、何も聞こえなかったかのように微動だにせず、身じろぎひとつしなかった。
 ザックスは当然のようにクラウドのフードを取ると、軽くしゃがんで視線を合わせる。
 その仕草は、セレスティックと対峙していたものとは180度違い、情に溢れていた。

「クラウド?」
「……あの女…」
「ん?」

 フードから現れた整った顔(かんばせ)に躊躇わずに顔を寄せると、虚ろな眼差しの美青年がボソリ…と呟いた。


「あの女を…俺は……知っている…?」
「え?」
「あの女…………ティ…」


 中途半端に言葉を切ったまま、それきりマネキンのようになった青年に、ザックスは少し身体を離してまじまじと見つめた。

 ザックスにとって、自分より少し背が低く、年下の青年は弟のような存在だった。
 神羅のただの一般兵士として出会ったあの頃から、ザックスにとってはかけがえのない親友で…。
 たとえ今、神羅により人形のようになってしまったとしても、大切な存在に変わりはない。
 その青年が、ついぞ見せたことのない”動揺”を見せている。
 久方ぶりに見る人間らしいその表情に、ザックスは胸を打たれて瞠目した。

「クラウド…」

 吐息混じりに掠れた声で青年の名を呼ぶ。

 どれだけ、この反応を待っていたことか。
 神羅による残虐非道な実験により、すっかり変えられてしまったこの青年を見捨てることが出来なかったからこそ、今日までザックスは神羅から抜け出せずにいた。
 しかし…。

「クラウド…約束したよな?お前が少しでもお前らしさを見せたら、その時は…ってさ」

 待ちに待った青年の変化。
 ザックスは胸にこみ上げる熱いものを飲み下すと、今はただの人形に戻ってしまった青年の肩に腕を回し、その場を後にした。


 *


「なにも異常なかったわけ?」
「ないね」

 嫌悪感と拒絶を隠そうともせず、面倒くさそうに質問を一蹴され、女は「このクソガキが…!」と小声で吐き捨てた。

 神羅ビルの一室で、女は不機嫌を露に特殊ガラスを睨みつけている。
 正確には、特殊ガラスの向こうにある続き部屋の中を…だ。
 その部屋は20メートル四方もあり、中央にリクライニングチェアが1つ、設置されている。
 ゆったりとした座り心地を想像させるその椅子には青年が1人、目を閉じて身体を預けていた。
 金糸の髪を持つその頭部には、幾つものコードが延びているヘルメットがかぶされている。
 あらゆる角度からクラウドの脳波を分析し、データ収集をしているのだ。
 他に部屋にあるものといえば、リクライニングチェアを囲むように置かれているローテーブルが3つだけ。
 そのうち1つのテーブルには水の入ったグラスとアロマキャンドルが炊かれている。
 それだけだったが、温かみなどカケラもないその部屋にあるアロマキャンドルは、むしろ異色に見える。

 ピーーッ!という小さな音と共にモニターに幾何学模様と数行の数字が描き出された。
 女の頬が不快にピクッと引き攣る。
 苛立たしさを隠そうともせず、「この不良品が」と吐き捨てると、女はジロリと背後の壁にもたれて立つ男をねめつけた。
 不愉快極まりない発言と視線を前に、しかしザックスはシラッとした表情でガラスの向こうのクラウドのみに視線を注ぐ。

「身体には特にダメージは見当たらない。だったらなにか精神的なショックみたいなものがあったはずよ」
「ないね」
「ないはずないでしょ?セレスティックはクラウドが獲物を前に躊躇ったって報告をよこしてるのよ!?それにこのデータ。明らかに合格圏内を大幅に下回ってるじゃない!」

