「んで?これからどこに向かうんでい!」

 怒鳴るようにして仲間へ問うシドの周りでは、WROの精鋭たちが激戦を繰り広げていた。
 ある者はケルベロスの餌食になりかけ、仲間に寸でのところで救われている。
 またある者は仲間のピンチに気を取られた隙に、逆に自分が攻撃を受けて床へもんどりうって倒れ伏した。
 シドのように火のついた毒草、毒蔓、毒の幹をソードに布で括り付けての攻撃が功を奏する者もいる。
 五分五分…といったところか、とシドは冷静に状況を見極めていた。
 しかし、”今は”だ。
 敵はしつこく天井から落っこちてくるし、隊員たちの体力も気力もそろそろ限界だ。
 今、なんとかしなくてはどうにもならない。
 小屋から飛び出した後のことを話し合う前に小屋の下敷きにされそうだったので飛び出したが、これからの進路に向かってすぐにでも行動に移さなくては全滅してしまう。

 バレットは隊員たちから予備のソードを借りてそれに火のついた毒の幹を突き刺し、慣れない武器の扱いに四苦八苦しながら簡潔に答えた。

「全員、”バケモノが生まれ変わるまで前”に1階まで走れー!!」
「な、なんだよその”生まれ変わる”って!!」

 蒼白になったシドの声は、しかし激しい戦闘の爆音によってかき消された。
 そのシドの視界の端で、ナナキの攻撃がジャストタイミングで階段を隠していた壁を粉砕したのが見えた。






暁光 9







「大丈夫?」

 青白い顔で隊員の背に負ぶわれている薄茶色の短髪の青年にC−6は”全く心配しているようには見えない”無邪気な顔でそう問いかけた。
 青年の従兄弟が一瞬、剣呑な目で睨み下ろしたがすぐ顔を逸らして表情を隠す。
 対して、声をかけられた当の本人は弱々しくではあったが、いつものようにおどけて片目を眇めて見せた。

「いやぁ…九死に一生って感じだね。天国の門の前まで到着して、『さぁ、これでもうずーっとハッピータイムだぜ、イエ〜イ♪』って思ってたのに、あっさりと天使に『アンタはまだダメ〜。人生やり直し!』って地上に戻された気分だね、うん」
「へぇ…そんな気分がするものなの?」
「……ボケてみたんだけど…」
「『ボケ』って?物忘れするとかにはまだ早いよね?ご飯に入れたお薬にそんな作用があったとはしらなかったなぁ」
「…おおう…ボケが通用しないって俺は悲しいよ、なぁライ?なんとか説明を」
「無理」

 常識とか、そういうものから隔絶された世界に生まれた命であるC−6にはグリートの冗談が通じない。
 わざとらしく、ヨヨヨ、と嘆いて見せたがひたすら少女はキョトンとするばかりだった。
 彼の従兄弟が即答で拒否をしたものの、その声音は温かい。
 それに気づいたのか、少女は不思議そうに従兄弟関係にある2人の青年を見比べていた。

「こっちで良いのか?」
「うん、こっち。博士が邪魔しちゃったから私たち、ここから先に入れなくて随分困ってたんだ〜。お陰で『オル』と『ケル』の兄弟が途中で止まってるんだもん。ずっと気になってたの」

 シュリが前を向いたまま行き先を尋ねると少女はコックリ頷いた。
 次いでに聞いてもいないことを口にしたお陰で隊員たちに余計な緊張が走る…。

「大丈夫だよ。私1人じゃあどうにもならないもん」

 無邪気にあっけらかんと言ってのけた少女にクラウドはヒヤヒヤしながらもその心境はたいそう複雑だった。
 本当にこの少女を庇ってしまって正しかったのか…。
 いまさらながらに少女を奇異な存在なのだと認識してしまう。
 しかし、それでもやはりあのとき…、兄弟に囲まれていた少女を助けあげたことやヴィンセントの銃弾から庇ったことは後悔していないし、今、目の前で銃口を向けられたら同じように助けただろうと思う。

