少し顔を伏せて、
「ザックスが目を覚ますまでは無理しない。ちゃんと皆と下にいる」
 そう言い残したクラウドが扉の向こうへその姿を消すと、エアリスは深い深い溜め息をついた。
 それは、後悔と言えるものだったのかもしれない。
 しかし、角度を変えて考えても自分が告げた真実は黙っているべきではなかったという結論に辿り着く。
 だからと言うわけではないのだが、真実を話したことに後悔は無い。
 あるのは、もっと彼を労わった言葉かけをしてやれなかったということだ。
 傷ついたザックスを前にして感情的になってしまったから余計にクラウドのことを思った言葉かけが出来なかったと思う。
 久しぶりに会った大切な人が血にまみれていれば誰だって感情的になるだろうが、それでもエアリスは『誰だって』の中に入ってはいけなかった。

「私もまだまだだなぁ…」

 思わず言葉になって情けない気持ちが転がり落ちる。
 それは誰に聞かせるつもりも無かった一言だったのに…。

「そう自分を責めなさんな」

 ベッドの上に置いていた手が不意に柔らかく握られたかと思うと、掠れた低い声が耳を打った。
 ハッと目を見開き、視線を流す。
 薄く目を開けて淡い笑みを浮かべた愛しい人が、包み込むような温もりを込めて見つめていた。
 それに気づいた途端、エアリスの瞳がユラリと揺れ、形の良い頬を伝ってひとしずくの涙がこぼれた。

「ザックス…」
「サンキュ、エアリス。お陰で助かった。俺も…クラウドも」

 そっと伸びた手が優しく頬を拭う。
 その伸ばされた手にエアリスは自分の手を添えると顔を傾けて頬を押し付け、目を閉じた。
 閉じた瞼からまたふたしずくの涙がこぼれる。

「良かった…」
「あ〜あ。エアリスは意外と泣き虫だよなぁ」
「もう、誰のせいよ」

 笑いながらそう言う男に、ホッとした反動だろうか。少し意地を張りたくなったがそれでも今は静かに抱き寄せられる腕に甘えたいと素直な自分の声に従う。

「よしよし」と、まるで小さい子供を相手にするような声をかけながらも、抱き寄せて髪を撫でる手はどこまでも優しい。
 エアリスは素直にザックスに抱き寄せられるままに彼の首筋へと顔を寄せ、安堵の涙を流した。





Fantastic story of fantasy 27






 空を見上げると地上の混沌など無関係に満天の星が瞬いている。
 神羅ビルの最上階に位置する部屋。
 その全面ガラス張りの窓の前に立つ男は、しかしその頭上高く広がっている星たちの輝きに目もくれず、眼下に広がっている人工の光りへ目を落としていた。
 忌々しそうに口元は歪み、手に持ったワイングラスの中身が微かに波打っている。

「くそっ、セフィロスめ!長年の恩を仇で返しおって!!」

 吐き出した恨みと憤りの台詞は窓を小さく揺らし、映ったプレジデントの姿をほんの僅かに揺らめかせた。
 男は、つい数十分前に帰社したばかりだった。
 思えば昨日の誕生パーティーからケチのつきっぱなしだ。
 いや、もう日付が変わってしまったので一昨日になる。
 あの盛大な宴。
 自分の人生で文字通り、最高の時になるはずだった。
 それなのに、パーティーの途中から輝かしい時間は徐々に曇りを見せ始めてしまった。
 それもこれも長年、目をかけてきた2人の人間のせいで。

