「さぁってと。アイツら、やられてないだろうな」

 シドは軽く伸びをしながら立ち上がった。
 場所は狙い通り、ビルの頂上だ。
 風雨というサイアクのコンディションの中、よく失敗しなかった、と自分自身を褒めてやる。
 と…。

「へへ、大人しく闘うってガラじゃねぇよな」

 感じ取った微かな揺れは、ビル内での戦闘を物語っていた。
 頑強に作られたビルが微かとはいえ揺れるほどの戦い。
 久方ぶりの戦闘にシドは軽く武者震いをした。
 そして、非常出口…、つまりこのビルの入口を思い切り蹴破る。
 そこで目にしたものに、シドは完全に出鼻を挫かれた。






Fight with … 6







(クラウド、もう少しだけ頑張って…!)

 ナナキはジリジリしながら、必死になってティファのベルトを噛み千切った。
 床で男達が呻いている。
 中には今にも目を覚ましそうな者がいる。
 ナナキは容赦なく目を覚ます可能性のある敵に足蹴りを喰らわせて再び昏倒させた。
 ティファの傷を前にして仏心を抱くなど無理な話だ。

 クラウドが敵の女に蹴り叩きつけられて階下に床もろとも落下する直前、ナナキはこの部屋に駆け込んだ。
 クラウドも女も、ナナキが駆け込んだことには気づく余裕はなかっただろう。
 それが吉と出るか凶と出るか。

(イヤイヤ、絶対に『大吉』にしないと!)

 フルフルと頭を振って、今度はティファの足のベルトを噛み千切る。
 やけに頑丈に出来たそのベルトは、ティファの素肌に痛々しい擦り傷を作っていた。
 擦り傷と言って良いのか困るほどの傷は、右手首に出来ていた。

「ティファ…ティファ…」

 全ての拘束を解いてユサユサと揺らしてみる。
 しかし、血の気のない彼女は全く反応を返してくれない。
 一刻を争う。
 だがここにきてまだナナキは迷っていた。

(どうやってポーション飲ませよう…)

 とりあえず、ビンのふたを開ける。
 口に含ませようとするが、ティファの口にビンを添えて、中身を注いでみるも口角から零れてしまうだけで全く飲み込もうとしない。
 弱々しく『ゴボゴボゴボ…』と、なんともギョッとするむせ方をしたので、無理に飲ませることを断念した。
 ティファの顔を横に向かせ、何とか背中を叩こうとして…。

「うわっ!」

 そこにあった傷にナナキは思わず声を上げた。
 深い切り傷。
 衣服は彼女自身の血でグショグショだ。

「あ〜…オイラのバカ!なんで回復マテリア置いてきちゃったかなぁ!」

 イライラしながら自分を罵る。
 無駄かもしれない…と思いながら、傷口にポーションをかけてみた。
 少しだけ、出血が止まったようだ。
 それでも良い、何もしないでこの場にはいられない。
 階下からは、クラウドと女が闘っている音が聞こえてくる。
 クラウドの息が乱れているのが手に取るように分かり、ナナキの焦燥感はいや増した。
 本当ならすぐにクラウドの元へ加勢に行くべきだろう。
 だが、失神している男達がいつ目を覚ますか分からない。
 数人はこのまま永遠の眠りについてしまいそうだったが、何人かは目を覚ます可能性があった。
 ナナキが人間なら、サササッと縄でもなんでも良いから縛り上げて身動きできないようにするだろう。
 だが、ナナキは悲しいかな人間じゃない。
 普通の人のように器用に何でもこなすが、やはり人を縛り上げるといったことは彼には難しい。
 縛っている途中で目を覚ます可能性もあるわけで、そうならないためにも速やかに手際よく縛り上げられる自信がなかった。
 それに、こんな状態のティファをここに置き去りになど到底出来ない。
 もしも彼女がうめき声1つで良い、何か反応してくれたらナナキはクラウドのところへ向かっただろう。
 そして、女の相手を引き受け、ティファの元へクラウドを押しやったはずだ。
 それが出来ないのは、ティファが生きていると信じられないからだ。
 少し目を離した瞬間、彼女のか細い息が途絶えてしまう。
 そんな恐怖がナナキを縛っていた。

「ティファ…ティファ。お願いだから…目を開けておくれよ」

 二本目、三本目のポーションのふたを開け、背中と言わず全身にふりかける。
 床に伸びている男達の衣服から零れ出たその回復アイテムをありったけ注ぐ。
 グッタリと意識のないままではあるが、少しだけ彼女の体温が戻った気がした。
 それまではまるで冷たい氷像のようだった…。

