『ねぇ、もしも……』
『クラウドがさ……』
『生きてても片足とか…片腕とかなくなって見つかったら…どうしよう…』
『デンゼル、マリン…?』
『ねぇ…そんでもってさ、もしもクラウドが『生きてるだけ』だったら……どうする?』
『バカね。そんなのどうでも良いわ。クラウドが生きてさえいてくれたら…。二人はそうじゃないの?』
『俺達もそうだよ!』『でもティファは…やっぱり…複雑かな……って』
『バカね。そんなことあるわけないじゃない』
『『ティファ……』』
『ふふ…泣かないで?大丈夫、クラウドは生きてるわ。そりゃ、元気じゃないかもしれないし、二人が心配するような事になってるかもしれない。ううん、もしかしたら……私達の事をすっかり忘れてて、新しい人生を始めてるかもしれない…』
それでも……。
彼が幸せなら……。
彼が生きて、幸せなら……それだけで……。
欠けたピース 7
― 一体どこに『英雄、クラウド・ストライフ』がいるんです…? ―
― ここには『英雄』はいない……。『ただの男の人』がいるだけです! ―
― ここには…『英雄』という『枷』に縛られた『クラウド・ストライフ』はいません。年相応の男の人がいるだけだと言ってるんです! ―
― 折角…、折角『年相応の普通の生活』が出来るんです!やれ『ジェノバ戦役の英雄』だ。やれ『英雄なんだからこれくらい当たり前』だなんて、そんな偏見を持たれずに心穏やかに生活できるんです!やっと……やっと、彼は『自分の為の自分の人生』を歩めるんですよ!!! ―
― 記憶を取り戻したら、また『クロード』は『枷にはめられた人生』を歩まなくちゃいけないんですよ!?それなのに…こうしてわざわざやって来て……彼の平穏な生活をめちゃくちゃにしようとするだなんて……!!! ―
彼女は…『自分』を『受け入れて』くれているのか…?
それとも……『なにも自分を知らない俺』のみを必要としているのか?
― それでも、その人生を歩んでいく事を選んだのはクラウド自身だ ―
― これまで、クラウドが『英雄』と呼ばれることから『逃げ出すチャンス』はいくらでもあった ―
― 実際、一度は全てを捨てて逃げ出した事もあった。だが、結局クラウドは戻ってきた。それがクラウドの選んだ『幸せな人生』だからだ ―
― アンタがそれを知っているのか…それとも知らないで今回の行動に走ったのかは知らないし、知る必要はない。ただ、私達はクラウドを『あるべき場所』に戻す……それだけだ ―
…お前達も…?
誰も『俺』を『俺として』みてくれないのか…?
『何も知らない俺』
『仲間』『ジェノバ戦役の英雄』の『俺』
それ以外の『俺』は『俺』じゃないのか?
どちらか一方のみしか…俺には『選択肢』がないのか?
『俺』を『俺』として見てくれる人は……『俺の人生』では……。
誰もいない……?
じゃあ…。
目が覚めてからずっと感じていた、あの『恋焦がれる』ような『想い』は…?
ずっとずっと、『帰りたい』と焦がれていた『想い』の先には……。
何も無いのか?
「もう沢山だ!!」
喉が破れるのではないかというくらいの叫び声は……絶望の表れ。
頭の中にはこれまでの人生が何も残っていない。
だが、心の奥底で……魂の奥底で感じていたものがある。
自分を包み込んでくれる温もりがある…ということ。
それは、丁度胎児が母親のお腹の中で丸くなって、母親の鼓動を全身で感じ、愛情を受け、そして言葉に出来ない程のぬくもりに包まれているのと似ている。
そんな……かけがえのない『居場所』があるのだと、何故か『確信』していた。
なにも覚えていないのに…。
だが…。
― 「「「クラウド!」」」「クロード!!」 ―
呼ぶな…。
俺をそれらの『名前』で呼ぶな…。
「来るな!!」
ビクッと身を竦め、困惑と悲しみと、そして焦りが一緒くたになった三人と一頭の表情は、更に絶望へと拍車をかける。
あぁ…。
俺が信じていた『ぬくもりのある場所』は…。
ただの幻想だったのか…。
「離れろ!!」
一番近くにいた赤いマントの男を怒鳴りつける。
黙って自分の言う通り、数歩分下がった男が……とても憎く思える。
それと同時に、昨夜、突然現れた二人と一頭に感じた『安堵感』が、今では微塵も感じられない自分に……心が悲鳴を上げる。
「なぁ…俺は『誰』だ?俺は『クラウド・ストライフ』なのか、それとも『クロード』なのか!?」
なぁ…。
俺は…なんだ?
