― 『WROの情報が漏洩していた可能性は?』 ―
 ― 『……今、私のほうでもそれを探っている所です…』 ―

 沈痛な面持ちをしているこの目の前の男が…。
 この男がもう少ししっかりと自分の部下を管理していたら…。

 ― 『おい、その可能性があると言うことか!?』 ―
 ― 『…恐らく…』 ―

 途端に上がる仲間達の怒号。
 それをどこか遠いものに感じながら、私は……。







築く者 壊す者 7







 ナナキはユフィを咥えて後ろ飛びに敵の攻撃から辛うじて逃れることに成功した。
 ナナキに襟首を咥えられているユフィは、顔を顰めて浅く息を繰り返している。

「ほぉ、流石はジェノバ戦役の英雄。申し分のない相手だ」

 ナナキの全身の毛が総毛立つ。
 自分達はこれでも腕に覚えがある。
 二年前の戦いを潜り抜け、平和を手に入れる足がかりとなったのも、自分達の力が僅かばかりでも貢献していると自負している。
 だからこそ、『ジェノバ戦役の英雄』という称号を甘んじて受けているのだ。
『英雄』としての計り知れない十字架を皆、その背に背負っている。

 だのに…。

「さあ、楽しませてくれ」

 両腕を広げて歪んだ悦びに浸っている『鬼』が恐ろしい。
 セフィロスとは違うおぞましさを感じる。

「…ナナキ…離して」
「大丈夫かい?」
「ん…」

 額に汗を浮かべながらユフィが呻くように言った。
 どのみち、ユフィを咥えたままではナナキは戦えないばかりか、逃げることすらままならない。
 ならば、ヴィンセント達が他の敵を一掃させて加勢に来てくれるまで、なんとかしのぐしかないだろう。

 それにしても…。

 この目の前の男の強さは一体なんだ?
 それに。
 何故か、身体が思うように動かない気がする。
 相手の底知れない不気味さに萎縮してしまったのだろうか?

 ナナキは考えた。
 目の前の敵から目を逸らさず、相手の気配を窺いながら…。

 そうして。


 ピクッ。


 何かが引っかかる。
 ナナキがその引っかかった何かに意識を集中させようとしたその瞬間。


 ビュッ!!


 風を切る音が耳元を掠めた。
 飛んできたものの正体を確かめることなく、ナナキは本能でユフィの上にのしかかって『ソレ』をかわした。
 背後で何かが砕ける乾いた音がする。
 同時に、ナナキの鋭い嗅覚が『ソレ』の正体を嗅ぎ分けた。

「ウッ……」
「あぁ……ユフィ…、ダメ……吸ったら……」

 言っている傍からナナキとユフィの身体から力が抜け始める。
 男の目が月光に照らされ、爛々と光っているのが見える。
 獲物をいたぶることを何よりも悦びとする、ジャッカルのような…獰猛さ。

「気づくのが少々遅すぎたな。敵の本拠地に乗り込むにあたり、いささか警戒がなさ過ぎたのではないのか?」
 それとも、自分達の前には敵などないも同然、と自惚れたか…?

 男の嘲笑が二人の鼓膜を不快に叩く。
 男が投げつけたもの。
 それが、『毒』を粉状にしたものだと、二人は身を持って思い知らされたのだった。
 しかも、どうやら『遅効性』のものらしい。
 徐々に身体の自由を奪うという、性質の悪いものだ…。

『あ〜…道理で身体がなんか重いと思ったんだよねぇ…。アタシともあろう者が…不覚』

 翳む視界に男が目を細めてせせら笑うのが見えた…。


 *


『それ』は、ゴソゴソ、ガサガサと蠢いていた。
 埃っぽい古城の中、非常に似つかわしくない『文明の利器』が溢れる部屋の中、ゴソゴソ、ガサガサ。
「あ〜…これもちゃう」
「ん〜…これもちゃう…」
「う〜…どれや一体…」
 などと言う呟きとも愚痴とも言えることをボソボソ呟きながら。
 真っ暗闇のはずであるその部屋は、『それ』がガサガサと動く細かな動きに合わせ、小さな灯りをユラユラ、フラフラと揺らめかせていた。
 部屋の片隅を、ねずみの親子が警戒しながら眺めている。

 と。

「あ、あった!これや!!」

 思わず上がった喜びの声。

 キキーッ!

