クラウドという人間がバカが付くほど真面目で、こんな状況に身を置いていて尚、冗談が言えるほどユーモアに富んでるはずないと知っている仲間達は、
『冗談でしょ!?』
『おいら達をからかってるんだろ!?』
『…笑えない冗談だ』
 などという無駄な台詞は一切口にしなかった…。



欠けたピース 5




 ぼんやりと自分達を見つめる仲間は、頭に巻かれた包帯のせいか…それとも暗い病室のせいなのか…。
 まったく覇気を感じなかった…。

 よくもまぁ、叫んだり取り乱したりしなかったもんだ……と、後日胸を張って語ったのはウータイ産の忍と、コスモキャニオン産の赤い獣…。
 傍で見ていた赤マントの寡黙な青年は、一つ溜め息をこぼしただけで詳しいコメントは避けた。



「クラウド…」

 フラフラとベッドに歩み寄るユフィを、青年は虚ろな目をジッと向けてボーっとした表情のまま口を開いた。

「『クラウド』って……俺のことか…?」

 緩慢な口調で語られるその言葉がどれほどのダメージをその場の三人に与えたか。

 疑う余地もなく、クラウドは記憶を失っていた。
 同時に妙に納得する。

 あぁ…だから…。
 だから彼は『家族』に連絡をしなかったのだ………と。
 どれ程、クラウドが『家族』を愛していたかを知る三人にとって、目の前に突きつけられた事実は、衝撃と悲哀を伴いつつも、これ以上ない程の説得力を持っていた。


「あ、あは……」
「ほんとうに…まったく…」
「………お前は心臓に悪い……」


 泣き笑いをする二人と、呆れたように……それでいて心から安堵した表情を浮かべる赤いマントの男に…。
『クロード』と呼ばれていた青年は激しく心を揺さぶられた。


「悪い…俺、なにも…」
 視線を逸らす青年に、
「バーカ!」
「気にしないで良いよ!」
「…とにかく、この状況をどうにかする方が先だな」
 明るく…ちょっぴりふざけた口調で返す。

 まるで、全部分かっている…と言ってくれているような…、自分を良く知ってくれていると思わせる三人に、胸が熱くなる。
 ボーっとした頭のせいで三人をしっかりと見つめる事が出来ないのが…なんとも歯痒い。

 と、ここでこの数日入院していて培われた『モノ』が反応した。

「今……何時……?」
「え?」「え〜っと…?」
「夜中の一時半頃だ」

 突然の質問にオタオタする二人を差し置いて、ヴィンセントが冷静に答える。

「もうすぐ看護師が巡回に来るから……どっか……」
 青年が最後まで言い終わらないうちに、三人は身を翻した。
 あまりの速さに、一瞬、三人がこの部屋にいたのは幻だったのではないか…!?と己の目を疑うほどだ。
 だが…。
 ものの五分もしないうちに、コツコツ……という足音がしてドアがそっと開かれた。
 眼を瞑っていつものように看護師をやり過ごす…。
 いつもなら、寝ているのを確認してそっと部屋を後にするのだが…。

 ゴソゴソ…。
 カチャ…。
 ペリ……カタン…。

 何やら点滴をされている方の腕に振動が伝わる。
 点滴を確認し、薬液を追加されているようだ。
 抵抗したい気持ちをグッと堪え、ひたすら『狸寝入り』を続けた。
 やがて…。
 作業を終えた看護師が病室を出て行き、部屋は再び静寂に包まれた。


「………なぁ…」
「ん?」「なんだい?」「…大丈夫だ、ここにいる」


 暗闇の中、心細くなって声をかけると、すぐに答えてくれる三人の温かい声。
 心の底から安堵する。



「これ……中身、捨ててくれないか……」
「え?でも、これって化膿止めとかじゃない?」
 クラウドが点滴の腕を持ち上げる。
 ユフィとナナキは顔を見合わせ、戸惑ったがクラウドの要望にヴィンセントは何も言わずに応えた。
 手際良く点滴の針が抜けないよう気をつけながら、点滴本体から針を抜く。
 そして、中味の薬は洗面所に全て流し、元通り点滴を刺して、さも『薬は全部身体の中に入りました〜』と言わんばかりにカモフラージュした。
 一連の作業をヴィンセントがしている間、ユフィとナナキはクラウドに近付き、ぼんやりと自分達を見つめている仲間を覗き込んだ。


 本当に……本当にいる。
 まだ…星に還っていない。
 まだ……生きてた!!


