「おひさ〜♪」
「「リト(お)兄ちゃん!!」」

 新しく来店した人物に、看板息子と看板娘が顔を輝かせた。



絆 3




 グリート・ノーブルは相変わらずの色男振りを見せながら、優雅な身のこなしでセブンスヘブンの店内を真っ直ぐカウンターに向かって歩いた。
 途中、子供達が嬉しそうに駆け寄ってきたのでしゃがみ込んで軽がると抱き上げる。

「よっ!そんなに俺に会いたかったのか?」

 いつものように軽口を叩く青年に、

「「うん!!」」

 子供達が即答する。
 まさか、すんなりと頷かれると思っていなかったグリートは、目を丸くしたがニッと笑顔を見せると、
「そっか〜!嬉しいなぁ〜!!」
 看板息子と看板娘を抱き上げたまま、グリグリと子供達の頭に頬を押し付けた。
 くすぐったそうに青年の腕の中で身を捩る子供達の姿に、クラウドとティファがホッと肩の力を抜く。
 常連客達もどことなく表情を和らげると、それぞれ自分達の料理と話に戻っていった。


「いらっしゃい、リト君!」
「はい、いらっしゃいました」
 営業スマイルではない笑みを浮かべて出迎えの言葉を口にした女店主に、グリートは悪戯っぽく笑いながら子供達をゆっくりと下ろした。
 そして、チラリと店内を見渡し新しい店員を視界に納める。
「ふ〜ん…」
 何やら一人で納得したような……そんな声を漏らしただけで、あえて何も突っ込まず、グリートはティファに向かって、
「俺、カウンター席でも良いですか?」
 と聞きながら、返事を待たずにサッサと足を向けた。
 ティファはクスクスッと笑いながら「勿論よ」と青年の背中に返事を返す。
 そして、
「やぁ、クラウドさん!ひっさしぶり〜!!」
「ああ」
 軽く手を上げながらクラウドに挨拶をするグリートと、そんな彼に自然体で接するクラウドに目を細めた。


「いつもので良い?」
「はい、お願いします」
 ティファは青年の笑みに笑顔で返すと、彼のお気に入りのお酒を作りに取り掛かった。
 鼻歌混じりにテキパキと動くティファに、子供達が嬉しそうに目を合わせる。
「それにしても、一人で来るなんて珍しいわね」
 グリートに話しかけながらティファが手を動かす。
 話しかけられた青年はスツールにゆったり腰掛けながら、
「いつもいつも、ライやラナに囲まれてるわけじゃないですからねぇ〜。俺だって一人で飲みたい時もあるんですよ」
 と、同性でも惚れ惚れするような笑みをこぼした。

 日頃の言動から忘れがちになってしまうが、グリートもかなりな男前。
 その証拠のように、セブンスヘブンの女性客達が興味津々な瞳を向けている。
 グリートはその女性客達に軽く手を振り、上がった黄色い歓声にどこまでも人の良い笑顔を崩さなかった。

「…慣れてるな……」
 呆気に取られてグリートを見ていたクラウドが思わずこぼす。
「俺は基本的に女性全般に優しいですからね〜」
「お前……そのうち後ろから刺されるんじゃないのか……?」
 クラウドのその言葉に対し全く気を悪くした様子もなく、グリートはニカッと笑った。
「あっはっは。大丈夫ですよ、『ドロドロ関係』になった事ないですし、何より俺には世にも恐ろしい『お目付け役』がいますからねぇ…」
「……ラナさんか?」
「あとライね」
「まったく…」
 無邪気な笑顔につられて笑みを浮かべたクラウドに、ティファと周りの客達の胸がポッと温かくなる。
 子供達もどことなくウキウキと仕事に取り掛かっているようだ。

 ただ一人。
 新米店員だけは何となく手持ち無沙汰気味な様子でウロウロと視線を彷徨わせていた。
 もっとも、大繁盛のセブンスヘブンで働いているのだ。
 ほどなくして追加注文の声が上がり、ローグは気を取り直して接客業に戻ったのだった…。
 そんな青年の姿を、視界の端で捉えていたグリートに、ティファが料理を運んできた。
「はい、お待たせリト君」
「おお!店長自ら料理を運んで下さるとは勿体無い!」
「ふふ、オーバーね」
 大袈裟に喜んで見せた青年のおどけた姿に、傍にいた客達が小さく噴き出す。
 クラウドもクッと喉の奥で笑いを堪えると、ごまかすようにグラスを口に運んだ。
 ティファが嬉しそうに笑顔を見せたのは言うまでもない。

