「グリート・ノーブルだ。改めてよろしく」

 本当にやっとのことで落ち着いたグリートが新米店員と握手を交わすのを、クラウドはモヤモヤした気持ちを抱えながら視界の端に映していた。



絆 4




「そうですか。WROの…」
「そっ!中々大変だけど、やっぱ楽しいもんだな!」
「へぇ…!凄いですねぇ!!」

 和気藹々と言った雰囲気で話をしている青年二人の会話に参加する事無く、クラウドは自分のグラスを傾けた。
 グラスの中身があっという間に空になる。
 先程までの楽しい気分があっという間に落ち込んでしまうのをどうにも止められない。

『困った……』

 グリート達から顔を背けるように頬杖を付きながら小さく嘆息する。
 こんなにもみっともない自分の心がイヤになる。
 しかし、一体どうして割り切ったら良いのか…。

『分かったら苦労しないよなぁ…』

 やれやれ…と、内心で狭量な自分に肩をすくめる。
 グラスを持ち上げ、中味が空になっている事に気付いたクラウドは、「はぁ…」と再び溜め息を吐いて立ち上がった。

「クラウドさん?」「?」
「悪い。まだ仕事から戻って汗流してないから…」

 キョトンとするグリートとローグの視線から逃げるようにフイッと顔を背けながら二人の脇を通り過ぎる…。
 カウンターで料理を作っていたティファが何か言いたそうに……心配そうに眉を顰めているのが見えて…クラウドの惨めな気分に拍車をかけた。

 が…。

 グイッ!

「おわっ!?」
 突然、真後ろに思い切り引っ張られてバランスを崩す。
 そのままクラウドはボスンッ!と勢い良く後ろに倒れて……。


「!?!?」
「ハッハッハ〜!ダメだなぁ、クラウドさん!油断大敵でしょ?」
 ガッチリとお腹の上で『いたずら小僧』が手を組み、クラウドの動きを押さえ込む。



 何故に…。
 何故に多くの客達の前で……『家族』の前で……。
 男に……。



 膝の上で横抱き……いわゆる膝抱っこを!!



 グリートに引っ張られた際に上がった素っ頓狂な声に、店内の全員が注目している。
 その大勢の視線の前で、かつてないほどの恥ずかしい目に合っているクラウドは一瞬のうちに石化した。
 ガッチガチに固まったクラウドの脳内は、見た目とは正反対にグルグルと高速回転している。


 いやいやいや。
 なんだってこんな目に!?
 って言うか、そこ!写メを撮るんじゃない!!
 おいおいおい!
 あんた等なんでそんなに真っ赤になって見てるんだよ!
 目をキラキラさせて見るなって!!
 こらそこ!
 気色悪いポーズするな!

 デンゼル、マリン!
 ティファまで……。

 笑ってないで助けてくれ!!!



『家族』が自分の恥ずかしいシーンにお腹を抱えて笑っている。
 クラウドは目の前が真っ白になった気がした。

「それにしても軽いなぁ…。ライもそうだけどクラウドさん、もうちょっと太った方が良いんじゃないですか?」

 耳元で笑いを押し殺した声。


 店内に女性客の黄色い声が響き、男性客が真っ赤になって顔を背けた。
 グリートがクラウドの耳元に口を寄せて小声で話しかけたのが、かなりの衝撃だったらしい…。
 青年の吐息が耳にかかる……。


 プチッ。


 クラウドの中で小さな音を立てて何かが切れた。


グリート・ノーブル!!!


 ドゴッ!!
 ベキッ!!!!

 シュウゥゥ………。


 シーーーン……。

 グリートの腕を振り払うべく振り上げた肘鉄が、グリートのこめかみにクリーンヒットし、ものの見事にいたずら小僧は吹っ飛んだ。
 壁にめり込んだWRO隊員に、黄色い歓声で賑わっていた店内がシンと静まり返る。
 肩で息をしながら、苦虫を噛み潰したような顔をしているジェノバ戦役の英雄は、
「シャワー浴びてくる」
 カウンターのティファに一声投げながら、後ろを振り返らずに荒々しく居住区へ消えていった…。

「こえぇ……」
「流石……旦那……」
「兄ちゃんもなんだって悪ふざけするかな……」
「って…兄ちゃん、生きてるかぁ??」
「うおっ!壁にめり込んでる……」
「お〜い…誰か助けてやれぇ…」

