クラウドは雨で霞む視界に苛立ちながら、必死になって走っていた。
 服は雨を吸い込んでいつもよりも重くなっているものの、走る勢いはいつも以上だった。

 早く、早く!

 心がクラウドを急き立てている…。





Fight with … 2






 ―『大丈夫、安心しな。一応、あんたの純潔を奪ってまで子供を作ろうってわけじゃない』―
 ―『私らは十ヶ月も待てるほど気が長くないからね』―
 ―『あんたの卵子と魔晄を浴びた人間の精子を体外受精させてから培養液で育てるんだ』―
 ―『だから、あんたには沢山の卵子を提供してもらわないといけないんだよね』―

 そう言って甲高く笑った女王の声が耳にこだましている。
 ティファは歯を食いしばって痛む四肢を動かそうとした。
 だが、頑丈に出来ている革のベルトは少しも引きちぎれそうな気配を見せない。

 手術台。

 ティファは今、それに縛り付けられている。
 排卵誘発剤を注射し、体外受精させてティファの遺伝子を組み込んだ『兵器』を作る、と女王は言った。
 冗談じゃない!
 そんなふざけた実験に利用されてたまるか!
 それに。

(赤ちゃんは…私の赤ちゃんは…!)

 クセのあるツンツンとした金髪の愛しい人が瞼の裏に甦る。
 絶対に彼との赤ちゃんでないとイヤだ!
 涙がいつの間にか溢れてきてこめかみを伝い、手術台の上に零れ落ちた。
 幸か不幸か、ティファは1人だった。
 誘発剤を注射するためなのか、あるいはもしかしたらもう仲間達が来てくれているのか分からないが、ティファを手術台に縛り付けた後、こうして放置されている。
 放置されてからの正確な時間は分からない。
 鉄筋での拘束はこの部屋に移されるために一時的に解かれた。
 そのチャンスを見逃すはずは無かったが、敵がティファの行動を予想しなかったはずも無かった。
 圧倒的にティファは劣勢だった。
 だが、それでも抵抗した。
 ティファの髪を鷲づかみにした男を思い切り殴り飛ばすことに成功する。
 おんぼろになった壁を撃破させるだけの渾身の力を込めた拳だった。
 だが、出来た抵抗はそれだけだった。
 背中が刃物で切りつけられ、灼熱を伴う痛みが走った。
 次いで間髪いれずに鳩尾に拳。
 元々意識がしっかりしている状態で拘束を解かれたのではない。
 ティファは地面に倒れて脂汗を全身から噴出させた。
 苦悶のあまり、呻き声すら洩らせない。
 呼吸も止まる。

「本当に…ぞくぞくするほど私の理想どおり」

 地べたに蹲るティファの顎を足先で引っ掛け、無理矢理上を向かせた女王は、恍惚とした表情でティファを見下ろしていた。


「くっ!あんな……あんな奴らなんかに…!」

 ギリギリと必死になって四肢に力を入れる。
 折れている足と肋骨、鎖骨が焼け付くように痛んだ。
 背中の切り傷も新たにその傷口を深くしたようだ。
 急速に広がる温かい液体でそれが分かった。
 あまり出血をすると、クラウド達が到着してくれた時、足手まといになる可能性が高い。
 そんなことになりたくはない、当然だ。
 しかしそんなこと言っていられる状況ではない。
 今にも、誘拐犯達が戻ってくるかもしれない。
 排卵誘発剤だなんて投与されてみろ、どんな男と掛け合わされるか分かったもんじゃない。
 自分の遺伝子がクラウド以外の男と結びつくなどおぞましい以外の何ものでもない。
 それに、そんな風に『愛の無い』状態でこの世に生を受けて、赤ちゃんが幸福なはずは無い。
 絶対に…絶対にイヤだ!

 ギギギ…。

 だが、ティファがどんなに渾身の力を込めて革ベルトを引きちぎろうとしても、ベルトは逆にティファの手首、足首を締め付け、擦り傷を深くするばかりだった…。


 *


「ここかよ」
「そうだね」

 ヒソヒソ声…、とは言い難い会話を交わす仲間に赤いマントのガンマンは苦い顔をして「静かにしろ」と睨みつけた。
 一方、睨みつけられた義手の男とお元気娘はシュンとするどころかいきりたって睨み返した。

