その男は、巨大な組織の幹部という地位にありながら、常に心は憂いで満ちていた。
 汲みしている組織が購い難い過ちを犯していると知っているからだ。
 だから彼は、胸を掻き裂かんばかりの怒りと悲しみ、己への不甲斐なさに身悶えながら、歯を食いしばって巨大組織の幹部という地位に甘んじていた。
 いつの日か、この腐った組織を打倒せんと立ち上がった者たちと呼応し、内部から破壊をもたらせるために。

 仲間を探し、力を蓄え、彼は時が満ちるのを待っていた。

 その待っていた瞬間はもうそこまで来ていると、確信しながら…。





Fantastic story of fantasy 4






 任務の次の日はいつも最悪だった。
 意識が覚醒へ向かうとき、ねっとりと纏わり付くような眠気とだるさは底なし沼に意識を引きずり込もうとするかのようで、時には吐き気を催すほどの不快感がいつも手ぐすねを引いて待っていたからだ。
 その中でも今日は最低最悪だ…とクラウドは思った。
 振り払っても振り払っても、胸の奥底からギリギリと締め付けるような圧迫感が競り上がってくるのだ。

 苦しくて仕方ない。
 全身の神経が引っかかれる感覚に頭の中が沸騰しそうだ。
 胸を掻き毟りながら大声で叫び、手当たり次第に破壊して回りたい。
 叫んで、暴れて、自分という存在をズタボロにして引き裂いてしまいたい。
 そしてこんなところを飛び出して、早く早く!
 早く…!

(………早く?…なんだ?)

 何を考えたのだろう、とドロリとした意識の中、首を捻る。
 こんな気持ちは一度としてなかった。


 低く呻きながら目を開けると、ベッド横のローテーブル上で時計が無情にも昼近くを示していた。

 サイアクだ。

 心の中で己の不調を罵りながらゴロリ、と寝返りを打つ。
 そうして、ふと疑問に思った。
 何故、こんな時間まで寝ていられたのか…と。
 いつもなら、笑い声のやかましい女がキーキーと部下をけしかけて起こしに来るというのに。

 もう一度だるい身体に鞭打って寝返りをする。
 格子のはまった窓から人工的ではない自然の光が鈍く差し込んでいる。
 遮光カーテンのないその窓をぼんやりと曇った目で見つめていると、突然、脳裏に昨夜のことが蘇った。

 怒りと憎しみに彩られた瞳。
 憎悪に歪んだ顔。
 そして、恐怖と驚愕に引き攣った顔、顔、顔…。

 そんなもの、彼はもう見慣れていた。
 憎まれている?
 怖れられている?
 それが一体なんだというのだ。
 彼らは弱い。
 弱いくせに戦いを挑んでくる。
 戦いを挑んできたから攻撃した。
 ただそれだけだ。
 傷つきたくなければ…、死にたくなければ、はむかってこなければいいだけの話。
 弱者は大人しく強者の言う事を聞いていればいい。
 確かに、理不尽なことを要求されることもあるだろう。
 だが、理不尽なことばかりが横行しているわけではない。
 強者とて、弱者がいなければ自分たちの満足いく生活が営めないのだから、ある程度は大切に扱っている。
 それを、弱いくせに不平不満を並べたて、世界の”敵”として刃を向けてくる。
 弱いくせに戦いを挑むなど愚か者以外の何ものでもなく、そんな愚者にかける情けなどこの世に存在しない。
 所詮、”生の世界”は弱肉強食なのだから。
 そういうものなのだ、世の中は。
 複雑なようで実はとても単純。
 強い奴が弱い者の上に立つ。
 力があれば、どんな人間でも人を従えることが出来る。

 彼はそう信じていたし、実際そう言う世界で生きていた。
 だから、昨夜の反・神羅組織が攻めてきたときも、特段なんの感慨も気負いもなく、刃を向けることにカケラほども抵抗はなかった。


 それなのに。


 廊下の照明を受け、艶やかな光沢を放つ黒い髪。
 自分を真正面から睨み据える大きな鳶色(とびいろ)の瞳。
 スッ…と通った鼻筋、固く結ばれた美しい唇。
 細い首、めりはりのあるしなやかな身体。

 彼女の繰り出してきた技はどれも目を見張るものばかりだったが、それ以上に彼女を見ているとこれまで感じたことのない何かを感じた。
 なんと言うか。

 やっと…。
 …やっと?

