赤い照明が明滅するビル内は、まるで別世界に放り込まれたかのような異様さで満ちている。 見慣れたはずのビル内がガラリとその風貌を豹変させ、まるで全く別のものかのように装っていた。 不安と恐怖、混乱と焦りを煽る赤い光の明滅は、逃げ惑う神羅の人間たちの上に濃い陰影を落とす。 そして、その逃げ惑う神羅の人間たちを突然、降って沸いたかのような漆黒のボディースーツを着た軍団が執拗に追いまわし、感情のカケラも見せない残虐な行為を容赦なく浴びせかけていた。 彼らにはおよそ意思と言うものが感じられず、動くモノに片っ端から攻撃しているようにしか見えなかった。 そんな無差別的に非道な真似をする黒い群れは、しかしある少数のグループのみ意思を持つモノのような動きを見せていた。 それは、神羅ビル内で最も奥まった一角。 黒い死神たちは武器を振り上げ、ガォンッ…、ガォンッ!と、目の前の壁を打ち叩いている。 重い打撃音を鳴り響かせる攻撃は、あまりにも強く、激しく、音の振動が空気を震わせ、身体へ微かな圧迫感を与えるほどだ。 それは、壁の向こうへ獲物を定めているに他ならない明確な意思での攻撃。 しかし、死神たちが打ち壊そうとしているのはただの『突き当たりの壁』。 向こう側には何もない。 何も無い…、ようにしか見えないが、実はその奥には神羅一の情報処理室、いわゆる”監視ルーム本部”があった。 まさに、神羅の心臓とも言える非常に重要な部屋。 そこへ黒い死神たちは突入しようとしている。 その壁の向こうに”監視ルーム本部”があるということを知っているのは、神羅でも一握りの人間であるにも関わらず、黒い死神たちは正確にそれを把握していたということになる。 そして、その壁の向こう側では情報処理室を一手に担っている少女と科学者が硬い表情で覚悟を決めていた。 濃い茶色の豊かな髪を持つ女の手には護身用のハンドガン。 ショートヘアの華奢な少女の両手には細身のスピア。 武器を扱ったことがない女と、攻撃力がさほど強くない少女がどれほどの抵抗を出来ると言うのだろう? 恐らく一瞬で殺される。 しかし、無抵抗のまま殺されるつもりはない。 最期の最後まで足掻いて足掻いて…。 「ルクレツィア。最期にあなたと一緒にいられて良かったです」 「あら、ありがとう。でも、シャルアの方が良かったんじゃない?」 「…いいえ。お姉ちゃんはきっと、最期の最後まで私を守ろうとしてしまうでしょうから。私と一緒に戦うんじゃなくて。それじゃあ私、悔いが残ります」 「ふふ、なるほどね」 「でも…」 「うん?」 「あなたにはここにいて欲しくなかったとも思います」 「え?」 「きっと、現在(いま)を乗り越えたらヴィンセントと一緒に暮らせるようになったはずなんですから」 「……」 「私が逃げ遅れたせいで…ごめんなさい」 「シェルク。バカね、謝らないで?最期の最後まであなたはあなたの仕事をしたんだから」 「…ありがとう」 優しく瞳を細め、ルクレツィアが微笑む。 シェルクはおずおずと、はにかむような笑みを返した。 一瞬だけ流れた優しい時間。 しかし、2人はある異変を感じてハッと強張り、ドアの向こうへ意識を集中させた。 硬く閉ざしたドアの向こうにある防御壁。 その防御壁を打ち壊さんとする黒い死神たちの攻撃がピタリと止んでいる。 その代わり、他の音が空気を震わせ、2人の耳に飛び込んできた。 誰かが死神たちと武器を交えているのだ。 死神たちと戦っているのは敵か、味方か。 迷ったのは一瞬。 シェルクは身を翻しながらスピアを腰のベルトに引っ掛けると、センシティブ・ネット・ダイブをするべくチェアーに飛び乗った。 機械と精神を融合させ、情報処理室前で展開されている光景に目を見開く。 そうして躊躇うことなくドアと防御壁のロックを解除した。 驚くルクレツィアにシェルクは勢い良く身を起こしながら少女にしては珍しく歓喜の表情を浮かべた。 「ルクレツィア!」 名を呼んだのはシェルクではない。 その低い声が鼓膜を叩いた瞬間、全身がまるで心臓になってしまったかのように激しく打ち震えながら、ルクレツィアは振り返った。 飛び込んできた長身のその姿を目にした途端、彼以外の全てがルクレツィアの中から消える。 