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 冷たい床を通じ、遠くから物々しい音や微かな揺れが伝わってくる。
 それは自分が望んだことが現実となってまさに今、起こっているのだという証しだった。
 しかし、少しも心が躍らない。
 今、胸を支配しているのは『何故?』『どうしてこの私がこんな目に?』と、理不尽な現実を、目に見えぬ何かに訴える怨みにも似た感情だけ…。
 己を包み込んでいる寂寞とした空気と相まって心を支配するその悶えんばかりの悔しさは、冷たい床に倒れたまま身動き出来ない女へ更なる屈辱となっていた。

「…なんで…」

 呟き、途端に激しく咽る。
 焼け付くように熱く痛む気管を酷使し、吐き出したものは荒い息と……真っ赤な血。
 身体の内側がまるで熱く熱した焼き鏝(ごて)を押し付けられたように酷く痛むのに、外気に晒されている身体の外側は急速にその熱を奪われ、冷えようとしていた。
 ピクリとも動かない身体の中で唯一動く眼球のみで周りを探る。
 しかし、目に入るのは横転したデスクや椅子の脚、散らばった実験器具のコードに各実験のデータばかり。
 自分を助けてくれるようなものはなに1つ見当たらない。
 耳を澄ませても救いをもたらしてくれそうな足音は聞こえない。
 この自室 兼 研究室には自分しか立ち入れず、いつも同行させている部下たちを下がらせているのだから誰もいなくて当たり前。
 しかし女はその事実を棚に上げ、いつも『使えない部下』とバカにしている科学班の人間が1人もいないことに腹を立てた。

 この私をいつまで待たせるのか。
 早く治療しないと回復するのに時間がかかってしまう。
 まだまだ、研究が山積みなのだから怪我の治療に時間をかけるわけには行かない。

 女にとって、自分という存在はこの世界で最も偉大な科学者であるという確固たる自信が不動のものとしてあった。
 ゆえに、こんなところで終わるような人間じゃないのだと信じて疑わない。
 女の中にあるのはただ1つ。
 自身がこれから先、手がけるはずの偉大な研究たちのこと。
 それらを1つ1つ成功させて世に送り出し、自分を認めなかった人間たちを屈服させるのだ。
 自分を認めなかったことがいかに愚かだったかを悔い、這いつくばって許しを請うその姿を見るまで、女は死ぬはずがないと信じていた。
 だから、怪我をして動けない状況にある中、女は待っていた。
 救出に来ることが遅くなったことを詫びながら部下が駆けつけるその瞬間を。
 その時を待ちながら、女はこれからの計画を頭の中で組み立てる。

 まずは、どうやら暴走してしまった”新しい死神”を再調整しなくてはならない。
 フルフェイスのヘルメットを取り、専用の『武器』を手渡してやったまでは良かった。
 虚ろなアイスブルーの瞳を覗き込み、最初の命令を女が口にした途端、新しいお人形は甲高い悲鳴を一声上げたかと思うと凄まじい勢いで自室 兼 研究室を飛び出してしまった。
 その際、目の前にいた女を武器を持っていないほうの手で思い切りなぎ倒したのだ。
 攻撃をしたわけではない。
 ただ、目の前にいて邪魔だった…と言うだけの話。
 しかし、殴り飛ばされた女にとって、それは目にも止まらない一瞬の出来事であり、重傷を負わされたという事実は敵として認識されていようがされていまいが、関係のない話だった。
 理由はどうあれ、新しいお人形は暴走した。
 原因を探り、より完璧になれるよう再実験を施さなくてはならない。
 そのためにも早くこの怪我をなんとかしないといけないのに。

「……ったく……使い物に…ならない役立たずばっか…」

 苛立ちと侮蔑がこもった言葉は、しかし掠れて弱々しく、荒い息に混じっていて判然としない。
 女はその事実に気づかない。
 ただひたすら、出来の悪い部下と称する科学班の人間を待つ。
 ピクリとも動かない四肢が一体どういう状況なのかとか、自分がここにいることを部下はおろか、誰にも報せていないとか、そういうことに全く気づかないまま待ち続けていた。
 そうして、ようやっと待ちわびた誰かの足音がその自室 兼 研究室を訪れた時、女の意識は酷く朦朧としていた。