 1人はたった今、口にしたセフィロス。
 この神羅が興ってから初めて成功した人工の命。
 彼を生み出すためにどんなに時間と金をつぎ込んだことだろう。
 そのセフィロスは、こともあろうにこの神羅ビルで一部署に詰めていた部下を皆殺しにして行方をくらませてしまった。
 それはまさに、神羅からの離反を意味するに他ならない所業であり、同時に神羅という存在そのものが一気に危うくなったことを示していた。
 今のところ、神羅の最高傑作であるあのバケモノを御する術がない。
 前々からセフィロスの危険性を幹部の1人が口にしていたのだが、プレジデントはそれを一蹴してきた。
 セフィロスは確かに忠義心というものを持ってはいないし、何を考えているのか計り知れないところがあるとはプレジデントも認めている。
 しかし、強い敵(獲物)をほどよく宛がってさえいれば、さほど機嫌を損ねることなく命令を聞くと信じて疑わなかった。
 プレジデントにとって、セフィロスはあくまでも自分の命令で作り上げた、自分のために存在する、自分のためだけのコマだという認識しかなかったのだ。
 しかしながら、本当はプレジデントも幹部が発する危機感を薄々感じてはいた。
 それなのに、男はその危機感を直視することを避け、目の前で上場の成果を上げ続ける”英雄”の姿だけを信じた。
 自分の目障りになる存在を嬉々として片付ける便利な道具。
 その姿こそが真実で、幹部が口にする危険性や自分の中に時折顔を出す危機感からは目を背けた。
 信じたいものだけを信じた結果がとうとう訪れたわけだが、しかしそれすらも男は己の認識の甘さだとは認めない。

「まったく使えない科学班どもめ!」

 怒りに任せて毒を吐く。
 セフィロスを制御出来ないのは、セフィロスを生み出した科学班が御する力を生み出せていなかったせいだというのが男の出した結論だった。
 更には科学班に怒りをぶつける理由がもう1つある。
 長年、目をかけてきたのに裏切った2人のうちのもう1人が科学班に属する者だからだ。

 神羅始まって以来、初めての女科学者、スカーレット。

 狂人と言われる女だが、プレジデントには都合の良い女だった。
 普通の人間ならば蒼白になるような実験も狂喜の色を浮かべて取り組み、その都度、満足のいく成果を上げていた。
 しかし、それもこれも女の持つ科学への狂乱的とも言える執念と、プレジデントの野望が一致しただけに過ぎない。
 そのことにもまた、プレジデントは気づいていない。
 ただただ、あるのは『裏切られた』という思いだけ。

「スカーレットの奴…!」

 女が何故、ミッドガル7番街を爆撃したのかの理由をプレジデントは知らない。
 部下に命じてその理由を探らせようともしなかった。
 そんなことを知ってなんになる?
 神羅のヘリから爆弾が投下されたと既に世界中でニュースとなって取り上げられ、騒がれている。
 これから、その事実を『事実ではない』ものとして奔走なければならない。
 勿論、奔走するのは部下だ。プレジデントではない。
 しかし、スカーレットのしでかしてくれたことでプレジデントはコスタ・デル・ソルという一番お気に入りのバカンス地でのんびりすることが出来なくなった。
 コスタだけではない。
 今回の事件を解決させるまではおちおち愛人を囲って面白おかしく過ごすことは出来ないだろう。

 とにかく、男がすることと言えばスカーレットとセフィロスを捕らえ、拘束し、2度と社会に出ないよう監禁するよう命じるだけだ。
 必要があれば抹殺しても良いと付け加えてもいた。
 しかし、今、世間を騒がせている2つの話題でもある神羅の不祥事。
 その2つともに主たる関係者が『不慮の事故で死亡』などとなれば、『事実無根』とでっち上げようとしても流石に無理がありすぎるため、極力生きたまま捕らえるように、と命じていた。

 スカーレットとセフィロスを捕らえる命令を下したのは息子であるルーファウスだ。
 未だにその命令を遂行したという報告がないこともまた、男を苛立たせている。
 だが、プレジデントが息子にその命令を出したのは、コスタに一時避難をしていた時ではなく帰社のヘリに乗り込む前だったのだ、普通なら『不可能』ということくらい分かるだろう。
 しかし、短時間で解決して当たり前の問題という認識しかなかったプレジデントは、期待していた報告を帰社と共に受けられなかったことにまず腹を立て、出迎えた息子を怒鳴りつけるという、その場にいた部下からの信頼を益々失う失態を披露してしまった。
 当然そのことにも気づいていない。
 激昂し、最上階についてくることを誰にも許さず、1人この社長室にいるという現在に至る。

