― 『ねぇ、大丈夫…?』 ―
 ― 『お粥…作ってみたんだ。食べてみて?』 ―

 ごめんね…。
 小さなアナタ達にまで、私は心配をかけている。
 仲間達が毎日来ては叱咤激励してくれる。

 あぁ…でも…。

 ― 『ダメだよ、食べないと死んじゃうよ!』 ―
 ― 『お願いだから少しだけでも…!』 ―

 ごめんね。
 でも、どうか…。
 どうかお願いだから…そっとしておいて…。

 私の事は放っておいて…?
 お願い…。
 お願い…どうか…どうか…。


 あぁ…、私も『彼』のところへ行きたい…。







築く者 壊す者 5







 その目標地点になんとか『無事』と言える着陸をしたバレットは、身体全部で安堵の溜め息を吐き出した。
 肩からナナキが軽快に飛び降り、颯爽と城内へと駆けて行くのを慌てて追いかける。
 バクバクと動悸が激しいのは、はたして無事に着陸出来た高揚感からか、それともこの城に漂う緊迫した空気のせいか、バレットには分からなかった。
 廊下の照明はほとんどがその機能を果たしていなかったが、大きな窓から差し込む月明かりがその不足分を充分補っていた。
 ほどなくしてだだっ広い廊下に出る。

「うげっ…」

 はるか向こうに突き当たりの壁が見えるが、それまでにある部屋数にバレットは一瞬気が遠くなった。
 一体、何部屋あることやら…。
 昔の金持ちの道楽が分からない。
 バレットは、ドスドスと足音を立てながら、小さな点ですら見当たらない仲間達の背を追いかけた。
 一番に辿り着いたヴィンセントは影形もない。
 恐らく、俊足な彼の事だ。
 既に三階に向かっているのだろう…。

 バレットは、自分の鈍足を恨めしく思いながら、必死になって逞しい脚を動かした。
 と…。


 ビリビリビリッ!


 殺気の混じった闘気を感じる。
 同時にとても馴染み深い『仲間』の気配。

「クラウド!?」

 目の前の部屋のドア横の壁が大きく穿たれており、中が丸見え状態だった。
 そこで、繰り広げられている死闘。
 小さな体躯の『敵』が、中背の『誰か』と一対一の対決をしている。
 バレットには中背の『誰か』がすぐに分かった。
 彼の手にしている武器が、クラウド・ストライフであることを雄弁に語っている。
 あの剣をここまで自由自在に操り、戦う事が出来る人間をバレットはクラウド以外に知らない。

「な、なにしてやがんでぃ、お前ぇ!」
 ティファはどうした!?

 そう続くはずの台詞は、

「バレット!頼む、先に行ってくれ!!」

 クラウドの必死の言葉に遮られた。
 バレットはババッと、ややスローな動きで周りを見渡した。
 クラウドと戦っている『敵』以外、この場には誰もいない。
 そう、仲間達でさえも。

「よ、よしっ!んじゃ、先に行ってるから、お前ぇも早く来いよ!!」

 返事を待たずにバレットは階段目掛けて走り出した。
 仲間達もとっくにティファの元へと駆けつけているのだ。
 ここまで遅れを取っては、マリンに会わせる顔がない。

 バレットはもう既に疲れ始めてきた脚に力を込めて走り出した。


 *


「どこまでも気に入らない」
「……そりゃどうも」

 クラウドは覆面を被ったままくぐもった声で応えた。
 相手も覆面を被ったままだ。
 お互いに目だけが見える。
 当然、相手の手首や足首からは見えるのだが、スッポリとぶかぶかの服に包まれている。
 まるで『隠密同士の戦い』だ。
 いや、事実そうなのだろう。
 クラウドは敵の中に紛れてこの場にいる。
 そして、『敵』は『世の中から隠れて』この場にいるのだから…。

「皮肉だな」
「……」

 女がポツリ…とこぼした。
 クラウドはただ、スッと目を細めただけ。

 手の中の剣の柄をギュッと握る。
 一方、女は素手だった。
 ゴツゴツとした『プロテクター』が見える。
 クラウドの『紺碧』の目が彼女のそれを見据える…。

 初めての攻撃は、その『プロテクター』で防がれた。
 肘から手の甲まで防具としての機能を持つその『プロテクター』をはめた『彼女の細腕』が、『ジェノバ戦役の英雄』であるクラウドの攻撃を受け止めた時の衝撃。
 クラウドは一瞬、呆然とした。
 その一瞬だけで充分だったのだ…。

 クラウドは頚部に強かな蹴りを喰らった…。
 同時に両目に激しい痛みが走った。
 蹴り飛ばされながら、剣を持っていない手で両目を覆う。

 そして、壁にたたきつけられ、何とか直感だけで女の第二撃を防いだクラウドがその目を開いた時、彼はカラーコンタクトが取れたことを知った…。


「その目の色を手に入れるために支払った代償は?」

 女の赤い瞳が真っ直ぐ覆面の向こうから見つめている。
 クラウドも見つめ返した。
 逸らさない……二人共。
 その間…。
 クラウドの脳裏に浮かんでいたのは、燃える故郷、消える銀髪の英雄、そして…。


