何もない空間に放り込まれた人間は、一体どれくらい正気を保つことが出来るだろうか? 1時間? 2時間? 1日? 2日?それとも、30分ともたないかもしれない。 「誰か!」 叫んでも答えはなく、ただ虚しく辺りに自分の声が響き渡るだけ。 物音1つせず、自分が黙れば耳が痛いほどの静寂が支配する。 グルリと見渡しても、上も下も、右も左も何も無い。 存在(ある)のは自分だけ。風すら吹いていない。 目を凝らしても地平線というものも空というものも存在せず、立っているのか座っているのかそれすら分からないような状況に放り込まれ、発狂しない人間などいるはずない。 「誰か!!」 走っても走っても、辺りは真っ白な世界が広がるだけで変化はなく、どこまでもどこまでも白い世界が続き、いくら走っても果てがない。 走れば走るほど、とんでもなく広い空間に放り込まれたことが分かり、焦燥感に気が狂いそうになる。 「誰か!!!」 いつしか叫ぶその声が上ずってひび割れ、涙声になっていることにティファは気づいた。 だが必死に気づかないフリをする。 ここで認めてしまったら完全に壊れてしまうと本能が叫んでいた。 大丈夫!と、自分に言い聞かせる。 絶対に大丈夫!と呪文のように何度も何度も心の中で唱える。 だって約束してくれたのだから。 『俺…絶対に約束守るから!『あんなこと』がもしまた起きても、ティファを守れるくらいに!』 彼はそう言ってくれた。 だから、絶対に助けに来てくれる。 どんなに強い敵が現れても絶対に飛んできて守ってくれると約束してくれたのだから。 だから大丈夫! しかし、とうとう足が上がらなくなり、ティファは徐々に足を止めた。 膝に両手をつき、身を屈めて喘ぐように全身で息をする。 荒い息だけが辺りに響き、恐怖が押し寄せてきた。 このまま何もない空間で、たった1人で死んでいくのかという恐怖。 5年前からずっと己に誓っていた復讐も果たせず、星を救うことも出来ないままこんなわけの分からないところで朽ちていく…。 …いや、違う。 本当は、そんなことが怖いんじゃない。 折角会えたのに。 折角気持ちが通じ合えたのに。 それなのにもう2度と会えないかもしれないという絶望。 ずっとずっと、彼に会えるかもしれないという現実的ではない小さいカケラのような望みを支えに復讐の世界で生きてきた。 唯一の心のよりどころだった。 叶うはずはないと分かっていたけれど、それでも願わずにはいられなかった小さな小さな希望。 それがまさに奇跡が起きた。 会えた。それだけで良かった。 良かった…はずなのに、欲が出た。 願いが叶い、再会したら今度は過去を忘れている彼に自分を思い出して欲しくなった。 思い出して…、その瞳に自分を映して欲しくなった。 そうして…、あの頃と同じように心を開いて欲しくなった。 心を開いて…あの頃と同じように想いを受け取って欲しくなった。 彼に想って欲しくなった。 なんて欲深く、愚かな女なのだろう? 復讐に生きると誓いながら、目の前にクラウドが現れた途端、その誓いをあっさりと脇に追いやった。 そうして、彼のことしか見えなくなった。 その結果がこれだ。 いとも簡単に敵に捕まり、こんなところに放り込まれてしまった。 まさに自業自得。 己の愚かさが招いた結末。 嘆く資格などありはしない。 ましてや、彼の助けを待つなどどの面下げて期待すると言うのか。 でも…。 それでも!! 「会いたい…」 こぼれた言葉は心の底からの願い。 「会いたい」 彼の顔が見たい。 声が聞きたい。 触れたい、触れられたい。 生きていると感じたい。 彼と一緒に生きていきたい! 「クラウド…!!」 叫び、強く目を瞑る。 その時だ。 突然、突風がティファを襲った。 あまりに突然すぎる現象に驚愕のあまり言葉を失い閉じた目を見開く。 そのティファの瞳に信じられないものが映った。 何も無かったはずなのに、辺り一面赤黒い世界に変貌していた。 黒いのは宵闇。 赤いのは……炎だ。 そしてティファは見た。 炎の中の人影を。 慌てて駆け寄り、凍りつく。 虚ろな目を空に投げたまま炎に焼かれていくのはこの5年、共に戦い、笑い、泣いた仲間たち。 