『俺、春になったらミッドガルに行く』


 久しぶりに見る夢は、どこか他人事のような感じがした。
 他でもない自分のことなのに、何故か厚いヴェールに覆われているかのように酷く曖昧で、頼りない映像だ。
 自分と幼馴染の少女…だと思う。
 しかし、彼女の顔も、その背景にある故郷の村も、全てがおぼろげで歪んでいて、どれもはっきりと見ることが出来ない。


『昔…、約束しただろ?』


 約束。
 そう、約束をしたはずなのだ。
 彼女の父親には嫌われていたから、大人の目を盗んで隠れるようにして遊んでいたあの頃に。
 だが、それがどんな約束だったのか厚いすりガラスの向こうにあるモノを見ようとしているかのように、ぼんやりとした輪郭しか分からない。
 大切だったはずなのに、ピントの合わない自分の記憶。
 微かな苛立ちを感じながらも、それを追求することに酷い疲労感を感じる。

 ― 思い出す必要があるのか? ―

 もう1人の自分が問いかける。

 ― 本当にそれは覚えていなくてはならないことなのか? ―

 どうなのだろう?
 大切だったという感覚は、もしかしたら錯覚なのかもしれない。

 ― 本当に大切なら、忘れるはずがないと思わないか? ―

 …そうなんだろうな、とその声に肯定しかける。
 その間も、夢は続いている。

 少女の手を取る自分と、手を取られて頬を赤らめる少女。
 いや、実際には少女の顔が判然としないので”多分”赤らめているのだろう、という雰囲気だけしか分からない。


『俺…絶対に約束守るから!『あんなこと』がもしまた起きても』


 …あんなこと?
 あんなこととはなんだろう…。

 自身の過去であるのに記憶がない。
 しかし、少年だった自分が『あんなこと』と言った時、胸の奥底が鈍く痛んだ…ような気がした。
 だから、『あんなこと』とは少女にとっても自分にとっても、とても大きな出来事だったはずだ。
 それを覚えていないのは何故だろう…?


『― ― を守れるくらいに!』


 意を決した告白。
 それなのに、誰を守れるくらいに強くなると誓ったのか残念ながら少女の名前を聞きそびれてしまった。
 もう一度、同じ夢を見ることが出来たら、どうやら大切だったらしいこの夢の中の少女の名前くらいは思い出せるだろうか?


 そんなことをぼんやり考えていると、突然、夢の場面が変わった。





Fantastic story of fantasy 6






 クラウドは跳ね起きた。
 心臓は早鐘を打ち、胸を強く叩いている。
 額から流れる汗をそのままに荒い息を繰り返していると、胃の腑から競りあがるものに顔を歪め、口を押さえて慌ててベッドから飛び降りた。

 だが、慌ててという割りに身体に力が入らないため、ふらつきながら洗面所へ向かう。
 間一髪、床を汚さずに済んでホッとするが、洗面台にしがみついて空っぽの胃からモノを出そうとする行為に嘔気が収まったあとはグッタリと座り込んでしまった。

 イヤな夢だった。
 途中まではおぼろげで何を見ているのか曖昧な映像だったというのに、突然その色合いが鮮明になり、イヤに生々しくて…。


 綺麗な女だった。
 真っ黒な髪は長く艶やかで、女が動くたびに宙を舞う。
 繰り出される拳は華奢だというのにその威力は並の男のそれを軽く上回っていた。
 鳶色の瞳は明らかな殺意と憎悪に満ち満ちており、真っ直ぐ逸らすことなく自分へ向けられていた。

 それなのに。

 女がバランスを崩し、止めを刺すべく武器を振りかぶったあの瞬間。
 女の目が大きく見開かれ、驚愕以外の感情一切を消し去った。
 あの時、女はクラウドが死をもたらすことへ恐怖したわけではない。
 それだけは分かる。
 だが、どうしてあんなに驚いたのかが分からない。
 分からないくせに誰であろう自分も驚いた、彼女の顔をまともに見たあの瞬間に。
 身体全部が己の意思に反したことにも驚いたが、それはすぐに曖昧なものとなり、強烈な『己の役割を果たす』ことのみに意識が取って代わってしまった。
 だから…最終的に武器を振り下ろしてしまったのだ…。

