意識を取り戻して丁度一週間。 「先生。俺はあとどれくらい入院しないといけないんですか?」 「まぁ、クロード!まだ体調が良くないのに何てこと聞くの!?」 「そうだなぁ…。まぁ、キミならあと一週間もしたら…」 「先生!!いつも『無責任な事は言わないで』って言ってるでしょう!?」 凄まじい剣幕に、青年は医師と同時に溜め息を吐いた…。 欠けたピース 3「ナルシュス…」 「………」 怒気を漲らせて背を向けている彼女に声をかける。 案の定、何も答えないその華奢な背中に、クロードは幾度目かの溜め息をこぼした。 「なぁ、なんでそこまで過保護なんだ…?」 「過保護!?」 『過保護』という言葉がよほど癪に障ったのだろう。 無視を決め込んでいた彼女が凄まじい勢いで振り返る。 その目は怒りでギラギラと光っていて、思わず身体を振るわせた。 「クロード!あなた、自分の身体のことなのに、どうしてそんなに無鉄砲なの!?」 「いや…無鉄砲って…」 「無鉄砲よ!」 言いたいことの十分の一も言えないうちに、彼女の口から溢れる言葉の奔流に流される。 「大体、クロードはもう少し自分の限界というか…状態を把握すべきよ!」 「それに、お医者様もお医者様だわ!すぐに熱を出す状態だって言うのにリハビリをして良いだなんて!!」 「全く、誰もクロードが普通の人間だって思ってないんだから!!」 「ちょっと人より回復が早くて、ちょっと人より運動能力が高いだけじゃない!!」 青年は呆然とそれらを聞いていたが、その中で耳にした『普通の人間だと思っていない』という言葉と『人より運動能力が高い』という言葉に何か引っかかりを感じた。 それは、丁度昨日、自分が感じた事と重なる事柄だ。 『運動能力が高い』という部分は…特に。 やはり、自分は身体を動かすのが得意なのだ。 そう確信する。 でも…何故得意なんだろう…? それに、『普通の人間だと思っていない』というのは…どういう意味か…? 何か……『普通の人間』では『出来ないこと』や『しないこと』を『したことがある』のだろうか…? ……。 ………。 ある…と思う…。 漠然とだが……そう思える。 しかし、それが一体なんだったのか…。 良いことだったのか…それとも…悪事だったのか…。 その判別がつかない。 きっと、こうして『優遇』されているのだから、『良いこと』をしたのだろう……とは思う。 いや、思いたい。 だが……。 漠然と……胸の奥から滲み出る思いは…。 罪悪感。 どうしようもないほど……胸が苦して……悲しくて……。 それが強くなって自己嫌悪に陥りそうになるほどの『それ』は、青年にそれ以上思い出させることを躊躇わせた…。 恐らく、その出来事の片鱗に触れることが失った記憶を取り戻すもっとも近い道であると、薄々分かっているのに……それでも……。 「このまま…忘れてるままでも良いのかもな……」 「え?」 ポツリと零れたその言葉に、怒り狂っていた彼女が戸惑う。 青年の遠くを見るような目に、戸惑いから……何故か喜色を表すような……そんな表情を浮かべた。 あぁ…やっぱりこの女性(ひと)は、俺に思い出してもらいたくないんだ…。 何となく。 そう、本当に何となく、今はその理由を聞く気になれなくて、青年は「疲れたから…」と一人ごちるように呟き、シーツに潜り込んだ。 シーツ越しに、彼女が満足気に微笑んでいる気配を感じた。 だが…。 それでも…。 昨日、心に決めた『秘密のリハビリ』は続けよう…そう思っている自分がいることに、戸惑う。 やめるつもりになれない。 これっぽっちも……全く……。 自分が一体なにをしたのかを思い出そうとすると、胸の奥から罪悪感が込上げるのに、それでも……。 ― 早く…早く…! ― 意味の分からない焦燥感は消えない。 