「局長、爆発を確認しました!」 部下の報告を聞くまでも無く、シエラ号から火の手が上がっているのが視認出来た。 シドをチラリ、と見る。 シエラ号の艦長は黙って頷いた。 「では、少々段取りが狂いましたが作戦通りにいきましょう」 その合図と共に、シエラ号から小さな物体が豪雨に紛れて落下した。 Fight with … 3「な…なに…?」 身動きの取れない状態だからこそ感じ取った揺れ。 地震だろうか? 微かな地響きが手術台に縛り付けられている身体に伝わってくる。 それに伴い、この建物の気配がなにやら騒がしくなった気がする…。 (まさか…誰か来てくれたの…?) そう思い、喜びが胸に広がる前にティファはその考えを否定した。 仲間達が来てくれたかもしれない可能性は確かにある。 だが、そう簡単にここまで辿り着いてくれるとは限らない。 それに、誘拐犯達の強さと用意周到さを考えると、彼らの行動が思わぬ小さなアクシデントを呼んだ結果であるとも言いがたい。 ぬか喜びはしたくないし、仲間達に…、とりわけクラウドに助けてもらうばかりでは何とも申し訳ない気持ちになるし、情けない気分でいっぱいになる。 本当は、こんな時こそ甘えて良いと言うのに、生真面目で皆の負担になりたくないと言う気持ちが強いティファにとって、彼らの手を煩わせることは受け入れがたかった。 そう考える一方で、深手を負っている自分の状態では、やはり誰かの手が無くてはここから脱出出来ない事もわかっていた。 (それにしても…) 段々意識が朦朧としてきている。 背中からの出血が続いているのが感じられる。 骨折している足、肋骨、そして鎖骨の痛みは焼け付くほどなのに、それすらも意識の片鱗へと化していっているようだ。 (あぁ…どうしよう…) 四肢に力を入れようとするが上手くいかない。 手先と足先の感覚がなくなってきている。 (まだ…大丈夫、大丈夫。だって、ニブルヘイムでも大丈夫だったじゃない…) 必死になって自分に言い聞かせる。 だが、所詮は自分のことだ。 自己暗示にかけようとしたところで所詮は無駄な足掻き。 頭の片隅ではこのままおぞましい実験の餌食になるのを拒みきれるだけの力がもう残っていないことを悟っていた。 だからこそ、ここで意識を手放すわけにはいかない。 だけど…。 「おやおや。やっぱり予想通り、だいぶ暴れたみたいだね」 ハッと顔を自動ドアに向ける。 女王が数人の部下を従えて立っていた。 自動ドアが開いた音に気づかないほど、自分の身体は消耗しているのだろうか? その事実に慄然とする。 女王はそのまま堂々とした足取りで手術台へと歩み寄った。 ティファの顎に長い指を絡ませ、無理矢理自分の方へと必要以上に向けさせる。 背中の傷が引き攣れたように痛み、思わずティファは顔を歪めた。 「本当に理想どおり。どんなに逆境に立たされても屈服しない強さと高い戦闘力。どんな子が生まれてくるのか楽しみ」 「…冗談じゃないわ」 もっとキツイ口調で罵ってやりたいのに、出てきた声はあまりにもか細かった。 体力の消耗の大きさに驚きながら、それでもティファは睨むことをやめなかった。 女王は実に満足そうな笑みを浮かべるばかりで、ティファのささやかな抵抗を踏みにじる喜びに悦に入っている。 「そうそう、その目が素敵。きっとアンタに良く似た可愛くて強い子供達が沢山生まれるでしょうね。まずは産まれた子供達と一緒にこのまがい物の平和をぶっ壊す。そうして、私達は長い長い時間をかけて戦いを楽しむの」 言葉を切って部下達に振り向く。 白衣を着た髭面の男が頷いた。 手には…注射器。 ティファの身体がビクッと震える。 顎を掴んだままの女王にはその震えがよく伝わったことだろう。 顔を近づけ、至近距離でティファの目を覗き込んだ。 「大丈夫。アンタが寝ている間に全部終わるから。まぁ、これからは何回も提供してもらうことになるから、暫く家に帰るのは諦めてもらうけどね」 おぞましさと恐怖で心が竦む。 だがそれでもティファはありったけの勇気を振り絞って女王を睨んだ。 「冗談じゃないわ。