 そして…。

 噴き出す赤い血。
 力なく倒れる女に真っ赤に染まる白いシャツ。
 更に第二戟を振り下ろそうとした瞬間、ザックスが止めに来て…。
 まさに自分のいた空間を銃弾が掠め飛ぶのを見た。

 赤いマントの男。
 あれは元・タークスのヴィンセント・バレンタインだ。

 冷静な頭がそう認識した。
 しかしその一方で意識の大半は自分が斬った女に向けられていた。
 女のあの時の顔が網膜に張り付いて離れない。
 閉じようとする瞼を必死に押し上げ、わななく唇はなんと言っただろう?
 ゆっくり持ち上げられた血に濡れた手は…確かに自分へ伸ばされて……。

「っ…」

 またもこみ上げる嘔気。
 今度はグッと唇をかみ締めるようにして堪える。
 もう吐き出すものなんか何も無いのだから。
 洗面台の下にうずくまり、嘔気が去るのを荒い息を繰り返しながら待つ。
 その間、頭の中は訳の分からないことでいっぱいだった。

 なんで…?
 どうして…?
 俺はお前を殺すつもりで斬ったのに。
 それなのにどうしてあんな目で俺を見た?

 今まで手にかけた人間がどれほどいるか…、そんなもの、いちいち数えてもいないし気にしたこともない。
 だが、一度としてこんな風に取り乱し、夢にまで見ることなどなかった。
 それなのに、こうしてあの女のことを思い出すと鳥肌が立ち、言い様のない悪寒と胸の奥底から焦燥感とも言える何かに追い詰められそうな感じがするのだ。
 この感情をなんと言うのだったか…。
 もう長いこと、恐怖というものを感じなくなっていたので、明確な言葉として現すことがクラウドには出来ない。
 ただただ、細かに震える身体に戸惑うだけ…。

 自分のことでいっぱいだったクラウドは、部屋の主が帰ってきたことに全く気づかなかった。
 だから、ギョッとした声で名を呼び、駆けつけたザックスにクラウドはようやくのろのろと顔を上げた。

「大丈夫か、クラウド。また吐いたのか?」

 必死な様子で顔を覗き込んでくるこの男にもクラウドはたった今見た夢と同じくらいに戸惑っていた。

 どうしてこの男はここまで自分を心配するのだろう?
 所詮、ザックスにとって自分は他人じゃないか。
 気分が悪くてへばっていようが、苦しんでいようが……敵に破れて死のうがザックスには関係ないはずなのに。

 あぁ…そう言えば…とクラウドは必死に声をかけるザックスへぼおっとした目を向けながら思う。
 ザックスとの初めての出会いを。

 この男と初めて出会ったのは自分が一般兵でザックスは特殊部隊のタークスだった。
 タークスのサポートをするべく、一般兵が配下に着いたあの時だ。
 配下に着く…と言えば聞こえはいいが、ようするに捨て駒だ。
 タークスの力を最大限発揮するべく、雑魚と当たらせて敵の戦力を磨耗させるのがクラウドたち一般兵だった。
 それなのに、まさに殺されかけたあの時、ザックスは上司の命令を思い切り無視して助けてくれた。

 今のように『大丈夫か!?』と、心底心配して…。

 順を追ってそれを思い出した。
 思い出すとまるで枷が外れたように次々とザックスとの過去が蘇った。

 いつまでもうだつの上がらない自分を明るく励ましてくれたこと。
 タークスでの任務中で起きた珍事件を面白おかしく聞かせてくれたこと。
 しこたま上司であるツォンに怒られたこと。
 そして、タークスがもうずっとずっと、擁護しようとしている女の子がいるということ。
 彼女こそが、神羅を新しい芳醇な地へ導く存在だと言うこと。
 だが、神羅のその考えに自分は反対だということ。
 上司や同僚であるタークスの目を盗んで個人的に会いに行くようになったこと。
 最初は彼女も全く心を開いてくれなかったが、暴漢に襲われそうになったところを助けたり、スラムの子供たちが野犬に襲われているところを助けたところを偶然彼女が見たりして、徐々にその距離が近くなったこと。

