完全に翻弄されている。
 いたぶりながらコイツらは俺を殺すつもりだ。

 畜生!
 こんなところで死んでたまるかよ!!
 ジェシー達にどんな顔で会えばイイってんだ!?
 それに…マリン。
 俺にはまだ、生きてやらなきゃならねぇことが山ほどあるんだ!!
 マリンのためにも、俺は…俺は…!


 意識が白濁し始めたバレットは、突如、真っ白な煙で何も見えなくなった…。






Fight with … 7







「バレットはん、生きてまっか?」

 たった今まで迫っていた死の触手が、このお調子者の仲間の声でスーッと消えるのをバレットは感じた。
 フラフラしながら何とか倒れない状態を保つ。
 既に義手は熱を持ち、弾丸を発砲できない状態にある。
 ヴィンセントを送り出し、一人で踏ん張っていたが元・ソルジャーの猛攻の前にはっきり言って手も足も出ない状態だった。
 それなのに、ほとんどがヴィンセントの後を追わずにここにいるのは、バレットをいたぶって殺すことを何よりも楽しみとしていたからだ。
 そのことを、ひしひしと感じながら、もしかしたらユフィを奪還することに成功したヴィンセントが戻ってくるかもしれない…と、若干情けないことを期待しながら必死に立っていた。
 それも限界がある。
 敵はバレットをいたぶることに飽きてきていた。
 イヤになるほどその空気を感じ取った。
 繰り出される拳や蹴り、バスターソードの攻撃からなんとなく『もう飽きた』と、小さな子供が古いおもちゃを放り投げるようなものを感じた。
 バレットは死を覚悟しながらも、必死に抗おうとして突如、白煙に包まれたのだった…。

 ズボンをクイクイと引っ張る弱々しい力に抗うことすら出来ない状態で、フラフラしながら白煙の中を進む。

「ゼ〜………助かった……ハ〜………」

 息も絶え絶えに礼を言うバレットに、ケット・シーはヒラヒラと手を振った。

「あ〜良かった。間に合わんかと焦りましたで〜」

 ぬいぐるみのクセに汗を拭く仕草をする。
 バレットは己の汗で目が沁みながらも、ニカ〜ッと笑って見せた。

「それにしても、お前いつのまに?」
「まぁそれは置いといて。デンゼル君とマリンちゃんは無事にこちらで保護しましたから、安心して下さいな」
「ほ、本当か!?」
「はいな!傷一つなくて元気そのものでした〜!」
「よ…よかった…」

 全身から力が抜ける。
 床にへたり込みそうになるバレットに轢かれそうになってケットは慌てて飛びのいた。

「アカンアカン!まだ安心したら〜!それよりもエライことが分かったんですわ!!」
「…あ〜…エライこと…?」

 1度緩んでしまった気持ちは中々引き締めるのが難しい。
 それでなくとも満身創痍で身体が言うことをきかなくなっている。
 バレットは放心状態でケット・シーをぼんやりと見た。
 緩んでしまった気持ちが身体の悲鳴を明確に反映し始めている…。
 ケットはバレットの背中に乗ってゲシゲシと頭を蹴った。

「痛ぇ!痛ぇっつうの!」
「アカンって言うてますやろ!!はよ立たな敵がまたこっち来てまいますから!!」

 言われてようやく気がついた。
 先ほど、なぶり殺されそうになった場所からはさほど離れていない。
 白煙も落ち着き始めている。
 そこでバレットははて…?と気がついた。
 ただの白煙くらいならば、あの余裕綽々の憎たらしい元・ソルジャー達は簡単に振り払ってバレットを追ってきてもおかしくない。
 それなのにいまだに来ていないということはいったいどういうことか?

「ちょっとした新薬を試したんで、早々は追ってこられないとは思うんですけどね、でもまあそれも時間の問題でっしゃろ。そやから早う逃げんと!!と言うかシドさんらと合流せな!!」

 疑問の声が聞こえたわけではないだろうがケットが状況を説明する。
 バレットは痛む四肢を何とか動かし、2階への階段を上がり始めた。
 と…。

「…なんかイヤな音がする…」
「…ほんまや…なんやろ…」

 2階に近づけば近づくほど、何かが激突している激しい音が耳についた。
 疑問に思うような口調でそれらしい台詞を口にしているが、2人とももう分かっていた。
 これは、戦闘の音だ。
 それも…。