「おや。まだ生きてたんですか?意外ですね」

 ヒッヒッヒ、という品のない嗤い方をしながら、メガネをかけた白衣の男が覗き込んでくるのを、女はぼんやりとした目で見上げる。
 分厚いガラスを挟んで見ているかのように男の顔が酷く歪んで見えて微かに苛立つ。
 それに、どうやらこの自分のことをバカにしているらしいことにも、ぼんやりとしていた気持ちに怒りがフツフツと沸いてきた。
 しかし男は鋭く睨みつけてもどこ吹く風と言わんばかりに、ニヤニヤと下卑た笑みをその顔に貼り付けるのをやめない。

「心配しなくても、アナタの新しいお人形は私が完璧に仕上げてあげますからね。中々物覚えの良い子のようですし、仕込み甲斐のある人形で嬉しい限りです」

 何を言っているのか分からず、苛立ちを込めて訝しげに目を眇める。
 男は更に唇を吊り上げて「あぁ、意味が分かりませんか?」とうそぶいた。

「アナタの新しいお人形にね、少し細工をさせてもらったんですよ。だから、アナタはこうしてここに倒れている」

 何を言っているのかまだ分からない。
 分からないが、自分の大事な新しい人形にこの男が何かをしたらしいことは分かった。
 怒りで目の前が赤く染まるような思いに駆られる。
 だが、激しいはずの怒りは力の抜けた身体の中で燻るだけで、突き動かす原動力となはってくれない…。

「でも、本当は『斬り殺せ』って命令したんですけどね。どうやら~…ん~、斬られてはいないようですね。これはもう少し、マインドコントロールが必要かな?」

 床に伸びている女に男はあろうことか足でグイッと押し転がした。
 途端、鈍くなっていた痛みが灼熱となって女の全身を襲った。
 空気のような掠れた悲鳴が喉から競りあがる。
 男は「ああ、痛かったです?すいませんねぇ」と軽い口調で言うと、でも、と言葉を続けた。

「どうせもうすぐ痛みも何も感じなくなりますから、心配しないで星の中で私の科学が世界を支配するその瞬間を指を銜えて見てて下さい」

 そう言って耳障りな笑い声を残し、悠然とした足取りで去っていった。
 女はうつ伏せに転がされた状態でその去っていく足音をどこか遠い世界から響く非現実的なものとして聞いていた。
 
(あの男…どこで…会ったんだっけ?)

 そう訝しげに思いつつ、ヒュー…ヒュー…という風の音に不快感を感じて微かに眉をひそめた。
 それが自分の口から洩れる呼吸だとは全く気づかない。
 ただただ、その風の音を不愉快だ、と思いながら、女はその思考を永遠に止めた。





Fantastic story of fantasy 30






 赤いランプが明滅し、警報音が鳴り響く中、タタタタッ!という早いリズムを刻む連射銃の音となにかが爆発する音が神経を引っ掻く。
 恐怖に引き攣った息遣いがあちらこちらで聞こえる神羅ビル内部は、まさしく大混戦のただ中にあった。
 美しかったビル内部は神羅兵とその敵の手によってあっという間にその美しい装いを剥がされ、無残な姿を晒している。
 廊下を飾るオブジェクト、絵画、観葉植物、それに高級な壁紙までもがめくらましのために床へ落とされていった。
 それは埃を濛々と立ち込めさせて分厚いカーテンを生み出し、襲い来る敵軍の視覚を『とりあえず程度』に奪うことに成功していた。
 どれほどの兵士たちが神羅の幹部たちを第一会議室、第二会議室、そうしてここ、第三会議室へと誘導し、援護し、そして犠牲になったことか…。
 埃や硝煙の匂いに混じり、鼻の奥につんと来る匂いは紛れもなく血の香りだ。
 それに心を痛める余裕などない。
 幹部たちの大半が耳障りな悲鳴を上げて我先にと逃げ出す中、数少ない幹部がかろうじて大混戦の現場に止まり、指示を出し続けていた。