むしろ、強くなるようだ。 時間が経てば経つほど…。 自己嫌悪に陥ろうが、その事によって苦しもうが、それでも『早く思い出さないと!』という気持ちは止められない。 何とも矛盾した感情に、頭の中はグルグルと渦巻いて、思い切り叫びだしたいほどの苛立ちを感じる。 それらをグッと飲み込んで、ひたすら目を閉じ、身体を丸くして消灯時間を待った。 それは本当に…。 長い……長い時間に感じられた。 だが…。 消灯時間までの間に、自分を取り巻く環境が激変した。 それは、空が暮色に染まる時刻。 何となく空を眺めていた青年は、遠くから何かが近付いてくるのを見た。 茜色に染まる空を、黒い点が一つ、ポツンと浮いている。 それが段々と大きくなってきたので、近付いてきたのだと分かったが……それにしても…。 「なぁ…」 「なに?お水?」 「あれ…何だと思う?」 「え?」 声をかけられて吸い飲みを取りに腰を上げた彼女は、窓の外へ視線をやった。 そして、ベッドをギャッジアップして横になっている青年に寄り添うようにして窓に近付くと…。 「!?」 大きく目を見開き、パッと両手で口を覆う。 「ナルシュス?」 彼女の驚愕振りに青年は驚いた。 青年が何か声をかけようと手を伸ばす。 しかし、指先が触れる寸前、彼女は身を翻してあっという間に部屋から出て行ってしまった。 「………なんだ…?」 呆気にとられ、開けっ放しのドアを見つめる。 彼女の慌てた足音が遠ざかり、完全に聞えなくなってからもう一度視線を空に戻した。 「!?」 黒い点は先程よりもうんと大きくなっており、もはやそれは『点』ではなく『形ある物』としてはっきりと確認出来た。 「飛空挺…!?」 ぐんぐんと高度を下げ、村から程近いところに着地する様子を見せるその巨大な飛空挺に唖然とする。 ふと視線を下にずらすと、村人達が家々から飛び出してきて何やら騒いでいる。 どうやら飛空挺がこの村の近くに着陸するのは珍しいようだ。 その人々の隙間を縫うようにして駆けていく人がいる。 「ナルシュス…」 病室を飛び出した彼女が、巻き髪を揺らしながら猛スピードで駆けていくのが見えた。 向かう先は……飛空挺。 「………」 青年は暫く考え込んでいたが、やがてそろそろと身体を動かした。 ゆっくりとベッドから足を下ろす。 多少痛んだが、ここ数日続けていた『自己流のリハビリ』のお蔭で、転倒しないで済みそうだった。 胸が騒ぐ。 あの飛空挺は…もしかしたら……。 「クロード君!?」 病室を一歩出た途端、主治医に見つかった。 どうやら自分の様子を見に来たらしい。 回診の時間ではないのに……。 青年はピンと来た。 「ナルシュスに言われたんですか?」 険しい顔をして自分を見てくる医師に先手を打つ。 医師はピクリ…と頬を引き攣らせると、わざとらしく「なんのことだか…」と早口で言いながら視線を逸らした。 「それよりも、まだ一人でウロウロしてはいけない。早く戻りなさい」 脇に手をいれ、身体を支える彼の手を青年は軽く払いのけた。 「先生、俺に何を隠してる?」 「え……」 突然の彼の行動。 そして、質問に医師はいつもの演技をする間が無かった。 取り繕う事に失敗し、硬直する医師に青年は言葉を続ける。 「俺は…一体誰なんだ?」 「………」 「俺は…犯罪者なのか?」 「な、それは違う!」 「じゃあ、どうしてナルシュスも先生も俺について何も教えてくれない?」 「……そ、れは…」 「俺が一体何なのか、先生もナルシュスも知ってるんだろ?そんなことくらい、もうとっくに気付いてた」 「………」 「俺は……『帰りたい』んだ」 「…!?」 青年のその言葉に、医師は目を見開いた。 青年自身、自分の言葉に驚いている。 そう…。 