 和んだ店内の雰囲気に子供達がのびのびと接客業に戻る。
 常連客達が感じていた『違和感』という『壁』が自然と取り払われる。
 セブンスヘブンに女店主と看板娘、看板息子そして新米の店員の明るい声が響く。

 いつもの…。
 セブンスヘブン。

 クラウドは懐かしいその温かな空間に心からホッと息を吐き出した。
 だが、久しぶりにセブンスヘブンを訪れたグリートは違ったらしい。
 暫くは黙ってティファの手料理に舌鼓を打っているようだったが、実は隣に座っているクラウドを時折チラチラと盗み見たり、店内にも視線を投げていたり……さり気なく『セブンスヘブン』の様子を観察していたのだ。

 その結果…。

「それにしても、なんかすっごく店の雰囲気変わりましたね」

 ピクリ…。
 クラウドの片眉がひくつく。

「………………そうか…?」
「いや、その『間』が既に『肯定』してるみたいですけど?」
「………………そうか…?」
「ええ、そうです」
「………………そうか…」
 どことなくガックリと肩を落とすクラウドに、グリートは苦笑した。

 目の前の意気消沈とした青年が『ジェノバ戦役の英雄達のリーダー』とはとても思えない。

 どこにでもいる『普通の青年』。

 WROの隊員として日夜励んでいるグリートは、隊員達の間で密かに噂されている『ジェノバ戦役の英雄』という『英雄像』とのギャップに苦笑いを抑えられない。
 そもそも、WROの隊員達は『ジェノバ戦役の英雄達』に感化された人間が多い。
 そのくせ、グリートと数名の隊員達以外は、局長以外の『ジェノバ戦役の英雄』と直接接する機会に恵まれてはいないのが現実だ。
 その為か、『ジェノバ戦役の英雄』がどこか『神格化』している節が非常に強い。

『ま、仕方ないよなぁ…』

 ティファが手早く作ったお酒と手料理を口に運びながら、心の中でそう呟く。

 何しろ、星の危機を救った『英雄』なのだ。
 憧れが勝手に一人歩きして『ありえない理想像』を生み出したとしても仕方ない。
 本人達がそれに合わせる義理はないのだから…。

『でも、本当の姿を知ったら幻滅するだろうなぁ…』

 少なくとも、今、目の前に座っている『リーダー』を見てグリートはそう思った。

 だが、『幻滅するだろうな…』と思ったって仕方ないではないか…。
 隣に座っている美青年は、どこにでもいる『普通の人間』なのだから。
 隊員達が想像している『超越した偉人』ではない…。

『それにしてもほんっと……わっかりやすいよなぁ〜』

 クラウドの無表情で無愛想な性格を知っている『英雄達』が聞いたら目を丸くするような事を胸中で呟く。

 ― どこが分かりやすいのさ!? ―
 ― クラウドほど分かりにくい野郎はいないだろうが!? ―

 恐らくこのような反論が矢のように放たれることは間違いない。
 それでも、グリートには分かりやすい部類に入る。
 何故なら。

『ライに比べたら分かりやすい♪』

 持って生まれた紫の瞳のせいで、幼心を散々傷つけられた従兄弟は貝の口のようにその心を閉ざしてしまっていた。
 彼に比べたら、クラウドの胸中を読み取る事は難しいことではないのだ。

 グリートの目から見たら、クラウドは実に『可愛らしい』内面をしている。
 見た目とのギャップに緩みそうになる頬を引き締めながら、グリートはグラスを持ち上げた。

「クラウドさん、とりあえず乾杯しましょ!」
「…お前もう飲んでるだろ……?」
「ままま、そんな細かいこと男なら言わないで〜!」
「……ふぅ……」
「あ〜!溜め息吐いた!!」
「……ライとラナさんがいないとうるさいな……」
「ゲッ!!今から呼び出すのはやめて下さいよ!?」
「……さて…どうするか…」
「うっわ〜〜!!極悪魔人!冷血漢!!ちょっと聞きました、今の台詞〜!!」
「リト…他のお客さん達に絡むな。もう酔ったのか?」

 端整な顔立ちに似合わないほど、クルクルとよく動く表情に周りの客達が身体を揺すって笑う。
 呆れたような顔をして相手をしていたクラウドも、フッと笑みをこぼした。
 それまでにぎこちない空気が残っていたとしても、これで完全に吹っ切れた。
 クラウドのいつも通りの……数週間前まで見ることが出来た笑顔に、子供達が嬉しそうに笑い合う。

