「私は絶対に『クラウドの幸せ』を諦めない!」

 主のいない病室で、凛とした女性の声が響き渡った。



欠けたピース 9




 ヴィンセントの指示通り、シエラ号が地表すれすれを航行し、ニブルエリアに舞い戻って村から直接見えない盆地に着陸。
 バレットの運転するジープでティファと子供達はニブル村に到着した。

 病院前に着けたジープに、村人が少々興味深そうに視線を流したが、昨日目にした飛空挺並みの関心は持てなかったらしい。
 一瞬、病院に駆け込む女性と二人の子供達、そして、浅黒い肌の巨漢に目を奪われたものの、すぐに自分達の生活に戻って行った。

「ヴィンセント…」
 廊下に立って待っている仲間の姿に、漆黒の髪を揺らせた女性が吐息のように声をかけた。
 赤いマントを緩やかに翻し、ヴィンセントは苦渋に満ちた顔を仲間達に向ける。
「すまない…。連絡が遅くなってしまった…」
「そんな事良いの!ねぇ、クラウドは生きてるの?本当に生きてるのね!?」
 謝罪の言葉を遮るティファと、彼女の両手をしっかりと握っている子供達にしっかりと頷いてみせる。


「ああ。生きている」


 どれほどこの言葉を聞きたかったことか!
 クラウドと連絡が取れなくなって何度も何度も聞きたかった言葉。
 確実なその言葉をどれほど聞きたかったことか!

 無上の喜びを伝えてくれた仲間は、それでも渋面を崩さなかった。

「ティファ…」
 言いにくそうに口を開きながら、病室に続くドアを開ける。
 子供達が泣き笑いの顔で病室に飛び込んだ。
 しかし、その希望に溢れた表情があっという間に疑問に、そして失望に変化する。


「ごめんよぉ…ティファ〜…!」


 真っ赤に泣き腫らした目のユフィに、ティファと子供達は不安そうに顔を見合わせた。

「アタシ……アイツに少しでも思い出して欲しくて……元気出して欲しくて……」
 震える声を必死に押し出し、ユフィは言葉を続けようと頑張る。
「んで……っく……『出て行け』って…ひっく……言われたから……怒らせちゃったから……追い詰めちゃったから……うぅ………大人しく……出て行って……ティファの作った……服……置いて……そ、そ、そした…ら…」
 しゃくり上げながら段々ユフィの顔がクシャクシャとなっていく。
 それに合わせて子供達の顔も不安から泣き顔に変わっていった。
 小さな手をギュッと握り合っている。
 ティファはそっと肩を震わせているユフィに近付いてキュッと抱きしめた。
 スッポリとティファに抱きすくめられたユフィは、とうとう大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。

「ごめんよぉ……」

 弱々しく謝って、あとは「ひ〜〜〜ん」と、何とも情けない泣き声を上げてボロボロと涙を流すだけ。
 釣られて子供達もとうとうしゃくり上げ始める。
 バレットがグシグシ…と鼻を啜る。
「ちくしょう…あの大バカ野郎が!」
 言葉は威勢が良いくせに、肝心の『勢い』が全くない。
 情けない泣き声を上げて泣いているユフィと似たり寄ったり、弱々しく小さく縮こまっている。


「大丈夫」
「ふぇ……?」


 ティファの腕に包み込まれたまま、ユフィは顔を上げた。
 すぐ間近にある大切な仲間が凛とした目で見つめている。

「大丈夫。クラウドは…絶対に大丈夫」
「ティファ〜…!」

 久しぶりに見る彼女の強い姿に、またもや新しい涙が込上げる。
 それはユフィばかりでなく、クラウドの消息が途絶えた時からずっと誰よりも近くで支えていた子供達も同様だった。
 痩せてしまった身体から、久しぶりに力強い『気迫』を感じる。
 涙でグシャグシャの顔を、今度は嬉し涙で濡らす。
 そんな子供達にヴィンセントがクシャクシャと頭を撫で、優しい眼差しで見下ろした。
 バレットはごつい手で顔を覆って男泣きに泣いている。

 …と、そこへ…。

「た……ただい…まぁ……」

 ヨロヨロとナナキが入ってきた。
 すっかり疲れ切って何やら憔悴している。

「どうだった?」
 子供達からサッと離れ、ヴィンセントが静かに歩み寄った。
 床にへたり込んだナナキにとりあえず水を差し出す。

「ありがと…。あ、ティファ……」

 水に鼻先を近づけて、初めてティファと子供達、そしてバレットに気が付いたナナキは、そのまま水を飲まないでシュンと項垂れた。

「ごめんよ…。おいら、クラウドの匂いを追ったんだけどさ…。病院の薬の匂いですっかり鼻が『バカ』になっちゃって……、全然使い物にならないんだ……」
「ナナキ…」

 そっとユフィを離したティファは、今度はそっとしゃがみ込んでナナキの身体をゆっくりと撫でる。
 いつもは何も手入れしなくても艶やかな赤い体毛が、今は小枝や草、更には所々泥で汚してよれよれの状態だ。