『枷』ってなんだ?
『自由』ってなんだ?
― 「そりゃ、アンタは!」「『クラウド・ストライフ』だよ!おいら達の仲間だよ!」「クロード!アナタは『クロード』なの!ただの『クロード』なのよ!」 ―
『仲間』って…なんだ?
『ただのクロード』って……なんだ?
違う…。
違う……違う……。
欲しかった言葉は……聞きたかった答えは……。
「もう沢山だ!!」
「もう…良い……もう沢山だ……」
「俺は……『なんだ』?『本当の俺』って一体なんなんだ?」
うわ言のように……繰り返し…繰り返し口から零れる言葉達。
でも、本当は…それに対する『答え』が知りたいんじゃない。
目が覚めてからずっと感じていた『大切なもの』。
あったかくて……ずっとずっと抱きしめていたくて……。
かけがえのない…『モノ』。
それを知りたかった。
だけど……聞かされるのは『英雄』だとか『仲間』だとか。
真逆に『枷にはめられた人生』だとか『自由』だとか…そんなわけの分からない事ばかり。
聞きたいことは…そんなんじゃない。
昨夜、彼女……ユフィ……だったか?が、言ってくれた言葉の先が知りたかった。
― あんた……ティファやデンゼルやマリンがどんだけ心配したと思ってんのさ! ―
正直、どうして怒鳴られなくてはならないのか…と理不尽に思わないでもなかったが、それでも嬉しかった。
自分を待ってくれている人がいると…。
ありのままの自分を受け入れてくれている人がいるのだと…。
目が覚めてから感じていた『居場所』が『確かに存在している』のだと、言ってくれているように聞こえて…。
だから、本当に嬉しかった。
そのまま…安心して眠る事が出来た。
だけど…。
ナルシュスとの言い合いを聞くうちに、その確信が崩れていく。
ナルシュスは『折角手に入れた自由を奪いに来た』と言い張り、昨夜から傍にいてくれている二人と一頭は『仲間』だとか『枷のある人生を選んだのもクラウドだ』と主張する。
違う。
聞きたいのは…そんな事じゃない。
記憶をなくしてしまった自分ごと受け入れてくれる『居場所』。
それが確かにある…と、何故信じていたのだろう…?
その『居場所』にいる『モノ』を悲しませたくなくて…。
早く『自分は生きている』と知らせたくて…。
絶対に『自分がいなくなって心配してくれている』と…『悲しんでいる』と…そう『確信』していたが故に、早く『ここ』から出たかった。
だから、ナルシュスや病院関係者にバレないよう、消灯時間が過ぎ、看護師の巡回の目を掻い潜って『リハビリ』をしてきたのだ。
早く……早く……『無事』だと『知らせたかった』から。
悲しみにくれているであろう『モノ』に会いたかったから。
抱きしめて……抱きしめられて……ぬくもりを感じて、声を聞きたくて…。
『生きている』意味を感じたくて…。
だけど…。
それらは……全部自分の『願い』『切望』が見せていた『幻想』?
もしもそうなのならば…。
「俺は……どうして生きている?」
自分を案じてくれているであろう『モノ』の為に頑張った。
だが、それが全て『幻想』であるなら……。
記憶の無い自分など、生きていても仕方ないではないか…。
その考えが思わず零れ、三人と一頭がギョッと身じろぎした。
それさえも……今は鬱陶しい。
煩わしい。
そして、苛立ちと喪失感が募る。
「出て行ってくれ…」
「「クラウド…」」「クロード」「……」
泣き出しそうな顔をする二人の女性と一頭。
無言のまま悲しげに目を細める男性。
やめてくれ!
