イヤな気配を感じたような気がしてツォンは足を止めた。 背後をそっと振り返るが不審なものはなく、神羅の社員が不安そうな顔をしてせわしなく行き来しているだけだ。 がらにもなく緊張しているのかもしれない。 そっと苦笑し、再び目的地へと足を動かすが、その歩みはすぐに止まった。 人のよさそうな顔をしながらその腹の中ではなにを考えているのか分からない神羅の幹部と、対照的に愛想と言うものをどこかに落としてきたようなまだ若い女が前方からやって来るのが見えた。 密かに危険視していた人物達だけに警鐘が鳴る。 無論、そんなことはおくびにも出さないよう心得ているツォンは、すれ違いざまに軽く頭を下げようとさりげなくタイミングを計った。 しかし、予想外にも彼らの足が目の前で止まる。 「やぁ、大変ですねぇ色々と」 気さくに話しかけられ、内心の動揺を押し殺し会釈する。 そうしてそのまま、立ち止まったリーブとは逆にその脇を通り過ぎようと足を踏み出したが、流れるような動きでシェルクが身を滑らせた。 あからさまなアプローチに眉を潜め、さりげなく周囲を窺った。 自分の懐に忍ばせた銃を使っても良いものか、また、武器を使用すべき時かを確認する。 急速に高まる緊張感に、しかしリーブはどこまでものんびりとした雰囲気を絶やさない。 「すいません、ちょっとお時間を頂きたいんですよ。なに、簡単な話しなのでそんなにお手間は取らせません」 ツォンはリーブを見た。 相変わらず何を考えているのか分からない温和な笑みからこの幹部の考えを読むことは不可能に近い。 「アナタが大人しくしてくれたらすぐに済む」 「シェルク、ダメですよそんなケンカ腰に」 「リーブ、あなたは甘いんです。だからいつまでたっても私の心配は減らないんです」 「ハハハ、ありがたいですけど大丈夫ですよ?」 「なにが大丈夫なんですか。その発言の根拠を知りたいものです」 ツォンの警戒心に触発されたのか…。 いつもの『興味なんかない』という態度からは想像が難しいほど敵意を隠そうともしないシェルクにリーブが苦笑しながらたしなめるが、それをシェルクは静かな口調のくせに辛らつな言葉で跳ね返す。 それはまるで、兄妹と言うべきか親子と言うべきか。 緊張すべき時だというのに一瞬、微笑ましいものを感じる。 それは本当に一瞬で、顔を戻したリーブの微笑みにツォンは気を引き締めた。 「では、行きましょうか?」 ツォンは己に拒否権がないことを知った。 Fantastic story of fantasy 24まず、一番最初に気づいたのは温かな指先が額に触れている感触だった。 心がホッコリと温かくなると同時になんとも気恥ずかしいような、不思議な感覚に戸惑いながらもその触れてくる指先に子供の頃の記憶が蘇る。 体調が悪くて臥せっていると、こうして母は心配そうにそっと額を撫でたり熱を測るために手を当ててくれた。 「母さん?」 呟きながら、バカだな…と少しおかしく思う。 母は5年前に亡くなった。 たった今、鮮明に思い出したところだというのに。 案の定、 「もう、母さんって。こんな大きな子、まだまだいりません」 呆れたような、ホッとしたような。 母親とは違う若い女の声が耳に届く。 この数日の間にすっかりと耳が覚えた女の声は、何故か気持ちを解きほぐしてくれる力があった。 あぁ、無事だったのか…。 安堵しながらも、自分を取り戻して一番最初に聞く声が”彼女”でなかったことにほんの少しだけ落胆する。 今なら…、過去を取り戻し受け入れた今なら”彼女”へかけられる言葉が沢山あるのに。 言いたい言葉が沢山あるのに。 「クラウド!」「よぉ!!」「やっと起きたか、この野郎!!」 決して明るいとは言いがたい照明の下、心配そうに覗き込んでいたアバランチの面々がホッとしたような、腹を立てたような、大層複雑な顔で見下ろしていた。 腹を立てている面々は主に男性陣だったが、ユフィも目力を込めて睨みつけている。 