列車から降り立つと、そこはなんとも言えない生臭ささや騒音、人々の活気で溢れていた。 そこここに建てられている雑居ビルは乱雑な作りで、剥がれた漆喰に無数に入った壁のヒビはほんの少しの地震でもあっけなく壊れてしまいそうな印象を与える。 行き交う人々もせわしなく、俯き加減の者、抜け目のない目で周囲を見回している者、何かを探してきょろきょろとしている者、物を売ろうとしている子供とその子供に目もくれないで素通りする者、者、者。 自分が今までいたところとあまりにもかけ離れた世界に気を飲まれる。 だが、自分のいた世界と違うという一番の理由はそれだけではない。 ふと上げた瞳は、厚い雲により陽光が遮られた薄暗い空しか映さなかった…。 Fantastic story of fantasy 7どうしてこんなところを1人で歩いているんだろう…?と、クラウドはただただ疑問に思いながら足を進めていた。 一緒に神羅ビルを出るはずのザックスとは、忘れ物をしたとかで神羅の入り口で別れたのだ。 「いいか、クラウド?俺が言う通りにバスと列車を乗り継ぐんだぞ?頼むから、途中下車とかするんじゃないぞ?」 目当てのダイニングレストランまでの道のりを3回繰り返した後、無理やり財布をクラウドのポケットにねじ込みながらザックスはそう念押しした。 そんなに口うるさく言うほど不安なら、先に行け、と言わず、忘れ物を取りに戻るまでここで待つという自分の意見を聞き入れれば良いのに…。 「バッカだなぁ、お前が許可証もなくここ(神羅)から出られるタイミングは今しかないわけ。ようするに、俺が忘れ物取りに行って帰ってくるのをちんたら待ってると、タイムオーバーになって警備兵にとっ捕まるんだ。イヤだろ?そんなの」 そんな危険を冒してまで外出するつもりはさらさらない。 そう反論しようとしたがいかんせん、頭がまだボーっとしているので咄嗟の言葉が出てこない。 ムッツリ押し黙って不満そうな顔を見せるので精一杯だ。 ザックスはニッコリ笑うとクラウドの髪をグシャグシャと撫で回してからクルリと身体を反転させ、背中を押した。 「それじゃ…後でな」 数歩歩いたところで振り返ると、忘れ物を取りに戻るはずの親友は微笑みながら手を振って見送っていた…。 そんなことしないでさっさと取りに戻れば良いのに、とか、バス停や駅で待っていたらすぐに追いつくんじゃないのか?等々の疑問が頭をもたげ、大げさとも言える見送りをする親友に首を傾げるばかりだったクラウドは、とうとう最後まで親友に追いつかれることなくスラムの7番街駅に降り立ってしまった。 なにをのんびりしてるんだ…。 いつもマイペースな青年に微かな苛立ちを覚えながらも、意識はもっと別の方へ向いていた。 自分を取り巻く空気が全く違う。 久しぶりにたった1人で踏みしめた外の土は、不思議な感じがして仕方ない。 胸の奥底からにじみ出てくる感情をなんと表現すればよいのだろう? 一番ピッタリな言葉は『懐かしい』なのだが、クラウドにはまだそれが分からない。 その感情よりも何よりも、彼が最も奇妙に感じたのは行き交う人々が誰1人として自分を見向きもしないことへの解放感だった。 神羅のビル内では常に珍獣を見るような好奇の視線に晒されていた生活だったので、誰も見向きもしないのがある意味信じられない。 望んで手にした解放感ならここまで戸惑わなかっただろう。 しかし、クラウドは全くこういう環境を望んでいなかった。 だから、彼の中には”奇妙”という感情とほんの少しの”理由の分からない懐かしさ”のみしかなく、だからこそ親友が言った通りの道順を守って進むしかなかった。 もしももっと余裕があれば、寄り道をしたり目移りして本来の目的から逸れてしまったりしたかもしれない。 そうならなかったため、目当てのダイニングレストランに辿り着いたとき、クラウドは途方に暮れてしまった。 こんなにあっさり到着して本当に良いのだろうか? 初めての場所へ迷うことなく辿り着いたことを喜ぶよりも戸惑いが強い。 店の前で暫し佇み、手作りらしい店のドアを見つめる。 自分の目が悪くなければ、ドアに引っかかっている看板は”CLOSE”とある。 ようするに、まだ開店していない。 「……」 バカみたいに突っ立っていたクラウドは、これからどうするべきか決めあぐねた。 ザックスが来るまで待つべきか。 それとも、やはり神羅へ戻るべきか。 