 イライラと男のふてぶてしい姿から部屋の中へと目を戻す。
 女にとって、クラウドという”死神”はとんでもない失敗作だった。
 いや、失敗作というのではない。
 不良品という言葉がピタリと当てはまる。
 最高に調子の良いとき、クラウドという人形は神羅一と呼ばれているあの”英雄”と並ぶほどのデータをはじき出してくれるのだ。
 だが、そのレベルを常に保つことが出来ない。
 最高レベルを保ち続け、最高の人形としての性能を必要な時に必要なだけ、発揮してもらわなくては意味がなかった。
 なんとかしてその最高潮の状態を保てるように女は日夜、必死になって研究を重ねていたがいっこうに成果は上がらない。
 安定した力を常に発揮出来るようにならなくては話にならない。
 ここ最近はそれでも、割と落ち着いた成果を上げ続けることが出来ていたのでホッとしていたのにこのざまだ。

 その点を考えると、ふてぶてしい態度で明らかに自分を蔑んでいる黒髪の男は非常に安定した良質な人形だった。
 神羅の中でもトップレベルの知能を持ち、常に己の最高傑作を追い求めている女にとって、この黒髪の人形は許しがたい存在だった。

「宝条の作品ごときに、このスカーレットの作品が劣るだなんて…!」

 女の声は怒りに震え、瞳はギラギラと脂のように光っている。
 権力と己の欲しか見えていない者の目だ。

 ザックスはこみ上げる嫌悪感に吐き気すら感じていたが、それをおくびにも出さずにただジッと、部屋の真ん中で横になっているクラウドを見つめていた。

 無味乾燥とした部屋の中、無防備にリクライニングチェアへ身体を預けている青年がとても儚く、小さい存在に見えて仕方ない。

 女がイライラと部屋の中を行ったり来たりして、ザックスの視界を出たり入ったりする。
 強烈な不快感が胸を占めようとしたが、それでもザックスは黙って耐えた。
 どうせ、スカーレットの苛立ちはこれくらいでは収まらない。
 そろそろ、この研究室を後にして自室にこもり、自棄酒が恋しくなるだろう。
 それまでの辛抱だ。
 短気は決して良い結果を招いてはくれない。

 逸る気持ちを懸命に抑え、自身に言い聞かせていたザックスの予想はすぐに現実となった。

「もういいわ!ザックス、この不良品をとっとと宿舎に連れて行きなさい、目障りよ!」

 怒鳴りつけるなり、スカーレットはヒールを鳴らしながら研究室から出て行った。
 直後、ザックスは壁から身を起こして解除キーを押し、小走りに部屋の中へと踏み込んだ。
 クラウドに近寄り、忌々しそうにヘルメットを外そうとして、その前にアロマキャンドルの火を素手で消した。
 顔を顰めたのは熱かったからではない。

「クッセ〜な…ったく!」

 鼻で息をしないように気をつけながら、ザックスは今度こそヘルメットを外した。

 それは神羅が開発した一種の催眠薬だった。
 ある一定の時間その香りを嗅ぎながら定期的に微弱な電気を脳に送る。
 すると、人間は生体機能を保持し得るギリギリラインまで身体を酷使することが出来るようになるのだ。

 人間の脳は身体のダメージを最小限に抑えられるレベルでしか活動することを許さないようになっている。
 その『ブレーキ』を少し緩め、自分たちのコマとして扱う。
 それが神羅兵の中でもトップレベルと称される”死神”の正体だ。

 最初、この実験は失敗の連続だったとザックスは聞いている。
 生体機能を保持し得るギリギリラインでの身体機能の発揮。
 そのギリギリラインを保つことが難しかった。
 緩めたブレーキは簡単に壊れ、被験者をあっさり死に追いやったという。
 クラウドを失敗作、不良品と蔑む科学者や同僚は多いが、それでも一般兵よりうんと”素質”があったからこそ、この『洗脳』とも言える実験に彼は耐えていた。
 そのことをザックスは誰よりも知っている。
 だから、このままだとクラウドは一生この監獄から逃れられないということも分かっていた。
 いくら失敗作と蔑んでいようが、クラウドのように実験に耐えられる人間は1000人に1人、いるかいないか…。
 その希少価値の高い”失敗作”を神羅が手放すとは到底思えない。
 手放すくらいならむしろ、”失敗作”が”最高傑作”になるよう実験を繰り返すことを選ぶ。