ゆっくり上体を起こしつつ、サッとその場の人間を見渡し、肝心の彼女がいないことに目ざとく気づく。 少しではない落胆と不安を覚えたが、目の前で心配してくれている人たちに向けてまずは何か言うべきだろう。 心配をかけたことに対して腹を立てているということに人付き合いが下手なクラウドはまだまだ学べていない。 だから、彼らが怒っているのは十中八九、あんなカッコをつけて単身、飛び出したのに無様に敗北したからだと思った。 お人よしの集まりのようなものだから少しくらいは心配してくれたのかもしれない、と少しの可能性として感じてはいたがそれだけだ。 だが、それだけであったとしても、自分の身を案じてくれている人が自称親友を称するお調子者以外にもいることが意外にも嬉しく感じてしまう。 だから素直に「ごめん、悪かった」と軽くだが頭を下げることも出来たわけで、謝罪した自分にびっくりして固まる面々を前にしても『失礼な…』と気分を害することはなかった。 「クラウド、気分はどう?」 「あぁ、問題ない」 ベッドの一番近くに陣取り、腰掛けていたエアリスが心配そうな顔で問う。 クラウドは答えながら内心意外だった。 これまでの彼女はいつも自信満々、クラウドが実験の後遺症で苦しんでいる時も不安そうな様子はカケラほどもなく『大丈夫だよ』『問題ないからこれくらい』、と笑っていた。 それが、何かを探るような目で不安そうに見つめてくる…。 そう言えば…とクラウドは部屋を見渡した。 小さな部屋だ。 正直、アバランチのメンバー全員が入るだけでいっぱいになっている。 しかも寝ているベッドはというと、どう見ても女の子が好みそうな暖色系のレース編みが飾りとして施されているシーツで覆われている。 「ここは…」 「私の家よ」 あぁ、やっぱり。 ということは、間違いなくこの部屋はエアリスの部屋でベッドはエアリスのものだ。 黒髪のお調子者が満面の笑みで殺気を迸らせる姿を想像し、クラウドは戦慄した。 その恐ろしい想像の産物を脳内から消し去るべく無理やりクラウドは思考を切り離した。 「みんな無事なのか?」 しかし、メンバーのほとんどが気まずそうに視線を逸らす。 一瞬で胸中に暗雲が垂れ込め、クラウドは心臓が締め付けられ感覚を味わった。 この場にいない彼女の事を聞こうとしたのだが、急にそら恐ろしくなってしまう。 それでも答えを求める気持ちは抑えようもなく、メンバーの顔を見渡す。 最終的に止まったのはヴィンセントの端正な顔。 真っ直ぐ見つめてくる紅玉の瞳に目が吸い寄せられ、何故か鼓動が早くなる…。 「お前を見つける前に英雄に襲われた」 クラウドは耳を疑った。 淡々と発せられた言葉を聴覚が拾い上げ、脳へと伝え、理解する。 その作業のなんと時間のかかったことか。 理解した瞬間、カッ!と目を見開き、周りの人間がギョッとするほどの身のこなしで一瞬の間にベッドを出てヴィンセントへ手を伸ばし、その襟を両手でつかむ。 「今なんて…!?」 「言った通りだ。お前を見つける前に神羅の英雄に襲われた。お前も戦っただろう?その後でのことだ」 想像しえなかった展開が自分を取り巻いている。 その現実にクラウドは耳鳴りがするほどの緊張感と恐怖に襲われた。 長い銀髪、全てを凍りつかせるアイスブルーの双眸、己以外の全てを嘲笑う唇。 脳裏にセフィロスの顔が浮かび、そうして消える。 クラウドは知らず止めていた息を大きく吸うと黙ったままジッと見つめているヴィンセントから手を離した。 無言のまま、ヴィンセントが自分を取り戻すのを待ってくれていたことを悟り、小さく小さく謝ると、 「どういう状況だったのか詳しく教えてくれ」 と、硬い声を絞り出した。 固唾を呑んで見守っていたアバランチの面々は、暴走しなかったクラウドにホッと安堵の吐息を洩らす。 エルダスもまた、ぐっと握っていた拳を緩めて肩からほんの少し、力を抜いた。 自制心を取り戻したクラウドに悔しいと思いながらも安堵したのは、やはり想い人の存在ゆえ…。 パニックになって己を失うような男に大事な人を託すことなど出来ようはずもない。 