携帯がメールの着信を告げる。 開くのももどかしくメール文を読み進めると、焦燥感に拍車がかかった。 『”死神”セレスティック、負傷。神羅ビルからの離脱を認める。トラック一台奪取。その際、一般兵10名殺害。現在、ジュノンへ向けて暴走中。神羅ビル13階、大破認めるも内部は不明。火災の危険は認めないもののスプリンクラーの作動有』 厳しい表情を更に引き締め、同じく鋭く眼光を輝かせているルクレツィアへ携帯を渡す。 女史の表情が更に厳しくなった。 「急ぎましょう」 それきり2人は無言で駆け続け、ようやっと辿り着いた目的地に呆然と足を止めた。 多くの隊員が右往左往している。 トレーニングルームからはモクモクと黒煙が上がり、壊れたドアがブラリ、と壁にぶら下がるようにしてかろうじてくっついている。 大破したらしい部屋は黒煙で覆い隠されていて、中の様子は窺えない…。 顔色をなくしたリーブとルクレツィアに一般兵が気付いて駆け寄る。 「申し訳ありません!非常に危険ですのでここから先にお通しするわけには参りません!」 その声にかぶさるようにしてトレーニングルームのドアがとうとう剥がれ、派手な音を立てて床に転がった。 ビクリッ!と一般兵たちが身を竦める中、トレーニングルームの中から何かが引きずられる音が少しずつ近づいてきた…。 Fantastic story of fantasy 21身体中の隅々まで痛みと言う痛みが支配しているような、拷問にも近い感覚に放り込まれていた。 その強すぎる痛みは心にまで暴虐の手を伸ばし、自己を粉々に砕かんばかりの恐怖心を掻き立てた。 神経が引っかかれ、唇からは上げたくもない呻きが洩れる。 視界は暗く、耳を澄ましても己の早すぎる鼓動と息遣いしか捉えることが出来なかった。 真っ暗闇の中たった独り。 言い様のない恐怖、絶望にも似た孤独はまるで底のない泥沼に引きずり込まれるような窒息寸前の苦しさに似ており、べったりと付き纏われ気が狂いそうになる。 振り払おうにも腕は重く、抜け出そうと足掻くが足もまるで言うことを聞いてくれない。 ハッと気付く。 いつの間にか本当に泥沼にはまり込んでいるではないか。 クラウドが気付くと同時にズブズブと腰まで沼に沈む。 まるで、絶対に逃がさない!という意思を沼が持っているかのようだ…。 冗談ではない、このままでは確実に死んでしまう。 脱出を試みるも自分だけの力ではびくともせず、まるで蟻地獄にはまり込んだか弱い蟻のようにもがけばもがくほどクラウドは泥の中に沈み込んでいった。 何か掴まれる物を!と顔を上げたクラウドの目に、ゴツゴツとした岩肌が飛び込んできた。 息を呑む。 寂寞とした印象しか与えない岩肌の峰高い山。 いつもどんよりと厚い雲にその頂(いただき)を抱かせた山に眩暈を覚えるほどの懐かしさを感じた。 見覚えなどないはずなのに……覚えがあった。 どこまで登ってもその山には緑がなく、たとえ有ったとしても岩肌の隙間から細い茎を伸ばした弱々しい野の草花が寂しげに風に揺れているだけだということを知っている。 だが本当は、その岩山にたった一箇所だけ緑が生い茂る場所があるということもクラウドは知っていた。 何故知っている?と己の頭を抱え込んだクラウドは、もう泥沼にはまり込んでいないことに気付かない。 いつの間にか暗闇から脱していたことにも、泥沼が消えてしまっていることにも気付かず、ゴツゴツとした岩肌がどんなに冷たく、その山肌に倒れこむとどれほど痛くて苦しいか…、その感触を思い出していた。 震える手の平を見つめ、のろのろと顔を上げる。 「あの時は…」 呆然とした面持ちで呟く。 そう、あの時は本当に痛かった。 病弱だった”あの子”のお母さんがまた高熱を出したらしい。 