 その希少な幹部の1人、リーブは物陰に身を潜めながら汗で張り付いた上着の襟元をグイッと緩めた。

「まったく…どうしてこんなことになったのやら…」

 この緊急時には似つかわしくないしみじみとかみ締めるような呟き。
 それは傍で同じように汗と埃にまみれるシャルアにとっても全く同意見だった。
 倒れた棚に身を隠し、汗と埃にまみれた顔に厳しい表情を浮かべている。

「ついてない…と言う言葉では追いつかないな」
「それはこっちの台詞だっつうの」

 いつもの男口調で彼女らしい台詞にすかさず突っ込んだ若い女にリーブは苦笑した。
 本当に不本意そうな顔でシャルアと自分の間で身を潜めているウータイの忍。
 まだほんの少しあどけなさが残る整った顔は、彼女が近い将来、とても美しい女性になるであろうと容易に想像出来る。

「なんだよオッサン。あたしの顔に何かついてる?」
「いえ」

 うっかり、『将来は美人になるだろうなぁって思ってました』など本当のことを言ったりしたら、『変態』だの『この非常時に』だの矢継ぎ早な突っ込みを入れられるのは必至だ。
 不毛な会話を続けていられる状況ではない。
 戦局は思わぬ事態を迎えていたのだから。

 ルーファウスによる緊急招集。
 その突然の会議が多少の混乱、戸惑いを生み出したもののなんとか円満に終った直後、まだ幹部たち全員が残る第一会議室へ緊急避難を報せる警報が鳴り響いた。
 警報の発信源はシェルク。
 警報と同時にシャルアとリーブの携帯へ彼女はメッセージを放っていた。


『スカーレットの自室より”新たな死神”現る。現在、第一会議室目指し猛スピードで移動中』


 そのメッセージに驚愕したリーブとシャルアだったが、メッセージはそれで終わらなかった。
 続いたメッセージには、自分たちの予想よりもうんと早い行動に出たもう1人の要注意人物の凶行が語られていた。


『宝条の実験を受けたと思われる正体不明の集団が当ビルの別棟(べつむね)地下より防護壁を突破し、襲来』


 神羅ビルには実は、外観からは分からないのだが別棟がある。
 別棟ごとすっぽりと外壁で覆っているため、別棟と称するのはいささか語弊があるかもしれないが、その別棟は通常閉鎖されており、行き来が出来ない造りとなっていた。
 唯一行き来出来る人間はプレジデント、ルーファウス、そして宝条だった。
 対テロ組織対策という名目で造られた別棟は、丁度、社長室のある最上階とその下の階の中間にある。
 地下と屋上、そして社長室のみから行き来が出来る仕組みとなっており、別棟までにある数十階にも及ぶフロアー部分はエレベーターのワイヤーが通っているのみだった。
 今回のような緊急時にはそこから脱出するというわけだ。
 リーブでさえ別棟への出入りは許されていないというのに、宝条が行き来出来たのはプレジデントの最も望んでいる『なにか』を宝条が掴んでいるからだ…、という噂がまことしやかに囁かれていたが、真相は当事者たちにしか分からない。
 ゆえに、リーブは宝条を強く警戒していた。
 スカーレットはある意味呷りやすく、監視もしやすい。
 しかし、不気味な強かさを持っている宝条はどんな突飛な行動に出るのか予測が全くつかなかった。
 だからリーブは、スカーレットと同時に宝条にをこそ重点に置いて監視するようシェルクに指示をしていたのだが、そのシェルクの監視が行き届かない場所があった。

 それが…。

「いつもいつも、宝条を途中で見失っていたのでどうしてか疑問だったんですけど、まさか別棟だったとはね」

 リーブは臍を噛んだ。
 まさか、別棟の地下に実験室を作り上げていたとは思いもしなかった。
 宝条はシェルクの能力を知っている。
 詳しくは知らないかもしれないが、彼女がコンピューター内部に精神を飛ばし、情報を得ることは知っているので、ハッキング能力の『人型バージョン』くらいの認識はあるはずだ。
 そのシェルクに見張られていることを勘付きながら、大胆にも別棟の地下に己の研究室を作り上げ、日々、黒い野望に熱を込めていたとは、大胆不遜にもほどがある。
 まさに神羅は、その足下に爆弾を踏んづけた状態で長年、その巨大な身体をのさばらせていたのだ。