いつも元気いっぱいでムードメーカーのユフィ、気の良い隻眼の獣、いつもタバコをふかしている人情に溢れたシド、短気で猪突猛進型だが誰よりも仲間思いなバレットにアバランチの仲間たち、こんな自分に想いを寄せてくれながらその気持ちを抑えてずっと傍で見守ってくれていた優しいエルダス、寡黙で無愛想だが本当はとても優しく周りを良く見てフォローしてくれるヴィンセント、そして、花のような笑顔を絶やさず凛とそこにいて皆を包んでくれるエアリス。 ティファは炎の中に飛び込んで仲間を助けようとしたが、背後から新たな物音が上がり、咄嗟に振り向いた。 誰かの背中が見える。 誰か…ではない。 それが誰の背中か気づいたティファは目をむいて息を呑み、炎に巻かれる仲間たちに背を向けて走り出した。 「クラウド!!」 背を向けたまま棒立ちになっているクラウドへ手を伸ばす。 あと少し、あと数センチで手が届くところで、突然クラウドの身体が大きく傾いだ。 真横に倒れたクラウドに慌てて腕を伸ばす。 そうして、倒れ込んだクラウドの身体を地面ギリギリのところで抱きかかえることに成功したティファは、張り裂けんばかりの恐怖と不安を抱えながらクラウドの顔を覗き込もうとして…それに気づき、絶句した。 何かがクラウドの身体から離れ、ほんの少し転がって止まる。 「ヒッ!」 転がった”それ”と目が合い、全身の毛が総毛立った。 虚ろなアイスブルーの双眸を持つクラウドの首が地面に転がっているのだと気づいた瞬間、ティファは喉が破れんばかりに絶叫した。 ティファの中でブツリ、と何かが音を立てる。 瞬間、ティファの意識は闇に沈んだ。 Fantastic story of fantasy 28それに気づいたのはザックスが早かったのか、それともクラウドだろうか? 身の毛がよだつような気配に、2人は椅子を倒す勢いで立ち上がった。 突然のことに出発の時を待っていたメンバーがギョッと驚く。 「お、おい…なんだ、どうした?」 オロオロとビッグスが声をかけるが、2人とも蒼白な顔色に真剣な表情を浮かべて窓の外へと視線を投げている。 「おいっ!なんっなんだよ、お前ら!!」 「敵襲か!?」 バレットとシドが同時に叫ぶ。 シドの一言でメンバー全員に緊張が走った。 シドは叫ぶと同時に窓へ駆け寄り壁に背を当ててそっと外を伺う。 バレットはドアへと駆け寄りシドと同じく壁に背を当て、いまだ変化のないドアの向こうへ意識を集中した。 全員が手に手に武器を持ち、応戦の構えを取る。 ヴィンセントはエアリスの傍らに立ち、エルダスもホルスターから銃を引き抜いた。 しかし、臨戦態勢のメンバーの耳に「違う…」というクラウドの一言が届く。 重く、掠れたようなその声にアバランチの面々は訝しそうに眉を寄せてクラウドとザックスを見る。 ザックスもクラウドも、青い顔に厳しい表情を浮かべて窓の向こうを凝視していた。 こんな緊急時にふざける2人でないことはこの場の全員はもう知っていた。 だから、2人の様子にすぐそこまで『なにかの危機』が迫っているのだと察するになんの問題はなかった。 「まさか…」 1つの可能性に思い至ったヴィンセントがハッと目を見開く。 ユフィが耳ざとく聞きつけ、「なに?なんか分かったの?ヴィンセント」と、小声で問いかけるがヴィンセントはその声が聞こえなかったかのように唇をグッと引き結び、チラリと背後に庇っているエアリスを見た。 しかし。 いつの間にか額を押さえ、青い顔でエアリスは俯いていた。 ヴィンセントはこのタイミングで彼女が頭痛に襲われていることに苛立ちを禁じえなかった。 星がエアリスにまた余計なものを聞かせ、見せようとしているのだ。 もしかしたら、ザックスやクラウドが察知した危機と同じものを星が見せようとしているのかもしれないが、それでもヴィンセントは星への苛立ちをとめられなかった。 「エアリス、聞かなくていい」 「え?なに?って、どうしたのエアリス?」 質問に答えないヴィンセントに拗ねた顔をしていたユフィが、エアリスの異常に気づく。 ヴィンセントよりも響くユフィの声に、メンバー全員がエアリスの異変に気づいた。 意識が外にいるかもしれない敵からエアリスへと流れる中、ザックスとクラウドが動いた。 