もしかしたら危ないかもしれない、と深刻な顔をして自分の母と”あの子”の父親が小声で話をしているのが聞こえてきて、胸がギュッと痛くなってそして…とても心配した。 「あの子のお母さんのことよりも”あの子”自身のことを…ね」 突然耳に飛び込んできた声にギョッとして振り返る。 そこには金糸の髪をツンツンと立たせ、青い目をした少年が立っていた。 年の頃は13歳くらいだろうか?今のクラウドの瞳よりも若干濃い色合いをその双眸に湛えている。 そうしてクラウドはもう、故郷の山の真っ只中ではなく心が締め付けられるほどの懐かしさでいっぱいになる小さな村のど真ん中に立っていたのだが、そのことにも懐かしい感情はその少年を前にしても感じているのだということにもやはり気付かない。 気付かないまま、ゆっくり近づく少年をただ呆然と見つめる。 少年はクラウドに視線を向けることなく、ゆっくりと隣に立つと指差した。 その指先を追うと、見慣れ過ぎた家があった。 クラウドが生まれ育った懐かしい家だ。 少年はクラウドの懐かしむ気持ちを誰よりも知っているかのように「うん、懐かしいよな」と噛み締めるように言った。 「あの子はいつも無茶ばかりするから…だから心配だったんだ。女の子なのに格闘術を習ったり、村の子供がモンスターに追われているのを見つけると、大人を呼びに行くよりも自分自身でやっつけようとしたり…。とにかく無茶ばかりした。それもほとんどが人のために…さ」 あぁ、そうだった…とクラウドは胸に迫る熱いものを噛み締めるようにそっと小さく息を吐いた。 隣の家に住んでいた黒髪の少女は、とにもかくにも元気一杯で、そして底抜けに優しかった。 他人に対しても優しい彼女が肉親の一大事(いちだいじ)に大人しくしていられるはずがない。 「あの頃はニブル山のモンスターがすごく攻撃的になってて、山に入ることは禁止されていた。だから、”あの子”が願いの叶う草を採りに行きたいって泣きべそかきながら”あの子”のパパに訴えてるのを見て、『あ〜、絶対に言うこときかないな』って思ったんだ」 少年の言葉にクラウドの胸にまた1つ、思い出が蘇る。 いつも自分には冷たい目を向ける彼女の父親である村長。 彼は娘にはとても甘かった。 しかし、だからと言ってニブル山に生息するドラゴンが異様に殺気立っているそんな只中へ願いが叶うというくだらない言い伝えでしかないただの草を摘みに行くことを容認するわけがない。 しかし、1度言い出したら頑としてきかない彼女が大人しく言いつけを聞くはずがない、と様子を窺っていたのだ、自分の家の窓にへばりついて。 そうしたら案の定、”あの子”は忙しい父親の目を盗んで立ち入り禁止となったばかりの山に入っていった。 だから自分も母親の目を盗んで慌てて後を追いかけたのだ。 「寒かったよな」 あぁ、そうだ、寒かった…とクラウドは思い出す。 いつしかクラウドはゴツゴツとした岩肌の山へ戻っていた。 目の前では少女が足早に山道を進んでいる。 しかしその姿をクラウドはまるで映画を見ているかのように足を動かさずに視線だけを注ぎ、勝手に風景が動くに任せていた。 少女を食い入るように見つめているクラウドの隣では少年も静かに佇んでいる。 そして少女の後ろから、今まさにクラウドの隣に立っている少年そっくり、というよりそのものである男の子がこっそりついてきている姿が見えた。 「俺がもう少し慎重に物事を考えることが出来ていたら、こっそりつけたりしないで連れ戻したのに…」 ポツリと隣に立つ少年が呟いた。 クラウドの胸が小さく痛む。 まったくその通りだった。 幼馴染の少女に嫌われたくない一心で…、彼女に喜んでもらいたい一心で、小さい頃に一緒によく遊んだ草地(くさち)にうずくまり、一心不乱に目的のものを探す彼女と一緒に探すことを選んでしまった。 