― 『彼が死んだなんて、信じない!!』 ― 死体安置所のドアの前で、彼女は悲痛な叫び声を上げた。 それを、数名の男達が痛ましそうに見つめながらも、どこか事務的な態度で彼女に接する。 身元の確認を彼女に頼んでいるのだ。 彼女は、興奮しているのに青ざめた顔で捲くし立てる。 青年がいかに凄腕の元・ソルジャーだったか。 いくつも危険な任務をこなし、必ず帰還したことを…。 そして、今はWROの依頼があれば必ず請け、仕事を放り出してまでもその任務をこなし、他人のために尽くす…、人間としても素晴らしい人物なのだと。 モンスターや並みの人間に殺されるような人間ではないということを、声を大にして叫ぶ。 そんな彼女を、駆けつけた仲間が取り囲み、必死になって慰めようとする。 中には、号泣している仲間もいた。 そんな仲間達に囲まれても、彼女は彼の死を受け入れなかった。 しかし、彼女のその威勢も。 安置所内の遺体を前に崩れ去った。 築く者 壊す者 2「ティファさんに無事『コンパクト』を渡せて良かったです」 「うん、バッチリだったね」 大きなテントがいくつも荒野に張られている。 そのテントの下には、多種に渡って機械が備え付けられ、テーブルの上には多くの資料が山積になっていた。 そのテーブルの一つに着いていたリーブ・トゥエスティは、ホッと安堵のため息を洩らしながら、同じくホッとしているユフィに笑いかけた。 二人共、どこかくたびれた感じがしないでもないが、それでも目はランランと光っており、砂粒ほども気力が萎えてはいないことを全身から発散させていた。 そんな二人の目の前にあるいくつもWROのテントの間を、隊員達がせわしなく走り回っていた。 ユフィの手には巨大な『パチンコ』があった。 樫の木で作られたそれで、彼女は見事ティファへコンパクトを届けたのだ。 素晴らしいコントロールを見せたウータイの忍は、だがそれだからといって自慢するでもなく、常の彼女から考えると少々大人しすぎるほどだった。 ユフィは、慌ただしく走り回る隊員達の緊迫した光景を、どこか遠い目をして見つめながら口を開いた。 「リーブ、あんた、今回の犯人に心当たり、あるんだろ?」 「………」 リーブは何も言わない。 ユフィは沈黙を肯定と受け止めた。 椅子の背もたれに身体を預け、頭の後ろで両手を組む。 「あんたも苦労だねぇ」 「…皆さんを巻き込んで申し訳ないと思ってます」 どこか沈んだ声で答える仲間をユフィは鼻先で笑い飛ばした。 「バッカじゃない?仲間なんだから、あったり前だっつうの。アタシもこれから盛大にリーブを巻き込んで迷惑掛けまくる予定なんだから、そん時は逃げんじゃないよ?」 「はは、本当にユフィには敵いませんねぇ」 「当然!アタシを誰だと思ってんの?ウータイの希望の星、ユフィちゃんだよ〜!」 カラカラと笑う彼女に、リーブは心から感謝した。 そして、この場にはいないほかの仲間達にも…。 今回の急な要請に応えてくれた仲間達に…感謝せずにはいられない。 「ティファとクラウドなら大丈夫だよ。アタシ達が逆に二人の頑張りを無駄にしないように気をつけないとね」 いつもなら、 『アタシがいるんだから、ぜ〜ったいに成功するに決まってる!』 と、豪語するだろうに…。 ユフィが、今回の『任務』をいかに重く受け止めているかを現している台詞だ。 リーブは背筋が正される思いがした。 そこへ、隻眼の赤い獣と巨漢の男が小走りに駆けて来るのが見えた。 ユフィが腰を上げる。 「どうだった?」 「どうもこうもねぇ。なんだってあんな所に古びた城が建ってやがんでぇ」 忌々しそうに吐き出したバレットに次いで、ナナキが口を開く。 「あそこに上手く潜り込んだクラウドは本当に凄いよ。