「へ〜、やっぱり中々やるじゃない、クラウド・ストライフ」

 自分の斬檄を受け流した女にクラウドは奥歯を噛み締めた。






Fight with … 5






「局長、子供達を無事に保護しました」

 部下の朗報にリーブは僅かに愁眉を開いた。
 頷いて子供たちにはそのまま客室にいるよう伝えるよう指示を出す。
 敬礼してドアの向こうに消えた隊員からすぐ視線を戻し、リーブはシエラ号の艦長を見た。

「シドさん、作戦通りにお願いします」
「おう」

 短い言葉のやり取り。
 シドは自慢の槍を肩に担ぐとニッ…と笑った。

「本体のおめぇ自身の分まで暴れてきてやるからよ」
「ハハ、お願いします」
「おう、じゃあ野郎ども、後は頼んだぜ」
「「「 はっ! 」」」

 頼もしい部下の敬礼を背に受け、シドは操舵室から颯爽と飛び出した。
 目指すのは外部ハッチ。
 叩きつけるような雨が不快だが、それでも久しぶりの本格的な戦闘に血が騒ぐ。
 勿論、ただ単にワクワクなどはしない。
 先ほど見た光景が目に焼きつき、怒りを呼び覚ます。

 ウータイのお元気娘が敵に拉致される光景が…。

「待ってろよ〜、クソ野郎共が!!」

 一声吠えると、シドは何も身に付けず地上目がけてダイブした。


 *


「ヴィンセント、ここは俺に任せて先に行け!!」

 バレットがビルの入り口に立ちはだかるようにして乱射しながら赤いマントの仲間に怒鳴った。
 ヴィンセントは一瞬躊躇したが、
「…頼む」
 一言残してビル内に突入した。

 ユフィに一撃食らわせた敵は、そのまま仲間の協力によってあっという間にヴィンセント達と距離を取り、このビル内に駆け込んでしまったのだ。
 そして、シャッターが勢い良く下ろされた。
 自動シャッター、恐らく『対テロリスト用』のシャッターで、厚さが並みのそれではない。
 咄嗟にヴィンセントとバレットもビル内に転がり込んだ。
 間一髪、バレットは義手を失わずに済んだ。

 外と遮断された形になったのだが、敵の数が減ったのは相手にとっても自分達にとっても幸か不幸か…といったところだ。
 バレット達はこれでラスボスを倒さないと絶対に逃げられないことが決まってしまった。
 敵達は外からの応援が暫くは見込めないこととなってしまった。

 この場合、勝利の女神はどちらに微笑むだろうか…?

 そうしてバレットは今、自分達と同じようにビル内に転がり込むことが成功した敵を一手に引き受け、ヴィンセントに先に行くよう殿(しんがり)を申し出たのだ。
 正直、疲労困憊状態のバレットには荷が重い。
 しかし、ここで2人が足止めを喰らっているわけにはいかない。
 何しろ、ナナキもクラウドも既にこのビルに入っている。
 そして、ヴィンセントをバレットの言葉に従わせた理由がもう1つあった。
 先ほど、敵に不意打ちを許してしまった原因。
 ビルの一室での光景。

 数人がクラウドに攻撃を仕掛けていた。
 その部屋で横たわっていたティファの姿。

(出血しているようだった…)

 見えたのは一瞬だったし、その直後に攻撃をされたので半分以上記憶が飛んでしまっていたが、それでもティファが負傷し、何やらくくりつけられているようだったことは覚えている。
 記憶にあるこの光景がもしも本当だとしたら、クラウドは圧倒的に不利になる。
 今は、何故か敵も真っ向から相手をしているようだったが、自分達が不利になった場合、ティファを人質にするだろう。
 それに今はユフィも攫われている。
 二重にクラウドにとって、枷となってしまう要因があった。
 敵は、手も足も出ないクラウドをなぶり殺すだろう。

(そうはさせない)

 愛しい人を目の前で失うかもしれない恐怖。
 ヴィンセントはそれをイヤというほど味わっていた。
 その恐怖にさらされながら必死に戦っているクラウドを思う。
 どうしようもなく気が逸る…。
 背中に受けた傷が焼け付くように痛んだが、そんなものにかまっていられない。
 今は、仲間の一大事なのだから。