バカだったと思う。 子供ゆえに無知で、大人達が禁じることの真の意味を考えず、その言いつけをただ横暴だとしか感じなかったあの頃。 多少の無理をしても絶対に大丈夫、となんの根拠もない幻想を信じ、そうして大人たちの忠告を聞かずにとんでもない結果へと導いてしまった。 幼馴染の少女と自分が一心不乱に目的の草を探した草地こそがこの星を廻るエネルギーが最も濃く現れている場所だったことを知らず、それゆえに、緑を育むことなど絶対にありえない山においてその一帯だけに緑が生い茂っていたということも知らず、当然、その草地一帯付近に生息するモンスターが非常に強力な力を有しているのだということも知らなかった。 『ありがとう、クラウド!』 そう言って笑ってくれたのが嬉しくて。 名前を呼んでくれたのが嬉しくて。 最近、一緒に遊ぶのがなんだか恥ずかしくてちょっと避けてしまったりしていたから、とても苦しくて、胸がずっとモヤモヤしていたから余計に舞い上がった。 少女の探していた目的の草を見つけることが出来たとき、嬉しさのあまり声を弾ませ顔を上げた自分が見てしまうモノを少しでも想像したなら、絶対急いで少女を引っ張り、一緒に山を下りたのに…。 「俺は…本当にバカだった」 苦い思いを舌に乗せる少年とは違い、クラウドはただ息を呑んで目の前の光景を見つめていた。 生まれて初めて心臓が止まるかと思えるほどの衝撃と恐怖を感じた瞬間が目の前で展開されている。 目的の草を見つけた自分に笑顔を見せている少女の背後に迫る危機。 それは大口を開けて今、まさに飛び掛らんとしている…深緑の巨大なドラゴン。 あまりの恐怖に声すら出ない不甲斐ない幼い頃の自分。 そんな自分の視線を追った少女が小さく息を呑んで固まる。 ドラゴンの咆哮が山々に響き渡ったのはそのときだ。 振り上げられる鋭い爪。 獰猛に裂けた口から洩れる唸り声。 それらの恐怖を前に自分が出来たことと言えば、標的となった少女をただ突き飛ばすことだけ。 幸いにも少女は柔らかな草地の上を転がり、自分もドラゴンの爪先が軽く掠っただけで済んだ。 だが掠っただけでも威力はハンパなく、信じられないくらい吹っ飛ばされてしまう。 小石のように転がる無様な少年である自分自身に目もくれず、クラウドは少年が突き飛ばした少女を見ていた。 過去のことだと分かっている。 この後、彼女が助かるということも知っていてなお、それでもまるで全身が心臓になったかのようにバクバクと鼓動が大きくて、冷や汗が止め処なく噴き出してくる。 草地へ倒れこんだ少女をドラゴンはしつこく標的としている。 獰猛に光る双眸を細め、大きく裂けた口を開いて咆哮を上げる。 少女の悲鳴が山にこだまし、クラウドは思わず駆け出そうと足を踏み出した。 が、それを隣に立っていた少年が子供とは思えないほどの力で腕を掴んで邪魔をする。 カッとなって振り払おうとするが、少年は真っ直ぐ前へ顔を向けたまま「無駄だよ、これは過去なんだから」と冷めた口調でそう言った。 それを証しするかのようにクラウドが反論する暇など微塵もなく、場面は急展開を迎えた。 『ティファ!!』 少女の名を呼びながら、今まさに引き裂かれようとしていた少女とドラゴンの間に割って入ってきた人たちを見てクラウドは、あぁ…そうだった…と踏み出しかけた足を戻す。 冷たい岩肌に打ち付けられて無様に背中を丸め、痛みのあまり呼吸が止まりそうになりながら何一つ出来ずにいた自分の目の前で何が起こったのかを思い出した。 村の大人たちが次々ドラゴンに攻撃を与える。 ある者は槍で、ある者はソードで。 村長でもあり少女の父親でもある男は片刃の剣を手に敢然と立ち向かい、村の大人達と協力して何度も何度も攻撃を繰り返した。 