 ある程度行き先について見当をつけているらしいシュリの問いに答えるようにして少女が導く、という形で既に研究室を出てドアを3つもくぐっていたがまだ目的地に着かないらしいことにクラウドは軽く焦りを感じていた。
 先ほどのやり取りを聞く限りでは、後続部隊として突入を果たしているシドたちが苦戦を強いられているとしか思えない。
 それに、先行部隊としてヴィンセントたちと行動を共にしていたバレットとナナキの姿が見えないことを考えると、後続部隊の援軍として向かったに違いなかった。
 あえてヴィンセントやシュリにその確認をしなかったのは、やはりC−6が傍にいるからで…。

(いまさら警戒するのもおかしいよな…)

 と、内心で自嘲を漏らす。

 ドアをくぐったのは確かに3回。
 だが、くぐったと言ってもそのドアは研究室から出たときと階段へと続くドアをそれぞれ1回ずつ、そして階段途中にあるゲートのようなドアをくぐったのみ。
 だから、研究室から出て現時点までの間、階段を下りたのは1回ということになるので距離的に考えるとそんなに歩いていないのかもしれない。

 無理やりにそう考えて逸(はや)る気持ちを抑える…。

 そして今、クラウドは地下2階に着いていた。
 その階段の広い踊り場へ着いた一行は2階フロアーに続くドアを前にして足を止めている。
 立ちはだかるのはこれまたドアなのだが、今までのドアとは趣(おもむき)が変わっていた。

 近代科学を模したかのような幾何学模様を透かし彫りにしたそのドアは、左右が非対称になっていて一見、ここが監獄等であることを忘れさせ、かつて栄えた神羅の化学最先端の建物かWROの科学研究室に舞い込んだような錯覚を与えた。
 シルバーグレーに輝く重厚なドアに威圧感を感じる…。
 ドアの中央に縦割りのようにして薄い磨(す)りガラスがはめ込まれており、それが唯一ドアの内側を伺わせ、閉鎖状態にある今も尚、何かが活動をしている気配を漏らしていた。


「この先に進もうとしたがどうしても出来ない」


 シュリはそう言うと、一歩下がった。
 自然、C−6が一番ドアに近い形になる。
 明確な言葉を口にしない青年の意図がイヤというほど分かる。
 このドアを開けろ、とシュリは言っているのだ。
 クラウドは一瞬、間に入って止めようとしたが、それはなにか考えがあってのことではなく、半ば条件反射のようなものだ。
 しかし、衝動で動くには少女の正体も今の緊迫した事態も味わわされ過ぎた。
 一歩、踏み出しかけた足を理性で押し止める。

 ピクリ、と手や足が動いただけでクラウドはその場を見守らなくてはならない立場を守ることが出来た。

 そんなクラウドにC−6が相変わらず何を考えているのか、緊迫感の欠けた顔でポケッ、と見つめていたが、ニッコリ笑うとシュリへ顔を向けた。

「うん、私だけでも大丈夫」

 そう言うと、なんの気負いもなくノブも取っ手もついていないドアへ右手を突き出した。
 そして…。


「はい、開いたよ〜」


 シュリがどうしても進めない、と言ったドアはあっさり過ぎるほど呆気なく開いた。
 少女の手がドアにつくや否や、左右の壁に吸い込まれるようにして開いたそのドアの向こう…、室内がその場の面々の視界に晒される。
 途端、全員が目を見開いた。

