生きてた!!
青白い顔をして巨木の根元で浅い息を繰り返す愛しい人を抱きしめる。
固く閉ざされていた瞼がフルリと揺れ、ゆっくりとその双眸が彼女を捉えた。
久しぶりに交わる視線。
ティファは歓喜のあまり、一筋の雫(しずく)をこぼした。
欠けたピース 10
「どこに行ったと思う?」
ナルシュスに背を向け、荒い足取りのティファにヴィンセントが話しかける。
音もなくスッと追いすがったのは流石『ジェノバ戦役の英雄』と呼ばれるだけはあるだろう。
「……多分……峡谷……」
真っ直ぐ前を見据えたまま答えるティファに、ヴィンセントは一つ頷いた。
『何故?』とは聞かない。
聞いても詮無い事だ。
あえて言うなら、二人を繋いでいる『絆』が引き寄せている…とでも言うべきか…。
そう考えて、ヴィンセントは小さく苦笑した。
なんとも自分が不似合いな『ロマンチスト』な考えをしてしまったような気がしたのだ。
自分達の後ろから、ナナキ、ユフィ、デンゼル、マリン、そしてバレットが慌ただしい足取りで追いかけてくる。
病院から出た一行は、子供達をシエラ号に送り届けるメンバーと、クラウドを捜索するメンバーに分かれた。
当然、子供達は猛反対した。
クラウドを捜しにいくのは足手まといだとしても、せめて村でクラウドの帰還を待っていたいと主張した。
その気持ちにバレットとユフィ、ナナキは同意したが、珍しくティファが頑として譲らなかった。
『クラウドだけじゃなく、子供達までもが見世物になってしまう!』
ナルシュスの話していた『クラウドを『英雄』としてしか見ない世間の目』を示すその意見に、ヴィンセントは賛同した。
そして、まだ納得し切れていない仲間達を尻目に、不平満々で真っ赤な顔をして怒る子供達を無理やりバレットに託してジープに押し込……もうとした。
当然の如く、激しい抵抗にあい、中々上手くいかずに四苦八苦だ。
ヴィンセントが子供達と格闘してジープに押し込んでいる間、不可解な顔をしながらもユフィがシエラ号で待機しているシドに連絡を入れ、クラウドがニブル山に向かったらしい事と、子供達とバレットをシエラ号に送り返す旨を伝えた。
『あ〜ん!?なんでデンゼルとマリンを村で待たせてやらねぇんだよ?』
「まぁ、色々あってさ。子供達はいない方が良いと思うんだぁ。それに…バレットも……」
『???…さっぱり分からねぇ…』
「戻ったら連絡するから、そん時にね〜♪あ、そうそう!あのさぁ、バレット達が戻ったら悪いんだけどシエラ号をニブル山付近の上空で待機しててよ」
『は!?』
「…クラウドがニブル山にいるみたいなんだ。いくら良くなったって言ったって、あいつが『バカ』が付くほどの体力と回復力を持ってるって言ったって、記憶をなくすほどの大怪我だもん。今頃山ん中でぶっ倒れてるよ。だから、さっさと収容して、手当てしないとね」
『…お、おお…確かにそうだな。よし、任せとけ!そっちもしっかりやってくれよ?』
「分かってるよ!」
携帯をパチンと閉じて顔をジープに向けると、こちらもどうやらヴィンセントが勝利を収めたらしい。
怒りで目をランランと光らせている子供達は、小さいのにとても『大きく見えた』のは何故だろう……。
「もう、絶対に許さないからー!!」
「覚えてろーー!!」
子供達の恨みのこもった声をBGMに、ジープは村から猛発進してあっという間に豆粒になってしまった。
ホッと一息ついて周りを見る。
村中の人達が、自宅の窓から…道行く人達が……それぞれの格好でマジマジと『英雄』達を見つめていた。
― 「ゆっくりと…お墓参りもできない。いつも誰かの視線に晒されている。そのことを…本当に辛そうにこぼしていたわ」 ―
ナルシュスの言葉が蘇える。
彼女が語ったクラウドのその言葉は…虚言ではないだろう。
実に……居心地が悪い。
嘗め回すような……まるで檻に入れられた動物を見るような……『モノ扱い』の…目。
ユフィはムッと眉間にシワを寄せると、ギャラリーの群れに向かって怒りの一歩を踏み出そうとしたが、
「ティファはどこに行った…?」
子供達との格闘で若干息切れをしているヴィンセントの声に、ハッと辺りを見渡す。
どこにもいない。
しかも、ナナキまでいない。
「えぇぇええ!?置いて行かれたの!?」
「そのようだな……行くぞ」
一つ溜め息を付いて気持ちを切り替えると、ヴィンセントは山に向かう道を風の様に走り出した。
ユフィはそのヴィンセントを見て、やれやれ…と天を仰いで嘆く。
しかし、それでもやはりその『仕草』で気持ちを切り替えて…。
もう既にはるか彼方にひるがえる赤いマント目掛けて、疾走した。
村中の人間が、その尋常ならざる脚力に驚愕し、目を丸くするのだった。
一方その頃、ごたついている仲間達をおいて、サッサとニブル山にやって来たティファ。
そして、そのティファを心配して仲間達に声をかける暇なく追いかけてきたナナキ。
真っ直ぐに前を見据えてどんどんと先を歩く彼女の背が、大きく見えた。
痩せて元々華奢だった身体は今では更に細く、頼りないというのに…。
全身から溢れ出るオーラ…とでも言うのだろうか…?