「ありがとう…」

 心の底から感謝を伝える。
 ナナキは隻眼を潤ませ、スン…と鼻を啜り、改めて水の入った深皿に鼻先を近づけた。


「それで、一体どこら辺まで捜したんだ?」

 ホッと一息ついたナナキにヴィンセントが訊ねる。
 ナナキは鼻の頭にシワを寄せて、
「村中は捜したよ。いくら鼻が『バカ』になってても、逆に『薬の匂い』が強い所を探したんだ。クラウド、ずっとこの病院にいたから『薬の匂い』が染み付いてる…って思ってさ」
 申し訳なさそうにティファを見上げる。
「ごめんよ、村にはいないみたいだった。それにさぁ…」
「それに…なんだよぉ…?」
 涙は止まったが、号泣した余韻でしゃっくりを起こしているユフィがせっつく。
 ナナキは「ん〜〜……実はさぁ……」と、実に言いにくそうに言葉を濁そうとした。
「なんか……この村の外……に向かったんじゃないかなぁ……って…」
「おいおい、俺達は村に一つしかない入り口から来たんだぜ?クラウドらしい奴とは出会わなかったぞ!?」
 目を真っ赤にしているバレットがナナキに食って掛かる。
 いや、食って掛かるような口調がこの巨漢の悪癖であって、決して脅してるわけでも怒っているわけでもない。
 だが、何も知らない第三者が見たらビックリするだろう…。

 幸い、この場に第三者は存在しなかった…。

「……ニブル山……」

 ポツリとティファが呟く。
 ナナキもおずおずと頷いた。
「おいらも…そう思うんだ。それとなく入り口にたむろしてた人たちの話しを盗み聞きしたんだけど、誰もクラウドが村から出た話しをしてなかったし…。ほら、この村の人達って外からの介入にすっごく敏感でしょ?神羅の一件があったからさぁ…」

 ナナキの説明に、ヴィンセントとユフィはチラリと視線を合わせて頷いた。
 確かにその通りだ。
 二年半前の『ジェノバ戦役』から、ニブルヘイムに隠蔽工作として送り込まれていた神羅の工作員達は、大半が村から逃げ出した。
 しかし、意外にもこの村に根を下ろしてしまった者もいたりする。
 そして、更には村の出身者がWRO発足後、神羅の悪事が世に知れ渡ったのを機会に戻って来たりもしている。
 そのお蔭で、村には結構な人達が住んでいるのだ。
 それでもやはり、二年半前の神羅の悪事はこの村にとっては深い傷である。
 外からやって来るものには警戒心を怠らない。
 勿論、一般人には諸手を広げて歓迎している。
 何しろ、これからこの辺境の地にある村を盛り立てていかなくてはならないのだから。
 しかし、昨日のように大きな飛空挺のようなものがやって来るのは歓迎できない。

 また、なにかよからぬ組織の実験場にされるのではないか!?

 そんな不安が村人達の脳裏を支配する。
 だから、シエラ号から下りてきたのがかの有名な『ジェノバ戦役の英雄』であることに大騒ぎになったのだ。
 そして、その英雄の一人であるティファに親しげに抱きついたナルシュスも、当然のことながら注目を集めた。
 よからぬ組織の実験場にされるのは真っ平ごめんだが、『英雄』が訪れる…というサプライズは大歓迎だ。
 これが定期的になりでもしたら、村おこしの一大イベントとして大いに利用出来る。
 しかし…。

『あ〜、きっともう来ないと思うわ。なんだか急いでたみたいだし。本当は立ち寄るつもりもなかったみたいだけど、故郷をチラッとだけ見てみたい…って思ったんですって』

 村人達の希望をあっさりと彼女は斬って捨てた。

 ナナキが村中を駆け回って集めた情報はそんなところだった。


「ナルシュスさん……」

 顔を伏せて悲しげに呟いたティファを気遣いながら、バレットがコソコソと愛娘の耳に顔を寄せた。
「ナルシュス……って……誰だ……?」
 マリンとデンゼルは困ったように顔を見合わせると、声を潜めて話し出した。
「お店の元・常連さん」
「でも…多分、クラウドの事…好きだったんだと思う……」
 バレットは眉間にシワを寄せた。
「でも、全然イヤな人じゃなかったよ。ティファにも私達にもすっごく優しかったし」
「うん、他の『クラウドの追っかけさん』達は、俺やマリンには優しくするんだけど、ティファには嫌味とかボソボソッと聞えるか聞こえないかくらいのヤラシイ言い方の『ネチネチ攻撃』をするんだ」
「だけど、ナルシュスさんは…そんな事全然しなかったな…」
「まぁ、クラウドとティファが一緒にいて笑ってるのを見てる目は……」
「「冷たかったけど…」」