帰りたい。 どこかは分からない。 誰のところに…かも分からない。 もしかしたら、その『帰りたい場所』から『逃げ出した』のかもしれない。 それでも…記憶のない今の状態で、尚且つ『帰りたい』と思うということは、これこそが自分の『本心』じゃないだろうか? 余分なごちゃごちゃしたことが分からないぶんだけ……純粋な気持ち……なのではないだろうか…? 「俺は……帰りたいんだ…。何も思い出してないけど……それだけは分かる…」 帰りたい…。 ポツリと最後にこぼしたその言葉と共に、青年の頬を銀の雫が一筋流れた…。 「なぁ…ここにいると思うか…?」 「……分からないが、しかし…」 「ま、可能性がゼロってわけじゃないんだし〜!」 「そうそう。簡単に諦めるわけにはいかないもんね」 「………」 巨漢、赤マント、忍者、赤い獣、そして……黒髪を風になぶらせて俯き加減の…女性。 前者の四人は、気遣わしげに視線を交わすと、空元気と取れる明るい声をその女性に掛けた。 「大丈夫だって!あいつがそんな簡単に死ぬわけないじゃん?」 「そうだよ。子供達とティファをおいて、星に還ったりしないよ!」 「ま、気長に探そうぜ?案外、ここにいて、のほほんとしてるかもしれねぇしな」 「…いや、それはないだろう……」 「「「ヴィンセントー!!」」」 仲間達がヒステリックな叫びを上げる。 その声を聞いても、ティファは俯いたまま瞳はどんよりと曇っていた。 ヴィンセントは肩をすくめると、自分を恨みがましく睨みつけている仲間達に、 「もう…これ以上のそんな気遣いは無駄だ。クラウドからの連絡が途絶えて今日で一体何日だと思ってる?口先だけの慰めはもう負担にしかならない…」 冷たいとも取れるその台詞を口にし、押し黙った仲間達を一瞥した。 いつも元気印のユフィですら、その言葉には…反論の余地が無かった。 ユフィも…バレットもナナキも…本当は分かっていた。 ティファにとって、空騒ぎをしても意味がないと。 しかし、自分達も辛いのだ。 仮にもクラウドは大切な仲間なのだから。 普段、どれほど小バカにしていても、からかっても、『世話が焼けるなぁ』と愚痴をこぼしても。 それでも、やはりかけがえのない…大切な……。 「ティファ、行こう?」 「そうだよ。もしかしたらクラウド、ここにいるかもしれないよ?」 いつの間にかシエラ号から下りてきていた子供達が、力なく故郷を前に佇んでいるティファの両脇にやって来ていた。 そっと手を取り、軽く引っ張る。 ティファはノロノロと顔を子供達のほうへ向けると、力なく頷いた。 心配する子供達に、微笑みかける力も残っていない。 それほどまでに、ティファは疲れていた。 元々華奢な体つきをしていたティファは、今回のクラウド失踪事件によって、さらに細く、小さくなった。 頬がこけ、風が吹いたらそのまま飛ばされて消えてしまいそうだ。 仲間達は子供達に手を引かれてゆっくりとニブルヘイムに……クラウドとティファの故郷に向かう後姿に胸が締め付けられた。 事の発端は、何の変哲もない日常の生活で起きた。 クラウドがニブルヘイムの近くに出来たという小さな町に配達の仕事で赴いた。 無事に配達を終え、これから帰宅するという連絡を受けたのが十二日前。 翌日の深夜には帰宅する予定となっていたにも関わらず、クラウドは帰って来なかった。 それどころか、電話も無かった。 これまでは、帰宅出来ない配達の場合は、必ず宿泊先から電話をかけてきていた。 それはいつの間にか決められたルールのようになっており、『お休みの電話』と『おはようの電話』、そして、『これから大陸を渡る報告の電話』か『また船に乗り遅れた報告の電話』の三本。 そのどれもが翌日にはかかってこなかった。 