 ザックスは忌々しそうにアロマキャンドルの形をした催眠薬を一瞥した。
 彼がこの手の実験を卒業して随分になる。
 依存性もあるこの催眠薬から離れた直後はこの甘ったるい匂いが欲しくて欲しくてたまらなかったものだが、今では胸が悪くなるだけだ。


「クラウド…?」

 呼びかけるが目を閉じたまま、青年は深く眠ったままピクリともしない。
 ザックスはもう一度呼びかけ、ゆっくり背負った。
 青年の前髪が首筋にあたり、チクチクとくすぐる。

「あ〜ったく、くすぐったいっつうの」

 ぼやいたその呟きは、だがしかし、ようやっとザックス本来の明るさで弾んでいた。

「クラウド…俺もお前も、もういいよな?もうそろそろ、自分の人生を取り戻してもいいはずだ。そう思わないか?」

 廊下を歩きながら、深い眠りに身を委ねている親友に話しかける。
 返事はないが、ザックスの瞳には強い意思が、足取りには確固たる力が宿っていた…。


 *


「ティファの様子は?」

 その女が部屋から出てくると、一斉に仲間たちが腰を上げ、身を乗り出した。
 茶色の髪を高く括り、お下げに結っている女は深緑色の瞳を優しく細めてニッコリ笑った。

「うん、なんとか間に合ったわ〜。最低でも1週間は絶対安静だけど、もう大丈夫よ」

 途端、歓声が上がってすぐ、誰ともなく「シーーーッ!」と口に人差し指を当てて声を低くする。
 しかし、どの顔も抑えようのない喜びに輝いていた。
 ユフィに至っては薄っすら涙が浮かんでいる。

「良かった…良かったよぉ…!」

 繰り返し、ティファの無事を喜ぶ。
 シドが「おめぇは本当に涙もろいよなぁ」とからかうが、「うるさいよ!」と言うそばから溢れた涙が頬を伝った。
 そんなユフィの足にナナキは嬉しそうに尾を振りながら身体を摺り寄せる。

「それにしても、無茶苦茶よ。体調悪いのに作戦に参加するなんて」

 途端、バレットたちが驚愕に目をむいた。
 ティファの不調を知っていたユフィは目を伏せ、あまり物事に動じないヴィンセントは無表情のまま壁に背を預けた姿勢を保っている。

「でもまぁ、なんとかなったし。勿論、ベッドから離れられたとしても当分、活動には参加させられないからね。身体の傷は治癒術で治せても、身体が負った疲労はそうそう取れないんだから。ティファの場合、怪我の負担と体調不良の負担がダブルで身体に残ってるから、暫く安静にしてもらわないと」

 そこまでは明るく言ったエアリスだったが、スーッと笑みを消し、思案顔になる。
 ユフィたちは喜び合っていたのでエアリスの変化に気づかなかったが、ヴィンセントは眉根を軽く寄せて顔を向けた。
 エアリスは暗い顔で床に視線を落とした。

「それで…本当に”死神”に襲われたの…?」

 声音には信じられない…というよりも信じたくないという響きが微かにこもっていたように感じたのは、ヴィンセントの気のせいだろうか?
 他の仲間はヴィンセントと同じようには聞こえなかったらしい。
 単純に彼女の呟きを『本当に”死神”が相手だったのか?』という疑問として受け取ったようだ。

「おう!あれは絶対に”死神”だ!噂通りの黒いフード付きマントだったし、なにより俺様の攻撃が全然当たらないんだぜ!?」
「もうめっちゃ強くてビビッタっつうの!あれが”死神”じゃなかったらなんだっていうのか教えて欲しいよ」