クラウドは真っ直ぐドアへ向かって。 ザックスはエアリスの元へ…。 皆が見ている前で、ザックスは躊躇うことなくエアリスを抱き寄せると青白い顔をした彼女を覗き込んだ。 たった今浮かべていた厳しい表情から一変、優しく微笑みながら「大丈夫か?」と声をかける。 それはまさに水が流れるような変化。 表情と同じように甘い雰囲気でエアリスを包み込むのを見てメンバーは唖然とした。 鮮やか過ぎる変化についていけない…。 そんな皆の様子に気づいていないかのようなザックスと同じように、エアリスも動じることなく頭痛で顰めていた顔に微笑みを浮かべた。 星が悲鳴を上げるとき、助けを求めてセトラであるエアリスに離れた場所で起こっている様々なことを見せ、聞かせる。 それは、精神へ大きな負担を与えるものであり、時として酷い頭痛を伴った。 今まさに、エアリスは星の干渉の真っ只中にある。 平気なはずがないというのに、それでもエアリスは微笑んだ。 そしてザックスはそんなエアリスを星の干渉から守るかのように彼女の頬を大きな手で包み込み、ジッと深緑の双眸を見つめた。 いや、もしかしたら本当にエアリスを星の干渉から守っているのかもしれない。 そう思えるほど、頭痛のせいで青白い顔色だったのがほんのり淡い色に染まった。 バレットやシド、ジェシーにビッグス、ウェッジといったアバランチメンバーがそわそわと居心地の悪い思いを味わいながら視線を彷徨わせてしまうのも無理らしからぬほどの甘やかな雰囲気がその場を満たす。 「うん、大丈夫」 「そっか…」 短い会話はとても甘い。 しかし、 「クラウド、1人で行くな」 今まさにドアノブへ手を伸ばしたクラウドにエアリスから目を逸らさないまま釘を刺した声音はどこまでも固い。 ギョッと数人がクラウドへ顔を向けた。 クラウドは言われた通り1人で先に飛び出すのはやめたようだが、振り返ることもしないでただただドアの向こうを睨みつけている。 「エアリス、俺とクラウドはちょっと客が来ちまったから挨拶に行ってくる。多分、予定時刻に戻れないだろうから時間になったら神羅ビルへ向かってくれ。俺とクラウドは後から追いかける」 エアリスの瞳がユラリ、と揺れる。 周りで聞いていたバレットをはじめとするアバランチのメンバーは目をむいた。 、 「なに!?」「ちょっと待て!!」「説明しやがれ、この野郎!!」 などなど、喚きたてたがそれでもザックスはチラリともエアリスから視線を外すことはなかった。 「ちゃんと帰ってくるって約束する」 「………」 「だから、エアリス」 「こっちには絶対に来ないでくれ」 言葉を1度切ってから言ったその一言はハッとするほど重々しく…。 喚いていたメンバーは思わず口を噤み、改めてザックスとエアリスを見た。 微笑んでいるエアリスの瞳は不安そうに揺れ、あと少しでその微笑みが掻き消えてしまいそうだった。 エアリスは微笑みながらなにも答えなかった。 もしかしたら『来ないでくれ』というザックスの言葉を受け入れられないという精一杯の抵抗なのかもしれない。 だがザックスは、返事をしないエアリスに念押しをするようもう1度懇願した。 両手で頬を挟まれているため顔を背けることも出来ないまま、エアリスはようやっとのろのろと頷いた。 ザックスはホッと満面の笑みを向け、1度だけ強く抱きしめた。 エアリスの頭を胸に引き寄せ、腰にしっかり腕を回す。 そして、エアリスが背中に腕を回すよりも早く彼女の両肩を掴んでそっと引き離すと、ずっと傍で控えていたヴィンセントに小さく頭を下げた。 「エアリスを頼む」 「…ああ」 「アンタがいてくれて本当に良かったよ」 そう言うと、ザックスはもう1度だけエアリスへ視線を向けた。 その姿を目に焼き付けるように…。 エアリスもまた、ザックスから目を離さなかった。 ヴィンセントへ預けられた瞬間からエアリスの顔からは微笑が消え、強い不安による翳りが差していたが、それでも真っ直ぐ顔を上げてザックスを見つめていた。 ザックスはなにか言おうとしたのだろうか?口を開きかけたが、結局何も言わないままニッカリ微笑んで見せるとクルリと背を向けた。 