聞き違えようのない銃声に、ザックスはギョッとビルを振り向いた。 エアリスを安全な場所へ下ろした直後の凶音に一瞬、頭の中が真っ白になる。 直後、エアリスの呻くような悲鳴に我に返った。 「エアリス!」 エアリスは地面に座り込んで胸を押さえ、まるで激痛に耐えているかのような様相だ。 彼女のその様子にアバランチやその他、周りにいた神羅の人間が驚き慌てる中、聖女は震えながら顔を上げた。 その目はザックスだけに向けられている。 「お願い!!」 血を吐かんばかりの哀願。 ザックスは弾かれたように駆け出した。 Fantastic story of fantasy 37浮遊感に包まれたのは一瞬だったように思う。 その直後、自分の名を呼びながら彼が追ってきた気配を感じ、ティファは咄嗟に到着した階下の床へ無傷な方の足で蹴りを加えた。 おりしも、自分が落下した床の瓦礫が階下の床へ既にダメージを与えていたこともあり、簡単に崩すことが出来た。 そうして。 追って来る彼から無駄な足掻きを繰り返した結果、辿り着いた1階エントランスでティファは自分を待ち構えていた兵士たちを見た。 逃げようと思えばなんとかなった。 だが、そうしなかったのは心のどこかで暴走する自分を止めて欲しいと願っていたからだ。 そして、その願いが形となる。 最初は右肩。 直後に左脛。 焼き鏝が押し付けられたような灼熱の痛みと衝撃が走り、身体が浮き上がる。 だが、それらの痛みや衝撃よりももっと強く意識を奪ったのは、2発の銃弾を身に受けた直後に全身を力強く抱きすくめられた事実。 背中が反るほどの強い力で抱きすくめられ、足が完全に床から浮き上がる。 グルリと視界が回って埃と崩れる天井、そして赤い飛沫が目に映ったかと思ったのは僅か一瞬のことで、ハッと気がついた時にはエントランスの奥にあるエレベーターホールの陰に引きずりこまれていた。 5基あるエレベーターは中央の3基だけが入り口に対して真正面に位置し、左右両端の1基ずつの前には壁が覆いのようにせり出している。 その壁の陰にティファは抱きしめられたまま床へ倒れこんだ。 いや、正確には押し倒されたわけだが、床にぶつかった衝撃で被弾した傷口がドクドクと脈打つように痛み、息が乱れる。 だがそれでもやはり、ティファの意識は己の傷には向かなかった。 「あ…」 いまだ続く銃声はどこか遠く、己をしっかり抱きしめて離さないその力強い抱擁にティファは胸が締め付けられて呼吸すらままならなくなる。 横を向くことすら難しいほど目一杯抱きすくめられているティファの視界の端にチラリと映ったのは金糸の髪。 間違いようのない”彼”という存在にどうしようもなく心かき乱される。 何度も傷つけ、挙句の果てには逃げ出したのに彼はこうしてきてくれた。 泣きたくなるほどの温もりとその香りに、心の底から言葉に出来ないなにかが湧き上がり、溢れ出す。 小刻みに身体が震えるのは痛みからではなく溢れてくる激情ゆえ。 歓喜と恐怖。 相対するその感情が奔流となってティファの中を駆け巡っていた。 震えながら無傷な左肩を動かし、自分の上に倒れこんでピクリとも動かない彼の背にそっと手を添える。 ヌルリとした感触にゾッと背筋が凍り、かざしたその手が真っ赤に染まっているその様(さま)に目を見開き息を止めた。 「…ウソ…」 洩れた言葉は弱々しく、銃声によって虚しくかき消される。 ティファは喘ぎながらぎこちなく首を動かした。 近すぎて見えないその横顔をなんとか覗き込むことに成功する。 強く眉根を寄せて硬く瞼を閉じ、青白い顔をしているクラウドに喉の奥からヒュッ、と悲鳴のような吸気の音が鳴る。 心臓がありえない速度で脈を刻み、頭の中が真っ白になった。 「クラウド…?」 呼びかけた声は震えてか細く、涙が混じる。 「クラウド」 再度の呼びかけに、だがしかし、やはり彼は応えない。 