「どいつもこいつも無能者ばかりではないか!役立たずどもめ!!」

 眼下ではミッドガルの明かりが明滅している。
 いつもならその光景を足下に見下ろし、まさに世界は己のためにある、という甚だしい勘違いによる愉悦に酔いしれるのだが、今夜はそういうわけにはいかなかった。
 中身をグッと呷って飲み干すと空になったグラスを思い切り床に投げつける。
 乾いた音と共に粉々になるグラスに無能者や裏切り者の顔を描き、彼らが己の手によって儚く脆く、その形を成さぬただの物体となる想像をすることで少しは気持ちが晴れるはずだった。

 だがしかし、そうはならなかった。

 トップの許可なく入ることが許されない部屋だというのに、グラスを投げつけると同時に己以外の第三者の姿が視界の端を掠めたのだ。
 照明が薄暗い影を作っている部屋の片隅。
 ギョッとして勢い良く顔を向け、プレジデントは目を見開き硬直した。
 驚かせた犯人は、しかしどこまでも余裕たっぷりに冷笑を浮かべ、ゆっくりゆっくり照明の影から姿を現す。

「ほぉ。誰のことだ、役立たずとは?お前以上に役立たずの人間など、そうはいまい?」

 プレジデントは息を吸った。
 だが驚きのあまり身体は硬直したまま自由が利かず、呼吸がままならない。
 自然、喘ぐような息遣いになるがそれを男は無様とも、滑稽とも言わず、ただただ暗い闇夜の中、ぽっかりと浮かぶ冷たい三日月のような冷笑を口元に張り付かせるばかりだ。

「セフィロス、どうしてここに…」
「お前こそ、私に会いたがっているのではないかと思ったのだが、違ったか?」

 クツクツと喉の奥で笑うかつての捨てゴマ。
 そのコマの恐ろしさをプレジデントは知っていたはずだった。
 それなのに、今まで見ていたものはなんだったのかと己の記憶を疑いたくなるような姿が今、目の前にある。
 いや、姿はそのままなのに発せられる威圧感が違う。
 完全に気を飲まれてしまった。
 それを自覚しながらもこみ上げてくるのは『生意気な!』という憤りではなく…。

『殺される』という、確かな死の予感と紛うこと無き恐怖。

 今、プレジデントは己の迂闊さ、愚かさを目の当たりにしていた。
 神羅の幹部であるリーブの諫言を聞き入れ、早急に何らかの対処をすべきであった。
 そう、いつもいつも、『人々のために』と偽善ぶったことばかり口にするいけ好かないあの男。
 競争社会である神羅の中で、信じられないくらい甘い考えを持つ愚かな男。
 そのくせに優秀という鼻持ちならないあの男の言葉にもっと耳を傾けるべきだったのだ。
 ”死神”を廃止しろ、とか、スカーレットと宝条を自由にしすぎだとか、気に食わないことばかり直言してきて、腹が立つから何度も何度も辺境へ飛ばしたが、そのたびにあの男は本社に戻さざるを得ない功績をその地で挙げ続けてはまた目の前に現れて諫言する。
 いい加減、うんざりしてきたので優秀な頭脳と処理能力、人脈だけをなんとか利用してやれないか、と考えていたところだったのに…。
 もっと真剣に考え、こうなることを回避するべく行動をとるべきだった。

「世界はもう動き出している。その中に、お前は必要ない」

 ゆっくり近づく英雄は不穏な言葉を投げる。
 ハッと気づく。
 右手には既にセフィロスの愛刀が握られていて、それに気づいたプレジデントを嘲笑うかのように照明を受けてギラリと光った。