そこまで考えてクラウドはハタ、と気がついた。 ザックスは限られた時間しか神羅ビルを出るチャンスはない、と言う理由で先に店へ向かわせた。 なら、忘れ物をしないで予定通りザックスと一緒にこの店で食事をしたとして、それから神羅へ戻った場合でも同じことが言えたのではないだろうか? タイムオーバー。 クラウドはスーッと頭の中が冷える感覚に襲われた。 どうしてその事実に気づかなかったのだろう、と己のうかつさを呪いたくなる。 同時に、ザックスはその事実に承知していたはずだ、ということにも思い至った。 実は、ここまでものが考えられるようになったのは、神羅ビルの空気から離れて暫くしたからこそなのだが、クラウドはそれに気づかない。 ただただ、自分が今気づいたことにのみ気を取られ、焦るばかりだ。 「…何考えてるんだ…アイツ…」 色々と言い包めて神羅ビルから追い出し、わざと規律違反をさせたザックスの真意が分からない。 混乱しながら考える。 これまで、ザックスが自分に不利になることをしたことがあるだろうか? 否。 親切ぶって、本当は陰で神羅に懲罰を与えられるよう画策していたのだろうか? 断じて違う。 どうしてもそうは思えない。 ザックスは、超がつくほどお人よしだ。 底抜けに明るいあの男が、腹の中でそんな邪なことを考えていたなどありえないことだとぼーっとした頭で考えても断言出来る。 なら、何故こんなことに? ……分からない。 分からないが、多分、酷い目に遭わせるとか、困った状況に追いやるとか、そう言う考えはなかったはずだ、と無理やり自身に言い聞かせる。 しかし、いよいよ困ったことになった。 このまま戻って、果たして無罪放免というわけにいくだろうか? 神羅ビルの入り口に着いた途端、警備兵に捕まる可能性は100%。 その際、どう言い訳したら良いだろう? 正直にザックスに誘われてビルから出た、と釈明するつもりは毛頭ない。 そんなことになって酷い目に遭うのはザックスの方こそが…なのだから。 周りから見たら、良い歳をした男が1人、ボケッと突っ立って途方にくれているという奇妙極まりない姿を晒していたことだったろう。 だが、ダイニングレストランが路地を数回折れ曲がった先にあったことと、店舗が他にはなかったことなどにより人通りはほとんどなかったので好奇の視線に晒されることはなかった。 人の気配が皆無に近い状況で悶々としていると、不意に目の前の店のドアが開いた。 現れたまだ小さい少女と思い切り目が合い、ドキリとする。 少女も驚いたように目を丸くしてクラウドを見つめた。 が、立ち直ったのは少女の方が早かった。 「こんにちは」 ニッコリ笑って声をかけられ、しどろもどろ挨拶を返す。 少女は人懐っこい笑顔で近寄ると、 「お客様ですか?」 カケラほどの警戒心もなく見上げてきた。 この質問にこれまたしどろもどろ、その通りであることを伝えると、少女は少し困ったような、申し訳なさそうな顔をした。 「ごめんなさい。暫くお店、お休みするんです」 「…あぁ…そうか」 「本当にごめんなさい」 重ねて謝られ、ペコリと頭を下げた少女にクラウドはどぎまぎしながら小さく首を振った。 さて、いよいよどうしようか?と困るクラウドに少女は眉尻を下げて申し訳なさそうな顔のまま、 「それじゃあ、失礼します」 と、礼儀正しくもう1度頭を下げ、軽快な足取りで目の前の路地を曲がって消えた。 小さな身体に不似合いな大きな籠を手に持っていたので、もしかしたら買い物に行くのかもしれない…と、ぼんやり考えていると、店のドアが大きな音を立てて開いた。 ビックリして顔を向けると、これまた現れた青年に驚いた顔をされた。 「マリン!…って…あれ?」 目が合い、なんとなく居心地の悪い空気が流れる。 今度も早く立ち直ったのはクラウドではなく相手の方だった。 「悪い、ピンクのワンピース着たショートヘアの4歳くらいの女の子、見なかったか?」 「え……あぁ…」 へどもどしながら少女が消えた方へ指差すと、片腕を三角巾で吊っている青年は小さく謝意を口にし、慌てて走り去った。 濃い茶色の短髪、トパーズの瞳が印象的な長身の中々の美青年だった。 その背をなんとなく目で追いながら、ふと視線を感じて店へ目を戻したクラウドは息を呑んだ。 ゆるいウェーブがかかった茶色の髪をポニーテールに括ってお下げに結い上げた女がドアを大きく開いて立っていた。 