「は!?ツォンさんマジで言ってるのか…っと…」

 不遜な物言いをした部下に、しかしツォンは渋面のまま重々しく頷いた。
 レノの隣にいるルードは相変わらずの無表情だったが、恐らくサングラスの奥ではイリーナ同様、目を丸くしていることだろう。
 ツォン自身、まだハッキリとこの命令が正しいのか分からないところがある。
 自分が納得しかねていることを部下に説明し、同意を求めたところで無駄であることくらい分かっている。
 だが、状況は激変しているのだ、世界は自分が納得するのを待ってはくれない。
 刻一刻と変化しているこの情勢に乗り遅れると、あとは振り回されてなんの役にも立たずに終わるだけ…。
 タークスの主任として、そんなみっともない役を演じるわけには行かないし、彼の直属の上司である副社長からは『その申し出を受けるように』と勅命が下っている。
 しかも、隠密行動だ。
 トップシークレットに値するその命令は、神羅を根底から覆す結果を導くものとなるはずだ。
 失敗すればただの逆賊で終わり、成功すれば文字通り、世界の救世主となるだろう。

 天国か地獄。

 結果はこの2つに限られた。

「お前たちに選択の余地を与えてやれれば良かったのだが…すまない」

 心残りがあるとしたらこの1つだけ。
 やろうとしていることへの躊躇いはあるが従いたくないという気持ちはない。
 勅命であるならばそれに従うだけなのだが、それ以上にこの星の現状を考えると今回の勅命は至極全うなものであるとすら考えられる。
 だから、躊躇いはあっても拒否したい気持ちは沸いて来ない。
 ただ、今まで自分が『神羅の正義』として信じていたことと全く違うことをしようとしているから躊躇う思いがあるのだ。
 だがそれも、任務に着いて行動していくうちに綺麗さっぱり消えてしまうだろうという予感がある。
 だからさほど戸惑ってはいない。

 だが、部下を今回のことに巻き込むことは正直本意ではなかった。

 分が悪すぎる…というのが一番の理由だが、それとは別に彼らの中にあるであろう”神羅での正義”を真っ向から崩してしまうことに巻き込んだことが申し訳ないと思っている。
 せめて、少しだけでも考えられる時間を与えてやりたかった…。

「なに謝ってるのかなぁ〜っと」
「そうですよ、ツォンさん。そんな申し訳ないみたいな顔しないで下さい!」
「……心外だ」

 まるで自分の心配が取るに足らない小さなことだと言わんばかりに3人はそれぞれ呆れたり、ムキになったり、ブスッとして上司に言った。

「俺たちはツォンさんに従うって言ったはずだぞっと」
「そうです!ツォンさんが行け!って言ったら行きますし、戻れ!って言ったら戻ります!」
「イリーナ、それはただの忠犬だ」
「うっ、いいじゃないですかルード先輩!」
「ま。俺たちはツォンさんのことを信じてっから、ツォンさん専属の忠犬ってことでいいんでないか?」
「そうですよ!イイこと言います、レノ先輩」
「さ、それで、俺たちは早速どう動けばいいのかなっと?」

 軽く深呼吸をしてこみ上げてくるものを鎮めると、ツォンは「では…」と新たな気持ちで命令を下した。

 そうして命令を下した後、それぞれの表情で敬礼して慌しく出て行った部下を見送る。
 デスクに両手を着き、ゆっくり腰掛けたツォンは深い息を吐き出したが、決して暗く、打ち沈んだものではなかった。
 部下を危険極まりない状況へ巻き込んだ自責の念は確かにある。
 だが、神羅に身を置く者ならば致し方なかったとも言えるのかもしれない。
 自分がどう庇おうと…だ。
 何しろ、もう既に神羅はこれまでのあり方とは真逆の存在となるべく動き出している。

 各地に散っていた監視隊の行動を逆に把握するべくシェルクが既に動いていることも。
 英雄が本当に離反したことも。
 現在神羅の本社ビルにいる幹部たちはリーブが密かに少数ずつ召集をかけており、神羅の現トップに代わり副社長であるルーファウスが新たなトップに立つべく話を進めているということも。
 そうして、一番とんでもないことは…。

