一時の激情に駆られ、迸る力。

 それを己で御することが出来ない者は周りを巻き込んで破滅する。
 だけどもし。
 周りにそれを上回る力を持つモノたちがいてくれたら…。
 暴走するものを守るべく、抑えてくれたらもしかしたら破滅せずに済むかもしれない。


 だが…。


 都合よく、そのようなモノが傍にいてくれるとは限らない。






激昂 3







「ヴィンセント!!」

 リーブは思いがけない仲間の訪れに立ち上がった。
 頬は連日の激務でげっそりとこけており、目の下の隈はくっきりとその影を落としていた。
 ヴィンセントは何とも気まずい思いを味わいながら、
「大変そうだな」
 と、一言だけ口にした。
 ついてきたシェルクが何とも言いようのない変な顔をして見上げてきたのを感じながら視線をリーブの足元へ落とす。
 セブンスヘブンで散々呆れ返り、今は隣に立つシェルクの顔も、疲れきっているリーブの顔も直視出来ない…。
 しかし、リーブは喜色満面の表情で駆け寄ると、抱きつかんばかりに喜んだ。

「よく来てくれました!連絡が取れなくて諦めてたんですよ!」
「そ、そうか…、それはすまなかった…」
「いいえ!ほら、ヴィンセントさん、前に言ってたでしょ?『私を巻き込むな』って。(*FF7DC内にて)ですから、ニュースで騒がれている事件やモンスターの一件に巻き込まれたくない!って携帯の電源を切っているのかと思ってたんですよ」

 グサッ。
 リーブの最後の一言が耳と心に痛い…。

 ヴィンセントの眉が微かにピクリ…とひくついたのをシェルクは見た。
 吹き出しそうになるのを堪えてリーブを見る。
 約1週間ぶりに見たリーブは更に疲れきっているように見えた。
 事実、疲れているのだろう。
 シェルクは真顔になると口を開いた。

「リーブ、やはり私も何か手伝います」

 シェルクは今回、クラウドの同行を申し出ていたのだがティファ同様、断られていた。
 デンゼルとマリンは非常によく働いてくれる子供たちだが、それでもやはりティファ1人に留守を任せきってしまうのは避けた方がいい、というのがリーブの言い分だった。
 本当ならシェルクの手だって充分借りたいくらいに大変な状況のはず。
 それなのに、そう判断したリーブの気持ちを尊重してシェルクは決定に反論しなかった。
 だが、改めて目の前で疲れた顔をしているリーブを見ると、自分も戦えるのに…と思ってしまう。

 リーブがシェルクを見た。
 また断られる?と思ったシェルクだったが、意外にもリーブは神妙な顔をすると1つ、頷いた。

「シェルク。1度断っておいてなんですが、やはりアナタにも助けてもらいたい」

 リーブはヴィンセントと軽く驚くシェルクに椅子を勧めると、内線でコーヒーを頼み、自身も椅子に腰掛けた。
 やがて秘書がコーヒーを3つ運んできた。
 芳香な香りを楽しむようにリーブが目を細める。

「ここ最近の楽しみは、このコーヒーくらいです」

 弱々しく微笑んで、リーブは話し始めた。


 15分後。

 シェルクとヴィンセントは厳しい表情で黙り込んだ。
 リーブはそんな2人に考える時間を与えるよう、冷めたコーヒーをゆっくりすすった。

「断る…とは言えない状況だな」

 やがて、噛み締めるようにヴィンセントが言った。
 それが彼の答えなのだとリーブは感謝を目に表した。
 ヴィンセントの隣ではシェルクも頷いている。

「ありがとう、お2人とも。では、申し訳ありませんが早速準備に取り掛かるので少しお待ち頂けますか?」

 言いながら、デスクの上の電話へ手を伸ばす。
 部下へいくつか指示を下すリーブに、ヴィンセントとシェルクは揃って冷めたコーヒーへ手を伸ばし、口へ運んだ。

「シャルアは怒らないか?」
「大丈夫です。私はもう子供じゃないんですから」
「子供とか子供じゃないとかの問題じゃないだろうに」

 呆れたような声音で言ったヴィンセントを軽く睨みながら、シェルクは一言反論しようとした。
 だが、その開いた口は中途半端なまま言葉を発さず、ポカン…という表情が相応しい顔を作り出して固まった。
 視線はヴィンセントからリーブへと移っている。
 そして、ヴィンセントの視線もリーブへ向けられていた。
 2人は今、同時に耳にしたリーブの言葉に意識を全部持っていかれたのだ。
 そのリーブはと言うと、まだ部下に指示を出している。

