惚れ直すとき(中編)「それで、何で今夜は早めに店じまいなんだ?」 不平満々の女性客達を半ば強引に極上の営業スマイルで追い払ったティファを、クラウドは呆れたような顔で見つめた。 野次馬根性の客達が来るであろうことは、雑誌の取材を受けた時に覚悟が出来ていたはずだと言うのに…? 自分の悩みを知らないでそう言わんばかりの彼に、ティファは少しだけムッとしながら、 「今日、ハイトさんがプレゼントを持って来てくれたから皆の意見を聞こうと思ったの」 と、言い捨てて、首を傾げる子供達とクラウドを残し、自室へ昼間受け取った衣装類を取りに行き、すぐ戻って来た。 「「わ〜〜〜!!」」 「…すごいな…」 衣装を店のテーブルに広げて見せると、予想通りの反応。 子供達は目を輝かせて自分達に…と宛がわれた衣装を手に取り、嬉しそうに身体に当てている。 クラウドも、元々自分の好きなタイプのデザインであるそれらに、目を丸くした。 そして、嬉しそうに服を身体に当てて見せ合いっこしている子供達に視線を移して、柔らかな笑みを浮かべる。 その表情はまさに父親のもの。 子供達に、「二人共、良く似合ってるぞ。実際、着てみたらどうだ?」などと勧めているではないか。 デンゼルとマリンは、はにかむように笑って見せると、パタパタと子供部屋へと駆け上がって行った。 子供達が二階でキャーキャー騒ぎながら着替えている声がする。 その声を聞きながら、クラウドは不思議そうにテーブルを見渡した。 クラウドが何を探しているのかを察したティファは、言いにくそうに口を開いた。 「私のは上に置いてあるの。私はもう見ちゃったもん」 「俺はまだ見てないぞ?」 見せてくれても良いじゃないか…。 そう言外に言って、少々不満げな顔をするクラウドに、ティファは困ったような顔をした。 確かにあのドレスは非常に魅力的だ。 あのドレスを着て、クラウドに褒めてもらいたいと思う。 しかし…。 その報酬が……モデルの仕事となると、話は別だ。 おそらくハイトの事だから、モデルの仕事を断ったからといって衣装を返せとは言わないだろう…。 しかし、衣装だけ貰っといてお願いされた事を断るというのは……気持ちがスッキリしない。 いっその事、本当に『雑誌のお礼』だけだったら良かったのになぁ…。 内心で溜め息を吐くティファに、クラウドは、 『そんなに見せられないようなひどいものなのか…?』 すっかり勘違いをして眉根を寄せていた。 何となく気まずい沈黙が鎮座する店内に、 「ねぇねぇ、見て見て!!」 「これ、俺達にピッタリなんだ!!」 子供達がバタバタと二階から下りて来た。 親代わりの二人は、その弾む声に子供達を振り向き、目を見開いた。 想像以上に素敵に着こなしている自慢の子供達の姿に、一瞬言葉を失う。 デンゼルは、どこかの財閥の御曹司のようだ。 そして、マリンはまるで妖精のようだった。 そのあまりにも可愛らしい子供達の姿に、クラウドは漸く我に返ると、 「二人共、本当に良く似合う。そうだ!折角だから写真を撮るか」 と、実に珍しく弾んだ声であっという間に自室へカメラを取りに行ってしまった。 子供達はそんなクラウドにクスクスと笑って、少々恥ずかしそうにティファを振り向いた。 しかし、そこで子供達の笑顔が怪訝なものに変わってしまう…。 そう…。 クラウドの『写真を撮る』という言葉で、モデルの話を思い出したのだ。 ティファは悩んだ。 こんなに子供達に素敵な服をくれたハイトのお願い事を断るのは、物凄く悪い気がする。 だからと言って、モデルになんぞなってみろ! 今まで以上にこの安住の地が脅かされる事になるのではないか!?!? 一人、うんうん悩んでいるティファに、デンゼルとマリンはひたすら首を傾げていた。 そうこうするうちに、クラウドがカメラを片手に階段を駆け下りてきた。 いつも余裕で冷静なクラウドからは想像出来ないそのはしゃぎっぷりに、子供達は再び笑顔を見せるのだった。 「じゃ、撮るぞ?」 クラウドのカメラを向けられ、子供達が仲良く寄り添って少し恥ずかしそうにしながらも極上の笑みを浮かべる。 そんな姿を見て、ティファは決心が鈍るのを感じた。 