勿論、ティファの行方が分からないというのに冷静過ぎる男も論外だ。 ということは、自然な流れとしてクラウドは合格と言うことになってしまう…。 だが、やはりまだ素直に認めることは出来ない。 癪だ、と思ってしまうし、金髪の男と自分を取り替えたい、という嫉妬で頭がどうにかなりそうになる。 それらの想いをエルダスは無理やりねじ伏せた。 今はそんなことにかかずらわっている場合ではないのだから。 ヴィンセントからそのときの状況を聞くクラウドの真剣な顔を見ながら頭を切り替える。 シドとヴィンセントが代わる代わるクラウドと英雄が戦っているのを目撃した後からのことを説明する中、ユフィやバレットたちも時折口を挟んで臨場感たっぷりに爆撃後のことなどを語った。 「あの男、何故かティファに狙いを定めていた」 「何故?」 「最初はお前の力を完全に引き出すために…と言っていたが、途中から目的を変えたようだ」 「俺の力を引き出す?」 「アナタのブレーキを完全に壊すために…よ」 怪訝に眉を顰めたクラウドは、唐突に割り込んだエアリスにギョッと顔を向けた。 真剣な色を翡翠の瞳に浮かべるエアリスに、仲間たちもビックリして目を丸くしている。 「あの男はアナタとの戦いをより楽しむために自己防衛のブレーキを完全に壊すつもりだったのよ」 まるで本人から直接聞いたかのような話しぶりに驚く面々に構わずエアリスは言葉を続ける。 「神羅の度重なる実験に耐え抜いたアナタだけど、まだ生命を維持するためのブレーキが強くかかっている状態だった。本当は、ブレーキを完璧にコントロール出来るようになってくれることこそを望んでいたんだけど、それが出来るようになるまでの間にアナタ自身が壊れてしまいそうだった。あの男にとって、自分の手を下さなくても壊れて消えてしまうモノは取るに足らないモノ…。少しくらいの暇つぶしにしかならないのなら興味はない。でも…」 「アナタはそうじゃないとあの男は気づいてしまった」 口を閉ざしたエアリスに誰もが息を呑んでいた。 ヴィンセントですらいつもの無表情にほんの少し動揺を浮かべている。 クラウドはなんと言って良いのか分からず己の中に言葉を探したが結局出てきた台詞は、 「どうしてアンタがそんなことを知っている」 という、なんとも陳腐すぎる一言だった。 しかし誰もなにも言わない。 その一言こそがその場の者が求める一言だったとでも言うかのように、沈黙を守っていた。 エアリスは焦らさなかった。 「私は…ずっと生まれた時から星の悲鳴を聞いていた。ずっと…ずっと。神羅がアナタにしたような実験をするたびに…、他の実験をするたびに、ずっとずっと、星は悲鳴を上げていたわ。その最たるものがあの男の誕生よ」 「おい…ちょっと待て。あの男ってえのは、セフィロスのことだろうがよ?エアリスの方がセフィロスよりも年下だろう?」 混乱しきりにバレットが声を上げる。 ユフィとナナキ、ジェシーとウェッジが大きく頷いた。 ビッグスとヴィンセント、エルダスは硬い表情のまま食い入るように聖女を見つめている。 エアリスはバレットをチラリと見ると「セフィロスの年齢、いくつか知ってる?」と、唐突な言葉を投げかけた。 うぐり、と返事に詰まってバレットは仲間たちを見たが、みな一様に難しい顔をして首を傾げ、知っている?知らない、と囁き合うばかりだ。 「セフィロスの出自は神羅が厳戒なかん口令を敷いているため世間に発表されていない。されているのは神羅で一番最初に活躍した日時、それが始まりだ」 ヴィンセントの淡々とした説明に、皆、改めてそうだったのか…と目が覚めるような思いを味わう。 エアリスは頷いた。 「確かにセフィロスは私よりも年上よ。でも、実際にあの”セフィロス”が生まれたのは17年前…」 「17年…」 ユフィが大声を上げそうになってジェシーに口を塞がれたり、バレットが「バッカ、なにわけの分かねぇことを」と抗議しようとしてウェッジとシドに押さえ込まれたりしていたが、クラウドの視線はエアリスから離れない。 