(ルクレツィア……どうか、守ってやってくれ…)

 心の中でそう願う。
 ヴィンセントは足により一層力を込めた。


 *


「クラウド・ストライフ。本当に理想どおりだね、アンタの強さは」

 言葉に余裕をたっぷりと含ませ、女が笑った。
 クラウドはギラリ…と睨みつける。
 口を利くのもおぞましい相手だ。
 クラウドは女を真っ直ぐ睨みつけながらも、どうしても女の後ろにいる存在に意識を向けずにはいられなかった。
 手術台から滴る赤い雫(しずく)。
 どうしようもなく焦燥感に駆られる。
 だが、ここでこれ以上集中力を欠いてしまうわけにはいかない。
 片手間で始末出来るほど、この女は簡単ではない。
 足元で転がっている男達とは雲泥の差を、女からひしひしと感じる。

(…くそっ!)

 手術台というシチュエーションが悪いのだろうか?
 ティファがピクリとも動かないその様が、まるで死体になってしまったかのような錯覚を招く。
 だから、どうしても女に集中できない。
 ティファが少しでもいい、動いてくれたら。
 目を開けて、『大丈夫…』と、いつものように空元気でも良いから笑おうとしてくれたら、それだけで戦いに集中できるのに、もう手遅れと言われているようで絶望感が広がりそうになる。

(囚われるな!)

 自分に言い聞かせながらクラウドは突進した。
 広い部屋だ。
 手術台が丸々3台はらくに入るほどのスペースがある。
 その広い手術室。
 今はもう、闘うことの出来なくなった敵をそのまま床に放置していても戦いに支障はない。

 思い切り振り下ろした斬戟を女が真っ向から受け止める。
 ティファと同じ薄手のグローブをした両手で。
 そして、両手でバスターソードを白羽取りしたまま、クラウドを蹴り飛ばそうとする。
 上体を思い切りのけぞらせ、反動でソードを女の手から取り戻すように自身へ引き寄せる。
 女が後方へ跳躍し、また手術台の傍に着地した。
 実に軽やかな身のこなし。
 これだから、ペースを乱されるのだ。
 女の闘う武器は素手。
 ティファと同じ格闘家。
 そして、あの頃の旅にティファが身に付けていた衣服と良く似たいでたち。

 クラウドは苦々しく舌打ちをした。

 どうしても重ねてしまう。
 ただでさえ、女相手に全力で戦うことに嫌悪感があるのに、ティファに少しでも似通ったところがあると躊躇う気持ちに拍車がかかってしまう。
 仲間達が見たら、呆れながらも分かってくれるかもしれない。
 だが、何も知らない第三者が見たら、クラウドの躊躇いは『女には優しい偽善者』として映る可能性が高いだろう。
 クラウドがとことん、ティファに惚れ抜いているからこその躊躇い。

 この女は敵だ。
 ここで倒さなくてはティファが助からない。
 それに、子供達はどうする?
 自分達がいなくなったら?
 勿論、仲間達がちゃんと世話をしてくれるだろう。
 そうではなく、子供達の心に一生消えない傷を遺してしまう。
 そう言ったことがグルグルと頭の中を旋回し、クラウドの攻撃が鈍っていた。

 床にのびている男たちを相手にしている間はまだ良かった。

 この部屋に辿り着いた時、クラウドの目に飛び込んできたのは注射器の中身を確かめている医師のような風貌の男と、彼女をモノ欲しそうに…、舐めるようにいやらしく見ている男達。
 そして、そんな男達に勝るとも劣らない、蛇のような目でティファを品定めするかのように眺める女。

 カッと頭に血が上り、クラウドは考えるよりも飛び込んだ。
 ハッと気がついた男のうち、1人をバスターソードで容赦なく切り捨てる。
 上がった血飛沫(ちしぶき)を左頬に受けながら、もう1人をその勢いのまま斬り上げる。
 数度にわたる攻撃は、誘拐犯達を翻弄した。
 最初の頃こそ出鼻を挫く形で優勢だったクラウドだったが、すぐに相手の連係プレーに手を焼いた。
 だが、それでもクラウドの力は男達を上回っていた。
 カダージュ3兄弟より彼らが強ければ勝算はなかったかもしれない…。
 クラウドの容赦ない斬檄を受け、最後の男が鮮血と耳障りな絶叫が上げて白目をむいた。
 死んだかもしれない。
 いや、生きている…かろうじて。
 敵の誰もが絶命してなかったが、それはクラウドが手を抜いたとかではなく、単に相手の力がそれだけのものを持っていたという話だ。
 当然ながら、クラウドは終始殺すつもりで攻撃したし、敵も殺気をみなぎらせていた。
 手を抜けば殺される。
 そんな激闘の中、それでもティファは1度も目を覚まさなかった。
 青白い顔をしてただ横たわっているだけ…。


