全身が武器のようなバケモノがツルリとした腕を振り上げる。
 シドは傍観などしていなかった。
 持っている唯一の武器を思い切りそれに投げつける。
 若い隊員はその攻撃によって救われたが、シド自身は空手になった。
 隊員が感謝するように顔を向け、ギョッと目をむいた。

 彼が何を言わんとしているのかシドには分かった。
 全身が、どうしようもないほどの寒気に包まれている。

 あぁ、自分が狙われている。
 振り返らなくても分かる。
 敵が一体以上、自分に向かって腕を振り上げ、足を蹴り上げ、口を顔以上に広げて襲い掛かっているのだと。
 そして、それを防ぐすべを今のシドは持っていない。

 一瞬、愛する妻の涙顔が浮かんだ。


 シエラ。


 言葉にならない声で妻を呼ぶ。
 その直後。
 シドの頬と肩口を掠めるようにして幾つもの弾丸が飛び、わき腹を赤い何かが走り抜けた。


 その存在に気づき、シドの全身から力が抜けそうになる。
 周りで劣勢へと追い込まれていた隊員たちも同様だ。


「うぉおい!大丈夫か、この野郎!!」
「バカ野郎!遅ぇんだよ!!」


 バレットの野太い声に安堵が体中を駆け巡ったが、シドは条件反射のように怒鳴り声で答えた。

 赤い体躯の獣が同時に3体の敵を倒しながら、口元を綻ばせたのが視界の端に映った。






暁光 7







 モニターから目が離せないまま、クラウドはイヤな汗がどっと噴き出すのを感じていた。
 なんということだろう。
 命を冒涜する行為に神羅が走っていることは身をもって知っていた。
 しかし、まさかここまで常軌を逸しているとは思わなかった。
 いや、想像も出来なかった。

 モニターに映る誇らしそうな科学者に吐き気がこみ上げる。
 白衣の男の得意げな口上は続いている。

 最初の段階では、死刑囚を『そのまま』実験として使っていた。
 しかし、すぐに『そのまま』の実験に限界を見た彼らは、次の行動に移る。
 男と女、それぞれの死刑囚の体細胞を培養、幾度も交配を繰り返す中で高濃度のライフストリームを使用。
 そのほか、人間の体細胞を細胞レベルからいじり、星の内外をくまなく巡るライフストリームと深く干渉出来る限界レベルを発見。
 その信じられないような幸運の実験結果を手にしてからは、彼らの実験という名の命の冒涜は更にその暴走を過熱させた。


我々は、意思を無機物へ浸透させ、その形態を根本的に瞬時に作り変える実験に成功した。その結果、無機物に命を宿し、この星のあらゆる物質を掌中に納めることに成功したのだ。これで、我々の敵になれるものは皆無と言っていい。強いてその存在をあげるならば、星そのものが我々に敵対できる唯一無二の存在、ということになる


 傲岸にそう言い放った科学者に、クラウドは殺意を覚えた。
 目の前に本人がいたら、間違いなく容赦ない斬戟を与えていたことだろう。

 自分自身ではどうしようもない怒りを持て余すようにシュリへ顔を向ける。
 その瞬間、視界の端に隣で立ち尽くしてる少女の頭が映った。
 ドキッと心臓が縮み上がる。
 科学者の言葉にすっかり意識を奪われていてC−6の存在を忘れていた。
 モニターで笑う科学者への怒りが瞬時に消え去り、焦燥感や自責の念が押し寄せる。
 こんなものを見せられることになったのは、クラウドが離さなかったからだ。
 たとえ、それがどうしようもない理由であったとしても…。

 恐る恐る、少女を見る。
 C−6は不思議そうな顔をしてモニターでしゃべる白衣の男を見つめていた。
 小首を傾げ、キョトンとしているその姿は科学者が何を言っているのか分かっていないように見える。
 それが少しだけクラウドをホッとさせた。
 いくらなんでも、少女にはきつ過ぎるだろう…。
 自分が人間ではなく、実験の結果作り上げられた生命体だなどと突きつけられるのは。