「なに落ち着いてやがんだ!」
「そうだよ、ティファとデンゼル、マリンが心配じゃないってわけ!?」

 その2人の足元で、赤い獣が溜め息を吐いた。
「2人の声が敵に聞かれて作戦が失敗することの方が心配だよ…」
「私も同感だ」
 ポソッと呟いたその言葉にヴィンセントが珍しく賛意を唱える。
 バレットとユフィは、今回の事件を耳にした瞬間から腸(はらわた)が煮えくり返っている状態だった。
 ゆえに、冷静に状況を把握しようとしている仲間の態度が物足りない。
 イライラとしながらも、結局喉元まで出掛かっていた愚痴の数々を飲み込んだ。
 目の前にあるのはミッドガルの街並み、とは言え、もう廃墟ばかりなので街並みと言っても死んだ都市だ。
 不気味さすら感じられるし、誘拐・脅迫という卑劣な人間が潜むにはもってこいな場所だとも言える。
 そして、そのミッドガルの入り口には、クラウドの愛車が転がっていた。

「クラウドの奴、1人で突っ込みやがったな…」

 バレットが今にも駆け出してしまいそうに身を乗り出した。
 隣で同じくユフィもウズウズしながら『その時』を待っている。
 ヴィンセント達は、シエラ号からの指令を待っていた。
 シエラ号には、WRO局長のリーブとシドが乗っている。
 空からの捜査を行っているのだ。
 今回の敵の目的は明確だったが、本当の目的が不明のままなのでむやみに突っ走れない。

「…クラウドとティファを捕まえていったい何がしたいんだろう…?」

 ナナキが不安そうに空を見上げながら呟いた。
 雨は止みそうにない。
 真っ黒い雲が垂れ込めていてまるで夜がやってきたかのようだ。

「さぁな…分からん。だが、よからぬことに決まっている」
「そうだよ!デンゼルとマリンを人質におびき寄せるだなんてサイテーなクソ野郎共だね!」
「くっそ〜…、俺のマリン、俺のマリンがー!」
「2人とも黙れ」

 ヴィンセントがバレットとユフィを諌めたのは2人がどんどん興奮して収拾がつかなくなることを危惧したからでも、騒がしいことに苛立ったからでもなかった。

「今の…なんの音?」

 ナナキが不安そうに耳をピクリ、と震わせた。
 4人は息をつめて前方を見つめた。
 突然、ミッドガルの中腹に当たる部分が爆発、炎上した。

 目を見張るも、すぐにヴィンセントは駆け出した。
 少し遅れてユフィとバレットが物陰から飛び出す。
 ナナキは既にヴィンセントと並走していた。
 シド達の捜査結果を待つことなど不可能だった。

 雨が降っているのに風がある。
 そのためだろうか、金属の燃える火事独特の嫌な臭気が4人を襲った。
 ナナキは特に嗅覚が鋭い分、その不快感は一番きつかっただろう…。

 荒れ果てたミッドガルを疾走する。
 雨粒を全身で受けながら4人はひた走った。

 最初に自分達の周囲の殺気に気づいたのはナナキだった。
 ヴィンセントがその半瞬後に気づく。

「皆、散れ!」

 ヴィンセントの鋭い警告。
 サッと動いたのはユフィ。
 ナナキはヴィンセントが警告を発するよりも早く、高く跳躍した。
 バレットは警告を発すると同時にヴィンセントに突き飛ばされた。

 文句を言う暇も無く、バレットは瓦礫の山に背中から突っ込み、痛みのあまり低く呻いた。
「いって〜…、ヴィンセント、てめ」
 言いかけて「おわっ!」と奇声を上げつつ慌てて前のめりに攻撃を避けた。
 ゴロゴロと地面を転がってから身を起こす。
 同時に義手を銃に復元して発砲。
 敵が難なく身を翻して避けたのが見える。

「くっそ、なんだってんだあの身のこなしはよぉ!」

 不意打ちを喰らった己の不甲斐なさと、敵の卑怯な手法の双方に歯噛みする。
 既にヴィンセントとユフィ、ナナキは数人の敵を相手にしていた。
 ユフィの手裏剣が空を突っ切り、間髪いれずにユフィ自身がもう1人の敵に予備の手裏剣で切りつける。
 ヴィンセントの銃が数人を相手に合間無く火を噴き、ナナキはその俊敏な身のこなしで敵を翻弄しつつ、己に向けられる攻撃をかく乱させていた。
 だが、3人に共通して言えることがある。

 圧倒的に敵の数が多い。
 しかも、信じられないくらいの凄腕ばかりだ。

(こいつら…なんでこんなに…!)