 一体なんだというのだろう?
 自分自身で感じたことだというのに、それを深く追求することは出来なかった。
 意識はすぐ、目前の敵を打破することのみに引きずられたからだ。
 余計なことを考えることは自分には許されていない。
 何故なら、目の前の敵を排除するためだけにここにいるのだから。
 己の本分を果たすために全力を尽くす。
 相手が女であろうが、幼子であろうが、敵として目の前に立ったならば完膚なきまでに叩き潰す。
 二度と立ち上がれないように。

 その任務を完遂しようとしただけ。
 ただそれだけ。

 それなのに…。

 あの瞬間。
 女の首を切り落とそうとしたあの刹那。
 自分のものではないかのように身体全部が拒否をした。
 頭と胸、腕と足…、全部が己の意思に全身全霊で抗った。
 ハッとしたときには、武器は狙っていた女の首ではなく、横腹を切り裂いていた。
 自分に起こった信じ難い現象への驚愕は、彼女の白い肌が真っ赤に染まるのを見た瞬間、呼吸が止まるほどの衝撃へと塗り替えられた。

 だが、それもすぐに非常に不確かで曖昧なものへと変貌した。

 己という存在の全てを包み込み、覆い隠してしまうような甘い甘い香りが唐突に彼の意識を支配したのだ。
 それはいつも任務の後に施されるメンタルケアの時に焚かれる芳しい香り。
 実際に香りがしたのではなく、脳が思い出した現象だ。
 気持ちが揺れた時はいつも、甘い香りが記憶の狭間から唐突に呼び覚まされ、波立つ感情を宥めてくれる。
 その後は、任務を遂行することだけを考えられるようになるのだ。

 そこまで思い出して、彼は、あぁ…そう言えば…、とゆっくり身体を起こした。

 どうして、この部屋にいるんだろう、という疑問が持ち上がる。
 いつもなら任務の後、疲れた心身を癒すためにメンタルケアを施してもらって自室に戻っているはずなのに。

 そのことを思い出した途端、激しい渇望が彼を支配した。
 昨夜の任務の最中に感じた驚愕の正体も、彼女の鳶色の瞳も、切り裂く直前に彼女が見せた”あのときの顔”も、全てを押し流し、渇望だけが猛りを上げて支配する。

 昨日のメンタルケアだけでは明らかに不足している。
 もう一度、スカーレット女史にメンタルケアをしてもらわなくては。

 重だるい身体と鈍く痛む頭を抱えながらベッドから降りる。
 降りて気づいた。
 この部屋が誰の部屋なのかということに。
 ここは…。

「よぉ、起きたか?」
「…ザックス…」

 ベッドからよろよろ立ち上がったタイミングで部屋のドアが開き、黒髪の青年がにこやかに入ってきた。
 手には食事が乗った盆。
 鼻腔をくすぐる食べ物の匂いに彼は思わず顔を顰めた。

「そんな顔すんなよ、クラウド。しっかり食べないと大きくなれないぞ〜?」
「……食欲ないんだ。下げてくれ」

 明るくからかうザックスに、素っ気無く顔を背ける。
 まぁまぁ、そう言うな。と、軽く返して取り合わない男に、クラウドは神経を逆撫でされる。

 匂いだけでこんなに胸が悪くなるのに食べれるはずがない。

 任務の後はいつも不調になる。
 普段からそんなに食欲がある方ではないが、任務後の場合はとても食べらる状態ではない。
 それなのに、この男はこうして嫌がらせのように毎回毎回食事を運んで来る。
 自分が求めているのはこんなものじゃないと知っているくせに…だ。
 欲しいのはこんなものではなく、もっと芳しい、己を解放してくれるあの香り…。

「おい、どこ行くんだ?」

 入り口近くにいるザックスを避けて部屋から出ようとすると、案の定邪魔するように真正面へ回りこまれる。
 クラウドは軽く苛立ち目を伏せたまま、「別にどこでも良いだろ?」と呟くように答えた。
 出来るなら、あまり話したくなかった。
 いや、話したくない…というよりも、話す必要がないのに話しをする意味が分からない、と言ったほうがより正確だろうか…。

