廊下にヒールの音が甲高く響く。 カンカンと耳につくその音は湧き上がる憤りを如実に表していた。 「許さない…、許さないんだから!」 怒りにまかせて足早に歩きながらスカーレットは眦を吊り上げた恐ろしい形相で真っ直ぐ自分の研究室へと向かっていた。 つい先ほど辞した緊急招集。 それはスカーレットにとってまさに寝耳に水、到底容認出切るものではなかった。 自分をこれまで評価してくれていたプレジデントが死んだことも。 その息子が幹部会を開くことなく強引に社長に就任したことも。 彼女が所属する科学部門の統括があのいけ好かないリーブ・トゥエスティに決まってしまったことも。 全部が気に入らなかった。 通常、ここまでの大組織にもなると世襲によって社長が着任していくことが決定していたとしても幹部たちによる承認が必要となる。 そのために形式だけでも『幹部会』というものが開かれ、次期社長が決まるのだ。 今回、ルーファウスは何もしなくてもプレジデントの跡を継ぐことが決まっていたのだから、こんな強引なやり方をする必要などなかった。 それなのに、これまでの形式を無視し、強引に事を運んでしまった。 そうすることで、これまでの旧体制とは違うことを示したのだ。 彼の持つ圧倒的なカリスマ性の下、反抗心など持つ余裕などなく幹部たちはルーファウスの決定に従う形で緊急招集を終えてしまった。 誰一人異見することなく終えた緊急招集で、スカーレットは怒りを発することが出来なかった。 それは、その場がルーファウスの意思に賛同する流れになっており、その流れを止めるなど自分1人が抗ったところで不可能だと悟らざるを得なかったこともあるのだが、なによりも彼女自身、己の居場所が既に新生神羅にとっては存在しないことが決定事項となっていると察してしまったからだ。 『リーブ。早速だが、都市開発部門統括に加え、科学部門と治安維持部門を統括していくに当たり、お前に人選を一任する。良しとする優秀な人材を統括補佐としてそれぞれの部門に配置し、可及的速やかに各部門の機能を最大限に活かして世界各地にあるであろう自然エネルギーの発掘を科学部と治安維持部、それに都市開発部の共同作業で当たって欲しい』 『分かりました』 『人選は一任すると言った通りだ。いちいち私に許可を求めず、好きにしてくれ』 ルーファウスとリーブのこのやり取りがなにを示すか。 科学部門、治安維持部門、そして都市開発部門それぞれに対し、リーブが統括補佐を好きに選抜して配置して良いということは、少なくとも科学部門には今まで統括として配属されていた宝条は叙任され、他の人間が配属されるということを意味する。 では誰が配属される? 赤い髪を持つ隻眼の女、シャルアと栗色の豊かな髪を持つルクレツィアの姿が脳裏に浮かび上がった。 忌々しいあの女ども!と、スカーレットは歯噛みする。 全てにおいて自分とは真逆の女たち。 科学への憧憬の念も、実験への情熱も、全てにおいてあの女たちはスカーレットを否定した。 命の尊さとはなんぞや、とご高説を垂れ、スカーレットの科学への思いの全てを否定し、実験のあり方を非難し、徹底的に反対して真っ向から対立してきたあの女たち。 そして、あの最大にして最高傑作である”死神プロジェクト”をもあの女たちは”人道に反する”として激しく非難してきたのだ。 その結果、クラウド・ストライフを”死神”へと変えた実験方法は、自分をいつも擁護してくれていたプレジデントですら動かし、廃止へと持ち込まれてしまった。 その女たちが科学部門を取り仕切ることになる。 発表は先ほどの緊急招集の会議の場ではなかった。 しかし、これは確実だろう。 リーブが他の科学者とも親しいことは知っているが、あの女たち以上のカリスマ性はない。 となると、自分の居場所はこの神羅グループにおいて奪われてしまったことに他ならないということになる。 「冗談じゃないわ!」 スカーレットは急いだ。 今ならまだ会議室に今回の暴挙に出た愚か者たちが全員残っている。 