 その喜びに涙が滲む。
 しかし、そこで初めて気が付いた。
 点滴がされていない方の腕が、緩く…だが拘束されてる事に。

「なにさ……これ……」

 怒りで震える声。
 ナナキが低く唸り、ヴィンセントが眉間に深いしわを刻む。

「多分……点滴を……抜かないように…だと…思う……」
「「クラウド…!?」」

 口調が緩慢になってきたクラウドに、ユフィとナナキが心配そうに顔を寄せる。
 ヴィンセントが拘束されていた紐を外そうと手を伸ばした。
 だが、ゆっくりと首を横に振ってそれを拒否する。
 訝しげに目を細めるヴィンセントに、クラウドはボーっとした目を向けた。

「なぁ……」
「なんだ?」
「……これまでの『俺の人生』にさ……」
「ん?」
「ナルシュスは……『いた』?」

 紅玉の瞳が軽く見開かれる。
 隣では、ユフィとナナキが同じ様に驚いて軽く固まっていた。
 三人のその様子に、クラウドは視線を天井へ移した。

「『いない』んだな…」

 ポツリ…。
 零れたその一言が…とても重い。
 ユフィは言いようの無い苛立ちを感じ、ナナキは純粋に戸惑った。
 そして、ヴィンセントはむっつりとした表情の下に、動揺を押し殺してクラウドを見る。
 クラウドは今にも眠りに引きずり込まれそうだったが、懸命にその眠気と戦っていた。

「なんだよ…それ…」
「ユフィ…」「よせ…」

 わなわなと震えながら、漏れた声音はやり場のない怒りが滲んでいて…。
 傍にいた二人はそれを制する。
 ボーっとしたまま、クラウドはユフィを見た。
 その表情が本当に不思議そうに見えて、ユフィの苛立ちに拍車をかける。

「あんた……ティファやデンゼルやマリンがどんだけ心配したと思ってんのさ!」
「「ユフィ!」」

 思わず大声を出したユフィの口を、ヴィンセントが慌てて塞ぎ、ナナキがドアの外に耳をそばだてる。
 幸い、詰め所にいる看護師には気付かれなかったようで、誰かが来る気配は無い。
 ホッとしながら視線を戻したナナキは、新たな不安要素を前に口元を引き攣らせた。
 ヴィンセントに口を塞がれても尚、モガモガと抗議らしきものをしているユフィに、ヴィンセントが引き攣っている。
 そして、そんな二人を相変わらず定まらない焦点でクラウドがぼんやりと『眺めて』いる。
 もう…。
 あとほんの少しで意識が飛びそうだ。
 そんな表情の仲間に、ユフィが顔を真っ赤にして怒っていた。

「イタッ!」

 ヴィンセントが顔を顰めて手を離す。
 口を塞いでいたヴィンセントの手を噛み、ユフィが大きく息を吸った。


 ゲッ!!
 ヤバイ!!


 ユフィの怒鳴り声が病院中に響き渡る事を予想し、ナナキは思わず前足で両耳を塞いだ。
 が…。


「……誰も……俺を……探しに……来なかったから……」
「「「!!」」」
「俺は……『居場所』がないのかと……思って……」

 暗闇でも真っ赤な顔だと分かるほど怒っていたユフィの激情がスーッと冷める。
 ヴィンセントとナナキも息を飲んだ。
 クラウドのこんな弱気な告白は、ミディールでライフストリームに落ち、生還した後での告白以来だ。


 不安に思わないはずがないじゃないか。
 記憶が無くて……気が付いたら重症で……。
 自分の置かれている状況に混乱して、身近にいてくれた『人』が『記憶をなくす前に関わりがない人だった』と知ったら、一体どんな気分がするだろう…?

