赤茶けた荒野が目の前に広がっている。 むき出しの岩肌はゴツゴツと歪に尖り、生き物を拒むかのようだった。 だがしかし視点を空へ転じれば、そこには神羅組織の本社ビルがあるミッドガルでは絶対に目にすることの出来ない真っ青な青空が広がっている。 赤茶けた大地とは対照的に清浄さすら感じさせるその紺碧の空は、ところどころ純白の雲を浮かべて無限大に広がり、見るものが見れば大自然の力強さを感じることの出来る壮大な光景となって胸に迫るだろう。 しかし…。 「ったく、暑苦しいわね、なぁんにもないじゃない!」 部下に日傘を差させ、その陰で汗を拭きながら金髪の女は憎憎しげに吐き捨てた。 隣では、巨体に無理やり神羅グループ軍事部統括という緑の隊服を着込んだヒゲ面の男が大口を開けて何がおかしいのか笑っている。 「けっ!まぁったくとんだ無駄骨じゃったわ。なにが『アバランチ元・本拠地に謀反人ども集結の動き有り』か。あるのは我ら神羅に歯向かった者たちの末路のみ。見ろ、それが目の前に転がっとるわ」 自分たちが踏み潰したモノへの侮蔑と、その力に酔う自己陶酔の色がない交ぜになって乾燥した荒野に響く。 スカーレットはふんっ、と鼻を鳴らすと忌々しそうに背後を振り返った。 物々しい装いの神羅兵たちが直立不動の姿勢で上司達の命令を待っている。 その兵達のすぐ後ろには数台のトラックがあるが、そのうちの一台は一際大きく、頑強だった。 鈍い光沢を放っているそのトラックを、スカーレットはジロリ、と睨みつけるように一瞥し、また顔を戻す。 眼下に広がる荒野。 しかし、そこにはかつて、人が生活を営んでいた形跡があった。 4年前に神羅が滅ぼしたコレル村だ。 4年経った今でも、神羅の残虐さは深い爪痕を残して大地に転がっている…。 焼けた鉄塔。 崩れた家屋。 黒こげのまま朽ち果てることすら許されない木々。 そんな中、青い服を着込んだ人間が何人も行き来している。 村を捜索している神羅兵だ。 それらが小高い場所に立っているスカーレットたちにも良く見えた。 今のところ生きた人間が見つかったという報告はなく、最近になって村に人が集まった形跡すらないという報告が上がっている。 そのコレル村跡を女は未練がましく視線を這わせる。 「アンタも諦めが悪いねぇ」 粘着質な男の声が耳に入った途端、スカーレットのこめかみに青筋が浮いた。 頬が不快感のあまりぴくぴくと引き攣る。 男に向き直ったとき、失敗した作り笑いが女博士の顔にはあった。 「あ〜ら、当然よぉ。折角、わざわざ神羅本社から運んできた”あの子”をぜひとも使いたい、と思うのが私たち、科学者の心情というものかと思いますわ〜」 言葉がおかしくなっているが、それに気づかないフリをして男は軽薄な笑みを深くした。 「まあ、その気持ちは当然分からないことはない。だが、現にこうして目の前にあるのはただの廃村。そんなところをいくら探しても時間の無駄というもの。私なら…さっさとこんなところに見切りをつけて、もっと活きのいい実験材料を探しに行くがねぇ」 いちいち言うことがイヤミたらしい。 スカーレットの青筋が二つに増える。 引き攣った笑みを浮かべたまま口を開こうとしたが、それは兵達へ引き上げを命じたヒゲ面の男の大声に遮られてしまった。 辺りにいた兵たちが一斉に退却準備を始める。 「さぁて。早く帰ってザックスの様子を見なくてはねぇ」 ヒッヒッヒ、としか形容しようがない笑い声を上げて、白衣を翻したその男の背をスカーレットは思い切り睨みつけた。 腹立たしさで腸が煮えくり返る心地だ。 だから、風に乗って微かに聞こえてきた男の台詞について深く考える余裕などなく、聞き流した。 「コソコソしおって。いったい何を考えている?」 Fantastic story of fantasy 9何故こんなことをしているのだろう…。 熱い湯に打たれながらクラウドは今の状況に甚だしく動揺していた。 今、自分はシャワーを浴びている。 それも、元・タークスの監視の下で。 赤いマントが特徴的な元・タークスはドア一枚隔てた向こうで、クラウドが万が一、突発的な気分不良に襲われた際、即財に対応出来るよう控えていた。 