「なんだよ…これ…」

 誰が呟いたのか。
 全員が同じ意見だ。
 まるで卵だ。
 それも、1つではない。
 数えるのも馬鹿らしいほどの巨大な卵が、見るからに粘着質な繭に包まれて床一面に立っている。
 天井に繭の繊維質がベットリと張り付き、卵をしっかり固定していた。
 卵の大きさは丸くなった大人がすっぽりと入ることが出来るほども大きいものだった。
 薄っすらとピンク色をした薄い殻の卵は、その中身がぼんやりと黒い塊となって薄く見える。
 時々グルリ…という低い低い音を立てて震えてその様は、卵の中の黒い物体がちゃんと生きているのだと証明していた。
 まるで…母親の腹の中にいる胎児を髣髴とさせる卵に、クラウドは胃の腑から競り上がってくるモノを必死に飲み下した。

「これが…神羅の科学技術の結晶か…?」

 隊員の声が震える。
 近づくことですらおぞましいその光景を前に、一瞬足が竦む。

「違うよ。これは私たちが造ったの」

 隊員の呟きをC−6は軽い口調で否定すると、卵の1つに近づいた。
 そっと手を伸ばす少女に、隊員の1人が緊張感に耐え切れなくなったのかギョッとしてホルスターから銃を抜き、向ける。
 ハッとして止めようとするクラウドよりも先に、ヴィンセントがマントで隊員の視界を遮った。

「邪魔するな」

 冷たい紅玉の瞳でひと睨みされた隊員はビクッ!と身を震わせて硬直したまま2・3歩後ずさった。
 危うく銃を抜こうとしていた他の隊員への牽制のようにもなったヴィンセントの行動に、少女は気づいているのかいないのか…。

「ん〜…元気なんだねぇ…」

 小首を傾げながらペタペタ卵に触ったり、耳を当てたりしている。

「元気なのが嬉しくないのか?」

 静かに少女の後ろに着いて行っていたシュリが淡々と声をかけると、少女はクルリ、と首を回した。

「嬉しい…のかな…。なんだろう…?本当なら嬉しいって思うんだと思うのに…」
「あまり嬉しくない…か?」
「うん。どうしてだろうね?」
「さぁな」
「ずっとね、この子たちのことが気になってたんだよ、私たち。だから、お兄ちゃんが研究室に篭っちゃったときは本当に困ったの。だって、厳重にロックかけてたこの部屋のドア、もしかしたらお兄ちゃんが解除しちゃうかもしれないでしょ?この星で今、一番すごいのはWROで、その中でもすごく優秀だっていうお兄ちゃんが研究室に篭っちゃったから、すごくすごく焦ったの。やっとここまで成長したのに…って」

 肩を竦めるようにしてシュリは冷たく返したが、少女はそれには全く頓着せずにおしゃべりを続けた。
 しゃべりながら隣の卵、そして更に隣の卵、と移動する。
 少女に合わせて一行も部屋の中を移動した。
 床は繭の繊維質のカケラが散らばっており、歩くたびにニチャニチャと不快な音を立てる。
 林立している卵の隙間から見える空間は、レンガ造りのちょっと小洒落た部屋だったことを教えていた。
 しかし、今は見る影もない。


「お兄ちゃんが最初にこの島に来たときはね、”出発”のときだったんだ」


 不意に立ち止まったC−6は、シュリを真っ直ぐ見上げてそう言った。
 クラウドはそれが、”WRO”を意味しているのではなく”シュリ個人”を指しているのだと察した。
 シュリがこの島に来たのは、島の領域圏内を飛行中の部下から”異変アリ”と報告を受けたからだ。
 そしてその部下へ先行して島へ降りて調査をする許可を出したから…。
 それなのに、少女はシュリのみを指した。
 これが意味することは何だろう?