口の中で彼女の言った年数を呟き、顎に指を添える。 「確か…、俺が英雄セフィロスの話しを初めて聞いたのは5・6歳くらいの頃だった…。そのとき初めて村から出て”なりたい”って思える目標になったのがセフィロス…だった」 そうこぼせばエルダスも「そうだな、俺もだ」と思わず頷き、意外そうに振り返ったクラウドとバッチリ目が合ってなんとなくバツの悪いような、なんとなくこっぱずかしいような、微妙にもぞもぞとした気持ちになった。 そんな微妙な2人にエアリスは絶対に気づいただろうが、無視をする形で話を進める。 「今から約25年前、セフィロスという存在は生まれた。でも、その命の誕生はこの星に生を受けた者たちのどれにも当てはまるものではない方法だったの」 「まさか…神羅の実験で…とでも言うつもりか?」 「その通りよ、エルダス」 「バカな…」 言い当てたエルダスは他の面々と同じように絶句したがクラウドは驚きながらも妙に納得した。 なるほど、普通ではない誕生の仕方…。 圧倒的な力はそのせいなのかもしれない。 己を取り戻した今なら神羅の実験がどこまで非道なところへ手を伸ばしていても全く不思議はないと断言出来る。 「妊娠中の女性に人間以外の生命体の組織を植えつけたばかりでなく、強すぎる亜種の遺伝子によって母体まで影響が及び、人間として生存していくことが不可能になった母子諸共、薬液漬けにして無理やり出生させた。でも、当然そんな自然に逆らった方法で生まれた命が普通の空気に触れて生きられるはずがないわ。だから、ずっとずっと、身体が”この世界の空気”に馴染むまで自然を捻じ曲げてまでして生まれさせられた命は薬液の入ったビーカーで生かされ続けた。そうして今から約17年前、当時8歳くらいだったその命は外の世界に出たの。それがセフィロス」 「おいおいおい、ちょっと待てー!!」 堪りかねて大声で遮ったのは言わずもがな、バレット・ウォーレス。 今の追い詰められた状況だけでも手一杯であるのに仲間の失踪に加え、新しい情報に頭はパンク状態だ。 そこへ前代未聞である非常識な世界を語られても到底脳内で処理が出来ない。 「エアリス、頼むからよ、んなどうでもいいことは後回しにしてくれ!今、俺たちに必要なのは神羅の狂った実験だの、英雄の正体だのじゃねぇ!仲間の安否だ!ティファがどうなったかだろうが!?」 ティファと言う名にその場の面々に緊張が走る。 バレットを止めようとしていたシドも手が中途半端に止まり、渋い顔でエアリスを見た。 クラウドもまた、心臓が早鐘を打つのを止められず、忘れていた焦燥感が狂ったように暴れ出すのを懸命に押さえ込まなくてはならなくなった。 今すぐにでもティファの居場所を聞き出して飛んでいきたいと強く思う。 しかし、その一方でエアリスがこの場で話すことに無駄なことは一切ないはずだということも分かった。 だからこそ話を遮って前に進むべきではないはずだ。 それを後押ししたのは寡黙な元・タークスだった。 「静かにしろバレット。何故エアリスが切羽詰っているはずなのにわざわざ遠回りに思える話をしていると思う」 「だがよ!」 「いいから聞け」 いつになく強い口調で言われ、鋭い眼光で見据えられると流石に黙るしかない。 バレットは渋々口を閉ざし、そっぽを向いた。 エアリスは静かな面持ちを保ちながら苛立ちを隠そうともしないバレットや他のメンバーを、そうして自分を推してくれたヴィンセントへと視線を流し、最後にクラウドで瞳を止めた。 翡翠の双眸がクラウドの顔(かんばせ)を前にして悲哀に染まったように見えたのはクラウドの…、メンバーの気のせいだろうか? エアリスはフッと目を伏せた。 「セフィロスがあんなに強いのはね、異常な実験の末に生まれたからだけじゃないの。持って生まれた素質以上に、生き物ならなんでも持っているはずの『ブレーキ』を完璧にコントロール出来る術を会得したからなのよ。