 ねずみの親子は驚きの叫びを甲高く上げながら一目散に走り去った。
 その親子に構う事無く、『それ』は実に手際良く『解体』を始めた。
 目的のブツを探すのに手間取った反動であろうか。
 その作業はものの数秒で片がついた。
 と言うよりも、途中から『解体』から、ただの『破壊』に変更してしまったからだ。
 念の為持っていた『小型ハンマー』で叩き壊す。
 派手に壊れる音と共に、『プシュ〜』という、なんとも漫画で出てきそうな悲しい悲鳴を上げ、『ソレ』は壊れた。
 白煙が上がり、最終的に『ボンッ!』と小さな破裂音を上げて、『ソレ』は機能を停止した。

 ケット・シーは、目的である『敵の通信機』の破壊を終えると、コソコソコソッと侵入した要領でその部屋からの脱出を試みた。
 現在、部下であるWRO隊員達と仲間達が内部をかく乱しているので、簡単にこうして『通信機』を破壊することが出来たが、恐らく通信機の見張り担当の敵がもうそろそろ戻ってくるはずだ。
 混乱と不安に駆られた敵が取るべき道は限られている。
 仲間を見捨てて己の保身に走るか…。
 破れかぶれで突進するか…。

 仲間に救助を求めるか…。

 救助を目的としてはいなくとも、警戒を促すためにも味方との通信を検討するのは必至。
 今、各地に潜伏している敵達に一斉蜂起されるわけには行かない。
 そんなことになったら、まだまだ把握し切れていない地域で、多数の死傷者が出てしまう可能性がある。
 なんの罪もない人々が犠牲になるなど、とてもじゃないが容認出来ない。

 ケット・シーは半開きの窓枠によじ登り、窓の外へと小さな身体を押し出した。
 間一髪。
 通信機の部屋のドアが開き、敵の1人が目を見開いて立ち竦んでいる。
 何やら喚きながらボロクズと化した通信機に駆け寄り、また何やら喚きながら部屋から転がり出て行った。

「今ので最後のはずや…」

 ケット・シーは計算する。
 隊員達の事前報告には、4つの通信機が確認されていた。
 もしかしたら、まだ使われたことのない『通信機』が予備としてあるかもしれない。
 古城に持ち込まれていた敵の通信機は旧型で、WROの科学班がその通信機を傍受し、逆探知することでどの部屋に通信機が配置されているかデータを検出したのだ。
 だから、もしもまだ使われていない通信機があったならこれは問題だ。

 ケット・シーは暫し黙考した。
 ここで考えても仕方ない。
 たった今、慌てて出て行った敵の後をつければ良かったのかもしれないが、このぬいぐるみの姿では追いつくのは不可能だろう…。
 逆に捕まってしまうのがオチだ。
「…1個くらい通信機が残ってても、まぁなんとか妨害出来るやろ」
 ならば、この古城周辺に流している妨害電波を現状のまま続行させ、自分は仲間達の下へ駆けつけたほうが良い。
 何しろ、この姿はあくまで『仮』の姿。
 生身ではないので、もし間違って毒沼に転落しても死ぬことはない。

「我ながら、こういう時は本当に便利やなぁ」

 自画自賛しながら、えっちらおっちら、壁を登る。
 WROの科学班が改良してくれた『ぬいぐるみ』なだけはある。
 動きが非常に滑らかだ。
 今回の任務が終ったら、特別手当を出してやらなくては!

「まぁ、なんやなぁ…。ほんまにエライしんどいなぁ…」

『ぬいぐるみ』だからだろうか。
 隠して抑えていた本音がついつい洩れる。

「なんで…上手くいかへんのかなぁ…世の中は…」

 小さな身体には到底収まりきらない大きな悩み。
 愛らしい猫の『ぬいぐるみ』が口にするには、少々滑稽に感じさせられる……悲哀。
 ケット・シーは、その後も何やらブツブツ、呟きながら屋上目指して壁を登り続けた。
 そう…。
 分かっている。
 早く行かなくてはならない。
『ぬいぐるみ』である自分でしか出来ないことなのだ。
 ケット・シーはひたすら屋上を目指した。


 *


「グッ…」
「クラウド!!」

 ティファはテラスから部屋の中へ駆け込んだ。
 床に蹲っている人がいる。
 そしてその人よりも小柄な女がまさに今、踵落としを喰らわせようとしていた。

 思わず駆け出し、一瞬の差で女を殴り飛ばす。
 女は突然の乱入者に不意をつかれ、宙で体勢を立て直すことに失敗し、ティファの攻撃をもろに喰らった。
 ドアを突き破って廊下に殴り飛ばされる。
 ティファは自分が殴り飛ばした女に目もくれず、蹲っている人間…、クラウドを助け起こした。

「クラウド、大丈夫!?」
「…あぁ……」

 顔を顰めながらクラウドは大きく深呼吸を数回繰り返し、呼吸を整えた。

「…ったく、これじゃあどっちが『ヒーロー』だか…」
「!…もう、バカ!心配したんだから!」

 フッ…、とニヒルに微笑んだクラウドに、ティファは思わず涙ぐむ。
 クラウドの髪はグシャグシャ、頬には幾つもの擦り傷に浅黒い痣。
 恐らく、服で隠れている身体にも、沢山痣が出来ているのだろう。