戦いは激しかったが、村人たちの勝利でなんとか幕を閉じた。 その間、ただ少年だったクラウドはそれを見ているだけだった。 彼女が父親に抱き上げられてホッとしたために泣き出した姿も、ただ無力にその身を横たえ見ているだけ…。 何も出来なかった自分が情けなかった。 悲鳴を上げた”あの子”の傍に駆けつけることも、”あの子”をしつこく狙うドラゴンの意識を自分へ向けることも、”あの子”の名前を呼ぶことすらも出来なかった。 そんな自分があまりにも惨め過ぎて、生まれて初めてクラウドは打ちひしがれるということがどんなことなのか、身を持って味わっていた。 己と言う存在の無力さ加減をイヤと言うほど噛み締めていたクラウドに、 『クラウド!2度とティファに近づくな!!』 と、彼女の父親は顔を真っ赤にして怒鳴りつけ、後はもう振り返ることすらせず、大人たちの先頭に立って山を下りた。 少女は激しく泣きじゃくっていたため父親の怒鳴り声には気付いていないようだった。 クラウドは少年の自分が大人の1人に乱暴に運ばれるのを見ながら、惨めな気持ちでジクジクと胸が疼く思いに小さく頬を歪めた。 「俺は…知らなかったんだ。ティファのパパが勘違いしてたってこと」 ふいに少年が呟いた。 その呟きでクラウドにまた1つ、苦い過去が蘇る。 村に何とか連れ帰られたその日の晩、散々心配してくれていた母親にこっぴどく怒られて、それでも最後には嬉しそうに涙ぐんで『無事で良かった』と微笑まれたその後、村長が家へやってきた。 そうして、家の中へ招く母親を拒み、玄関先で荒々しく吐き捨てた言葉。 クラウドがティファを唆(そそのか)して立ち入り禁止の山へ連れ込んだ。 唖然とした。 なぜそういうことになったのか分からなかった。 反論することも弁明することもクラウドには許されなかった。 「俺たちが村に帰ったらティファのママが急変しててそのまま…。だから、ティファのパパもすごく辛かったんだと思う。最期に立ち会えなかったから」 それは、ただの八つ当たりに似たものだったのかもしれない。 だが、クラウドがティファのことを大人に知らせるか、自身が連れ戻してさえいたら村長は死の床についている妻に付き添うことが出来たし、ティファも母親の死に目に会うことが出来たのだ。 『村長の愛娘を山に連れ込んだらモンスターに襲われた』という事実とは違う話しが村では真実となってしまうのに時間はかからなかった。 元々、無愛想な子供として村人からあまり好かれていなかったのも悪かった。 あっという間に村人たちから白い目で見られるようになり、クラウドは村での身の置き所がなくなった。 そんな中、母は力強い味方だった。 苦情と共に激しく非難するティファの父親に対し、堂々と胸を張って『息子はそんなことをするほど落ちぶれてはいない』と真っ向から対立してくれた。 当然、そんな母にも村の人たちは陰でコソコソと後ろ指を差していたが母はいつも気丈に振る舞い、決して自分の前で弱い顔は見せず、いつも笑顔を絶やさなかった…。 それに…ティファ。 ティファが村に流れた噂を知ったのはうんと後になってからだった。 村長の娘ということもあったのかもしれないが、村の人たちはティファの耳に噂が入らないよう気を使っていたらしい。 しかし、とうとうティファの耳にも噂が入り、ティファは愕然とした……らしかった。 その場面を見ているわけではないのであくまで想像だが、クラウドの元へ泣きながらやってきたティファが嗚咽交じりに何度も何度も謝ってくれた。 『ごめんね、ごめんねクラウド。だから…私を最近避けてたのは……怒ってるからなんだよね?ごめんね、知らなかったの!』 その頃、クラウドはティファをそれまで以上に避けていた。 