そんな風に俺を見るな!!!
「頼むから…一人にしてくれないか……」
それを見たくなくて、両腕で頭を抱え、身体を小さくする。
自分を見つめる視線を痛いほど感じる。
それらは悲しみと焦燥感に満ちていて…。
なんとかこの『絶望感』を取り払おうと言葉を探しているのが分かる。
だが、今はこれ以上、何も聞きたくない。
後ろ髪を引かれつつ、三人と一頭が病室を後にする。
その直前。
カサリ…。
ベッドの上に『何か』が躊躇いがちに置かれた。
「それ……さ。アンタの無事を信じて…すっごくすっごく、頑張って作ってくれたんだ」
ユフィがつっかえつっかえ言葉をかける。
それでも、顔を上げることもなく身動き一つしない。
「その……アンタがさ、不器用で無愛想で言葉足らずでもさ…」
「………」
「片目がなくなろうが、両腕がなくなろうが……顔が変形しようが…記憶なくそうが。そんなことどうでも良い!!って人が作ってくれたんだ…アンタの為に」
ピクリ。
両腕で隠していた為、ユフィには見えなかっただろうが眉間のシワが更に深くなった。
自分が聞きたかったことを初めて明確に表してくれた。
もっと……聞きたいような……それでいてもうこれ以上は何も考えたくないような……。
自分でも頭の中が…胸の中がごちゃごちゃでどうしたいのか、どうして欲しいのか分からない。
黙っていると、ユフィは「だから……ちょっと落ち着いたらさ、見てやってよ…」と、震える声をワザとおどけた口調でそう言い残して…。
パタン…。
病室から出て行った。
途端、自分で追い出したクセに、酷い孤独を感じる。
のろのろと顔を上げ、ベッドの上を見ると簡素なビニール袋が置かれていた。
そっと手にとって中身を取り出すと…。
「服……?」
シックな黒い服。
肩当てもあるそれは、妙に懐かしい気がして…。
そっと頬に当てると…。
「……ッ!」
懐かしい……匂い。
絶望感で満たされていた胸に、熱いものが込上げてそれらを押し流す。
堪えきれずに頬をあたたかいものが伝ってシーツに落ちた。
パタパタ……と、シーツにいくつもの雫が落ちる。
嗚咽が喉の奥から漏れる。
自分が求めていた『ぬくもり』を感じ、顔に服を押し当てて肩を震わせた。
『ティファ……なにしてんの?』
『え……?あぁ…クラウドの服を…ね…』
『なんで?』
『もしかしたら…服が破けちゃったりとかしてないかなぁ…って思って。それに、クラウド、この服、結構気に入ってたし…』
『そっか!おりょ?この服、袖が両方あるんだ〜』
『うん。寒いところに配達に行く時はやっぱり袖があった方が良いと思うの』
『うんうん!ってかさぁ、普段も両方袖があった方が良いんじゃない?これ、いっつもアヤツが着てるもんよりうんとカッコイイよ!』
『ふふ…ありがとう』
『それにしてもティファは器用だネェ、相変わらず。生地から作ってんの?』
『ううん。今回は既製品にちょこっと手を加えただけ』
『いやいや、それでも十分だと思うけど…』
『そっかな……?』
『ティファはほんっとうにアヤツにベタ惚れだね〜』
『ユフィ!』
『あはは〜!照れない照れない。いまさらじゃん?』
『もう!!』
『………大丈夫だよ』
『え……?』
『この服、ちゃんと着てくれるって』
『………うん』
『アヤツもティファにベタ惚れだからねぇ。ティファが一生懸命作ってくれたものを無駄にするようなアフォなことはしないって!』
『………ん…』
『だからさ……。もうちょこっと頑張ろう…?』
『…うん……うん!』
それは…。
ニブルヘイムに到着する前日のやり取り。
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