 クラウドはそっとティファの手を外し、1人で立った。
 ティファもクラウドからそっと離れる。
 クラウドが1人で大丈夫、と無言で言っているその意思を尊重したのだ。
 ほどなくして、廊下に殴り飛ばされた女がゆっくりと室内に戻って来た。

「ふ〜ん…確かにジェノバ戦役の英雄…ってやつかな…」

 負け惜しみ……ではないその言葉を口にした女に、ティファは目を見開いた。
 クラウドのピンチに咄嗟に殴り飛ばしてしまったとは言え、まさかこんなに若く、可愛いという表現が似合う女性がクラウドをここまで追い詰めていたとは…。

 猫のようなクリッとした紺碧の瞳は、元ソルジャーの証。
 小さな身体に相応の細い腕や脚。
 細いウェストは、まるでまだ思春期の子供のようだ。
 それなのに、全身から溢れ出る闘気は凄まじい。
 格闘家同士、相通じるものがあるのかもしれない。
 ティファはゴクリ…、と唾を飲み込んだ。

「それにしても、折角一対一での決闘を邪魔するとは…ね。ティファ・ロックハート、随分と無粋なことをしてくれる」

 外見とはアンバランスな口調。
 ティファは困惑したようにただただ、女を見つめるしか出来なかった。
 何かを言うべきなのかもしれないし、女が言う言葉を聞かずにとっととクラウドと組んで『敵』に当たるべきなのかもしれない。
 だが、そのどちらもティファには出来なかった。
 どうして良いのか分からない。
 これが、山男のような巨漢でむさくるしい男なら話は別だったろうに…。
 華奢な女が相手だと、どうにも自分が悪いことをしているような気分になってしまう。
 しかし、女はティファとは違うようだ。

「さぁ、2対1でも私は構わない。さっさと終らせよう。時間が惜しい」
「…では行く」
「クラウド…」

 女の挑発とも取れる言葉に応えたクラウドに、ティファは思わず振り返った。
 クラウドは魔晄の瞳を真っ直ぐ女に向けている。

「ティファ、悪いけど手を出さないでくれ」
「でも…」
「頼む。先に屋上に向かって欲しい。どうやら屋上にバケモノがいるみたいだ」
「!……気をつけてね」

 後ろ髪を引かれる思いでティファは黒髪を翻し、その部屋を後にした。
 女の真横を通り過ぎる際、攻撃を仕掛けてくるかも…と一瞬警戒したが、女はティファをチラリとも見る事無く、クラウドにのみ視線を注いでいる。
 女がティファを攻撃することは無かった。


「さて、では仕切りなおしだ」

 階段を上るティファの足音が聞えなくなってから、女が余裕たっぷりに声をかけた。
 クラウドは辛うじて首に残っていた覆面をビリッと破り捨てると、バスターソードを構えた。
 そして…。

 爆発するように、二人は一気に間合いを詰め、拳と剣を繰り出した。


 *


 その異変に気づいたのはやはりヴィンセントだった。
 敵の総数は確実に減っている。
 やはり『腐ってもジェノバ戦役の英雄』というところだろうか…?
 敵の統率を乱すように、シド、バレット、ヴィンセントは攻撃を繰り返していた。
 絶え間なく銃と槍の攻撃を受けながら、敵達もよく健闘したと言えよう。
 だが、所詮『絆のない間柄』では、ジェノバ戦役の英雄達には勝てない。
 彼らが勝つ為には、利害の一致という部分だけででも一つの指揮の下、統率を保って攻撃をするべきだったのだ。
 何しろ相手はたったの3人。
 鈍足なバレットを囲んで倒す。
 それが成功したら次はシドだ。皆の力を合わせて潰せば良かった。
 最後は俊敏なヴィンセント。
 動きが流れるようにスムーズで、中々攻撃が当たらない。
 だが、一列か二列に並び、しらみ潰しのように攻撃をすれば大ダメージを与える事が出来ただろうに…。

 敵はそうしなかった。
 ひたすら自分達の『攻撃心』を満たすことしか考えていなかった。
 1人でも多く、踏みつけてのし上がることしかなかったのだ。
 そこが、英雄達との違い。
 息が上がってきたバレットを庇い、ヴィンセントが発砲する。
 ヴィンセントのがら空きになった背後をシドが補佐する。
 シドを狙っている敵に向けて、バレットが機関銃を発砲する。

 実に素晴らしいコンビネーション。
 ここまで強い敵と長い時間戦うことなど、あの旅以来だ。
 お互い、背を預け合って戦う。
 背を預けることが出来る喜びを再び実感する。