「は…っぅ…」 なんとか彼の下から這い出そうと手足を動かすが、途端に走る激痛に気を失いそうになる。 「クラウド、お願い…!」 激痛に歯を食いしばりながらクラウドの下から這い出そうと足掻きつつ、ティファは声を振り絞る。 しかし、その声は震えて弱々しく、銃声とビルの崩落していく音、床下から絶えず響いてくる振動によって呆気なく飲み込まれてしまう。 唇が震え、目の奥が熱い。 ウソ。 ウソ、ウソ、ウソ! ティファは胸の中だけでウソだと叫んだ。 身に走る激痛なんかウソ。 冷たい床に2人して横たわっているだなんてウソ。 自分を庇って彼が怪我を負っただなんて…ウソ。 死にそうになっているだなんてウソ! 「あぁ…」 悲哀と絶望に満ちた声が洩れる。 「うあ…ぁぁああ」 胸を掻き毟らんばかりの苦悩と恐怖が心を支配する。 「クラウド!!」 動く左手でぎこちなく彼を揺するティファの瞳から涙がこぼれ、クシャリと顔を歪めたそのとき。 『 ティファ。そいつはニセモノだ 』 突如として、先ほどまでずっと続いていた囁きが戻った。 ハッと息を飲むティファに、声は続ける。 『 そいつはティファを庇ったフリをして隙を伺っている。ティファが背を向けて逃げるその瞬間、背中から止めを刺すつもりだ 』 ティファはゆっくり首を振った。 違う…と。 そんなはずがない…とティファは囁く声に抗う。 今、守るように腕を回してくれている”クラウド”からは”あの時”と同じ温もりを感じる。 ”あの時”。 テレビのニュースで流れていたプレジデントの誕生日を祝う祝典。その席に着いていた英雄を見て我を忘れて飛び出した自分を止めてくれたあの時と。 固い表情で目を閉じたまま自分を離そうとしないクラウドをティファは見つめ続けた。 その間もまるで悪魔のような囁きは続く。 ティファには生きていて欲しい。 今ならば、隙を伺っているだけの敵を殺すことが出来る。 そうする以外に道はないのだ。 誰よりもティファに生きて、幸せになってほしい…。 言葉や口調を変えてティファに『殺せ』と囁き続ける。 だが、ティファは分かった。 ようやっと分かったのだ。 この声はクラウドではないと。 この声は…。 「こんな…」 呻くように呟くと”囁き”がまるで息を飲むように黙った。 「こんな、弱い私のせいで…!」 ティファはおもむろにクラウドの背に添えていた手を上げると激しく床へ打ち付けた。 全身に振動が走り、撃ち抜かれた傷に激痛が襲う。 ”囁き”が悲鳴を上げた。 それは、ティファの中に残ろうとする最後の抵抗。 ティファの双眸から新たな涙が流れた。 その涙は傷による痛みのためではない。 「自分に負けてしまうような私のせいで!!」 血を吐かんばかりの叫びを上げた瞬間、ティファの中から”囁き”の気配が完全に消えた。 全部全部、クラウドからのメッセージだと思っていた。 しかし、それは全部”弱い自分から生まれた防衛本能による”幻”だったのだ。 今、こうして本物のクラウドに守られたのだと誰よりも分かっているのに、それを否定する声が聞こえたのはクラウドがこんなにも傷ついた原因が自分だと認めたくないから。 認めてしまったら最後、こういう風になってしまうことが無意識の内に分かっていたのだ。 こういう風に。 胸が張り裂けんばかりに痛くて痛くて、苦しくて、気が狂ってしまいそうになるということに。 「私なんか、死ねば良かった!!」 叫んだ途端。 ティファの中で何かがブツリッ!と音を立てた。 その刹那、脱力感と身体に刻まれた先の戦いでのダメージが怒涛のように襲い掛かってきた。 それはティファの神経を引っ掻き、身体の節々を痛めつけ、声なき悲鳴を上げさせるには十分過ぎた。 嘔気を伴う激しい頭痛に思わず口を覆う。 ガンガンと脈打つ激痛に視界が狭まり、涙は出ないのに嗚咽が止まらない。 