 ルーファウスの社長就任披露放送を流すと同時に、星のエネルギーの供給を向こう1年の間に永劫的に凍結すると世界へ向けての宣言するということ。

 それらを完璧に遂行するためのタークスへの命令は、不穏分子の洗い出しに迅速に乗り出し、場合によっては捕縛、戦闘になってもやむなしとするというものだった。

「結局、先輩、あなたと同じ道を歩むことになりそうですよ」

 敬愛していた先輩タークスが離反した時、裏切られたと感じた。
 どうして胸のうちを少しでも話してくれなかったのか…と。
 その鬱屈した思いを抱え、突然回ってきた主任としての役職に翻弄される日々。
 落ち着く間もなく任務のため、元・上司であり敬愛する先輩元・タークスを敵として遠目から見かけた時にはあと少しで我を忘れそうになった。
 それが怒りのためなのか、たとえ敵としてではあっても”会えた”という感極まったものだったのか、未だに分からない。
 その後も敵として何度か見かけることはあったものの、幸いと言って良いのか武器を交えることはなかった。
 それがまさか、こんなことになるとは…。

「世界の流れに巻き込まれるのも悪くはないかもしれないな」

 呟いたツォンの口元には微かな笑みが浮かんでいた。





Fantastic story of fantasy 26






 薄暗いスラム街を飛ぶように駆ける。
 7番街への爆撃の余波なのだろうか?人々がいつも以上に陰鬱で不安そうな顔をしながら足早に歩いていた。
 その合間をまさに縫うようにしてクラウドは駆ける。
 何人もの道行く人たちがギョッと目をむいてクラウドの背を振り返ったが、その姿をしっかり見ることが出来たものはほとんどいなかった。

 あまり人目を集めるのは得策ではない。

 頭でそう考えても、エアリスの発した言葉に冷静さを取り戻すことは到底不可能だった。

『ザックスが死んじゃう!!』

 エアリスの泣き声が耳にこびりついて離れない。
 いつもカラリとした笑顔を見せていた自称・親友の笑顔が脳裏に浮かんでは消える。

(大丈夫…大丈夫だ)

 自身に言い聞かせるように何度も何度も胸の中で繰り返す。
 彼の実力があれば、例え、腕利きの神羅兵とは言えど、太刀打ち出来るものではない。
 ”死神”として、身体のコントロールが完璧に出来るザックスに敵う人間は極々限られる。
 通常ならば、クラウドはここまで取り乱さないだろう。
 だが、今朝のことがある。
 まさに半日前、自分は死にかけたではないか。
 それこそ、普通の人間相手なら絶対に負けない自信があったし、事実、数多の一般兵を相手取って負けはなかった。

 だが…。

 銀髪、青眼の男を前に呆気なく敗北した。
 死んでもおかしくない重傷を負った。
 今、こうして怪我など負わなかったように身体が自由に動くのはエアリスのお陰だ。
 エアリスが癒してくれなければこんなに短期間で回復することはなかった。
 それもこれも、怪我を負ったクラウドをシドとヴィンセントが素早く回収してエアリスの元へ運んでくれたからだ。

 ならば、瀕死の重傷を負っているというザックスを一刻も早くエアリスの元へ連れて行けば助かるはずだ。

 助かる?

 自分の考えにクラウドは舌打ちをする。
 助かる、という発想自体がザックスへの侮辱だと思った。
 お調子者だがザックスの強さを誰よりも知っている者として、そんな考えは情けなさ過ぎる。

「くそっ!」

 毒づいたのは己にか、それとも怪我を負ったという親友へか、はたまたザックスを追い詰めたまだ知らない”敵”へか?
 自分でも分からないまま、クラウドは高く跳躍した。
 建物の屋上に軽々と舞い降りると、足下ではスラムの人間が目をむいて見上げ、騒ぎ立った。
 しかし、そんなことに頓着している場合ではないし、正直、どうでもいい。
 クラウドは視界を凝らしながら再び前へと思い切り飛び出した。
 ミッドガル5番街にあるという教会。
 場所は知らない。
 ただ、その場所へ近づけば多分分かるだろう、という確信があった。