今が緊急事態だと言うことも。 シェルクが後ろにいるということも。 その全部が吹き飛んで、駆け寄る男に無我夢中で飛び込んだ。 しっかり回された力強い腕、寄せた胸の温もりにそれまで張り詰めていたものがプツリと切れて涙腺が緩む。 「良かった…」 掠れた低い声が耳を打ち、涙が止まらない。 小さい声で何度も彼の名を呼ぶルクレツィアをヴィンセントは力いっぱい抱きしめる。 熱い抱擁に、ヴィンセントの後ろでナナキは床に座り込んで前足で目隠しをし、シドは困ったようにボリボリとこめかみを掻いた。 「あ〜……そんな場合じゃねぇんだがなぁ…」 「すいません、もう少しだけ許してあげて下さい。数年ぶりにやっと会えたんですから」 いつの間にか傍にいた少女にシドは「あ〜…まぁいいけどよ」と、目のやり場に困ったように視線を背後へずらした。 黒いボディースーツを着た死神たちが累々と倒れている。 今すぐ起き出す気配はない。 「本当は仲間が気になるんだが…ま、もう少しだけな」 「そうだね」 ぼやくように言ったシドにナナキは同調し、シェルクは小さく微笑んだ。 Fantastic story of fantasy 32神羅の屋上はいつも風が強い。 しかし、いつも以上に強いその風の中、ビル内部の混乱とは無関係に自分たちの計画を着々と進めている者がいた。 それはルーファウスの緊急招集に応じなかった神羅グループの幹部、ハイデッカーと宝条だ。 ハイデッカーは耳障りなガハハハという品のない笑い声を上げつつ、自分たちがルーファウスを出し抜いた経緯を部下たちに自慢していた。 宝条もまた、満足そうにほくそ笑みながら手にしていた小型モニターを見つめつつ、ブツブツと呟いている。 独り言を言っているようにも見えるが、小型モニターにはマイクが内蔵されていた。 ビル内部の混沌とした様子が小型モニターに映し出されており、宝条がプレジデントを謀り、作った実験室で創り上げた最高傑作の人形たちへ直接命令を下しているのだ。 まさに、宝条の手の中で大勢の人間の命が左右されていることになる。 「これで神羅も終わりでしょう。あとはシェルクを消してしまえばこの世界を握ったも同然です」 「おうとも。あの小娘め、ワシの動向を逐一リーブへ洩らしおって!あの偽善者がいなければとっくにこの世界は軍事力を持つ我々のものになっていたというのに!」 「それにしても、ルーファウスが以外にも素早く行動を起こしたことには驚きましたねぇ。あのお坊ちゃんは父親のように軽く扱えそうにないからどうしようかと思いましたが…」 「ふんっ、所詮はひよっこ。この本社ビルを壊滅させられて尚、どうこう出来るほどの力なんぞ持ちえておらんわ!」 「それに、プレジデントがどうして死んだのか…。その真実を世界が受け入れるにはいささか無理があるでしょうからねぇ」 「英雄がプレジデントを殺害…か。『事実は小説よりも奇なり』だが、まさかセフィロスがそこまでするとはな」 「目下、セフィロスがどう出てくるか…が問題になりそうですね」 「それこそ問題にすらならん!アイツとは1度、ゆっくり殺(や)りあってみたかったのよ」 「ハイデッカー、無理ですよ、いくらあなたでも」 「無理かどうか、やってみなくては分からん!」 宝条の反応に面白くなさそうな顔をしてハイデッカーはそっぽを向いたが、闇に溶け込むようにして立つ女に気づいて眉を寄せた。 いつの間に立っていたのか…。 訝しげにジロジロと見て、「あぁ」と眉を開く。 「おい、お前の新しいおもちゃがこんなところにまで来てるみたいだが?」 粗野な言い方の軍人に宝条はヘリに乗り込もうとしていた足を止めた。 ハイデッカーの視線を追い、そこに立つ女を見てメガネの奥で目を見開く。 「おや、本当ですねぇ。どうしました?ちゃんとルーファウスの首は取ってきましたか?」 前半はただの呟き、後半は女に向けて。 微動だにしない女に、ふむ…と、自身の顎に手を添える。 「本当はまだ調整中なんですよねぇ。もっと時間をかけてゆっくりと私の忠実な人形に仕上げたいんですけど、取りあえずは私を排除しようとする邪魔なお坊ちゃまを片付けようと思ったんですが早すぎましたかね?」 