 ― 生きろ ―


 親友の……満ち足りた顔。

 とてもじゃないが語り尽くせぬものがある。

「…アンタには分からない」

 クラウドが口にしたのは…たった一言だけ…。
 一方、女は…。

「はっ、分かろうと思って聞いたわけではない。お前の『代償』が果たして『英雄』と呼ばれるに相応しいものか…、興味が湧いただけだ」

 鼻先で笑う。
 その直後、女は足を素早く動かした。
 クラウドの顔面目がけて拳大の石が飛んできた。

 あの『舌打ちをした男』を攻撃したのと同じ。

 クラウドは剣を使わず手の甲で弾き飛ばした。
 そして、すかさず前のめりに身体を倒して突進した。
 女はもうその場にはいない。
 高い高い天井へ飛び上がっている。
 クルリ、と宙返りをして天井に両脚を着けると思い切り天井を蹴ってクラウド目掛け、弾丸のように突進する。
 それをクラウドは大剣にて迎え撃つ体勢を取る。

 と、見せかけて、女が蹴りを喰らわせる動きに合わせて後方に宙返りをすると、蹴りを空振りさせる。
 女が素早く床をクルリ、と首を軸にして回転すると、あっさり立ち上がり、反撃に出る。
 その女の動きが完了するまでにクラウドは間合いを思い切り詰めていた。

 ガッ!!

 攻撃したのは剣ではなく……足。
 女も、よもやクラウドが大剣以外で攻撃するとは思っていなかったようで、強かに頚部へ蹴りを入れられ、成すすべなく壁の反対側に吹っ飛んだ。
 ガラガラと壁が崩れ落ちる。
 数百年もの間、手入れをされていなかった城が悲鳴を上げているようだ。
 クラウドは、少しばかり気がとがめる思いがした。
 いくら『敵』とは言え、女性がああいう風に壁の瓦礫に埋もれてしまう姿は…。
 正直、見ていて爽快な気持ちにはとてもじゃないがなれない。

 山と積まれた瓦礫。
 その瓦礫の中からは、相変わらず『彼女の気配』はっきりと分かる。
 コレくらいの攻撃では、彼女に大ダメージは与えられないのだ…。

 クラウドはほんの少しの良心の呵責を振り切るチャンスを手に入れられてホッと息を吐き出した。
 だが…。

「…本当に容赦のない」

 バラバラと、瓦礫の中から立ち上がり、肩や頭、袖にかかった埃をパンパンと叩きながらはたく彼女の…。

「まぁ、『女だから』と侮られるのは私にとって屈辱以外の何者でもないから、この場合は『歓迎』を示さなくてはならないな」

 ひた、と見据える彼女の瞳に、クラウドは無表情を辛うじて保ちながら息を飲んだ。


 彼女の覆面は、瓦礫に埋もれた際に破片などでボロボロになって頭からだらりと垂れている状態であり、役に立たない。
 小さな顔。
 ユフィと同年代くらいの…女。
 漆黒の黒髪をベリーショートに切り込んでおり、毛先は癖毛のせいか、ピンピンと好きな方向へ跳ねている。
 勝気に引き結ばれた唇、『女性』の色気を出すまであと少し…といった彼女の素顔。
 クラウドはその彼女の猫のようなクリクリした『目』に釘付けになった。


「バレてしまったか…まぁ、それも仕方ない」


『紺碧の瞳』


 ソルジャーの証であるアイスブルーの瞳が、獰猛な肉食獣のような鋭い眼差しでクラウドを見据えていた。
 クラウドは戦慄すると共に、彼女が何故ここまで強いのかを知った。

 元・ソルジャー。

 主にソルジャーはクラウドが持っているようなバスターソードを使う。
 だが、中には彼女のように素手での格闘を得意とする者もいた。


「お前…元・ソルジャーなんだな」


 クラウドの言葉に、彼女は唇の片方を持ち上げ…笑った。


 *


「くっ!!」

 ティファは焦っていた。
 階上から人の気配が濃厚になってきている。
 この獰猛で陰鬱な殺戮者の気配は、間違いなく『敵』だ。
 しかも、かなりの人数。
 目の前のイカレた男1人との一対一の対決でもなんとか渡り合っている状態であるのに、ここで増援されるととてもじゃないが『健闘』は無理だろう。
 だがそれは、男には望んだ状況ではないらしい。
 男は背後から近付いてくる味方達に、ハッキリとイヤそうな顔をした。

「ちっ。余計なやつ等がやって来やがった」

 その一言で、ティファは『敵』の絆が、細くて脆い繋がりでしかないことを悟った。
 男はティファの予想以上に愉しんでいたのだ。
 ティファとの一対一の対決を。
 男にとって、この戦いは心踊り、血が騒いで仕方ない『神聖な儀式』のようなものなのだろう。
 それが、同じ目的を持つとは言え『味方とは言えない』奴らに穢されようとしている。

