激情に駆られ、己を御することなく暴走した後に待っているのは…。


 生きたまま地獄へ堕ちてしまうほどの暗く、激しい、圧死するほどの後悔だけ…。






激昂 4







「中佐、作戦通りモンスターの誘導、完了しました」

 報告を受けるまでもない。
 プライアデスは傍らに立つ英雄へ視線を走らせた。
 クラウド、シド、バレット。
 英雄の隣に立っているのは彼の従兄弟で新婚ほやほやのグリート・ノーブル。
 クラウドたちが到着した時にはモンスターを掃討するための作戦実行中だったため出迎えることが出来なかったが、今朝、帰還してこの場に立っている。
 全員が小さく頷いた直後、プライアデスは命令を下した。


「全員、突撃!」


 命令と同時に駆け出した青年に、クラウドたちも追うようにして飛び出した。
 隊員たちも負けじと手に武器を構えて突進する。
 モンスターの背後と側面をつく形でWROの攻撃が始まった。

 一方、ニブルヘイムでも同じようにドラゴンの亜種に対する攻撃が始まった。
 駆けつけたナナキを加え、WRO側が完全に圧している。
 戦況はWROの勝利に傾いていた。

 ドラゴンへの恐怖感はまだ隊員たちの中にしっかりある。
 しかし、ドラゴンの弱点を的確に突ける様に指示を下し、着々と準備を進めることが出来ていたお陰でなんとか1人の犠牲者も出さずに済みそうだった。
 ドラゴンの弱点。
 それは両目と二股に分かれた尾の付け根。
 亜種族であるからか、体内の気脈の流れが違う…と、シュリは説明をした。
 その弱点を集中的に狙う。
 ドラゴンの動きは、大きな体躯からは想像出来ないほど俊敏で、普通なら弱点を狙った攻撃は当たらない。
 しかし、ドラゴンのもう1つの弱点である嗅覚を突き、その動きを鈍らせていた。
 付近一帯に感覚が鈍る香を焚き染め、ドラゴンの感覚を奪っているのだ。
『外堀を埋める』とはまさにこのことだった。

「やっぱりシュリは敵に回したくないねぇ」

 ドラゴンの鋭い爪に空を切らせながらナナキがぼやいた。
 ぼやきながら、自分の役割を忘れることなく反撃に繰り出す。
 すぐ傍で巨大手裏剣を操っていたユフィがニヤッと笑った。

「まったく、認めるのも癪だけどね〜」

 軽口を叩きながらドラゴンの攻撃を避けると同時に鋭く手首を翻し、攻撃をする。
 クナイがドラゴンの目に吸い込まれ、苦悶に満ちた咆哮が上がった。
 続けてすぐ近くにいた隊員が発砲すると、数発は外れてドラゴンの身体に当たったが、一発だけが尾の付け根に当たった。
 途端、そこから勢い良く緑色の血が吹き上がり、ドラゴンは咆哮を上げながら横転した。

 圧倒的な力を持つモノとして生まれるはずだったウェポン。
 そのなりそこないの群れ。
 冬眠状態だったこれらのモンスターが一斉に目を覚ました理由は全てが終わってから説明されることとなるが、今はその理由も分からず隊員も英雄も全身全霊を込めて戦った。

 派手に立ち回り、ドラゴンの意識を引き寄せる『おとり役』としてユフィとナナキは走り回った。
 ドラゴンを翻弄しつつ視覚を奪うことも忘れない。
 縦横無尽に走り回り、可能なら弱点の尾の付け根を狙う。
 そうして英雄たちがドラゴンの動きを引っ掻き回している間に、WRO隊員が確実に銃で弱点を狙い撃ちする。
 とてもシンプルな作戦だが、着実に成果を収めていた。

「そこ!油断するな!!」

 ドラゴンを一体斃す事に成功した隊員が、自分の功績が信じられずに呆けたように立ち尽くしているのを見咎めてシュリが鋭く叱責した。
 新たなドラゴンが隊員を狙っていたからだ。
 間一髪で隊員が爪を避けた直後、ドラゴンは耳障りな断末魔の叫びを上げて横転した。