翡翠の瞳は優しい色を浮かべているが、その奥底に秘められた意志の強い輝きは吸い込まれそうだ。 整った顔立ちは目を惹き付けて離さない…。 一目で分かる。 彼女こそがザックスの話していた…。 「こんにちは」 にっこり笑いかけられたが驚きすぎて声が出ない。 エアリスは目を丸くして固まっているクラウドを小首を傾げるようにして見た。 その仕草が年齢よりも幼く見えてドキリ、とする。 「お客様?」 「え……」 問われて考える。 ザックスの名を口にして良いものかどうか…。 彼がもうすぐ来ることを言えば、もしかしたら店に入れてくれるかもしれない。 いや、しかし入れてくれたからと言ってどうしろと? 1人で食事をするのか? 他に行く当てがないので少し休憩させてもらえると有り難いことには有り難いが、クラウドは人付き合いが大の苦手だ。 知らない人間がいる狭い空間に閉じ込められるのは遠慮したい。 しかし、だからと言ってザックスと入れ違いになるのはもっと遠慮したい。 「あまり大したものは出せないけど、入って入って」 「え?」 言われたことが分からなくてキョトンとする。 エアリスは先ほどの少女のように無邪気な笑顔を向け、店の中へと腕を伸ばし促した。 戸惑うクラウドは素直にその勧めに従うことが出来ない。 「もう、ほら、早く早く」 「え、え?」 「早く〜」 反応の悪いクラウドに焦れたのだろうか。 エアリスは目をグルリと回して呆れたような仕草をすると、ドアを開け放したまま笑顔で近づき、そのまま背中をグイグイ押してきた。 店への勧誘にしてはなにやら強引だ。 気がつけばクラウドは店の一番奥のカウンターのスツールに腰掛けていた。 この強引さはザックスと似ているな、などと考えていると、目の前に水の入ったグラスが置かれた。 グラスを置いた手を追って目だけを上げると、ニッコリ笑った翡翠の瞳とかち合った。 なんとなく、胸がざわりとして落ち着かない。 視線を彷徨わせながらグラスを手に取る。 「1人で来たの?」 「あ、あぁ…まぁ」 「ふぅん…」 何故か不満そうな声を出す彼女の顔が見れず、水を一口飲む。 よく冷えたその水は、神羅ビルでザックスが出してくれたものと同じ清々しい味がした。 「ところで、ご注文は?」 気を取り直したように明るくメニューを差し出され、気の進まないまま手に取る。 ざっと目を通したが、悲しいかな、料理が良く分からない。 そう言えば、自分がいつも食堂で何かを食べるとき、おせっかいな親友が勝手にあれこれ注文していたことを思い出す。 そしてそれらを特に何の疑問も、何を食べているのかということすら思わず、食べていたということに初めて気がついた。 改めて自分がなんでもかんでもザックスに世話を焼かれていたという事実に軽いショックを受けていると、メニューに影が差した。 視線だけメニューから外すと、至近距離にエアリスの整った顔があった。 肌理の細やかな肌、仄かに香ってくる彼女の甘い香り…。 クラウドと同じ目線の高さでメニューを覗きこんでいた彼女にビクッと身を竦ませる。 …何を考えているんだろう…、この女性(ひと)は。 ドキドキとうるさい心臓を持て余しているクラウドとは違い、エアリスはどこまでも無邪気だった。 「どう?どれが良い?」 「え…?」 「お腹、空いてないの?」 「あぁ…いや……」 「食べたいものが特にないの?」 「……そうだな…」 「ん〜…すっごく簡単なものしか作れないけど、それでも良い?」 「…頼む」 「あ、それからお酒はどうする?飲む?」 「…そうだな…キツイの…くれないか?」 「了解」 決めかねているクラウドに、まるで助け舟を出すようにエアリスはとんとんと話を進めた。 腕まくりしながらカウンターへ入る彼女を呆けたように見る。 神羅から重要人物として目されている”要人”が料理をするというのだろうか? クラウドの視線に気づいているはずなのに全く頓着せず、鼻歌交じりに包丁を握ると軽快な音を立てて調理に入った。 楽しげに料理をする彼女に、ふと、懐かしい思いがこみ上げる。 どこでだっただろう? 似たような光景を見た気がする。 視線はエアリスの動きに釘付けで、彼女の楽しげな表情に軽く息を詰める。 ザックスがエアリスをベタ褒めしていたことを思い出し、なんとなくその気持ちが分かるような気がした。 