 そんなクラウドの気持ちなどお構いなしに、ザックスは「まぁまぁ、そんなつれないこと言うなって」と言いながら、片腕でクラウドの肩を抱きこむと、やや強引にベッドへと押し戻した。
 具合の悪い状態でザックスに勝てるはずがないクラウドは、されるがままにベッドへ腰掛けた。
 ザックスはベッド脇のローテーブルに盆を置くと、自身はクラウドの真正面に位置するところへ椅子を置いて腰を下ろした。

「ほら、一緒に食おうぜ」
「……」
「遠慮すんな。冷めると不味いぞ?」

 気分が悪いクラウドとは対照的に、実に爽やかな笑顔で皿を突き出す。
 クラウドはそっぽを向いたまま小さく嘆息した。
 それを、何故かザックスは嬉しそうに小さく笑って見つめる。

「…なにがそんなに楽しいんだ…?」
「あぁ、まあな」

 不機嫌を晒すようにしてふと沸いた疑問をもらすと、ザックスは気を悪くするどころか逆にますます嬉しそうに破顔した。
 そうしてザックスはご機嫌な笑みを浮かべ、今度はパンを一口大にちぎって口元へ差し出した。
 パン独特の酵母の匂いに反応し、思わず胃の腑からこみ上げてくるものに慌てて片手で口を覆い、大きく顔を背ける。

「頼むから…それを下げてくれ」

 吐き気と戦いながら口で大きく息をする。
 うっかり鼻で呼吸をして食事の匂いをまともに嗅いだりしたら、今度こそザックスのベッドを汚してしまうだろう。
 しかし、ザックスは盆を片付るどころか水の入ったグラスを差し出した。

「クラウド、飲め」
「……」

 水一滴ですら今は口にしたくないクラウドは逃げるように腰を浮かせた。
 しかし、今度はザックスも引かない。
 クラウドの肩に手を置き、ズイッ!とグラスを突き出す。

 ある意味、気分の悪い人間に無理強いして何か口にさせるなど、最低な人間と思われるが、勧めるザックスの顔はいつの間にやら満面の笑みから真剣そのものへと変わっている。

「クラウド、吐いてもかまわないから」

 眉間にしわを寄せて睨み上げるが、親友と称する男は真摯な眼差しで真っ直ぐ見つめ返すばかりだった。
 こうなったら、この男が絶対に引かないことをクラウドはこれまでの付き合いでイヤというほど知っている。

 諦めて差し出されたグラスを受け取ると、溜め息を1つこぼして口に含んだ。

 冷たい水の感触が口腔を満たし、次いで喉を通って身体の中へと染み渡る。
 途端。
 堪えきれないものが胃の奥から競りあがってきた。
 眉間にギュッとしわを寄せ、大きく前のめりになったクラウドに、すかさずザックスがゴミ箱を口にあてがう。

 それから何度か胃の収縮を繰り返す間、ザックスはずっと背をさすってやっていたが、ようやっと落ち着いてクラウドが顔を上げると、今度は濡れたタオルでそっと額と首筋を拭ってやった。
 どうやら、食事の盆の上にちゃんと用意をしていたらしい。

「どうだ?少しはラクになったか?」
「………あぁ……」
「そっか。良かった」

 真っ青な顔をしながらも、問いかけに答えてくれたことが嬉しかったのか、ザックスはにっかり笑った。
 額に浮かんだ冷や汗を濡れタオルで拭ってやりながら、
「俺の経験から言うと、任務後のこういう時は吐いた方がよっぽど良いんだ。あの香りを嗅ぐのは悪循環だからな…って、何度目だろうな、これ言うの」
 そう言って、ぼんやりとした目を向けてくるクラウドの頭をくしゃくしゃと撫でた。
 グッタリ疲れきっているクラウドは、されるがままだ。
 だが、確かにザックスの言う通り、嘔吐するまでと今とでは、気分が随分違うことに気がついた。