 回復アイテムを使い切った頃、ナナキの張り巡らせていた神経に何かが触れた。
 咄嗟に室内の棚の影に身を滑り込ませる。
 同時に手術室に新たな人影が飛び込んできた。
 室内の惨状に「くそっ。役に立たない野郎どもだ」と、罵る聞き慣れない男の声がした。
 荒々しく室内に入ってくる。
 時折、床に転がっている仲間を蹴り飛ばす鈍い音が聞こえる。
 ナナキは男の乱行に飛び出しそうになる自分を抑えるのに苦心した。
 足音が陥没した穴の手前で止まる。
 なにやら「げっ、マジかよ」とか「ま、俺の知ったことじゃねぇ」などなど、許しがたい台詞を吐き出している。
 そのうち、ナナキの隠れている棚の近くにやって来た。

 ドサリ…。

 なにやら重たい物を置いたような音。
 続いてジッパーを下ろすような音。
 ところどころで「排卵誘発剤なんざ使って人工授精とかなんとかめんどくせーことしなくても、ガキは作れるっつうの」とか「あ〜、コイツよりもアッチのほうが好みなんだが、なんだか死に掛けてるし、コイツで我慢するか」などなど、わけの分からないことをほざいている。
 ナナキはそっと物陰から覗き見た。
 そうして硬直する。

 淫靡な笑みを浮かべ、上半身をはだけた男が失神しているユフィに馬乗りになっていた。

「この…!」

 罵る全ての言葉を忘れ、ナナキは飛び出した。
 完全な不意打ち。
 男はナナキの姿を視認した直後に吹っ飛んだ。
 ナナキの攻撃は止まらない。
 ユフィから突き飛ばすとそのまま吹っ飛んだ男へ向かって思い切り跳躍する。
 宙で並ぶ。
 男の驚愕に見開かれた目とナナキの隻眼がカチリ、と合う。
 壁に激突する前に双方足を壁につけて対峙した。
 そのまま男はナナキに向かって拳を繰り出し、ナナキはそれを半瞬差で避けながら喉笛目掛けて牙をむいた。
 男がそれをかわす。
 2人は足場を壁から床に移し、勢いを殺さないまま互いに突進した。
 ナナキと男の立ち位置が一瞬にして入れ替わる。
 無言のまま、何度も応酬した。
 男は拳のみならず、足技、時には床に伸びている仲間を盾として闘った。
 そのたび、ナナキの内には怒りが募った。
 仲間に対して全く情を抱かない男の行動が許しがたかった。
 ナナキの感情など男には知ったことではない。
 仲間を盾にするたびに攻撃が弱るナナキに気づき、嘲るような笑みを浮かべて自らの攻撃よりも仲間を盾にしながらの攻撃に転じた。

「本当に甘ちゃんだよなぁ、ジェノバ戦役の英雄は」

 男は自分の優位を信じて疑わなかったのだろう。
 良い気分になって臨戦態勢をとったまま動かなくなったナナキに向かって唇の両端を吊り上げる。

「敵にまで情けをかける。よくもまあ、そんな甘い考えで生き残ったもんだ」

 大きく片腕を持ち上げ、拳に闘気を込める。
 ナナキは咄嗟に防御の姿勢をとった。
 男はナナキが反撃する意思を持っていないことを察し、自身の勝利に酔いしれた。
 だから気づかなかった。

「仲間がいたからな」

 ハッとして振り返る。
 赤いマントのガンマンが冷徹に見下ろしていた。
 そうと気づいたその瞬間、男の視界は真っ赤に染まった。
 全身から力が抜ける。
 受けた衝撃は頭。
 自身の血で視界が真っ赤に染まったのだと気づく間もなく男は絶命した。

 重々しい音を立てて床に転がった死体を、ヴィンセントはどこまでも冷たく見下ろした。

「ナナキ、情も大切だが守るべきものを見失うと取り返しがつかなくなる」
「…うん、ごめん…」

 ヴィンセントの言わんとする意味が痛いほど良く分かる。
 彼らよりもまず、ティファとユフィ、そしてクラウドが大事だ。
 本当なら自分こそがこの男を仕留めるべきだったのに、結局汚れ役をヴィンセントにやらせてしまった。

 シュンとうな垂れるナナキにヴィンセントはそれ以上何も言わず、足早にティファへ駆け寄った。
 隣の手術台でユフィが眉間にしわを寄せて小さく呻いた。
 そしてゆっくりと目を開く。