 恐らく、部下をたった1人で窮地から救ったWROの中佐をこの時からこの”監獄島”は危険視していたのだ。

 先行部隊として潜入した隊員たちの中にシュリを認めた監獄島の主とも言えるアビー。
 その攻撃ぶりは徹底していたに違いない。
 だから、シュリはジェノバ戦役の英雄を3人も同行させておきながら”篭城”という手段しか取れなかったのだ。

 クラウドたち後続部隊が到着するまでの間、シュリたちがどれほど心身を削って打開策を練り、チャンスを伺っていたのか今になってようやく分かった気がする。

 そのチャンスをクラウドは潰してしまったわけだ…。


「本当は、この島から出るつもりなかったんだよ、私たち。でもね…」

 卵を撫でながら少女は微笑む。
 その微笑が、初めて”無邪気さ”からは縁遠い、”憂い”を帯びていたことにクラウドは目を見張った。
 しかし、その微笑はすぐにかき消され、今までと同じように無邪気なそれに変わる…。

「私たちはどんどん大きくなってるから。あの女の博士は”食べられなかった”けど、他の博士たちは美味しく食べたから、その博士たちの知識とかがね、段々私たちの中に広がっていったんだ。今はもう止まっちゃったけど」
「…段々?」
「うん、そう」

 他にも突っ込みどころがあるはずなのに、シュリは何故か”段々”という言葉に反応した。
 他の隊員はそわそわと落ち着きなく、視線を少女と卵の間で彷徨わせた。
 卵の中の薄っすらと黒い物体が、時々ボコリ、と動いているからだ。
 中身は確実に生きているし、この会話を聞いているのでは?という不気味さを感じてしまう…。

「私たちはね、”生きたもの”しか食べられない。たとえ、死んだ直後でもそれはもう食べられないの」
 なぁんて、それくらいはもう知ってよね?

 笑いながらそう言う少女に、シュリは無言で返した。

「私たちは生きたまま生き物を食べて、ゆっくりと自分の中に取り込んでいく。今はもう、この建物全体が私たちの身体みたいなもんだから、この建物の内部っていうよりも、壁とか天井とか、そういうところに分散してゆっくり溶かしていくの。そうして、食べたものの特長とか、持ってるものを自分のものにするんだよ」
「……あぁ、博士の研究結果にもそうあったな。最初はそんな予定じゃなかった…ってことらしいが…」
「うん、最初はただ、鉄とか粘土とか、そう言うものに入り込んで意識を通して、博士たちのインプットした通りに動けるようになるってだけだったんだけど、博士たち、頭良いのにバカなんだもん。人工知能なんか投入したらダメだよねぇ?そんなことしたら、あっという間に博士たちの頭の良さなんか追い抜いちゃうのに」

 呆れてグルリ、と目を回して肩を竦めた少女の仕草に、クラウドの背筋に悪寒が走った。

「でも、仕方ないよね。やっちゃったもんは取り返しがつかないもん」
「それで、もっと知識が欲しくなったのか?」
「ん〜…それもあるけど、博士を食べたのはただ単に”人間”が一番美味しいってだけだよ」

 ヒッ!…と、隊員の誰かが小さく悲鳴を漏らした。
 少女はその隊員をチラッと見てニッコリ笑った。

「なんでそんなにビックリするの?お兄ちゃんたちだって豚とか牛とか、鳥とか食べるでしょ?自分たちはそうやって沢山生き物を食べて生きてるのに自分たちが食べ物になることはどうして考えないの?」

 いきなりもっともな”食物連鎖”の話になってたじろぐ隊員に、
「まあ、そりゃ”食べられるかもしれない”って思いながら生きてないからなぁ」
 と、グリートが力ない声でボソッと呟いた。
 C−6に聞かせようとしたわけではないだろうが、少女はきょとん、とすると次いで笑った。

「あ、そうだよね。明日食べられるかもしれない、とか思わないよね。”そういう世界”で生きてきたんなら」

 クスクス笑う少女に悪意はない。
 今話したことは少女にとって”事実を語っただけ”というただそれだけのことなのだ。
 嫌われるかもしれないとか、ましてや悪意を向けられるかもしれない、といった”計算””予想”などそこには全くない。