周り、全部毒沼なんだもん…」 ユフィとリーブは軽く息を吐き出した。 「やはり…どこにも隠れた通路のようなものはありませんでしたか?」 「おう、これっぽっちもねぇな。一応、周りの荒野をナナキやヴィンセント、シドと探してみたけどよ…。それにしてもあの異臭には鼻がひん曲がるぜ!誰があんなもんを城の周りに作りやがったのか…」 ガシガシと、頭を掻き回しながらバレットは今見てきたものをつぶさに報告した。 それは、事前に隊員達が報告していたものと一致するものばかりだった。 数百年前に建設された古城。 その古城の周りには堀があり、水が張れるようになっていた。 しかし、その堀には今、毒が流され茶色く濁った沼地からは異臭が立ち込めている。 堀はグルリとその城を囲むようにして掘られているため、城への潜入は至難の業と、隊員からの報告だった。 敵が何故、わざと自分達の退路まで絶つ様な真似をしているのか…? 最初はそれが議題として持ち上がった。 WROへの宣戦布告を行った敵。 その敵が、自分達の退路までも絶ってしまうような愚行に走っている。 だが、すぐに気づいた。 古城の天辺には、広く開けた屋上がある。 そこから、飛空挺等で離着陸が可能なのだ。 ティファを誘拐した男も、小さな飛空挺で城に戻っている。 そんな古城にクラウドが一体どうやって侵入したのか。 それは、WROの科学班が科学の粋を集めて作り出したウェットスーツを着こんで毒沼を泳いで渡るという、なんとも命がけの方法だった。 おまけに、そのウェットスーツはまだまだ実験途中で試作段階。 科学班も、リーブも仲間達もクラウドを止めた。 しかし、一度言い出したらきかない性格をしていることも知っている。 それに、何よりクラウドがティファのことになったら頑として譲らないということも…イヤと言うほど知っている。 クラウドは皆の反対を押し切る形で泥沼へと身を沈めた。 自分用の『コンパクト』をしっかりと防水ポーチの中へ押し込み、単身城へ潜入したのだ。 見事潜入に成功したという喜ばしい報告を彼から仲間達が受けたのは、実はティファに連絡するほんの数分前だったりする。 城に辿り着いたクラウドは、完璧な要塞となっている古城で、油断しまくっていた敵の1人を一瞬で気絶させ、男の服を奪って変装した。 そうして男を縛り上げて物置の中に放り込み、何食わぬ顔で敵の中へ紛れ込んだのだ。 クラウドがここまで順調に潜入に成功したのは、敵達が覆面をして顔を覆っていたことも幸いした。 下手に口を開かない限り、ボロは出ないだろう。 しかし問題が一つあった。 クラウドの瞳だ。 魔晄を浴びた人間だとバレるのは非常にマズイ。 そのため、クラウドは、生まれて初めてカラーコンタクトを使うこととなった。 砂埃などが巻き上がり、目に入ったら一大事だが、まぁそんなドタバタはWROの作戦が決行されるまでは起きないだろう。 決行される直前にコンタクトを捨てればいい。 そのため、現在クラウドが覆面から覗かせている瞳は深緑の色。 亡き仲間の瞳の色だ。 その色を彼が選んだ時、仲間達は何も言わなかった。 言わなくても分かる。 離れてしまっても、心は常に一緒にいる。 それをクラウドは言いたかったのだろう。 仲間達とて、その気持ちに賛同だ。 「さて、シドとヴィンセントがもうそろそろ帰って来ると思うからよ、二人が戻ったら腹ごしらえしようぜ」 「そうだね。腹が減っては戦は出来ぬ、って言うもんね」 大袈裟に腹を叩きながら笑うバレットに、ナナキが賛成の声を上げた。 しかし、どちらのその声にも、ぎこちないものが織り交ぜられている。 ユフィとリーブは、それに気づきながらも、 「お、そうだねぇ。