「…シェルク…私の聞き間違いかもしれないのだが…」
「…私も今、何か不思議な言葉を聞いた気がします…」
「…シェルクもか?」
「ヴィンセントも?」
「「 ……… 」」

 2人揃って聞き間違いをするはずがない。
 ヴィンセントとシェルクがその答えにたどり着くのに時間など必要なかった。


「お待たせしました。部下が迎えに来るのでどうぞよろしくお願いします」


 受話器を置いたリーブが過労の濃い顔に笑みを浮かべて頭を下げた。
 ヴィンセントとシェルクは、覚悟を決める以外、道がないことを悟ったのだった…。


 *


 一台の黒塗りの高級車がホテルの前で止まった。
 ホテルマンがサッと近づき、ドアを開ける。
 中から現れたのは、腰まで伸びた波打つストロベリーブロンドの髪を持ち、スレンダーな身体のラインを強調するようなピッタリとしたサテン地の黒いドレスに身を包んだ美女。
 瞳の色は黒曜石で、艶やかな唇はワインレッドのルージュが差され、蠱惑的な笑みを模っている。
 ホテルの前にいた他の客やホテルマン等々が目を奪われる中、彼女は助手席から降り立った紳士に付き添われるとホテルマンの先導にてホテルの中へ入っていった。

 寄り添い合うように歩く2人は、ホテルの中に入っても注目の的だった。
 美女をエスコートしている紳士も目を吸い寄せられるような美男子だったので無理からぬことだろう。

 自然に彼女の腰に回された手、前を見据える凛とした瞳は紅玉に輝き獲物を狙う猛禽類を髣髴とさせた。
 顎と口周りに生やされた髭と同じく髪は黒々と艶やかで、襟足の部分で一本にしばっているのが、何とも言えず男性の色香を漂わせていた。
 更に少し目にかかるようにわざと垂らされた前髪は、彼の整った風貌を完璧に仕上げていた。
 着ている服はというと、お約束のように黒いスーツ。
 胸ポケットから覗いているのは赤いハンカチーフ、彼の瞳と同じ色。
 それが余計、彼を扇情的に見せているのかもしれない。

 2人は舐めるような視線をものともせず、堂々たる足取りでフロントへ足を運んだ。
 そして、ルームキーを受け取るとホテルマンの先導を断り、2人きりでエレベーターへと消えていった。
 その後姿を、ある者は羨望の眼差しで、またある者はうっとりとしたため息で見送った。


 その2人が消えたエレベーター内では…。


「私にはこれ以上は無理だ」
「充分大丈夫じゃなかったかと思いますけど」
「………断れば良かった…」
「申し訳ありません。私がもう少し力があれば…」

 疲れきった声音で肩を落とすヴィンセント・バレンタインと、心の底から恐縮するラナ・ノーブルの2人がいた。
 2人は今、次に狙われるのではないか?と予想している高級娼婦がよく利用するというホテルにやってきている。
 潜入捜査の第1日目だ。
 当初、ラナに命じられたのは『単独での潜入捜査』だったのだが、ヴィンセントの出現で急遽、『同伴付き』に変更となった。
 作戦変更を伝えられたラナは、一瞬その美しい顔を微かに歪めたものの、すぐに表情を取り繕って『承諾』の意を表すべく敬礼をした……らしい。
 部下からの報告を聞いて、リーブがため息をついた姿をヴィンセントは見ていた。

『彼女はなんと言うか…、使命感に燃えすぎて己を省みないところが心配でして…。ですから、ヴィンセントさん。どうかノーブル軍曹をよろしくお願いします。決して暴走しないように…』