 エアリスの呟きを聞きとがめたバレットとユフィは目を吊り上げて声を荒げる。
 いの一番に戦闘を離脱したシドとナナキもコクコク頷いた。

「あの気配の殺し方は普通じゃねぇ。あんなに近づかれてたってぇのに全く気づかなかった」
「おいらの鼻もダメだった。なんか変だな?って思った瞬間にはもう目の前にいたんだ」

 思い出したのか、ブルリ、と身体を震わせるナナキにジェシーがポンポンと頭を軽く叩く。
 ビッグスとウェッジも沈んだ顔で見合わせた。
 彼らはティファたちを残して戦闘を離脱した己を恥じていたのだ。

 ティファを治療した聖女は、苦笑を浮かべて「ごめんね…疑ってるわけじゃないの」と両手を軽く上げた。

「それにしても、”死神”からよく無事に帰ってこられたわ。ティファはまぁ…ちょっと危なかったかもだけど、でももう大丈夫だしね。流石、この星一番の反・神羅組織アバランチよね」

 若干ぎこちなさの残る笑みだったが、バレットたちは相好を崩した。

 照れ笑いを浮かべながら、次こそ打倒神羅!と拳を握ったり肩を叩いたりしている。
 だから、エアリスが笑顔を曇らせたことに気づいたのは浮かれることなくマイペースを保っていたヴィンセントだけだった。
 もの問いたげにエアリスを見たが、結局赤いマントの男はここで問うべきことではないと判断し、言葉をそっと飲み込むと視線を動かした。
 盛り上がる仲間たちを尻目に、それまで静かにそこにいた男が思い切ったように顔を上げ、ゆっくりとした足取りでやって来る。
 濃い茶色の髪をツンツンと立たせ、トパーズの瞳をしたその青年は20代後半だろうか。
 180センチは軽く超える長身に相応しいしなやかに伸びた手足、意志の強そうな口元をギュッと引き結び、少しだけ額は張り出していたものの、中々の美青年と言えるだろう。
 右腕を三角巾で吊っているのがなんとも痛々しい。

「なぁ、エアリス。ティファについてても良いか?」

 低く、静かな声だった。
 しかし、盛り上がっていたユフィたちにもしっかり聞こえたらしい。
 それぞれ、にんまりと何か言いたげな視線を不躾に向ける。
 その視線を感じているだろうに、青年は落ち着き払ってエアリスのみに目を向けていた。
 エアリスは少し考えるような素振りをしたが、苦笑を浮かべて小さく頷いた。

「エルダス…。まぁ、少しだけならね」
「少しだけじゃなく、ゆっくりしたらいいって〜」

 エアリスの言葉にユフィが被せるようにして茶化す。
 バレットとシドも無責任に「そうだな」「しっかり看病してやれ〜」と揶揄した。
 途端、エアリスは両目を眇めて3人をヒタと見つめると、無責任な囃子声を圧倒的な威圧感によって押し潰した。

「エルダス、少しだけなら許してあげる」

 目は3人へ向けたまま、再び『少しだけ』と強調したエアリスに、エルダスは苦笑すると素直に頷いた。
 一方、ユフィたちは茶化した笑顔をそのまま固まらせ、引き攣り笑いで誤魔化すしかなかったが、エルダスがティファの部屋へ消えるとなんとも言えない不満そうな顔で責めるような視線を向けた。

「なんでエアリスはエルダスに対して冷たいのさ〜」
「あら、別に冷たくなんてないわよ。ティファは絶対安静なんだから、長い時間、部屋に誰かいるのはおかしいじゃない。ましてや男の人が…だなんて」
「そうかもだけど〜…」