じゃあ、パパパッと食べちゃおっか〜」 「そうですね。お、良いところに二人共戻ったみたいです」 あえて 便乗するように陽気な声を努めて出した。 そう、今回の敵はこれまでとは違うのだ。 もしかしたら…、万が一のことが起こるかもしれない…。 いや、起こってもおかしくない。 どの事件もなにが起こってもおかしくなんかないのだ。 だが、それらの事件をひっくるめても、今回の敵は…。 わざとお茶らけながら、戻って来たヴィンセントとシドの元へ駆け出したユフィに、リーブは唇をグッと引き結んだのだった…。 * 「いつ奇襲をかける?」 低く陰鬱な声で男がリーダーと思しき女に訊ねた。 彼女は漆黒の闇の中に身を委ねるようにしてテラスに佇むばかりで答えない。 肩からむき出しのボロ服を身に纏っている筋骨隆々の男は、無礼ともとれる彼女の態度にいささかも不快感を感じなかったようだ。 黙って彼女の背を見つめている。 数人の男達が反発するような視線を彼女の背に投げている。 しかし、それにも彼女は反応しなかった。 暫しの沈黙。 その沈黙は血気逸り、英雄の1人をかどわかすことに成功したことでいい気になっている数人の男達の神経を逆撫でした。 そのうちの1人が小さく舌打ちをする。 と…。 鋭く風を切る音がしたと思ったその瞬間。 ゴキッ!! 「 〜〜!! 」 声もなく、舌打ちした男が顔面を抑えてのた打ち回った。 両隣に立っていた男達がギョッとして離れる。 ザワザワと驚き、怪しむ男達の目の前で、舌打ちをした男は身体を起こし、ブルブル震えながら顔を上げた。 その顔に突き刺さっているものを見て、ほとんどの男達が息を飲む。 「な…なんてことを…」 1人が呻く。 顔を抑える手の隙間から、おびただしい量の鮮血が流れ落ちる。 鼻が折れているのだ。 顔面にめり込んでいた拳大の石が、男達の目を釘付けにする。 「これくらいの攻撃をよけることも、受け止めることも出来ない無能な人間が、私に意見するな」 男達が恐怖のない混ざった眼差しをゆっくりとテラスへ向ける。 筋骨隆々の男だけは、真っ直ぐに彼女を見ていた。 その背中にはこれっぽっちも彼女への恐れはない。 あるのは……、彼女への絶対的な信頼。 その信頼が、彼女の『人柄』へ向けられているのか、それとも『彼女の戦闘能力』に向けられているのか、はたまた『WROへの攻撃』を信じているのか…。 それは分からないが、それでもこの場にいる男達の中で、一番彼女を信頼し、ある意味尊敬をもしているようだ。 ゴクリ…。 誰かの喉がまた鳴る。 「奇襲はあと少し待て。お前達が奇襲の準備が出来るくらいの時間は与えてやる」 覆面で顔を覆っているので、彼女が一体どんな顔でこの台詞を吐き出しているのかは…分からない。 分からないが…。 誰も見て見たいとは思わなかっただろう。 筋骨隆々の堂々たる体躯の男だけが、 「そうか」 と、頷いた。 * クラウドは驚いていた。 そう、非常に驚いていたのだ。 潜入した時から、目の前の彼女からはただならぬものを感じていた。 決して『女だから』と思って見くびってなどいなかった。 だが、それでも予想をはるかに超える『力』を見せ付けられた気がする。 クラウドですら、彼女が石を投げたことが分からなかった。 確かに、舌打ちをした男へ意識をとられていたこともある。 しかし、彼女は…そう、『攻撃する意志』を感じさせる前に『攻撃』していた。 攻撃に移るまでの僅かな時間。 その時間に感じ取られる『殺気』『闘気』を、彼女は消していた。 そうとしか思えない。 『なんて奴だ…』 臍を噛む。 ティファと合流したら、あとは簡単に作戦が進むだろう…と、たかを括っていたのだが、とんでもない間違いだった。 ― 『クラウドさん…、ティファさん…、本当に申し訳ない…。どうか、決して油断しないで下さい』 ― リーブが沈痛な面持ちで、何度も何度も繰り返した言葉の意味を、ようやく理解した気がする。 リーブは知っていたのだろう、敵の正体を。 だが、『敵』についての情報は、最小限にしか教えてくれなかった。 ・○○の居酒屋に仲間がよく現れる。 ・敵のボスは恐らく『女性』。 ・敵の人数はおおよそ35人程。 ・荒れ果てた古城に居を置いている。 ・敵の目的は『WROの局長』の首。 ・WROを壊滅させ、新たに『世界を守るための組織』を作り上げ、その裏では権力を握り、大規模な軍隊を編成するのが目的。 これだけ。 敵の人数を把握してくれていたのは有り難かったし、助かった。 そして、その情報の通り、敵の総数は40名を下る。 しかし、彼女の力はどうだ? もしかしたら、かなり手こずるかもしれない…。 リーブが何故、『敵』の正体を明かさなかったのかは彼に問いたださない限りでは分からない。 分からないが、恐らく何か理由があるのだろう。 リーブは決して、無駄なことはしない。 作戦において、敵の情報を『あえて』伝えなかったのには、必ず何かしら訳があるはずだ。 苦労症の仲間の申し訳なさそうな顔が浮かぶ。 クラウドはそっと視線を転じた。 隣に立っている男が、恨めしそうに女を睨んでいる。 しかし、睨むだけ。 行動に移す気は無いらしい。 『まぁ…当然か…』 彼女の力を見せ付けられたばかりなのだ。 そんな愚行に走るはずがない。 そっと、その男から他の男達へと視線を走らせる。 どの顔のにも『畏怖』と『恨み』、そして『嫌悪』が浮かんでいる。 ただ1人、男達の中では一番の地位にいるであろう筋骨逞しい男だけが、彼女へ『尊敬』と『信頼』の眼差しを向けていた。 『この二人……今回のこと以外からの知り合いか…?』 フッとその考えが脳裏に浮かぶ。 だが、それがもし本当だとしても、それが戦局にどう関係すると言うのか…。 クラウドはそっと目を閉じて余計な想念を追い払った。 まずは、ティファと合流しなくてはならない。 恐らく、WROの作戦本部にいる仲間達も、『目の前の彼女』同様、今夜のうちに解決へ乗り出すはずだ。 合流の理想としては、WROの攻撃直後。 本当なら、今すぐにでも彼女を捜しに行きたいのだ。 だが、そんなことをすれば、たちまち不審に思われてバレてしまうだろう。 『ティファの苦労を無駄にすることだけは出来ないからな…』 自分にそう言い聞かせる。 冷たい地下牢にいるティファを思うと、心が急いて仕方ない。 しかし、『急いてはことを仕損じる』という言葉があるではないか。 そう、自分に言い聞かせる。 言い聞かせながら、出来る限りの『情報』を頭の中に叩き込む。 敵の仲は非常に険悪だ。 唯一、巨漢の男だけが彼女に忠誠を誓っているらしい。 その他の男達は、WROを潰すという一つの目標だけで集まったような、いわば『つぎはぎだらけ』の関係らしかった。 鼻を折られ、のた打ち回っていた男が、フラフラと部屋から出て行く。 それを誰も手助けしようとしない。 そのことからも、仲間の関係は希薄だと思われた。 仲間としての絆が薄いのであれば、いくら『腕がたつ人間』がいたとしても、それはさほど脅威にはならない。 クラウドとて英雄の端くれ。 彼女と一対一の戦いへと持ち込まれた場合、相手が『女』でも容赦はしない。 ……多分。 『いや…多分ってなんだ…多分って……』 クラウドは自分へ突っ込みを入れながら、小さく頭を振った。 隣の男が訝しそうに見つめるのが視界の端に映り、慌てて素知らぬ振りをする。 「あぁ、良い夜だな」 彼女の小さな呟きが風に乗って聞えてきた気がした…。 |