 今、クラウドは神経と言う神経を完全にオープンにしていた。
 怒涛のように流れ込んでくる外界からの情報に脳がパンクを訴える。
 頭痛としてそれを訴える己の頭を、しかしクラウドは完璧に無視をして更に視覚、聴覚、嗅覚を研ぎ澄ませた。
 勿論その間も駆けることをやめない。
 耳が風を切る音や人々の行き交う足音、息遣い、衣擦れの音までをも拾い上げる。
 鼻はドブの匂いや人々の汗の匂い、化粧や食べ物の匂いを確実に拾い上げ、胸が悪くなった。
 しかしそれでも情報を取り込むことをやめない。

 そうして。

 クラウドはハッと右へと振り向いた。
 懐かしい香りがしたように感じたのだ。
 それが一体なんの香りか分からないのに躊躇うことなく方向転換をし、猛然と駆け出す。
 耳は人々の驚き息を呑む音や声を拾い、鼻はますます懐かしい香りを明確に嗅ぎ取った。
 それに伴い、懐かしい香りに混じって慣れ親しんだ匂いをも嗅ぎ取り、クラウドは向かっている先に教会が…、ひいてはザックスがいると確信した。

 辿り着いたのは、人々に忘れられたような小さな教会だった。
 立て付けの悪いドアが薄く開いている。
 駆け込んだ途端、むせ返るほどの花の香りに包まれ面食らった。
 外は夕刻特有の薄暗さだったのだが、教会内はその闇をうんと濃くした色に染まっている。
 しかし、その中でも花々の黄色や白の花弁が華麗に風に揺れているのが見て取れた。
 その花畑の中ほどに小山のような影が見え、クラウドは息を呑んで駆け寄った。
 血の匂いを発するそれに近づき、躊躇いなくそれに触れる。

「ザックス!」

 呼びかけ、首筋に手を当てる。
 真っ白な顔色は教会内が暗いからだと思い込む。
 指先が温かな脈動を確かに感じ、言い様のない安堵と虚脱感に襲われた。
 勿論、予断を許さない状態には変わりない。
 だが、生きてさえいてくれたら大丈夫。
 エアリスの元へ運べば良いのだから。

「待ってろ。すぐエアリスのところに連れて行ってやる」

 意識のない男に声をかけ、傷に触れないようそっと担ぐ。
 担ぎながら、クラウドの胸中に不穏な予感がこみ上げた。
 ザックスにここまでの深手を負わせた犯人。
 ”死神”仲間のセレスティックではないだろう。
 セレスティックが相手なら、ザックスはきっと、こんなところまで逃げてきやしない。
 神羅ビルに留まり、治療を受ければ良いはずだ。
 逃げ出した理由はたった1つ。

 ”死神”よりもランクが上の人物による粛清だったから。

 粛清、という表現が正しいのかは分からない。
 ただ、”死神”という貴重なコマを壊してしまうことは神羅にとって本意ではないはずなのに、怪我を負ったコマを治療しない、となると、怪我を負わせた犯人・原因が”死神”のランクを上回る者の仕業と考えるのが自然だ。
 そして、”死神”よりもランクが上の人間と言えば、神羅の幹部、社長、副社長、そして…英雄。
 消去法で考えたらイヤでも答えははじき出されてしまう…。

 クラウドは1つだけ大きく頭を振ると脳裏に再び浮かんだ銀髪・碧眼の男が嘲笑する残像を振り払った。

 そんなことを考えるよりもエアリスの元へ連れて行くことが先だ。

「ザックス、しっかりしろ。すぐに着く」
「…なるべく…安全運転で頼む」
「!?」

 思わずビクッと飛び上がる。
 反動でザックスを落っことしそうになり、慌てて態勢を整えた。
 心臓が口から飛び出すほどの勢いで驚いたクラウドに、驚かせた張本人は「…言った途端に危ない奴だなぁ…」と苦笑交じり、掠れた吐息交じりの声音でぼやいた。
 意識を取り戻した親友に喜んでいいやら、呆れていいやら、はたまた驚かせたことを棚に上げてぼやいたことに愚痴をこぼしていいやら。

