― 「何故、彼は死んだの!?」 ―

 詰られるのには慣れている。
 が、彼女の顔を見ることは…出来ない。

 ― 「答えて!!」 ―

 答え…られない。

 彼が死んだ理由を語るには、あまりにも情報が不足している。
 だが…。

 自分が彼を殺したようなものだ…。


 ― 「…申し訳ない…本当に…申し訳ない…!」 ―

 深く深く頭を下げる。
 だが、精一杯の心を込めた謝罪の言葉は、興奮する人間にとって、なんにも意味を成さないのだ…。


 ― 「許さない……許さないから!!」 ―



 あぁ…。
 出来れば『彼』でなく自分こそが死ねば良かったのに…。







築く者 壊す者 3









「あの城への攻撃方法についての具体策を説明します」

 空腹を満たした後、リーブは他の隊員をほぼ全員呼び集め、その中にジェノバ戦役の仲間にも同席を願った。
 仲間達は黙ってその願いを聞き入れ、テントの後ろに立っている。
 隊員達が、何やら緊張気味に後ろをチラチラ見ていたが、それもリーブの説明が始まってすぐに落ち着いた。

「あの城を拠点として各地に散っている『敵』に指令が飛んでいます」
 説明と共に、スクリーンに映写機の画像が映る。
 上空から城とその周囲を現した地図だ。
 いくつか赤く点滅している箇所がある。

「この赤い点滅の所から、電波が発信されています」
 映像が上空から見たものから、横から見たものへ移る。
 同時に、立体模型のような映像に変化した。
 古城が四階建て、地下牢があることが一目で分かる。

「この四階部分に敵のリーダーがいると思われます」

 緑の点滅が光った。
 位置的に言えば、ちょうど四階の端っこだ。

「テラスです」

 場がザワッとする。
 テラス部分に画像が移動し、同時に実写になった。
 まだ昼間に撮られた映像だ。
 そこには誰もいないが、リーブはその映像を見つめていた。
 あたかもそこに誰かがいるかのように…。

「「「「「 …? 」」」」」

 英雄達が黙って顔を見合わせる。
 リーブが溜め息を吐くような…そんな顔をしたからだ。
 しかし、それも一瞬だった。
 すぐに部下達へ視線を戻す。


「よって、各員は飛空挺より『スカイボード』にて城へ強襲をかけて下さい」


 リーブの命令に隊員達に緊張が走る。
 一方、英雄達は驚いて目を見開いた。
 リーブの指示にしては、いささか『戦法』がなっていなさ過ぎる…。
 彼はなにか焦っているのか…?
 そう思わせるには充分過ぎる…性急でなんの策も練られていない策…。

「アイツ…どうしちまったんでぃ…」

 呆然と呟くシドに、ヴィンセントがふぅ…と息を吐き出した。
「恐らく、何も考えていないとは思わないが…それにしても…」
「うん…なんか…らしくないよね」
 ユフィが低い声で呻くようにもらした。
 これまでのリーブを見ると、こんな風になんの策らしきものでない『駄策』を部下に命じるとは思えない。

「なにか…隠してやがんな…アイツ」

 バレットが少々大きすぎる声で呟いた。
 幸いにも、隊員達には聞かれなかったらしい。
 皆、自分達の総司令が直接下した命令で頭が一杯なのだ。

「既に古城にはクラウドさんとティファさんが潜行してくれています。彼らからの合図直後に迅速に行動して下さい」

 リーブが一呼吸置いて口を開いた。


「皆、絶対に死なないように」


 シーン…。
 隊員全員が目を見開く。
 英雄達もギョッと身を揺らした。
 これまで、覚えている中ではこういう風にリーブが言った場面はない。
 当然、任務は危険を伴う。
 命も危険に晒される。
 それが『当たり前の世界』なのだ。
 それを…よもや『死ぬな』と口にするとは…。

 隊員達は皆、緊張と任務を果たす使命感で顔を強張らせている。
 そこへの追い討ちとも思えるその言葉。
 だが、リーブはそれを知っているはずなのにまたもや口にした。


「死んで良い人間は1人もいません。絶対に死なないように」


 隊員達一人ひとりをゆっくりと見つめながら、リーブは言った。
 WRO隊員達にとって、その言葉がどれだけ嬉しいことか。
 自分達の存在を受け入れ、『大切だ』と総司令官が言ってくれた。
 緊張から高揚感へと精神が向上する。

 老齢の大佐の指示にて、隊員達は一斉に起立し、敬礼をした。
 それを、英雄達はどこか遠い世界の話しのような感覚で見つめていたのだった…。


 *


「リーブ、何を隠してる?」
 隊員達が皆、指示に従って配置に着くため出払った後。
 寡黙なガンマンが珍しく口火を切った。
 リーブはこの質問を予想していたのだろう。