 短くて鋭い息を吸いこんだせいで、小さな悲鳴のような音がプレジデントの口から洩れる。

「ま、待て!」

 膝がガクガクと笑う。
 腰が抜けそうになるほどの恐怖をいまだかつて味わったことなどなく、男はどうしてこの場に自分1人なのかと、己の盾になるべき部下が1人もいないこの現状を内心で激しく呪った。
 セフィロスが自由に勝手が出来る状態…すなわち野放し状態なのも、今社長室にたった1人でいることも、全て真剣に物事の大きさ、深刻さを考えず、部下の言葉を退け続け、己の快楽と目の前の利益のみに目を向けた自分が招いたことであるのにそれを棚に上げて、プレジデントは胸中で部下や息子を『無能者!』と激しく罵倒する。
 そうしながら、滝のように流れる冷や汗を拭うこともせず、慌てふためきながらセフィロスへ意味のない言葉をかけ続け、大きなデスクへとかじりつくように身を投げてしがみついた。

「ワ、ワシが今までお前にしてやったことを考えろ!寝る場所を与え、食い物を与え、生きがいとなる敵を与えた。世界中にお前という存在を広め、その地位を確固たるものとしてやった。それなのに、なんてことをしてくれたんだ!」

 必死にこれまでセフィロスに『してやった』ことをまくし立てる。
 まくし立てながらデスクの下へ手を伸ばし、緊急通報ボタンを押した。
 音は立たなかったが、カチリと言う感触が指に伝わり、思わず気が緩みそうになる。
 これであとほんの数分で警備兵等々が駆けつけてくるはずだ。
 本当なら、この緊急通報ボタンで呼び出されるのは”死神”か”英雄”のはずだったのだが、まだそこまでの研究が進んでいない、という科学班の腹立たしい言い分を聞き入れ、渋々警備兵が来るようセッティングをしていたのだが、無理にでも”死神”にしておけば良かったと悔やまれる。
 だがしかし、プレジデントは知らない。
 神羅ビルにはもう、”死神”が1人もいないことを。
 科学班の報告が全て息子であるルーファウスで止まっていることを神羅の現トップは知らない。
 自分がもはや、ハリボテのトップであることを…知らない。

「お前には今まで最高のものを常々与えてきた。その恩を仇で返すというのか!?」
「私が1度でもお前に求めたことがあったか?お前に何かしてくれと言ったことがあったか?物を、敵を与えてくれと言ったことがあったか?」
「っ!」
「私がお前の命令に従い、お前にとって邪魔な存在を排除し、私の名を世にしろしめるよう動いたのはお前に何かしら感じるところがあったからではない」

 素気無く言い放ったセフィロスに、もやはプレジデントは口を閉ざすしかなかった。
 英雄は…、いや、元・英雄は口元に浮かべた冷笑を更に深めると止めの一言を吐き出した。


「暇潰しだ。ただそれだけの理由で私はお前の酔狂に付き合った。だが、それももう飽いた」


 チャリッ、と音を立てて愛刀の切っ先をプレジデントへ向ける。
 小さい悲鳴を上げてプレジデントが仰け反り、神羅のトップの威光を示す大きなデスクから離れた。
 セフィロスは酷薄な笑みを湛えながら、軽く小首を傾げるようにしてプレジデントに言った。

「世界は大きく動き出している。自分のいなくなった世界を星の中からゆっくり見物するがいい。」

 待て!と叫びたかったのか、それとも命乞いがしたかったのか、はたまた緊急通報ボタンにより今まさに駆けつけようとているはずの警備兵の足の遅さを呪いたかったのか、それはプレジデント本人にすら分からなかったかもしれない。
 大きく開けた口は、しかし、強すぎる恐怖に凍りついた声帯のせいで悲鳴すら洩らせない。
 己の心臓が激しく打ち付ける脈動を全身で感じつつ、迫る死に目を逸らすことすら出来ないまま、顔を恐怖に大きく引き攣らせた。




 そこへ一番に駆けつけたのは、意外にも警備兵ではなかった。
 社長室からの緊急通報は、実は警備兵の控え室のみならず、一般兵やタークスへも通報されるようになっていた。
 ふと思いついてツォンと話をするべくタークスの部屋を訪れていたルーファウスは、突如鳴り響いた警報音に怪訝な顔をしながらも、部屋を飛び出したツォンに続いて社長室へと向かった。
 警備兵よりも先に着いた理由は、ツォンの部屋であるタークス主任の部屋から社長室へ直通するエレベーターが近くにあるという至極単純なものだった。
 そうして、駆けつけたルーファウスとツォンは、エレベーターから一歩室内へ踏み出した途端、有りえないその光景に目を見開き、足を止めた。

