突然の停電。 だが、驚いたのはティファだけだったようだ。 他の面々は、女王も含めて冷静にこの事態を受け止めていた。 「あぁ、来たんだね」 女が何を指しているのか悟ったティファは、喜びに胸が膨らむのを抑えきることが出来ないまま、抗うことの出来ない睡魔に引きずり込まれた。 Fight with … 4「…デンゼル、何か音しなかった?」 小さな物音に顔を上げ、不安そうに少女は暗い表情で少年を見た。 「え…?俺は何も聞こえなかったけど」 少しだけ年上の少年は、自分も不安や怖い気持ちを胸にいっぱい抱きつつも、妹のような年の少女を無意識に支えうる存在となるよう気を張った笑みを浮かべつつ首を振った。 だが、マリンは納得しなかったようだ。 そっと窓に近づく。 デンゼルがそれを追いかけるようにして窓辺に近寄った。 2人して陰気な世界を窓越しに眺める。 こうしてここに押し込められて丸々5時間が過ぎた。 最初、自分達は友達と一緒に遊んでいた。 だが、もうそろそろ帰って昼食を、と思った矢先、攫われてしまった。 それはもう鮮やか過ぎる手口で。 目撃者は果たしていただろうか? 抵抗する間もないまま、軽トラックに乗せられてしまった。 本当にあっという間だった。 友達もきっと見えなかったに違いない。 デンゼルとマリンは軽トラックに引きずり込まれたと理解してからも、抵抗はしなかった。 彼らの瞳の色が、とても近しい人と同じだったからだ。 絶対に、万に一つも勝てない相手。 元・ソルジャーの証。 下手に刺激したら自分達の身の安全は勿論、助けに来てくれるであろうティファとクラウドの枷となってしまうだろう。 クラウド達が助けに来てくれたその時、速やかに逃げることが出来るよう、子供達は一切の抵抗をしなかった。 カダージュ達3人兄弟に捕まった時、マリンは抵抗した。 だが、そんなマリンですら抵抗しなかった。 デンゼルが抵抗しない理由をちゃんと分かってくれたからだと、デンゼルは理解している。 そうして、この時間まで2人はお互いを支えあうようにして空元気を決め込んでいた。 だが、いくらしっかりしているとは言え小さな子供達にどこまで忍耐が出来るだろう? 一向に変化の無い状況。 デンゼルもマリンも口にしないだけでもう限界ギリギリだった。 そこへ、変な物音だ。 ビクビクしたり、恐怖が煽られても仕方ない。 「…何も無いな」 「…うん、そうだね」 何も無いのはもう分かっている。 そして、自分達が最小限の監視をされていることも知っている。 何故なら、ここへ押し込まれた時、わざわざ男が1人、教えてくれたからだ。 入り口のドアに1つだけ監視カメラがある…と。 子供だけでこの死んだ街を脱出するなど不可能だから…という理由で男の口は軽かった。 きっと、デンゼルとマリンが愚かにも脱出しようとしたら、それを理由に殺していた、というところまで子供達は悟っていなかったが、クラウド達が助けに来てくれた時、すれ違いにならないようにしなくては、と止まることを決めていた。 結果、それが功を奏してくれたのだが、今はまだそこまで分からない。 ただジッと助けが来るのを待つばかり。 それが歯がゆい。 そして、早く誰かに助けに来て欲しい。 元・ソルジャーの巣窟のようなこんなところにまで助けに来てくれる『誰か』とは、もう決まっているようなものだ。 自分達が大丈夫なことを知らせてもらえたら、きっとクラウド達は思う存分暴れられるだろう。 今のところ、自分達には何も危害が加えられていないのだから。 と…。 コトン、コトン。 2人はハッと振り返った。 だが、何も無い。 気のせい…にしては、確かすぎる物音。 子供達はそっと顔を見合わせると、部屋の中心に戻った。 なにやら物音が天井から聞こえた気がしたのだ。 ジッと天井を見上げる。 部屋の中に監視カメラがないのは幸いだった。 こんな子供が2人、押し込められたところで何も出来ない、そう誘拐犯達は踏んでいた。 