「愛してるよ」 もう、届かない言葉…。 何故、もっと早く自分の気持ちに…、想いに…、心に素直にならなかったのか…。 『いつも』という日常が、『また』来るなどと、どうして思い込めたのだろう? 「愛してる…よ…」 涙が含まれた声が途切れる。 本当に自分はバカだった。 死と隣り合わせの生活だったのに、『また』乗り越えられると疑わなかった。 失敗なんかするはずない…などとどうして思えたのか…。 今ではその理由すら分からない。 彼の全てがこんなにも愛しかったのかと自分でも驚く。 普段は無口で無愛想な彼。 だが、本当はとても温かい心を持ち、誰よりも自分を愛してくれていたことを、知っている。 知っていたのに…。 「愛…して…」 強かった。 優秀だった。 誰よりも優しく、人として素晴らしいものを沢山持っていた。 ― だから……なに? ― ― そんなものが、一体なんの役に立つ? ― 死んでしまっては、もう全てが手遅れだったのだ…。 築く者 壊す者 4「いやぁ…本当に楽しいねぇ」 軽くその場で跳ねながら、男が笑う。 元々は野太い声なのに、わざと高い声音を出して話すものだから気色が悪くて仕方ない。 「でも、本当はアンタじゃなくて『クラウド・ストライフ』の方が良かったんだよねぇ」 ティファの全身を怖気が走った。 イヤでも勘付いてしまう。 目の前の男の趣味が。 「あ〜、心配しなさんな。アンタも充分『そそられる』から」 「…気色悪い」 ケラケラケラケラ。 喉を仰け反らせて男は哄笑した。 ティファはその一瞬を見逃さない。 男が、気持ち良く高笑いしているところへ、鋭い攻撃に出た。 両脚に渾身の力を込めて床すれすれを跳躍する。 まるで背に翼があるかのように、真っ直ぐ床と平行して男の目の前まで飛ぶと、ティファの攻撃に気づいて慌てて体勢を整える男の頚部目掛けて凄まじい蹴りを喰らわせた。 両手でガードしながら男が上体を逸らす。 咄嗟の防御は、充分にティファの攻撃を流す事は出来なかった。 次いで、そのままティファは倒立になって反対の脚で蹴りを入れる。 蹴りの二連撃に、男は大きく体勢を崩した。 そのまま、崩した状態で床に両手をつき、その体躯からは想像出来ないほど素早く蹴りを繰り出した。 ティファは倒立のまま、グッと腕に力を込めて床を思い切り押し…飛んだ。 男の両脚が虚しく空を切る。 タタンッ。 ズダンッ! 軽やかな足音と、重厚感ある着地音。 二人は両脚を肩幅くらいに脚を開き、対峙した。 適当に戦って倒せる相手ではない。 男は嘲笑を引っ込めている。 緊張が空気をピン、と張っている。 ティファは腕を下げたまま軽く両手を振った。 「本当に…楽しいねぇ」 男の唇が残忍に吊り上がったのが覆面の上からも分かった。 ティファは眼光を鋭く光らせて…。 二人同時に床を蹴った。 * 「あぁ…始まったか」 ポツリ。 こぼれ落ちたその一言があまりにも小さくて、男達の大半が聞き逃した。 クラウドは深緑の瞳を女に向けた。 彼女は宵闇に溶け込んだまま、テラスに立っている。 彼女とクラウド達の間には、筋骨隆々の偉丈夫。 「そうか、では…」 「開始だ」 たった一言だけの会話。 それだけなのに、二人の間では重大なことが決定されたらしい。 男がクラウドの紛れ込んでいる方へ向き直った。 咄嗟に他の男達の間にスッと隠れる。 「人質が目覚めた」 ザワリ。 男達の気配が変わる。 鬱々とした陰湿なものから、敵を狩ることを歓びとする闘争心が煽られたのだ。 その場の空気が陰惨な歓びによって向上するのを、慄然としながらクラウドは感じていた。 クラウドがゾッとしたのは勿論それだけではない。 リーダーと思しき女が、ティファが目を覚ましたことに勘付いたことに驚きを禁じえない。 更には、自分達の計画がバレている可能性が非常に高いことに焦燥感が募る。 内心、穏やかではいられないクラウドを尻目に、男は言葉を続けた。 「相手が女だからと侮るな。ティファ・ロックハートは『ジェノバ戦役の英雄』の1人。当然、その腕は我等個々人の力を上回ると心得よ」 誰も不満そうな顔はしない。 逆に、男がティファ・ロックハートを『自分も含め、その力は上回る』と断言したことにより、気持ちを引き締めたようだ。 