 ティファには不幸中の幸いだ。

 男は首をコキコキ鳴らしながら不快気に顔を歪ませ、思案している。
 ティファは身体をいつでも動かせるように体勢を崩さない。
 男はそんなティファをいやらしい目で舐めるように見つめる。

『気色悪い』

 そう思わずにはいられない。
 口に出すのも憚られるようなことを考えているのは明白だ。

 ティファを己だけの力でねじ伏せ、戦えなくなった後…、存分に己の欲望を打ち付ける。

 そんな下衆の欲望と、仲間達がこぞって自分に怒りを発した場合の報復を天秤にかけているのだ。


『あと少しで来てしまう…』


 どんどん空気が張り詰め、圧迫感が強くなる。
 ティファは男が決断を下すのを待たなかった。

「そっちが来ないなら私から行くわよ!」

 この戦いで、彼女は初めて男を怒鳴りつけた。
 いや、声をかけたことすら初めてだ。
 男の目が見開かれる。
 その混濁した黒い瞳にティファの姿があっという間に大きくなった。


 ビュンッ!
 クルッ、ストン。
 ガガガッ!
 ブンッ、バシッ!


 立て続けに拳を繰り出し、宙で回り足技へと切り替える。
 そのたび、男は間一髪でよけ、時には腕で受け止め、反撃を試みてティファの手の甲で払いのけられる。

 拳が直接身体に当たるほど。
 彼女の足技が華麗に披露されるほど。

 男の迷いが急速に消えていくのをティファは見て取った。


「へへっ!流石、『ジェノバ戦役の英雄様』だなぁ!!」


 歓びの声を張り上げ、男は近くの窓ガラスへ石の破片を蹴りぶつけた。
 派手な音がして古い窓が呆気なく宵闇への口を開ける。
 ティファから目を離さないで、男は口元を吊り上げたままテラスへと踊りこんだ。
 ティファもそれに釣られるように…と見せかけて後を追う。

 広いテラス。
 セブンスヘブンの店内の半分はあるだろう。
 そのだだっ広い足場で、ティファは男と対峙した。
 夜の暗闇は、月の灯りで辺りを照らされ想像したほどでもなかった。
 男が跳躍する。
 斜め後方上にあるテラスのへりに手をかけ、そのまま自分の身体を反転させて持ち上げる。
 ティファはそのまま数歩助走をして後を追った。

 素晴らしい跳躍。

 男が飛んだ以上の高さを飛ぶ。
 二階のテラスに着地する直前、男が攻撃を仕掛けてきた。
 蹴りわざと見せかけて軸足で石を飛ばす。
 ティファはそれを片手で弾き飛ばし、そのまま男の顔面を蹴りつけた。
 半瞬の差で、ティファの脚がテラスの床面を抉る。
 そのまま、テラスに着いた方の脚を軸にして、横に転がって逃れた男の頚部を蹴りつけることに成功した。
 男がくぐもった呻き声を一瞬上げる。
 そのままティファはクルリ…、と軸足をそのままに1回転し、片手を軽く着いて両足を床面につけ、思い切り男向かって飛んだ。

 男が身体をグルリ、と床で転がしながら起き上がる。
 いや、起き上がろうとした。
 しかし、それは叶わなかった。
 ティファが軸足にした床面にはヒビが入っていたのだ。
 古い城。
 それも、何百年も昔に放置されたままの城。
 男が起き上がろうとしたまさにその場所が、ティファが軸足にした石面の延長線上にあったのだ。
 男の足場が崩れる。
 慌ててその床から離れようと焦った男には見えなかった。
 ティファが肉薄していることが。

 ティファの拳が男の鳩尾にヒットしたのは偶然のもたらした幸運か、それとも男の不運が招いたことか。

 目を最大限に見開いて男は身を屈めた姿勢のまま、テラスから飛ばされる。



 毒沼目掛けて…。



 ティファとの一騎打ちを望み、彼女を己の実力だけでねじ伏せる欲望を満たすためにわざわざ『味方とも言える輩』から遠ざかった男は、己の招いた最悪の状況に飲み込まれた。


 高い水しぶきの音が風に乗り、背を向けて城内へ向かって駆け出したティファの耳に微かに届けられた。
 ティファはわざわざ確かめなかった。
 テラスからあんなにフッ飛ばしてやったのだ。
 男が空を飛べない限り、毒沼に落ちるのは必然だ。
 そして、男の身体には自分同様、いくつも『生傷』がある。

 毒沼にその傷が晒されて平気な人間はいないだろう。

 ティファは、そのまま斜め上方にあるテラスを見上げた。
 視界の端に、同じ階にまで迫ってきていた敵を認める。
 敵の大半は一階に気をとられている。
 脇目も振らず、階段を降りる気配がする。
 ティファは、再び軽く助走をして跳躍した。


『クラウド!』


 上方からする愛しい人の気配。
 彼が対峙している『敵』の強大な気配に焦燥感を感じながら…。