「ザックス」
「おう」

 なんだ、クラウド?と、笑い声交じりに名を呼ばれ、うっかりこみ上げてきたものを慌てて飲み下す。
 言いたいことは沢山あったはずだ。
 神羅から上手く逃がしてくれたことも、これまでずっと傍に居て守ってくれたことも、全部全部、声を聞いたらどこかへ飛んでしまった。
 だから、「…すぐ連れて行くから」とだけ呟いて、教会を滑る様に飛び出した。
 風を切り疾走する道すがら、ほとんど話さなかった。
 ザックスは重症だしクラウドは元々無口だ。
 何を言っていいのか分からない…というよりも、何も言わなくても十分だと思った。
 だから、エアリスの元へ着くまでの間、話した…と言うか、ザックスが声をかけたのは1度だけだった。

「クラウド」
「なんだ?傷に響くか?」
「いや、そうじゃない。お前、もしかして…とは思うけど」
「?」
「エアリスにやましいことしてないだろうな?」

 その瞬間、エアリスに膝枕された記憶がフラッシュバックし、思わず背負ったザックスを振り落としそうになった。


 *


 淡いエメラルドグリーンの光りに包まれる親友と聖女の姿にクラウドは呆然と見入っていた。
 一枚の絵画のようにそれはとても神聖な光景で、目を奪われ、離せない。

 ザックスをエアリスの元に連れてきたのは飛び出してから僅か10分後だったらしい。
 戻ったクラウドを見てアバランチのメンバーは仰天し、そう言ったのを聞いて初めてそんな短時間で行って戻れたことを知った。
 明らかに目が覚める前と覚めた後の自分では力が違う、と実感する。
 身体の隅々まで自分の意のままに操れる感覚がするのだ。
 勘違いではなく事実、そうなのだろうと思う。
 だが、ずっとこのままの状態でいることに強い不安を感じるのは何故だろう?
 体の細胞1つ1つを自分の意思でコントロール出来る充足感と共に、大切ななにかが壊れてしまうという危機感のようなものがヒタヒタと忍び寄ってくる。
 それがなんなのか分からず、少しの不安と少しの苛立ちは、だが目の前の神秘的な光景を前にすっかり霞んでしまった。

 ザックスの負っていた傷の1つ1つがエアリスの祈りにより生み出された淡い光に優しく愛撫され、消えていく。
 目を閉じたままの親友の顔が徐々に柔らかく、色良くなっていく様はまるでスクリーンに映し出される特殊映像のようだ。

「これでなんとか大丈夫じゃないかな。後は目を覚ますのを待つだけね」

 淡い輝きがフワリと宙に溶けるようにして消えると、エアリスが安堵したように息を吐いた。
 いつもは象牙色の肌をした彼女の顔色が悪い。
 改めて言わなくとも、エアリスが無理をしたことは一目瞭然だ。
 しかし、誰もエアリスに休むようには言わない。
 逆に皆、表情を緩ませるとエアリスへ無理はしないよう声をかけて部屋を出て行った。
 気丈に振舞いながらもエアリスがどれだけザックスのことを案じていたのか皆知っていたからだ。

 自然、クラウドも皆の後に続いて出て行こうとしたが、「クラウド、ちょっといいかな…」と小声で呼び止められる。
 先に出て行ったメンバーには聞こえないように抑えられた声量。
 クラウドは少し躊躇ったが、目配せしたヴィンセントに促されて部屋に止まった。
 ドアがヴィンセントによって静かに閉められると、エアリスは今度は先ほどとは違い、大きく息を吐き出すと椅子の背もたれに身体を預け、目を閉じた。
 その疲れきった様子にクラウドは表情を曇らせる。
 仲間たちに疲れていることを見せないよう気を張っていただけで、本当はとても辛かったのだろう。
 それもこれも、クラウド、ザックスと立て続けに重傷の人間を治療したからに相違ない。