取るに足らない人質として、相手にしていなかった。 それが…。 ようやっと敵にとって裏目に出た。 パカリ。 天井の一枚が剥がれ落ちる。 「アワワワワ!!」 聞こえたのはうっかり取り落としてしまった天井の羽目板を拾うとする猫のぬいぐるみからだった。 デンゼルが間一髪でそれをキャッチする。 マリンが目を丸くしてファインプレーをしたデンゼルに小さな拍手を送り、2人して目を輝かせながらぽっかりと開いた天井の一角を見た。 「よぉ、お二人さん、無事やったかいな〜」 「「 ケット〜! 」」(小声) 思わず大きな声になりかけ、2人はパッと口を押さえたがそれでも我慢出来ずにぬいぐるみを呼ぶ。 いつもひょうきんで愛くるしい表情のねこのぬいぐるみが、ぽっかり開いた天井にもう1度消えた。 次に現れた時、ロープを持っていた。 まさか、ロープをよじ登れ…と言うつもりか? デンゼルとマリンが不安そうに顔を曇らせる。 とてもじゃないが、まだ幼い自分達にはそんな高等技術が出来るはずない。 そんな腕力、どこにある? もしかして、英雄やWRO隊員達に囲まれて生活しているから、すっかり常人の…、それも子供の腕力とか体力に対して疎くなっているのではないだろうか…? だが、ケットは子供達の心配をよそに、そのロープをスルスル〜…と2人の目の前に垂らした。 先には輪っかになっており、さらにロープにはところどころ、掴まりやすいように結び目が出来ていた。 「引っ張るさかい、あんじょう乗ってや」 デンゼルとマリンは迷った。 あの非力にしか見えないケットが自分達を引っ張り上げられるだろうか? いや、もしかしたらWRO隊員の人が誰がいるかもしれない。 いやいやいや、それこそナンセンスだ。 隊員達が広大な死んだ都市にある小さな取るに足りない小屋に押し込められている自分達を発見して救出など出来るだろうか? ん? それだと、ケットが自分達を発見してくれたのは…? んん?? 色々考えすぎて頭がこんがらがる。 天井では、ケットが焦りながら、 「こら!悩んどるヒマないんやで!はよしてや!!」 おいでおいで、を全身を使って子供達に訴えていた。 恐らくケットは気分を害するだろうが、その姿はとても愛くるしくて、バカみたいな緊張感がスーッと消えていく。 「じゃ、マリン先に行け」 「え…でも…」 「お前が落ちた時のために下で待機しておくから」 「……うん」 いつもなら譲り合いの精神が旺盛なので、2人して『先に行け!』と言い争っていただろう。 だが、状況が状況だ。 マリンはデンゼルの言葉に素直に頷いた。 「いいよ、ケット、引き上げて」 マリンがこわごわロープの輪の部分に片足を乗せ、結び目に手を乗せるようにしてしっかりと握る。 グ…。 グググ…。 ゆっくりゆっくり、マリンの小さな体が上がる。 完全に天井に辿り着き、どうにかマリンが天井の中へ這い上がった。 デンゼルはホッとして全身から力を抜いた。 次はデンゼルだ。 マリンが嬉しそうに天井から顔を覗かせ、手を振っている。 デンゼルも意気揚々と再び下ろされたロープに足をかけ、掴まった。 ゆっくりゆっくり持ち上げられ、デンゼルもどうにか天井へと辿り着いた。 辿り着いて目を丸くする。 「いつの間にこんなもの用意したの?」 視線の先には中型の『ローラー』。 なるほど、ローラーの回転で自分達を引き上げたのか、と納得する。 「天井に持ち上げるのが苦労しましたけど、分解式なんで何回かに分けて運んだんですわ」 は〜、えらかった。(訳:『しんどかった』の意) おどけた口調と仕草でデンゼルとマリンの緊張を解すことに成功したケット・シーは、小屋からの脱出経路を説明した。 「…ようするに、この小屋の入り口と正反対の方向に真っ直ぐ行ったら良いんだね?」 「そう!マリンちゃんは流石やなぁ」 「俺だって分かったよそれくらい」 「そやそや、デン坊もちゃんとしっかりしているって分かってるがな」 ちょっと口を尖らせたデンゼルにケット・シーはガシガシと少年の頭を撫で回すと、腰に手を当てた。 