― 『なんでアイツが死んじゃったんだろう…』 ―

 仲間の声が聞える。

 ― 『情報が漏洩していたのか…もしくは…』 ―

 うるさい…。
 そんなこと、今更詮索してどうなる?
 彼が帰って来るとでも…?

 ― 『あんなに強ぇ奴が……ありえねぇだろう!』 ―

 そう…普通ならありえなかった。
 だから……今でも信じられないのに…。


 ― 『…裏切り者がいるんじゃないのか…?』 ―



 凍っていた心に火がついた。









築く者 壊す者 6







 先頭を走っていたヴィンセントは、仲間の気配が急に近くなったことに気がついた。
 足を止めようとして、思い直す。
 彼女が自分達のいる階よりも上に目指そうとしていたからだ。
 恐らく、敵のリーダーと戦っている『彼』の元へ行くつもりなのだろう。
 ヴィンセントは後ろをピッタリとついてきているユフィとナナキに向かって声をかけた。
 顔は前を向いたままだ。

「私は先に一階へ向かう。そこで挟み撃ちだ」

 返事を待たず、大きくヒビの入っている窓ガラスに足元の小石を投げつけ、同時にテラスへと躍り出た。
 ユフィとナナキはニッと口元に笑みを浮かべ、そのまま何も言わずに階段を半分飛び降りるようにして敵の後を追う。
 まだ、敵達は気づいていないらしい。
 ティファがギリギリのところで階上へと向かっていることを。

 つまり、見事に『すれ違っていること』を。

 敵達の力を侮っているわけではない。
 正直、よくもここまで猛者が集まったものだと驚嘆している。
 だが、彼らには『仲間』という概念がない。
 それが、今回の失敗となるまで、そうそう時間はかからないだろう。

 ユフィとナナキ、そしてヴィンセントが敵の絆が脆いものだと知るのに時間は必要なかった。
 誰も彼もが我先に己の欲を満たすため、突っ走っていることが空気で分かる。
 WROからの依頼を頻繁に請けているヴィンセントとユフィには、その任務の過程で否が応でもその空気に触れる機会が多かった。
 ナナキは元々、野生の勘が鋭い。(野生の動物だし)。
 少し遅れて追いかけているシドと、かなり離れているバレットには、『敵の絆の深さ』を知る機会はあまりないかもしれない。
 バレットの場合は、アバランチという組織のリーダーを務めていたので、本当ならそういった『空気』に触れる機会が多く合っただろうに、生来の『鈍感さ』がその機会を無駄にしていた。
 だが、それを欠点だとは仲間達は思っていない。

 情に厚く、少々強引に突っ走って転ぶ。

 それが、バレットなのだから。
 そんな『情に厚く』『少々強引に周りを巻き込む』という彼の性格ゆえ、仲間達は苦笑しながらも手を貸し、共に戦う。
 そういう奴なのだ、バレット・ウォーレスという男は。

『ま、説明しなくてもアタシ達が敵と戦ってたら一緒になって戦うっしょ。それでオッケー、オッケー』

 ユフィはそう考えていた。
 この目まぐるしく変わる可能性のある戦局では、一々仲間に細かいことまで説明出来ない。
 ナナキは黙ったまま、ユフィと併走していたがそのスピードを上げた。


 最後尾の敵の背が見えたのだ。


 小さな呻き声を上げることすら許さないナナキの攻撃に、最後尾の敵が地に伏す。
 完全に床に倒れこむのを、ユフィが繊手を伸ばして防ぎ、真横にあった部屋に引きずり込んだ。
 敵達は仲間が一人やられたことにすら気づいていない。
 ナナキはそのまま失速せずに、新たに最後尾となった敵の背後ピッタリにくっ付いた。
 やや小柄な敵がハッ!と振り返る。
 しかし、ナナキのほうが早い。
 相手が銃を構える前に飛び掛って床に押し倒す事に成功する。
 その倒れた音でようやく敵は自分達の背後に迫っていた英雄の脅威に気がついた。
 一斉にホルスターから銃を抜く。
 ナナキは床に押さえ込むようにしていた敵から俊敏に離れた。
 半瞬遅かったら、床に押し倒した敵諸共蜂の巣になっていただろう。
 不幸な小柄な男は、仲間と人くくりに呼べる男達の手によって星に還った。