「クラウド!」

 ナナキの悲鳴のような声がダメ出しのように響き、バレットとケットは顔を見合わせると真っ青になって駆け出した。
 その現場にはすぐに辿り着いた。
 瓦礫の山のすそに赤い獣が臨戦態勢を取りながら前方を警戒している。
 隻眼の先には1人の美女。
 それもあの頃の旅にティファが着ていた様な服を着た格闘家。
 瓦礫の山がガラガラ…と崩れ、中からクラウドがふらつきながら現れた。
 元・ソルジャーになぶり殺しにされそうになっていたバレットよりも酷い状態なのが一目で分かった。
 口角からはどす黒い血がこぼれ、いつもは澄んでいる魔晄の瞳が霞んでいる。
 無意識に左脇腹を庇っている彼の姿は今にも星に還ってしまいそうで…。


「「 クラウド(はん)!! 」」


 駆けつけ、支える。
 ふら付いて膝をつきそうなクラウドを寸でのところ支えることに成功したバレットは、彼の体温が異常なまでに熱いことにギョッとした。
 バレットとて先ほどまで激しい戦いを繰り広げていたのだ、それなりに体温は上がっている。
 それ以上に体温が高いと言うことは、クラウドの状態が悪いことを表していた。

「あら、お仲間登場?」

 クスクスクス。
 バレット達の登場に動じるどころか、自身の勝利を信じて揺ぎ無い女の超然とした声がした。
 カッとなって睨みつける。
 一般人が見たら蒼白になって脱兎の如く逃げ出すであろうバレットの凶悪な顔も、女にとってはなんでもないらしい。
 悠然とした足取りでゆっくりと近づいてくる。
 ナナキが全身の毛を逆立てて一足飛びで攻撃しようと四肢に力を入れた。
 バレットも義手が使い物にならないことを忘れて構える。
 が…。

「2人とも…手……出さないでくれ…」

 ゆっくりとバレットの支えを離しながらクラウドはバスターソードを構え直した。
 ギョッとしてバレットが止めようとする。
 しかし、そのバレットを止めたのはケット・シーだった。
 ズボンを両手で掴んで必死に首を振る。
 反論しようとして…結局バレットは口をつぐんだ。
 男にはやらなくてはならない時が必ずある…ということをバレット自身が良く知っていたし、クラウドが言い出したらきかない人間だと言うことも知っていた。
 ならば、気の済むまでやらせてやろう。
 勿論、死ぬようなことになるギリギリ手前で止める。
 ナナキが視線だけで反対の意を表したが、それもバレットはゆっくりと頭を振ってクラウドの意志を尊重するよう促した。
 少しだけ臨戦態勢を解きながら、クラウドにその場を譲る。
 クラウドはナナキの気遣いに気づいていないだろう…。
 霞がかった瞳は女しか見ていない。
 バレットの前を…、そしてナナキの隣をゆっくりと通り過ぎる。
 2人とケットの耳に、クラウドの『ヒュ〜…ゴボゴボ…ヒュ〜…ゴボゴボ…』という、ゾッとする呼吸音が聞こえた。
 肋骨が肺に刺さっている可能性がある。
 早急に手当てをしないと危険だ。
 そのことくらいクラウド自身も察しているだろう。
 次の一撃で女を仕留められなければ何が何でもクラウドを止め、逃げる。
 しかし…。

(この女から…逃げられるのか…?)

 一抹の不安がバレットを襲った。
 自分はもう一人前に戦えるだけの余力がない。
 今も、背後から元・ソルジャー達が回復して追ってくる気配がないか戦々恐々としているのだ。
 この目の前の女がかなりの猛者であり、元・ソルジャーのリーダーであることは疑いようもない。
 この状態で、負傷したクラウドをバレットが担ぎ、なんとか無事な様子を見せてくれているナナキに殿(しんがり)を任せて逃げられるだろうか?
 いや…難しいだろう…。
 それに、自分達はまだティファとユフィを助けなくてはならない。
 恐らくそっちはヴィンセントがなんとかしてくれてはいるだろうが、何とかなったならもうそろそろこちらに加勢に来てくれているだろう。
 その気配がない…ということは、もしかしたらもっと事態は緊迫している可能性がある。
 そう言えばケット・シーが『緊急事態』と言っていた。
 あれは何だったのだろう?
 今はもう、この緊迫した雰囲気に呑まれ、聞くことが出来ない。

 バレットはジリジリした焦燥感と不安に駆られ、食い入るようにクラウドを見た。

 バレットの目だけではなく、ケット・シーの目で見ても、ナナキの目で見てもクラウドの勝利は皆無に等しかった。
 ボロボロのクラウドに対し、女は無傷に近い。
 勝てるはずがない。
 だが、いつでも自分達のリーダーは困難な状況を乗り越えてきた。
 クラウド自身、己の正体が分からなくて不安で仕方なかった頃も、少し遠回りしたけど戻ってきてくれた。
 最後の最後まで、自分の意志を貫いて今の平和を掴ませてくれた。
 勿論、それはクラウド1人の力ではない。
 だけど、クラウドがいなければ絶対に掴むことができなかった尊い宝。
 それをバレット、ナナキ、ケット・シーは知っている。
 だから…。