 唐突に、クラウドは壁一面にあった赤いランプを思い出した。
 お腹が空いたときの目印…と言っていただろうか…?
 だがしかし、あれは”生きたもの=少女たちにとってまともな食事”をどれだけ食べたかを表しているだけではない気がする…。
 何故、今、いきなり何の脈絡もなく赤いランプが脳裏に浮かんだのか…。
 それを考える間もなく少女の言葉が続けられてクラウドの思考は逸れてしまった。

「私たちはね、外の世界に出て”この星を自分たちのものにしなくっちゃ”って気持ちに段々なってったんだよ。それは、食べた博士たちの意識が少しずつ浸透していったからなんだろうけど、そもそも私たちはそのために造られたんだから別にそのこと自体に不思議はないんだ。ただ…」

 シュリから目を離して卵を見る。
 ペタペタと軽く叩いて中でグルリ…と動いた黒い”モノ”に「まだダメ。ジッとしててね?」と諭すように声をかけた。

「ただ…私たちの計算はお兄ちゃんがこの島に来たとき狂っちゃった。それと…私にとってはそっちのおんぶされてるお兄ちゃんとクラウドさんでもっともっと狂うことになっちゃった…かな」

 え…?

 突然、名前を出されて軽くうろたえるクラウドとグリートに、少女はニコニコと笑いかけた。

「お兄ちゃんたちはね、私たちが今まで食べたことのない生き物なんだ。だって、自分以外のことなのに…それが自分が痛い思いをすることでも必死になってた…。それが私にはとても不思議…理解出来ない…」

 微妙に空気が変化する。
 緊迫していた空気が少し緩んだように感じたのは、クラウドの願望からなのかもしれない。

「だから、もうちょっと見ていたくなった。そのためには…」

 少し俯いてからすぐ顔を上げた少女は、それまで見せたことのない鋭い目でシュリを見た。


「あの女の博士の意識が切れる」


 C−6が言い終えた途端。
 少女の後ろの卵がブルリ!と震え、ビシャリッ!という水音や殻の割れる音と共に黒い”なにか”が飛び出してきた。
 まさに”ギシャーッ”という擬音そのものの不快な空気の音を立てて少女の小さい身体を押しつぶさんばかりに覆いかぶさろうとする。

 瞬間、シュリが発砲した。

 クラウドが大剣を抜き放ち終えるまでの俊敏な攻撃は、生まれたばかりのバケモノを一発で星に還した。
 生まれ出たのは一瞬だったのに、クラウドはしっかりとそのバケモノの容姿を見てしまった。
 全身は肌色というよりもピンクに近いグロテスクな色で、肌の表面には赤と青の血管が浮き上がっている。
 瞼がないゆえにギョロリと見開かれた血走った目、髪の一切生えていない頭皮、唇のない口、ギザギザに尖った歯はまるでサメのようで口角に近い犬歯はまるで牙そのものだ。
 見るからにホラー映画に登場するようなおぞましいバケモノ。

 あんなのに噛み付かれたら骨ごと食い破られてしまう…。

 そうなる寸前で仕留めてくれたシュリにホッと感謝の念がこみ上げてくる間もなく、クラウドの全身が総毛だった。
 シュリの攻撃が、実は安心とは程遠い緊急事態に突入した合図だったことに気づいたのだ。

 それまで時々震えるだけだった卵が一斉に孵化し始めたことに全員が気づいたのだ。
 隊員たちが気づくのと、バケモノが襲い掛かるのとどちらが早かっただろう…?
 生まれたばかりとは思えない俊敏さで次々と襲い掛かってきたバケモノに、隊員たちの悲鳴と狂ったような銃弾が部屋を埋め尽くす。
 その中、クラウドは寸でのところでC−6を片腕で抱えると、シュリに先導されるようにして部屋の奥へと猛スピードで駆け出した。
 殿(しんがり)を務めなければ、と思いはするが、少女を抱えている身では不可能だ。
 チラリ、と後ろを見るとヴィンセントが確実な攻撃で最後尾を守っているのが見えた。