 謝ろうと口を開いたが、それより一瞬早く「クラウド、ごめんね」と先に謝られる。
 謝られる心当たりなど全くないのでただ首をひねるしかない。
 そんなクラウドに、エアリスは苦しそうに目を背けた。

「ティファのこと」

 その名を耳にした途端、クラウドの胸に焼け付かんばかりの焦燥感と強すぎる不安が一気に蘇った。
 決して忘れていたわけではないのだが、それでもエアリスが癒しを施している光景を初めて目の当たりにして、その抱いていた危機感は弱まっていた。
 それが一気に息を吹き返し、更には、一瞬とは言え、彼女への想いが薄まっていたことへの罪悪感が交じり合い、より一層の負の感情として膨れ上がる。

「ティファは…」
「大丈夫だ」

 先ほどはエアリスに謝罪の言葉を遮られたが、今度はクラウドがエアリスの言葉を遮った。
 きっぱりと言いきり、目を開けたエアリスの深緑の瞳を真っ直ぐ見つめる。

「大丈夫だ。ティファは俺と違って強いから。少しくらい迎えに行くことが遅れても絶対に待っててくれる」

 それは、当初の予定通りならば既に神羅ビルに突入するため出立しているはずのクラウドを、ザックスを助けるために引き止めてしまった、というエアリスの罪悪感を軽くするための言葉というだけではない。
 クラウド自身がそう言い聞かせている節が強い。
 そしてそれをクラウドは自覚している。
 恐らくエアリスも…。

 だから、エアリスは辛そうに目を眇め、なにか言いたそうに口を開いたり閉じたりしているのだ。
 言うべきか、言わざるべきか。
 クラウドは、エアリスが迷っているその言葉を聞きたくないと思った。
 ハッキリと『こう』だと分かっていることならば聞きたいと思う。
 しかし、それ以外のことは聞きたくない。
 今、なにか曖昧な言葉を聞かされたら途端、冷静さを失ってしまうことは分かっていた。
 そして、エアリスの性格ならばハッキリと分かったことならばこんな風に躊躇うことなどなく、キッパリと話してくれているはずだ。
 僅か3週間足らずの付き合いだが、エアリスと言う人となりをクラウドはちゃんと分かっていた。

 やがて、エアリスは疲れた顔にフワリと大気に溶けそうな淡い微笑を浮かべ、目を細めた。

「ありがとう」

 不覚にもその笑顔にドキリとする。
 思わずそっぽを向いて、「別に」と呟くと、クスクスという笑い声が耳に届いた。
 妙にくすぐったい心地になる。
 しかし、そんな雰囲気に浸っている場合ではない。
 すぐにこれからの行動を決めなくてはならないのだから。

「じゃあ、皆のところに行ってくる」
「あ、もう少しだけ待って」

 もう話しは終わりだろうとそそくさと背を向けたがエアリスに何故か再度引き止められると、まだなんの話しがあるのかと視線だけで問う。
 エアリスはそんなクラウドに真剣な面差しを向けた。
 知らず、クラウドも向き直って背筋を伸ばす。

「クラウド。まだクラウドは気づいていないみたいだからちゃんと話しておくわ」
「え?あぁ…」
「クラウドもザックスも…。”死神”と呼ばれる実験を施された人たちは多かれ少なかれ、身体に影響を受けているわ。それは分かるよね?」
「あぁ」
「でも、”死神”として自分の身体を完全にコントロールすることが出来るようになった人にこそ、その影響がもっとも強く現れているって…気づいてないでしょ?」

 クラウドは怪訝な顔をした。
 逆ではないのか?と思ったのだ。
 コントロールが出来ないままの実験体は、いわゆる”失敗作”だ。
 実験の途中で身体が、精神が崩壊し、使い物にならないばかりか命を維持することが出来ないのだから。
 しかし、エアリスはその失敗作と言う被害者よりも、むしろ”死神”の方こそが体に受ける影響が強いと言っている。
 驚いた、というよりも意味が分からないといった方が正解だ。
 エアリスはクラウドの訝しげな表情に、「やっぱりね…」と呟くと、視線を少し落とし、話しだした。