 敵の数とその腕に気づいた頃にはとっくにバレット自身、その戦いの真っ只中に立っていた。
 元々素早い動きをとる事が体系から見て分かるように苦手だ。
 その分、ユフィ達よりも標的にされている。
 いや…、標的がいつの間にかバレット1人になっている。

(いかん!)

 敵の作戦にいち早く気づいたのはヴィンセントだった。

「バレットに集中させるな!」

 そう叫びながら、自身も絶え間なく発砲を繰り返し、孤軍奮闘させられそうになっていたバレットの背スレスレに飛び降りた。
 ヴィンセントならではの…、いや、英雄だからこそ持ちえている跳躍力。
 孤立しそうになっていたバレットは、気がついたら左右、背後を頼もしい仲間に囲まれていた。
 ユフィとナナキが真剣な目で敵を睨みつつ、攻撃を間断なく続けている。
 ナナキの闘い方は接近戦なので、自然とバレットを守護する動きとなった。
 無論、バレットも黙って守られているわけが無い。
 手当たりしだいにマシンガンをぶっ放す。
 対して、ヴィンセントとユフィは実に的確な攻撃で確実にしとめていく。
 だが、敵の力は凄かった。
 ハッと気がついたら英雄の誰か1人を孤立させるように追い詰め、集中攻撃を試みてくる。
 何が何でも、ここで誰か1人、あるいは全員を仕留めるつもりだ。
 そして、その冷静な身のこなし。
 決してバタバタとした攻撃ではない。
 1つの意志があるようでない。
 そんなつかみどころの無い動きをしているくせに、英雄を1人にして確実に1人ずつ仕留める方法を取ろうとする。
 それが分かっているからヴィンセント達はなるべく離れないように固まって攻撃、あるいは防御している。

「あ〜!こんな時にマテリアがあったら!」

 痺れを切らしたユフィが苛立ちを露にした。
 その言葉でヴィンセントはハッと気づいた。
 ユフィも自分の言葉で気づいたらしい。
 パッと顔を見合わせ、なんとも複雑な表情を浮かべあう。

 敵もマテリアを使っていない。
 純粋に己の持っている力だけで英雄を翻弄している。

「世界は広い…とはよく言ったものだ…」
「感心してる場合じゃないよ、早く先に進まないとクラウド達が心配だよ」

 珍しくナナキがそう言って焦燥感を表した。
 ヴィンセントもこれまた珍しく素直に頷く。

 自分達4人が集まってこのざまだ。
 ということは、先行しているクラウドは単身でどうなっていることだろう?
 それに…ティファは?

 嫌な予感が胸を締め付ける。
 そもそも、今回の脅迫の内容はクラウドとティファの身柄の引渡しなのだから。

(クラウドとティファをどうしたいんだ…こいつらは…)

 ヴィンセントは建物の影や屋根の上、はては折れた電柱の上から自分達を攻撃する敵に心乱されながら、先に行ってしまった仲間のことを思った…。


 *


(あと…少し…)

 微かに聞こえる息遣い。
 クラウドはジッと息を潜めて木箱の中から様子を窺っていた。
 小さなボロボロの倉庫の傍らに置かれていた木箱。
 その中に隠れている。
 敵に気づかれるわけにはいかなかったのでフェンリルをミッドガルの入り口に置き去りにしてから、わざと大きく迂回するようにしてクラウドは子供達が監禁されていると思しき建物に近づいていた。
 この時、ミッドガルの入り口付近でヴィンセント達が到着したことはまだ知らない。
 ならクラウドがどうして子供達が囚われていると思しき建物にこうして接近出来たのかというと、小さな幸運がクラウドを導いてくれた。

 雨音に混じって微かに聞こえた人の声。
 そっと窺うと、そこには酒のビンを片手に、面倒くさそうに小屋の入り口にたむろしている男達。
 クラウドは驚いた。
 全員魔晄に晒された証の瞳をしている。

(元・ソルジャーか…)

 なるほど。
 クラウドは納得した。
 普通の敵ならば、ティファが1人で突っ走っても『闘っている真っ只中』である気配がするはずだ。
 それなのに、それが全く無い。
 と言うことは…。

 考えたくないが、ティファは捕まってしまったのだろう…。

 あのザンガン流を自在に操るティファがただの誘拐犯相手に捕まるなど到底ありえないが、元・ソルジャーならば可能だろう。
 それに、男達は面倒くさそうに酒を飲みつつも、一瞬たりも気を抜くことが無い。
 見ていて分かる。
 あれはわざとこちらを油断させるために見せている姿だ。