「ほな2人とも頑張ってな。ほんまに堪忍な、一緒に行けんで…」 「大丈夫」 「『これ』持ってたらシドのおっちゃんが拾ってくれるんだろ?それくらいの間までなら俺達だけでも逃げてみせる」 デンゼルが右腕を持ち上げた。 そこには、今しがたはめてもらった腕時計がある。 ちゃんとGPS機能つきという優れものだ。 ちなみに、水に濡れても全然大丈夫という新開発の品だったりする。 WRO科学班の頭脳の結晶だ。 力強く頷いた子供達に、ケット・シーは軽く手を上げるとさささっと路地に駆け込んであっという間に見えなくなった。 よほど事態は切迫しているのだろう…。 普通なら、子供達をこんな危険な環境に放置するような真似はしない。 それだけに、時間も人員も逼迫しているのだと、聡い子供達は納得した。 「行こう」 「うん」 しっかり手を繋いで走り出す。 出来るだけ建物の壁に身体を寄せて敵に見つからないようにしながら、自分達の持っている力全部を使って走る。 冷たい雨も、必死になって走っている身体には涼しいくらいにしか感じられない。 (( あ〜、良かった、ちゃんと出された物を食べといて )) 同じことを思った、と2人が知るのはこの後のことになる。 敵から出された物を食べるなど、本当はかなり苦しい選択だった。 子供達にだって一人前のプライドはあるのだ。 あえて苦しい選択を選んだのは、こういう時のため。 助けに来てくれた時、足手まといにならないため。 エネルギーも充分、気力も充分。 2人は灰色の街をひた走った。 そして、デンゼルとマリンが奇跡的にも誘拐犯の仲間に見つからず、リーブの指示でスカイボードで降下したWRO隊員に無事保護されたのはそれから10分後…。 誘拐犯達の本部がナナキによって停電した直後でティファが麻酔薬を打たれた直後のこと。 クラウドに連絡が入ったのはそれからほんの数分後のことだった…。 * 「こんの、しつこいっての!!」 ビルの前でユフィが苛立たしげに手裏剣を投げる。 コントロールがいつもより悪いのは雨のせい…にしてしまいたい。 流石に疲れてきた。 バレットなどは、よくもまぁ今も立っていられるな…と感心してしまうほどの状態だ。 全身を伝い落ちる水滴は雨なのか、それとも汗なのか…。 ナナキがビルに突入してから、突然敵の攻撃が重くなった。 それまでは、ユフィとバレットが敵をかく乱、ヴィンセントがWROの新兵器で確実に仕留める、という作戦が上手くいっていたのに、急に戦いの流れが変わってしまった。 明らかに、停電後の敵の強さはレベルを上げている。 (くそっ。こいつら、高みの見物決め込んでたな!?) バレットは全身で息をしながら忌々しそうに義手を持ち上げ、振り回すようにして乱射を続ける。 ミッドガルに到着して直後、敵に囲まれた時も自分達は良いように翻弄されそうになっていた。 だがそれも、ケット・シーの持ってきてくれた新兵器のお陰でこちらに勝算が湧いてきたというのに、このビルに到着した途端、入り口で足止め状態だ。 敵のランクが格段に上がった。 ゲームで言えば、いよいよラスボスが登場するその布石のような中ボス級の敵達が新たに登場したのだ。 中ボス級。 そう、自分達は中ボス級の敵に今、足止めを食っている。 (足止めどころか、このままじゃヤベェな…) 迫る危機感は、ヴィンセントの手に握られている銃にも原因があった。 とうとう終わってしまったのだ、新兵器が。 撃っていれば当然だが弾薬はなくなる。 その自然の法則の元、カプセル弾はなくなってしまった。 今、ヴィンセントが懐に持っているのは粉状のもの。 この雨の中では使えない。 軽快に発砲し、跳躍、至近距離での攻撃、かと思えばクルリと身を翻して距離をとる。 ヴィンセントの流れるような戦いぶりが、かろうじて今の状況を食い止めていると言っても過言ではない。 