これが、”死神”の実験の後遺症であるとティファは知らない。 知らないまま、息が止まりそうなほどの苦痛に顔を歪めつつ、このまま痛みによって気が狂い、死んでしまえばいい!と本気で思う。 いやむしろ、もっと早くに死ねば良かったのだ、と己の存在を過去から否定した。 セフィロスに攫われたときに。 故郷が灰になったときに。 幼い頃、ニブル山でモンスターに襲われたときに。 いや、いっそ生まれてこなければ良かったのだ。 そうすれば、今、こうしてクラウドが愚かな自分を庇って傷つくことなどなかったのに。 「なにバカなこと言ってるんだ」 ハッと目を見開き、しゃくりあげながら顔を向ける。 眉間にシワを寄せているのに、誰よりも優しい目でクラウドが見つめていた。 激しく脈打っていた心臓が止まりそうになる。 「ティファ…大丈夫か?」 優しい声音にティファは喉の奥ひくつかせながら頷いた。 目の奥が熱くなるのを堪えられない。 ボロボロ涙をこぼすティファにクラウドはようやっとその腕の抱擁を解き、緩慢な動きでティファの上から横へ落ちる。 そうして重い腕を持ち上げ、彼女の頬を拭うと溜め息にも似た深い吐息を吐いた。 「起き上がれるか?」 その問いかけにティファは黙って首を横に振った。 クラウドに斬られた右太ももは既に感覚がなく、撃ち抜かれた右肩と左脛にはドクドクと激痛が脈打っている。 普通の人間ならばとっくに失神しているほどの状態だ。 クラウドはグッと顔を顰め、重い身体をなんとか起こそうとした。 慌ててティファは動く左腕を伸ばして止めさせようとしたが、その必要もなくいくらも持ち上がらないまま力尽きたように床へ再び身を伏せる。 そして、ゴホゴホッと数回大きくむせこんだクラウドにティファは全身から血の気が引いた。 吐き出された鮮血であっという間に血溜まりが出来る。 それだけではない。 ティファから離れたばかりのクラウドの身体の下からも血溜まりが広がりつつある。 それは傍らで床に身を投げているティファを容易に巻き込み、染め始めていた。 言葉に出来ないほどの贖罪の念がこみ上げ、ティファの心を激しく責めたてた。 そんなティファにクラウドは吐息のように掠れた声で名を呼んだ。 「ティファ」 顔色をなくし、唇を震わせて喘ぎながらティファはクラウドの瞳を見た。 真っ白い顔の青年は脆く、崩れてしまいそうな儚さを感じさせる。 「悪い…俺は、ちょっと動けそうにない」 「…っ!」 「だからティファ。1人で逃げろ」 ティファは目を見開いた。 「絶対にイヤよ!!」 そうして銃創による激痛を無視してクラウドへしがみつく。 しがみつかれてクラウドが低く呻いた。 ティファを庇って幾つも被弾した身体が激しく疼いたのだ。 ハッとして咄嗟に離れようとしたが、伸ばされた腕によって抱き寄せられる。 震えている力強い腕に泣きたくなるほどの喜びと、狂ってしまいそうなほどの罪悪感が鬩(せめ)ぎ合う。 「ティファ…ごめん」 掠れる彼の声に涙腺が緩む。 何を謝っているのだ、と。 謝るべきはこの自分だ、と言いたいのに喉の奥が震えてしまって言葉にならない。 ヒクヒクと、喉をひくつかせて嗚咽を洩らすティファにクラウドは頬を寄せた。 「守るって誓ったのに。ずっと一緒にいるって誓ったのに…約束守れなくてごめん」 「…っぅ…」 「ずっと…ずっと、想ってた。大事だった。傍にいたかった。誰よりも近くでティファを見ていたかった」 「…ッ…ウド…!」 誠実で想いの丈が詰まった告白にティファは応えたかった。 私も、と。 私もずっと、クラウドのことを想っていた、と。 誰よりも傍にいて、ずっとずっと、一緒にいたかった、と。 しかし、それは全て嗚咽に変わり、溢れんばかりの想いは一言も言葉にすることが出来なかった。 