もう神羅グループはお終いだ。 未練もなにもない。あるのは自分を裏切ったという憎しみだけ。 ならば。 もうそろそろ完成しているであろう新しい人形の出来具合いを見るのに利用させてもらう。 スカーレットの口元に残忍な笑みが浮かんだ。 Fantastic story of fantasy 29辺りは酷く静かだった。 いつもなら厚い雲に覆われているため星1つ見えない夜の闇は昼間の淀んだ空気をそのまま引きずり、行き交う人々もどこか陰鬱な表情で急ぎ足で歩いているミッドガルのスラム。 しかし今あるのは、戦闘直前に漂う独特の殺伐とした空気に爆発寸前の緊張感のみであり、誰1人街の人間は歩いていなかった。 今朝の爆撃から時間が経ったとは言え、関係者以外立ち入り禁止になっているからだろうか? それとも、第二、第三の爆撃を予想して避難しているのだろうか? それはクラウドには分からなかったし、正直、人気のない状況は非常にありがたかった。 目を凝らさずとも見える宿敵の姿はどこまでも傲岸不遜。 獰猛な肉食獣を髣髴とさせるアイスブルーの双眸、釣りあがった口元、全身から溢れる闘気は隠そうともせずクラウドとザックスを挑発し続ける。 今までのクラウドなら、己を半ば失った状態だったこともあり、恐らくわけも分からないままに戦いを挑み、気がついたら殺されていただろう。 しかし今はハッキリとした己の意思で”英雄”の前に立っている。 隣には人生初の親友。 更にこの後、何が何でも行かなくてはならない場所がある。 果たさなくてはならない約束がある。 断じて負けるわけにはいかないという目的と意思があるクラウドにとって、それらは恐ろしいはずの敵を前にして何故か妙な落ち着きを与えてくれていた。 変な体の強張り、緊張もない。 「この時を待っていた」 夜気に乗ってセフィロスの声が届く。 いつも感情の起伏が読めない男から初めて歓喜の震えが伝わってきてクラウドは眉間に寄せたシワを深くした。 「私はこの世の常識をはるかに超えた存在。故に、私を満たしてくれるものはなかった。だが…」 手にしていた長刀の切っ先をザックス、そしてクラウドへと向ける。 「ようやっと私を満足させてくれるかもしれない存在が現れた」 歪んだ喜びはそのまま熱となってクラウドとザックスを絡めとらんばかりだ。 それに答えたのはザックスだった。 背に負っていた大剣を抜き放ち、己の前にかざす。 「生憎(あいにく)、お前に付き合ってる暇はないんだ。とっとと終わらせてやる」 言い終わると同時に勢い良く振り下ろすと、風圧で地面にヒビが入った。 クラウドもまた、ザックスと同じタイプの剣を抜き放ち、腰を落として構える。 ザックスとクラウド。 並ぶ2人の闘気が宙で1つとなり、辺りの空気を巻き込んで風を起こす。 セフィロスは笑った。 「やはり、お前たちは面白い」 そして、ついでのように言葉を続ける。 「お前たち2人だけではいささか心許ないかとも思ったが、あの女の変化を待たずとも満足させてもらえそうだな」 あの女。 クラウドとザックスの頬がピクリとひくつく。 このタイミングで出された女とは一体誰のことを指す? クラウドとザックス、2人の胸中に暗雲が垂れ込め、脳裏には同じ女の姿が浮かぶ。 血の気が引いていくと同時に心臓がありえない早さで脈を刻み始める。 「誰のことだ…!」 問い詰める声は掠れて夜気に響き、クラウドの焦燥感に拍車をかける。 そんなクラウドを嘲笑うかのようにセフィロスは薄い笑みを浮かべ、ゆっくりと足を踏み出した。 「さぁ?当ててみろ、クラウド」 まさに悪魔のような微笑みを浮かべて底光りする双眸に、クラウドの理性が吹っ飛んだ。 カッ!と目を見開いた瞬間、全ての景色がクラウドの周りから消し飛ぶ。 隣にいる親友の存在も、辺りが漆黒の宵闇であるということも、瓦礫の山の中だということも全部が吹っ飛び、存在するのは己とセフィロスだけになった。 動いたのはクラウドが先だった。 