「そうですね…何から話したら良いのか…」

 少し考えるような目をしてから…ゆっくりと首を振った。

「やはり…ダメです」
「リーブ…?」
 独り言のようなその言葉にユフィが心配そうに声をかける。

「まだ…お話しは出来ません。話すと決意が鈍りますから」
 どこか…とても苦しそうなその一言。
 仲間にとって、リーブのその表情で充分だった。

「分かった。全て片がついたら教えてくれ」

 ヴィンセントがそう締めくくった。
 誰も不満な顔はしていない。
 救われたような顔をするリーブに、仲間が力強く頷いた。
「リーブ、お前えは一人じゃねぇんだからよ!」
「そうそう、もっとオイラ達を巻き込んで、ラクしてよ」
 バレットとナナキの言葉に、ユフィとシドがニッと笑う。
 ヴィンセントは黙ってジッと見つめているだけ…。
 リーブは深く頭を下げた。

 そして顔を上げ、いつもの眼光を取り戻したリーブを先頭に英雄達もテントを後にした。


 敵の本拠地を攻めるために…。


 *


 ティファは目を開けた。
 先ほどの訪問から2時間は経っているだろうか…。
 そのままの姿勢でいるべきではない…と判断し、少しだけ身を起こす。
 そう、本当なら、もうそろそろ薬が切れる時間だからだ。
 ティファはさも今、目が覚めました…と言わんばかりの演技をしなくてはならない。
 そう演じることが出来るか否かで、これからの行動が左右される。
『失敗は許されないんだから、ティファ!』
 と、少々肩に力を入れていたのだが…。

 ようやく訪れた人の気配は…。

 ゴトン。

 目の前の小さな『差し出し口』から、トレイが押し込まれただけ。
 見てみると、そこにはパンとスープ、そして水。
 恐らくこれは、人質であるティファへの夕食だ。
 ご丁寧に、『薬』が混入されているだろうことは想像に難くない。

 ティファは迷った。
 ここですぐに食べる振りをするのか…それとも…。

 極々短時間の熟考。
 ハッと顔を上げ、慌ててドアを叩く。

「ちょっと、ここはどこ!出しなさいよ!!!」

 そう。
 もう敵は彼女が起きていることを知っている。
 起きていなくてはおかしい時間なのだから。

『しまった…なんてミスを!!』

 内心の焦りを表すように、ティファはドアを激しく叩き続けた。
 それが、かえって敵には演技に見えないだろうことも…頭の片隅で計算する。
 しかし、いささか出遅れすぎた気もする。
 ティファは焦った。
 このまま敵が去ってしまってはマズイ、と本能が察知する。
 彼女が全て計算ずくで捕まったと知った敵が、どういう行動に出るか分からない。
 リーブの事前説明では、監視カメラのような安易なものは設置していないのに、各地に散っている敵への無線を飛ばせる技術は最低限、古城に備えられているとのことだった。


 ティファは数回大きく深呼吸をした。


 そして、少し後ろに下がる。
 目を閉じる。

 スー…ハー…スー…ハー…。


 ギンッ!!


 前傾姿勢になる。
 踵を浮かせ、ティファはドアに向かって跳躍した。
 そして、そのまま自慢の蹴り業を繰り出す。
 ドアに凄まじい衝撃が走り、ベコッ…と大きく変形した。
 そして…。

 ギ、ギギギーーー…。

 ズズーン…。


「あ…」

 ドアはティファの蹴りであっさりと白旗を揚げた。
 ティファはうっかり本気でやってしまったことを後悔した。
 まさか、堅固そうに見えた牢が…!
 ここまで老朽化しているとは敵も思いもしなかったはず。
 …。

 そこまで考えてティファは慄然とした。

 そんなはずはない!
 ティファを捕え、人質とするのは急、とは言え、それでも数日前から計画されていたようだった。
 ティファに薬を盛ったことといい、この古城がWROの情報網に引っかかっていたことと言い、一日・二日の計画ではない。
 それに、人質はティファでなくとも良かった。

『ジェノバ戦役の英雄』なら誰でも良かったはずなのだ。

 この反WRO組織は、リーブの首を狙っている。
 その為の人質。
 リーブにとっても痛手だが、ジェノバ戦役の英雄を人質にとり、『英雄を御しきれた組織』として名を馳せること、それがこの組織の第二の目的のはず。
 それにしては、お粗末過ぎるこの管理。
 敵が堅牢な作りを用意する暇を与えず、『迅速に行動した』つもりだった。
 だがここまでとは…。

 ティファは駆け出した。
 勿論、コンパクトはしっかりとポケットの中に入っている。
 迷いは禁物。
 己の直感に従ってティファは走った。
 イヤな想像が確信へと変わる。