「薄情な仲間だねぇ。どう考えても勝てやしないのに、無謀な行動を止めようとしないなんてさぁ」

 女がせせら笑う。
 バレット達は何も言わず、ただ黙って戦いの行方を見守る態度を崩さなかった。
 クラウドは黙って構えたソードを腰に引いた。
 荒い呼吸が徐々に闘うそれに変わる。
 それに伴い、クラウドの魔晄の瞳が力を取り戻す。
 女はその変化を笑った。
 バカにしたのではない。
 驚嘆し、感動しながら笑ったのだ。

「あ〜、やっぱり最高だねアンタ。惜しいなぁ、アンタと私の子供なら、きっとこの星一番の猛者になっただろうに」

 悦に入った微笑。
 バレットとナナキが同時にそのおぞましさに息を呑む。
 クラウドは息を止めた。

「俺が子供を欲しいと思える相手は1人だけだ、アンタじゃない」

 ハッキリした強い声。
 意志をしっかりと持った頼もしいリーダーの声だ。

 目を見張った仲間達の前で、全身を青白い闘気に包み込んだクラウドは最後の力を振り絞って跳躍した。


 *


「ユフィ、大丈夫か?」
「うん、何とかね。それよりもティファが…」
「分かってる。行くぞ」

 ナナキを見送った直後、ユフィ達は手術室から脱出した。
 床に伸びている敵が何人か目を覚ましそうな気配を見せたが、容赦なくヴィンセントとユフィはその頭部を蹴り飛ばして再び昏倒させた。

 殺されないだけありがたいと思え…。

 そういう凶悪な気分だった。
 大事な仲間にこれだけのことをしでかしたのだ、殺してもバチは当たらないだろう、と正直思っていた。
 だが、必要最小限、殺さないようにしたのは、やはりティファの気持ちを慮って(おもんばかって)のことだ。
 どこまでもお人よしの彼女は、命を何よりも尊ぶ。
 敵であろうと…だ。
 だから、こんな目に合うのだ、とも思うがそれでこそティファだと思うのでもう仕方ない。
 屋上に行く途中の広い広い廊下の中ほどで、シドが駆けて来るのに出くわした。
 ホッと安どの表情を浮かべたシエラ号の艦長に「もっと早く来いよなぁ…」と、花も恥らう乙女のはずのユフィがぞんざいにこぼした。

「おう、無事だったか!」
「なんとかな。だが、ティファの状態が悪い。早く治療が必要だ」

 そう言いながら足を止めないヴィンセントに、シドは折角きた道を逆戻りするような形で併走した。
 走りながらヴィンセントの腕の中でグッタリと意識のないティファを見てギョッとする。

「屋上にWRO隊員が何人かいる。ちょっとアクシデントがあってな、シエラ号に引き上げてもらう人間が急遽増えたんだが、優先してもらえるように言ってくれ」
「アクシデントって…?」

 背後を警戒しながらユフィが訊ねた。
 シドは何とも言えない顔をしたが、結局は「まぁ、すぐ分から〜…」と答えをはぐらかした。

「クラウドが敵のリーダーと戦っているがかなりヤバイ状態だ。それに、私達を先に行かせてくれたバレットもかなりマズイ。シド、頼めるか?」
「おう、まかせとけ!」

 シドはすぐ背を向けて走り出そうとして、ヴィンセントに「それと…」と引止められた。
 ずっこけそうになりながら急ブレーキをかけてシドは駆け戻った。
「あんだ?(意:『なんだ』)」
「これを持っていけ」
 器用にティファを抱えたまま、ヴィンセントは懐から小瓶を取り出した。
 ケット・シーから受け取ったWROの新薬だ。
 その旨を伝えると、シドは既に現物を目にしていたのだろう、ニッ…と不適に笑った。
 そうして、今度こそクラウド達の加勢のために駆け出す。
 その背に向かって「遅れてきた分、きっちり働いてよ〜!」と、ユフィが一言投げつけた。

 いつもの調子に戻ったユフィにヴィンセントは内心で少しだけ安堵した。
 ユフィが鳩尾付近を庇うように走っていたことも、顔色が悪いことも分かっていたからだ。
 それでもユフィよりティファの方が重症だったからユフィには悪いが自力で走ってもらっている。

(こんなことを考えていた…なんてユフィに知られたら、鬼の首を取ったかのように後々、話を引っ張るだろうな)