ユフィも身軽なはずなのに、女性…ということが裏目に出たのだろうか? 体力の消耗が激しいのだ。 長い時間、雨に打たれた状態での戦闘。 ラクなはずがない。 それでなくとも、停電から約30分ほど経つが何故かユフィへの攻撃が重くなっているような気がするのだ。 確かなものとして確認出来ないのは、バレットにそれだけの余裕が無いからだ。 (畜生!どうなってやがる!こいつらは底なしか!?) 歯噛みしながらバレットは機関銃をぶっ放した。 バレットの頭上では、ヴィンセントが折れた電柱の上に片足を乗せて発砲、時には蹴り技、拳での戦いを繰り広げていた。 次々群がってくる元・ソルジャーの高い戦闘力にはほとほと参る。 敵の狂気に満ちた瞳とクラウドの瞳が同じ色をしていることがいっそ不思議なくらいだ。 それに、ヴィンセントも気づいていた。 (何故、ユフィに集中しようとする…?) 先ほどから、ヴィンセントはバレットや自身に向かってくる敵達の攻撃が、時として何かを悟らせまいとするカモフラージュのように感じていた。 同時に、ユフィが小さな気合を吐き出しつつ敵の攻撃を受け、あるいは流し、避けて空高く飛び上がっている。 それが数回繰り返されるとイヤでも気づく。 敵が何故かユフィを狙っている…ということに。 (ティファも女性…、ユフィも…まぁ一応女性ということになるな…) 本人が聞いたら激怒することを冷静に考える。 女性だからと敵は軽視しているのだろうか? ユフィをひとまず叩いて、残りのヴィンセントとバレットを潰せば楽勝だ…と。 だが、ヴィンセントは心の中でその考えを否定した。 どうも違う。 ユフィへの執着は、なにかもっとこう…。 言葉に出来ない何かを感じる。 だが、それがなんなのか、ゆっくり考える暇もなく、ヴィンセントは目の前に迫った元・ソルジャーの剣を銃の柄で受け止め、鳩尾を蹴り上げた。 その時、ヴィンセントの赤い瞳がビルの一室を捉えた。 驚きで目を見開く。 場所は、ビルの丁度5階部分。 ヴィンセントが足場にした折れた電柱から見えた一室まで飛び移るのは流石に一度の跳躍では難しい距離にある。 そこで見たものに気をとられ、彼は背後に迫っていた敵の斬檄を受けた。 「「 ヴィンセント! 」」 宙でバランスを崩し、落下する。 苦痛に顔を歪めているのが2人には見えた。 そして、そんなヴィンセントを更に攻撃しようとする敵達の姿も。 何も考えず、ユフィとバレットはヴィンセント目掛けて駆け出した。 ユフィが高く跳躍すると同時に手裏剣を投げる。 激突。 敵の第二戟を手裏剣で払うことに成功した。 バレットが周りに群がろうとした敵達に放射する。 何人かの敵に銃弾が掠(かす)るが、決定的なダメージには程遠い。 しかし、後退させることには成功した。 その間、手裏剣が戻ってくることを待ちきれずにユフィがクナイを投げる。 ヴィンセントの後方に迫っていた敵の左手の平を貫通。 敵がバランスを崩す。 そのバランスを崩した仲間を踏み台にして、1人が思い切り飛んだ。 ヴィンセントに…ではない。 ユフィに向かって。 「え!?アタシ!?」 間抜けな台詞だった…とユフィは半瞬後に思った。 だが、その『え!?自分が狙われるわけ!?』という驚いた気持ちは一部始終を見ていた人がいたら共感してもらえただろうと信じている。 兎にも角にも、まさかバランスを崩して落下中のヴィンセントではなく、攻撃態勢万全の自分に向かって真っ直ぐ飛んでくるとは予想もしていなかった。 だから、逆にユフィはがら空きだった。 ヴィンセントへの攻撃を敵が仕掛けたことを自然と意識していたため、自分へ向かって攻撃された場合の防御や、防御のための攻撃態勢が全く出来ていなかった。 罠だった、と気づいた時には、既に敵の拳をまともに鳩尾に受け、意識が薄れる直前だった。 「「 ユフィ!! 」」 珍しく大声を上げたヴィンセントの声が聞こえた気がした…。 |