よって、『暁(あかつき)プロジェクト』は見事、成功したことをここに報告し、後世に遺すこととする


 ハッと顔をモニターに戻すと、得意げな科学者の顔が一瞬だけ目に映りすぐに画面は消えた。

 なにが暁プロジェクトか。

 胸中でそう毒づきながら、クラウドは改めてシュリや他の隊員をチラリ、と見た。
 隊員たちは明らかに少女とドアの外を警戒している。
 まだ、例のバケモノの気配はない。
 この部屋には入れない何かがあるのかもしれない、とクラウドは思った。
 そうでなければ、とっくに部屋に押し入れられて激戦を繰り広げているはずだし、シュリたちはもっと警戒しているだろうし、場所を移動しているはずだ。

 一方、プライアデスとシュリはまだモニターを注視していた。
 まだ記録が続いている…ということだろうか。
 小さな疑問は明るくなったモニターによって正しかったことを示される。
 先ほどの科学者が映し出された。
 その姿にクラウドの眉間にしわが寄る。
 白衣姿はそのままだが無精ヒゲが生え、やつれ疲れた顔をしていた。
 しかし、その目は先ほどの狂気とはまた違った意味で爛々と光っている。


先の実験で成功したと思われた『暁プロジェクト』だが、我々の予想をはるかに上回る驚異的なスピードで『自我』が芽生えていることが判明した。そのため、我々はすぐに『遺伝子破壊』を行い、その暴走を食い止めることに成功した。しかし…


 ここで画面にノイズが走る。
 幾つもの電子粒子が走ったり、画面が引き攣れて斜めに引き伸ばされたり…。
 それは、『いかにも』不吉なことが起きる、というB級ホラー映画定番の前置きのようで……ゾッとする。
 遺伝子破壊、とは一体どんなことか、想像すら出来ない。
 画面の科学者は必死になにかを訴えているが、それは酷いノイズによってとうとう掻き消された。
 次に映ったのは、先の科学者ではなく1人の女科学者だった。
 クラウドはその顔が、一番最初、先の科学者が得意満面、『実験は成功だ』と言っていた時に彼の後ろに並んでいた科学者の1人だと気がついた。
 彼女もまた、先の男の科学者のように疲れた顔をしていたが、それでも男よりもしゃんと立ち、画面を見据えていた。


成功したと思われる暁プロジェクトの『遺伝子破壊』ですが、実は見せ掛けだけのものでした。我々の攻撃を成功したように見せかけ、データの流れを逆流し、メインコンピューターへ進入、我々のデータ設定である『意図』を変化させたのです。我々が失敗作と思っていた『オルトロス』を操り、我々の隙を突いて攻撃させ、データチップをメインコンピューターもろとも半壊させてしまったのはまさにこの進入をするためでした。『オルトロス』の攻撃により負傷したチームリーダーは…死亡、他のメンバーも大半が星に還りました。残っているのは私ともう1人。その1人も恐らく…望み薄でしょう…。そして…私も…


 押さえている腹部から赤いシミが広がっている。
 青白い顔をしながらいったん言葉を切った彼女は、決意を新たに表情を引き締める。


アビーは『オルトロス』のデータを基に『ケルベロス』までをも作り出し、この孤島を完全に掌握しつつあります。我々が気づかないうちにこれらのことを成したアビーは…まさにこの星の脅威そのもの。絶対に滅さなくてはなりません。しかし…私にはもう…時間がないようです。ですから…これを遺します


 その後、彼女は腹を押さえていない方の手でパネルを操作する。
 また、画面にノイズが走ったが、画面が切れることはなかった。
 いくつかの数式、文字の羅列が彼女が映っている画面の表面を走り表れる。


アビーは未だ成長途中。完全な状態ではありません。そして、その成長のために必要なのはライフストリームと


 ここで大きく画面が歪む。
 それは一瞬のバグだったが、肝心な台詞はクラウドの耳には聞こえなかった。


その供給を絶ってしまえばアビーの成長は止められるでしょう。しかし、成長が止められるだけでは意味がありません。完全に消滅させてしまわなくては恐らくアビーは何度でもこの星の脅威となるでしょう。ですから…


 ここでまた、画面にノイズが走った。
 何かが破壊される大きな音がノイズ音に混じって響いてくる。
 それは、背筋を凍らせるゾッとする音だった。
 バリバリという電気が走る音、ガラスや金属がぶつかって壊れる音、そして……女の悲鳴。
 短く甲高い悲鳴が一瞬部屋に響き渡ったが、すぐにそれはブツリ、と映像が切れて止まった。