 ヴィンセントはそう考えながら屋上目指してラストスパートをかけた。
 ティファが苦しそうに眉を顰めたのを気にしながら…。


 *


「すぐティファさんの収容を。それと、妊婦さん達が雨で濡れてしまわないよう細心の注意を払いながら引き上げるように!」

 シエラ号の操舵室で部下に指令を飛ばす。
 敬礼と共に部下は次々旧ミッドガルに突入した。
 目的のビルの外にいる元・ソルジャーの殲滅には大将クラスのWRO隊員がその任に当たった。
 他のランクの隊員では返り討ちがオチだろう…。
 大将クラスの隊員でももしかしたら危ないかもしれない。
 だが、WROで一番の実力者が大将クラスなのだから仕方ない。

「全員、殺す気でかかりなさい。生きたまま捕らえるのがWROのモットーですが今回に限り、その考えは捨てなければ勝てません」

 リーブの非情な命令に、隊員達は全員背筋が伸びる思いがした。
 それほどまでの敵に、まだWROは遭遇していない。
 今回の事件で一番の痛手はそのことだった。
 WROはまだまだ未熟。
 ジェノバ戦役の英雄が拉致された…というだけでも隊員達の中には驚き戸惑っている者が多い。
 英雄を拉致したという強敵を前にして戦意を喪失している者もいる。
 WROが本当に世界に敵するあらゆるものから守り得る存在となるためには、今回の事件はどうしても越えなくてはならない大きな壁だ。
 仲間達を無事に取り戻す以外にも、『WRO』が『WRO』として存在し続けるために、今回の事件はどうしても勝利しなくてはならなかった。
 シエラ号の巨大スクリーンは今、いくつかのパネルに分かれて各部署の働きを映し出している。
 その1つをリーブはジッと見守っていた。
 丁度、大将クラスの隊員達が元・ソルジャー達と接触したのだ。
 ビルの前をウロウロとたむろしていた元・ソルジャー達の行動はケット・シーを通して把握していた。
 彼らはビルに何とか突入しよう…とはしていなかった。
 仲間を仲間として思っていないのか、それとも中に滑り込むことに成功した同胞がクラウド達を始末すると考えたのかまでは分からない。
 だが、そのお陰でバレット達は救われたようなものだ。
 元・ソルジャーの脚力ならば、2・3階部分の窓をぶち破って潜入するくらいわけはないはずだからだ。

 大将クラスの隊員には、元・ソルジャーにマンツーマンで当たらないようにキツク指示していた。
 絶対に一対一では勝てない、とはっきり言葉にして…。
 もしも、自尊心の強い人間がいたら、リーブの指示には従わずに一人で手柄を立てようとしただろう。
 だが、大将クラスの隊員は全員、自分の力を過信しない人間だった。
 中には昔、ソルジャーと接したことがある者もいる。
 リーブの指示を至極当然のものとして厳粛に受け止めていた。
 そして、その意志を表すかのように、実に巧みな戦法でソルジャー1人1人に対し、隊員達は数名で当たっている。
 人数で言えば五分五分。
 なので、隊員達が数名、1人の敵に当たるとなると、複数が隊員へしわ寄せとして向かってしまうことになる。
 しかし、それを阻止出来ているのがマシンガンだ。
 マシンガンの弾薬はカプセル弾。
 例の新薬。
 ヴィンセントによって新薬の効果を知っているソルジャーは、深くまで攻撃出来ない状態にある。
 そこを接近戦を得意とする隊員達が囲んで攻撃をしているのだ。
 徐々に敵の数が減っていく。
 幸いにも脱落する隊員はまだ出ていない…。

 その喜ばしい状況の中でも、リーブの心の片隅には仲間への後ろめたさがあった…。

(皆さん、こんな私をどうか許して下さい)

 仲間達のことだけを考え、優先させて行動出来ない立場に立っている。
 だからこそ、こうしてリーブは英雄の中でただ1人、安全なシエラ号で指揮をしている。
 そのことを申し訳なく思うと同時に、仲間達はこんな自分でもちゃんと理解して受け入れてくれている…と嬉しくも思う。

 ―『良いの…リーブ。いつもありがとう…』―

 ティファの声が聞こえた気がした。

 きっとリーブの心を知ったら、ティファはそう言って笑ってくれるだろう。
 リーブはほんの少し頬を緩め、すぐに引き締めた。


 ヴィンセントが屋上にユフィを伴って無事到着したという報告が部下からもたらされた。
 それとほぼ同時。
 シエラ号のスクリーンがビルの2・3階部分の壁が突如、内側からの爆発で吹き飛んだ様を映し出した。

「な…!!」

 リーブは驚愕の声を上げ、目を見開いた。
 シエラ号のクルー達も驚きの声を上げながら席から立つ。

「「「 艦長!! 」」」

 クルー達の悲鳴が操舵室に響き渡った。