「へぇ、やっぱり『ジェノバ戦役の英雄のリーダー』って伊達じゃなかったんだね」


 狂気に相応しい、弾んだ声。
 仲間である男達が次々とやられていく中、淡々とそれを見ている女の狂気に彩られた笑みに相応しい声音だ。

 女との戦いは30分をゆうに越えていた。
 男達と死闘を繰り広げている間に感じていた圧迫感は、気のせいではなかった。
 クラウドの攻撃がどれもこれも、女を倒すには至らない。
 その逆に、女はクラウドの躊躇いに当然のように付けこんだ。

 クラウドの左腕が青黒く変色しているのは、女の拳が炸裂したからだ。
 利き腕ではないにしても、このダメージは今のクラウドには非常に痛手だ。
 万全の状態であったとしても、恐らく五分五分。
 それなのに…。

「本当に惜しいねぇ。私が子供を産める身体だったら、アンタの子供を産むのにさ」
「…冗談じゃない」
「ふふ、ティファと同じことを言うんだね」
「…ティファを放せ」
「バカなこと言ってるって自覚はあるわけ?」
「……」
「ふふ、本当にアンタ達は揃いも揃ってバカだねぇ。そんなだから、簡単に罠にはまるし、大切なものを失うのさ」

 言い返したいが、これ以上ないくらいの図星を指されているため、クラウドは睨むしか出来ない。
 女は轟然とした態度でゆっくりと構えた。
 クラウドもグッと腹に力を入れて攻撃に備えた。

 女からの殺気が疾風となって襲ってくるのを感じ取った瞬間、クラウドは天井目掛けて跳躍した。
 弾丸さながらの勢いで女が突っ込んだ。
 クラウドの立っていた床がクレーターのように陥没する。
 踏み込んだ足をそのままバネにして、女は天井に飛び上がったクラウドを追った。
 これも、まるで弓から放たれた矢のようだ。
 クラウドは天井に両足をつけると、女と宙で交錯した。
 女の回し蹴りとクラウドのバスターソードが交わる。
 鈍い音と共に、対角線上にクラウドと女は離れ、再び2人は身体を反転させて互いに突っ込んだ。
 リミット技、『クライムハザード』。
 久しぶりのその技は、暫く振りに振るったと言うのにいささかも衰えていなかった。
 だから、それを真っ向から受け止め、クラウドの横腹に拳をめり込ませた女こそがすごい、と言わざるを得ない。

 息が止まるほどの激痛。
 身体の中で、骨が嫌な音を立てるのを聞いた。
 そのまま半分バランスを崩すようにして床に落下しそうになるのを何とか防ぎ、膝と脛を床に着いた体勢で着地する。

「へぇ、それでまだ動けるの?流石だねぇ〜」

 心底楽しんでいる。
 舌なめずりをする雌豹のような女。
 捕食対象はクラウド。

 セフィロスとはまた違ったおぞましさを感じて何度目だろうか?
 数えるのもバカらしい。
 それにしても、ここまでの猛者がこんなに存在していることが信じられない。
 床でのびている半分死んだような男達も含めて…。

「あ〜、本当に楽しいねぇ。それだけに惜しいことだわ」

 悦に入ったように笑う。
 クラウドはバスターソードを支えに立ち上がった。
 左肋骨が折れたかもしれない。
 戦いを長引かせれば長引かせるほど不利になる。
 クラウドはありったけの闘気を込めた。
 前へ飛ぶ。
 武器を振り上げ、振り下ろす。
 一連の動作に迷いはない。
 女もそうだった、微塵の迷いもなくクラウドの斬檄をまたもや受け止めた。
 今度は交差した両手首で。
 特別性のリストバンドはバスターソードの刃にこぼれを生じさせた。
 クラウドの魔晄の瞳が見開かれ、対する女の魔晄の瞳が快楽に満たされる。
 同じ色なのに、全く違う色。
 至近距離で見る相手の瞳には、驚いている自分の姿が見えた。