自分と一緒にいるとティファまで村の人たちは変な目で見るかもしれない、と言う気持ちがなかったとは言わないが、それよりもティファへの不信感や不満、悲しみでいっぱいだった。 噂をとっくに知っていると思っていたからだ。 本当のことを彼女の父親に言ってくれないティファに、彼女も自分のことが煩わしく感じているのではないだろうか、とまで思うようになっていた。 だから、泣きながら謝罪を繰り返すティファに居た堪れず、激しく動揺しながら適当にあしらい、家に帰るように素っ気無い態度しか取れなかった。 「あれはびっくりしたよな」 フッと笑いながら少年が言う。 クラウドも微かに頬を緩ませた。 あれ…とは、村人が集まる集会の場にティファが乗り込んだ時のことだ。 クラウドは集会には参加していなかったので実際に見てはいないのだが、参加していた母から聞いた。 『ティファちゃんがね、『自分が言いつけを破っただけでクラウドは心配して着いてきてくれただけ!巻き込んだのは私なの!!』てみんなの前で言ってくれたのよ。顔真っ赤にして、すごく恥ずかしかったと思うけど、でも最後まで頑張ってそう言ってくれたの。良かったね、クラウド』 嬉しそうにそう言う母に、しかしクラウドは動揺していることや嬉しく感じていることを何故か恥ずかしいと感じ、曖昧に頷いて逃げるように自分の部屋へ駆け込んだだけだった。 「良く考えたら分かることだったのにな」 隣に立つ少年は自嘲気味に笑う。 クラウドも同じように笑った。 ティファの立場に立って考えてみれば、そのときの彼女の状態がどういうことなのかを知るのは決して難しいことではなかった。 母親を亡くしてしまった痛みに加え、自分の軽率な行動のせいで母親を独りで旅立たせてしまったと言う事実、父親にとって最愛の妻の死を看取ることが出来なかった原因が自分だという現実がティファの精神を激しく苛んだ。 そのため、暫く彼女は記憶が曖昧になっていた。 自分がどうしてドラゴンに襲われたのか、あの場所にどうやって行ったのか…といった前後があやふやになっており、そのことも噂のマイナス要因へと働きかけていたらしい。 それが、村に流れているクラウドへのあらぬ誤解を耳にした途端、一気に記憶が蘇ったらしかった。 それらは全て、泣きじゃくりながら謝罪したティファから聞いたことだ。 その後、当然のようにティファは父親に激しく食って掛かったと聞いている。 だがしかし、彼女の父親はそんなティファに益々クラウドへの態度を強固なものにしてしまった。 「そりゃそうだよな。あんなに大切にしてた奥さんの死に目に会えなかった原因が他人の俺じゃなくてティファにあった…なんてさ。受け入れられなくて当たり前だ」 更に頑なになった村長は、ある日バッタリ出会ってしまったクラウドを睨みつけると、忌々しそうに吐き捨てた。 『優しいあの子に付け込んで…、お前は恥ずかしくないのか!?』 「俺は…居たたまれなかった」 辛かった。 女手ひとつで育ててくれている母に余計な苦労を味わわせていることも、ティファが恥を呑んで乗り込んだ集会からも相変わらず誤解が真実としてまかり通っていることが辛くて苦しくて悲しくて……悔しかった。 ティファの勇気ある行動に奮い立ち、汚名を返上しようと足掻いたが、誰も取り合わず、皆が冷たかった。 何度も何度も苦い思い、悔しい気持ち、惨めで情けなくて、無力感に苛まれる日々を過ごす事になり、急速に村から出たいという気持ちが膨れ上がる。 しかしそれは、ただ単に逃げ出したいからというだけではない。 そうではなくて…。 『クラウド。今はつらいかもしれないけど、きっといつか分かってくれる時が来るわ』 『だって、ティファちゃんが集会の場で言ったことは本当なんでしょ?』 