恐らく、彼も自分と同じくらいこの状況に大きく戸惑っているだろうことはなんとなく先ほどの部屋から追い出されたときの顔で分かったのだが、それでも自分の方こそが『なんで?』という気持ちが強いはずだ。 エアリスの背後に立つ男の正体に気づいたあの瞬間、脳裏に浮かんだのは自称親友が自分を売ったのだ…ということだった。 だが、それは即座に否定した。 あの底なしのお人よしがそんなことをするはずがない、と何故か確信を持って言えてしまうのだ、忌々しいことに。 恐らく、自分がそんな風に見ていると知ったら、あのお調子者は目に涙を浮かべながらいつも以上に頭をグシャグシャと撫でてくるだろう。 ならば、何故アバランチの本拠地に出向くよう仕向けたのか? なによりも、敵のアジトにザックスの恋人がいるという事実。 それら二点からはじき出される答えは、とても漠然としているくせに妙に確信めいたものを感じさせ、クラウドは混乱すると共に不愉快の極みに突き落とされた。 神羅からの離反。 己の意思などまるでないまま、離反をさせられたのだ。 これは言わば、居場所と存在理由を無理やり奪われたも同然だ。 「ねぇ、汗が冷えてきたんじゃない?震えてるじゃない」 震えていたのかもしれないが、それに気づかないほど気持ちは千路に乱れていた。 これからのこと、自分という存在の意味、それらが不吉な影をゾロゾロと引っさげて迫ってくるその恐怖をじわりじわりと感じ始めていたクラウドに、あっけらかんとしたエアリスの声が飛び込んできたのはその時だった。 「風邪引いちゃったらシャレにならないから、お風呂、入っちゃって」 さぞ…間抜けな顔をしたことだろう…。 一瞬で悩みというか、不安というか、そういうものが全部吹っ飛んだ。 いや、ぶっ飛んだ。 ポカン…と口を開けるばかりでなんの反応も示さないクラウドを尻目に、彼女は後ろに立つ長身の男へ振り向いている。 「ヴィンセント、彼が気分悪くなるかもだし、シャワーの間、ちょっと見ててあげて」 「……私がか…!?」 静かで低い声だったが、隠しようもない驚愕の響きが色濃く混じっているのが、混乱していたクラウドでも良く分かった。 彼女の正気を疑わんばかりのヴィンセントに激しく同意する。 しかし、そんな2人に全く頓着せず、エアリスは両腰に軽く手を当てて唇を尖らせている。 「もぉ、当然でしょ?私が様子を見るわけには行かないじゃない。これでもお嫁入り前なのに」 最後の台詞で頬を押さえ、きゃっ!と可愛らしく照れているが、クラウドの目には何故か異世界の人間に映った。 だから。 「…いや…私が言っているのはそう言うことではなく…」 言いよどみ、微かに眉根を寄せて困った雰囲気を纏ったヴィンセントに、激しく共感した。 しかし、彼女にはまったく通じない。 いや、知っていながらも強引にことを進めようとしている…が正解かもしれないのだが、兎にも角にも…。 「じゃあどういう意味?このまま風邪引かれたりしたら大変でしょ?もしもそうなったらヴィンセント、看病してくれるの?私の出番なんか必要ないくらいにバッチリ、完璧に看病してくれるの?ね?無理でしょ?ヴィンセントには看病は無理でしょ?看病よりも、この人がお風呂に入っているときにちょこちょこっと様子を見るくらいなら出来るでしょ?違うの?どうなの?」 「……まぁ…そうだな…」 見事に長身の男を言い負かせ、満面の笑みを浮かべた。 クラウドはその光景に目をむいたが、グリンッ、と顔を向けたエアリスを前にビクッ!と引き攣った。 「はい決定!ほら、決まったなら善は急げ!ほらほらほらほら、早く早く!!」 勝てない。 戦ってもいないのに敗北感に支配される。 そして瞬時に悟る。 自分には彼女の言う通りにするしかないのだ…ということを。 そうして。 何故か深い同情を宿した目で見られながら床から助け起こされたクラウドは、そのままヴィンセントに誘導されて浴室へとやってきたわけだ。 まったく…どうしてこんなことに…。 そう思うくせに不思議とそんなにイヤではない自分がいて、その事実にまた驚き、慌てて否定する。 だが…。 ここは何故か暖かく感じる。 勿論、湯を浴びているから…というわけではない。 気持ちがとても暖かく感じられる。 エアリスという存在がそういう場にしているのだろうか?とそこまで考えて、クラウドは先ほど、ヴィンセントがエアリスの正体に対し『本当に知らないのか?』