「ヘヘッ!良い感じじゃねぇか!」
「おうよ!この俺様がいるんだから、まぁ当然だな」

 勇ましい台詞を口にするバレットとシドだが、実はこの台詞を口にするのに二人共、3回ずつ息が切れて途切れている。
 頼もしい仲間との戦いはいっそ、清々しいほどだが如何せん、敵の数はこちらより多いわけだし、疲れるな、と言うほうが無理だ。


「おかしい…隊員達が1人も降りてこない」
「あぁん?」
「…確かになぁ…」

 寡黙なガンマンの言葉に、バレットとシドが怪訝そうな顔をする。
 そう。
 おかしすぎる。
 応援に行ったユフィとナナキも戻ってこない。
 自分達の目の前にいる敵の総数は、7名にまで減っていた。
 床は敵の血で海のようになっている…。
 この惨状に、まだ若いユフィと嗅覚の鋭過ぎるナナキがいないことを、内心ではちょっぴりホッとしていたヴィンセントだったが、いくらなんでも遅過ぎる仲間達に、不安が急速に胸を侵食していった。

「屋上で何かあったのかもしれない」

 背後で、仲間二人が息を飲み、ガリッ…と奥歯を噛み締める音が聞えた。

「隊員達が1人も降りてこないのも気になる」
「おぅ…」
「そうだな…リーブも何も言ってこないしよ…」

 ヴィンセントの足元に銃弾が打ち込まれて床に穴を穿った。
 シドとバレットを庇うようにしてヴィンセントは発砲しながら素早く後退する。
 大理石の大きな柱の陰まで来ると、弾薬を補給して再び発砲した。
 敵がまとめて3人、断末魔の叫びを上げて床に倒れる。
 これで敵の総数は4人になった。

「シド、バレット。一気に叩く」
「「 おうよ! 」」

 ダンッ!!

 天井高くまで飛び上がったヴィンセントに敵が銃を向ける。
 バレットがそれを機関銃で阻止し、シドは全速力で敵に向かって走り出した。
 敵の半分がヴィンセント、もう半分がシドに銃を向ける。

おぉぉおりゃぁぁあ!!

 シドの気合とヴィンセントの銃声が広い廊下に響き渡った。


 *


 屋上にものの数十秒で辿り着いたティファの全身から血の気が引く。
 ナナキがグッタリと横たわり、ユフィが巨大手裏剣を両手で持って全身で呼吸をしていた。
 そしてその目の前には……『鬼』。

「ユフィー!ナナキー!!」
「ティファ!?」

 ユフィの大きな目がティファを見る。
 その隙を突いて、『鬼』がユフィ目掛けて野太い腕を振り下ろした。

 声を上げることも、駆け寄ることも出来ない。
 ティファの目に、ユフィの頭が粉砕されるのが映る…。

 しかし。


 パーンッ!


 乾いた銃声。
『鬼』が呻き声を洩らしながら片膝をつく。

 ユフィが殴り殺されるように見えたのは、ティファの幻。
 現実のユフィは…。


「あ、危なかった……。サンキュー、おっさん」
「ハハ…、ご無事で何より」

 床に倒れこんでいたWROの大佐の1人が、『鬼』の脚に銃をぶち込んでいたのだ。

 ユフィはそのまま足を引きずるようにして身体のバランスをとると、片膝をついて呻いている男目掛けてクナイを投げつけた。
 狙い通り、ユフィのクナイは男の手の甲に突き刺さり、貫き通して床へ縫いこんだ。
 男の咆哮が上がる。

「…卑怯とか言うなよ。卑怯な手段を使ったのはアンタの方が先なんだからね」

 冷たい声音。
 ティファは初めてユフィの冷たい言葉を聞いた気がした。
 だが、そのことをしみじみと感じる余裕はなかった。
 片足と片手だけの負傷では……この『鬼』を止めることは力不足だったらしい。


「殺してくれるわ!!」


 怒声と共に男がユフィに突進する。
 巨大手裏剣を構えなおす暇など無い。
 横様に転がりながら攻撃を回避しようとする。
 だが、男の野太い脚の方が早かった。
 ユフィの横腹を強かに蹴り上げる。

 くぐもった呻きと共に、ユフィの華奢な身体が宙を舞う。
 ティファが弾丸のように駆け出す。
 男の第二撃が宙を舞うユフィに向けられようとして…。

 ティファの足技が男の頚部にヒットした。
 衝撃で男の手からサバイバルナイフが落ちる。
 続いてティファは身体の回転をそのまま勢いに利用し、反対の足で男の側頭部を狙った。
 これもヒットする。
 もう半回転し、今度は拳の攻撃に移ろうとしたティファの目に…。

 ユフィが落下する姿が映る。



「ユフィーー!!」



 巨漢の男に横腹を蹴り上げられ、意識を失った蒼白な顔のウータイの忍が、真っ逆さまに落ちる。