 それから…。

「…ザックス…」
「なんだ?」

 それまで、虚ろな目をしてどんなに声をかけてもぼんやりと反応がなかったクラウドに、いよいよ『禁断症状』を心配し、担いででもこの巨大な檻である神羅から脱出させようか迷っていたザックスは、名を呼ばれて勢い良く問うた。
 クラウドは相変わらずぼんやりと生気のない顔をしていたが、ポツリ…と呟くようにザックスへ投げかけた。


「エアリス…って女の子とは…結局どうなったんだ?」


 ザックスは息を呑んだ。
 そして、クシャリ、と顔を歪める。
 相変わらずぼんやりしたままクラウドが不思議そうに小首を傾げたので、照れ隠しにグシャグシャと彼の頭を撫でると、弱々しい小さな声で「痛い、やめろバカ」と抗議の声が上がった。

 なにがバカだ、こっちの台詞だそれは。

 そう言いながら、ザックスは泣き笑いの顔でクラウドをガシガシ撫でた。
 撫でながら確信する。
 自分がやろうとしていることは絶対に間違えていない、今こそがその時なのだ…と。
 恐らく、こんなにも大きなチャンスは2度と廻ってこないはずだ。
 贅沢を言えば、もう少し催眠薬の効力が切れた明日か明後日くらいに行動したかったが、”敵”の動きが急に変更となる可能性は限りなく高い。

 ならば。


「クラウド、今から少し飲みに行こうぜ」

 ようやっと洗面所での暑苦しい友愛の表現から解放されたクラウドは、ぼんやりとした表情のままで内心は『何考えてんだこいつ』と毒づいた。
 それをそっくりそのまま口にしようとするが、
「お前がそんなにもやしっ子なのは、美味いものをしっかり食べないからだ」
 と、なにやら偉そうにそう言い切られた。
 人差し指を立ててビシッ!と突きつける自称・親友にうろんげな目を向けるが、ザックスは怯まなかった。

「大体、お前って男のクセにまるで女の子みたいな量しか食べないだろ?そりゃ、そんだけしか食べなかったら力なんか出やしないね。そんなんだと、いつまで経ってもメンタルケアのお世話になるしかないって」

 ピクリ…と頬が引き攣ったのを自覚する。
 現在、神羅に”死神”と称されるトップクラスの神羅兵は3人しかいない。
 昔はもう少しいたのだが、全て死んでしまった。
 現存している”死神”の中で、未だにメンタルケアを必要としているのはクラウドだけだ。
 ザックスは勿論、何かと目の敵にしてくるセレスティックは随分前にその必要性から卒業した。
 だから、クラウドの担当ドクターであるスカーレットはクラウドを『出来損ない』と忌々しげに吐き捨てる。
 それが”死神”としてのクラウドにとって、唯一のコンプレックスだった。
 そのコンプレックスを見事に突かれ、クラウドは不機嫌にむっつりと押し黙った。
 そのコンプレックスを痛烈に突いた当の本人はカラカラと笑った。

「まぁまぁ、拗ねるなって。だからこそ、俺がお勧めのとこに連れてってやるって言ってんじゃん」
「…お勧めのとこ?」

 何を言っているのだろう?と訝しげに眉を顰めると、「そ、超お勧め!もやしっ子のクラウド君でもガッツリ食べられること間違いなし」とやけに楽しそうに親指を立てられてしまった。
 その言い方はまるで、神羅の食堂以外の場所へ行こうとしているかのようだ。
 そんなこと、出来るはずがないと言うのに…。
 だが、まさにその通りだった。
 ザックスはにんまりと笑うとポケットから携帯電話を取り出し、戸惑うクラウドの手に押し付けた。

「これ、お前のな」
「は?」
「お前ってさぁ、神羅ビルから出ることないから携帯なんかいらねぇってずっと言ってるけど、今どきそんなんじゃ女の子にモテないぜ?」
「…モテないといけない意味が分からない」
「なに言ってんだよ。人生1回こっきりしかないんだ。人生に華を添えて楽しい時間を過ごすためには素晴らしい出会いが必要だ。そのための必須アイテムなんだよそれは。あ、それから短縮1番に俺の番号入ってるから」