 いざとなったら”変身”するか…。

 仲間の能力を思い出して少しだけホッとする。
 長くは変身していられないようだが、それでもWRO隊員よりはうんと頼りになる。
 先行部隊の”毒”を一手に引き受けたというグリートは今、従兄弟に背負われて苦しそうに顔を歪めていた。
 まだ身体が万全ではないのに乱暴に運ばれているので負担は大きいのだろう…。
 しかし、”命あってのものダネ”だ、我慢してもらうしかない。

 それにしても…。

 必死に走りながら、クラウドは疑問に思った。
 この生まれたてのバケモノたちにとって、C−6は親といっても過言ではない。
 それなのに、こうして攻撃してくるのが解せなかった。
 どう考えても自分たちよりも少女にこそ狙いを定めているように感じられる。

 林立する卵をわき目に走っているクラウドたちの行く手を阻むようにして次々に卵が孵化しているのだが、バケモノたちはこぞってクラウドを狙う。
 正確にはクラウドの抱えているC−6を。
 先頭を走るシュリの目の前や、その後を追う隊員たちの真横で生まれたばかりのバケモノは、目の前にいるシュリたちに目もくれず、クラウドへ襲い掛かってくるのだから、C−6が狙われているというのはもう決定的だった。

「くそっ!」

 思わず漏れた苛立ちに、少女は怯えの色のカケラすら見せず、クラウドを見上げた。

「”ヒュドラ”は私を狙ってるから、離したらクラウドさんは」
「助かる、とか言うなよ!?」

 いつになく声を荒げたクラウドは、少女の言葉を遮って抱きしめる腕に力を込めた。
 跳躍し、襲い掛かってきた”ヒュドラ”を半回転しながら一刀両断にする。
 床に着地する寸前、足元を払うようにして滑り込んできた別の”ヒュドラ”はシュリが銃声一音で仕留めた。
 そうして、転がるようにして走る。

 さして広くないと思っていた部屋を駆け抜けるクラウドたちに、”ヒュドラ”が次々襲い掛かってきたが、WRO隊員の連係プレーとヴィンセント、そして少女1人を抱えているとは思えないクラウドの善戦によって凌ぎ続けることに成功した。

 部屋の最奥が目の前に迫ったとき、クラウドの目に研究室にあったものと良く似たコンソールが見えてきた。
 コンソールの周りには卵の群れは全くなく、この部屋に唯一残された空間となっていた。
 そのコンソールの前に薄っすらと光るモノがあり、それを認めたとき思わずクラウドは足が止まりかけた。

「クラウドさん!止まるな!!」

 発砲しながらシュリが怒鳴る。
 クラウドのすぐ後ろまで肉薄していた”ヒュドラ”が耳障りな断末魔を上げながら仰け反り、倒れた。
 躊躇いをかなぐり捨て、一気に開いた距離を縮める。

 コンソール前のぽっかり開いた空間に全員が滑り込んだ瞬間。


 ボンッ!


 爆音と共に天井から火花が散り、手を…足を…牙の生えた口をむき出しにした”ヒュドラ”が業火に飲み込まれた。
 背筋の凍るような断末魔の合唱と鼻を刺す刺激臭が立ち込める中、隊員たちは全身で息をしながら銃を構えたまま業火に浄化されていくバケモノの成れの果てを見守る…というよりも、立ち尽くす。


「とりあえず、今はこれで大丈夫でしょう」


 耳に心地良い女性の声。
 全員が驚愕して振り返る。
 コンソールパネルの前にいたのは、さきほど研究室のモニターで見た女博士。
 淡いグリーンの光の粒子に包まれた彼女の身体は、薄く向こう側が透けていた。


「ドクター、カロリエ」

 プライアデスの信じがたい、と言わんばかりの声が静かになりつつある部屋にコロリ、と落ちた。