クラウドが生きている。
その事実が、彼女に底知れない力を与えてくれたのだけは事実だ。
「ナナキ…何かクラウドの匂いはしない?」
それまで無言で歩いていたティファに、突然話しかけられてナナキはビックリし、一瞬返答に間が空いた。
「うん……ちょっとずつ『バカ』になってた鼻が戻ってきたから……ちょっと待って」
鼻を地面にこすり付けて匂いを嗅ぐ。
しかし、山にはやや強めの風が吹いており、クラウドが地面を這って動かない限り、地面には匂いが残りそうにない。
地面から嗅ぎ取る事を諦め、今度は風に向かって鼻先を向ける。
風に乗ってクラウドの匂いが届かないかどうか……それを探る為だ。
そして、その行動は正しかった。
微かに風に乗って運ばれる『薬品』の臭いと『彼』の匂い。
ナナキはパッと顔を輝かせ、ティファの予想した通り、『峡谷』へと続く分かれ道を選んで駆け出した。
それから…。
岩地に盛り上がった巨木の根に背を預けるようにして倒れているクラウドを発見するのはたやすかった。
クラウドに近付くにつれ、ナナキの嗅覚が元に戻り、それはそれは呆気なくクラウドの元へ辿り着いた。
意識をなくしているクラウドを視界に映したとき、仲間達は息を飲んだ。
一瞬。
ピクリとも動いていないクラウドに最悪の想像が脳裏をよぎり、血の気が引く。
呼吸を忘れて駆け寄り、浅く息づくクラウドに全員が心の底から感謝した。
『なに』に……かは、分からない。
ただただ、無性に感謝して……感謝して……。
クラウドを抱きしめて涙を一筋流したティファと、そんな彼女の腕の中でユルユルと意識を取り戻したクラウドを見つめた。
「……誰…だ…?」
クラウドの口からこぼれたその一言も、彼が生きていたことに感極まって喜ぶ面々の心を砕くことはなく…。
「ありがとう……生きててくれて……。本当に……ありがとう……」
そう言ってティファは泣きながら…笑った。
魔晄の瞳が驚いたように見開かれ、次いで泣きそうな顔になる。
そうして、クラウドは再びユルユルと瞼を閉じた。
怪我が治り切っていないのに無茶をしたことと、精神的なものから高熱を発し、少ない体力を消耗していた。
だが、ティファの腕に包まれて眠りに落ちた彼の顔は、心の底から穏やかで…。
その寝顔に仲間達は満面の笑みを交わした。
『どうしてここに!?』
目の前の女性が嬉しそうに笑いかける。
……誰だったろう……?
『私?私は…ここに越して来たんです。この村で…最初からやり直そうと思って』
やり直す…?なにを……?
『ところで、子供達は元気ですか?』
……子供達……?
『それに…あの……ティファさんも……』
…………………ティファ……?
誰……だっけ……?
……あぁ…でも、懐かしい…。
なんだろう……?
胸が…あったかい……?
『……クラウドさん……行かないで…』
…………クラウド………。
…俺のことか…?
『どうして!?エッジに帰ったら…また『英雄』として皆に物珍しく見られるんですよ!?ここで……静かに暮らしましょう?私……アナタのためなら…なんだって……!』
……エッジ……。
あぁ……なんか……あの建設中の建物が沢山あって……。
……あたたかな……場所が……。
…大切な……、大切な…?
『どうしても……ダメですか……?』
……ダメ……?
『私じゃ……ダメですか?ティファさんじゃないと…ダメですか…?』
…ティファ…。
……ティファ……?
『無理です!!忘れられません!!!アナタが私を忘れても、私はアナタを忘れられない!!』
おい、そっちは…!!
『私がここから落ちたら……忘れられないですよね?』
やめろ!!!
薄茶色をした巻き毛の女性が…目の前の崖から落ちる。
何も考えずに手を伸ばして…。
彼女の細い身体を抱きしめて…。
ぐんぐん迫ってくる急流から……突き出た岩肌から彼女を守ろうと身を丸くする。
最初の衝撃は、激痛と共に両脚を襲った。
意識が飛びそうになる。
思わず彼女から手が離れそうになる。
奥歯をかみ締め、必死になって彼女を守ろうと両腕に力を込める。
次いで襲ってきた衝撃は冷くて激しい奔流。
身体中の体温と酸素が奪われる。
必死になって彼女だけでも激しい流れから押し上げてやろうとして……。
― ティファ!! ―
幼い日が走馬灯のように駆け抜けた。
彼女が母親を恋しがってニブル山を越えようとした……あの時を。
彼女は目の前で落ちてしまった。
助けようとした自分は非力で…。
何も出来なかった。
彼女は意識不明の重症。
一緒に落ちた自分は……軽症。
悔しかった。
ただひたすら…悔しかった。
弱くて力のない自分が……悲しくて、情けなかった。
だから。
村を出て……ソルジャーを目指した。
結局、志は達成出来なかったが、それでも…!