アンタ達の思い通りなんかにさせない」 「でも、そうなるの」 「ならないわ」 「自分の状況をもう少し冷静に見てみたらそうなるしかないって分かりそうなのにね。アンタ、可哀相ね。それとも…」 意味深に言葉を切って後ろを振り返る。 屈強な男、痩身な男、小柄だがガッチリした体躯の男。 外見で言えばバラバラな男達。 だがその表情はどれもこれも一緒。 嘲笑と狂気に彩られた魔晄の瞳。 まるで地獄にいる餓鬼のようだ。 「この男達にアンタを与えるってことも出来るんだよ。それこそ、こいつらにとっては願ったり叶ったりだろうね」 軽く息を止める。 想像しなかったことはない。 むしろ、こういう展開になるかもしれないと覚悟も決めていた。 だが、だからといって容認出来るはずなど無い。 ティファが身体を許せるのはただ1人なのだから。 「でもね、それじゃあ私達もちょっと困るんだよ。分かる?アンタがうっかり妊娠でもしちゃったら暫く排卵誘発剤は使えないからね。私達は1日も早くこの退屈な世界をぶっ壊したいんだ。まずはそのためにアンタから卵子を出来るだけ沢山提供してもらう。そうそう、ユフィ・キサラギも提供者になってもらう」 「な!ユフィまで!?」 「当たり前だろう?若い分、アンタよりも長い時間かけて提供してもらえるんじゃないかって期待してるのさ。でも、今はとりあえずアンタからもらうよ。そのうち、時間をかけずにユフィ・キサラギもここに来るだろうからね」 ティファの全身を新たな怖気が襲った。 最初から敵が何か良からぬことを計画していると予想してはいた。 だが、まさかここまで狂ったことを考えて、実行する人間がいるとは思えなかった。 いや…。 それこそティファの認識が甘かったのだろう。 神羅を相手にアバランチとして闘っていたくせに、狂人を相手にするということがどこか遠い世界のように感じて警戒を怠った。 デンゼルとマリンを人質にとられたら、クラウドとティファがこうして出向かないはずが無いことくらい、ちょっと調べたら分かる話。 ならば、自分達が呼び出される可能性のその目的をもう少し冷静に考えて、行動すべきだった。 いまだにティファは子供達が無事なのかどうなのかすら知らないのだから…。 自分に出来ることはせいぜい女王の注意を自分に引き付け、仲間達の到着を待つことだけ…。 「そこまでして人間型の兵器が欲しかったら自分で産んだら」 おぞましい台詞を口にして挑発を試みる。 だが、女王には全くなんの感慨も抱かせなかったらしい。 むしろ、小バカにしたように自分の下腹部に片手を添えた。 「出来るならとっくにしてる。でも、残念ながら私には子宮がないの。だから子供は産めないのさ」 グッと息を呑む。 子宮がない理由は病気? それとも事故? いや…もしかしたらこの女ならば自らの意思で『邪魔』として排除した可能性もある。 そして、その可能性をこれ以上ティファは考えたくなかった。 それはティファの弱さとも言える。 どこまでもお人よしで、騙されることはあっても騙すことはないという人格的に素晴らしい要素。 だがしかし、生きていくためには時には狡賢く、相手を欺いて自らの身を、家族を守るのに必要なのだ。 それだけの覚悟と汚さをティファは持っていない…。 そして、目の前の女はティファが持っていないもの全てを持っていた。 せせら笑いながら女王がスッと身を引いた。 代わりに白衣の男が現れる。 手に持っている注射器から雫がこぼれる。 ティファの全身から汗が噴き出した。 いやだ。 そう思った。 身体を必死に動かそうとする。 革のバンドが容赦なく締め付ける。 外れない。 ガタガタと手術台が音を立てる。 だが音を立てるだけで全く自由にならない。 女王が戸口に寄りかかるようにして腕を組み、さも楽しいと言わんばかりに眺めている。 高みの見物を決め込んでいる女王とは対照的に、彼女の部下達は医師が注射しやすいようにティファの四肢を押さえつけた。 折れている足が激しく痛んだ。 「は、放して!触らないで!!」 頭を激しく振って抵抗を試みる。 唯一自由に動いていた首から上も、男の大きな手によって動きを封じられた。 