そうして、ドアの前でずっと待っていたクラウドと共に何も言わないまま陽の落ちたスラムへと飛び出した。 そう、まさに飛び出した。 その姿はクラウドがドアノブに手をかけ、押し開いた途端、霞んで見えなくなった。 一陣の風が巻き起こり、見送る形となったメンバーを一瞬だけ包む。 そうして後はなにもなかったかのように開きっ放しのドアの向こうにはポッカリとした宵闇が広がっていた。 「……なんなんだ…?」 「さぁ…」 「でも…なんか、ヤバイんじゃない…?」 ビッグス、ウェッジ、ジェシーが呆然とした面持ちで呟く。 エルダスもまた、呆気に取られて2人の”死神”が消えた方を見ていたが、思い出したように壁にかかっている時計へと目をやった。 エアリスの家を出る予定時刻まで2時間40分ほどだ。 「ヴィンセント…」 エアリスの小さい声が聞こえ、エルダスは時計から彼女へと目を走らせた。 ザックスに触れられていた時に戻った血色は再び蒼白なそれに色を変えている。 しかし、その瞳は頼りなげに揺れていたものから固い決意を宿した光を湛え、真っ直ぐドアを…、正確には開けっ放しのドアの向こう…。 ザックスとクラウドが消えたその先を…。睨みつけていた。 凛と前を見据えて立つその姿はまさにいつものエアリスだった。 そんな彼女にヴィンセントは渋い顔で首を横に振ったが、その端正な顔はどこか諦めているようにもエルダスには見えたのだった。 * 同日に2度も緊急招集がかけられるなど前代未聞だった。 重役達は一様に不安を色濃く浮かべた陰鬱な顔でヒソヒソと囁き合っている。 時折、チラリ、チラリと視線がある一点へと向けられたが、視線を集めている女はどこ吹く風といった様子で椅子に腰掛け、足を組んで緊急招集をかけた副社長の登場を待っていた。 明らかにご満悦な女史に、重役達は気味悪そうに眉を寄せる。 それもそのはずだ。 彼女がミッドガル7番街を爆撃したという大事件はこの場にいる全員の耳に入っている。 普通なら、このような場に参加など出来るはずがない。 しかし、彼女にとって世間一般的な常識は当てはまらず、皆の非難の視線など取るに足らない瑣末なことなのだ。 彼女は自分の実験が半ば成功していることをこの場で報告したくてウズウズしていた。 リーブもまた、酷く落ち着かない気分でその場にいた。 隣ではシャルアが同じくムッツリとした顔で足を組んでいる。 「シェルクがココに来る直前に話してくれたけど…」 切り出したシャルアにリーブは前を向いたまま耳を傾けた。 シャルアも真っ直ぐ前を向いたまま、極力唇を動かさないように小声で話す。 「零(ゼロ)と壱(イチ)が接触したせいでそちらに神羅の大半の意識が向いてる間にあのクレイジー、とんでもないことしてくれたみたいだよ」 「とんでもないこと?」 「新しい人形の作成。しかも、廃止されたはずの参(サン)号を作成したやり方と同じ方法でね」 零(ゼロ)とはセフィロスを指し、壱(イチ)とはザックスを指す。 神羅の実験によって生み出された番号順で呼んでいるのだ。 セフィロスが零なのは、人として生まれる前から実験によってその存在を型創られていたからである。 クレイジーとは勿論、スカーレット女史のことだ。 同じ科学者、同じ女性としてシャルアはスカーレットのことが大嫌いだった。 嫌い、というよりもその存在を憎んでいると言った方が良いかもしれない。 スカーレットとシャルアは何もかもが違っていた。 科学への思いも、人との繋がりへの考え方も、肉親や周りの人間への想いも…。 だから、クレイジーと言ったシャルアの言葉に力が少しこもったとしてもなんの違和感もないのだが、その話した内容は右から左に聞き流せるようなものではなかった。 リーブは思わずシャルアへ顔を向けそうになったが、かろうじて頬をヒクリとひくつかせるだけで抑えることに成功する。 「…冗談でしょう?」 「ナンバー2から何も聞いてないわけ?地走り忍(じばしりしのび)がその情報、お頭に持ってったみたいだけど」 「……聞いてません」 ナンバー2とは副社長であるルーファウス、地走り忍とはタークストリオであるレノ、ルード、イリーナのこと。お頭とは彼らの上司、ツォンを指す。 