そんなティファにクラウドは吐息のような声で彼女の名を口にするとそっと腕を離し、しとどに濡れる彼女の頬を片手で包み込んで視線を合わせた。 「ティファ。生きてくれ」 「……!」 「ティファが生きて、前向いてくれたら…それだけで俺はもうなにもいらない」 己の弱さから聞こえ続けていた”囁き”と同じ言葉を口にするクラウドにティファは涙をこぼしながら目を逸らせない。 同じ言葉でも、込められている真実の想いとは到底比べようがなく、激しく心を揺さぶった。 だから苦しい。苦しくて悲しい。 悲しくて…嬉しくて…愛おしい。 愛おしくて、愛おしくて、愛おしくて。 こみ上げてくる狂おしいほどの想いはクラウドも同じなのだ、と唐突にティファは気がついた。 真摯な眼差しの温かなアイスブルーに宿るのは狂おしいばかりの想い。 それに気づいたティファは、何一つ躊躇うことなく唇を寄せた。 触れ合った途端、不安や悲しみ、彼への贖罪の念といった負の感情の一切が掻き消え、クラウドへの想いが爆発的にこみ上げ、胸いっぱいに満ちる。 だから離れられない。 驚き息を飲むクラウドの、その吐息でさえ全部自分のものにしたくて唇を重ねる。 その驚きも、怪我による荒い息も、濃い血の香りも全部が愛おしい。 クラウドが全てで、今、この瞬間だけが大事で、自分たちがどういう状況にあるのかということなど、もはや取るに足らない。 銃撃を止めた神羅兵たちが様子を窺うべくこちらへ近づいていることも、だからこそ、今すぐ逃げなくては殺されてしまうと言うことすらもどうでも良かった。 1人で逃げろと言う彼の気持ちに歓喜で胸が震えるほどだが、言う通りにする気には到底なれない。 逃げるなら…。 生きるならクラウドがいなくては絶対にイヤだと強く思う。 クラウドを見殺しに生きることなど絶対に出来ないのだという想いを唇に込める。 自分が逃げずにここで最期を迎えようとしているのは、まさしく自分の意思なのだと、譲れない想いなのだと、誰よりもクラウドの傍にいたいのだと、溢れんばかりの想いを全部伝えたくて唇を重ねる。 クラウドもまた、合わせた唇を離そうとしないティファにあっという間に理性を飲み込まれてしまった。 断続的に続くビル地下からの振動に小さな爆発が間を開けず続いている。 いつ大爆発を起こしても不思議じゃないと分かっている。 だから早く逃がさなくてはならないのに、首にしっかり左腕を回して決して離れまいとするティファにどうしようもない熱情がこみ上げる。 そして突然、クラウドも気がついた。 たった今、ティファがクラウドへの心に気づいたのと同じようにティファの気持ちに気づいた。 死に別れるくらいなら、このまま一緒に…。 ティファに生きて幸せになって欲しいという自分の願いを押し付けることが彼女にとっての幸せには決して繋がらない。 そうではなくて、今この瞬間、想いの丈を伝え、共に星に還ることこそが彼女のたった一つの願いで唯一幸せに繋がる道なのだ…と。 その確固たる事実に気づいたクラウドは、激痛を走らせる身体の悲鳴を無視し、ティファを掻き抱いた。 彼女と共に死を迎える道を選んでしまったことと、彼女自身がその道にこそ手を伸ばしてくれたことに言葉に出来ないほどの歓喜を覚え、歓喜を覚えたことに罪悪感を感じながらそれでももう止まらなかったし止めようとも思わなかった。 濛々と粉塵が立ち込め始めた中、互いの血に塗(まみ)れながら吐息を奪うほどの口付けを交わす。 クラウドの中から躊躇いが消えたことに気づいたティファもまた、情熱に突き動かされて身体を押し付けながら口付けを贈る。 どうしようもない傷を負い、痛みで意識が飛びそうになりながらも互いの身体に手を這わせ、”現在(いま)”をかみ締める。 ドクドクと互いの心臓が激しく鼓動を刻み、今、生きているのだと教え合うこの瞬間に、2人は眩暈がしそうなほどの至福に包まれた。 そして、その時は来た。 |