 背後でそんなやり取りをしている声が聞こえながら、クラウドは深い深い溜め息を吐いた。





「あ〜…イテテテ…。クラウドさん、ちょっとしたジョークなのにひっどいよなぁ…」
「……………」
「あ、怒ってます?」
「……………」
「ヤダなぁ…ほんっとうに純情なんだから」
「……………あのなぁ…」

 簡単にシャワーを浴びたクラウドは、元々は自分が悪いわけではない……と思いつつもやはり気になって店内に戻って来た。
 店内は先程よりも客が少なくなっている。
 子供達が休む時間が近づいている事と、今夜はクラウドが帰宅していることから閉店時間がいつもより早い為だからだろう…。
 濡れた髪を乾かさず、タオルで簡単に拭き取っただけであるため、クラウドが新しく着たシャツに雫のシミが広がっている。

 一応、ほんのちょっぴり『やりすぎたか……?』と罪悪感らしきものもあったのだが、店内に一歩戻った瞬間、そんなものは消し飛んだ。
 先程と同じ席で側頭部をタオルで冷やしながら、グリートが茶目っ気たっぷりに片手をあげて見せたのだ。

『…タフな奴……』

 少なくとも、手加減する余裕がなかったのでそれなりのダメージを与えてしまったはずなのに、さほどでもない様子を見せる青年に内心で舌を巻く。
 だが勿論、そんなことはちらりとも見せない。
 代わりに思いっきり呆れたような顔をして自分の指定席に腰を下ろす。

「クラウド、やり過ぎよ?」
 笑いを含みながらティファがクラウドにウィスキーのグラスを差し出した。

 彼女が真っ直ぐ自分の目を見ながら微笑んだのが…妙に昔のような気がする。

 クラウドはそんな感慨に耽りながら「ああ…そうだな……」と半ば機械的に答え、グラスを口に運んだ。
「クラウド〜。『ああ、そうだな』じゃないよ。ほら、ちゃんと謝って!」
 いつの間にか脇にちょこんとやって来ていたマリンが頬を膨らませる。

 マリンがこんな風に屈託なく傍に来てくれたのが……これまた妙に懐かしい……。

「………悪かった……か?」
「なんでそこで疑問系なんだよ…」
 背中からデンゼルがやれやれ…と肩を竦めながらツッコミを入れる。

 デンゼルがこうして自分の真似をして見せてくれるのも……本当に久しぶりに見た気がする。

「……なんで皆揃ってリトの味方なんだよ……」
『家族』とのこんな自然な触れ合いが本当に久しぶりに感じられて、思わず胸に熱いものが込上げる。
 その感情をごまかすようにわざと素っ気無くそう言うと、ティファと子供達は呆れたような顔をして…。

 嬉しそうに笑った。


「へぇ…クラウドさんも拗ねることがあるんですね」

 割り込んできた声に…。
 クラウドの高揚していた気分が一気に失墜する。
 振り返らなくとも分かる。
 目を輝かせた新米店員が楽しそうに笑っているのが…。

 ティファと子供達が「そうなの。意外でしょ?」「クラウドって結構お子様なところがあるんだよなぁ」「でも、そういうとこが私達は大好きなの!」と自分と青年を見ながら嬉しそうに答えている。

 だが、『家族』の嬉しそうな様子を目の前に、クラウドの胸中は焦りでいっぱいだった。
 折角、ティファ達が以前のように近付いてきてくれているのに、こんな気分がバレてしまったらまた気まずくなる。


 ダメだ…。
 笑わないと…。
 いや、いつものように『ほっといてくれ』とか『悪かったな』とか言わないと…。
 だが……どんな口調で言ってたっけ?
 どんな顔して言ってたっけ?


 焦れば焦るほど、どうして良いのか分からない。
 それと同時に、
「へぇ、そうなんですか!なんだか益々親近感を感じますね!!」
 そう言って屈託なく笑っているローグに『なにが親近感だ』と苛立ちが募る。

 焦燥感と苛立ち。

 この二つのお蔭でクラウドは幾度目かの袋小路にはまり込んだ。


「クラウド?」
「どうしたの?」
「……クラウド……」

 悶々としているクラウドの様子に、ティファ達が怪訝な顔をする。


 …バレた。
 ……どうする…?
 いや、本当にどうしたら良いのか分からん。


 時間にしたら僅か数秒。
 だが、本人にしたら結構な時間。
 そんな短時間でクラウドが気の利いたまともな台詞を口に出来るはずもなく…。

「すまない大丈夫だ、ちょっと疲れが出ただけだから気にするな」

 なんとありきたりな台詞だろうか!!
 クラウド自身があきれ返るようなその場しのぎの台詞。
 当然、ティファ達が納得するはずもない。
 怪訝そうな顔をして見つめてくる三人にクラウドの背筋にイヤな汗が伝う。