聞くものが聞けばすぐに分かってしまうような簡単な称号と言うか暗号だが、2人の会話はとても小さく、周りにいる幹部達は自分たちのことで手一杯で聞き耳を立てる余裕はなかった。 リーブはこっそり溜め息をつき、テーブルに肘を着いて手を組むと額を乗せるようにして俯いた。 「まぁ、話を持ちかけてからそんなホイホイと協力体制に入るとは思っていませんでしたけどね…」 「でも、それじゃあ困るんだろ?」 「えぇ…そりゃそうですけど」 「多分、こちらがまだ切り札を隠しているって思ってるんだ。だから向こうもなかなか手の内を見せようとしない」 リーブは、確かに…、と呟くともう1度溜め息をついた。 そうでなくとも色々と有りすぎて手一杯な心境・状況で疲労は半端ない。 ザックスと共に綿密な計画の下、つい3週間ほど前に逃がしたクラウド・ストライフから待ちわびた連絡が来たのはほんの1時間ほど前のことだ。 これで神羅の外と内側から神羅グループを叩き潰すための準備が整ったと思ったのに、肝心のザックスはセフィロスとの激しすぎる戦闘に他の者を巻き込まないため、神羅ビルから飛び出し行方不明。 当然、その流れでセフィロスも行方不明……だった。 そう、行方不明だったのにシェルクからの報告でつい先刻、神羅ビルにフラリと舞い戻り、そうしてまた立ち去ったと言うことを知った。 その立ち去ったとされる場所が場所なだけにただ事ではない、といの一番に報告を受けた直後の緊急招集。 シェルクからの報告を受けた直後に感じた『大事件が起こったかもしれない』という憶測が確信へと変わった。 この場に集った幹部の誰よりも情報を持ち、この緊急招集の目的をほぼ正確に察しているリーブの関心は既にこの会議を終えた後へ向かっていた。 十中八九、大混乱が起きる。 プレジデント神羅に対し、何かと反目的だったルーファウスが父親亡き後、この巨大組織をどうするのか。 彼の決断、采配がこの傷つき疲れ果てた星に対して吉と出るか、それとも凶と出るか、大きく左右することは間違いない。 その采配が星に害を為す存在として突っ走るならその時こそ、『新生神羅』としてのゴタゴタ騒ぎに乗じ、完膚なきまでに叩き潰すしかないだろうと思っている。 そのためには、いつも周りからは『温厚な人間』と称されている彼も『鬼』になる覚悟は出来ていた。 ざわついていた会議室が突如、緊張を極度に張り詰め、静まり返る。 神羅グループ副社長がようやく現れたのだ。 会議室に入ってきたルーファウスは、いつものようにツォンを従え堂々とした足取りで席に着いた。 「待たせた。では、始めるとしよう」 短い前置きの後、ルーファウスはなんの躊躇いもなく緊急招集の本題を口にした。 まず、最初に告げたのはプレジデント神羅がセフィロスによって殺害されたこと。 次に、プレジデントが殺害されたことによって自分がこの時より社長として神羅を担っていくということ。 そして、その次の言葉を口にする時、ルーファウスはその場に集まっている幹部たちの中でただ1人に目を向けた。 「神羅グループはこれより1年の内に現在供給している全てのエネルギーのスタイルを廃止。それに替わる新たなエネルギーを開発、供給することとする」 会議の場は水を打ったように静まり返っていた。 誰も彼も、ルーファウスの言葉が理解出来ていなかった。 ルーファウスが口を挟む隙など少しも与えない勢いで次々重要な事柄を話したこともその理由の1つだが、その語られた内容があまりにも現実離れしているせいで脳が受け入れることを拒否したのが最大の理由だろう。 しかしその中、たった2人だけがルーファウスの宣言を正確に理解していた。 リーブとシャルアである。 リーブは向けられる視線を真っ向から受け止め、見つめ返していた。 碧い瞳の中に虚偽の色がないかを探る。 ルーファウスもまた、臆することなく視線を合わせてくるリーブに口元を微かに持ち上げた。 それは、挑発的な笑みにも見えるし、自信を表す笑みにも見える。 2人は暫し無言のまま互いの腹を探るように瞳の奥を窺った。 「あの…副社長…、いえ、社長…」 「なにかな?」 幹部の1人が恐る恐る声をかけ、ルーファウスは視線をようやっとリーブから外した。 