 躯になった仲間を気にかける事無く、敵達はナナキを追って発砲を続ける。
 天井、壁、床、柱…。
 壮大な城に弾丸が無礼にもその痕を残す。
 敵は自分の手柄にすることしか考えていない。
 だから、気づかなかった。


 ナナキは1人ではないということを。

 おおよそ、自分とかけ離れたことは想定しにくい。
 それが人間だ。
 思い込みで動いていないつもりでも…。
 あらゆるシュミレーションを頭に描き、経験を積んでいたとしても…。


 目の前にご馳走がぶら下がると、冷静な判断は難しくなる。

『英雄達』に気づいたのは、ナナキが床に着地し、腰を落として襲い掛かる体勢を改めて取った時。
 自分達の手から武器がなぎ払われた時。
 自分達の脚、腕にいくつもの銃痕が穿たれた時……。


 耳障りな叫び声を上げながら、敵の半数は血に倒れた。
 残りの半数は、負傷した仲間を盾にして攻撃から身を守っている。
 不幸な男達の血しぶきと悲鳴が上がった。


「アンタ達、仲間を盾にするなんて、一体どういう了見だーー!!!」


 ユフィの怒鳴り声と、


「そんなことを言っても無駄だろう…。おおよそ、こいつ等には相応しくない言葉だ。『仲間』などとはな…」


 ヴィンセントの言葉が混乱する敵達の耳に届いたかどうかは…不明だ。


 そんなことは構わず、ヴィンセントとユフィ、そして後から合流したシド、バレットと共には敵の戦闘力を減らすために尽力した。
 一時たりとも気を抜けない。

 ヴィンセントの銃、バレットの機関銃、シドの槍、ユフィの巨大手裏剣、ナナキの牙。

 誰も手を抜かない。
 現況を理解し、冷静さを取り戻した敵達の力は決して侮れない。
 ユフィが軽く跳躍し、敵の頭上から『クナイ』の攻撃を試みる。
 しかし、敵の1人がユフィの動きとその目的を素早く察し、ユフィ目掛けて石を投げつけた。
 恐らく大理石で出来ているだろう床の破片は、正確にユフィの顔面にヒットする。
 宙でユフィはバランスを崩して敵のど真ん中に落ちる。
 しかし、間一髪でナナキが飛び、ユフィの襟首を咥えて敵の手から救い出した。
 そのまま床を駆けるナナキの背にいくつも銃が向けられる。
 それを防いだのもやはり『仲間』だった。
 バレットとヴィンセントが的確に敵の脚を撃つ。
 シドが得意の槍を振りかざし、敵の連携を絶つ。
 済し崩す…ところまではどうしても無理だったが、それでも敵を個々人で叩けるような状況に持ち込もうとした。

「…18人か…」

 脅威となりうる敵の数を数え、ヴィンセントは眉間の寄せたシワを深めた。
 想像していた以上に残っている。
 予定では、ティファをクラウドが中で合流し、その混乱に乗じて一気に叩く予定だった。
 WROの隊員達が古城に到着した気配を感じるが、隊員達でこの敵を相手に出来るかは…正直疑問だ。
 リーブが選んだ隊員達は決して弱くない。
 当然だ。
 今回の任務はそこら辺のモンスター駆除とは訳が違う。
 選りすぐりの精鋭部隊だ。
 だが…。

 ヴィンセントは焦りを感じた。
 このままだと、隊員の多くが死傷する可能性がある。
 敵の武器もさることながら、持っている戦闘センスが抜群に良い。
 かつての神羅時代を髣髴とさせる…。

「…チッ」

 余計なことまで思い出し、ヴィンセントは舌打ちをした。


 *


「はっ!」

 短い気合。
 襲ってくる強大な力。
 クラウドは近付いてくるティファの気配に焦りを感じながら、女へ向けてバスターソードを振り下ろした。
 あっさりとプロテクターによってガードされる。
 次の瞬間、クラウドは強烈な痛みを腹に感じながら、一瞬意識が飛びかけた。
 接近戦を得意とするこの女の間合いに入ってしまったため、彼女の拳が鳩尾に的確に打ち込まれたのだ。
 思わず膝をつきそうになりながら、半ば本能で崩れる体勢そのままに、女目掛けて蹴りを喰らわせる。
 まさかこの状態で蹴りをするとは思わなかったようだ。
 肩を思い切り蹴り飛ばされ、弾丸のように壁にぶち当たる。
 が…。

 クルッ、ズダンッ!!

