ワタシ ハ ナンテ オゾマシイ…。 瓦解の音が聴こえる…。6「ティファ…」 「ティファさん…」 幼い子供が暗闇を恐れている。 ティファはまさにそれだった。 クラウドとエニスの困惑し、怯えすら感じさせる目がとても痛い。 自身の犯した大罪に魂が悲鳴を上げる。 自分にとって都合の良い部分だけを見て、都合の良いように利用した。 そして、一番必要な人が帰ってきたら、あっさりと彼を『捨てた』。 信じられない。 信じられない! 自分で自分が信じられない! 「……ごめんなさい…」 「「 え…? 」」 ボロッ…と零れ落ちた謝罪の言葉に、二人が戸惑い、顔を見合わせた。 それすら、今のティファには耐えられなかった。 「ごめんなさい、ごめんなさい!」 シーツを顔に押し当て、狂ったように謝り続けるティファに、クラウドとエニスはギョッとした。 ティファの尋常ではない様子に、恐怖すら感じる。 「ティファ、なにを謝ってる?」 「ティファさん、心配することはなにもないですから…、だから落ち着いて」 クラウドがパニックに陥っているティファを再び強く抱きしめ、安心させようとする。 エニスが必死になって落ち着かせられるような言葉をかける。 だが、今のティファにはその全てが逆効果だった。 クラウドの腕に包まれても安らぎは得られず…。 あんなに力強く心に響いていたエニスの声も、今はただ追い詰めるだけ。 そうして。 そんな彼女はとうとう信じられない行動に出た。 「お願い!優しくしないで!!」 激しく身をよじり、ティファはクラウドの腕から逃げ出したのだ。 そればかりか、思い切り突き放し、その勢いを殺さないまま窓を突き破った。 「「 ティファ(さん)!?!? 」」 派手な音を立てて窓が壊れ、ガラスの破片がベッドの上や外へ撒き散らされた。 そのガラスと一緒に、ティファの身体が落下する。 クラウドは飛び散るガラスの破片から目を庇いつつ、空いた方の手を伸ばした。 だが、その手はティファの髪を掠っただけで空を掴む。 エニスも壊れた窓に駆け寄った。 下を見るが、宵闇のせいで何も見えない。 「くそっ!」 舌打ちをしながらクラウドは躊躇いなく跳躍した。 金糸の髪はあっという間に闇に溶けて見えなくなった。 エニスは呆然と、二人が消えた窓に手をかけ、その場に立ち竦んでいた…。 * 暗闇を闇雲に走る。 素足で飛び出したせいで、足の裏にはいくつも傷が出来ていた。 その痛みすら、今の自分にはまるで相応しくない、とティファは思った。 もっと…。 もっと、もっと…。 もっと、罰を受けなくては! 一人の人の心を弄び、都合が悪いところは目を瞑り、都合の良い部分で利用した。 信じられない! 信じられない!! 後から後からこみ上げてくる後悔の念。 ベットリとへばりつくその『汚泥』は、ティファを確実に追いやっていた。 どこに向かって走っているのかさっぱり分からない。 分からないが、早く…、早く!と心が急かす。 早く『ここではないどこかへ』行かなくては! 自分は『ここ』にいてはいけない。 こんなにも醜い自分は、『ここ』にいる資格なんかない。 もっと…。 もっと、罪深い自分に相応しい場所へ行かなくては! そう…。 地獄へ…。 息が切れる。 心臓が悲鳴を上げる。 足の裏の傷がズキズキと痛む。 だが…まだ。 まだ足りない。 まだまだ足りない。 エニスは一体、どんな思いで自分を見ていたのだろう…? 想いを寄せている相手が、他の男を思って悲しんでいる…、苦しんでいる…。 その姿を間近で見つめ、支えるというのはどれほどの苦痛だっただろう…? あの頃。 クラウドが家出をしていたあの頃。 ティファの心は本当に弱っていた。 その弱っている心に付込んで、己の存在を売り込もうとすれば出来ただろうに、エニスはしなかった。 ただの一度も! 黙って、ティファの苦しみを共に背負い、悲しみを慰め、希望が持てない心に励ましを惜しみなく与えた。 穏やかな微笑みと、優しい言葉。 どれほど救われたことだろう!? それなのに!! 「サイテー、サイテー……サイテーよ、ティファ!」 最後の声は悲鳴にしか聞こえない。 誰か、周りに人がいたらギョッとしたに違いない。 だが、彼女の周りには幸か不幸か、誰もいなかった。 ティファは走った。 走って…、走って……。 「っつ!!」 とうとう限界に達した足の痛みに、前のめりに転倒する。 昨夜の雨でぬかるんでいた大地に、派手に転がる。 ベシャッ。 泥がいくつも全身に跳ね、ティファの艶やかな黒髪を汚した。 荒い息の下、ティファはノロノロと顔を上げた。 「……あ……」 目の前にぽっかりと口をあけているのは…。 まさに、贖罪の術を求めているティファにとってこれ以上はない場所。 「エアリス……」 カダージュ達との闘いで壊れた教会のドア。 