(あんなに殺気を放ってるのに、酔っているふりをしたって無駄だ)

 心の中で失笑する。
 失笑しながらも、ティファと子供達のことが気になって仕方なかった。
 だからこそ、自分が置かれている周りの状況にはより一層気を配って見張りに見つかっていないか何度も不穏な気配が近づいていないか確認しているし、男達が酔った振りをして声高に話す言葉に耳を傾けている。
 この男達が子供達が囚われている場所を知っている可能性は高い。
 そう己に言い聞かせてジッと耐える。
 それに、チャンスをただ待つだけのクラウドに、男達が洩らした『ジェノバ戦役の英雄達がここに到着しつつある』と聞けたことはこの上なくラッキーだった。
 だから、男達はここで待機しているのだ。
 クラウドの仲間を迎え撃つために。
 そうこうしているうちに、クラウドはようやっと聞きたかった情報を手に入れた。

「それにしても、あのガキ共、肝っ玉が据わってたな」
「あぁ。流石ジェノバ戦役の英雄に育てられてるだけはある」
「それは関係ないんじゃな〜い?だって、血ぃ、繋がってないんだし〜」
「そうかもしれませんが、将来大物になる可能性があるのは事実…」
「おいお前、もしかして情が沸いたのかよ?」
「私が?なに笑えない冗談を。将来大物になるなら、今殺してしまうとこの先、楽しみが1つ減ってしまう…そのことを嘆いてるんですよ。特にあの男の子。まだ小さいのに女の子を守ろうと必死になって私に飛び掛るだけの度胸の太さ。感服しましたね。きっと、あと10年もしたら、いたぶって殺す甲斐もある男に成長したでしょうに」
「お〜、怖い怖い」

 耳元で心臓が激しく脈打ってるかのようだ。
 怒りで思わず飛び出しそうになる。
 こんなところで覗き見などしてないで、あの男達を殴り、蹴り、バスターソードで思い切り斬り倒してやりたい
 隠していた気配を露にして殺気を放ち、あいつらの不意を突いて攻撃してしまいたい。

 だが、クラウドはなんとかカケラほど残った理性によって自制した。
 今、飛び出したらここまで何とか見つからずにやって来られたことがすべて無駄になる。
 怒りに駆られても尚、あの男達の強さを見誤ることなくクラウドは耐えた。
 そして、耐えただけの収穫はあった。
 ほどなくして、男達の中で一番言葉遣いが丁寧だった男がおもむろに立ち上がったのだ。

「お、もうそんな時間か?」
「はい」
「ガキの守(もり)は大変だよね〜」
「仕方ありません。クラウド・ストライフを捕まえるまでのほんの少しの辛抱ですからね」
「それよりも、お前ら見たか?ティファ・ロックハート!あの女、WROの広報誌なんかよりもずっといい女だったぜ」
「ああ、アンタを殴り飛ばしたって英雄?手負いの相手に思い切り殴られるだなんて、ボクには信じられないし、すっごく不名誉なことなんだけどなあ」
「殺すぞ、てめぇ!」

 ティファの名前が出て、クラウドは思わず声を上げそうになった。
 グッとこらえ、一層身を硬くし気配を殺す。

 手負い…と言っていた。
 それが大きく不安を煽る。
 それでもティファがまだ生きていることを表しているのだ、となんとか自身を慰める。

(あいつか…。俺がこの手で殺してやる)

 醜悪な顔をしている男を瞼に焼き付けるように見る。
 男はバカにされて噛み付かんばかりに神経質そうな顔立ちの男に喚き散らしていた。
 他の男達は止める気など全く無いのだろう。
 興味なさそうに酒瓶を煽ったり、それとなく周囲を警戒している。
 そんな仲間達を置いて、言葉遣いが丁寧な男がその場を離れた。

 ガキの守。
 そう言っていたことから、恐らくこれからデンゼルとマリンの所へ行くのだろう。
 何をしに?とまでは考えない。
 その場に着いたらすぐ男を戦闘不能にしてしまうのだから。

 クラウドはそっと木箱から抜け出した。
 雨が降っていたことはクラウドにとって幸いだった。
 雨音によって木箱をずらした音が掻き消える。

 そうしてクラウドは、子供達の元へ向かう誘拐犯の後をそっと尾行することに成功した。

 辿り着いたのは小さな小屋だった。
 元々はそれなりに綺麗だったであろうその小屋は、数年間の間に見る影もなくなり、かろうじて雨露がしのげる程度に役立つだろう、というだけとなっている。
 豪雨の中で見るからだろうか?
 その小屋がとても頼りなく、そして殺伐とした雰囲気を纏っているように見えた。