 声をはもらせる子供達に、巨漢の男は眉間に手を当てた。
 世の中無駄な足掻きとする人間が後を絶たないらしい……悪い意味で。

 クラウドもティファも、周りが見ていてアホらしくなるほどの初々しさを醸し出しているカップルだ。
 だが、お子様過ぎる面が多々あるものの、それでもだからと言ってティファに嫌味を言ったり、二人に冷たい眼差しを突き刺したりして、相手の心が自分に向けられるはずないと気づきそうなものなのに…。
 そんな生半可な絆ではないのだ、この二人は。

「世の中……バカばっかだな……」

 バレットの言葉に、子供達は深刻な顔でコックリと頷いた。


 そして…。
 病室にその『バカ』と証される女性の一人がフラリと現れた。


「……どうして…」


 低められた女性の声に、全員がバッ…とドアに顔を向ける。
 青ざめてまだふらついているナルシュスがドアに縋りつくように立っていた。
 虚ろな目はティファにのみ向けられている。

「ナルシュスさん…」
「どうして……ここにいるの…?『クロード』はどこ…?」
「……『クラウド』です」
「ねぇ……どうしてアナタがここにいるの…?…『クロード』はどこ…?」

 フラフラと頼りなげによろめきながらティファに歩み寄る。
 咄嗟にヴィンセントが間に立ち塞がろうとしたが、それをティファは手を上げて制した。
 眉間にシワを寄せて心配する仲間に、目だけで頷いてみせる。
 そして、凛とした眼差しでフラフラと自分に近付く女性を見据えた。

「ナルシュスさん。『クロード』ではありません。『クラウド』です」

 ティファのその言葉に答えたのは明確な『言葉』ではなく狂わんばかりの悲鳴。
 耳を覆って身を屈め、あらん限りの声を振り絞って悲鳴を上げる女性に、英雄達と子供達はビクッと身を震わせた。
 髪を鷲掴み、喉が張り裂けんばかりの悲鳴。
 あっという間に看護師が飛んできた。
 ドアを勢い良く開け、蹲って悲鳴を上げ続けている女性に暫し呆然とする。
 が、そこはプロ。
 すぐに『看護師』の顔になると、駆けつけてナルシュスに必死に声をかけ、携帯していた病院内用のPHSで同僚と医師を呼ぶ。
 その間、ティファ達は金縛りにあったように動けずにいた。
 看護師も、あえてティファ達に事情を聞くような事はしないで、ナルシュスに落ち着くよう声をかけ、背をさする。
 慌ただしく看護師数名とクラウドの主治医が病室へ駆け込んだ。

 医師の的確な指示の元、数名の看護師が彼女をやんわりと……だが、しっかり押さえつける。
 医師は携帯していた注射器を取り出し、今朝彼女に施したように薬液を注入しようとした。

「やめてーーー!!!!」

 それまで意味不明な悲鳴を上げ続けていた女性が、医師の手にある物を見て初めて明確な言葉を発する。
 その言葉に応えたのは……。

「待ってください!」

 ティファ・ロックハート。
 驚く仲間達と医療スタッフを前に、ティファは取り押さえられて暴れている女性の傍らに膝を立てて座り込んだ。

「お願い。クラウドがどうしてここに来たのか教えて」

 ナルシュスは凄まじい形相で睨み上げると、看護師に取り押さえられて自由の利かない手足の代わりに思い切り顔を突き出し、噛み付こうとする。
 まるで……獣のようだ。
 ギョッとして看護師が更に力を込める。
 医師がもう一度注射をしようとするが、やはりティファはそれを止めた。

「ナルシュスさん、お願い。彼がどうしてここに来たのか教えて」
「そんなこと決まってるわ!彼が私の運命の人だからよ!!」
「ナルシュスさん、彼はどうしてここに来たの?」
「私を追いかけてきてくれたのよ!!」
「クラウドがそう言ったの?」
「『クロード』よ!!」
「どうして『彼』は記憶を失うほどの大怪我を負ったの…?」
「ッ!!」