腕にアルコールのひんやりした感触。 ティファの全身が怖気立った。 「やめて、放して!!」 女王のせせら笑いが大きくなった。 * 「よっし!何とか突破したね」 軽く息を切らせながらユフィが後ろを振り返りつつそう言った。 隣ではバレットが息も絶え絶えな状態で全身から汗を噴き出させている。 「ゼ〜…ほんとに…ハ〜…まいたか?…ゼ〜…」 「大丈夫だと思うよ。ヴィンセントの匂いが段々近づいてくるだけだから」 雨が降ってるからあんまり自信はないけどね。 そう言いながらナナキは鼻をぴくぴくさせている。 先を急ぐユフィ達は、二手に分かれる事にした。 俊敏性と抜群の射撃の腕を持つヴィンセントに殿(しんがり)を任せ、一気に敵の包囲網を突破したのだ。 土砂降りの中、全速力で走るのは体力を消耗する。 それに、土地勘が誘拐犯達に比べてはるかに劣っている英雄達にとって、包囲網を突破するのは並々ならぬものがあった。 だがそれを成功させたのがヴィンセントだ。 「無事に全員帰ったら、とりあえずヴィンセントに何かお礼しないとね」 「へぇ。ユフィ、珍しいね」 「はん。アタシはいつも素直で可愛いプリティガールなんだよ」 「うん、口を開かなかったらね」 「…ナナキ…、森羅万象喰らいたい?」 「うん、ごめんなさい」 ポンポンと無駄口を叩きながら、走る速度はいささかも緩めない。 段々バレットが取り残されそうな形になっているが、それでも何とか巨漢の英雄も頑張っている。 その頑張りに今は信用するしかない。 何しろ、彼を抱えて走ることなど必要以上に体力を消耗してしまって戦えなくなってしまう。 ここはなんとしても、自力で頑張ってもらわなくては。 「皆、無事のようだな」 「「 ヴィンセント! 」」 建物から建物へ、電柱から折れた鉄骨の上へ。 跳躍しながら追いついたヴィンセントがユフィとナナキの間に着地する。 彼もまた、無事のようだ。 「追っ手は?」 「かろうじて戦闘不能状態になっただろうから暫くは心配ない」 ユフィ、ナナキ、バレットはその言葉に目を見開いた。 自分達が共闘していた時、そんな簡単に戦闘不能状態に追いやることなど出来なかったではないか。 「上手い具合に落下してきてくれたからな」 眉を顰めるユフィにヴィンセントはマントから『それ』を取り出した。 「なにそれ?」 「ケット・シーからだ」 「ケットって…リーブが!?」 ヴィンセントの手の平にスッポリ収まっている小さな小瓶。 ナナキがビックリしながら鼻先を少しだけ向けた。 途端。 「うわっ!!キッツ〜〜!!!」 両前足で鼻先を押さえたものだからつんのめって転倒する。 「うおっ!」 「ぐへっ!!」 後ろから遅れ気味に走っていたバレットが避けきれずにナナキを踏んづけた。 慌ててユフィがナナキに駆け寄る。 赤い獣はすっかり目を回していた。 「このバカ!ちゃんと避けなよ!!」 「いてぇなこの野郎!!」 バシーッ! 景気良くバレットの頭を叩いたユフィにバレットは若干涙目で不条理を訴えた。 ヴィンセントは溜め息をつきながら目を回したナナキを肩に担いでユフィに小瓶を渡した。 「ナナキが証明したように、異様に臭気が強い。そればかりでなく若干意識の混濁を引き起こす『粉』だからな。うっかり自分達が吸い込まないようにしないといけない」 「うへ〜…物騒なもんWROってば開発しちゃってるんだ〜…」 「でもよぉ、雨降ってるのに粉、撒けたのか?」 足を酷使したせいか、少しふらつきつつバレットが首を傾げた。 ヴィンセントはバレットが立ち上がったのを確認したからだろうか、すぐにまた走り出した。 慌てて巨漢の英雄も走り出す。 ユフィは身軽に楽々とヴィンセントの横を疾走している。 バレットにとってはなんとも忌々し、…いやいや、羨ましい姿だ。 「雨だからな、カプセル弾として直接撃った」 「「 ゲッ! 」」 ヴィンセントの腕で外すことはまずないだろう。 と言うことは、この『凶悪な粉』は敵にとってとんでもなくダメージの大きい代物となったに違いない。 (( あ〜、ヴィンセントの敵でなくて良かった )) バレットとユフィは、どこかげんなりしながらそう思った。 