『あの場所だけに生えている願いの叶う草を摘みに行きたいってティファちゃんが1人で行っちゃったのを追いかけただけなんでしょ?』 『ティファちゃんの気持ち…母さんとっても分かるわ〜』 『え?なんでかって?ふふ〜〜ん。あそこはね。死んだお前の父さんが、母さんと『結婚したい!』ってすっごく思ってくれて、願いを叶えるために摘みに行った思い出の場所なんだよ〜。あ、信じてないわねクラウド!失礼な子なんだから。父さんと母さんが結婚してなかったらアンタは生まれてないのよ?ほらほら、分かったらちゃんと『お父さん、願いが叶うというロマンチックなお話を信じて摘みに行ってくれてありがとう』って心の中でお礼を言ってご覧!』 『ふふふ、大丈夫だよクラウド。きっと…誤解が解ける日が来るよ』 『クラウドが”本当の意味で強く”なったらね』 「母さんは…本当に強い人だったよな」 少年の姿をした自分の言葉に思わず強く頷く。 本当に強い人だった。 本当の意味で強い人だった。 当時、母が言った”本当の意味で強くなる”という言葉の意味が正直良く分からなかった自分は、どんな強敵が現れても蹴散らせるほど強くなればいいだけではないか、と思った。 深く考える必要はない、今度もし、ああいうモンスターが現れたとき、自分1人だけで退治出来れば良いだけの話しだと思った。 心のどこかでは母の言った”本当の意味で強くなる”と言う言葉が自分の描く『腕っ節の強さ』とは少し違うと感じていたのに、真の意味を問うことをとても恥じた意地っ張りな自分は、結局答えを聞けないまま母と別れる道を選んだ。 村を出ることに迷いはなく、頭の中には輝かしいと思える未来絵図しかなかった。 その想像の世界では、クラウドは陽の光を浴びて村を歩いている。 隣には笑顔のティファ。 誰もクラウドを白い目で見ないし、ティファと一緒にいるのを見ても誰もイヤな顔をしない…そんな美しい夢想をするようになる。 そんな空想をするようになった背景には、集会の一件からティファがクラウドの元へ足しげく通ってくれるようになったことがあった。 しかし、それはいつも夜。 偏見から抜け出せない父親の目を盗んで僅かの時間、家を抜け出してくれていたのだ。 クラウドにとってはそのことも辛かった。 ティファに大きな負担をかけていることが。 堂々と彼女の隣を歩けないことが。 陽の下を彼女と寄り添うことを許されず、隠れて会うしか出来ないことが辛かった。 口では『ティファと母さんが信じてくれるから大丈夫。頑張れる』と言いながら、その実、村の同年代の男の子達がティファへ話しかけるその光景に腸(はらわた)が捩(よじ)れるほどの悔しさと焦燥感を感じる日々。 誰よりも傍にいたいのに、その資格が自分にはないのだ、と見せ付けられているようで…軽く気がふれそうだった。 いくら母親が大丈夫と言ってくれてもどうしようもないほど気持ちはざわついていた。 遠目から気にしたように視線を送ってくるティファの鳶色の瞳が……悲しくて仕方なかった。 それに、ティファが夜に会いにきてくれることもすぐ難しくなった。 父親にバレたからだ。 家が隣と言うこともあり、彼女が自分のせいで父親に怒られている声が夜気に乗って聞こえてきた時、あと少しで家を飛び出し、ティファの元へ駆けつけそうになった。 そんなことをしても火に油を注ぐだけにしかならないという母の言葉にどうにか踏ん張ったが、この時だろう、村を出る決意を確固たるものとしたのは。 そうして、自然とティファと距離をとり、一人前になるその時までティファに近づかないと己に誓った…。 「俺は…バカだった」 目の前では少年時代の自分と少女時代のティファが満天の星空の下、村にたった一つだけあった給水塔で照れ臭ささを押し殺し、子供なりに精一杯の想いを込めて言葉を交わしている。 