クラウドは内心で舌打ちをした。 この場にいる男達の力量ははっきりと分かっているわけではないが、恐らく相当なものだろう…。 もしかしたら、カダージュ達に近いものがあるかもしれない。 そんな強敵達が『慢心』もせずに本腰を入れて連携をとられたりしたら、いくらクラウドとてどうなるかは分からない。 ティファを囮に選んだのは、相手を油断させる意味もあったのだ。 いくら『ジェノバ戦役の英雄』と恐れられていても、実際に大人しくしている彼女を見たら、まさか噂ほどの力量を持っているとは思うまい。 よしんば、ティファの力量を見破ったとしても、彼女を『過小評価する』人間が『見破った敵』の足を引っ張る。 そう踏んでのことだったのに…。 「ティファ・ロックハートを死なない程度ならなんでも良い…、叩きのめせ」 クラウドは我が耳を疑った。 目の前の男の言葉が一瞬、理解出来ない。 が、すぐにそれはクラウドの心に冷たく染み渡り、彼の逆鱗に触れる一歩手前まで魂を焦がした。 グッと奥歯を噛み締めて怒りを堪える。 ここで殺気を放とうものなら、恐らく『女』にはあっという間に勘付かれるだろう…。 『耐えろ…耐えろ…!』 呪文のように何度も唱える。 必死に自制心を保とうとするクラウドを嘲るように、男は残忍な言葉を紡ぐ。 「死ななければ好きにして良い。ティファ・ロックハートが闘えない状態にすることが、今回の目的だ」 周りの男達の高揚感とは全く別の意味で、クラウド自身も熱くたぎる。 怒りで頭がどうにかなりそうだった。 「ティファ・ロックハートをわざわざ脱獄しやすい牢に放り込んだのはなんのためだった?」 問いかけるように男達を見渡す。 誰も答えないが、『答えが分からない』からではない。 興奮から呼吸が荒くなり、『答えを言う必要がない問いかけ』だと判断しているからだ。 そして、それはその通りだった。 「万全の状態の『ジェノバ戦役の英雄』を完膚なきまでに叩く。そうすることで、世の人間達に知らしめる事が出来るだろう」 「『ジェノバ戦役の英雄』も、所詮はただの人間なのだと」 数人の男が陶酔したように溜め息を吐いた。 クラウドは目の前で演説している男を思い切り叩きのめしたかった。 だが、短慮を起こすわけには行かない。 それに、今も感じる。 ティファが誰かと既に戦闘状態に入っていることを…。 相手は決して生半可な奴ではない。 かすかな振動が床下から伝わってくると同時に、彼女の闘う息遣いまでも感じるようだ。 一刻も早く、この部屋の男達に紛れ込んで彼女に合流し、最悪彼女だけでも逃がさなくてはならない。 だが…。 この古城の周りに掘りめぐらされている『毒沼』を思い出す。 どうやっても彼女をこの城から脱出させるには、飛空挺の援助が必要だ。 もしくは、自分が潜入の際に着用したウェットスーツ。 しかし、あれを着込むには相当時間がかかった。 おまけに1人で着用するのは無理だった。 数人の科学班の人間の手を借りた。 …そう言えば、あのウェットスーツはどうやって脱いだ? そこまで考えて内心蒼白になるクラウドの耳を、男の声が叩いた。 「我等の目的は、WROなどという偽善組織の壊滅とリーブ・トゥエスティの破滅だ。リーブ・トゥエスティの鼻っ柱を叩き折るためにも、『生け贄』に情けをかけるな。徹底的にねじ伏せろ!」 男の最後の言葉に、獰猛な男達は一声大きく雄叫びを上げ、我先に…と部屋を飛び出していった。 クラウドの目の前に立っていた数人の男達がクラウドを追い抜いて行く…。 クラウドは半瞬遅れてそれに続いた…。 いや、続こうとして…。 「お前は残れ」 クラウドは足を止めた。 いや……止められた。 明らかに向けられている視線に、ビクリ…と身を震わせる。 ゆっくり…、ゆっくりと振り返る。 紅玉の瞳がひた…と、クラウドを見据えていた…。 誤魔化すことなど出来ない。 クラウドは自分が潜入しているのがとっくにバレていることを察しないわけにはいかなかった。 それにしても、この目の前の小柄な女には驚かされっぱなしだ。 女がテラスからいつの間に部屋の中へ戻って来たのかも気づかなかった…。 