 知らず、クラウドは止めていた息を吐き出した。
 薄っすらと浮かんだ額の汗をそのままに、強張った動きでシュリを見る。

「アビーって…?」
「私たちのことだよ」

 シュリへの問いは、だがしかし傍らでジッと黙って立っていた少女が答えた。
 ギョッとしてC―6を見ると、少女は特に何を気負うこともなく、平然とクラウドを見上げていた。
 たった今、自分のことを『危険な生命体』とバラされたばかりだというのに…。

 どうしたら良いのか分からず、内心激しく動揺しているクラウドをよそに少女はシュリを、そして自分を敵視している隊員たちを見回した。
 見回してから改めてクラウドを見上げると、ドアを指差した。

「外でみんなが待ってるけど、どうする?このままここにいても仕方ないよね?」

 音が立つほどの勢いで隊員たちがドア向こうを警戒する。
 クラウドも思わず振り返ったが相変わらずドアの向こうは静かで何も音はしなかった。

 しかし…。

「どうして教える?」

 シュリがひた、と少女を見据え、訊ねる。
 その隣でプライアデスもじっと少女を観察していた。
 おかしな行動をしたら即、射殺するつもりなのだろう。
 ヴィンセントがクラウドの後方からうかがっている気配もする。
 クラウド以外の全員が、少女の正体を知っていてその出方をうかがっていた。

 そんな中、少女はどこまでも無防備で警戒心のかけらも持っていないように見えた。

「だって、クラウドさんが助けてくれたから」
「だから逆に助ける…というのか?」
「ん〜…どうなんだろう…ちょっと違う」

 愛らしい仕草で額に軽くしわを寄せ、考える。
 そして、改めてクラウドを見上げた。

「ねぇ、どうしてさっきは助けてくれたの?」
「え?」

 少女の言う『さっき』と言うのが、兄弟に囲まれたときのことを指すのか、それともヴィンセントとシュリに殺されそうになったときのことを指すのか、あるいはその両方か…。
 判断に困り、言葉を詰まらせたクラウドに少女は言葉を重ねた。

「だって、クラウドさんには私がどうなっちゃっても関係ないでしょ?それにC−12が倒れたって聞いたときも心配してくれたし。どうして?」

 不思議そうな顔で、目をクリクリさせて見上げる少女に答えに窮する。
 なんと言ったら良いのだろう?
 咄嗟に駆られた衝動に明確な言葉など存在しない。

 ただ助けた。
 ただ身体が動いた。
 ただ死なせたくなかった…。

 それは、これまで生きてきた中でこそ培われてきたもので、簡潔な言葉で完璧に答えることがクラウドには難しい。
 だから困って視線を泳がせる。
 そんなクラウドに背後からため息が聞こえた。

「理由などない。それがクラウドだ」

 簡潔すぎる言葉で見事に答えたヴィンセントに、クラウドは驚きながら振り返った。
 不機嫌にすら見える仲間は腕を組んで少女を見ている。
 C−6は紅玉の瞳を前に全く臆することなく、「へぇ、そうなの?」と妙に感心した。
 そして、シュリの方へ顔を向ける。

「あのお兄ちゃんもそうだったよね。薬が入ってるって分かったはずなのに、お兄ちゃんたちのご飯まで全部食べちゃったでしょ?」
「うん。だから僕たちは今、こうして動けてる」

 プライアデスが微かに苦い顔で微笑みながら頷いた。
 あのお兄ちゃん、と言う言葉に引っかかり、視線だけで誰のことか訊ねたクラウドに、プライアデスは彼の従兄弟だと答えた。

「大丈夫です。この隣の部屋で休んでいますから」
「…動けるのか?」
「今はまだ…。ただ、身体中の痺れと倦怠感がまだ残っていますけど熱は下がりました」

 この実験室の隣に部屋があったことに初めて気づいたが、それ以上にどれだけ酷い状態だったのかに意識が向く。
 いつも陽気で、多少のことなら無理を押す青年がこの場にいない。
 その状態を想像しただけで背筋が寒くなる。