 部屋は荒らされた様子など一切なく、神羅のトップが職務をこなすに相応しい豪奢ぶりである。
 2人の視線はしかし、部屋の様子に向けられることは全くなく、部屋の真ん中に備え付けられている大きなデスクにあるモノに釘付けだった。

「ほぉ。意外と早く着いたのだな」

 デスクに腰をかけた状態で片膝を着き、その立てた膝の上に片肘を乗せて悠然と座るお尋ね者と、デスクに突っ伏しているプレジデント神羅の姿。
 背中にはセフィロスの愛刀が突き刺さり、天井へ向かって伸びている。
 一目で絶命していることが分かるその光景に、様々な苦難を乗り越えてきたツォンも、物事にあまり動じないルーファウスも絶句した。

「さて。これがどういうことか分かるか?」

 セフィロスはデスクから降りながら愛刀を抜き取った。
 開いた傷口からトクトクと血が流れ出し、新しい血溜まりを絨毯の上に広げる。

「この男は死んだ。つまり、お前が神羅のトップだ」

 抜き取り血塗れた刀の切っ先をルーファウスへ向ける。
 その仕草にツォンがまるで呪縛から解かれたかのようにサッとルーファウスの前へと身を滑らせた。
 しかし、セフィロスはそれが全く目に入らなかったかのように、
「この世界をどうするのか、見物させてもらう」
 と言い残すと、悠々とした足取りで全面ガラス張りの窓に近づき腕を一振りした。
 あっという間に窓が切り裂かれ、大きな口を開ける。
 風が吹き込み、堪らず2人は腕で顔を庇った。
 セフィロスは目を細めることすらせず、2人の様子に愉悦の笑みを浮かべると窓の外へと身を躍らせ、宵闇の中に溶け込んで消えた。

 セフィロスが消えて、部屋に満ちていた見えない重圧が解けると2人はようやっと息を吐き出した。
 全身が冷や汗でぐっしょり濡れ、切り取られた窓から吹き込む風に身体が急速に冷やされる。
 ルーファウスはいまだ残る身体の強張りやセフィロスの凶行による呪縛を振り払うように頭を一振りし、ツォンは窓に駆け寄って無駄と分かりながらも宵闇へ目を凝らす。

「…哀れなものだな」

 ルーファウスは実父の傍まで寄るとポツリと呟いた。
 ツォンはルーファウスへ顔を向けたが、窓の近くに立っていたため吹き込む風の音のせいでその呟きは聞こえなかった。
 部下の窺うような視線を感じながら、ルーファウスは父親の躯(むくろ)を眺めていた。
 特に悲しいとか、辛いとか、そう言う感情はわいてこない自分を、やはり血は争えないものなのだな…と皮肉めいて考える。
 父親よりはまともな感情を持っていると思っていたが、肉親の死を前にして平然としていられる自分は、やはり普通じゃないのだろう。
 姿かたちは死んだ母親に似ていても、中身は軽蔑する父親に似ているらしい…。

 ふぅっ…と息を吐き、気持ちを切り替える。

「ツォン。緊急招集だ。神羅の社長が退任、よって副社長が新社長に就任する」
「はい」
「これは…事故で片付けられるものではない。もう警備兵たちも到着する。いくら緘口令を敷いたとしても、絶対にどこからかはバレる。そうなっては、新しい神羅グループのイメージは旧体制のそれと全く同じになってしまう」
「はい」

 ツォンはルーファウスを見た。
 既に、巨大組織神羅のトップとしての顔になっている。
 いや、もうずっと以前からトップとしての自負を持ち、その両肩に背負って立っていた。
 それがとうとう、表に立ってその姿を表す時が来ただけと言う話。

