「どうしてここに来たんですか?」
 無邪気に笑う『元』常連客に、子供達は困ったように母親代わりを見上げた。



欠けたピース 4




 どうやらセブンスヘブンの『元』常連客らしい…と、その場の雰囲気で察した英雄達は、ティファと子供達を残して先にニブルヘイムに入ろうとした。
 しかし…。

「ちょっと…ね…」
「本当にお久しぶりです〜!どうしたんですか!?」
「え…と……」
「あ!そうだ、クラウドさんはお元気ですか?」
「!」

 何も知らないからこそ出来る無邪気なその問いかけに、思わず足を止めた。
 振り返ると、無邪気な笑顔の前でティファが顔を強張らせ、硬直している。
 いつも、大人顔負けであらゆる艱難を乗り越えている子供達も同じ様に固まっていた。
 慌てて三人の下に戻る英雄達だったが、次の台詞に固まった。

「あぁ、クラウドさん…久しぶりにお会いしたいなぁ〜!!」

 ティファの暗い瞳が大きく見開かれる。
 子供達がビクッと身を竦ませ、女性を見た。
 彼女は、そんな三人にきょとんとしたが、次第にオロオロし始めた。

「あの……すいません。なにかマズイことでも…あの……?」
「いいえ、なんでもないんです」

 困惑する女性にティファはにっこりと微笑みかけると、子供達それぞれの肩に手を置いた。

「ごめんなさい。本当は他の所に行かないといけないんです。久しぶりだからちょっと故郷に……ニブルヘイムに立ち寄ろうかと思ったんですけど…やっぱり急ぐから…」
 本当にごめんなさい。

 戸惑う女性に『営業用』の笑みを残し、足早にシエラ号へと足を向けた。
 子供達は何度も何度も女性を振り返って、申し訳なさそうに頭を下げたり「また来るから!」と声を投げる。
 その場から逃げるように小走りに駆けるティファに、仲間達は唇をかみ締めた。
 小さな背中が益々小さく見える。
 微かに肩が震えている…。

 英雄達はそれぞれグッと込上げるものを押し込め、女性に軽く会釈をしながら脇を通り過ぎ、ティファを追った。



 ニブルヘイムにクラウドはいない。



 探す前からその事実を女性の口から聞かされた。
 ティファにとって、それがどれほどのダメージになるか…。
 大きな不安と諦めの中にほんの僅かに残っていた淡い期待。
 それが、探す前から打ち砕かれてしまった。
 想像すら出来ないほどの傷を心に負ったであろうティファを誰も慰める術を持っていない。
 並んで彼女の背に……頭に……肩に手を添える。

 最後に女性の傍を通り抜けたナナキが……ピクリ……と鼻をひくつかせた。
 ギョッとして女性を見上げる。
 しかし、それはほんの一瞬。
 彼女が「え?」と呟いたその時には、何食わぬ顔をして仲間のところへ駆けて行っていた。

 慌ただしく去る『ジェノバ戦役の英雄達』を、女性は小首を傾げながらも微笑を浮かべて手を振り、見送った。

 シエラ号が…どんどん小さくなっていく。
 微塵も名残惜しそうにせず、ニブルエリア上空を駆け始めた飛空挺に、彼女は目を細めた。
 そして、完全に空の彼方に飛んでいく前に、ナルシュスはクルリと背を向けて村に戻って行った。
 駆ける足取りは軽やかで、その顔に浮かぶは満面の笑み。
 鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。

 村では、まだ何人かが興味深そうに空を見上げていたが、ナルシュスが戻って来たことで意識が彼女のほうへ向けられた。
 なにしろ、ティファに抱きついて笑顔で話をしていたのだから。

 だから。

 その小さくなるシエラ号から豆粒よりも小さな影が三つ、落下したのを誰一人気が付かなかった。



 ナルシュスがニブルヘイムの村人達に囲まれるその少し前。

 シエラ号の中は、右へ左へ…上へ下への大騒ぎになっていた。

 飛空挺に戻った途端、とうとうティファが倒れてしまったのだ。
 青白い顔をしてベッドに横たわるティファを、子供達が半泣きになりながら見守っている。
 その後ろで、バレットとシドも顔をくしゃくしゃにし、眉間に深いしわを寄せている。

 だが…。

 ティファの休んでいるドアの外では…。


「ヴィンセント…ユフィ…」


 ナナキが真剣な顔で先ほど気づいた事を報告していた。
 そして、三人はその話のすぐあと、書き置きとナナキの携帯を残してスカイボード(空を駆ける板みたいな機械)に乗ってシエラ号からダイブしたのだった。