子供達とティファは勿論心配したが、それでも『おはようの電話』がなかったのは、寝坊でもして慌てて仕事に向かったからだ…と思うことで納得した。 しかし、その日の深夜になっても……翌日になっても……クラウドから電話はかかってこない。 流石におかしいと思い、仕事で忙しいリーブに頭を下げてクラウドの携帯の走査をしてもらった。 結果…。 「電波が……受信出来ないんです…」 若干青ざめてそう報告してきたリーブに、ティファと子供達は蒼白になった。 それから…。 大捜索が始まった。 クラウドが最後に配達を行った場所を中心として、近隣大陸と海域を探しまくった。 そして、その途中で…。 クラウドの携帯を見つけた。 発見場所はニブルエリアとコスモエリアの中間地点にある海域。 丁度、中途半端に浅瀬になっており、時折船が座礁してしまう海域があるのだが、そこで発見された。 それは、まさに奇跡が導いてくれた発見。 塩水に晒されていた為、錆付いたその携帯は、まぎれもなくクラウドが愛用している物だった。 偶然…。 本当に偶然、その近隣海域に出ている漁船に無線で何か変わったものを引き上げていないか情報を求めたその直後、網に引っかかったのだ。 ティファは錆付いたその携帯を胸に掻き抱いて号泣した。 それは、たった二日前のこと…。 それから、ティファは何も食べていない。 皆が勧めるからあえて口に入れてはいるが、身体が受け付けないようで、隠れて全て吐いている。 そして、それがバレないように必死に隠しているのだ。 皆をこれ以上心配させまいとして…。 しかし、全員もう知っていた。 知っていて、あえて気が付かない振りをして、ティファがこれ以上精神的に負担を負わないで済むよう、見守る事に徹している。 ティファが食べ物を受け付けられない状態にあると、一番最初に気付いたのはマリンだった。 ほんの少し箸をつけ、何食わぬ風を装って席を立ったティファをコッソリとつけた。 迷わずトイレに駆け込んだ母親代わりに、泣きそうになりながらそっと皆の所に戻り、報告をした。 バレットは可愛い娘を抱きしめながら男泣きをし、ユフィもデンゼルの頭をグシャグシャと撫でまくりながら歯を食いしばって泣いた。 シドとヴィンセントは眉根を寄せて俯き、いざと言う時の為にリーブへ報告し、必要な医療設備のある場所を確保してもらった。 いつ、ティファが倒れてもすぐに処置が出来るように…。 それほど、ティファの状態は悪かった。 だが、決して彼女は休もうとしなかった。 クラウドを見つけるまで……彼女は休まないだろうし、休めないだろう。 皆、ティファの想いの深さを知っているが故に、何も言えなかった。 そして、心のどこかで諦めていた。 クラウドがこんなに長い間、大切な家族になんの連絡もしないでのうのうと過ごしているはずがない。 何かの事件に巻き込まれたのか……それとも、大怪我をして動けない状態なのか。 あるいは……最悪の場合……。 考えたくない想像が、どうしても時を追うごとに膨らんでいく。 「クラウドの…バカ野郎…」 ユフィの口から零れた小さな小さなその言葉が、コロリ……と、地面に落ちる。 ナナキが悲しそうに鼻先を地面に向け、トボトボとニブルヘイムへ向かって歩き出す。 シドとヴィンセントも…。 バレットも緩慢な動きで先を歩くティファと子供達の後を追った。 と…。 「ティファさん!」 突然、若い女性の声がしたかと思うと、茶色い巻き毛を一本に括った綺麗な女性が、明るい笑顔を浮かべてすっかり細くなったティファに抱きついた。 子供達が驚いて見上げている。 ティファもビックリしながら、女性を抱きとめていた。 ティファと子供達の知人らしき人物の登場に、仲間達は顔を見合わせた…。 もうすぐ…日が暮れる。 |