そのドアの向こうに見えるのは、月の光を受けて柔らかく輝いている白と黄色の花々。 エアリスの花…。 ティファはゆっくり…ゆっくりと身体を起こした。 足に激痛が走るが、無視をする。 フラフラと、おぼつかない足取りで中に入り、ティファは聖なる泉のふちで止まった。 ユラユラと揺れる水面には、これまで見たこともないような憔悴した自分の顔。 まるで生きる屍のようだ。 「エアリス…」 力なく座り込み、ティファは水面に向かって友の名を呼んだ。 「エアリス…エアリス…」 ポタ…。 ポタポタ…。 いくつも水面に波紋が広がり、ティファの顔を歪めて映す。 「…っく……助けて……助けて……」 身体を震わせ、頬を濡らし、ティファは蹲って泣いた…。 「バカね…」 突如、聞こえてきたその声に、ティファはビクッと身を竦めた。 ゆっくりと顔を上げる。 「あ……」 目の前に立つのは…。 「エアリス!」 口元を覆い、目を最大限に見開く。 エアリスは、星に還ったあの頃と寸分違わない笑みを浮かべていた。 ティファを見つめる深緑の瞳は優しく、温かで…。 「エアリス!!」 思わずしがみ付きそうになり……、ティファはハッ!と息を飲んだ。 ダメだ…。 こんなに罪にまみれた自分は、彼女に触れることなど許されない。 そう思った瞬間、ティファは彼女の前に姿を晒していることすら、許されない気がした。 星に生きる多くの命のために尊い犠牲となった大切な友人。 その素晴らしい人に会うなど、許されない。 早々にこの場から…、神聖なこの場所から去らなくては! 自分のような大罪人には、相応しくない。 だが、もう動く力がティファにはなかった。 唇を震わせながら、せめてもと、ティファは顔を俯けた。 彼女を見ることすら許されない気がした。 こんなに汚い自分が、清らかな彼女を見てはいけない。 「ティ〜ファ。またそんな風に自分を追いやって…」 からかうような…、呆れたような。 懐かしい彼女の声音に、心の底から震えるティファは、フワッと花の香りと温もりに包まれた。 抱きしめられている…。 「バカね。人間だもの、弱ったり、苦しんだり…誰でもするでしょう?そんな時、なにかにすがりたくなるのも当たり前でしょう?」 耳元で囁かれるその言葉は、なんと甘美な…。 だが、甘えてはいけない。 この言葉にすがり付いてはいけない…。 「だって…っく…、私…、わた…し……」 ボロボロと新しい涙が零れ落ちる。 ガチガチに固まった身体を溶かすように、エアリスは温もりを惜しみなく与え、柔らかく抱きしめるのをやめなかった。 「ティファ。エニスはちゃんと分かってるんだよ」 「……え…?」 「ティファがクラウド以外の人を愛せないって…」 「……知ってる……知ってるよ……だから!!」 声を張り上げ、泣きじゃくるティファの髪を、エアリスは優しい手つきで梳いた。 「ティファ。だったら、彼が何を喜ぶかも分かってるでしょう?」 小さい子供を諭すように、エアリスは語る。 ティファはエアリスの腕の中で、子供のように頭を振った。 何も聞きたくない…と言わんばかりに…。 「ティファ。彼はクラウドと一緒に幸せに笑ってるティファを見るために、今夜、セブンスヘブンに行ったんだよ?」 嗚咽が漏れる。 ティファは口元を覆い、自身の嗚咽でエアリスの言葉がかき消されない様に耳を澄ました。 「ティファ。彼はね、ずっと待ってたんだよ。ティファがクラウドと一緒にいて、幸せに笑ってくれるのを。それなのに…」 クスッ。 ちょっぴり意地悪そうに笑うと、エアリスはティファの目元をそっと拭った。 ティファの鼻腔を花の香りが優しくくすぐる。 「クラウドったら、仕事、仕事で、ほとんどお店の時にはいないでしょう?」 まったく、困った奴よねぇ…。 おどけてそう言ったエアリスが酷く眩しい。 「ティファ。大丈夫だよ。クラウドと一緒に幸せな顔をしてあげて?それが一番、エニスにとって嬉しいことなんだから」 エアリスの言葉にティファは…。 「……ダメ…」 目を見開くエアリスに……。 「……そんな…都合の良いこと…」 ティファは……。 「……私だけが……」 押しやった…。 「幸せになるなんて!!」 勢い良く立ち上がった。 「ティファ!」 手を伸ばしてくる大切な親友を…。 「ごめんね、エアリス……」 避けるように後ずさる。 そして、深緑の瞳一杯に不安と恐怖を浮かべる親友を真っ直ぐ見つめて…。 「私……エニスのことも……愛してるんだもの…」 エアリスの身体がビクッと震える。 それが酷く悲しく…。 そんな顔をさせているのが自分だと思うと、魂が千切れそうなほど苦しく…。 「だから……私は幸せになる資格なんか…………ない」 足の痛みを無視し、ティファは背を向けて走り出した。 「ティファ!!」 背に、親友の悲鳴のような呼び声を受けながら…。 |