しかし、だからと言って油断はしない。 目の前の5階建ての廃ビルから新手が現れたからだ。 「ナナキ、悪いがもうそろそろ目を覚ましてもらうぞ」 呟きながら、ヴィンセントはナナキを突っ込んできた敵の1人に容赦なく投げ飛ばした。 ユフィとバレットがギョッとする。 ナナキを間一髪で避けた敵にヴィンセントがカプセル弾を発砲するのと、ナナキが地面に激突して呻きながら目を覚ましたのが重なった。 ナナキは最初、自分のおかれている状況が分からなかったはずだ。 キョトン…と自分の周りを見渡して…。 「……え!?う、うわわわわ!!!!」 敵の真っ只中にいるわけだから慌てないはずがない。 そして、敵が自分達の中心に位置するところへ転がり込んできた『敵』を見逃すはずが無い。 最初から全身全霊込めた攻撃。 それをナナキはギリギリで避けて避けて避けまくる。 体勢を整えて攻撃なんか出来る暇を敵は与えてくれない。 与えてくれないなら…。 (仲間が作ってくれるのを待つのが一番) ユフィの手裏剣、バレットのマシンガン、そしてヴィンセントの『カプセル弾』。 次々と敵が地面に倒れこむ。 先ほど闘った時とは比べ物にならないくらいラクなのは、一重にWROの恐ろしい研究のお陰。 ナナキは心持ち、口から息をするようにして鋭い嗅覚を守ろうとした。 ユフィとバレットの攻撃は敵をかく乱させ、ヴィンセントは浮き足立ったところ確実に仕留める。 ナナキは仲間の1人1人に目を合わせると、それぞれに決意強く頷いて1人、先へと進んだ。 4人の前には旧神羅ビルを髣髴とさせる建物があった。 そこへ単身、ナナキは飛び込む。 そしてナナキは知った。 クラウドが既にこの建物中に潜入したということを。 そして、ここにティファがいるということを。 雨に邪魔されない建物の中の匂いは、ナナキの嗅覚を大いに働かせる場所としてうってつけだった。 「…待ってて。絶対に無理しないで」 祈るように呟きながら、ナナキは走った。 機械音のするところ目指して。 そこに行けば、このビルの電源を落とせるだろう。 それが、未だに自分は見ていないが確実にミッドガルを注視しているシエラ号に伝わる合図となるはずだ。 1分、1秒が惜しい。 ナナキは全速力で駆け抜けた。 ナナキがボイラーやブレイカーといった、電源が集中している小さな部屋に辿り着き、片っ端からその機会を壊し、コードを噛み千切ったのは、丁度ティファが麻酔を注射され終わった時だった。 * 「…なんだ急に…」 いきなり真っ暗になったビル内で、クラウドは階段から足を踏み外しそうになったのを間一髪でしのぎ、汗を拭った。 急に電源が落ちた原因が何かを考えるまでもなく、直感で仲間達が来てくれたのだと察した。 消費電力オーバーによるブレーカーのトラブルとは思えない。 何しろ、ビル内の敵の気配に混じってホッとする気配をかすかに感じる。 暗闇に目が慣れるまでほんの数秒間目を閉じる。 その間、全神経を研ぎ澄ませて敵の気配を探る。 廃ビルとは言え、そこそこ大きなビルだ。 敵がこのビルを本部にしているなら、もっと沢山の気配を感じてもおかしくない。 だが、今は拡散しているようだ。 WROが来てくれたのか、それともヴィンセント達か。 仲間と連絡を取りたい気持ちもあるが、今はなによりティファ奪還が最優先課題だ。 仲間達とは近々接触出来るだろう。 なんとかそう言い聞かせて己を抑えたのだが…。 ブブブブブ…。 突然胸ポケットで携帯が振動した。 ギョッとして目を開き、慌てて携帯の電源を落とそうとする。 いくらバイブにしているとはいえ、真っ暗闇で物音一つしない状態になっているこの場合、音が良く響いてしまう。 だが、携帯をパカリ、と開けて電源を切ろうとしたクラウドの目が丸くなった。 慌しくメールを読む。 「…ありがとう」 全て読み終えたクラウドは、携帯を握り締めて額に押し付け、目を閉じた。 そして向かう。 目は闇に慣れた。 薄闇に浮かぶ階段の輪郭を確実な感触として捉え、跳躍する。 どこへ? 上へ。 クラウドの魔晄の瞳が闇の中、強い光を湛えて輝いていた。 |