「緊急召集の後は各国メディアに朝一番に通達だ。新生神羅を全世界に知らしめる」

 堂々と宣言するルーファウスにツォンは最敬礼をとった。


 *


 神羅ビルへの潜入。
 それは、深夜と決まった。

 目を覚ましたザックスは少ししてからエアリスと共に下りてきた。
 ザックスの傷はエアリスのお陰ですっかり良くなっていたため、すぐにでも突入するべきだ!と主張したのは血気盛んなバレット。
 そうしてティファの身を案じるクラウドとエルダス、アバランチのメンバーの大半だ。
 対して慎重派はヴィンセントとシド。
 ここでザックスが、神羅ビルに手引きをしてくれる神羅組織内の仲間の手はずが深夜となっている、との説明をしなければ強硬派の意見が押し通されただろう。

 サーチライトの照明がある時間になると落とされるようになっているとか。
 見回り兵のかく乱とか。
 アバランチメンバーが突入してくるまでの間にティファの居場所をしっかりと把握し、メンバーが突入してくると同時にすぐ引き渡せるように準備をしているとか。
 そういう諸々の細かいことを理路整然と説明されたら誰も何も言えやしない。
 慎重派であるヴィンセントとシドも感心したように頷くのを見て、ザックスはニヤッと笑い、クラウドを見た。

「お前に渡した携帯電話。あれは俺に直接かかってくるだけじゃなくてもう1人にも繋がるようになってたんだ」
「もう1人?」
「リーブ・トゥエスティって幹部の1人」

 その名をザックスが口にした途端、台所という狭い空間での急ごしらえの作戦会議の場が騒然となったのは言うまでもない。
 クラウドは知らなかったが、リーブ・トゥエスティは神羅内でもナンバー3と称されるほどの有名人として名を知られているらしい。
 ヴィンセント以外のメンバーが全員、ビックリ仰天している中、クラウドはリーブ・トゥエスティの顔を思い出そうとした。
 おぼろげな記憶を辿り、リーブを思い出そうとするがどうにも記憶がハッキリしない。

「まぁクラウドとはあまり面識がなかったと思うから、思い出せなくても無理ないさ。それにお前はあの時、まともじゃなかったからな。神羅での記憶、あまりないだろ?」

 苦笑しつつフォローしてくれたザックスに、だがクラウドは素直にそれを受け取ることが出来なかった。
 ここにきてようやく、自分がいかに役立たずなのかを思い知らされた気分だったのだ。
 神羅からきた”死神”。
 それだけを聞けば、どんなに神羅に精通した者かと誰でも思うだろう。
 だが実際は、戦う以外なんの役にも立たない無能者。
 しかも、唯一の取り柄である戦闘に関しても、あまり長時間に及ぶと身体が崩壊してしまうという厄介な爆弾を抱えている。
 なんのために先にザックスが神羅から逃がしてくれたのか分からないではないか…。

 そこまで落ち込んで、クラウドはふと気がついた。
 ザックスはどうして自分を先に神羅から逃がしたのだろう?
 勿論、あのまま神羅にいたなら恐らく完全に己を見失い、身体がボロボロになるまで神羅の殺戮人形として短い一生を終えていたに違いない。
 ティファがアバランチメンバーとして神羅ビルに侵入したあの時、再会したことによって己をほんの少し取り戻したあの瞬間がチャンスだとザックスが思ったことも分かっている。
 だが、それだけなのだろうか?とふいに疑問が沸いてきたのだ。
 リーブ・トゥエスティがザックスの仲間という神羅の幹部ならば、クラウドが脱出するのに関与していないはずがない。
 十中八九、携帯電話の支給も脱出ルートも全てに関わっているはずだ。
 もしかしたら、リーブが先にクラウドを脱出させるよう勧めてくれたのかもしれない。
 そう考え付いたクラウドが、ザックスにそのまま訊ねると、
「おう。その通り。良く気づいたな」
 エライエライ、と小さい子供を相手にするように頭を撫でられた。
 