だから、生命が危機に晒されるギリギリラインまで体を酷使することが出来るの」 クラウドは静かに目を見開いた。 過去を取り戻した夢の中で、幼い自分が何を語ったか…。 自分殺す…と言っていた。 そうすることでより神羅にとって都合の良い強いコマとなるように。 なるほど、と思う。 セフィロスは有りえない出自のお陰で『己』を殺さずして自由に生命を維持するためのブレーキが操れるのだ。 自分が”ようやっと手に入れた力”をセフィロスはとっくに手にしていたからこそのあの力の差だとしたら。 ”ブレーキを操れるようになった”今なら…? 「クラウド、ダメだよ」 ヒヤリ、としてクラウドはエアリスを見た。 伏せていたはずの目を真っ直ぐ向けている聖女に、心の奥底まで見透かされているような気分になる。 事実、見透かされているのかもしれない…。 エアリスは怪訝に顔を顰める仲間たちを一瞥すらせず、ただクラウドだけを見つめて口を開いた。 「クラウド。確かにクラウドはより力をコントロール出来るようになったかもしれない。それでも勝てないわ、あの存在には」 「しかし…!」 「聞いて」 反論しようとするが強い口調で言われ、押し黙る。 「クラウド。ザックスはブレーキを完璧にコントロール出来るの。でも、セフィロスに何度挑発されようと決して乗らず、戦いを強要されることを避けるため人質を取られないよう細心の注意を払って行動してきたわ。何故か分かる?」 ザックスが完璧にコントロールが出来るとは知らなかったクラウドは目を見開いた。 しかし、よくよく考えなくても自称親友ならコントロールが出来たとしても不思議はないのだと改めて気がついた。 何しろ、メンタルケアと称されている実験の力を借りずとも”死神”として認められるだけの戦績を上げ続けるというコントロールが出来ていたのだから。 「勝てないからよ。どう頑張っても」 誰かがゴクリ、と唾を飲み込んだ。 重苦しい空気がメンバーを包み、息することすら憚られるような雰囲気が満ちる。 「それにねクラウド。もしかしたらクラウドは気づいていないかもしれないけど…」 躊躇い、言葉を切るがエアリスはすぐ顔を上げる。 「生命を維持するため、身体に過剰な負担がかかることを防ぐためのブレーキは生存本能として備わってるわ。それをコントロールして超人的な身体能力を発揮し、戦う。これは一時的なだけなら問題はないかもしれない。でも、一時的とか1回だけで済むはずがないわよね?戦うコマを生み出すために神羅が長年かけて実験してきたんだもの。セフィロスは自分の意思でいつもブレーキを外しっぱなしにしているからこそ、持って生まれた身体能力と相まって信じられないくらいの力を常に使っているわ。ようするにね、身体に過剰な負担がずっとかかっているの。これがどういうことか分かる?」 「遅かれ早かれ、セフィロスは死ぬわ。特にここ最近の力の使い方は異常だから、身体へ影響は計り知れない。そして、それを誰よりもあの男は知ってる。だから、死ぬまでの間に最高の演出で舞台を飾りたいのよ」 エアリスの言葉が急に遠い世界からの囁き声になる。 自分の周りから色や音、存在が消し飛び、エアリスの語る言葉が意味を成さずにグルグルと脳内を廻った。 セフィロスが死ぬ。 それも、自滅と言う形で。 それをあの男は知っている。 知っているからこそ、己の最後を最も華やかなものとするべく何かを画策している。 そんなバカな話が信じられるものか。 しかし、渦巻く葛藤を察しているであろうにも関わらずエアリスは言葉を続けた。 「この星の全ての命はセフィロスという主演俳優にとって舞台上の登場人物であり、端役であり、助演男優、女優であるのよ。その最後の演目にクラウド、アナタを指名してしまった」 心臓が…。 「最高の花道にするために」 止まりそうになる…。 「そのために、アナタの最も弱い部分を揺さぶるつもりなのよ」 呼吸が…。 「ティファがアナタと同郷だとセフィロスは知ってしまったから」 上手く出来ない…。 「だから…」 もう…これ以上は…。 