 なるほど…と思う。
 自分が信頼されていないからヴィンセントが付けられたと思っている節が見え隠れしているのだ。
 決してそうではなく、隊員1人1人の身の安全を最大限に確保したいというリーブの気持ちを彼女は少し勘違いして受け取っている風があるようにヴィンセントには見えた。

(確かに……1人での潜入捜査は少々危険か…)

 だが、だからと言って何故に自分がこんな格好をして『高級娼婦』を同伴させている『金持ち役』をしないといけないのか。
 こんな演技力のない自分が彼女の同伴相手など、最後まで務まるとは思えない。
 しかし、だからと言って彼女1人を『おとり』にするのは反対だ、勿論。

(……俺よりも他の隊員の方がうんと上手くやるだろうに…)

 そう、例えばシュリとか、プライアデスとか、はたまた彼女の兄のグリートとかとかとか…。

 などなど、グズグズウジウジ考えている間に、エレベーターは最上階に到着した。
 軽い『チン』という音と共に気持ちを入れ替える。
 一歩踏み出し、ヴィンセントは自分の無表情な性質を初めて良かった、と噛み締めた。

 目の前に広がっていた空間は一言で言えば豪勢そのもの。
 世界中で行われている復興作業はあらかたの地域で終わりを見せ、発展へと移行しているのではあるが、まだ『豪華絢爛』とか『贅沢三昧』という言葉とは無縁…のはず。
 それなのに、これは一体?

「……すごいな…」

 思わずこぼれた低い声に、ラナはクスッと笑った。

「確かにそうですね。あそこにかかっている絵画、確か神羅時代にプレジデント神羅がオークションで根こそぎ落札したと言われているもののはずです。あの神羅ビル崩壊のおり、一緒に燃えてしまったと言われていたはずなのに」
「……贋作か?」
「ん〜…本物みたいですね。ほら、絵画の右下に小さくイニシャルが書いてたでしょ?」
「…そんなもの、似せて書いただけじゃないのか?」
「あのイニシャル、実はちょっと工夫があるんです。特殊な染料を織り交ぜていまして、ある角度になると消えてしまったかのように見えなくなるんですよ。今、それを真似しようとしてもちょっと無理ですね。それに、筆のタッチが」
「いや、もういい。分かった…」

 ヴィンセントはげんなりしながらラナの説明を遮った。
 どうやら…本当に彼女しか潜入捜査は無理な世界だったようだ。
 にわか仕込みでここまでの知識、眼力を身に付けることなど不可能だ。
 それはまさに自分にも言えることなのだが…。

(やっぱり…グリート・ノーブルに任せるべきことじゃないのか、私の役は)

 ヴィンセントの疑念が確固たるものに変わった頃、ようやく2人は重厚なドアの前についた。
 これから2人はこの部屋で一夜を過ごす。
 この扉をもう1度くぐるのは明日の朝の予定だ。
 当然、男女の関係があったと周囲に思い込ませるのが今回の作戦の第一歩。
 ラナ1人が潜入捜査をする当初の予定では、彼女1人がこのホテルへ泊まることになっていた。
 高級娼婦だからと言って、こういうホテルに泊まるのが1人だとおかしい、ということはない。
 むしろ、パトロンとなった男から湯水のように金をもらい、このような五つ星ホテルに1人で滞在しては自分だけの贅沢な時間を過ごすことがステータスとなっている。
 高級娼婦の『贅沢』は到底庶民には受け入れられないだろう。

 2人は部屋に入るととりあえずドアに鍵をかけた。
 そして…。

「……盗聴器の類はなさそうですね」
「そのようだな」

 一通りのチェックを行う。
 ベッドや鏡の裏、カーテンレールの上にシャンデリアの鎖、カウチソファーの隙間等々。
 目で見て確認出来ないところに仕掛けられている場合も想定し、きちんと探査機も使用した。
 結果、特に不審な代物はないという結論に達し、ようやく2人は部屋に備え付けられている豪勢な椅子へそれぞれ腰をおろした。