 ムッとするやらなんとなく恥ずかしいやらでその手を払いのけると、ナナキと女性陣に笑われてしまい、気恥ずかしさが増した。

「クラウドも、多分みんなも知らないと思うけど…」

 そう前置きしたザックスの真剣な表情にクラウドはじめ、その場の全員が緩みかけた気持ちを引き締めた。
 エアリスとヴィンセントが何かに気づいたような顔をしたが、やはり黙って場をザックスに委ねる。
 ザックスは全員が聞く姿勢になったのを見て口を開いた。

「アバランチは星のために神羅と戦っている組織だな?だから、星の中にある膨大なエネルギーの存在はもう知っていることとして話すことにする。もしも分からなかったら後で聞いてくれ。クラウド…お前はあまり知らないまま実験漬けにされただろうけど、でもなんとなく身体で分かってると思うから…細かいことは気にしないでとにかく俺の話を聞いて欲しい。いいか?星の中心にある膨大なエネルギーは、実はそれは地表すれすれを通る場所があるんだ。その場所ではありとあらゆる生き物が異様に力をつける。例えば、砂漠のど真ん中にオアシスがあったり、岩山の中に緑が生い茂っていたり。周りとは全く違う世界、命で溢れている場所がエネルギーが地表近くを通っている場所だ。勿論、そうとばかりは言えないけどさ。とにかく神羅はずっとそれを狙ってた。だけど、中々侵攻することが出来なかったんだ。何故なら、その土地に長くから住む人間もまた、星のエネルギーの影響を受けて普通の人間よりも力を持っていたからな。その最たる土地が…クラウド。お前とティファの故郷、ニブルヘイムだ」

 クラウドは息を呑んだ。
 メンバーも目を見開く。
 だが、誰も口を挟まず話の続きを待った。

「神羅はそれに気づいていた。だから、その土地の人間の掃討に乗り出した。邪魔以外の何者でもないからな。それにニブルヘイムの村長は神羅に対して強い警戒心を持っててさ。神羅がまだ『掃討作戦』に乗り出す前に取った『懐柔作戦』をことごとく跳ね返したんだ。実はこの星で一番最初に出来た反・アバランチ勢力はニブルヘイムなんだぜ。知らなかっただろ?」

 クラウドはぎこちなく頷いた。
 バレットも目をむいて固まっている。
 他の面々も同様だ。
 ただ、ヴィンセントとエアリスは静かな面持ちでザックスを見つめていた。

「ニブルヘイムを壊滅させた神羅は、時を同じくしてコレルも襲った。コレルもニブルヘイムと同じ特殊な土地だったんだ」
「なにー!!」

 ここでとうとうバレットが大声を上げた。
 すかさずユフィが張り倒す。
 ジェシーとナナキが倒れたバレットを助け起こすのを、ザックスは少し驚いた顔をして見ていたが結局それに対してはノーコメントの姿勢をとることにしたらしい。
 話の続きに戻った。

「コレルをも壊滅させてから神羅は気づいた。特殊な土地に住む人間をも簡単に制圧出来る力を既に神羅は持っているということに。そうなると、勢いづくのは当然っちゃあ当然の流れかもしれないな。神羅はこれまで手を出しにくかったコスモキャニオン、ウータイ、ゴンガガ、ロケット村へと次々その手を伸ばした。だが、どれもニブルヘイムやコレルを滅ぼしたようにはいかなかった。この2つの村を滅ぼしたことで、コスモキャニオンはじめ、他の特殊な土地に住む人たちは自然と『敵前逃亡』を選んだんだ。まぁ、この場合の『敵前逃亡』は、戦わずして勝利を得る、みたいなところだな。コスモキャニオンは服従しているフリをしてその実、反・神羅グループをめちゃくちゃ囲ってるし、ウータイはのらりくらりと神羅の要求をかわしてるし、ロケット村は表向きは神羅の移動手段を開発するという名目で働いてるけど、もっと性能の良い物を実は生み出している途中で、それはしっかりと反・神羅グループへ行く手はずになっている。ゴンガガはと言えば、俺を人質として差し出しておきながら、俺が期待通り実験に耐えている間に村人全員、世界中に散らばって雲隠れしたからな。しかも、神羅がその土地からエネルギーを吸い上げようとしても出来ないように結界張ったり、モンスターをおびき寄せる魔法をわんさかかけてから…だもんなぁ。お陰で神羅にとってなんの特にもなってねぇ状態だ」