「先生」
「……ナルシュス…」

 明るい表情で戻った彼女を、真逆の暗い表情で医師が出迎えた。
 ベッドには……金糸の髪を持つ美青年。
 規則正しく上下する胸に、茶色の髪を持つ美女は心から嬉しそうに微笑んだ。
 そっと青年のベッド脇にある椅子に腰をかけ、枕元に顔を寄せて青年の髪を梳く。
 それはそれは……愛しくてたまらないかのように…。
 しかし、その女性を見る医師の目は……。


「もう…やめないか…?」


 ポツリと零れたその言葉。
 ナルシュスは青年の髪を梳いていた手を止め、ゆっくりと立ち上がった。


「なに言ってるの…今更…」


 低い…ゾッとする声音。
 医師は後ずさりそうになったがかろうじて踏み止まり、
「もう…これ以上は…無理だ」
 自分の気持ちを言い切った。

 途端。


 パァンッ!!!


 乾いた派手な音が病室に響く。
 思い切り平手打ちを喰らい、医師の身体がグラッと傾く。
 その傾いた医師の胸倉をナルシュスは乱暴に掴み挙げた。

「今更元に戻れると思うわけ!?」

 ギラギラと光っている双眸は、狂気を放っている。

「私もあなたも、もう後には戻れないのよ!絶対に…!!」
「しかし……」
「『ティファ・ロックハート』と『仲間達』のことが心配なんでしょうけど、ニブルヘイムにはいない…ってそれとなく言ったから大丈夫よ。なにしろ、『ニブルヘイムに住んでる私が言った』んですもの。もう来ないわ」
 ニィッと笑ったナルシュスは、顔の造りが美しいだけにその凶悪な表情は医師の全身を総毛立たせた。

 手を離し、医師に興味を失ったように背を向けてまたベッド脇の椅子に腰をかける。
 狂気に彩られていた茶色の瞳は、青年を心から愛しんでいる……ように見える。
 しかし、ここ数日間、この女性の『姿』を目の当たりにしてきた医師には、

『狂ってる…』

 そうとしか思えなかった。
 しかし、もう自分も彼女が言うように後戻りは出来ない。
 医師は苦悩の表情を浮かべたまま、そっと病室を後にした。



『先生、俺は帰りたい』
『……あぁ…そうだろう…』
『……外に…出して欲しい』
『気持ちは分かる』
『……俺は…出て行く』
『…どうやって?』
『…あの飛空挺……。ナルシュスが血相変えて走って行った。もしかして…』
『……そうだな』
『なら!』
『だが、気付いてるか?クロード、酷い顔をしているぞ?もっと落ち着いた顔にならないと、もしもあの飛空挺にキミの知人が乗っていたら驚くよ』
『……じゃあ…』
『あぁ。キミの考えているように、もしかしたら…キミを探している人たちがやって来た可能性が高い。歩いて行くのはまだ無理だろうから、車椅子を取ってこよう。ちょっと待っててくれ』
『先生!……ありがとう…』
『……いや…。…そうだ、その前にこれ』
『…?』
『かなり息が上がってる。それに今も言ったけど、酷い顔だ。これで少しは落ち着くだろう。ああ、大丈夫、水なしでも飲めるから』
『……ありがとう…』
『………』
『……せん…せい…?……これ……なん…の……くす…り…』
『……すまない』




 医師は重い足を引きずるようにして広い廊下を歩いていった。

 その足音が病室から遠ざかるのを、ナルシュスは薄ら笑いを浮かべながら聞いていた。


「絶対に……これが『この人と私の運命』なんだから」





 青年が目を覚ましたのは、とっくに深夜になっていた。
 目が覚めたは良いが、身体が鉛のように重い。
 ふと腕を見ると、点滴がされている。
 反対側の腕は……。
「…冗談だろ…?」
 ベッドの柵に紐で括りつけられていた。
 ある程度ゆとりを持って括られているが、これでは点滴を抜くことは出来ない。

 自分が夜中に隠れて身体を鍛えているのがバレたんだろう。
 そして、今、身体に入れられている薬は……。

「…毒……じゃないよな……でも…」

 身体が思うように動かないのは……この薬のせいだとおぼろげに分かる。
 分かったところで…どうしようもないのだが…。

 上半身を起こそうとして、青年は諦めた。
 本当に…身体が重くて重くて仕方ない。
 それに、意識がボーっとしていて何をしたら良いのか…どうするべきなのか全く考えられない。
 分かる事は、この病院……というよりもナルシュスが異様に自分に執着しているということ。
 退院させまいと…躍起になっていること。