「お前が…クラウド・ストライフか?」 「…そうだ」 否定は無意味。 女がゆっくりと歩を進め、部屋の中央で止まった。 薄暗い灯りに、女の身体がチロチロと不安げに揺れているようにも見えるのに…この存在感は一体どういうわけか…。 サブリーダー的な位置にいるであろう男は、黙って女を見ていた。 「行け」 女はクラウドから目を逸らさずに言った。 男は一つだけ頷くと、クラウドの脇を通って……部屋から消えた。 通り間際に攻撃することもなく、黙って通り過ぎた。 クラウドも女から目を離す事無く男が黙って部屋を出て行くに任せた。 少しでも視線を逸らすと殺(や)られる。 そう…直感したからだ。 今すぐにでもティファの元に駆けつけたい気持ちは強い。 だが…出来ない。 この目の前の女からは、並々ならぬモノを感じる。 その得体の知れない力が、彼女を実際よりも大きく見せているようだ…。 小柄なのにとてつもなくデカイ。 華奢なのに……恐ろしいほどの威圧感。 クラウドはかつての銀髪の英雄を思い起こし、眉間のシワを深めた。 「実に上手く潜り込んだ。流石、ジェノバ戦役の英雄だな」 「………」 「ふん…面白くなさそうな面(つら)だな」 「………」 「おしゃべりはキライなようだな」 「………」 「ふっ…面白い」 「………」 女が1人でしゃべる。 クラウドは黙して語らず女を睨むだけだった。 決して手加減はしない。 手加減など出来ない。 早く目の前の強大な敵を倒してティファの元に駆けつけなくてはならない。 女の目が光った。 クラウドはマントの影に隠し持っていた帯剣を腰から抜き放った。 衝撃が室内を不気味に震わせた。 * 「局長!来ました、合図です」 飛空挺に乗り込んで数分後。 部下の報告にリーブ以下、英雄達はサッと腰を上げた。 黄色い点滅がスクリーンに映し出されている。 クラウドが帯剣を抜き放った証拠。 戦闘に突入した証拠だ。 「クラウドさんから何か報告は?」 「ありません」 「そうですか」 リーブは部下から仲間達へと向き直った。 ユフィが感心したように見つめているのに気づき、苦笑する。 「恐らく、戦闘に突入してしまったら簡単に報告は出来ないと思いましたのでね。クラウドさんのホルスターにちょっと細工をさせて頂いたんです」 「ふぇ〜、さっすがWROの局長だねぇ〜♪」 「うんうん、本当だよリーブ!すっごいよ!!」 ユフィとナナキの称賛の言葉にバレットとシドのニヒルな笑顔が重なる。 ヴィンセントは、飛空挺のハッチにいち早く着いていた。 いつでも突撃出来る体勢だ。 「…どうやら派手にやっているようだな」 眼下にそびえる古城の1階部分を見つめる。 闇の中にポッカリと浮かんでいる小さな灯り。 その灯りの中、踊るように二つの影が急激に接近しては、目を見張る速さで離れる。 離れてはまた近付き、交わり、そして離れる。 「…どうやら多勢に無勢という形勢に持ち込むつもりのようですね」 リーブが双眼鏡で確認しながら呟いた。 ユフィ、ナナキ、バレット、シドが力む。 ハッチを開けさせ、ヴィンセントが真っ先に飛び降りた。 「あ〜、ずるい!あたしもーー!!」 続いてユフィが宙に身を投げる。 シドがリーブに親指を立てて見せ、その後に続いた。 バレットが肩にナナキを担ぎ、 「じゃ、ちょっくら行ってくっからよ!」 「リーブ、情報よろしくね」 ナナキが言い終えるか否か…。 バレットも宙に飛び出した。 クルクルと旋回しながら堕ちていく。 危うい所でスカイボードを操ることに成功し、バレットも古城のてっぺんに着陸したのが見えた。 ヴィンセント達はすでにスカイボードをその場に残して古城内に突入している。 「全員、英雄に続いて突入せよ」 リーブの命令が下る。 同時に、 「妨害電波を最大限に放出せよ。各地にいる敵に暗号を送られるな!」 妨害対策も最大限に発するように命じる。 周りを飛んでいる飛空挺から次々と隊員達が飛び降りる姿が映し出された。 パイロット達、最低限の隊員はその光景を食い入るように見つめ、同僚の武運を祈っている。 その中で。 リーブただ1人が、沈痛な面持ちでスクリーンを見つめているのだった…。 |