と言われたことを思い出した。 あれは、クラウドがエアリスの正体を知らないことに対する疑問もあっただろうが、それ以上にもっと他になにかを言外に含んでいたと感じた。 それが一体どういう意味合いのものなのか、そしてエアリスの正体はなんなのか…。 それらを考えている間にピーッ!という、浴槽に湯が張り終わった音が鳴った。 顔を上げ、思考を中断させる。 目下の問題は、本当にこのままゆっくりしていて良いだろうか…ということだ。 ジッとユラユラ揺れるバスタブの湯を見つめて暫し逡巡していると、唐突に気づいた。 湯に浸かるのは本当に久しぶりなのだ…ということを。 『こら〜、クラウド。お前、またシャワーだけで済ませたな?自覚がないだけで身体はヘトヘトなんだぞ?しっかり湯に浸かれ!シャワーだけじゃあ身体の疲れはとれないんだからな!って、こら!言うこと聞け!!でないと、一緒に風呂に入るぞ、今度から!』 親友のちょっぴり怒った中に隠しきれない自分の身を案じてくれている顔とお説教が唐突に脳裏に蘇った。 それは、まさしく”閃き”にも似た一瞬での到来。 今まで忘れていた親友の『お節介』の一コマだ。 ドキッ!と心臓が跳ね、思わず口を片手で覆う。 何故、今まで忘れていた…というよりも、その事実、その過去があったということを覚えていなかったのか…。 任務の後、いつもメンタルケアを受ける前にシャワーを簡単に浴びただけの自分に彼は口を酸っぱくして湯に浸かるように言っていた。 言うことを聞こうとしない自分に対し、本気で心配してくれていたことが今では分かる。 それなのにそのときは、ただうるさいだけ…というよりも、なにも心に響かなかった、興味が持てなかった…という状態だった…ような気がする。 そう言えば…と、クラウドは己の頭の中を更に探る。 ザックスがしきりに警告めいたことを口にしてきたことがあったはずだ。 いつまでも頼るな…とか、あれは薬じゃない…とかなんとか言っていなかっただろうか? それに…。 『ほら、お前が前に話してたことがあっただろ?いらないか?結構探すのに苦労したんだぜ〜』 いつものように任務後特有の気分の悪さに臥せっていると、突然ドカドカと部屋に入り込み、嬉しそうな満面の笑みで持ってきたもの…。 あれは…あの小さな緑色のものはなんだっただろう…? それほど遠くないはずの記憶が霞んで見えない。 昔を思い出そうとすればするほど忘れていた頭痛と悪寒が舞い戻ってきた。 いつしか浴槽の縁に手をかけ、蹲っていたクラウドはシャワーの湯が止められ、頭からバスタオルをかけられて初めてヴィンセントが浴槽に入ってきていたことを知った。 「湯あたりしたか?」 淡々とした口調は冷たくすら聞こえるが、それが彼、ヴィンセント・バレンタインの話し口調なのだろう。 ぼんやりと焦点の合わない目を上げると、紅玉の瞳が微かに眇められた。 「本当は湯に浸かった方が良いんだがな…」 今のままではますます具合が悪くなりそうだな、と最後の方は話しかけるというよりもただの呟きとして口にし、改めてクラウドを見る。 1人で出られるか?との問いに、なんとか頷くとヴィンセントは一瞬考えるような素振りをしたが、結局はクラウドの意見を取り入れることにしたようだ。 浴室から先に出る間際、水を取ってくることを告げて脱衣所からも出て行った。 そのドアの閉まる音を合図にノロノロと立ち上がり、むっと湯気のこもる浴室を後にする。 脱衣所には自分が着てきた服の代わりに洗濯したての服が一式置いてあった。 サイズ的には若干大きいかもしれないが、裾を引きずる心配はなさそうだ。 自分の物ではない服に袖を通し、着替え終わると意外にもさっぱりした心地になれたのは嬉しい誤算だった。 案じていた気分不良も、心配していたことそのものが起きた…というよりも、自分で自分を痛めつけたようなものだったわけだし、まずまずは入浴を勧めてくれたエアリスに感謝するべきだろう。 ふと目を上げる。 鏡の中の自分と目が合った。 そのとき、まるで自分が今まで鏡のない生活をしていたような奇妙な感覚に襲われた。 そんなに見た目に気をつけた生活はしていない。 だがそれでも鏡のみならず、ガラスに映った自分の姿を見る機会はいくらでもある。 