「ちょっと大丈夫?」

 倒したドラゴンの身体を軽々と飛び越え、ユフィは地面にへたり込んでいる隊員の腕を掴んで立たせると、そのまま戦場を走り出した。

「ユフィさん、感謝します」
「気にしな〜い。それにしても、ちゃんとこの隊員の攻撃、効いてるじゃん!」
「それが、新時代の到来…、セトラから星に生きる命へ力が移行された証ですよ」
「へぇ!」

 疾走するユフィにいつの間にかシュリが並走する。
 走りながら、シュリは何発も発砲し、ユフィもクナイを放つ。
 辺りには恐ろしいドラゴンの咆哮が満ち満ちていたが、それも徐々に終結へと向かっていた。

「よっし、あと少しだ〜!」

 ユフィが明るい声をあげ、ラストスパートをかけたその隣で、シュリは何度も視線を後方や左右に走らせていた。
 拭っても拭っても、拭いきれない黒モノがまとわりついてくるようで…。

「シュリ、どうしたの?」

 心配そうに見上げてくるナナキに、シュリは軽く頭を振って応えようとはしなかった。
 残っているドラゴンはもう数えるほどになっていた…。


 *


「いなくなった!?」

 時は半日前…、つまりモンスター掃討作戦を決行した前日の夜に遡る。

 局長室で受けた報告にリーブは卒倒しそうになった。
 電話の相手は、昨夜、おとり作戦で引っかかってきた某美術匠に単身会うため、ホテルへ赴いたノーブル軍曹を補佐するために張り込みをしていたヴィンセントだ。
 受話器を握り締めている手が震え、思わず取り落としそうになる。
 混乱しているのは電話をかけているヴィンセントも同じなのだろう、いつもの淡々とした口調が崩れていた。

『すまない、我々の行動が向こうに筒抜けになっていたようだ』
「何故!?」
『それが分かったら苦労はしない。リーブ…』
「なんです!?」
『…内通者がいた…とは考えられないか…?』

 一瞬、言いよどんだヴィンセントだったが言葉を濁すことはなかった。

 内通者。

 リーブはその言葉に一瞬、目の前が真っ暗になった。
 考えなかった…とは言わない。
 充分その可能性を考えた。
 しかし、その可能性を考え、徹底的に調べた…つもりだったのだ。
 それなのに…。

「そうかもしれません…」

 呼吸3拍分の沈黙の後、リーブは歯の隙間から押し出すように答えた。
 その可能性を疑うなら何故、徹底的に調べなかった?とは、ヴィンセントは言わなかった。
 ただ一言、『そうか…』と呟いただけ。
 受話器から聞こえてくるヴィンセントの背後の雑音から、ワゴン車が移動していることを教えてくれた。

『シェルクが怪しい軽トラックがホテルから出たのを見つけたので、痕跡を追っている』

 リーブは忙しく頭を働かせた。
 今、全隊員の行動を全てストップさせ、徴集をかければヴィンセントたちを監視している者が隊員の中にいるかどうかすぐ分かるだろう。
 だがそんなことをするとこの事件以外の任務にまで支障をきたしてしまう。
 どれもこれも、軽く見れないものばかりだ。

(くそっ、どうする!?)

 シェルクにワゴン車を監視しているカメラに対し、逆探知のようなことをしてもらうか?という考えが一瞬脳裏を過ぎったが、すぐにそんなことは言うまでもなく彼女はしているはずだと気がついた。

 まったく…こういう非常事態になると自分はまだまだ未熟者だ、と己の無力さを強く感じる。

 当たり前だが、だからと言って悲嘆している場合ではない。
 下手をしたら、大切な隊員が1人、犠牲者の中に加えられてしまう…。

『リーブ、私たちはとりあえず軽トラックの後を追うことにする。ホテルからラナを指名した美術匠の写真のデータを送信するように言ってあるからあとは頼む』

 リーブがグルグル考えている間にヴィンセントはそれだけを言うと返事を待たずに切ってしまった。
 切れた受話器を力なく戻し、ドサリ、と椅子に腰掛ける。
 疲労はピーク。
 問題は山積みだ。