「だから、セフィロスはティファを攫ったの。ティファとアナタにあるであろう繋がりを…、絆を嗅ぎ取ったから。アナタのブレーキである”自我”を完全に壊して自分と同じように身体の持ち得る力を完全に解放させるために」 聞くに堪えない! 「ティファは…神羅ビルにいる」 静寂が支配する。 誰も身じろぎ1つ出来なかった。 エアリスの次に事情に精通しているであろうヴィンセントですら、驚き硬直していた。 皆の視線はエアリスの整った白い顔に集まり、止まったまま動かない。 まるで身動きを禁じられたかのように微動だにしない面々を前にして、エアリスは、ふぅ…と息を吐き出し椅子の背もたれに身を預けた。 どこか疲れたように感じられるその様子に、誰よりも自分を取り戻したヴィンセントがハッと近寄る。 「エアリス」 「ごめんなさい…。クラウドが起きるまで黙ってて。でも、皆のことを頼りにしてないわけじゃないのよ?」 「分かってる。それよりもそんなに沢山のことを視て…疲れただろう…?」 「ふふ…ちょっとね。あのとき、ザックスが”死神”と戦ってるのが視えちゃって…ビックリした反動ですっかり意識が”そっち”に引きずられちゃったから、『ええい、ついでよ。視られるだけ視ちゃえ!』って思って無理しちゃった」 「まったく…。失神したお前にみんな、肝が冷えたぞ?」 「うん、ごめんなさい。本当に…ごめんなさい」 「分かったから…もう休め」 クッタリと、本当に疲れたようにヴィンセントに体を預けたエアリスはそのままウトウトと目を閉じ始めた。 それまでクラウドが寝ていたベッドにそっと横にするヴィンセントを見ながらクラウドは聞きたいことがまだあった。 視たとはどういうことだ? ティファが神羅ビルにいるというのは本当だろうか? それが本当ならセフィロスはわざわざ離れた神羅ビルへティファを連れて行ったことになる。 あの組織と言うものにまったく縛られていない風をいつも漂わせているセフィロスが? そもそも、セフィロスがあと少しの命だというのは本当か? もしもそれが本当なら、少しくらいは自分にも勝機があるのではないか? いや、あと少しの命だからこそ勝機は薄いとエアリスは言っているのかもしれない。 死ぬことに対し、奴は恐怖など感じていないだろうが、だからこそ命に頓着せずに恐ろしい戦い方をしてくるに決まっている。 だから、自由に力を使いこなせるようになったはずの”現在(いま)”なら、1人で戦わずに共闘すれば…? ハッと目を見開く。 今、考えたことがエアリスの言いたかった答えなのかもしれないと思ったのだ。 そして、それは正しいことを知った。 ベッドに横になったエアリスがほんの少し微笑みながらそっと手を差し出してきたからだ。 その繊手には…携帯電話。 ザックスがあの日、まだ己を取り戻していないクラウドを無理やり神羅ビルから脱出させた時に持たせ、エアリスが取り上げていたあの携帯電話だ。 ―『それから短縮1番に俺の番号入ってるから』― まさか…とクラウドは思った。 こうなることを想定して携帯を持たせたのだろうか?と。 しかし、すぐに『違う』と心の中で首を振る。 あらゆる危険や結果を想定し、それらを全て考えた上で携帯を持たせてくれたのだろう。 いつか、自分を取り戻した時に連絡が出来るように。 クラウドはそっとそれを受け取ると不安げに揺れている翡翠の瞳を見つめた。 「大丈夫だ。俺もザックスもまだまだ死にたくないから死なないように頑張る。そして…絶対に皆で帰ってくる」 きっぱりとそう言い切ったクラウドに、話しについていけずに見守っている形になっていたアバランチの面々はハッと息を呑み、顔を見合わせた。 これまでに感じたことのない頼もしさをクラウドから感じ取り、打倒神羅の意気込みが再燃する。 エルダスはやはり複雑そうな顔をしていたが、それでも反抗的な雰囲気は微塵も浮かべていなかった。 ヴィンセントも微かに目を細めてクラウドを見た。 エアリスは嬉しそうに花開くように微笑むと、満足そうに目を閉じた。 |