頭の片隅でそんなことを考えながら、いつまでも来ない親友に少しの不安を覚える。 いくらなんでも遅すぎるのではないか? 視線を転じて時計を探し、クラウドはそのときようやく店内に目を向けた。 さほど照明の点いていない店内はほんのり薄暗い。 だが、漂っている雰囲気はとても落ち着いたもので、ホッと心が緩みそうになる空気で溢れていた。 カウンターの両端にそっと置かれている水の入ったグラス。 そのグラスに生けられている白と黄色の素朴な花になんとなく目が引き寄せられた。 「はぁい、出来た〜」 弾んだ声に顔を戻すと、フライパンから何かを皿に移しているところだった。 漂ってくるスパイスの効いた香りに、腹の虫が小さくなる。 それなのに、相反してこみ上げてきた嘔気にサッと顔をこわばらせると慌てて口を覆った。 「はい、どうぞ…って、大丈夫?」 目の前に皿を置かれ、顔を背けるようにして口を押さえているクラウドにエアリスが心配そうな声をかける。 大丈夫だ、と言いたいのに口を開くと吐いてしまいそうで、黙ったまま頷いた。 こみ上げる嘔気に背中はじっとりと汗ばみ、じわりと冷や汗が首筋や額に浮かぶ。 悪いことに嘔気だけではなく目がくらむほどの頭痛までしてきた。 (ヤバイ…!) このままでは確実に店内を汚してしまう。 みっともない姿を見られるのもイヤだ。 思わず腰を浮かせ、その場を逃げ出そうとした。 ひやり、と冷たいものが首筋を拭ったのはそのときだ。 それがエアリスの指先だと分かったのは、彼女が片手を首筋、もう片方の手を額に当てて汗を拭ってくれたときだった。 タオルやハンカチを使わず、素手で汗を拭う彼女のひんやりと心地良い指先に、思わず目を見開いたままエアリスの顔をぼんやりと見つめる。 エアリスは、クラウドの瞳を真っ直ぐ見つめながら、慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。 「大丈夫」 触れたときと同じように突然エアリスは驚くクラウドにそう言った。 ただただ目を見開くクラウドにもう一度「大丈夫だよ」と繰り返すと、額に触れていた指先をそのまま頭部へ滑らせる。 髪を優しく梳き、まるで小さい子供をあやすようにクラウドの頭を撫でる。 なんとも言えない心地良さに、身体から力が抜ける。 ひんやりと心地良かった彼女の指先が、いつのまにかほんのりと温かくなっている。 それがまた、とても気持ち良く、その頃には頭痛も嘔気もすっかり消え去っていた。 (あぁ…そうか…) クラウドは唐突に分かった。 鼻歌交じりに料理をするエアリスをどこで見たことがあるのか。 (…母さんだ…) もう随分長い間、思い出しすらしなかった母親の姿をエアリスに重ねる。 具合の悪い自分を気遣い、こうして微笑みながら「大丈夫」と繰り返してくれるその姿はまさに亡き母の姿そのもの。 それに気づいた瞬間、クラウドは愕然とした。 どうして今まで思い出しすらしなかったのか…と。 父親はクラウドが生まれるのを待たずしてこの世を去った。 だから、クラウドの家族は亡き母だけ。 誰よりも自分を案じ、慈しんでくれたたった1人の肉親。 それなのに、今の今まで思い出しすらしなかったという事実は、クラウドの胸を激しく揺さぶった。 揺さぶられ、新しい疑問が顔を出す。 (母さんは……いつ死んだ!?) この世にいないことは知っている。 だが、どうやってこの世を去ったのか…それが思い出せない。 それだけではない。 今朝見た夢が、何の前触れもなく脳裏に蘇った。 宙を舞う黒髪。 向けられる敵意と殺意に満ちた鳶色の瞳。 そして、武器を振り下ろす寸前に初めてまともに互いの顔を見たあの瞬間、彼女が見せた驚愕の表情、噴き出す鮮血…。 あれは誰だった? 分からない。 でも…知っている。 そう、知っているんだ自分は。 認めることで、胸の奥底が千切れ飛ぶほどの激痛に見舞われた。 のろのろとした動作で片手を胸に押し当てる。 まるで、本当に切れ味の悪いナイフで抉られたかのように痛くて仕方ない。 だが実際には傷ひとつなく、怪我を負ったのは己が手を下した彼女の方…。 何故こんなにも動揺しているのか。 自分は一体どうしたというのか。 自分自身のことなのに何一つ分からなくなっている。 昨日まではどうでも良かったことばかりだった。 周りの人間の生死も、己の体調も…いや、命や過去ですら。 