「お前の趣味の悪さはワシにはどうにも理解出来ん」 「おや、その割りに今まで進んで協力してくれたじゃないですか」 「理解出来んが、やろうとしていることには大いに賛成だからこそ、こうして手伝いをしてるだけの話しだ」 不毛な会話を自分では豪快だと思っている笑い声で打ち切り、ハイデッカーは女に近づいた。 「おい貴様。ちゃんとご主人様の言うことをきかんか、行って来い!」 女を蹴り付けようと野太い足を挙げる。 宝条は薄笑いを浮かべるだけでその暴力を止めようともしなかった。 その宝条の目の前で、突如ハイデッカーがバランスを崩して横転した。 無様に転倒したハイデッカーに宝条は目を見開き、ギョッとして女を見た。 女の手にしていたレイピアが闇の中で不気味にくすんだ光を放っている。 その切っ先からポタポタとこぼれているものの正体を知り、宝条は愕然と表情を凍りつかせた。 ヘリの周りにいた部下である神羅兵たちが一瞬の間に警戒態勢に入り、宝条を護るようにその周りで武器を構えるが、女は表情のない顔で闇の中、ただ立っている。 倒れたハイデッカーが既に絶命していることは疑う余地もない。 ピクリとも動かない直属の上司に、宝条を護るべく武器を構えている兵たちの間でザワリザワリと不安が広がっていくのが宝条には手に取るように分かった。 そして、スカーレットの新しい人形を自分のモノとすることに失敗したことも。 更に、女が自分をもターゲットにしていることも。 一瞬で計算をする。 「お前たち、あの女を排除しろ!」 兵士たちをけしかけ、その間に逃げる。 いくら死神と言えど人間。 飛び立ったヘリに追いつくことなど出来やしない。 兵士たちは戸惑った。 彼らは直属の上司以外から攻撃命令を受けたことがなかった。 幹部と言えど、自分たちの所属している軍部統括と違う。 戸惑いながら互いの顔を見合わせる。 闇の中、あらゆる感情を捨て去ったように突っ立っている謎の女と、宝条が強張った顔で命令を下してジリジリと後退してついにはヘリに足をかけて乗り込む姿を見比べ、意を決した。 そうして兵士たちは目を疑った。 たった半瞬前までそこに立っていたはずの女が消えている。 あるのは倒れている直属の上司だけ。 驚き惑い、辺りを見渡した兵士たちは背後を振り返って背筋を凍らせた。 そこにあったのはヘリに片足をかけてドアを押さえ、既に乗り込んでいた宝条を見下ろす女の姿。 一体いつの間に警戒する自分たちを回りこんで背後のヘリへ近づいたのか全く分からない。 しかしそれでも、ヘリのドアの外に身を晒している状態で、ローターが巻き起こす風に艶やかな黒髪をなぶらせる様はゾッとするほど美しく兵たちの目に映った。 パイロットが恐怖に歪んだ顔でヘリを飛ばせるかどうか判断しかねている姿が視界の端を掠める。 宝条は、反対側のドアにピッタリと背をつけ、見下ろしてくる氷のような瞳を前に激しく胸を上下させた。 早く殺せ!と外にいる兵士たちに命じたかった。 しかし、口内が急速に乾き、舌が上あごに張り付いて動かず、声が出ない。 強すぎる恐怖が身体から自由を奪う。 それなのに…。 「私の全てを奪ったのはアナタね?」 ヘリのローター音に混じり、女のヒヤリとした声を聴覚が拾い上げる。 「違う…」 必死の思いで搾り出した否定の言葉は、しかし掠れて小さく、自分の耳ですら聞こえにくかった。 女の双眸が更に冷たく冴え冴えと光る様を見て、全身の血が凍りそうなほどの恐怖に襲われる。 ガクガクと震えながら首を横に振り、運転席の背を無様に蹴った。 「は、早く出せ!振り落とせ!!」 パイロットが弾かれたように行動に移る。 ヘリは搭乗している2人の焦りと恐怖を表すかのように急激に動き始めた。 ガクリッ、と大きく傾いで足が屋上から離れる。 大きく傾いだ拍子に舞い降りた女と兵士たちを残し、へリは急上昇…するかに見えた。 「あの人を…、私の全てを奪った…。私から…大事なモノを、2度と還らない」 ブツブツと呟きながら、ティファはレイピアを握る手に力を込めた。 「許さない」 激しい怒りや悲しみの感情を現す言葉。 だが女は淡々とカラカラに乾いた砂を踏むように呟いただけ。 そしてその次の瞬間、両下肢に力を込めると飛び上がった。 