「まさか…このたった1週間後に村が消されてしまうとは思いもしなかった…」 クラウドの鼓動が言い知れない不安と恐怖を嗅ぎ取って跳ね上がった。 思わず少年を見下ろすと、彼は己そのものの姿かたちをした幼い頃のクラウドが自らの左手を少女に示しながら、彼女の左手にも同じものがあるのを見つけて頬を染めるのを見ていた。 初々しく、少しの不安も自分たちを脅かす黒い影も窺うことなどない2人の光景を、寂しさを湛えた青い瞳で見つめる少年の姿をした自分の横顔。 その横顔を見ていると思い出したくない過去が蘇りそうでこのまま過去を見続けることに怯みそうになる…。 その弱る気持ちを察したかのように少年が顔を上げた。 真っ直ぐ、射るような目で見る幼い頃の自分にクラウドは気圧される。 「やめる?」 何を?とは聞かない。 このまま、美しい思い出を思い出したこの時点で過去と向き合うことを止めるかと問うている。 止められるわけがない。 黙って首を横に振るクラウドに、少年は「本当に?」と目だけで問う。 とてもイヤな予感がする。 しかし、ここで逃げてはいけないとグッと腹に力を込めると美しい思い出の過去へと視線を戻した。 少年だったクラウドが、少女へ初めてのキスと抱擁をしているのが見える…。 あぁ…そうだった、とクラウドは甘酸っぱい気持ちを胸に抱く。 こんな大切な思い出まで忘れていたとは我ながら信じられない。 神羅へ入隊した直後3日は、この夜の思い出を何度も思い出して予想を遥かに超えた厳しい環境に耐えてきたのに。 入隊3日から5日で逃げ出す新兵が多いと前情報があったのだが、まさか本当にあんなに厳しいとは思いもしなかった。 もっとも、今となってはあのキツイ環境が実験による薬の投与と薬の効果を計るためのデータ算出だと分かっているのだが、あの頃は当然そんなことは知らないし、まさか入隊試験の合間に飲まされた”飲料水”が”薬”だと察することなど出来ようはずもない。 神羅は殺すつもりで兵士を徴収しているのではないのか?と本気で恐怖したものだ。 「でも、本当に信じられない目に遭ったのは1週間後だったな…」 少年の言葉に心臓が3度跳ねた。 3度跳ねたとき、突然、美しい思い出は真っ赤に染まった村へと変わった。 逃げ惑う村人、立ち込める煙に村を嘗め尽くす赤い炎。 飛び交う火の粉と迫る熱風は、過去の出来事のはずなのにクラウドを焼き頃さんばかりの勢いとリアルでもって取り囲んだ。 ティファは? 母さんは? 焦燥感に駆られ、辺りを見渡すクラウドに少年が悲しげに呟く。 もう手遅れだ…と。 少年の視線を追ったクラウドが見たものは、紅蓮の炎に包まれた我が家。 その玄関先に倒れ、今まさに炎に包まれている……母の姿。 知らず絶叫し、駆け寄ろうとするが見えない厚い壁に阻まれ周りに迫る新たな炎から母を助け出すことも、近寄ることすらも出来ずにただクラウドは息絶えた母が燃えていく様を見ているしかなかった。 いつしか涙が頬を伝う。 喉が破れんばかりに叫び声を上げていることすら気づかず、ただ炎に巻かれる母を見る。 崩おれ、クラウドは慟哭した。 そうして突然、クラウドは殴られんばかりの衝撃を受けて勢いよく顔を上げた。 逃げ惑う村の人たちが次々それまでとは違う悲鳴を上げ、倒れていく。 短い悲鳴はまさに断末魔。 目を瞠(みは)り、息を呑んでクラウドは見た。 長い銀髪を炎によって生み出された熱風になぶらせる神羅の英雄の姿を。 アイスブルーの瞳は獰猛な肉食獣のようにギラギラと光り、手にしている長刀は村人の血に濡れている。 口元には酷薄な笑み。 抵抗を試みる村の男たちを次々その手にかける光景は悪夢以外の何者でもなく、クラウドは怒りに駆られて駆け出した。 