だが、殺気を込めて一閃させた武器をぶつけたのはクラウドでもセフィロスでもなかった。 長刀がザックスのバスターソードを受け止め、間髪いれずにクラウドの攻撃をも受け止める。 微かに驚きの表情を浮かべながらセフィロスは二振りの武器をその愛刀で押し返すとニヤリと笑った。 「ほぉ。やはりお前は面白いな。それほどの力を有しておきながら、まだゴンガガ出身じゃないとシラを切るか?」 しかし、ザックスはそれに答えず針のように目を細め、セフィロスを睨みつけた。 「お前…あの子になにしてくれてんだ!」 「ふん。気になるか?」 「そういうことを言ってんじゃねえ!!」 怒鳴ると同時に地面を蹴り付け、体を回転させながらバスターソードを横薙ぎに払う。 空気を切り裂く音と長刀によって受け止められた金属音が辺り一帯に響き渡った。 次いでクラウドのソードがセフィロスの首を狙って一閃された。 クラウドの攻撃を目で捉えることもなくセフィロスは身体を開いてその攻撃を避けながら、ザックスの攻撃を受け止めていた長刀を腕ごと回して振り払った。 何気ない動きでしかなかったのに、その動作で宙に浮いた状態だったクラウドと地面に踏ん張っての攻撃を繰り出していたザックスが弾き飛ばされる。 それぞれ回転しながら危なげなく着地すると、2人はそれぞれ目をむいた。 セフィロスの姿が消えている。 と、咄嗟にザックスは地に身体を伏させ、クラウドはソードを盾にして己の身を守った。 重い一撃に再び吹っ飛んだクラウドを追うようにして伸びるセフィロスの第二戟を、地面に伏して攻撃をかわしていたザックスが跳ね起きて邪魔をする。 気合と共に背中を斬りつけるが、やはりそれもセフィロスは難なく防ぎ、冷笑と共に手首を捻った。 クラウドを狙っていた長刀が標的をザックスに変え、まるで蛇のようにバスターソードを絡めとろうとする。 空手になりかけるザックスは、わざとソードを手放し思い切ってセフィロスの懐に入ると、渾身の力を込めて鳩尾を蹴り付けた。 だが、その思い切った攻撃もセフィロスに左手で掴まれ、阻まれる。 ギリリ…、と音を立ててザックスの足首を掴んだ英雄は、しかし次の瞬間ザックスのもう片方の足で思い切り顎を蹴り上げられた。 蹴りを阻まれたザックスは怯むことなく逆に掴んだ足を軸にして跳ね上がったのだ。 大きく状態を反らしたザックスと、仰け反ったセフィロス。 両者の間は自然と開き、ザックスは回転しながら落ちてくるソードへと手を伸ばし、セフィロスは宙を優雅に回転しながら態勢を整えて舞い降りるかのように着地した。 いや、完全に着地する直前。 つま先が地面を捉えたその瞬間、後方からの殺気に落ち着く間もなく身を捩った。 吹っ飛ばされたクラウドが倒壊したビルの壁を足がかりにして跳び、そのまま突っ込んできたのだ。 振り上げられたソードはまたもやセフィロスの首を狙っている。 身を捩った態勢で長刀を払いクラウドの攻撃を流したセフィロスと、怒りと殺意に満ちたクラウドの双眸が絡み合う。 そのまま2人は距離を開けることなく第二、第三と武器をぶつけ合った。 そこへザックスも乱入し、廃墟となったミッドガル7番街には夜気を切り裂く武器の音がこだまする。 何十合、武器をぶつけ合っただろうか? 武器がぶつかるごとに宵闇に青白い火花が散り、冷笑を浮かべるセフィロスの顔や純粋な怒りに染まっているクラウドとザックスを浮かび上がらせた。 苛烈を極める戦いの中、この戦いでは何度となくあったザックスの攻撃をセフィロスが受け止めるという場面で、少しの変化が訪れた。 僅かなその一瞬の間にクラウドがセフィロスへと重い斬戟を繰り出すことに成功したのだ。 英雄は後方へと身を退け、途中、山となっている瓦礫を長刀で切り崩して目くらましにすると更に後方へと跳び退る。 その後を2人揃って常人では考えられない脚力を駆使し、跳躍を繰り返して追いかけた。 倒壊寸前だったビルが鋭い切り込みにより2人の頭上に落ちてきたのはそのときだ。 