それはまさに撃ち放たれた弾丸そのもの。 攻撃するか否かを決めかねてオロオロしている兵士たちの目の前でティファは上空を今まさに飛び去ろうとするヘリ目掛けて突っ込んだ。 そして、レイピアが一閃する。 その攻撃は、ヘリの腹からローターの根元部分までを真っ二つに斬り裂いた。 バカリッ、とヘリが二つに斬り分けられたその一瞬、ヘリを追い越すようにして飛び上がったティファと、状況が全く把握出来ずにポカンとする宝条の目が絡み合った。 闇夜に浮かぶ”アイスブルーの瞳”。 それがなんであるのか認識した宝条が恐怖に鋭く息を吸い、大きく口を開けて絶叫する形となりかけた。 しかし、それは瞬きほどの一瞬でしかなく、ついに宝条は悲鳴を上げることすら許されないまま宙で爆発したヘリと共に大気へ四散した。 轟音を上げて爆発、炎上するヘリに一部始終を見ていた兵士たちが恐怖に喘ぐ。 その兵士たちの鼻先でティファは軽やかに降り立った。 宵闇にポッカリと浮かぶ女の白い顔。 その顔に、はめこまれたかのような”アイスブルー”の瞳。 兵士たちはようやっと、”死神”の存在を思い出した。 これまで、男の死神はあったものの女の死神は存在しなかったために、目の前に現れた女を”死神”と繋げることが出来なかったのだ。 だがそれもただの”死神”ではない。 失敗作と呼ばれる”暴走した死神”だ。 気づいた兵士たちが恐怖に歪む。 彼らの目の前でティファはゼンマイが切れたからくり人形のように突っ立ち、轟々と音を立てながら落ちてくるヘリの残骸を避けようともしない。 バラバラと降ってくるヘリのカケラが兵士たちの頭に降り注ぎ、彼らはようやっと恐怖で雁字搦めに強張っていた身体を突き動かすことに成功した。 悲鳴を上げ、なりふり構わず逃げ出す兵士の後姿をティファは何の感情も持たない瞳で見送った。 兵士たちの脳裏に”アイスブルーの瞳”が焼きついたことも知らないまま…。 * 突然、頭を抱えて苦悶にのた打ち回る黒い死神たちにクラウドとザックスは構えていたソードを下ろした。 驚いている間に死神たちは次々床に倒れて動かなくなる。 「なんだ?」 「分かんね」 短いやり取りを交わしながら、屈み込んで倒れた死神の首筋に手を当てる。 脈を感じない。 何故、急に息絶えたのかさっぱり理由が分からず、2人は気味悪そうに顔を見合わせた。 それとほぼ時を同じくして緊急状態を告げる赤いランプの明滅が止み、通常の明かりが数回の明滅の後灯る。 眼前に広がる光景に、2人は軽く言葉を失った。 赤い照明の明滅の下では、視覚から入ってくる情報が緩和されていたのだと分かる。 白い光りを放つ明かりが容赦なくビル内部の惨状を照らし出す。 そこに広がる光景は、一般人ならば卒倒するほどの地獄絵図だった。 床や壁には当然、天井にまで破壊の跡が穿たれ、赤いシミがその悲惨さを物語る。 豪奢とすら言える神羅ビルが、たった数時間でここまで凄惨なものとなるなど、誰が想像し得ただろう? 「……行くぞ」 気を取り直して再びティファを探すために足を踏み出した2人だったが、死神たちが倒れると同時くらいに聴覚が捉えた耐えがたいほどの轟音を思い出し、不安が形になるのを感じていた。 聴覚が捉えた耐え難いほどの轟音。 それは文字通り、轟くほどの大音量に思わず両手で耳を覆いたくなったほどだった。 しかし、その轟音による衝撃も目の前でバタバタと倒れる死神たちの激変による驚きのせいで薄らいでしまった。 その轟音の正体とはいったい…? 気にはなるが、その音の正体を突き止めるよりもいまだ実験室にいると思われるティファの救出こそが先だ。 おびただしい数の死者を避けながら廊下を疾走する中、なるべく匂いを吸い込まないよう、2人は無意識に口から息をしていた。 死体の中には当然、女も混じっていた。 思わず『違う』と分かっていてもつい足が止まりそうになる。 そのたびにザックスは、足が緩まるクラウドの肩に手を置いて先へ促した。 「クラウド、大丈夫だ。ティファじゃない」 クラウドは黙って頷いた。 そう、彼女のはずがない。 床に倒れている女が彼女である可能性は万に一つもない。 それを、喜んで良いのか悲しんで良いのかクラウドには良く分からなかった。 