 誘拐犯の男は手になにやら包みを持っている。
 途中、男は倉庫のようなところに立ち寄った。
 そして、すぐに出てくるとビニールの袋に入った包みを手に、傘も差さずまた歩き出した。
 既にびしょぬれだったから傘を差さなかったのか、それとも面倒だったのかは分からないが、それでも包みが濡れないようにビニール袋に放り込んだのはそれなりに配慮しているからなのかもしれない。

 クラウドが廃屋の建物の壁に背をつけ、ジッと窺っているとは気づかないまま、男は小屋の鍵を開けた。
 中に入る。
 デンゼルの声が聞こえた。
 何やら罵っているようだが、雨音でかき消されて良く聞き取れない。

(頼むから挑発するようなことはしないでくれ、デンゼル、マリン)

 クラウドは祈るようにして固唾を呑んで男が再び出てくるのを待っていた。
 十中八九、子供達の監禁されている小屋には監視カメラが取り付けられているだろう。
 今、飛び出して子供達を救出できても、その間にティファがヤバイことになる可能性が高い。
 それに、自分1人だけで子供達を守り、この死んだ都市から脱出できるとは思えなかった。
 敵の力を見誤ってデンゼルとマリンにもしものことが起こったら、バレットやティファ達に合わせる顔が無いし、正気をなくし、狂ってしまうだろう。
 かつて無いほどの緊張感。
 クラウドは耐えた。
 そして、その耐えた時間は無駄にはならなかった。
 ほどなくて男が出てきた。
 施錠し、仲間達のところへ戻っていく。
 クラウドは男の姿が見えなくなってから充分時間をとった後、ようやく子供達の監禁されている小屋へと近づいた。
 コンピューター関係のことにはさほど詳しくない。
 だが、それでも神羅時代に培った『監視カメラ』等が設置されているであろう場所をくまなくチェックし、慎重に死角を探して行動した。
 この時ほど、神羅に身を置いていたことを感謝したことはないし、感謝するなどこれで最後だろう。

 そっと窓から中を覗き見る。
 強張った笑みを互いに見せながら、男が置いていったであろうジャンクフードを口に運んでいるデンゼルとマリンがいた。
 幸い、縛られたりはしていないようだ。

 懸命にこの状況に立ち向かっている子供達の姿に胸がいっぱいになる。
 思わず駆け込んでしまいそうになる気持ちを必死になって押し留め、クラウドはそっと小屋から離れた。
 本当なら今すぐにでも子供達を助けたい。
 だが、まだ自分が捕まっていないからこそ、子供達は無事なんだということも分かっている。
 既に捕まってしまったティファを助けることの方が先決だと判断した。
 子供達がなんとか無事だということを確認出来ただけでもラッキーだと思わなくては。

(デンゼル、マリン、すまない。すぐに助けに来るから)

 心の中で詫びながらクラウドは迅速に行動した。

 恐らくティファが捕まっているのは敵の『本部』みたいなところだろう。
 曲がりなりにもジェノバ戦役の英雄を捕獲したのだ、子供達を押し込めているような安っぽい小屋ではないはずだ。
 監視も一層厳しくしているに違いない。

 敵の本部を探すのには苦労しなかった。
 濃厚な気配のする方へ向かえば良いだけなのだから。
 クラウドは途中、覗き見た数多くの小屋や倉庫から、手軽に引火させられる爆発物を手に入れた。
 敵をかく乱し、どさくさに紛れてティファを救出するしか方法はないと思ったのだ。
 それに、建物の1つや2つ、爆発・炎上させられたらそれを見て仲間達が駆けつけてくれるかもしれないとも踏んでいた。
 もうそろそろ仲間達が到着しても良い頃合だ。
 そして、クラウドは行動した。

 爆発物を収納している小屋目掛けて思い切りバスターソードを振るったのだ。

 小屋は簡単に爆発・炎上した。
 同時にクラウドは走った。
 目の前には神羅ビルを髣髴とさせる建物。
 その中から敵が次々に現れる。
 クラウドは、これまた小屋の中から手に入れていたボロ布を頭からスッポリ被ると目立つ金髪を隠し、ビルの中へと潜入した。

 この爆発でヴィンセント達がミッドガルに突入したと言うことを、クラウドは後で知ることになる。