 センシティブ・ネット・ダイブを駆使したシェルクがオフ状態にされていた各種の対テロ組織用として準備していたコンピューターの動力をオンに切り替え、精一杯の防御策を講じている間に、リーブたちはツォンや数人の兵士を護衛につけたルーファウスを一番に脱出させた。
 常に動力がオンになっているはずの対テロ対策用の防御策がオフになっているなど、どう考えても宝条の仕業でしかない。
 苛立ち、焦燥感に駆られながらもシェルクは実に良くやってくれた。
 そして、彼女が出来た時間稼ぎはルーファウスを脱出させるところまでだった…。

 エレベーターが到着していないのにエレベーターのドアが開いたかと思うと、なだれ込むように突入してきた黒いボディースーツの兵士たち。
 首から上をフルフェイスのマスクですっぽり覆っているためどんな顔立ちをしているのかさっぱり分からない。
 そればかりでなく、黒いカラーのゴーグルであるため瞳の色すら判然としない。
 もしも、瞳の色だけでも見ることが出来たら、あるいは緊急警報によって隊を組んだ神羅兵たちは迷わず発砲したかもしれない。
 だが一目見ただけで異様としか言い様のないその集団に、神羅兵たちは一瞬、驚き戸惑った。
 その僅か瞬きほどの一瞬でどれほどの被害が出たことだろう?
 敵はカケラほどの迷いも躊躇いもなく、手にしていた銃を一斉に連射した。
 その攻撃で最前線の配置についていた神羅兵が全員死んだ。
 床に転がる遺体を踏みつけ、銃を撃ち、弾切れになるとただのモノと化した連射銃で兵士の横っ面を張り飛ばす。
 使い物にならなくなった銃を放り出し、背に追っていた大剣を抜き放って兵たちを斬り殺す。
 それはまさに、”死神”の集団だった。

 アバランチが飛び込んだのは、まさにその激戦真っ只中だった。



『私たちが戻るのを待たずに今すぐ神羅ビルへ向かって』



 クラウドとザックスが突然飛び出した後。
 時を移さずそう言い残したエアリスはヴィンセントと共に夜のスラムへ消えてしまった。
 詳しい説明は一言もなかった。
 ザックスは、神羅内にいる反・神羅を胸に掲げる同志達がアバランチと共に内外で呼応し、打倒神羅を旗印に準備中だと言っていた。
 そのためにアバランチが勢いだけで神羅へ突入するのを引きとめ、予定時刻まで待つよう言い残したのだ。
 エアリスはそれとは真逆のことを言った。
 普通なら、ここで悩むだろう。
 悩み、戸惑いながらも確実な情報を選び、行動するはずだ。
 だが、ザックスがもたらした『神羅内にいる反・神羅の意思を持つ同志との呼応』よりもエアリスの言葉に従う道を選んだ。
 ザックスとエアリス。
 2人の言(げん)のどちらにも力があった。
 しかし、やはり共に行動していた時間が長かったことと、『セトラの力』をアバランチは重視した。
 そうして、予定時刻より2時間ほども早く敵の本拠地に到着したのだが、まさかこんなことになっているとは思いもしなかった。

 つい3週間前にすぎないのだ、この巨大ビルへ潜入したのは。
 それなのにこれは一体どういうことなのだろう。
 敵の本拠地で異変が起きていると気づいたのは、神羅ビルへ続く道を闇夜に紛れて進む過程でのことだ。
 まだその入り口からは遠いというのに、煌々とした光りは巨大組織の象徴とも言えるビルを夜の闇に浮かび上がらせ、世界へ圧倒的な存在感を与えて聳(そび)え立つ。
 3週間前に見た光景そのものだというのに、その時には無かった張り詰めた緊張感が神羅ビル一帯に漂い、殺伐とした空気が支配していた。