 そう。

 敵はティファが脱獄出来るのを見越して、わざとこの牢屋に入れたのだ。
 そして更にもう一つの可能性が浮上した。
 自分に薬を盛った男には、ティファがこうも簡単に脱獄出来るとは考えなかった、ということ。
 2時間ほど前に確認に来た男は、間違いなく酒場でティファに薬を盛った人物。
 その人物が忌々しそうに隠れて舌打ちをしたことを覚えている。
 あれは、自分の仕事にケチをつけられた苛立ちからだ。
 ということは、あの男はティファを完璧に人質として懐に入れることに成功したと信じているのだ。

 恐らく今、駆けているその先でうっかり偶然ティファがその男に出会ったら、男は驚きのあまり間抜けな声を上げるか、あんぐりと口を開けるか…。
 いずれにしても、ティファが攻撃に移るまでの僅かな時間、隙だらけになってくれるはずだ。
 そうして、WROが無事任務を終えたその時は、ティファを簡単に脱獄出来る牢屋に放り込んだことと、あっても全く意味を成さなかった簡素な施錠しかしなかった責任者である、あの女を詰るだろう。

 風のように廊下を走る。
 広い廊下は、大人が並んで6人は歩けるほどのゆとりがあった。
 地下牢の廊下だけでこの広さ。
 1階から上はどれほど広いことか…。
 それにティファには気になることがあった。
 トレイを牢に運ばれてから脱獄するまでそんなに時間は経っていない。
 それなのに、トレイを運んできたと思われる『敵』の姿にまだ1人もあっていない。
 影すら見当たらない。
 気配を探ると、確実にこの城には人がいる。
 それも、何やらキナ臭い・血生臭い匂いだ…。

 ビリビリと神経が尖る。
 走りながらティファは視線を各方面に走らせた。
 背後には最大限に気配がないかを全身で感じ取ろうとした。


 何もない。


『おかしい…』


 ティファは胸の中で膨らむ不安と焦燥感に駆られながら、ひたすら走った。



 潜行しているはずのクラウドの元へ向かって…。
 クラウドがどこにいるのかは、何となく分かる。
 恐らく…。

「もっと上」

 そっと舌に乗せる。
 地下からはすぐに抜け出すことが出来たが、流石に1階からは造りが違う。
 広い広い廊下の壁には、絵画が多数飾られていた。
 各部屋のドアの間隔はセブンスヘブンが丸々入ってしまうほどもあった。
 そのドアとドアの間の廊下には、大きな花瓶が高い台座の上に飾られている。
 その荘厳な作りの古城だったが、経た年月のせいで色褪せ、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
 今が夜中であることも、その不気味さに一層拍車をかけている。
 背筋が寒くなる光景。
 ティファは、ひたすら周りを警戒することに気持ちを傾け、不気味さを押し殺した。

 ようやく見えた階段に、ティファはホッと息を吐いた。

 と…。


 突然、真横から強い衝撃が襲い掛かり、ティファは壁に叩きつけられた。
 あと数センチずれていたら、窓ガラスをぶち破って古城から叩きだされていた所だ。
 窓ガラスと窓ガラスの間にある僅かな壁の部分が、彼女を救った。

 いくつもある部屋から突然、『敵』が飛び出して来たのだ。
 ティファは悲鳴を上げそうになりながら辛うじて飲み込んだ。
 あと少しで声が漏れるところだった。
 だがしかし、壁に叩きつけられた直後は、流石のティファでも一瞬目の前が真っ白になった。
 その半瞬後には『本能で』次の攻撃をギリギリ防ぐことに成功したのが、彼女の素晴らしい才能であると言えよう。
 グルグルと回る視界に、吐き気にも似た不快感に襲われながらも、ティファは第二、第三の攻撃を宙で流すことに成功した。
 床に足をつけるそれまでの一瞬の間に、合計四回の攻撃を繰り出される。
 喰らったのは最初の不意打ちだけだ。

「…くっ!!」

 短く息を吐き出しながら、ティファは床に着地すると同時に渾身の力を込めて拳を繰り出した。

 チッ…、と掠った感触。
 決定的なダメージにはほど遠い。
 更に追撃しようとして、そこでバランスを崩し、片膝をつく。
 乱れた呼吸を整えるだけの時間はあった。
 ティファの拳を逃れた『敵』が、彼女からその分遠ざかったからだ。
 視界の端に、目的でもある階段が見える。

『…あと少しで2階へ行けたのに…』



「へぇ、さっすが〜」


 ふざけた口ぶりでだだっ広い廊下に男が立っていた。

 身体つきは、クラウドよりも少しだけ背が高く、胸と太もも、腕はうんと太い。
 男の首元には布がかさ張って巻かれており、それが『覆面』だと知ったのは少し後のことだ。

「綺麗な顔してるけど、流石は『ジェノバ戦役の英雄』だねぇ。いや、まったく嬉しいったらありゃしない」

 嬉々として語る男の目には狂気が爛々と光っていた。


 いよいよ、WROという組織を含め…。
 仲間を支え、守るための戦いが佳境を迎える。