それこそ、全く何にも映らないで生活する方こそが難しいだろう。 それなのに、自分の顔を見るのが酷く久しぶりな気がした。 久しぶりではない事実。そして、目の前の己の姿を奇妙に思う感覚。 それらの原因を鏡の中に見つけ、クラウドは愕然とした。 背筋がゾワリゾワリと寒くなり、サーッと血の気が引いていく。 湯あたりするほど湯にあたった直後の反応としてはおかしい。 そう、これは湯冷めなどではなく…。 (これは……誰だ……?) 自分は確かに亡き母の血を引いた容姿をしている。 金色に輝く髪。 空を溶かしたような瞳。 だが、今、目の前の男の目は闇夜でも光りそうなアイスブルー。 まるでガラス玉をそのまま眼窩へはめ込んだ人形のようだ。 手を上げ、目元へ伸ばす。 指先が震えているのが見えたが、無様な自分を哂うだけの余裕は全くなかった。 あまりの衝撃に言葉が出ない。 だから、水の入ったグラスを手に戻ったヴィンセントに全く気づかず、肩に手を置かれてゆっくりと振り向いたクラウドの顔は入浴直後とは到底信じられないほど真っ白で、血の気は一切なかった。 一方。 エアリスはクラウドが入浴をしている間、丁度目を覚ましたというティファの看病へ向かったユフィを追って階下から2階へ舞い戻っていた。 どうしてもこうも間の悪いタイミングで…と、さほどない距離を慌てて駆け上がる。 あのお調子者はなんでもかんでも面白おかしくしゃべってしまう。 そればかりか言わなくても良いことまでをもぺらぺらと舌を回してしまうのだ。 仲間が落ち込んでいるときは特に。 それが、元気を出してもらおうというユフィなりの気遣いの現われだと分かっているからあまり注意をしたことはないのだが、今回は場合が場合だ。 「ユフィ、ちょっと」 ノックするのももどかしく、走ってきた勢いそのままにドアを開けると、心配していた状況に陥いるまさにその瞬間を目の当たりにしてしまった。 驚愕に見開かれた瞳、微かに震える唇。 青い顔色は体調不良のみが原因ではないと一目で分かる。 慌ててベッドから飛び出そうとするティファをエアリスは間一髪で引き止めた。 「ダメよティファ。ほら、身体に障るからベッドに戻って。ユフィ!ティファになに言ったの!?」 ティファを宥める台詞の直後に彼女らしくなく声を荒げる。 ユフィは突然のことにギョッと固まっていたが、常にないエアリスの叱責にも似た口調にビクッと身を竦めた。 しかし、エアリスはそんなユフィを問い詰めることは出来なかった。 「どういうこと?エアリス…何か知ってるの…?」 ティファが信じられない、と言う顔で病み上がりとは思えない力で両腕を強く掴んだのだ。 一瞬だけ戸惑いの顔を浮かべる。 しかし、すぐにエアリスはニッコリ笑った。 「ううん、大丈夫だよティファ。あのね」 「お願いだから…、少しで良いから!お願い、あの人かどうか確認させて!」 「あの人ってなぁにティファ。知り合い?でもね、今はあの人、具合が悪いから面会出来ないよ。それに」 「お願い!一目で良いから!」 「ティファ」 悲痛な声音で懇願するティファに声を大きくして名を呼ぶと、その次に続く言葉をエアリスは封じた。 笑顔を消して真剣な顔をする。 「ティファ。私言ったよね?ティファはまだ安静にしていないといけないって」 「…でも」 「それに、彼も安静にしていないといけないの」 「……どこか…悪いの?」 ようやくエアリスの言葉が耳に入ってきたのか…。 ”彼は安静にしていないといけない”と言う言葉に強い不安がティファの顔に浮かび上がる。 エアリスはこっそりホッと力を抜いた。 このまま言いくるめることが出来ればとりあえず、この場は凌(しの)げるだろう。 安心させるように宥めるような笑みを浮かべ、脱力した彼女の身体をそっと横たえようとする。 しかし、その一瞬の気の緩みを突き、ティファは手首を翻した。 バサリッ!とシーツがまるで羽ばたく鳥の翼のように大きく広がる。 それは逸れることなくエアリスを頭からすっぽりと覆ってしまった。 予想外すぎる行動にそれまでエアリスとティファのやり取りを唖然と見つめていたユフィも目をむいた。 「な、ティファ!?」 2人の声に追われるようにしてティファは部屋から飛び出した。 