振ってくる巨大な建物の塊を2人は躊躇うことなく同時にソードを一閃させて4分等に切り裂き難を逃れたが、巨大な建物の塊が開けた向こうから突如として姿を現したセフィロスの振りかざした長刀に目を見開いた。 間一髪。 その攻撃を2人揃ってソードを並べて受け止め、弾き飛ばす。 重力の法則に従って落下する僅かの間、セフィロスが嗤ったのを2人は見た。 「っ!!!」 クラウドの怒りと焦りが頂点に達する。 落下しきる前に同じスピードで落ちる瓦礫の塊を足場にし、セフィロス目掛けて思い切り跳ぶと、武器を一閃させた。 だが、やはりセフィロスはクラウドの攻撃を受け止めると今度はそのまま反撃に転じる。 2合打ち合ったところで背後に回りこんだザックスへも長刀を滑らせる、セフィロスは再び頭上高く跳ね上がった。 鼓膜を破らんばかりの剣戟が絶えたかと思った直後、セフィロスは落下と同時に長刀を払う。 再び辺りに金属音が鳴り響いた。 攻撃を受け止め、あるいは避け、時として宙を舞い、地面を転がって攻撃を流す…。 ある時はクラウドがソードを振り下ろすとセフィロスがそれを跳ね返し、態勢を崩したクラウドを長刀が狙うとザックスの武器がその邪魔をした またある時はセフィロスの攻撃がザックスの脇腹を切り裂かんと横薙ぎに払われたのをクラウドがソードでフォローする。 一進一退。 どちらも全く譲らない。 戦局はいつしかミッドガル7番街の廃墟から隣の6番街へと移っていた。 7番街とは違い6番街ではいつもと同じ日常の生活が流れていた。 即ち、人が溢れていたのだ。 突然、降って沸いたような災厄が6番街の人間に、そして7番街から避難してきた一部の人間に襲いかかる。 民家やビル、小さな店舗の屋根へと戦いの場を変え、3人はもつれ合うようにして武器を交えた。 3人が通った後は嵐が去った後のように無残な姿へと変貌する。 だが、その暴虐な行いはセフィロス1人が行ったと言っても良いだろう。 夜になったとは言え、まだ早い時間のために路上にいる人々も多い上、騒ぎを聞きつけ家や店から飛び出してきた人たち、呆然と突っ立って戦う3人を見る人たち、人、人、人で路上は溢れている。 そんな人で溢れる6番街で、たちまちのうちにクラウドとザックスはそれまでと同じように武器を扱えなくなってしまっていた。 だが、当然のようにセフィロスは7番街での戦いと同じように武器を振るう。 長刀は易々と建物を壊し、民家を傷つけ、バラックのような脆い建物を吹き飛ばした。 それらの大きな塊が人々を襲い、悲鳴と怒号が飛び交うのに時間など必要なかった。 「やめろ、セフィロス!」 「よせっ!!」 2人は叫びを上げるとセフィロスへ突進した。 そのまま鏡を映したような動きでソードを構え、振り払う。 セフィロスはそれを後方高く飛び上がりながら避けるとビルの屋上へ足先を着け、嘲笑をひらめかせると武器を一閃させた。 建物は呆気なく斜めに切り取られ、路上へと落下する。 「このっ!!」 クラウドは落下するビルの塊を避けて飛び上がったが、クラウドを補佐する形で後を追ったザックスはハッと息を呑んだ。 視界の端に、路上で腰を抜かしている女が映ったのだ。 躊躇うことなく方向転換し、寸でのところで抱き上げて回避する。 そうして助けた女を安全なところで下ろして振り仰いだが、この僅か一瞬でセフィロスもクラウドも見失ってしまった。 「くそっ!」 驚き混乱しながらも感謝を口にしようとした女に目もくれず、ザックスは飛び上がった。 耳と目を凝らす。 グルリと見渡しながら神経を研ぎ澄ませ、己の持つ力を最大限に解放する。 「こっちか」 張り巡らせたアンテナはすぐに2人の行方を探し当て、ザックスは飛び出した。 夜の空気を全身で切り裂かんばかりの勢いで走る。 耳元で風が唸りを上げ、まさに大気と一体になったかのように駆け抜けた。 闇に凝らしていたアイスブルーの双眸が、追う2人の影を捕まえたのはザックスにとって懐かしく、大切な場所だった。 