 壁に激突する直前、女は宙で身を返し、身体一杯まで手と足を広げ、壁を『床』に変えてしまった。
 片手、両脚を壁に着け、クラウドを見据える。
 魔晄に染め上げられた目と目が重なる。
 1人は驚愕に…、もう一人は闘争心むき出しの色を浮かべて…。


 ガガガッ!!


 女の拳、膝、肘がクラウドを襲う。
 クラウドはそれを膝、腕、そしてバスターソードで防いだ。
 これ以上ボディーに入れられたらひとたまりもない。
 クラウドは噴き出る汗を感じながら、集中した。
 この部屋からこの女をたたき出さなくてはならない。
 いや、正確には『毒沼』へ突き落とすのだ。
 もう、この女を『生きたまま』捕虜にするのは無理だと分かった。
 これほどまでに強力な敵を、その戦闘力だけを奪って捕虜にするのは不可能だ。
 それに、よしんば捕虜にすることが出来たとしても、彼女がWROの施設内で回復したら一体どうなる?


 報復するに決まっている。


 勿論、簡単に脱獄など出来ないセキュリティーシステムがあるし、なんなら彼女の身体の傷を癒しはしても薬物を投与することで戦闘力を封じることは出来るだろう。
 だが、それだけではダメだ…とクラウドは思った。
 彼女には…この目の前の女には通用しない。
 何故かそう断言出来る。
 それは、同じ様に魔晄を浴び、ジェノバ細胞を体内に組み込まれてしまった者同士だから分かることなのかもしれない。
 とにかく、クラウドはこの女を捕虜とすることを諦めていた。

 捕虜にしないなら…どうする?
 決まっている。


 クラウドはやりきれない思いを抱きながら、気負う声を上げつつ女に斬りかかった。


 *


 その隊員が一番最初に行ったのは、屋上にあった2機の飛空挺の機能を奪うことだった。
 敵が逃げ出さないためには欠かせない。
 彼がそれを実行し終え、ホッとしてもう一つの飛空挺へと向かおうとした直後、仲間が警告を発した。
 振り返る間もなく、その隊員は側頭部に強い衝撃を受け、吹っ飛んだ。
 あっさりと毒沼目掛けて落下する仲間を、数人の隊員達が屋上から何やら叫びながら覗き込む。
 慌てて飛び込んで助けようとする者。
 それを静止する者。
 隊員を殴り飛ばした敵へ向けて発砲する者。
 リーブへ向けて状況報告する者。

 様々なことがその時、同時に起こった。

 リーブは飛空挺からそれらの一部始終をスクリーンで見ていた。
 他の飛空挺へ、落下した隊員を大至急助けるよう命令を下し、同時に傍らに控えている大佐達へ屋上への援軍として急行するよう命じる。
 大佐達の動きは俊敏だった。
 スカイボードを手早く装着し、ハッチから躊躇いなく飛び降りる。
 スカイボードのエンジンが赤く宵闇に浮かんだ。
 リーブは焦燥感に駆られ、歯噛みしながら屋上の状況を見つめた。
 自分の部下達が、次々と負傷させられていく…。
 屋上に倒れたまま身動き一つしない者もいる。