「ガハッ!」


 再び拳を脇腹に受ける。
 先ほどと寸分違わぬ同じ場所。
 激痛に視界が歪むとともに反転した。
 ティファの拘束されている手術台を大きく飛び越え、壁にめり込む。
 厚さのある作りとなっていたビルにより、クラウドは壁をぶち破って外に飛び出すことはなかった。
 しかし、それが良かったのかそれとも悪かったのか、判断に苦しいところだ。


「ねぇ、これで終わりじゃないでしょ?早く起きなよ」


 クスクスクス。
 女の笑い声が遠くから聞こえるようだ。
 奥歯を噛み締め、悲鳴を上げる身体を無視して立ち上がる。

(ティファは…こんな相手と1人で…)

 床に倒れている男達だけでも厄介な敵だったろうに、ティファはたった1人で子供達を助けにやって来た。
 クラウドが相手にした人数はティファが相手にしたよりも遥かに少ないことが分かっている。
 その上でこの女だ。
 とてもじゃないが人間とは思えない。

(人間じゃない…化け物……か。ザックスの言った通りだな…)

 ふらつく足を叱咤しながら踏ん張る。
 遠い記憶の中で、親友が言った言葉がふいに脳裏に浮かんだ。

 ―『ソルジャーは化け物みたいなもんだ…やめとけ』―

 本当にそうだった…と思う。
 親友はソルジャーだったが温かい心が通う『人間』だった。
 だが、この女はなんだ?
 床に伸びている男達はなんだ?
 とてもじゃないが人間とは思えない。
 人間離れしている力を持っているからではない、人としての温もりが全く感じられない。
 あるのは己の愉しみを追い求め、周りを殺戮で埋め尽くそうとする貪欲な紅蓮の炎。
 地獄からの使者のようだ。

「ねぇ、クラウド。アンタ、子供を作る気ない?」

 唐突過ぎるその言葉。
 クラウドは耐え切れずに床につばを吐いた。
 充分すぎる拒否の意思表示。
 女は意に介さなかった。

「私は残念ながら子宮がないから子供は産めないのさ。だけど、ソルジャーの女は私だけじゃないからね。その女達にアンタの子供を産ませてみたくなった」
「寝言は寝て言え」
「やっぱりここで殺してしまうには惜しいんだよね」
「俺はアンタをここで殺す」
「アンタ、顔が良いから女達も喜んで産んでくれるさ。やっぱ、ここで伸びてる男達じゃイマイチその気になれないってずっと言われてたからね」
「ティファ以外の女との子供なんか興味ないね」

 吐き出すように最後の台詞を言い捨てると、これ以上の言葉の応酬を断ち切るようにクラウドは突っ込んだ。
 女が手術台をヒラリ、と飛び越えて躍り出る。
 軽やかな身のこなしは、クラウドの攻撃によるダメージがまったく窺えない。
 クラウドは軽く舌打ちをしながら渾身の力を込めてソードを振ろうとして…。


 固まった。


 女の嘲笑がまたもや至近距離に迫る。
 その女の頭越しに見えるのは、土気色になって横たわるティファの姿。
 この位置で攻撃したら確実にティファを巻き込んでしまう。
 ギリギリで攻撃途中で止める。
 クラウドの目が女の勝利に満ちた顔と手術台の下を映した。
 いまだに出血が止まっていないティファの身体。
 手術台の下に出来た小さな赤い水溜り。

 ピチョン……ピチョン……。

 ティファの命が零れ落ちる音。
 クラウドがその音と光景に意識を奪われたその一瞬。


「ガッ…アッ!」


 首に回し蹴りをモロに受け、クラウドは床に叩きつけられた。
 度重なるダメージに、とうとう床が悲鳴を上げる。

 クラウドは床もろとも女と共に下の階に落下した。
 手術室にティファと半分棺桶に片足を突っ込んだ状態の男達を残して…。