「あの時も不思議だなぁ…って思ったの。自分の分を他の人に押し付けるなら分かるのにどうして他の人の分まで食べちゃったのかな…って」
「それが『友達』や『家族』なんだよ」

 少女は目を丸くしてプライアデスを見た。
 そして、口の中で「友達」「家族」と呟く。
 それは、今まで少女が考えたこともなかったことなのだろう。
 使い物にならなくなったら消されるのが普通だった環境で、彼女にはさぞ、他者のために身体を張った隊員たちやクラウドが不思議な生き物に見えたに違いない。
 恐らくそれは、自分たちを作り出した科学者たちの中にすら見出すことの出来なかった『思いやり』なのだろう…とクラウドは想像し、怒りとも悲しみとも言いようのない何かがこみ上げてきて胸が苦しくなった。

「さて、それで」

 シュリが話を戻すと言わんばかりに口を開いた。

「今、見て頂いた通り、途中で記録が切れているんです。それに、肝心なライフストリームと何が成長を止めるために必要なことなのかがかき消されている」
 ここでC−6を見ながらシュリは淡々と言った。

「お前たちが記録を消したんだろ?」

 クラウドがゴクリ、と唾を飲み込む間もなく少女はあっさり頷いた。

「うん、そう」
「どうやって?」
「ん〜…この建物全部が私たちの気持ち1つって言うか…う〜ん、説明が難しいんだけど」
「俺たちがさっきの博士のデータ、実は解読したってことももう知ってるのか?」
「え?そうなの?」
「………」
「へぇ、そうなんだ。すごいねお兄ちゃん」

 イヤミではなく、心からの賞賛だと分かる。
 分かるからクラウドは混乱した。
 恐らく、隊員たちの大半はこの少女の形をした新しい生命体というものへの警戒心が強すぎて、なにを言ったとしてもその言葉の通りには取らず、自分たちを侮っていると感じているか罠にはめようとしていると思っているかのどちらかだ。
 しかし、クラウドは少女がそういう二枚舌を使うことなど絶対にないと確信していた。
 そして、それはシュリも同様だったらしい。
 呆れたような顔をして肩を竦めた。

「少しは自分が消される可能性を心配しても…まぁ良い」

 軽く頭を振り、呆気にとられているクラウドを見る。

「残っていた研究資料は先ほどの博士の言っていた通り、『オルトロス』というバケモノの襲来でデータが飛んでいましたが、紙ベースで残っていたものが多かったんですよ」

 言いながらコンピューターの隣に林立している書棚へ足を向ける。
 そこで初めてクラウドはこの部屋に沢山ある書棚に気づいた。
 まるで神羅屋敷そのものだ…。
 宝条の信奉者でもいたのではないか?と思えるほど雰囲気が酷似している。

 書棚脇のデスクに広がっているノートやメモ、それらを覗き込んでクラウドはクラリ、と眩暈がした。
 目がチカチカするほどの数式に言葉の羅列、見ているだけで酔いそうだ。

「……俺には解読なんか無理だぞ?」
「誰もお前にそんな期待はしていない」

 いつの間にか隣に来ていたヴィンセントが静かに突っ込む。

「ここの部分に、この部屋には絶対に入れないよう、最後の瞬間にあの女性博士が施した術が記載されていました」

 指で文字をなぞりながらシュリは言う。
 だから、この部屋にはC−6の兄弟が入れないのだ…と。
 なら、その術なりなんなりを利用したら少女の兄弟が世界の脅威になる可能性を絶てるのではないか?
 脅威となり得ないのならば、人としての人生を送らせてやることも可能になるかもしれない。

「それは?」

 幾分かの期待を込めてシュリを見る。
 しかし、傍らでプライアデスが顔をしかめたのを見て嫌な予感が胸を走った。

「この部屋だけライフストリーを粒子レベルで徹底的に遮断しているんです」

 だが、シュリの答えは恐れるほどのものではなかった。
 なるほど、ライフストリームをエネルギーにして動いているのだからそれを絶ってしまえば良いわけだ。
 だがしかし、ここで新たな疑問が生じる。
 何故、C−6は入れたのだ?
 それにまだ動けているし、そもそも兄弟たちはC−6をどうしようとしていたんだ?
 さっき、廊下をひたすら走って逃げていたときはC−6を狙っているようにも感じたのに…。