その建物を背景に戦う2つの影。 いつの間にか5番街にまで来ていたことにようやくザックスは気がついた。 そして、同時にもう1つのことにも気がつき、心臓が縮み上がる。 ミッドガルに唯一ある教会は無人で、朽ち果てるのを待つばかりだ。 それなのに、教会内部に誰かいる。 ありえない! それに気づいた時、ザックスはクラウドとセフィロスもまた、教会の中に誰がいるのかに気づいていることを知った。 クラウドの動きはセフィロスを教会から引き離そうとしているものに他ならず、セフィロスはそんなクラウドに無慈悲な笑みを浮かべていた。 「愚かだな、クラウド。お前は何もかもを守ろうとするのか?」 必死になっているクラウドを嘲る声をザックスは聞いた。 腕を伸ばし、渾身の力を込めて跳躍するがセフィロスの動きには間に合わない。 無理な体勢で応戦していたクラウドがとうとう吹っ飛ばされる。 そうしてそのまま教会内部へと音を立てて突っ込んだクラウドに、セフィロスが間髪いれず長刀を一閃させた。 轟音を立てて教会の上部が吹っ飛び、上空に飛び上がってセフィロスを追っていたザックスの目に教会内部が曝け出された。 教会の内壁に打ち付けられ、堪らず地面に倒れこんだクラウドと、ミッドガルで唯一その存在を許された花々の真ん中で跪き、祈りを捧げているエアリスの姿が目に飛び込んでくる。 ザックスはその光景に魂が引き裂かれんばかりの恐怖に襲われた。 倒れこんだクラウドが上体を起こして駆け出したのと、ザックスが苦し紛れにソードをセフィロスの背へ投げ飛ばしたのとどちらが早かっただろうか? しかし、そのどちらも長刀を止めることは出来ず、ザックスのソードはあっさりかわされエアリスの傍ギリギリの地面に突き立ち、クラウドは後数センチのところで間に合わない。 セフィロスは残忍な笑みすら浮かべて祈りを捧げるエアリス目掛けて剣を突き立てた。 いや、突き立てようとしたまさにその一瞬、一発の銃声がそれを阻んだ。 咄嗟に長刀でその銃弾を弾いたセフィロスに、二発目、三発目と休まず銃弾が浴びせられ、その僅かな一瞬の時間稼ぎでクラウドはエアリスの前に躍り出ることに成功した。 そのままエアリスを背後に庇いつつ渾身の力を込めてソードを一閃させる。 「っ!」 僅かに顔を歪ませ、セフィロスはその攻撃を長刀で流そうとして失敗し態勢を崩した。 間髪いれずに到着したザックスが地面に突き立った己の武器を抜き放つ。 「「はっ!!」」 クラウドとザックス、2人の息が完璧に合った攻撃。 堪えきれずセフィロスは後方へ吹っ飛び、音を立てて壁をぶち破った。 荒い息を繰り返し、2人はセフィロスの開けた穴を睨みつける。 手にした武器を構えたまま、潜んでいたヴィンセントが傍に来ても尚、臨戦態勢のままビリビリとした緊張感を隠そうともせずに来るその時を待った。 未だセフィロスの気配は衰えを見せず、更なる狂喜と狂気を迸らせている。 ユラリ、とその姿が壁の向こうに現れた時、改めてクラウドとザックス、そしてヴィンセントは神羅の歪んだ科学力の結晶に戦慄した。 宵闇に浮かぶ愉悦の表情は全身の血が凍りつきそうなほど残忍なのに、この世の生き物とは到底思えないほど美しかった。 「やはり楽しいな、お前たちは。だが、まだまだだ」 夜の張り詰めた空気にセフィロスの声が響く。 「まだまだ足りない。もっと私を楽しませてくれ」 喉の奥で笑い、一歩踏み出す。 クラウドとザックス、ヴィンセントが全身に力を込め、攻撃に備えた。 だが、正直ザックスとクラウドはもう限界に近かった。 ここまでの戦いについてこられたのは一重に”死神”として身体のコントロールを完全に解放させたからだ。 当然、その反動は恐ろしく重いものとなる。 早くも反動がきつつあり、腕が、足が重く痛みを発するようになっていた。 エアリスの言っていた『寿命が縮んでしまう』というリスクが急に現実味を帯びて圧し掛かってくる。 (くそっ、まだ死ぬわけには行かない!) クラウドは奥歯をかみ締めた。 こんなところで足止めを喰らうわけにも、ましてや死ぬわけにもいかない。 早く神羅ビルへ向かわなくては。 今度こそ、あの幼い頃の約束を果たすために。 白い顔を悲しそうに曇らせたティファの顔が胸を過ぎる。 あれが最後に見た顔だった。 あれで最後にしたくない。 セフィロスが一歩一歩、悠然とした足取りで近づいてくる 「クラウドいいか?絶対に焦るな。俺たちの力をもう1度合わせるんだ。それしか方法はない」 ザックスの声は落ち着いていた。 クラウドは黙って頷くと、冷笑を浮かべているセフィロスへ意識を集中させた。 ソードの柄を握る手に力を込める。 武器を振るえるのはあとどれくらいだろうか? 次、かわされたら恐らくそうそうチャンスはないだろう。 絶対に次で仕留める。 近づく英雄の動き。 隣に立つ親友とガンマンの鼓動。 そして己の心臓の音。 それら全てが1つに収束していくような感覚と共にクラウドは己の中にある力を一点へと集中させた。 狙うはセフィロスの首。 この一戟で片をつける。 耳が痛くなるほどの静寂の中、微動だにせずに睨み合う。 そして…。 セフィロスが手にしていた長刀の切っ先をピクリと持ち上げたその一瞬、ザックスとクラウドは己の中にある力を爆発させた。 2人同時に、まるで水面鏡のように全く同じ動きで飛び出し、武器を振り上げる。 全神経を集中させた動きはクラウドとザックスの周りから全ての世界、色、音を切り取った。 あるのはセフィロスと親友、そして己だけ。 クラウドもザックスも、互いに親友が次に取るであろう動きが手に取るように分かった。 その直感とも言えるものに従い武器を振るう。 2人同時の攻撃は長刀によって受け止められたが弾き飛ばされるよりも早く2人は同時に頭上に飛び上がり、またもや同時に振り下ろす。 完璧に呼吸の合った攻撃は、しかし再び振り上げられた長刀によって阻まれた。 だがまだ諦めない。 地面に着地すると同時に2人はそれぞれ右回転、左回転で上体を半回転させながらソードを横払いさせた。 空気が唸りを上げてセフィロスを襲う。 だが。 「甘いな、2人とも」 冷笑が鼓膜を打つ。 気づいた時には遅かった。 愛刀を地面に突き立たせて2人のコンビネーションを受け止めたセフィロスは、倒立の状態で宙にその長身を投げ出し、その長い足を大きく旋回させて蹴りを繰り出したのだ。 その蹴りをまともに喰らったのだと気づいた時には既に完全にペースを狂わされていた。 ザックスは素早く態勢を戻したものの、顎に蹴りを喰らったためすぐバランスを崩して膝を着き、クラウドはかろうじて武器を取り落としはしなかったが蹴りを左目のきわに受けたため、視覚が一瞬、死んでしまった。 その隙をセフィロスは見逃さない。 地面に突き立たせた長刀を抜き放ち、狂喜に満ちた顔でクラウド目掛けて突進する。 ヴィンセントが狙いを定めて発砲するが、あまりにも早いその動きにどうしても的が遅れてしまう。 「「クラウド!!」」 ザックスとヴィンセントの悲鳴のような声にハッと顔を上げたクラウドが見たものは、狂気に彩られた英雄と、宵闇にも光る長刀の切っ先。 一瞬にしてこれまでの出来事がクラウドの中を駆け巡る。 幼い頃の時間。村を飛び出した日のこと。ミッドガルに出てきて初めて仲良くなったザックスと一緒に飲みに行き、酔い潰れて幼馴染の少女のことや四葉のクローバーを用いた甘く切ない大切な約束をうっかり話してしまったこと、酔いが覚めて恥ずかしくて死にたくなったあの時…。 そして…。 業火に巻かれる故郷の姿を前に何も出来ずただ見ているだけだったあの瞬間。 他にも”死神”として生きた時間。曖昧となった5年間の断片的な記憶などが一瞬にして脳裏を駆け巡る。 それなのに、頭の中を駆け巡った過去の記憶のスピードとは真逆に体はピクリとも動かなかった。 指先すら動かすことが出来ず、ただただ己に振り下ろされる長刀をその目に焼き付けるだけ…。 