 狂気にランランと目をギラつかせていた女性は、ティファの最後の質問に言葉を詰まらせた。

「記憶を失うほどの大怪我を普通の状態の『彼』が負うなんて思えないわ」
「…そ…」
「あなたは知ってるんでしょ?」
「…わ、たしは…」
「『彼』がどうしてここに来たのか…どうして大怪我を負ったのか……『どこで怪我をしたのか』…あなたは知ってるのね…?」
「…し、らな…」

 次々浴びせられる質問に、ナルシュスの身体から力が抜ける。
 それと同時に、よほど後ろ暗いことがあるのかティファから視線をそらし、唇をわななかせ、まともに話せない。
 仲間達と子供達、そして医療スタッフは固唾を飲んで見守っている。
 ナルシュスは短く荒い呼吸を繰り返し、「知らない……知らない……彼は私を……私は…彼を……」意味のない言葉を並べてブツブツ呟いている。
 激情が去ったかと思えば自分の檻に閉じこもった女性は、明らかに普通ではない。
 いつものティファならこれ以上彼女を追い詰める事はしないだろう。
 逆に、彼女を休ませるように医師に頼むはずだ。
 だが…。


「答えなさい!!!!」


 ティファの怒鳴り声に、ナルシュスばかりでなくその場の全員が…ヴィンセントまでもがビクッと身を震わせて固まった。

 ティファは怒っていた。
 とてつもなく…怒っていた。
 激怒のあまり、彼女の薄茶色の瞳はカッと見開かれてナルシュスを凝視し、周りが全く見えていない。

「アナタがクラウドの事を好きだから、彼を引き止めたいと思うのはあなたの勝手。クラウドがそれにどう応えるのか私に口を出す権利なんかないわ。でも…」

 両腕を伸ばして震えるナルシュスの胸倉を掴み、看護師から引き離してグッと顔を近づける。
 至近距離で睨みつけるティファに、ナルシュスは目を見開いて青ざめた。

「クラウドは怪我をしてるのよ。しかも村の中にはいない…。私は村に一つしかない入り口から入ってきたけど、クラウドとすれ違わなかった。だとすれば、彼が行きつく先は『ニブル山』しかないのよ!これがどういうことか分かる!?あの山にはモンスターがうじゃうじゃいるの!最短距離でクラウドのところに行かないと、クラウドが危ないのよ!!」

 ティファの言葉に、ナルシュスの見開かれた瞳に僅かに光が戻った。

「ニブル山には大きく分けて三つの道がある。他の大陸に抜ける道と、峡谷に続く道、そして『魔晄炉跡』に続く道!」

 仲間達が『魔晄炉跡』という言葉にハッと我に返る。
 一瞬、視線を交えて表情を険しくした。
 子供達は見たこともないティファの激昂振りに放心状態から抜けきれていない。
 こぼれんばかりに目を見開いて、ティファを見つめている。

「さぁ、答えて!!クラウドは一体何しにここに来たの!?」

 沈黙は一瞬。

「………そんなのが……『記憶の無い彼の行動』に繋がるとでも……?」

 発せられた女性の声は、先ほどまでの狂気からはほど遠く、酷く落ち着いて……冷たかった。
 ティファは柳眉を逆立てる。
 そんなティファを至近距離で見つめ返すナルシュスは、たった今まで見せていたおどおどと怯えた様子は微塵もなかった。

「『彼』がここに来たのは………『お墓参り』よ」

 その答えに、全員が息を飲んだ。

「自分の家族や村の人達に今の星の姿を報告に来た……そう言ってたわ」

 そう言って、ナルシュスは当時を思い出したのか、少し遠くを見るような目で口を開く。

「彼は……村はずれにある墓地に花を持って訪れてた。それに私や村の人達が気付いたのよ。だって、あの有名な『ジェノバ戦役の英雄のリーダー』ですもの。騒がないはずがないわ」
「………」
「だから……彼はとても辛そうだった」
「え……?」