クラウドのシャッターを切る音と、子供達の満面の笑顔。 勿論、クラウドも実に上手に写真を撮ってくれるのだが、もしもこれが、プロの手にかかって撮られた写真なら…。きっと、子供達の背景にも相応しい装飾のなされたお洒落な部屋で、照明もしっかりしていて、より子供達が可愛く撮られる事は間違いないだろう。 それに、今は子供達は髪型はいつもと同じスタイルなのだが、モデルとなると、ヘアーメイクさんとやらが素敵にセットしてくれるに違いない。 という事は、目の前にいる子供達はより可愛く、素敵に変身するという事ではないか…!? むむ…。 むむむ……。 な、悩んじゃうなぁ……。 「…ファ、ティファ?」 「ん……え!?」 「何一人で百面相してるんだ?」 一人、顎をつまんでうんうん唸り声を上げていたティファを、クラウドと子供達が一歩下がった所からジッと見つめている。 まるで、珍獣を見ているようなその三人の表情に、ティファはボンッ!と音が出るような勢いで顔を赤らめた。 「あ、あのね…違うの!!」 「「「……なにが…?」」」 「え……なにがって…あのね……」 声を揃えて首を捻る三人に、ティファはしどろもどろ、昼間の話を聞かせた。 「「「モデル〜〜!?」」」 ティファの話を聞き終えた三人は、文字通り目を丸くし、素っ頓狂な声を上げた。 子供達はただただひたすらティファをじっと見つめ、クラウドにいたっては愕然とした表情を浮かべて「本気か……!?」と呟いている。 もう、ティファは穴があったら入りたい心境になっていた。 いくら、衣装が素敵だからといって、モデルの仕事にぐらついた事が恥ずかしい。(勿論、自分の衣装以上に子供達とクラウドのモデルの姿を見て見たい!という気持ちが強いのだが…)。 「ご、ごめんね?何か、その服を見てたら断るに断れなくなって…。それで、みんなの意見を聞いてから…ってお返事する事になったの。ほら、とっても素敵じゃない?そんな素敵な服を着てるクラウドやデンゼルやマリンを見て見たいなぁ、な〜んて思っちゃって…。うん、ごめんね、明日ちゃんと断るから」 子供達は、真っ赤な顔をして捲くし立てるティファに、思わず吹き出した。 クラウドはまだ渋面だが…。 「ティファ、良いんじゃない?」 「へ?」 「マリン?」 突然のマリンの言葉に、親代わりの二人は目を瞠った。 デンゼルは、マリンの隣でニコニコしている。 「だって、きっとハイトさんのことだから、クラウドとティファだって分かりにくいように工夫して撮ってくれると思うの。それに…」 「それにさ。こんなにカッコイイ服をタダで貰っちゃうなんて、やっぱり悪いだろ?俺達が何のモデルになるのか分かんないんだけど、そのモデルになることでハイトさんが助かるんだったらそれで良いんじゃない?」 マリンの言葉を継いでデンゼルが口を開く。 クラウドとティファは、戸惑いながら顔を見合わせた。 子供達の言う事はもっともだ。 それに、ティファが悩んでいた『タダで貰うのも…』という気持ちを実に良く汲んでいる。 ハイトはプロだ。 きっと、モデルの話を了承したとしても、恐らく『ジェノバ戦役の英雄』とは分からないような撮り方をしてくれるだろう…。 しかし、それはあくまでこちらの『願望』が強く入っているわけで…。 「そんなに都合よくこっちの状況を汲んで撮ってくれるものかなぁ…」 ボソッとこぼしたクラウドに、ティファは賛成だったが、子供達はそうではなかった。 「うん!」 「絶対にハイトのおっさんなら上手に撮ってくれるよ!」 「ハイトさんって、その道のプロでしょ?」 「それに、きっとクラウドとティファが断る事も考えた上で、それでもモデルになって欲しい!て思ったんだから、それなりに配慮してくれてるよ」 何とも説得力のある子供達の言葉に、クラウドとティファは反論の言葉が見つからなかった。 「それにさ!」 「私達もクラウドとティファの着飾ったところを見て見たいもん!!」 無邪気に言う子供達に、クラウドとティファは困ったように顔を見合わせた。 子供達の言う言葉がもっとも過ぎて、反論出来ない。 「とりあえず、二人共着替えて見せてよ!」 「そうそう!二人も貰ったんだろ?」 