「ええい、こんなところで立ち止まってどうする!」

 リーブは気合を入れなおすと、パソコンのメール画面を開いた。
 丁度、ホテルから監視カメラによる写真のデータが届いたところだった…。

「これを元に手配書を作って…、いや、その前に科学班に偽造していないかどうか調べてもらわなくては」

 悩むことはとりあえず後回しだ。
 リーブは自分に出来ることに着手するよう頭を切り替えた。


 そうして…。


 それから時を戻して半日後。
 ニブルヘイムとウータイでの大規模な戦闘が徐々に終結してきた頃。
 突然、両部隊の総司令官2人が同時に硬直した。
 目を見開き、口元を強張らせ、ビクリッ!と身体を引き攣らせたきり微動だにしない。

「シュリ!?」
「ライ!?」

 それぞれ、たまたま傍にいたナナキとクラウドがファインプレーで体当たりをしてくれたお陰で、シュリとプライアデスはモンスターの餌食にならずに済んだ。
 突き飛ばされてあわや転倒するところだったが、持ち前の運動神経のお陰か2人ともバランスを大きく崩したものの転倒は免れた。

 まったく違う土地にいるのに2人の行動は何から何まで同じだった。
 すなわち、自分の命の恩人である英雄に謝意を伝えることもなく、心配する部下を安心させてやることもなく、目の前に再び踊りかかってきたモンスターをすら見ることなく…。


「「ふざけるな!!」」


 大喝。

 青年たちの部下や英雄たちがギョッとするのにも気づかず…。
 眼前のモンスターの爪が振り下ろされたことにも気づかず…。

 ただただ、条件反射のように2人は同時にソードホルダーから武器を一閃させた。
 血しぶきを上げてモンスターが地面にゆっくりと倒れた。
 断末魔の叫びを上げることもなく…。

 それが、ウータイ、ニブルヘイム双方にとって最後のモンスターだった。

 離れたところにいた隊員は、自分たちの総司令官が剣でモンスターを倒したことしか分からなかったため、一瞬呆然とし、次いで歓喜に沸いた。
 だが、シュリとプライアデスの傍にいた隊員と英雄たちは、青年の様子があまりにもおかしくてとてもじゃないが勝利を喜ぶどころではない。
 それどころか、モンスターを一閃した直後、青年は背を向けて一目散に走り出してしまっていた。

 ナナキ、ユフィはシュリを。
 クラウド、シド、バレット、そしてグリートはプライアデスを必死になって追いかけた。
 しかし、いくら名を呼んで追いかけても青年はチラリとも振り返らないで疾走する。
 そのまま大混乱の英雄たちをよそに、シュリとプライアデスはこれまた同時に携帯を取り出すと迷いなく操作した。

「ライ!悪いが先に行く!」
「どうぞお先に!僕もすぐに追いつく!あ、シュリ!!」
「なんだ!?」
「我を忘れないでよ!?」
「分かってる!!」

 そうして、2人は同時に携帯を切った。


 *


 頭に鈍痛を感じながら、ラナは『また』目を覚ました。
 そう、もう何度目かの窮屈な目覚めだ。

 まったく、自分の迂闊さには腹が立って仕方ない。
 人の良さそうな顔をした凶悪犯など、これまで飽きるくらい遭遇してきたというのに、その経験が全く生かされなかった。
 あの時。
 美術匠が満面の笑みを浮かべて手を差し出してきたのを、ラナは躊躇しながらその手を取った。
 途端、ビリッと電気が走り、あっさり失神してしまったのだ。
 まさか、スタンガン効果のある手袋が世の中にあるとは知らなかった…。
 一瞬で失神するほどの電流のせいで、腕時計に仕込まれていた盗聴器は壊れて使い物にならない上、失神した後ご丁寧に薬まで嗅がされてしまったらしく、頭は痛いわ眩暈はするわでどうにもこうにも動けない。
 しかも、当然のように拘束されている。
 両手は後ろで縛られ、足首は手錠をかけられているので、逃げようがない。

「あら〜、目が覚めた〜?」

 ハスキーボイスが嘲笑を含んでいる。
 ラナの神経がザワリ、と総毛だった。

 睨み上げるようにしてその『男』を見ると、彼は鼻で笑いながら唇を吊り上げた。

「お〜お〜、威勢の良いこと。こんな目に遭ってもまだそんな目が出来るなんて、流石はWRO隊員ってところかしら〜?」
 優雅に足を組み、コーヒーカップを口元に運ぶ。
 小指をピンと立て、美味しそうに啜るその男に嫌悪感しか沸いてこない。
 ホテルで会った美術匠と同一人物とは信じられないほどの『変貌』ぶり。
 もっとも、連続殺人犯なのだから『信じられない』ような人種であって不思議はない。