「ここまでは予定通り…か」
「そうですね」

 2人ともホッと行き着く間もなく腰を下ろすと同時に耳にイヤホンをねじ込だ。

『今のところ、こちらも異常はありません』

 耳に淡々とした声音が静かに届けられる。
 外では、シェルクが数名の隊員と共に待機しているのだ。
 ヴィンセントとラナが周囲に見せ付けるようにして部屋に入るのが役目なら、外で不審な人物がいないかをチェックするのがシェルクに与えられた任務だった。
 ホテルの周りには数名のWRO隊員と警察が共同戦線を張っている。
 無論、この五つ星ホテル以外にも配置はされている。
 今回の事件で、被害者が最後に使用したホテルでは二度と同じ悲しい出来事が起こっていなかったため、消去法でこのホテルとあといくつか他のホテルが候補に残っていた。
 その1つに狙いを定めたのは、情けないが『勘』以外の何者でもない。

 シェルクはセンシティブ・ネット・ダイブを2年前よりも自由に使えるようになっていた。
 その力を最大限に生かし、ラナとヴィンセントが潜入したホテルのメインコンピューターから末端に至るまでを完全に掌握している。
 だから、リーブが懸念しているよりもうんと安全かつ的確に今回の事件を掌握出来ると思ったのだ。
 シェルクだけではない、ヴィンセントもラナも、そう思った。


 それら全てがとんでもない勘違いだと思い知らされたのは翌日のことになる。


 *


「私にお会いしたい方?」

 軽く驚いてラナはその初老の紳士を見た。
 ヴィンセントはわざと、一足先にホテルから出ている。
 犯人グループから接触しやすいように、という作戦からなのだが、まさかこんなに早く声がかかるとは思ってもみなかった。
 無論、この初老の紳士が犯人グループの1人、とは限らない。
 だが、引っかかってきたものを片っ端から当たっていくしか方法がないのだし、そのための『おとり捜査』だ。

「でも……どうしようかしら…」

 シナを作って困ったように手を頬に添えると、紳士はうっとりと目を細めた。

「あの方が気になるのでしょうが、私の主人もとても素晴らし方です。是非1度、お会い頂きたい」

 紳士が言う『あの方』がヴィンセントを差していることはすぐに分かった。
 ラナは肯定するでも否定するでもなく、ただ困惑したように目を軽く伏せ、ホテルのドアをチラリと見た。
 紳士の目には『ヴィンセントを取るか、新しいパトロンを取るか』と迷っているように見えただろう。

「大丈夫です。主人の持っておられる力は非常に大きい。あの方への義理立てをと考えておられるのであるならば、こちらからあの方へ相応のことはさせて頂きます」

『相応のこと』というのが、金であるのか他の女を紹介することなのかは分からないが、本当に力を持っている財閥の人間や有名人等々なら可能な話なのだろう。

 …全く、虫唾の走る世界だ…。

 その10分後、ラナは顔を綻ばせる紳士に見送られながら高級車に乗り込み、ホテルを後にした。
 そうしてその日の夜。
 再びラナは今度は1人で同じホテルを訪れていた。
 ホテルのドアをくぐりながら、今朝、紳士が口にしていた『新しいパトロン』の話を思い出す。

(『○○財閥お抱え美術匠で△△と申します』…ね。○○財閥には確かにお抱え美術匠がいるけど、本物かしら…)

 なんとも胡散臭い話だ。
 現実にその名を持つ美術匠はいるし、ラナも顔を知っているので見たら分かるだろう。
 女垂らしというところまで同じだ。
 だが、それだけで本物だと信じることは当たり前だが出来ない。。
 …確かに、高級娼婦を囲うだけの金は財閥からもらっていそうなのだが…。

 ラナは自分の疑問も含め、それら全てをリーブへ報告した。
 怪しさ満載だが接触してみないことには始まらない。
 リーブは重々しく接触を命じた。

(本物かどうかはこのさい置いといて…。これが犯人グループなら言うことなしね)