ユフィの話を頼りに躊躇わず浴室を目指すべく足を向け、3歩ほど駆ける。 その足が突如止まったのは、対象となる一室のある角から曲がって現れた人影のせいだ。 現れた2人もハッと立ち止まる。 ヴィンセントがしまった、と言わんばかりに背後へクラウドを隠したが、凍りついたティファの様子に全てが遅かったことを知った。 背に隠した男をチラリ、と見ると、彼もまた息を呑んだままの表情で立ち竦んでいる。 ヴィンセントは、一昨日の神羅ビルで交わした血で血を洗う応酬の敵、その正体にティファと背後の男の双方が勘付いたから驚いているのだと思った。 だがその場を乗り切るための言い訳をただの1つすら思い浮かばない間にそれが間違いだと知った。 微かに震えながら、ゆっくりこちらへ来るティファの表情は、敵と相対したときに見せるものとは全く違っていた。 縋るように向けられた瞳は、ヴィンセントの身体を通り越してただ男のみに注がれている。 血色の悪い唇はなにかを紡ごうと震えていた。 ゆっくり廊下を歩いてくるティファの背後から、エアリスとユフィがようやく飛び出してきたが、相対するように立っているヴィンセントとその背後のクラウドに顔を強張らせる。 敵への怒りに駆られてティファが無理をしようとしていると勘違いしたユフィが駆け寄ろうとしてエアリスに止められる。 止められた意味が分からず、ユフィは焦りと軽い苛立ちに眉根を寄せたものの、深い溜め息を吐いて首を横に振るエアリスに戸惑いながらその場に留まった。 そんな、仲間たちのやり取りに全く気づくことなく、ティファはゆっくり近づいた。 そうしてわずか2メートルの距離になったとき、身体を退けたヴィンセントのお陰でクラウドと真正面から対峙すると、ようやくその足を止めた。 暫く言葉もなく見詰め合ったまま、クラウドとティファは互いの目の中の自分を見た。 クラウドの瞳にはティファ。 ティファの瞳にはクラウド。 お互いの瞳の奥を探り、底の底に何があるのか見つけようとする。 語るべき言葉があるはずなのに、一言も話せない。 緊張感が高まり、場の空気が張り詰める。 見守っているだけのユフィも知らず、ゴクリと喉を鳴らした。 それをきっかけにしたわけではないのだが、その静寂はティファによってとうとう破られた。 「………クラウド…だよね?」 アイスブルーの瞳が見開かれる。 人形のように凍りついたままだった彼の顔が動いたのを見て、ティファは震える胸の内をそのまま再び舌に乗せた。 「クラウド…でしょ?」 「ニブルヘイムの…」 「クラウド…・ストライフ…だよね?」 1つ声を発すると、気持ちを止めるのが難しくなったのか…。 気づけばにじり寄るようにして止まっていた足を前へ運んでいる。 対してクラウドはゆっくりゆっくり、微かに首を振りながら後ずさった。 目には怪訝な色をほんの少し混ぜた恐怖が宿っている。 まるで小さい子供が見知らぬ大人に突然声をかけられたような、そんな姿だ。 一方、ヴィンセントとユフィは、”ニブルヘイム”という言葉に息を呑み、戸惑いながらエアリスへ目を向けた。 しかしエアリスはただ黙って相対する2人を見守っているだけだ。 「クラウドでしょ…?私のこと分からない?」 「……知…らない…」 ようよう聞けた彼の声は掠れて弱々しかった…。 知らないと否定され、ティファはもどかしげに更に距離を詰める。 しかし、クラウドも後ずさる足をゆっくりとではあるが止めない。 「ねぇ…私のこと本当に分からない?」 「ティファだよ。ティファ…・ロックハートだよ」 ティファ?と訝しげに男が呟いたのを見守っていた3人も、ティファも聞いた。 しかしその直後。 知らない、と恐怖すら滲ませて後ずさる男に何らかの変化を望むティファの目の前で、男は目を見開きビクリッ!と大きく身体を震わせたかと思うと、苦悶の表情を浮かべると頭を抱えてその場の倒れ伏した。 「クラウド!」 彼の名を呼びながら駆け寄ったティファもまた、突如襲った横腹への激痛にその場に蹲った。 それは、一昨日彼から受けた傷のあった場所。 誰かが身体を支えてくれたが、それに感謝をすることも意識を向けることすらせず、ティファはヴィンセントに抱きかかえられようとしている金糸の髪を激痛に霞む目を凝らしてヒタと向け続けた…。 |