『本来の自分』を知る人が誰も探してくれない…。

 それはどれだけ辛い事だろうか…。
 ティファと子供達の辛い姿を知っているだけに、そちらばかりに気持ちが走ってしまったが、冷静に考えたらクラウドだって辛くて…不安で……。
 そして…。

 悲しかったに違いない。
 悲しくて…悲しくて……。
 きっと、『星に還ってしまったかもしれない』と嘆き、悲しんで倒れてしまったティファと同じくらい…。
 自分が誰だか分からない。
 どこから来たのかも分からない。
 今まで何をしていたのか…どうして『ここ』にいるのか…。
 それら全部が分からなくて、回りを見渡しても真っ暗で。

 そんな中、唯一光を与えてくれた存在が『ナルシュス』。

 その彼女が『自分のこれまでの人生』に関わっていなかった…という事実は、クラウドにとって決して小さな『事実』ではないだろう。

 少し冷静になったら分かるはずのその心理。
 ユフィはグッと唇をかみ締めて項垂れた。
 ナナキがそっと身を摺り寄せ、ヴィンセントがポン…と頭に手を置いた。
 その軽い衝撃で、ポロッ…と一滴(ひとしずく)の涙が床に落ちる。
 それをクラウドは霞がかった魔晄の瞳で見ていた。

 そして一言。

「…はぁ…。でも…良かった…」

 安堵の溜め息。
 顔を上げたユフィが見たのは、穏やかな顔をして目を閉じている青年。

「俺は……一人じゃ……なかったんだな……」
「!!」「…グスッ…」「クラウド…」

「良かった…」

 そう言い残し、とうとうクラウドは薬による睡魔に負け、眠りの世界に引き込まれた…。



「寝ちゃった…ね…」
「寝ちゃった……な…」
「ああ…多分、点滴に薬が入ってたんだろう…」
「「なんで!?」」
「はぁ………お前達………声がデカイ…」
「「!!……
ゴメンナサイ…」」

 規則正しい寝息を立て始めたクラウドを覗き込み、心配そうに顔を寄せていたユフィとナナキは、ヴィンセントの言葉につい大声を上げた。
 しかし、幸運にもまたもやバレなかったらしい…。
 暫くドアの向こうへ神経を尖らせ、誰か来ないかを伺っていた三人は、たっぷり三分はそのままの姿勢で固まり、ホ〜ッと安堵の溜め息を吐いた。

「んで?…なんでそう思ったわけ…?」
 改まって質問するユフィの隣では、ナナキも興味津々に目を輝かせている。

「腕を拘束されてるだろう?さっきもクラウド自身が言っていたが、点滴を抜かないようにする為だろうな」

 グルリと暗い室内を見渡す。
 カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが室内をぼんやりと照らしていた。
「見たところ、特別待遇されているようだな。特に何らかの人体実験をされている…、ということでも、拉致をされている…、ということでもないようだ…。だが…」
 ベッドの脇まで歩き、眠るクラウドの額に手を伸ばす。
 包帯が何重にも巻かれており、傷の深さを物語っていた。
「クラウドのこの身体状況を考えて、ただ純粋に病院から抜け出して傷が悪化しないように…という配慮からではないだろうな」
「「………」」

 三人は黙り込んだ。
 本当なら今すぐにでもこの病院から連れ出し、ティファと子供達に再会させてやりたい。
 しかし、まだシエラ号はニブルヘイムに戻って来てはいない。
 まだクラウドがニブルヘイムにいる…と、連絡していないのだから…。



 ― 気になることがあるので、ニブルヘイムに潜行する。ティファと子供達には適当にごまかしておいてくれ。これ以上、淡い期待を持たせるのは酷と言うものだ。何か分かったら、ナナキの携帯にメールを送る ―



 シエラ号に残したシド宛ての書き置き。
 本当に…淡い期待を抱かせるような事を書かなくて良かった…。

 ジッ…と、眠るクラウドを見つめる。
 月光のせいだろうか……。
 青白い顔をしたクラウドは、どこか儚くて…。
 ほんの少しの負担が、とんでもない結果を招きそうな…そんな気がしてしまう。

 こんな状態のクラウドを何時間も外で待たせるのは……やはり無理だろう。
 それになにより、クラウドに記憶がないということはティファ達にとって大きなショックを与えるはずだ…。