クラウドに避ける術はなく、死を迎えるしかなかった。 だが。 突然、教会全体が揺れ、辺り一面が目も眩むような光りに包まれた。 それは文字通り溢れんばかりの光の奔流となり、クラウドに止めを刺すはずだったセフィロスへと向かって突進した。 まるで意思を持つかのような光りのうねりは驚くセフィロスを包み込むと空高く突き上げ、宙で球体となった。 あまりの出来事にただ目を見開き、呆然とするクラウドやザックス、ヴィンセントの目の前ではセフィロスが驚愕から憤怒へとその形相を変え、長刀を振り回している。 しかし、所詮は光。 実体を持つものではない。 無駄な足掻きを英雄が繰り返すその間も光はどんどん溢れ、まるで舞うかのような動きを見せる球体へと吸い込まれていく。 「…エアリス…」 ザックスの声にクラウドはハッと視線を地面へと戻した。 光の奔流のその源泉とも言える場所に跪き、祈っているエアリスはまるで星の聖女。 いや、まるで…ではない。聖女なのだ。 この時初めて、クラウドはエアリスが星の加護を受けているセトラの民なのだと知った。 エメラルドグリーンの光はまさしくエアリスの瞳の色。 その暖かくも力強い光りの粒子がクラウドとザックスの身体を柔らかく撫でるようにフワリと包んだ後、戦い疲れた身体からは傷が完全に消えていた。 クラウドはそれを一種の感動を覚えながら見つめていた。 と。 ドシャリ、という何かが落ちる音にクラウドはハッと顔を向ける。 フラリと立ち上がったのは…セフィロス。 しかし、その姿は思わず息を飲むほど様変わりをしていた。 まるで土人形が乾いてボロボロになってしまったかのようだ。 これがエアリスの言っていた『この世界とは相容れない存在』の成れの果てなのだろうか? それとも、生まれる前から神羅に実験を施されていたセフィロスだけに現れた現象なのだろうか? クラウドには分からない。 分からないが、1つだけ分かる。 それは…。 「ふっ。残念だがここまでか」 セフィロスは嗤った。 開いた己の手の平を見つめ、冷笑をこぼす。 開いた手もまたボロボロとひび割れ、指の先、手の先から土くれのように崩れ落ちていく…。 「無粋な真似をするものだな、エアリス・ゲインズブール。あと少しで最高の舞台が出来上がったというのに」 クツクツクツ、と喉の奥で笑うセフィロスは、エアリスが言った通り、己の死に対して何の感傷も抱いていないようにしか見えなかった。 エメラルドグリーンの光が勢いを緩やかにし、大気に溶け込むようにスーッとその強さを潜めていく…。 それに伴い、セフィロスの身体の崩壊も進んでいった。 頬に入っていた亀裂が額、鼻筋、顎へと伸び、服から覗く素肌にもまた無数の細かなヒビ割れが走る。 「あぁ、クラウド、それにザックス。最後にお前達へ素敵なプレゼントを与えてやろう」 「…プレゼント?」 跪いたままのエアリスに寄り添い、守るようにその肩を抱き寄せたザックスが訝しげに繰り返す。 クラウドとヴィンセントもまた、崩壊していくセフィロスへ目を眇めた。 この上もない不吉な予感にクラウドの胸が支配される。 セフィロスは嗤った。 「女の身体は男の身体以上に崩壊が早い」 「…なに…?」 「あの女がどれほどもつのか楽しみだな」 その言葉の意味をどう取ったらいいだろうか? セフィロスの言い放った言葉はまさしくクラウドにとって死刑宣告そのものだった。 言葉を失い、愕然と目を見開いたクラウドにセフィロスは満足そうに歪んだ笑みを浮かべた。 ボロボロと崩れる手でクラウドを指差す。 静まっていく光に合わせ身体が風に乗って崩れていく中、恐怖に凍りついたクラウドたち向けてセフィロスは最後の言葉を舌に乗せた。 「ああ、その表情はいいな。せいぜい大切なモノを精一杯守ってみせろ」 そして、完全に光が消えたとき、英雄もその姿を失くした。 残されたのは絶望にも似た恐怖に放り込まれた4人の姿のみ。 「ティファ…」 クラウドの声が静寂の訪れた教会に力なく転がった。 |