 そう…気がついたのだ。
 今まで、何度かこういう風に無理やり何かを口にさせらたことがあることは覚えている。
 それなのに…。

「どうした?」
「……ザックス…」
「ん?」
「俺は…今までにもあったのか…?」
「なにが?」

 小首を傾げるザックスに、クラウドは判然としない顔つきで口を開いた。

「これまでにも…こうしてアンタの前で吐いたことがあるのか?」

 クラウドにとって、その疑問はさほど大した意味はなかった。
 ザックスは『何度言っただろう』と今、言った。
 しかし、自分は覚えていない。
 言われたことも、これまで無理やりなにかを食べさせられたりした後のこともまるっきり。
 覚えていないから聞いただけだ。
 だが、ザックスにとっては大した意味があったらしい。

「クラウド…お前…」

 目を見開き、震える声でそう言ったきり言葉を失ってしまったかのように口を閉ざした。
 よほど、酷いことを言ったのだろうか?と、ほんの少し申し訳ない気持ちになる。
 そんな気持ちになったことに内心、軽く驚いたりもしてしたのだが、クラウドは黙っていた。
 なんと言葉にして良いのか分からないし、まだ頭の中はぼんやりと霧に覆われているような感覚が抜けないので、とにかく深く考えるのが面倒だった。
 もうあと少しで今よりも若干、すっきりとモノが見えるようになる気がしないでもないが、そうなったからと言って、だからどうなるわけでもないはずだ。
 ならば、これ以上追求する必要はないだろうと判断する。

「悪い、忘れてくれ」

 よく分からないが自分の発言にショックを受けたらしいザックスにとりあえずそう言ってみる。
 すると、ますます親友は驚いた顔をした。
 流石になんというか…面白くない気がしないでもないが、それに対してブツブツ言うことすらも全部面倒だった。
 だから、意味は分からないが固まっているザックスをそのまま捨て置いて、自身はさっさと自室に戻ろうと腰を上げたが、次の瞬間、頭をぐしゃぐしゃと撫でられて面食らった。
 首がガクガクと揺さぶられ、目を白黒させていると唐突にザックスはその手を止めた。
 何がしたいんだ?と目を向けると、親友は優しく目を細めて微笑んでいた。

 その微笑に、胸の奥底がざわり…と波立った。

 親友のこの笑顔をどこかで見たことがある。
 しかし、どこだったのか…いつだったのか思い出せない。
 手繰り寄せようとする記憶は、濃霧の遥か向こうで鎮座しており、姿を現してくれそうにはなかった。

「クラウド」

 名を呼び、ザックスはグラスを差し出した。
 たった今、嘔吐した人間にまた水を差し出すのはどうなんだろう?と思わないでもなかったが、あまりにもその声と眼差しが優しかったから、クラウドはついつい手を伸ばす。
 受け取ったグラスはひんやりと冷たく、飲むのに最適と思えた。
 気分は…もう悪くない。
 今なら飲んでも大丈夫な気がした。

 少しの躊躇いの後、ゆっくりと水を口に含む。
 先ほどと同じように、口腔を冷たい感触が満たし、喉を通って体へ染み渡る。

 クラウドは小さく息を吐き出した。

「どうだ?」

 優しい声音で訊ねられ、クラウドは己の身体の反応を待った。
 先ほどとは打って変わり、どことなく清々しいものを感じている。

「……あぁ…大丈夫だ」

 そう言いながら、もう一口、口に運んだ。
 ゆっくり飲み下し、息をつき、また口に含む。
 そうしてクラウドはとうとう、グラス一杯の水を全て飲み干した。

 空になったグラスを不思議な面持ちで見つめていると、ザックスの手がそっとそれを取り、ポンポンと頭を軽く叩かれた。
 まるで小さい子供を褒めるているかのような仕草に、不思議な感覚がぼんやりと頭をもたげる。
 しかし、やはり確かな言葉となるような感情には至らず、霞んで消えた…。

 ザックスは「そうか…」と、一言呟くように言ったのがなんとなく聞こえた気がしたが、ハッと気がついた時にはその親友の手によってベッドに横たわらされていた。
 何の冗談だ?と訝しげに寝転んだまま見上げると、親友はまだ優しい顔で微笑んでいた。

「お前はもう少し寝てろ。今日スカーレット女史はコレル跡地へ出張してていないからな。今日、明日、明後日と最低3日間」
 あの女のキャハハハハって笑い声を聞かずに済むのはラッキーだよなぁ。