 皆、あんぐりと口を開けた。
 ユフィとナナキは自分の土地のことであるという以上にそれぞれ村長の娘でもあり、村長の孫的存在と言うことでザックスが説明したことは知っていた。
 しかし、まさかザックスまでもがゴンガガという特殊な土地の出身者で、更には人質として神羅に差し出された身であったなど思いもよらなかった。
 人質とは言うが、言い換えれば『捨てられた』ようなものではないか。
 それをまぁ、この男はあっけらかんと明るく言ってのけてくれて…。

「ここまでは分かったか、クラウド?お前は『どうして自分が先に脱出させられたのか?』って思ってる。その答えがこれだ。特殊な土地に生まれ育ち、星のエネルギーを間近に受けて生きてきた。それだけではなく神羅の実験に耐え抜いた」

 ザックスの目がスーッと細められ、クラウドにのみ向けられる。
 どこまでも真剣な色がその瞳に浮かび、クラウドを捕らえて離さない。

「俺もお前も、神羅が生み出したバケモノに対抗できる唯一の切り札だ。あのバケモノを何とかしない限り、この星は近いうちにもっととんでもないことになる。それこそ、星の持っている修復の力をも上回る大ダメージを負わされかねない。そうなったら…遠くない将来、この星は消滅の道を辿ることになる」

 バケモノとは一体何のことだ?
 とは、クラウドは聞かなかった。
 聞かなくとも分かる。
 神羅の英雄、セフィロス。
 母親の胎内にいる時から実験を施され、純粋な人間として生まれることが出来なかった亜種的存在。
 確かにセフィロスがいる限り、星に平穏は訪れないだろう。
 神羅よりもある意味厄介だ。
 おまけに、自分の死期が近いことを察しているとエアリスは言っていた。
 だからこそ、この世界を巻き込んだ大舞台を演じようとしているのだ…と。
 そして、まさにその大舞台へとセフィロスはクラウドを巻き込んだ。

 クラウドはエアリスを見た。
 深緑の瞳を微かに揺らめかせ、彼女はザックスをジッと見つめていたがクラウドの視線に気づくと花のような微笑を浮かべた。

 胸がつまる…。

 クラウドが戦うということは、ザックスをも道連れにした命を縮める戦いになるということだ。
 そしてセフィロスは死ぬことになんの恐怖も抱いていない。
 己が死を迎えるその瞬間を最高のものとするため、どんな手段も選ばず挑んでくるだろう。
 ”死神”として、クラウドが完全に覚醒するためにティファを利用した時のように…。

「神羅ビルへ突入し、まずティファを救出する。本当なら、ティファを連れて俺はここに昼間には着ているはずだった。それが、セフィロスにしっかり邪魔されてな。セフィロスとバトルする前にセレスティックとバトルしたから…って言い訳はしたくないけど、これがまた死ぬかと思うくらいにヤバくてさ。逃げるのに精一杯だった。だから、ティファを助けに戻ることが出来なかったんだ」

 クラウドは目をむいた。
 メンバーも「え!?」とあんぐり口を開けている。
 ザックスが既に神羅ビルでティファと面識が出来ていたとはなんという驚きか。
 それをしっかり邪魔してくれたセフィロスに新たな怒りが湧き上がる。

「すまない…クラウド」

 クラウドは小さく息を呑み、次いで首を振った。
 今夜初めて見せたザックスの悔しそうな、申し訳なさそうな顔は、その場の面々の胸を抉った…。
 そうして、クラウドはまた1つ、心に黒いシミを落とす。

 ティファ…。

 神羅ビルでどんな目に遭わされているのか…。
 気が狂いそうになる焦燥感に駆られながら時計を見た。

 神羅ビルに向けて出立するまであと3時間だった。





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