 痩せ細ったティファ。
 笑わなくなった子供達。

 これ以上、あの三人に辛い思いを味わわせたくはない。
 だが、『生きている』という事実が分かっただけでも三人にとっては『救い』となるだろう。

「どうしたものか…」

 顎に指を添え、ヴィンセントは一人ごちた。
 その隣で、ユフィがそっとクラウドの頬に手を伸ばす。

「あったかい……」

 そーっと整った頬を撫で、ユフィは泣き笑いを浮かべた。
 ナナキが嬉しそうに尾を振る。


 生きていた!
 それだけでもう十分だ!!


 そう三人に思わせる…そんな温もりだった…。





「…………………………………………………………………」
「…い……おい!」
「…………………………………………………………………」
「おいってばよ、この野郎!」
「…………………………………………………………………」
「シドー!!シド・ハイウィンド!!!」
「…………………………………………………………………」
「……おい、こいつ大丈夫か…?」
「「「さぁ……」」」

 シエラ号の艦長室で、浅黒い肌をした英雄が気味悪そうにクルーに声をかけた。
 クルー達も引き攣った顔をしている。
 ニブルヘイムを出立し、ティファが倒れてから数時間…、いや、もう既に半日以上が経過している。
 明け白む澄み渡った空は、シエラ号に乗り合わせている者達の心とは真逆で、実に爽やかな一日になると予想させるには十分だった…。

 そんな陰気な気持ちを抱えた巨漢が向かったのはシエラ号の艦長室。
 唯一、愚痴を身近にこぼせる仲間。
 その仲間が…。
 なにやら携帯を握り締め、タバコの灰が床に落ちるのにも全く気付かず石化しているではないか。
 バレットはげっそりと疲れ果てた様子でドサッとソファーに座り込んだ。
 決して安物ではないソファーがギシギシギシッ…!!と、悲鳴を上げる。

「おい…頼むぜ…。もうお前しかいねぇんだからよぉ……。気が付いたら、ヴィンセントもナナキもユフィもいねぇしよぉ…。ティファも昨日、倒れたまんま、全然目を覚まさねぇし…。マリンもデンゼルもティファの部屋から一歩も出ないでさぁ……ティファのベッドに小っこくなって寝てるんだぜ……?」
 あぁ……たまんねぇ……。


 バレットの嘆きにもシドは反応しない。
 クルー達は、巨漢がいつ噴火するかビクビクしていたが、幸か不幸か、バレットの精神状態は噴火ではなく下降の一途を辿っているらしく、喚いたり暴れる気力が湧いてこないようだった。


「ったくよぉ……………クラウドの奴…………………」
 グシッ…。

 鼻を啜り上げる巨漢の一言。
 先ほどまで全く何の反応も見せなかった艦長がピクリと動いた。


「……………………………………………生きてる………………………」
「あん?」

 なに言ってんだコイツ……と、言わんばかりにバレットが片眉を上げる。
 シドはボーっとした顔をバレットに向けたが、次の瞬間グワッと目を見開いた。
 恐ろし過ぎるその表情の変化に、その場の全員がギョッとして仰け反る。

「クラウドの野郎、生きてやがったーー!!!!」
「「「「……はぁ!?!?!?」」」」

 ビクッと身を怯ませたバレットとクルー達だったが、シドが突き出した携帯に目をやり、驚愕のあまりあんぐりと口を開けた。
 最大限に目を見開く。



 ― クラウドを見つけた。意識はハッキリしているが大怪我を負っていてニブルヘイムの病院で治療を受けている。大丈夫だ、生きている。ただ… ―



「……記憶喪失……」

 バレットの茫然自失の声音が艦長室に重く転がった…。



 ― ただ…、クラウドは怪我のショックのせいか記憶が無い。自分が誰かすら全く覚えていない。ティファと子供達に…そのように伝えてもらいたい。『生きている』ことが分かっただけでも三人は安心するだろう…。【ヴィンセント】 ―



「……なにを、どうやって伝えろっつーんだよ……」

 困ったように呟くバレットだったが、それでもその目には嬉し涙が滲んでいた。