 ティファの手から力が抜ける。
 ナルシュスは自由になったことに気付かないのか、そのままの姿勢で言葉を続けた。

「ゆっくりと…お墓参りもできない。いつも誰かの視線に晒されている。そのことを…本当に辛そうにこぼしていたわ」

 夢を見るような彼女の語り口調に、誰もが唇をかみ締めたり苦々しい表情を浮かべる。
 ナルシュスはゆっくりとティファに視線を戻した。

「このまま…ここで『記憶をなくした人生』を送ったら…彼は『彼の人生』を歩めるのよ。勿論、ある程度『整形』しないとだめだけど。それももう手は打ってるの」

 彼女が何を言わんとしているのか…。
 辛そうに俯いた医師の表情から、彼女が医師にクラウドの整形手術を施すよう脅迫済みなのだと理解する。

「そうしたら…やっと彼は『幸せになれる』の!誰からも好奇の視線を浴びせられる事無く、心穏やかに……本当の幸せを手に入れられるのよ!それを……」

 キッとティファを睨みつける。

「あなた達が彼をまた『辛い人生』に引きずり戻そうとしている!そんなこと、絶対に許さない!」
 再び勢いを取り戻したナルシュスに、仲間達はグッと言葉を詰まらせながらも一番彼女の近くにいるティファを心配した。
 誰よりもクラウドを想い、彼の幸せを願っているティファにとって、ナルシュスの言葉はなによりも重くて痛いはずだ。

 だが、仲間達の心配を余所に、ティファは真っ向からナルシュスの目を見返した。

「それを決めるのは、あなたでも私でも…誰でもないわ。彼自身よ!」

 はっきりと…キッパリと言い切る。
「これまでの人生を捨てないとクラウドが幸せになれないとでも言うの!?」
 反論しようと口を開くナルシュスを遮るように大声をあげ、言葉を無くした彼女を尻目に立ち上がった。
 自然と見下ろすような位置になったティファは、そのまま鋭い視線を突き刺して、

「どんな状況になっても……クラウドは絶対に、もう逃げたりしない!」
「それに……」
「私は絶対に『クラウドの幸せ』を諦めない!」

 凛とした彼女の言葉に、ナルシュスは床に座り込んだまま放心したように目を見開いていた。






 カタカタ…。
 先ほどから振るえが止まらない。
 恐らく熱が出ているのだろう。
 悪寒も酷い。
 歯がカチカチと音を立てる。
 吐く息も真っ白で、目の前の見通しが悪くなるほどだ。
 それでも…。
 病院に戻る気にはなれなかった。

『このままここにいたら…。死ぬんだろうな…』

 ぼんやりとそんな恐ろしい事を考える。
 だが、それでも良いか……。
 そう思ってしまう自分がいた。

 それに、こうして寒さの中に身を置いて、自分の呼吸と噛み合わない歯の音以外、何も聞えないこの『山の静けさ』がとても心地よくて…。
 このまま眠りたい…と思ってしまう。


 ― ク……ド〜!なにやってんのぉ…? ―

 ……別に……。

 ― 別にじゃねぇっつうの!お前、このまま死んでも良い〜…とか、ふざけた事考えてるんじゃないだろうな!? ―

 ………さぁ……。

 ― 『さぁ…』じゃないわよ!このすっとこどっこい! ―

 ………オヤジ臭いな…その表現。

 ― お前、なに冷静に突っ込んでんだよ、このバカ! ―

 ……バカって言うほうがバカなんだぞ…?

 ― きぃ〜〜!もう、ほんっとうになっさけないんだから!! ―

 ………そうだな……。

 ― 認めるな、このバカ!! ―
 ― そうよ!少しは否定しなさいよ!! ―

 ………情けない…って言ったのはそっちだろ?

 ― ああ言えばこういう……… ―
 ― 本当に捻くれものね!! ―

 ………あぁ…そうだな……。

 ― 全くお前はなんて進歩のない奴なんだ! ―
 ― そうよ!折角『星痕症候群』が治ったのにぃ〜!! ―
 ― お前一人でどうすんだよ!…………と、………達はどうするんだ!?また……一人に押し付けるのか!? ―

 ………誰に…?

 ― くあぁあ〜〜!! ―
 ― だ〜か〜ら〜!…………によ!! ―

 ………悪い、聞えない……。もう一回…名前、教えてくれないか…?

 ― しっかりしろ! ―
 ― そうよ!このまま還って来たりしても追い返すからね!! ―

 ……なぁ、…誰って言ったんだ…?

 ― ほら、『もう来る』から! ―
 ― しっかり!もうそこまで『来てくれてる』から!! ―

 ……何が…?


 ― ― 来た!! ― ―


 ……え…?



「クラウド!!!」



 頭に聞えていた声が止んだ。
 変わりに頬に温かなものが触れ、次いで全身がギュッと何かに締め付けられる。
 途端、胸に熱いものが込上げてくる……匂い。
 その匂いの正体を確かめたくて。
 温かなぬくもりを確かめたくて。
 重い瞼を開ける。



 飛び込んできたのは、薄茶色の瞳を涙で潤ませ、心配と不安ではちきれそうになっている美しい女性の顔だった…。