困った顔をしている親代わりの二人に、デンゼルとマリンは無邪気に声をかけた。 あまり乗り気ではなかったが、子供達に促されて結局、クラウドとティファは寝室へ足を向ける事となった。(……クラウドは「いや、俺はいいから…」等々言いつつ、最後まで悪足掻きをしていた) 先に着替え終わったのはクラウドだった。 階下で子供達の歓声が聞こえる。 「クラウド、カッコイイ!!」 「すっげ〜!俺も大人になったらクラウドみたいにそんなカッコイイ服が似合うカッコイイ男になりたい!!」 子供達のはしゃぐ声を遠くに聞きながら、ティファはドレスに悪戦苦闘していた。 着る事は着れたのだが、何とも気恥ずかしい。 実際に着てみると、胸の部分がどうしても気になってしまう。 ……少しだけ、胸がきついのだ…。 首を巻き付けるようにしてふんわりと胸元と肩、背中を覆っているショールのお陰で、それほどおかしくは見えないのだが……。 自分が気にし過ぎなのだろうか…? 他の人が見たら、そんなに変じゃないかもしれない。 し、しかし……!! 「ティファ〜?」 「まだ〜?」 子供達の声がする。 ティファは、何度も鏡の前でクルクル回って自分の姿を見ていたが、その呼び声に我に返ると、 「あ……今行く!」 慌てて階下へと戻って行った。 店内に戻ったティファを見た三人は目をまん丸にした。 恥ずかしそうにソワソワしている仕草も愛らしいのだが、その身体にピッタリとフィットしつつも柔らかそうなワインレッドのドレスが非常に似合っている。 「「うわ〜〜〜!!!」」 子供達が歓声を上げながら駆け寄る。 「ティファ、すっごい!!」 「うんうん!本当にすっげ〜綺麗だよ!!」 「そ、そうかな……?」 恥ずかしそうに、スカートを軽く引っ張りながら、チラリとクラウドを見る。 そこで、ティファは目を見開いた。 黒のコートからチラリと見えるダークグレーのカットソー、そして、その首元を飾るシルバーアクセサリーを煌かせたチョカーを実に粋に着こなしたクラウドの姿…。 すらりとした細身の彼は、見慣れているはずなのに、ここまで着る服によって素敵に変身するものなのか!? カ、カッコイイ……!! 見惚れるティファに、クラウドも呆けたようにティファを見つめていた。 いつも、素っ気無い黒の普段着を着ている彼女が、ワインレッドのドレスに身を包んでいる。 それだけでも衝撃的なのに、ショールでゆったりと覆われた首から胸元、肩口にかけてのデザインが、彼女の抜群のプロポーションを引き立たせていた。 おまけに、着慣れない服を着ているせいで、恥ずかしそうに身を捩り、頬を染めている彼女の仕草の全てが、実に愛らしい。 な、ななな、何て素敵な……!! 呆けたように見つめあう親代わり二人を、子供達が悪戯っぽくそれぞれ見比べて笑いを堪えている。 「ね?これで決まりだよね!」 「うん、決まりだよな!」 「え…?な、なな、何が?」 「「モデルOK!!」 満面の笑みで応えた子供達に、親代わりの二人は顔を赤くして俯いた。 実は、お互いかなり乗り気になっていたのだ。 『『こんなに素敵な服を着たクラウド(ティファ)がプロに撮られたら…!!』』 「い、いや…でもね」 「そ、そうだよな。もしかしたら、ハイトさんがそこまで配慮してくれるか分からないし…」 弱々しく反論らしきものをしてみる二人に、子供達は満面の笑みを向けた。 「ティファ、クラウドって物凄くカッコイイと思わない?」 「え!?そ、そりゃ……」 カッコイイ…わよ……。 最後の台詞を蚊の鳴くような声で呟いたティファに、クラウドが真っ赤になる。 「クラウド、ティファってば物凄く綺麗だよな?」 「え!?も、勿論…」 良く…似合ってるよ…。 同じく最後の台詞を蚊の鳴くような声で言ったクラウドに、ティファも真っ赤になった。 「これで、プロが撮ったら…」 「二人共、もっと凄く綺麗に撮ってもらえると思うなぁ…俺」 止めの殺し文句。 二人はとうとう白旗を上げた。 あとがき はい。 ご覧の通り、二部作品予定が見事に三部作品となりました(土下座 汗) すみません。 次回で必ず完結ですので、もう少々お待ちくださいませm(__)m |