 だが…それにしても、まさか『こういう変貌振り』を見せてくれるとはちょっと想像出来ないのではないだろうか。

 ピンク色のシャツに白いパンツ。
 金の腕時計に靴先がへんに尖ったブーツ。
 ブルーのアイシャドウと紫色の口紅を施した化粧。
 キツイ香水。

 ホテルで『無害なフリ』を装い、会った時にはオーソドックスな黒いスーツ姿だったのに、一度目に目を覚ましたときからこの姿だ。
 なに1つとしてラナのセンスに合わない。
 男は睨みつけているラナの前で悠々とコーヒーを飲むと、
「もうそろそろお腹が空いてきたんじゃな〜い?」
 クリームをたっぷり塗りつけたスコーンを掲げて見せた。
 正直、昨夜拉致されてから水すら飲んでいないので空腹だ。
 しかし、そんな素振りは意地でも見せるつもりはなかった。

「まぁ、アンタの場合、もっと違うものを食べた方が良いとは思うけどねぇ。なんなら、胸がもう少し大きくなるような食べ物でも用意しましょうか?」
「結構よ!」

 カチン、ときてついつい反論してしまう。
 絶対に答えてたまるか!と思っていたというのに…。

 男は耳障りな笑い声をあげると、見せ付けるようにしてスコーンをほおばった。
 ボロボロと口からこぼして食べる姿は正視するには醜すぎる。
 ラナは苛立ちながら視線を逸らした。
 視覚で男を捉えるのをやめると、自然と聴覚が鋭くなる。
 男がスコーンを咀嚼する音とコーヒーを啜る音が不快感として脳へ伝えられた。
 またそれとは別にもう1つ、脳へ伝えられてくる『情報』があった。
 彼女が今、幽閉されている部屋には美術匠という男しかいないのに、もっと他に人の気配がするのだ。
 耳が男以外の『息遣い』を届けてくる。
 視線を部屋の隅やドア、窓へとさりげなく走らせたが影すら認めることが出来ない。
 姿が見えない分、それはザワザワとした不安を心に植えつける。
 不愉快極まりない男と『見えない敵』の存在。
 これから自分がどうなるのか…という恐怖がじわりじわりと油が染みるように心を覆おうとしていた。
 それだけ、ラナの体内から薬が抜けてきた証なのだが、それが恐怖を加速させていた…。

「それにしても、どうしてかしらねぇ」

 男の口調が変わった。
 ハッと顔を向けると、テーブルに両肘を突き、手を組んだその上に顎を乗せ、値踏みするような視線を向けている。
 黒い瞳は『彼』と同じなのに、まったく違う。
 目の前の男の目に浮かんでいるのは、ラナへの『憎しみ』と『蔑み』。
 だが、ラナには分からなかった。
 この男は確かに大財閥のお抱え美術匠本人だ。
 だが、名前と顔を知っているだけで面識は全くないし、噂話に加わったことすらない。
 従って、憎まれる理由も蔑まれる理由も何一つありはしない。
 そう…ないはずなのだ、こんな目を向けられる理由は。
 それなのに、この『変態』は何故かラナを知っている。
 知っていて、そうして『憎んで』いるのだ。

 それを突き止めたいと思う。
 自分を憎む理由を問いただしたい。
 今回の高級娼婦連続殺人事件の犯人かどうか追及したい。

 だが…そのどれも口に出来ない。

 認めたくはないが、ラナは目の前の男へ恐怖心を抱き始めていた。
 怒りは感じる。
 当然だ、こんな目に遭っているのだから。
 だが、それ以上にこの男の得体の知れない『目』が怖かった。
 完全に常軌を逸している目が。

 これから自分がどんな目に遭わされるのか…、それを考えただけで叫びだしてしまいそうだ。
 無様に平伏し、助けてくれと懇願したくなるほど、弱い自分がラナの中で大きくなる。
 だが、その気持ちをグッと堪え、己を捨てずにいられるのはたった1つの思いだけ。


 彼の隣に立てる資格が欲しい。


 ここで屈服してしまうのは簡単だ。
 だがその瞬間、シュリの隣に立つ資格を永久に失うだろう。

(そんなの…絶対にイヤ!)