 客達の笑い声と気の置ける友人(?)の来店で、クラウドは久しぶりに穏やかな心地になったのだった。

「ところで、クラウドさん」
「なんだ?」
「『新米店員さん』のことで何か悩んでたんですか?」
 サラリと口にされたその言葉に、思わず焼き魚を噴き出しそうになって思いっきりむせ返った。
 ゼーゼーと肩で息をするクラウドの背を、笑いを押し殺しながらグリートが軽く叩く。
「な、な……」
「『なんで分かったのか』…ですか?」
 ニヤッと笑う青年に、むせ過ぎたクラウドが涙目でコクッと頷く。
「店に入った時、真っ先にクラウドさんが見えたんですよねぇ…。すっごく居心地悪そうな顔してたし、見た事ない店員さんがいるし…」
 チラッと視線を背後に投げる。
 丁度、ローグが女性客に微笑みかけていた。
 女性客もまんざらでもない顔をして笑みを湛えている。

 クラウドはムッツリと黙り込んだ。

「いつもなら、この時間に配達の仕事終ってたらエプロン着けてるでしょ?それなのに、カウンターの端っこに座って面白くなさそうな顔してるし。これで『ピン』と来なかったらかなり俺って『鈍感野郎』でしょう」

 カラカラと軽くそう言ったグリートに、クラウドは溜め息を吐いた。

「別に……『彼』が悪いわけじゃない……」
 ボソッとそう呟いてお酒を一口、口に含む。
「でも、面白く思ってないことも事実なんでしょ?」
 グリートも一言返してお酒を口に運んだ。
 実にあっさりとそう言い切られ、クラウドは再び居心地が悪くなった。

 いくら自分をごまかそうとしても無理だ、と思い知らされた気分だ。

 そう。
 ローグ・ラハが来てからというもの、実に面白くない。
 彼自身が自分に何かをした…というわけではないのに、どういうわけか……非常に面白くない。
 子供達がティファや自分と同じ様に笑顔を向けるのが面白くない。
 ティファが、警戒心を微塵も抱かずに彼に接している姿が面白くない。
 何より…。
 ローグ・ラハが子供達やティファに対して、極々自然に接している姿が……気に入らない。

 まるで……。

「俺よりも…『家族』みたいなんだよな……」

 口をついて出たその言葉に驚いたのは、他ならぬクラウド自身だった。
 自分の台詞に目を見開いて固まってる『ジェノバ戦役の英雄』に、グリートは苦笑した。
 そして、カウンターに片肘をついて頬を乗せる。
「クラウドさん、それって『ヤキモチ』でしょう?」
「!?」
「……どうしてそこまでビックリするんです…?」
 それこそビックリだ。

 目を丸くしてまじまじと見つめてくるクラウドに、グリートはクックックと肩を震わせる。
 一方、クラウドは目の前で必死になって声を上げないように笑いを押し殺している青年を、信じられない思いで見つめていた。


 ― ヤキモチ ―


 まさか……。
 この『ドロドロ』したものが…!?
 いやいや、待て!
 ヤキモチくらい、俺だってこれまで妬いた事があるじゃないか!
 そう、ティファ絡みでそれこそイヤになるくらい!
 でも、これ程までに『自分が情けなくなるくらい』の感情には…ならなかった…………ような気がする……いや、どうだっただろう……???
 ん…???
 本当に…どうだったっけか……???
 ヤキモチ……最後に妬いたのって……アレ???いつだっけ……???


「お〜い、クラウドさ〜ん…帰って来〜い!」
「…え?……あ……」
「はい、おかえりなさい」
「あ……ああ、……ただい…ま…?」

 目の前で手をヒラヒラさせていたグリートに「おかえりなさい」と言われ、つい「ただいま」と返してしまったが、それがグリートにはツボだったらしい。

 ブハッ!!

 思いっきり……遠慮なく……これ以上ないほど盛大に噴き出し、お腹を抱えて笑い出した。

「アーッハッハッハッハ!!!ブハックックックック!!」
「笑い過ぎだろ!?」
 突然上がった大きな笑い声に、店内にいた客達とティファ達がギョッとして振り返る。
 思いがけず、大注目を浴びることになったクラウドは、顔を真っ赤にさせながらグリートの笑いを収めようとしたが……。
「……む、無理!笑い…死ぬ〜〜!!!」
 一向に笑い止む気配がない。
「……そのまま死んでしまえ…」
 思わずボソッと零れた言葉がこれまたツボだったらしい。
 スツールから転げそうになりながら身を捩って大笑いをするばかりだ。
 全く事情を知らない客達が奇異な視線を突き刺してくる。
 クラウドは、目の前で笑い死にしそうになっている青年を張り飛ばしたくなった…。