「それに、ドアの外側には微量の電気が流れているんですよ。俺たちが触れても静電気くらいにしか感じませんが元がとても曖昧な存在であるアビーにとって、それだけの電気でも触れると一瞬だけ素粒子状態になるんです」

 素粒子というのがどういうものか詳しくは知らない。
 しかし、確か物質の最小単位だったような気がする…と、クラウドは乏しい知識の中から引っ張り出した。

「だから、アビーはこの部屋には入れない。とは言っても、ドアを開けてしまうと当然、邪魔な静電気の壁がなくなるわけで、入ってきてしまうし素粒子状態になってもすぐ、元の形状に戻ってしまうから足止めとしてもあまり効果はない。素粒子に分解されたらそのままって方法があるかもしれないが、残念ながらその方法を記しているデータを探す時間も、探し出して解読する時間もない。だから、物質化している間ならむしろ通常攻撃の方が効いてくれるくらいなんで、通常攻撃に徹してるわけです」
「だから、博士たちを襲うために『オルトロス』を使ったんですよ」

 プライアデスが補足し、クラウドは頷いた。
 ならば、また同じ手を使ってくる可能性だってあるだろう。
 しかし、それよりもなによりも、クラウドは気になって仕方ないことがあった。
 科学者の記録に登場したアビーだが、結局それがどのような形をしているのか、どういった形態で生きて動いているのかは言っていなかった。
 もしかしたら、この部屋にある膨大な資料の中に記されていて、シュリたちはそれを見て知ったのかもしれない。
 だから、C−6やその兄弟を狙ったのかもしれないが、それにしても…。
 混乱しきりのクラウドに、シュリはさっさと話を切り上げた。

「これがこの島で行われていた神羅の実験と、その結果です」

 結果、と言いながら少女を見る。
 クラウドは咄嗟に少女を背後に庇った。
 隊員たちが静かに臨戦態勢に入るのを感じながら、クラウドは目の前に立つシュリ、ヴィンセント、そして紫紺の瞳の青年を睨みつけた。
 シュリが何を言わんとしているのか聞かなくても分かる。

 この島一番の危険分子である少女を消してしまおうとしているのだ。

 クラウド自身、ここまで詳細に話を聞いて尚、少女を庇うことが正しいとは思えなくなっていた。
 それでも!
 それでも、クラウドはどうしても少女を突き出す気にはなれなかった。
 どこまでも邪気のない少女に『敵』という認識が持てない。
 それに、クラウドはどうしても捨てられなかった。

 C−6をこの島から連れ出し、普通のの子供と同じように育てたら……、例えばクラウドが引き取ってティファやデンゼル、マリンと『家族』として育ててやれば、普通の子供のようになってくれるのではないだろうか、という考えを。

 絵空事、だとは思えない。
 何故なら、ほんの少しとはいえ、一緒に過ごすことによって少女は他の兄弟たちと違った顔を見せてくれるようになった。
 それは決して勘違いではない。
 なら、チャンスを与えても良いだろう?
 いますぐ、危険分子として処分しなくても良いではないか。
 それに、もしかしたら少女がこちら側に完全についてくれたら、戦局が有利になるかもしれないではないか。

「クラウドさん、今はその子をどうこうするつもりはありませんから」

 シュリが淡々と、まるで事務処理をするかのような口調でそう言った。
 クラウドの眉間にしわが寄る。

「『今』は?」

 一般人なら怯むであろう眼光を真正面から受け止め、WROの若き中佐は常より青白い顔をまるでマネキンのように無表情なままコクリと頷いた。

「さっき、その子の兄弟が壁と同化して襲ってきたでしょう?ああなる前に12人を1度に片付けないと、いつまでもその子たちは蘇ってしまう。何故かって思うでしょ?それは、アビーは自分たちがいかに安全に、永く、完璧に存続し続けることが出来るかを計算した結果、意思とライフストリームを織り交ぜた遺伝子を12等分にしたんですよ」

 クラウドはただ、言葉もなく中佐を見つめることしか出来なかった。
 そんなクラウドを、少女は言葉もなく静かに見つめていた。