「う…ったぁ…。サイアク…」

 ボソッと呟いた声は少し掠れてはいたが、大きなダメージはなさそうだ。
 ナナキは全身でホッと溜め息をついた。
 だが、すぐに耳と尾をピンと立てる。

「ヴィンセント、ティファをお願い」
 階下からはまだクラウドと女の闘っている音が聞こえる。
 徐々にその音が遠くなっていることと、何度も聞こえてくる壁や床が破壊される音から、恐らく2人は戦いながら階下に向かっているのだろう。
 ヴィンセントはナナキに軽く頷くとユフィを振り返った。
「お前は1人でも大丈夫か?」
「…大丈夫じゃないって言ったら、抱っこでもしてくれんの……?」
「大丈夫そうだな。ナナキ、行け」

 軽口を叩いたユフィにヴィンセントは彼特有の淡白な言葉で答えた。
 ナナキは力強く頷くと、躊躇うことなく穴に飛び込んだ。
 ユフィが不満そうにヴィンセントを睨んだのが視界の端に映った…。


 *


「そんで…おめぇらはなんだってこんなとこで、そんなカッコウでいるわけだ…?」

 呆れたような台詞には恐ろしいものを目の当たりにした動揺がほんの少し混ざっていた。

「私達が逃げられないようにするため」
「子供を産むまで…ね」

 答えたのは濃い茶色の髪をショートにした女と黒髪のロングヘアーの女だった。
 その他に、女達が軟禁されていた小さな部屋には5人、女がいた。
 全員が拘束衣を着せられている。
 魔晄の瞳をした元・ソルジャー達だ。
 そしてもう1つ共通しているのが、全員妊娠している…ということだった。
 丸々とした腹は、彼女達が臨月間近であることを表していた。
 屋上の非常口からビル内に突入しようとしたシドの目の前に現れたのは、小さな格子のはまった小さな部屋だった。
 格子の隙間から見えた異様な光景にギョッとしてタバコを落としてから10分ほどが経つ。

「子供…ねぇ…」

 なんだか異世界に突然放り込まれたような奇妙な感覚が襲ってくる。
 シドに拘束衣を解いてもらった女が他の仲間の拘束を解いていったのであっという間に作業は終わった。
 だが当然ながらシドはこの場を後にするわけにはいかなくなった。
 女達から出来うる限りの情報を得なくてはならない。
 それに、彼女達の保護も必要だろう。
 いくら元・ソルジャーとは言え、妊婦だと激しい運動など出来るはずがない。
 おまけに彼女達が閉じ込められていたのはこのビルの一番上。
 安全に脱出するためには屋上から飛空挺に引き上げてもらうのがベストだろう…。

「私達は最初、この世界の平和を壊すことに賛成だった…」

 唐突に口を開いた女に、シドは開きかけた口をつぐんだ。
 どうやって女達に話を聞きだすか迷っていたので、渡りに舟だ。

「だけど、実際に妊娠して思った。この子を無事に、ちゃんと『人として』産みたいって…」
「人として…?」

 怪訝な顔をするシドに、別の女が頷いた。

「私達は自分達の高い戦闘力を持つ遺伝子を引き継いだ子供達を急速に育て上げ、兵器にするつもりだった。この、ぬるま湯のような平和に一石投じ、神羅時代を再来させようと思った」
「でも、その考えはこの子を身ごもってから少しずつ変わってきたの…」

 もう1人の女が愛しそうに腹を撫でる。
 慈愛に満ちた、母の顔だ。

「この子をちゃんと人として育てたい。愛したい、幸せにしたい」
「そのためには、ここから逃げ出すことが最優先だった…」

「それで、捕まった……ってわけか…」
 はぁ…。

 大きく息を吐き出す。
 おぞましい計画を聞いた不快感を心から拭い去るように…。

 シドは顔を一撫ですると気を取り直して槍を担ぎなおした。

「それで、おめぇ達はこれから行く先とかあるのかよ?」

 もっともな質問に女達は一様に首を横に振った。
 予想していたとは言え、あまりにもあっさり『あてがない』と表現した女達に少し腹が立つ。
 そんな無計画なことで、赤ん坊を大事に育てるとか、幸せにするとか無理な話だ。
 そう思ったのだ。

「私達はWROへ出頭する気だった」

 女の一言で、シドは喉元まで出掛かっていた『バカじゃねぇのか?』と言う言葉を飲み込んだ。
 真剣な眼差しでシドを見つめ返す女達には、シドを騙すとか詭弁とか、そういうものとは無縁であることを表している。