 そう言いながら、話しについていけないクラウドの肩に腕を回すと、やや強引に部屋を後にする。
 戸惑いながらもまだ身体に力が上手く入らないクラウドは、抵抗も出来ずに廊下を歩く。
 ビルの中ほどに位置するザックスの私室からそのエレベーターまでたっぷり15分は歩いた。
 そして、到着したとき、クラウドは驚いて軽く目を見開いた。

「さ、行くぞ」
「…冗談だろ?」

 それは、下界へ行くためのエレベーター。
 神羅ビルから出ることの出来る数少ないエレベーターだ。
 ザックスのようにメンタルケアを要しない”死神”や、元々メンタルケアを施す必要のない一般兵等々のみが使用出来る。
 ようするに、クラウド以外の神羅の人間のためのエレベーターと言えた。
 驚き、戸惑うクラウドに構わず、ザックスは下へ降りるためのボタンを押すと到着を待つ。
 一番下まで降りていたエレベーターが少しずつ上がってくるランプを見ながら、ザックスは唖然としているクラウドに言った。

「この時間の間だけ、防犯カメラが作動しないようになってるんだ。というわけで、行くなら今しかないから抵抗するなよ?」
「…なに考えてんだ…」

 いつもよりも頭はスッキリしている感じがするのに、いつも以上に混乱してわけが分からなくなっているのはどうしたことだろう?
 不敵な笑みを浮かべている親友の横顔をただただ見つめる。

「クラウド、一昨日の侵入者、覚えてるか?」

 唐突な質問に息を呑む。
 同時に、自分が斬った女が鮮烈に蘇り、心臓が激しく収縮した。
 折角収まっていた動悸と嘔気がこみ上げる。

 血の気を引かせた表情を視界の端に映し、ザックスは「覚えてるみたいだな」と満足そうに呟いた。
 そうして、折り良く到着したエレベーターへクラウドの手首をしっかり掴んで乗り込むと、躊躇わずに地下1階を押した。

「今から俺のお勧めの店に連れてってやるからな」
「……何考えてる…」

 呆然と繰り返すが、ザックスはどこまでも楽しそうだった。
 それがクラウドには分からない。
 ハンパ者である自分はこのビルから任務以外で出ることは許されない。
 もしも、その規則を破ってこの下界へ通じるエレベーターに乗ったりしたら、すぐさま警備の人間が駆けつけることになっている。
 そして、”不良品”として拘束されるのだ。
 拘束くらいならまだいい。
 下手をすれば”不調の調整”という名目の”実験”が待っている。
 その”実験”の果てに待っているものは…死。
 実際、何人もの”不良品”が処分されるところを見た。
 時には、メンタルケア後の性能を試すためにその不良品と手合わせをしたこともある。
 不良品の生死は問わない…。

 そんな目にザックスは自分を遭わせようとしているのか?

 驚き、惑いながら重い頭でそう考える。
 しかし、何故か『否』と言う答えしか出ない。
 不思議と、ザックスが自分の不利益になることをするはずがない、と思ってしまっている。
 それをほんの少し、癪に感じるくせにイヤではない自分に戸惑う。

 グルグルとそういうことを考えている間、ザックスは楽しそうにしゃべり続けていた。

「お前、さっき聞いただろ?エアリスって女の子とどうなったんだ〜?って。ふっふっふ、俺がフラれると思うか〜?今、俺達はとってもラブラブなのだ。もうあれだな、エアリスと出会ったあの瞬間から俺の人生はまさにお花畑のど真ん中なわけ。それが、お互いに気持ちを通じ合わせてからっていうもの、まさに一瞬一瞬が輝いてるんだ、うん。こう、『生まれてきて良かった〜』って思うわけだよ、しみじみと。分かる?分かるかクラウド、この俺の溢れんばかりの喜びが!」

 エレベーターに乗り込んでから手を離したザックスは、大きく腕を広げたり天井を仰いだり…と、大げさなほどの身振り手振りで語った。
 それを、若干、鬱陶しい…と思いながら黙っていたのは、口を挟む元気がなかっただけに過ぎない。
 だが、押し黙ってシラッとした目を向けるクラウドに、ザックスはスッとおどけた道化のような表情を消した。