 ようやっと、遠く遠くにいるシュリへ向けて小さな一歩が踏み出せる。
 ラナは昂ぶる思いに頬を緩ませた。


 一方、ヴィンセントとシェルクはWRO隊員数名に囲まれて外で待機していた。
 ラナ1人がホテルへ吸い込まれる姿に心がざわめく。
 シェルクが「気になりますか?」と訊ねてきて初めてヴィンセントは自分が『気にしていた』ことに気がついた。
 無論、彼女に異性として惹かれているから気になるのではない。
『守られる女』でいることを潔しとしないラナの姿が、なんとなくルクレツィアと重なってほっとけなかった。
 下手をすると、WRO隊員の目を誤魔化してでも自分1人で出来ることを限界まで試してしまいそうな気がする…。
 是非とも踏みとどまって欲しいところだ。

 黙ったままつらつら違うところにまで思いを馳せかけたヴィンセントに、シェルクは少し困ったような顔をして笑うと、自分も彼女が気になるし…と呟いた。

 大きめのワゴン車とは言え、シェルクが力を発揮させるためにコンピューターは乗っているし、他にもWRO隊員が同乗しているしで、狭苦しい。
 その窮屈な空間に身を置きながらシェルクは器用にラクな体勢をとった。
 意識を集中して『センシティブ・ネット・ダイブ』に入る。

 フルフェイスのメットをかぶると視覚にはホテルの周りの状況が流れ込んできた。
 大通りに面して建てられているホテルということもあり、人の通りも車の流れもイヤになるくらい多い。
 いくつもの車がホテルに吸い込まれるようにして入り、吐き出される。
 人も同じだ。
 胡散臭く思えば全員怪しい。
 先入観を捨て、冷静な観察眼を開くことに専念する。

 その間、ラナの腕時計に取り付けていたマイクロフォンからの音がワゴン車のスピーカーに流れていた。

 ノイズ交じりのやり取りが聞こえる。
 丁度、ラナは自分を呼び出した自称、美術匠と対面しているようだ。
 砂を吐きそうな美辞麗句が並べ立てられているのを耳にして、ヴィンセントはげんなりと目を閉じた。
 他の隊員も同様に苦笑している。
 流れてくる会話から察するに、WROと警察が追っている犯人グループではない、と誰もが思い始めた。

「まあ、仕方ないよな。いきなり犯人が食いついてくれるわけないし」
「だよなぁ、そう都合よくは…な」

 緊張が緩んできた証拠だろう、隊員がガッカリしたような、微かにホッとしたような表情で囁きあい始めた。
 無論、最後まで気を抜くことは出来ない。
 高級娼婦が殺された時刻は検死の結果、真夜中なのだから。


『本当に嬉しい限りです。さぁ、こちらへ…』


 男の嬉しそうな声がワゴン車に流れる。
 椅子から立ち上がったかのような微かな音と、ラナのクスクスという笑い声が続いた。
 ワゴン車に緊張が走った。
 当たり前だが、ラナは男と一夜を共にすることはない。
 行為に及ばれそうになったらどうにかしてはぐらかし、場合によってはWRO隊員が彼女の携帯に『緊急の用事』と称して電話をかけ、呼び戻す予定となっている。
 状況を見極めるために、スピーカーから流れてくる音へ全員集中した。

 だが…。
 いつまで経ってもザーザー…という空気のこすれるような音がするだけで、それきり会話も物音も聞こえなかった。
 最初は機械の調子が悪くなったか?と思った異常状態だったのだが、いつまで経っても何も聞こえない。
 ヴィンセントは咄嗟にシェルクを見た。
 シェルクもネットダイブをしていながらちゃんと聞いていたので異常に気づいている。
 ホテルの周囲からホテル内の監視カメラに意識を移す。
 最上階フロアを監視しているカメラに入り込んだが、ドアの向こうまでは入り込めない。

 せめてTVでも付けていてくれたら…。

 焦るシェルクは、監視センターへ1度潜り込もうとしてギョッとした。
 自分たちが張り込んでいるワゴン車がカメラに映っている。
 しかも、他のカメラはちゃんと一定通りに切り替わり画面でホテル周囲を映しているのに、ワゴン車を撮っているカメラは全く切り替わることなく映し続けている。
 まるで、監視しているかのように…。

「私たちのことバレています!」

 その場の全員が鋭く息を飲み込んだ。