 屈強な身体つきをしているのが、服の上からも分かる。
 肩からむき出しになっているその腕の筋肉。
 体躯からは想像も出来ない程の鮮やかでしなやかな俊敏な動き。
 一番最初に毒沼に叩き落された部下を救出成功、という喜ばしい報告は、しかしリーブの気持ちを浮上させるにはいささか力が足りなかった。
 新たに部下が毒沼に落ちていくのが確認出来る。
 巨漢の敵を、駆けつけた大佐クラスの隊員達が取り囲む。
 一人の敵に対し、多勢に無勢…と言われるかもしれない。
 だが、そんなことに構っていられるわけがない。
 大佐クラスの1人が、銃を構えて躊躇わずに発砲する。
 しかし、男はそれを腕でガードした……ようにリーブの目には見えた。
 大佐達が驚愕して立ち竦んでいる姿も、映像からは分かりにくいのだが、多分そうなのだろう。
 その一瞬の隙を敵は待ってはくれなかった。
 大佐クラスの隊員達が全員のされてしまうまでにそう時間はかからない。

 リーブは握り締めている無線を握りなおすと、入力番号を変えた。


「皆さん、どなたでも結構です!屋上に急行して下さい!!」


 仲間に助けを求めたリーブの目に、また1人部下が古城から落下するのが見えた。


 *


「ユフィ、行けるか?」
「うん、大丈夫」

 顔面に喰らった石は、彼女の右頬を赤黒く腫らしていた。
 だが、ユフィの目から強い光を失わせるだけの力はなかったらしい。
 たった今受けた仲間からのSOS。
 ヴィンセントが短く問いかけ、ユフィは頷いた。

「わ、悪ぃ…俺は…ちょっと…」
「大丈夫だってバレット!ここはアンタとシドとヴィンセントに任せるからね」
「お、おお…俺様も…すまねぇ…」
「良いんだって、おいらも一緒にユフィと行くから」
「ナナキ、行こう!」

 既にここに来ることで息切れを起こしているバレットとシドの大人組みをヴィンセントと共に残し、ユフィとナナキはもと来た道を全力疾走で戻った。
 リーブの声があれほど悲痛に彩られていたことはかつてあっただろうか?
 あぁ…そうだった。
 あの旅の頃。
 リーブが神羅の幹部と明白になったとき、彼は同じように助けを求めた。
 それも、自分の身の安全のためのSOSではない。
 第三者、自分とはなんの縁もない人達を助けるためのSOS。
 恐らく、屋上に『敵』がいるのだ。
 それもかなりの強敵。
 隊員達がこの古城に到着した気配はするのに、一向に近づく気配が無いのも、それで納得が行く。

 だがしかし。

 ユフィもナナキも口にはしなかったが、どうにも納得出来ないことがあった。
 自分達も屋上から潜入したのだ。
 それなのに、強敵の気配はなにもなかった。
 一体どこですれ違ったのだろう…?
 なにか見落としていないだろうか。
 その見落としている『なにか』が、この戦局を大きく左右するものだったら?

 ユフィとナナキは互いにその可能性を口にしないまま、屋上目掛けて疾走した。

 階段を駆け上る。
 広い廊下を走る。
 天井まで届く大きな窓からは、月が覗いている。
 灯りはその月の光と所々で点いている照明。
 不気味さに拍車がかかる。
 屋上へと近付くにつれ、ユフィとナナキの全身が総毛立ってきた。
 首の後ろがぞわぞわとする感触は……実に久しぶり。

「ナナキ」
「なに?」
「負けんじゃないわよ!」
「当たり前だよ」
「絶対に…これ以上誰も死なせないんだからな!」
「うん!」


 走る。
 走る。
 息が切れる。
 心臓がバクバクと脈打っている。
 だが、止まらない。
 速度を緩めてはならない。

 階段を駆け上り、屋上の扉を思い切り蹴破って……!!


「「 !? 」」


 駆けつけた二人の英雄は目にした光景に目を見開き、息を飲んだ。

 月明かりの下、グッタリと意識のない隊員の胸倉を掴んで更なる攻撃を加えようとしている『鬼』がいた。
 その『鬼』が、ゆっくりと二人へ顔を向ける。


 ドサリ。


 興味をなくしたように、隊員から手を離す。
 隊員は、床に崩れ落ちて動かなかった。
 なにかが床に広がっていく。

 血だ。


 そうだと分かった瞬間。



こ、この野郎ーー!!!!



 ユフィの怒りが爆発した。