 それはまさに戦場の空気。
 アバランチメンバーは戦慄した。
 行方知れずとなったティファと神羅ビル内で遭遇した、というザックスの言葉が蘇る。
 この立ち込める物々しい様はそっくりそのままティファの身の危険を意味するものでしかない
 神羅ビル内から響く怒号と悲鳴、銃声と小さな爆発音を前にアバランチは驚き、言葉をなくしたが呆然と我を見失うことは無かった。
 攫われた仲間の安否を思い、強い焦燥感に駆られ、後先考えずに神羅ビルへ突入した。
 そうして、アバランチメンバーは夢想だにしなかった大混戦の真っ只中に不本意な形で飛び込み、あっという間に散り散りになってしまった…。
 そして、今。
 散り散りになったアバランチメンバーの1人、ユフィ・キサラギは神羅幹部の1人、リーブと科学班の1人、シャルアと共に倒れた棚に身を潜めていた。
 第三会議室であるこの部屋には当然、大きなデスクや椅子がある。
 椅子では敵の攻撃に対して身を守る盾にはなりようがないものの、倒したデスクは役に立っていた。
 神羅の威光を現すかのような重厚なそのデスクで作ったバリケードは、会議室に押し寄せている敵を迎え撃つのにうってつけで、その急ごしらえの盾の隙間から幾人もの神羅兵が銃口を突き出し、迎撃している。


「しっかし、なんだってこんなことになってんだよ。神羅内部に反・神羅組織があるってザックスから聞いてたけど、これはちょっとやりすぎじゃない?てか、やり方とかタイミングとか間違ってるっしょ?」
「私たちが仕掛けたわけじゃない」

 イライラとまさに天を仰がんばかりのユフィに、今度はシャルアが突っ込んだ。
 思わず伏せていた上体を少し上げ、分かってるよ!と、噛み付いたユフィの頭上を弾丸が数発通過する。
 慌てて再び身を伏せたユフィは、ソッと物陰から様子を窺った。
 直後、兵士の悲鳴が響き連射銃の音が1つ消え、後方に控えているユフィたちの方へ吹っ飛んできた。
 何も考えず、半ば本能でリーブ、シャルア、ユフィは潜んでいた物陰から飛び出した。
 周りを固めていた神羅兵たちも慌てて飛び出す。
 飛び出しざまリーブとシャルアは身を捻り、迫る敵の多さに背筋が凍る思いに襲われながらも動きを止めなることはなかった。

 振り返りざま、構えた銃を発砲する。

 しかし、期待していなかったとは言え、打ち込んだ銃弾は実に呆気なく抜き身の白刃によって遮られ、敵の意識を引きつけただけで終わってしまった。
 力量の差を見せ付けられた事実をどう受け止めればいいのだろう?
 だが、呆然とする間もなく今度はユフィが群がる敵へ攻撃を仕掛けた。
 放つ巨大手裏剣は持ち主の意図通りに軌跡を描き、敵の手から次々武器を奪う。
 それは見るものの目を引き付けずにはいられないほどの神技。
 いつもなら『へっへ~ん。どんなもんよ』と得意げになるであろうウータイの忍はだがしかし、
「ほらほら、ボーっとしてないで走る走る!」
 己の腕前を自慢することなど全くなく、逆に足の動きが遅くなりかけているリーブとシャルアを急かし立てた。

「いやぁ、噂には聞いていましたが見事なものですね、ウータイの忍の力は」
「ふんっ。当然だっつうの」
「その調子で、あの人たちを何とか出来ませんかね?」

 あの人たち、と指すのが背後から猛然と追ってくる『なにか』で、それが『敵』だということは見なくても分かる。

「それが出来たら神羅なんか今頃コテンパンにのしてるっつうの!」
 と、勢い良く返しながら、ユフィの頭は神羅ビルに突入してからはぐれてしまった仲間のことや、神羅へ拉致されたというティファの身を案じる思いで一杯だった。
 大混戦の戦局に流されいつの間にかリーブと同行する形になっていたユフィが、リーブが神羅幹部であり、ザックスの言っていた”神羅内の同志”だと知ったのは実はつい先ほどのことだ。

 人間VS人間らしからぬもの

 その争いにモロ巻き込まれたら、誰だって『人間』側につくし、落ち着いたらさっさと物騒な事態から遠ざかるだろう。
 なにより憎い敵が明らかに『正体不明の人間の敵』と戦っているのだ、勝手に潰し合ってくれと言いたくなる。