 最後の台詞でようやっと日頃から見せている茶目っ気のある笑顔になる。
 クラウドは「だが…」と身体を起こそうとしたが、ザックスは金糸の髪に指をうずめるようにして頭を押しやった。

「こら。お前はもう少し休む。昨日、めっちゃ頑張ったからな」

 途端、脳裏に昨夜の女の姿が蘇った。
 先ほど、夢うつつの狭間で思い出していたものよりもずっと鮮明に。
 しかし、生来”無表情”と呼ばれていたためだろうか、動揺を親友に悟られずに済んだらしい。
 ザックスは表情を変えずに言葉を続けた。

「あの女がいない間、しっかり羽を休めておけ。でないと、今度こそ壊れちまうかもしれないだろ」
「…壊れる?なにがだ…?」

 ザックスは笑みを消して真顔になると、少し迷ったようだったが結局、首を軽く横に振った。
 訝しげな顔をするクラウドに、「そうそう」と、とってつけたような明るい口調で口を開く。

「俺、今から出かけるから気にしないでしっかり寝てろ。お前の部屋は暫く出入り禁止な」
「…?」
「折角だから、鬼のいぬ間になんとやら〜って奴さ」
「…意味が分からん」
「まぁまぁ、楽しみにしてろ」

 ベッドの中で首を捻るクラウドに、青年は冷めてしまった食事を盆に乗せて持ち、「それじゃあ行って来る」と、ヒラヒラ手を振り、出て行った。

 ポツン…と1人取り残され、暫らくドアをじっと見つめていたが、やがて枕に頭を休めた。
 確かに、スカーレット女史がいないなら、暫くのんびりしても問題はない。
 仮に、この星に多数存在するどこかの反・神羅組織が攻めてきたとしても、一般兵やスカーレット女史以外の科学者の”死神”が出動するだけの話だ。

 のんびりする、と決めた途端、また睡魔が襲ってきた。
 ゆるゆると目を閉じると、瞼の裏に昨夜の女の顔がまたしても浮かび上がってきた。
 ザックスとのやり取りで忘れていたのに、先ほどよりもうんと鮮明に蘇る。

 バスターソードが女を切り裂くその直前、鳶色の瞳が大きく大きく見開かれた。
 切り裂かれると知ったから大きく見開かれたわけではない、と直感で分かった。
 もっと違うことであの女は驚いていた。
 驚いて、信じられないと言わんばかりだったあの表情。
 その直後、斬られた痛みによって苦痛に歪んだ白い顔。
 その全てに、胸の奥底が鈍い痛みを疼かせる。


 なんだ……これ…?


 強烈な睡魔に抗えず、目を閉じたまま胸の奥深い場所の痛みに戸惑う。
 戸惑いながら、底なし沼に引きずり込まれるようにクラウドは深い眠りに落ちていった。
 完全に眠りに落ちる直前、大量に出血しているせいで血の気を失った女が、震える手を懸命に伸ばし、自分の名を呼ぶ姿が蘇って…。

 黒いベールの向こうへと消えていった…。


 *


 ミッドガルに花は咲かない。
 それはミッドガルに住んでいる者なら誰でも知っていることだった。
 だが、その事実を例外としてしまう場所が一箇所だけあり、それを知る人は極々一握りだった。
 今、その唯一の場所にザックスはいた。
 崩れた屋根から燦々と陽の光が差し込み、白や黄色の花々を照らすその様は、人工物で支配されたような街であるミッドガルに深い憐憫の情を寄せているかのようだ。

 サクリ、と土と草を踏む音が耳に届く。
 閉じていた目をゆっくり開けると、ザックスは背後に近寄ってきたその人へ振り返ることなく、
「ここはいつ来ても、花がいっぱいだな」
 と、静かに話しかけた。
 話しかけられたその人は、特に驚いた様子もなく、
「そうでしょ?この子たち、見た目は儚いのにとっても強いの」
 そう言って、当然のようにザックスの隣に腰掛けた。

「久しぶりだな、元気だったか?エアリス」

 にっかり笑ったザックスに、エアリスは花開くような微笑を浮かべた。






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