それなのに、ザックスの部屋で目を覚ましてから、大きく自分が変わっていっていることを自覚する。 それが怖い。 怖いのに、元の状態に戻ることも怖い。 一体、何に恐怖しているのか、自分が失くしてしまったものがなんなのか…。 それら全てが分厚いヴェールの向こうに鎮座しているのに、そのヴェールを取り除く術が今のクラウドには分からない。 分からないから混乱し、ただただ目の前で微笑んで「大丈夫だよ。ほら、もうすぐ気分が良くなるからね」と声をかけてくれる親友の恋人を蝋のような顔色で見つめ続けた。 やがてエアリスがそっと手を離した後もクラウドは微動だに出来なかった。 アイスブルーの瞳に宿っている深い苦悩と痛みをエアリスは真正面から見つめていた。 見つめてそして、そっと口を開く。 「あのね、大丈夫だよ。”あの子”、ちゃんと助かったよ」 言われている意味が分からず、途方に暮れたような顔をするクラウドに彼女が改めて説明をしようとした。 ドアが開いたのはまさにそのときだ。 「ただいま〜」 可愛い元気な声がして先ほど入り口で鉢合わせした少女が、これまた鉢合わせした青年と一緒に入ってきた。 「もうエアリス聞いて。エルダスったら私1人でも大丈夫だって言っているのに全然信用してくれないんだよ〜、ってあれ?」 「ちょっとした買い物と言ってもここら辺は物騒だからマリンが1人で行くなんて……って…」 笑いながら軽い口調で口論していた2人は、店の中に客がいるのに目を丸くした。 青年は訝しげに目を眇め、マリンはパッと笑顔を浮かべる。 「あ、さっきのお兄さん」 「ふふ、本日のお客様、第一号よ」 おかえり、と笑顔で出迎えたエアリスにマリンが駆け寄る。 そうして改めて「いらっしゃいませ」とぺこりと頭を下げた。 しかし、余裕など微塵も残っていないクラウドは呆然としたまま何の反応も返せずにいた。 少し戸惑い、困ったように見上げられてエアリスは微笑む。 「大丈夫。ちょっとお兄さん、疲れてるの」 「具合が悪いの?」 「そうよ。だから、ちょっと治療しようかと思って」 途端、青年が眉を跳ね上げた。 「おい、エアリス」 「それでね、2階の一番奥の部屋を使ってもらおうと思うの」 低い声で諌めるような声を出されたが、当のエアリスはまるでそれが聞こえなかったかのように勝手に話を進めた。 「今は丁度、具合の悪い患者さんもいないしね」 「おい!」 マリンのみに話して無視をする彼女にエルダスはズカズカと傍に来ると、「正気か!?」と詰った。 突き刺す非難の視線を真っ向から跳ね返す。 「当然よ」 「お前…何考えてる」 「この人を助けることを考えてるわ」 「助ける…って…」 少し荒げた声で詰め寄り、マリンの目の前であることにハッとすると、取り繕うように一瞬口をつぐむ。 そして、呆然としたまま土気色の顔をしたクラウドへ視線を流し見て、結局堪えきれなくなってまた口を開いた。 「そりゃ、見るからに調子が悪そうで気の毒だが、ここに泊める必要ないだろ?どこの誰かわからないのに…」 不審者、と露骨に言っているようなものだ。 エアリスの目からスッと笑みが消える。 青年は少したじろぎながらも、己の主張を最後まで口にする思いを止められなかった。 「それに…2階にはティファがいるんだぞ?なにかあったら…」 「ティファ…?」 え…?と、3人の目が集まる。 エルダスとマリンは純粋に驚いて。 エアリスは僅かに身を乗り出してクラウドを見つめる。 3人に見つめられているクラウドは、しかし、その視線に気づかないかのようにその場にいる面々を突き抜けた向こうへ視線を彷徨わせているようだった。 しかし、それもほんの瞬きほどの一瞬だった。 折角収まっていた頭痛が津波のように押し寄せる。 今度は猛烈な痛みで呼吸が止まり、心臓が激しく収縮してバクバクとその存在を主張する。 目を開けることすら出来ない。 突然頭を抱え、バランスを崩してスツールから崩れ落ちたクラウドにエルダスとマリンがギョッとする。 エアリスは咄嗟に手を伸ばしたが間に合わず、床に蹲って呻くクラウドへ再び手を当てた。 その感触にすら気づかないクラウドの脳裏には、ぐるぐると同じ場面が高速で廻る。 舞う黒髪。 向けられる敵意と殺意の瞳。 美しい彼女の顔が驚愕に見開かれ、直後に噴き出した真っ赤な……! 「……っ!!」 声もなく悲鳴をあげ、クラウドは意識を手放した。 |