生きていることを純粋に喜べないのは、英雄が死の間際に残した言葉のせいだ。 『女の身体は男の身体以上に崩壊が早い』 『あの女がどれほどもつのか楽しみだな』 これだけでは意味は分からないだろう。 だが、前後の会話から考えられることは1つしかない。 神羅に拉致されたティファ。 彼女が神羅で何をされたのか…。 クラウドの脳裏に、薄茶色の温かな瞳を持つティファの笑顔が突如、アイスブルーに染まった氷のようなそれに変わる。 思わずゾクリと悪寒が走り、胸が千切れんばかりに苦しくなる 「クラウド?」 心配そうに横目で見てきたザックスを見れないまま、黙ってなんとか首を横に振る。 こんなにも不安に駆られて心がグラグラ揺れる弱い自分が悔しくて情けなかった。 恥ずかしくて惨めで、親友でも見られたくないと思ってしまう。 しかし、ザックスは少しだけ勘違いをしたらしい。 「大丈夫だ、絶対に間に合う」 ティファが自分たちと同じ道を辿ろうとしていることをクラウドが不安がっていると思ったのだ。 実験を受けてからまだ時間が浅いことや、自分たちの場合は長時間、何度も何度も繰り返し実験を施されたことを重苦しくならないようにサバサバとした口調でしゃべる。 そうしてひとしきりしゃべった後、 「心配すんな。お前は1人じゃないだろ?」 そう言って、ニッカリ笑った。 クラウドはその笑顔を直視出来ず、チラリと見て「そうだな」と一言呟くように応えると、後は真っ直ぐ前を見て13階にある実験室を目指した。 * ティファは風に全身をなぶらせながら目を閉じている。 微かに空を仰ぐように屋上に1人佇む姿は、神々しくすらあった。 しかし、彼女の閉じた瞼の裏では凄惨な光景が広がり、渦巻いていた。 赤と黒の世界。 無残にも打ち捨てられた仲間たちの死骸。 手を伸ばして抱きとめた愛しい人の身体から転がり落ちた彼の首。 虚ろな碧い瞳がジッとティファを見る。 『 ティファ 』 身体を失った彼がそっと囁く。 なぁに?とティファは訊ねる。 『 ティファの大事なものを奪った愚者に、鉄槌を 』 鉄槌を…と言う言葉にティファは悲しげに首を振った。 私には…そんな力はない、と。 1人じゃ無理だ、と。 しかし、彼は微笑みすら浮かべてティファに囁く。 『 大丈夫。ティファには”武器”があるだろ?』 武器?とティファは首を傾げる。 そうして己の手を見下ろし、軽く目を見張った。 いつの間にか握っていた細身のソード。 戸惑いながら彼へ目を戻すと、頷くように彼はゆっくり瞬きをした。 『 それでティファの敵を斬り殺せば良い 』 それは、全身の血が凍りそうなほど恐ろしい囁きであると同時に、ゾクゾクするほどの甘美な誘惑だった。 人を殺すことは大罪。 しかし、愛しい人の仇を討つことは…至極当然のことではないだろうか? しかも、それを他でもない”彼”が後押ししてくれている…。 躊躇いがちに見つめると、クラウドは微笑んだ。 『 ティファ。俺の仇、討ってくれるよな? 』 ティファは恍惚としながら頷いた。 瞬間。 クラウドも、仲間の死骸も、赤と黒の世界も全てが消え、ティファはハッと目を開けた。 夜の闇に包まれたティファの傍ではヘリの残骸がいまだ炎を上げている。 チリチリと炎が肌や髪を焦がそうとその舌を伸ばさんばかりだが、ティファは気にも留めない。 アイスブルーの双眸を眇め、全神経を解放して獲物を探す。 あんなに激しい闘争と殺戮が繰り広げられていた神羅ビル内が、今ではざわざわとしたざわつき程度にまで落ち着いていた。 まさか…、とティファは焦りを感じた。 もう仇はいないのかもしれない。 どこに行ったのだろう? いやそうではなく、既に他の誰かがクラウドの仇をとってしまったのかも。 折角クラウドが仇を討ってと言ってくれたのに…。 他でもない私に。 そのとき。 落胆したティファの聴覚が人の声を捉えた。 何を話しているのか分からないが、さほどのダメージを受けず、元気に動いているのが分かる。 しかも複数だ。 ティファはギラリと目を輝かせると駆け出した。 心がどうしようもなく高ぶっていく。 「クラウド…待っててね。今、私が仇を討ってあげるから」 耳元で彼が小さく笑ってくれたような気がした…。 |