リーブもまた、ルーファウスから発言した幹部へと視線を移す。 その幹部はいつもは良すぎるくらいの顔色を青褪めたそれに変え、額に冷や汗すら浮かべていた。 表情は信じられないと言わんばかりで、落ち着きなく手を握ったり開いたりしていた。 「その…プレジデント神羅が亡くなった…と?」 「そうだ」 「…英雄に殺された…と?」 「その通りだ」 「そ…そんな……」 わなわなと震え、幹部は勢い良く立ち上がった。 他の幹部たちも一斉にザワザワと落ち着きをなくす。 「冗談ではありませんぞ!?これでは…これでは、英雄セフィロスはこの神羅を裏切ったということに他ならないではありませんか!」 悲鳴のようなその言葉を、しかしルーファウスは冷めた表情で眺めやった。 「その通りだ。しかし、今さら何を言っている?」 「な、何を…とは」 「お前は先に起こった監視隊の惨劇について、一体何を聞いていた?」 ルーファウスの声は冷酷さと蔑みとに満ちていた。 騒然としていた場が一気に静まり返る。 立ち上がった幹部は青褪めていた顔色を白へと変えた。 彼はこの場にいる多くの幹部同様、今朝方起きた『英雄による監視隊の惨殺』というとんでもない事件を、そんなことがあるはずないとして、『反・神羅グループの潜入による仕業』をルーファウスが勝手に大げさなものとしたのだ、と聞き流していた。 それほど、セフィロスと言う存在は神羅にとって大きく、揺るぎないものだったのだ。 どちらかと言うと、プレジデント神羅よりセフィロスの方こそ人気があったから余計にそういう『曲解』がまかり通ったのだろう。 ルーファウスは容赦しなかった。 「諸君の中にも英雄が神羅に楯突くはずがない、裏切るはずがないと思っている者が多いことは知っている。しかし、事実は今話した。セフィロスは神羅を裏切った。もはや、あの男は英雄でもなんでもない。敵だ」 シン…と静まり返った面々をルーファウスは一瞥すると、再びリーブへ視線を戻した。 「今、我々がなすべきことは世界中へ奴の危険性を語り報せることだ。同時に、我々が行っているエネルギー提供がこの大地にとってどれほど負担がかかる恐ろしいものかを告げることである。そのために、我々神羅は180度その存在を変えなくてはならない」 そしてルーファウスはジッと見返してくるリーブに向かって初めて彼の名を呼び、社長就任を宣言してからの初任務を命じた。 「リーブ。現・都市開発部門統括に加え、治安維持部門、並びに科学部門統括を新たに命じる」 どよめきが起こる。 3部門もの最高責任者に抜擢されるなど、前代未聞だ。 しかも、科学部門の現任者である宝条はこの会議を無断欠席をしているが、現・治安維持部門統括は参加している。 その男を差し置いての任命などありえない。 それを発言、指摘したのは先に立った幹部ではなくまさに現・治安維持部門統括の男。 男の指摘に賛同の声が上がったが、ルーファウスも指名されたリーブも動じなかった。 「黙れ」 ルーファウスが発したのはたった一言だった。 その一言で三度、場が静まり返る。 碧い瞳が場を見渡しただけで異を唱えた幹部たちは青褪めて押し黙った。 「私のやり方が気に食わないのなら出て行くがいい。これからの神羅は旧体制を切り捨てる。古い考えを捨てられない人間は必要ない」 ハッキリと言い切ったルーファウスはリーブへと視線を戻した。 「それで、リーブ・トゥエスティ。任命を受けるか?」 リーブは目を閉じた。 会議室に集った幹部たちの視線が今、全集中していると目を閉じていても容易に感じることが出来た。 突き刺さるような視線は、だがリーブにとって痛くも痒くもなかった。 ルーファウスはツォンを通して投げかけた『共闘』への誘いに今、答えてくれたのだ。 目を開けると視界の端に、隣に座るシャルアの強い眼差しが映った。 その瞳はリーブの背中を押している。 リーブは真っ直ぐルーファウスを見た。 「はい。お受けしましょう」 ルーファウスは満足そうに微笑んだ。 この瞬間、それまでの神羅は旧体制と呼ばれることとなり、新生神羅が誕生した。 そして、誰もが度肝を抜かれて唖然としている中、スカーレットだけは強い怒りに言葉を無くし、打ち震えていたのだった。 |