 もしもリーブが「アバランチの方ですね」と声をかけなかったら、スタコラと戦局を抜け出し、傷つき倒れる神羅兵を横目にほんの少しの痛みを感じながらティファを探しに行ったかもしれない。
 リーブがザックスの言っていた仲間だと知ったユフィは飛びつかんばかりの勢いでティファの行方を訊ねた。
 しかし、リーブはティファの行方を知らなかった。
 ユフィは彼の答えに一瞬『役立たず!』と思ったものの、すぐに思い直した。
 自分たちこそ予定の時間より2時間以上も早く着いた上、未曾有の事態に巻き込まれていた神羅のこの状況。
 ティファの行方を調べ、その身柄を保護することが出来なかったのは致し方ないと言わざるを得ない。
 だがしかし、それを認めてしまうにはあまりに悔しすぎる。
 だから、苛立ちながら
「それにしても、なんだってあんな気色悪いのがウジャウジャいるんだよ!」
 と、関係のないことを怒鳴って怒りと不安を発散させようとする。
 銃声と悲鳴、怒号が飛び交うだだっ広い廊下を走りながら叫ぶユフィの目の前で、援護射撃をしていた神羅兵がよろめいた。
 ユフィは躊躇うことなく通り過ぎざまその襟首を引っつかむ。
 体格の良い大人の男を引っつかんだため、少しバランスが崩れるが踏ん張ることに成功し、ユフィはそのままその神羅兵に肩を貸しつつ腰のベルトへ手を走らせると躊躇うことなく手首を翻した。
 低い呻き声を上げて何かが倒れる音がする。
 振り返って敵を倒したことを確認することなくユフィはひた走った。
 神羅兵に肩を貸しながら、その身体に回した腕と手がヌルリと濡れた感触を意識しないようにする。
 ふらつく兵士の足があっという間に重くなり、諸共に転倒しそうになるがその直前に先を走っていたリーブが舞い戻って手を貸した。
 そのまま無駄口を叩く余裕もなく2人はひた走る。
 リーブの耳にねじ込んでいたハンドレスの携帯からシェルクの声が響いたのは、目の前の廊下の天井から突然、分厚いガラスの壁が降りてくるのが見えたときだ。
 多数の敵に追われている神羅側をとりあえず保護するためのいわゆる障壁だ。
 防弾ガラスのそれは、戦車でも引っ張り出さないと突破が出来ないという優れものらしい。
 これも対テロ組織用に講じられていたものだ。

「ユフィ!急いで!!」
「わ~ってるよぉ!!」

 呼び捨てにされたことにも気づかずユフィはリーブと呼吸を合わせ、その下りる壁目掛けて突進した。
 2人で担いでいた兵士を先に押し込む。
 下りる壁に沿うようにしてずらりと並ぶ神羅兵たちが援護射撃を行いつつ、押し込まれた同胞を引っ張り込んだ。
 間髪いれず、リーブが、そしてユフィが下りるガラスの壁ギリギリに滑り込むと、重い音と共に壁が完全に下り、正体不明の”死神集団”と人間の間を分け隔てた。
 シェルクが機転を利かせてくれた防弾ガラスのお陰でようやくリーブたちはほんの少しだけだが息をつく。
 身を起こすと防弾ガラスに阻まれている敵へと視線を向ける。
 ガラス製なので向こう側がクリアに見えるのだが…。

 ガンッ…ガンッ!と、敵がガラス壁に向かってソードを振り下ろし、銃で殴る。
 分厚い分厚い防弾ガラスの壁に対し、その行為は無謀でしかない…はずだ。
 だが誰も嗤わない。
 無言でガンガン叩き、攻撃する敵の姿は異様過ぎてゾッとする。
 神羅兵たちの中には嘲笑しようとして失敗し、口元を引き攣らせる者もいた。
 しかし大半は、安全となったはずなのに恐怖に雁字搦めとなり、敵の異様な行動から目をそらす余裕を失っていた。

「さぁ!今のうちに逃げますよ!!」

 その膠着した空気を破ったのはリーブだった。
 手を打ち鳴らし、中途半端に糸の切れた緊張感を程よく引き締める。

「ちょ…ちょっと待って!」

 神羅兵たちが迅速に行動に移る中、ユフィは慌ててリーブの服の裾を引っ張った。

「アタシたちはティファを探しに…」
「分かっています」

 最後まで言わせず、リーブはフッと視線を逸らした。
 それは、他の人なら特に違和感を感じないほどのさりげない仕草だったのだが、ユフィの神経には引っかかった。
 眉をひそめ、部下たちに指示を出すリーブの横顔を不安と共に見上げる。
 リーブはその視線を感じながら、それでもユフィの目を見ることが出来なかった。

 シェルクが言っていた『スカーレットの部屋から飛び出した”死神”』。
 それが、ティファである可能性が非常に高いなどと一体どう説明しろというのだろう?