「だから、お前にも手に入れて欲しいんだ。お前の四葉のクローバーの女の子との人生を」

 痛いくらい真剣な顔になったザックスに、クラウドは気圧されながらも眉根を寄せた。
 何を言われたのか分からない、と訴える表情にザックスはなおも続けた。

「大丈夫。まだ間に合うから。だから…絶対に諦めるな。いいな?」

 何を言っているのか分からない。
 分からないのだが、ザックスが中途半端な意味合いで言ったわけでも、ましてや意味を持たない言葉をかけたわけでもないということは分かる。

 クラウドは戸惑いながら、ほんの微かに頷いた。
 そのとき、エレベーターは丁度、地下1階に到着した。


 *


 全身が鉛のように重く、瞼をこじ開けるのも一苦労だった。
 ようよう目を開けると、薄暗い見慣れた室内が視界に映り、自分がどうやら死ななかったことを知る。
 ゆっくりと首を動かすと、ベッドの脇に置いてあったローチェストの上に水の入った小さなグラスが目に付いた。
 色と白の花が数輪、生けてある。
 エアリスが良く行く教会の花だ。
 そっと微かに香る花の香りに、ふぅ…と息を吐く。
 そうして、自分がこうなった経緯を辿るべく記憶を廻る。

 神羅に囚われた希少価値の種族である仲間のナナキを救出したこと。
 神羅のトップ、プレジデント神羅を暗殺するか否かで仲間と揉めたこと。
 その直後、現れた2人の”死神”が途中でもう1人増えたこと。

 そして。

 黒いフードから見えた”死神”の素顔。
 金糸の髪。
 スッと通った鼻筋。
 ほっそりとした頬の輪郭に切れ長のアイスブルーの瞳。
 冷たく凍てついた彼の瞳は、あの約束をしたときに見せてくれた温もりはカケラほどもなかった。
 だが、間違いない。
 反・神羅組織に身を置き、過酷な日々を過ごしながら、いつか会える日を夢見て心の縁(よすが)にしていたあの少年だ。
 ミッドガルに行く、と言って村を飛び出した少年。
 いつか、英雄になって帰ってくると言ってくれた少年。

 彼が飛び出した僅か1ヵ月後、神羅によって故郷は灰と化した。
 あの日から5年。

 どんなに会いたかっただろう?
 大切な任務の前に必ず彼の夢を見るくらいに、幼馴染の少年はかけがえのない存在だ。
 人に話せば、幼い頃の淡い初恋をいつまでも後生大事に胸に抱いて現在(いま)を見ない、と笑うかもしれない。
 もっと周りを見るべきだ、と言うかもしれない。
 だが、ティファにとっては代わりになるものなどないのだ。
 そこまで強い思いになった原因は、故郷を神羅に奪われ、同郷の人間が彼しかいないためかもしれない。
 だが、それだけではなく、魂の深い部分で少年と自分は繋がっている…、少なくとも、自分は彼に囚われていると自覚している。

 それなのに…。

「なんで…」

 ポツリとこぼすと、それを合図にしたかのように涙が溢れてきた。
 天井のシミを見ながらハラハラと目尻から涙がこめかみを伝って枕を濡らすままに、ティファは脳裏に”その瞬間”を描いていた。

 完全に自分を敵としてしか認識していない冷たい瞳。

 振り上げられたソードの冷たい煌き。
 身に走った冷たく熱い痛み。
 身体から力と命が流れ出る感触。

 背筋がゾクゾクとして止まらない。
 だが、それ以上に胸が痛くてたまらない。

「なんで…?」

 照れたように左手薬指の四葉のクローバーを見せた少年の微笑みがセピア色に変色する。

『俺…絶対に約束守るから!『あんなこと』がもしまた起きても、ティファを守れるくらいに!』
『だから…』
『そしたら…その時は…』

 少年の真摯な声が悲しく鼓膜に蘇る。

「なんで…?クラウド…」

 嗚咽なく、ティファはただハラハラと涙をこぼした。






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