 だからラナは歯を食いしばって襲ってくる恐怖に耐えている。
 軽く一押しされただけで脆くも崩れてしまいそうな心だったが…。


「本当に…アンタみたいな女如きが、どうして彼を射止めることが出来たのかしら…。綺麗なのはお肌だけで目の色もそんなくすんだ灰色なのにねぇ」


 失神している間にカラーコンタクトが取れてしまったことに気づかず、ラナは目を見開いた。
 男の言った『彼』はシュリを指しているのだろう。
 だがしかし、何故?
 シュリはいくら綺麗な顔をしているとは言え『男』なのに。

「あら、なぁにその顔?ワタシがシュリちゃんのことを言ってるのがそんなに不思議〜?」

 にぃっ…と笑った男に背筋がゾッとする。
 ラナの顔が青ざめ、引き攣ったのを見て男はますます嬉しそうに笑った。
 ラナから薬が抜けてきたことに気づいたのだ。
 ゆっくり立ち上がるとラナを見つめたまま部屋の中にあった小さなチェストに向かってことさらゆっくり歩く…。

「シュリちゃんとワタシが初めて出会ったのは今から10年前なのよ〜」

 10年前。
 なら、当時シュリは10歳くらいのはず。
 その年齢の時、シュリはミッドガルのスラム街で生きていたはずだ。
 と言うことは、この男は…。

「ワタシとシュリちゃんはね、心から惹かれあった仲だったのよ。彼が怪我をしたらワタシが付きっ切りで手当てしたわ。ワタシが風邪を引いたらシュリちゃんが優しく看病してくれた…。それなのに彼はワタシを置いてWROなんかに入ってしまった…。折角…折角、芸術を見る目を活かしてスラム(ゴミ溜め)から這い出て生きていけるって時だったのに!」

 ガンッ!

 苛立ちも露わにチェストに拳を振り下ろした。
 その音にラナは思わずビクリ!と身を震わせた。
 それを見て男はまたにぃっ…と笑うと、
「あら、ごめんなさいね。ほほほ、ワタシとしたことが」
 ねっとりとした口調で言い、チェストを開けた。
 中から取り出したモノを見て、ラナは目を見開いた。
 思わず身を捩って立ち上がろうとする。
 だが、足の手錠がそれを邪魔した。

「あらあら、ダメよぉ?アナタは大事な大事な『商品』なんだもの。勝手にどっかへ行っちゃダメ」
「商品…」
「そう。ワタシに協力してくれた人たちがね、アナタと激しく遊んでみたいって言ってるの〜」

 一瞬、言われたことが分からなくて押し黙る。
 が、次の瞬間、女性が最も嫌悪する許しがたい犯罪行為を指していることに気がつき、ラナは鋭く息を吸い込んだ。
 全身から冷や汗が噴き出した。

「な…!」
「ほら、暴れな〜い」

 チェストから取り出した注射器を手にラナへ近づくと、必死になって身を捩るラナの髪を掴み、グイッと顔を近づけた。
 至近距離で黒とダークグレーの瞳が交錯する。

「ところでアンタ、まさかとは思うけどシュリちゃんと寝た?」
「は…!?」
「ほほほ、あ〜ら良かった。その様子じゃあまだなのね〜」

 鼻先10センチのところで男が狂喜に微笑んだが、それも一瞬のこと。
 スーッと笑みが消え、寒々しいまでの冷酷な顔に変貌する。

「その機会はこれからも永久に来ない。彼はワタシのなのよ」

 ラナはなにか言おうとした。
 男の言葉を否定する言葉だったのか、それともシュリとの関係をここまで綿密に知られていたことへの詰問か。

 それらを何一つ口にする間もなく、ラナの肩に鋭い痛みが走った。


「ね〜、折角だもの、楽しんで〜?感覚がちょ〜っと鋭くなるお薬、打っといたげたからね〜」


 男の楽しそうな笑い声と共に、ドアから数人の男が入ってきた。
 ラナの目が恐怖に彩られた…。