「楽しそうですね」


 ドックン…。

 ゲラゲラ笑っているグリートをどうにかする事を諦めたクラウドに、ここ数週間の『憂鬱の原因』が声をかけてきた。
 心臓が強く鼓動を刻む。
 グリートの来店でほぐれた心が、一瞬にして強張るのを止められない。
 いささかぎこちなく振り返ると、新米店員が満面の笑みで立っていた。
 クラウドとグリートのやり取りを見て純粋に好奇心をくすぐられた……そんな笑顔。
 クラウドの胸にモヤモヤしたものが頭をもたげる。
 そんなクラウドの胸中を知ってか知らずか…。
 ローグはゆったりと笑いながらグリートに軽く頭を下げた。

「初めまして。ローグ・ラハって言います。二週間前からここで働かせて頂いてます」

 だがしかし、グリートは笑いの虫がおさまっていない為、
「ア〜ッハッハ……ハッハ……!…ハァ、ハァ…」
 全く返事が出来ない。
 それでもめげずにローグは笑顔を崩さないで話しかける。
「凄く楽しそうですね。何を話してらっしゃったんです?」
「ックック……!さっきの顔…!」
「クラウドさんとお話ししてて、ここまで大笑いされる人、初めて見ましたよ」
「ハァ、ハァ…」
 笑いすぎて涙を浮かべているグリートに、ローグの笑顔が困ったような笑顔に変わる。
 一向に会話が成立しないからだ。
 一方的に話しかける形になっているローグが、困ったようにカウンターのティファへ視線を流したのをクラウドは見た。
 そして、ティファが慰めるように微笑みかけたのも…。
 クラウドの胸のモヤモヤがますます強くなる。
 そんなクラウドとローグの前で、ようやく笑いがおさまってきたらしいグリートが、涙を拭き拭き身体を起こした。

「…あ〜…苦しかった……プックック…」
「……お前……ほんっとうに笑いすぎだ……」
 ブスッとしてそう言うクラウドに、グリートは「あぁ、ほんと…こんなにバカ笑いしたのいつぶりだろ…ック…」と、まだ笑いがおさまらないかのように肩を震わせた。
「まだ笑うつもりか……?」
「…ハァ、ハァ。流石にこれ以上笑ったら……腹筋がねじ切れて……死んじゃい……ます……」
「…お前、そう言うそばから身体が震えてるじゃないか……」
「ブハッ!!お、お願いですから……ックック……これ以上……笑わせないで……ハァ、ハァ」
「お前が勝手に笑ってるだけだろ!?」

 まるでクラウドが悪いかのように言うグリートに、端整な顔がイヤそうに歪む。
 その顔に…。

「「「ブハッ!!」」」

 クラウドの周りにいた常連客達が噴き出した。
 それまで、グリートのバカ笑いにギョッとしていたのに、あんまりにもクラウドが『素(す)』でイヤそうな顔をしたのが、妙に可笑しかったらしい。
 グリート顔負けの笑い声が上がる。

「旦那のその顔!」
「ほんっとうに……ックック……心底イヤそうな……顔して…!」
「アーッハッハッハッハ!その兄ちゃんが…笑い転げる気持ちが……」
「「「良く分かるー!!」」」

 誰かが大笑いしていると何故か自分も笑ってしまう。
 それは人間の不思議な心理。
 そしてその不思議な現象が、セブンスヘブンの客達に見事に伝染した。

 セブンスヘブンが爆笑の渦に巻き込まれる。

 カウンターの中で見守っていたティファも、他の客達の応対の途中で固まっていた看板娘と看板息子も…。
 そして、わけが分からず見守っていた他の客達も…。
 一斉に噴き出して笑いだした。

 決して広くない店内に、客達とティファ、子供達の笑い声が明るく響いた。
 そんな中。
 その笑いの渦に巻き込まれなかったのは、クラウドとローグだけだった。


『なんか……不本意だ……』


 目の前で戸惑ったように立ち尽くしている新米の店員だけが、笑っていないという状況に、クラウドは溜め息を吐いた。

 だが、気付かないわけにはいかなかった。
 たった今吐いた『溜め息』が、グリートが来る前に吐いた『溜め息』と違う事に…。
 大笑いされて面白くないはずなのに……どこか安らいでいる……そんな…不可思議な感情。

『……なんでだろうな…?』

 自分の心なのに分からない。
 クラウドはもてあまし気味の感情を胸に、爆笑の渦がおさまるのをグラスを傾けつつ待つのだった。