 エアリスの説明にユフィは唇を尖らせた。
 確かにそう言う風に言われたら正しいのはエアリスなので、自分たちの主張は間違っていることになる。
 しかし…。

「でもよぉ、エアリスはなんっかさぁ、エルダスに厳しい気がすんだよなぁ」
「バレット、それは俺様もチラッと思った。というよりもよぉ、ティファにからもうとするのを邪魔してるっつうかさぁ…」
「おうおうおう!それだそれ!俺が言いたかったのはまさにそれだ!シド、おめぇもそう思ってたのか〜」
「そりゃなぁ。エアリスって確か男がいたよな?なのに、ティファに近寄る男も牽制ってか?それって…」

「聞こえてるわよ、2人とも」

 ビクッ!!
 バレットとシドは直立不動の姿勢になると、ゆっくりと振り向いた。
 両腰に手を当てた”聖女”がにっこり微笑んでいる。
 が、よくよく見なくても目が笑っていない。
 冷や汗がツツーッ…と額から頬にかけて一筋流れる。

「2人とも、怪我の治療がまだだったわね。お待たせしてごめんなさい、今からみっちり治療してあげるわ〜」

 ビシッ!と音を立てて硬直した後、2人は扇風機のように首をブンブン振った。
 バレットは「腹が痛くなったからトイレに行かなくては!」と言い捨て、シドは「シエラに連絡を入れねぇと〜!」と空っとぼけるや否や、バレットの後を追うようにして逃げ出した。
 2人の背中が廊下を曲がって見えなくなると、今度はゆっくりユフィを振り返る。
 小さく悲鳴をあげるとユフィも「あ〜、あはは、アタシ、小腹が空いたんだった〜。マリンもそろそろ起きる頃だし、朝ごはんの準備しないとね〜。ジェシー、行こう〜!」と、ジェシーを巻き添えに階下へ逃げ降りた。
 ついでにビッグスとウェッジにも「お手伝いして!!」と、巻き込んでいくことを忘れない。
 ナナキは苦笑しつつそれを見送って、エアリスを見上げた。

「エアリスはティファを心配してるだけって皆分かってるよ」

 優しいその言葉に、エアリスは芝居がかって天井を見上げると溜め息を吐いた。
 ナナキは軽い笑い声を上げ、逃げた仲間の様子を見に階下へと降りていった。
 残されたのはヴィンセントとエアリスだけだ。
 2人は暫し無言のままナナキの向かった先へ視線を投げていたが、珍しくヴィンセントが口火を切った。

「エアリス…”死神”と知り合いなのか?」

 決して軽視出来ないその内容に、だがしかし、エアリスはフッと小さく笑っただけだった。

「どうして?」

 動揺のカケラもない逆の問いかけに、ヴィンセントは「いや…なんとなくだ」と率直に答えた。
 聖女は口元に微かな笑みを浮かべたまま、ゆるりと口を振った。

「知らないわ」
「そうか」
「ただ…」

 あっさりと頷いた仲間に、彼女は言葉を選ぶように暫し口を閉ざすと、やがて視線を上げた。
 怯むことなく真っ直ぐヴィンセントを見る。

「”死神”ではない姿なら知ってるわ」

 エアリスの深緑の瞳とヴィンセントの紅玉の瞳が重なり合う。

 死神ではない姿が指すその意味を ヴィンセントは新緑の瞳の中から探し出そうとした。
 そして、その瞳に宿る強い意思を認めたヴィンセントは目を伏せ、「そうか」とたった一言、口にした。
 エアリスにはそれだけで十分だった。
 ふんわりと春の日差しのような微笑を浮かべ、水が流れるような滑らかな動きでティファの部屋へと振り返る。
 エルダスに、面会時間の終わりを告げる声を聞きながら、ヴィンセントはゆっくりと階下へ向かって歩き出した。
 ふと足を止める。
 廊下の窓から朝陽がその恩恵を差し込んでくるのが見えた。

 血にまみれたティファを命からがら連れ帰ってから丁度、半日が経とうとしていた。






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