「出頭して…どうするつもりだったんだ…?」
「子供を産むことが出来たら、里親を探してもらおうと思っていた」

 淡々と語る女の決意に満ちた瞳にシドは全てを察した。

 今回のWROへの…と言うよりも、『ジェノバ戦役の英雄』や『世界の平和』へクーデターを起こそうとしていたこのグループを脱却した後、女達は子供さえ無事に産めるなら自分達はその後、処刑されても良いと考えていたのだ。
 そこまでの覚悟を決めさせたのは、一重に我が子への愛情ゆえ…。
 妊娠することによって、失っていた『人としての感情』が甦ったのだ、と痛いほどに感じる。
 だからこそ、シドは怒った。

「バカ野郎!ふざけんな、親のいないガキがどれくらい苦労して、辛い思いをしながら生きてるか分かってんのか!?」

 怒鳴りながら壁を蹴りつける。
 女達はアイスブルーの瞳を真っ直ぐシドに向けたまま、彼の怒りを真っ向から受け止めていた。
 その姿が、とてもやりきれない。
 シドだって分かっている。
 彼女達だって、好きで魔晄に晒されたわけではない。
 魔晄に晒されたせいで人格が破壊された可能性が高いのだから。
 その壊れた人格を取り戻したきっかけが妊娠だっただけ…。
 悲しい悲しい、きっかけ…。
 気づいた時にはもう手遅れ。
 逃げ出そうにも手段を奪われ、ただひたすら子供が無事に産めるように祈る日々。
 そんな時間を過ごしていたのだ、彼女達は。
 まさか、出産までにこういう形で救いの手が差し伸べられるとは誰も想像出来ない奇跡だ。

 散々怒鳴り散らしたシドは、ガシガシ…と頭を掻き毟ってから盛大な溜め息を吐き出した。
 そして、おもむろに懐から携帯を取り出す。

「…あぁ、俺だ。緊急事態だ。すぐに何人か俺のところに寄越してくれ。…あぁ…。妊婦が7人もいる。保護してWROの施設に入れてやってくれ。…あぁ、頼む」

 携帯を切ったシドは改めて女たちを見た。
 そして苦笑した。

「そんな顔すんな。赤ん坊に罪はねぇだろ?」

 シドに怒鳴られた時には無表情だった女達が皆、ジッと彼を見つめたまま涙を流していた。

(あぁ…こいつらも被害者なんだよな…)

 彼女達の涙に釣られ、不覚にも視界が歪む。
 グシッ。
 鼻を啜ると女達の唇からか細い嗚咽が洩れた。
 人としての情を取り戻すことが出来た奇妙な奇跡を目の当たりにしたシドは、何とも言えない高揚感を胸に抱いた。

 シドが急行したWRO隊員達にその場を任せ、クラウド達の加勢に向かったのはそれからきっかり5分後のことだった。


 *


 先ほどから左肺が変な音を立てている。
 呼吸するほどに痛みを増し、熱を感じる。
 同時に身体がどうしようもなく重くて辛くて、このまま投げ出せたらどんなに良いだろう…と思ってしまうほどにクラウドは満身創痍だった。

 まず、女の格好が卑怯だと思った。

 あの旅の頃のティファと似たような服装。
 加えて闘う術が拳ということ。
 女の格闘家が世の中にティファ以外にもいた事実に軽く驚いてしまう。
 そしてこの強さには舌を巻いた。

「本当にイイ男。ゾクゾクする」

 舌なめずりするような声音に、クラウドの背筋に悪寒が走った。
 本能で『それ』を避ける。
 チッ…と、左肩を拳大の石が猛烈なスピードで通り過ぎた。
 まともに喰らったら左肩を粉砕骨折していただろう。
 その圧倒的パワーに気圧される。
 なるほど、数いる元・ソルジャー達を束ねるだけのことはある。

「あ〜…本当に残念。早まったことをしなかったら良かったわ」

 足元の石を蹴り飛ばしたポーズで暫く静止した女は、ゆっくりと足を下ろした。
 2人が立っている場所は、2階フロアー。
 壁は既にボロボロで、女の背後には大穴が開き、広い広い廊下が延々と続いているのが見える。

「子宮なんかあったら思う存分楽しめない、って思ってたんだけどねぇ」

 吐き気をもよおす言葉。
 ティファと同じ『女性』という種類に属しているとは到底思えない。
 クラウドはソードを構えなおした。
 腰を低く落とし、足を開く。
 左肺がまた焼け付くように痛んだ。
 限界を訴える身体を無視する。

(どのみち、この女を倒さない限りどこにも進めない)

 帰ることも…。
 未来を歩くことも…。

 目の前で轟然と微笑んでいる女を倒さない限り、ティファも子供たちも、仲間も、そしてこの星に生きる命も弄ばれるだろう。

(絶対に…負けない!)

 思い切り床を蹴り、クラウドは女目掛けて跳躍した。