現実(いま)を一生懸命生きる自分は、それなりに『報告』出来るようにはなったのではないかと思った。
彼女や子供達を守る力が十分あるとは言い難い。
だがしかし、幼い頃の自分より…、二年前の自分よりも、そして、星痕症候群に侵されている頃の自分よりも今の自分が、幾分か誇れるようになったと思う。
だから、故郷に帰って『報告』したいと思った。
自分をこの世に生み出してくれた母親と、彼女を慈しんで育てた彼女の両親に。
そして、あまり仲は良くなかったが、それでも自分が村からいなくなった後、母を支えてくれた村の皆に…。
まだ…家族と一緒に『報告』に来るには恥ずかしいから。
だから今はまだ、一人でこっそりと報告したかった。
それに、確かめたかった。
ちゃんと『報告すべき場所』があるかどうか…。
墓も記念碑もなかったら、ティファがどれだけ悲しむだろう。
そう思ったからこそ、誰にも言わないで故郷に寄った。
もしも何も無かったら、墓や記念碑を建ててやろう……そう思ったからだ。
それなのに…。
― まったく、キザなこと考えるからよ ―
― お前にゃ、まだまだ早いっつうの! ―
……エアリス……ザックス……?
― ちょっと死にかけたからって、大事なモノを忘れちゃうなんて信じられない! ―
― 本当に…。それにしても、お前ってほんっとうにティファがいないとダメダメだな ―
……ハハ…そうだな。なんだか…自分が『自分』じゃなくなったみたいだったよ…。
― 『だった』じゃなくて、そうだったのよ! ―
― お前の『根源』だもんな、ティファは! ―
……そうだな……。
― 『クラウド』に必要な『ピース』なんだから、もう忘れちゃダメよ? ―
― 勿論、『ティファ』にとっても必要不可欠な『ピース』なんだぜ、お前は ―
……そうかな……。
― そうよ! ―
― アホかお前は!お前がいなくなってからのティファはそれはそれは大変だったんだからな!目が覚めたら皆にボコボコに殴られるの、覚悟しとけよ!? ―
…そうなのか…?
― そうなの!! ―
― お前……マジで怒るぞ…? ―
……そうだと……嬉しいな……。
― はぁ…。まったく、ほんっとうにダメねぇ… ―
― お前、もう少し修行を積め! ―
……あぁ…そうだな。俺は…まだまだ未熟者だ。
― そうよ! ―
― まったくだ ―
……ハハ…、本当に容赦ないな…二人共…。
― 当然よ。ティファと子供達、それに皆を死ぬほど心配させたんだから! ―
― それに、死んでる俺達まで『死にそうなほど』ヤキモキさせやがって…! ―
フッ。相変わらず……だな、二人共。
― ク〜ラ〜ウ〜ド〜〜! ―
― お前な…… ―
……早く…。
― ― ??? ― ―
早く、二人に安心してもらえるように…頑張るよ。それで、早くちゃんと『報告』出来るように…頑張る…。
― クラウド… ―
― バ〜カ。まだまだ早いっつうの ―
あぁ、そうだな。
― だけど… ―
― お前だけじゃまだまだ不完全だけど… ―
……?
― ちゃんと『一緒』なら… ―
― ああ。ちゃんと『一緒』だったら… ―
………。
― 大丈夫だよ ―
― 胸を張れ、クラウド! ―
「…結局……俺はまだまだ『一人で報告』出来るだけの人間にはなれてない……ってことか…」
突然、それまで眠っていたクラウドがこぼした言葉に、傍らで舟を漕いでいた子供達とティファ、そして仲間達はびっくりして立ち上がった。
反動で椅子が数脚倒れる。
「「「「「「「「クラウド!?」」」」」」」
顔を覗き込む仲間達に、紺碧の瞳が細く瞼から覗いて…一つ一つの顔に注がれる。
ゆっくりと……確かめるように…。
幸せをかみ締めるように。
そして。
最後に止まった視線の先には…子供達と……ティファ。
「……………ごめん」
「「「「「「「「 !! 」」」」」」」
たった一言。
その一言だけで、クラウドが『クラウド』として戻って来たことが分かった。
歓喜の声がシエラ号の一室で上がる。
泣き声も聞える。
むさくるしい男の喚くような泣き声も……聞える。
子供達がベッドにダイブしてクラウドに縋りついてワンワン泣き、ティファも子供達ごとクラウドを抱きしめて泣いた。
クラウドも力の入らない腕を回して緩やかに抱きしめ返す。
やっと………バラバラになっていた家族が戻った姿は、ヴィンセント以外の英雄達を号泣させた。
それは、シエラ号にクラウドが収容され、もうすぐエッジが見える……という、新しい夜明けの事だった。
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