しかし、母に駆け寄れなかった時と同様、厚い壁に阻まれ手が届かない。 悔しさと悲しみ、憎しみが怒涛のように心を埋め尽くして気が狂いそうになる。 「本当に…気が狂った方がマシだった」 悲しみを湛えた冷静な声音にカッとなって振り返る。 少年の姿をした自分のあまりにも情けない言葉に憤りが少年へ向かう。 だが己自身への罵声は少年の後ろに見えた光景を前に霧散した。 金色の髪をまとめた濃い化粧の女が部下を従えて笑っている。 その女の傍で棒立ちになっている人間に目が釘付けになった。 まだ少年でしかないその子の首には頑強な輪。 頭にはコードが取り付けられたヘルメット。 両手には首と同じ頑強な枷がはめられ、手首同士をがっちりと拘束している。 今のクラウドと同じアイスブルーの瞳からはとめどなく涙が流れているのにその顔はどこまでも無表情で、まるで涙を流す人形のようだった。 その姿を見た瞬間、クラウドは思わず手の甲で口を押さえ、急激にこみ上げてきた嘔気を堪えた。 少年が悲しげにそっと近寄る。 「俺は…本当にバカだった。神羅の実験に適合したばっかりに母さんを助けることも、ティファを探しに行くことも、村の皆と一緒に神羅と戦うことも出来ず、ただ皆が殺されていく姿を見せられてるままになっているだけだった。神羅の”狗(いぬ)”になるために…、”死神”になるために、”俺”を殺すそのために…」 ”俺”を殺す。 あぁ、そうだった! どうしてティファの思い出が…、村での記憶がないのか…。 自己を破壊し、ただ神羅の狗として敵を排除するべく戦う兵士を作り出すため、神羅はもっとも残酷な手でクラウドという人間を形成している根幹を殺した。 いや、殺そうとした。 しかし、完全に殺しきることが出来なかった実験は、クラウドを中途半端な”死神”に仕立て上げることしか出来なかった。 死神としての任務の後、メンタルケアを受けるたびにどんどん人形へと近づいていったが、それでも心の奥底でクラウドは己自身を守り続けていた。 だから、あの時。 5年の歳月を経て神羅ビルへと侵入したティファと再会したとき、彼女を殺すことを身体全部が拒絶したのだ。 消されそうになっていた記憶はクラウドの心の奥底でちゃんと生きていて、息吹を取り戻すそのときが来るのを待っていたのだ。 いつしかクラウドの周りからは懐かしい故郷が炎に包まれている悪夢も、ただ涙を流している無力で愚かな過去の自分も、憎い仇の姿も全てが消えて、漆黒の闇の中、少年の姿をした己自身だけがポッカリと闇に浮かんでいた。 今、クラウドの胸には様々な思いがこみ上げ、渦巻いている。 ようやっと思い出した思い出たちはあまりにも大切なものだった。 憎しみも、悲しみも、嘆きも、そうして母への愛情も、最期の最後まで雄雄しく戦った村の人たちへの敬愛の念も…。 幼馴染の少女への恋慕も。 どれもが大切でその何一つ、失っていいものはなく、一つ一つの”情”がクラウド・ストライフを形成する大切なピースだった。 「もう…大丈夫だよな…」 少年が問う。 それは、自分自身への問い。 クラウドは頷くと片膝を着いてそっと両腕を開いた。 今までずっと心の奥底でひた隠しにしていた大切な”自分”を今こそ受け入れるべきだ。 「もう、俺は逃げない」 少年はクラウドのその言葉に頷くとフワリと優しい笑みを浮かべ、そうして開いたクラウドの腕の中へとスーッと溶け込んだ…。 トクン、と小さく鼓動が跳ね、ジワリとした温もりが胸に満ちる。 暫しその余韻に浸るようにクラウドは目を閉じた。 胸に宿った温もりがジワリジワリと身体へ満ちていくのが分かる。 そうしてクラウドは立ち上がる。 今、自分がなすべきことを今度こそ成し遂げるために。 そっと胸に手をやると、ほんのりと手の平が暖まるような…そんな気がした。 |