『なんで…?』

 ボーっとする頭で考える。


 ― アナタが好きだから ―


 彼女の太陽のような笑顔と明るい声が蘇えった。

 恐らく、自分が記憶を取り戻そうが、取り戻すまいが、身体が動くようになったら自分が彼女の元からいなくなる。
 それを察知しての行動だろう。
 医師まで巻き込んで。
 だが…それだけの為に普通、ここまでするだろうか…?
 いや、今は記憶が無い状態なので、自分が考えている常識と、世間一般の常識は違うのかもしれない。
 だが…。


 その時。

 キーー……。

 病室のドアがそーっと開けられた。
 青年は眼を瞑り、眠っている振りをする。
 病院関係者が見回りに来たのだと思ったのだ。
 だが…。


 ソロソロと近付いてきたその『誰か』が息を飲んだ気配を感じた。

「うそ…!」「やっぱり…!」「……生きてたか…」

 小さな小さな…囁き声。
 どれも聞き覚えが無いのに……それでも心が震える……声が三つ。

 そっと目を開けると、そこには口元を両手で押さえた若い女性と赤いマントをはおった漆黒の髪の男性、そして、赤い獣…。
 青年が目を開けたのを見て、三人(?)は益々目を見開いた。
 そして、

「クラウド!あんた、一体今まで何してたのさ!」「クラウド〜!!本当に…本当に良かったよぉ〜!!」「はぁ……全く…お前は心臓に悪い……」

 ベッドに駆け寄り、捲くしたてる。
 どの顔にも安堵と歓喜が入り乱れていて…。

 ボーっとして頭は上手く動かないが、それでも心が期待と不安ではち切れそうになる。
 なにか言いたいのに……言葉にならない。

「クラウド…?」「どうしたんだい?」「………おい…」

 歓喜に彩られていた三人の表情が段々困惑に…そして不安に変わっていく。
 青年はボーっとした表情の下で……。
 ノロノロとしか動かない頭の中で……。
 三人にかけるべき言葉を……最も相応しい言葉を探した。



「なぁ……俺のこと……知ってる……?」



 三人は息を飲んだ。





『本当に…クラウドの匂いがしたの!?』
『うん、間違いないよ。あの女の人からしたんだ』
『……探ってみるか…』
『『うん!』』
『ティファ…にはまだ言わない方が良いだろう…それに、子供達にも…』
『『なんで!?』』
『クラウドが一体どういう状態か分からない。もしかしたら…死んでいるよりも辛い目に合っているのかもしれないだろう…』
『『!!』』
『これ以上の心労は、ティファにも子供達にも…毒でしかない。甘い期待は持たせないほうが良い。真相を探ってから知らせても…遅くはないだろう』
『…うん』『そうだね』
『…じゃ、行くか』
『『うん!!』』



『ここ…?』
『うん、間違いないよ。あの女の人からした『薬』の匂いと…クラウドの匂いがする』
『そうか…。なら、夜になるまで待とう。恐らく、我々が正面から乗り込んでも入れてくれないだろうし、悪い方向へ事態が転がるかもしれない』
『悪い方向…?』『なにさ、それ?』
『仮に、クラウドがまだ無事だとして、我々が来た事がクラウドを窮地に追いやる…と言う意味だ。リスクは低い方が良い』
『あ…』『そっか…』

『『『………』』』

『…大丈夫…』
『ユフィ?』『?』
『これくらいでクラウドがへばるわけないじゃん!神羅に三年も人体実験されてて生き残ったんだから!』
『……うん』
『ああ…そうだな』
『絶対に無事に助け出すんだ!』
『うん!』
『…おい……いつの間にクラウドは拉致されているという設定になっているんだ?』
『『あ……』』
『ふ…。まぁいい。それよりも、絶対、誰にも見つかるなよ?』
『あったり前じゃん!アタシを誰だと思ってるわけ!?』
『…ユフィ、言ってるそばから声が大きい……』
『あ……』
『………はぁ…』
『うぅ…面目ない…』
『…おいら、不安だなぁ…』
『なにを、ナナキ〜!』
『『ユフィ…』』
『あ……重ね重ね申し訳ない…』
『まったく。…!?』
『『あ!あの女の人…』』
『……ご機嫌だな…』
『…何考えてるんだろう…』
『それよりも、いつ侵入する?』
『……あと三時間は様子を見る。夜勤者のみになった時が…チャンスだな』
『『オッケー』』



 やっと……。
 やっと見つけた!
 それなのに…。



「クラウド…アタシ達のこと……分からないの?」

 頭に包帯を巻かれ、紺碧の瞳を虚ろに向けてくる仲間に、ユフィ達は絶句した。