「身体にかかっているブレーキを壊し、完全にその人間の意志ひとつで肉体を操れる状態。それが”死神”。でも、それは自然の摂理を完全に無視した状態なの。それが指すものは1つだけ」

「この世界との不適合」

「セフィロスの寿命が短いことは話したよね?アイツは自分の寿命があとどれくらいか、曖昧ではあるけど僅かだってことを知っている。でもそれは、クラウドもザックスも…なんだよ。身体にかかる負荷ギリギリのラインで酷使出来る生き物なんかこの世界のどこを探してもいない…。自然に生まれた命ではありえない存在なんだよ。だから、クラウドもザックスも、死んでもおかしくないほどの重傷を負ってなお、私の治療を受けて治ることが出来たんだよ。それもこんな短時間で…。普通の人なら…私がいくら頑張っても絶対に助かってないもの…。エルダスを思い出して?あの人の腕の傷、治ったけどその後ずっと、擬似痛で苦しんでたでしょ?傷が治ったって脳が分からないから…ってこともあったけど、あれが普通の人間なんだよ。うん、分かってるよクラウド。身体に影響のないギリギリで動いてるって言いたいんでしょ?でもね、身体にかかる負荷ギリギリの状態で動いたとしても、それは”すぐに死ぬことがないライン”なんだよ。どうやったって絶対に身体に負担はかかるの。身体を…、命を守るためのブレーキなんだよ。それを壊して己の意思でコントロールするだなんて、それはもう、神様の領域だよ…。だから…この世界とは相容れない存在なんだよ」

 クラウドは呆然とした。
 エアリスの言っている言葉の意味が分からないからではない。
 自分が漠然と抱いていた『大事なものの喪失感』『大切なものが壊れて消えてしまうという危機感』の正体がやっと分かったからだ。

 己の存在の消滅。

 ヒタヒタと迫っていた危機感の正体がまさか自分の消滅とは。
 思わず眠るザックスを見る。
 今ではすっかり傷もなく、ただ眠っているだけにしか見えない親友。
 ということは…ザックスも…?

「うん…ザックスも遅かれ早かれ…命が終わる…」

 エアリスの声が微かに震える。
 クラウドは胸が締め付けられる思いで息が苦しくなった。
 決して自分の死が悲しいのではない。
 愛しい人を見つめながら、その死を予感しているエアリスが悲しかった。
 星の恩寵を受けるセトラの民。
 ちょっと人とは違う種族として生まれてしまったというだけで、彼女はなんと見なくとも良いはずの重いものまで見なくてはならないのだろうか…。
 それに…ティファ。
 神羅ビルに突入し、彼女を救うことが出来たとしてもまた別れなくてはならない。
 それを思うと言いようもない悲しみと苦しみが押し寄せる。

「エアリス…」
「だから!」

 声を上げ、エアリスはクラウドへ縋るように目を向けた。
 その瞳がゆらゆらと揺れている。

「だから…お願い。少しでも…少しでも自分を抑えて、普通の人と同じレベルを保って。そうしたら…ほんの少しくらいはそのときを伸ばせるはずだから。そして…アイツと戦うのは絶対に1人では戦わないで。皆と一緒に戦って!そのときは、私も一緒に戦うから!お願い、ザックスにこれ以上…余計な力は使わせたくないの」

 クラウドは息を呑み、言葉をなくした。
 クラウドが無理をすれば絶対にザックスが無理をする。
 エアリスはそう言っているのだろう。
 勿論、それだけじゃない。クラウドのことをも心配している。
 だがそれ以上に、ザックスの身を案じている。
 思えば、今まで本当に親友は自分のことを後回しにしてクラウドのことを第一に考えて動いてくれていた。
 それがエアリスにとってどれほど辛いことだったのか、心配で苦しかったことかをまさにクラウドは目の当たりにした思いだった。

 クラウドは押し黙り、ただただ深い想いを見せたエアリスと、親友が今までくれた想いをかみ締め、立ち尽くすばかりだった…。






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