 しかし、先延ばしになど出来ないことくらい分かってもいるリーブは、相応しい説明の言葉を見つけ出せないまま、ひとまずは正体不明の敵の集団の足止めが成功している今の間に部下たちを引き連れ、危険地区から遠ざかる道を選んだのだった。


 *


 バレットは自慢の義手をフル稼働させながら活路を切り開いた。
 背後に続くのは仲間たちだけではなく、流れで守ることになってしまった神羅の一般兵たちもいる。
 しかし、そこはあくまで『ついで』だ。
 バレットを強くしているのは仲間たちを絶対に死なせないという思いただ1つ。
 ビッグス、ウェッジ、ジェシー、そしてエルダスはそんなバレットに続きながら群がる敵たちと善戦していた。
 しかし、どっぷり戦いにはまり込むようなことにならないよう細心の注意を払うことは忘れない。
 自分たちの今回の突入は、『打倒神羅』も勿論あるがそれ以上に『ティファの救出』なのだから。
 打倒神羅は、この大混乱の状態を見れば既に果たされていると考えて良いと思えた。
 となると、自分たちが力を入れるべきは『ティファの救出』だ。
 このままだと確実にこの大混戦によってティファは大変なことになってしまう。

「くっそ!どこだ、独房はよ!!」
「確か、ナナキが捕まったのはもう少し上の階じゃなかったっけ?」

 苛立ちながら義手をぶっ放すバレットに、ジェシーが大声を張り上げた。
 大声でなければ周りの轟音にかき消されてしまう。
 くっつくような形で周りにいる神羅兵に聞くことも考えたのだが、とりあえずは群がり押し寄せる人間とは思えない敵を排除する方が先だ。
 しかし、敵の数は一向に減る様子がらない。
 濛々と埃を舞い上げながらバレットたちはひた走った。
 目指すはナナキが捕まっていた独房だ。
 位置的には分かっているのだが、自分たちが今、何階にいるのかが分からない。
 それほどまでに状況は混乱し、階を確かめることが難しかった。
 どれほど走っただろう?途中、何度も階段を上り、フロアーに出て敵と交戦を繰り返す。

「おいっ!今、どのあたりだ!?」

 廊下を曲がったところで壁に身を寄せ、追ってくる敵を迎撃しながらバレットががなる。

「今、66階だからあと1階だ」

 答えたエルダスは、教えてくれた神羅兵から銃の弾をもらい、自身のものに装填している。
 神羅兵と肩を並べて追ってくる敵たちに攻撃するエルダスを見て、バレットは攻撃を続けたまま仲間たちへ視線をサッと走らせた。
 ビッグスも、ジェシーも、ウェッジも、この場にいる全員がエルダスと同じように敵だったはずの神羅兵と共に戦っている。
 それがとても不思議なものに感じられた。
 それはもしかしたら、一種の感傷のようなものだったのかもしれない。
 敵と味方。
 そのどちらかしかあり得なかった互いの存在が、違うものに変化しようとしている予兆だったのかもしれない。
 しかし、それを突き詰めて考えられるだけの余裕はなく、あっという間にそれらの感情はバレットの中で遠くなった。

 倒しても倒してもキリがなかった敵の波が突然切れたのはそのときだ。
 ハッと気がついたとき、自分たちの方へ何かが放り投げられた。

「爆弾だ!!」

 バレットの怒鳴り声を聞くまでもなく、仲間と神羅兵たちが恐怖に顔を引き攣らせながら身を翻して数歩走り、床に身を投げた。
 バレットもそれに倣った直後、閃光と轟音、衝撃が辺り一帯に襲い掛かった。






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