「はいはい。ま、そういう事にしてあげましょう」

 意外なことに救いの手が隣から差し伸べられた。
 驚いて振り向くと、ニヤニヤと訳知り顔でグリートが頬杖を付いて笑っている。

「……どういう意味だ……」
 ムッとしながら呟くと、グリートのニヤニヤ笑いがますます深くなる。
「そのまんまの意味ですよ。『疲れが出た』ということにしてあげますってこと」
「………」
「まぁ、ウソじゃないでしょうからね。『色々』疲れたんでしょ?」
「………」
「ま、そんな時ほど、『心許した友人と』一緒に飲むのが一番心に良いんですよ〜」
「……誰が『心許した友人』なんだ……」
「あっはっは!ヤダなぁ、この場に俺以外いないと思いますけど?」
「……寝る」
「はいはい。ま、一杯やりましょ!」

 完全に遊ばれている……。

 クラウドはそう思った。
 だが、しかし…。

「かんぱ〜い!」
 カチン。

 おどけた口調で、おどけた表情で。
 クラウドにグラスを持たせてそのまま自分のグラスと合わせてくれたグリートに、感謝せずにはいられない。
 ティファと子供達の顔から『不安』が消えているのだから。
 それに、何よりも『ぎこちなさ』と『居心地の悪さ』も消えている。
「じゃあ、新しいお料理を作らないとね」
「あ〜、いいなぁ、俺も乾杯したい!」
「ダメだよデンゼル。まだ私達お仕事なんだもん」
「分かってるって!」

 クスクス笑いながらカウンターへ戻ったティファと、自分達の周りでいつものようにじゃれあっている子供達。
 その姿にホッとする。
 そして、振り返らなくとも『新米店員』が自分の後ろでまだ立っている気配がするのに、青年の目の前で初めて片肘張らずに『家族』と触れ合えたのが……何とも言えずにホッとする。

 ローグがどんな表情をしているのかは分からないが、それでも口を挟んでこない所を見ると驚いてるのかもしれない。

 クラウドは青年の驚いた表情を想像して、ちょっぴり気持ちにゆとりが出てきた気がした。


「クラウドさんとグリートさんは仲が良いんですね」
 聞えてきた青年の言葉に、ほんの少しだけ……面白くない……と言わんばかりのニュアンスが含まれていたような気がしたのは…クラウドの気のせいだろうか…?
 それとも、自分ばかりが『妙な焦り』を感じている…ということからの……『願望』だろうか…?
 それともやっぱりただの聞き違い…勘違いだろうか…?

 それを確かめたくて、
「そうでもない…」
 無愛想に言いながらクラウドはチラリと振り返った。
「そうですか?すっごく仲が良いみたいですけど」
 屈託なく笑っている青年に、なんとなく『敗北感』が込上げるのは…何故だろう…?
 すぐに視線を自分の手元に戻したクラウドに、
「クラウドさん。なんでそこで否定するかなぁ…」
 グリートが口を尖らせた。
 そして、ローグを振り返りながらクラウドの肩に肘を置く。
「俺達はそれなりに『お付き合い』の時間をもってきたから、仲が良くて当然さ〜!」
「おい…その誤解を受けるような言い回しはやめろ……」
 グリートの言葉にしかめっ面をしながら肩に置かれた肘を振り払う。
 グリートはバランスを崩しかけたが器用に体勢を持ち直すと、自分のグラスを芝居がかった仕草で持ち上げた。
「こんなにフレンドリーな俺とクラウドさんだけど、最初っからこんな関係じゃなかったんだぜ?な、クラウドさん」
「……お前は最初っからこんな感じだっただろう……」
「いやいやいや、最初の俺はもっと慎ましやかでしたよ〜」
「どこがだ!?」
 呆れ返って言い返すクラウドに、周りで見ていた常連客達がクスクスッと忍び笑いを漏らす。
 カウンターのティファも嬉しそうに微笑み、子供達も明るい表情で仕上げの仕事に取り掛かった。
 だが…。

「本当に…仲が良いですよね。僕、羨ましいです」

 ローグがちょっと寂しそうに割って入った事により、一気に和んだ空気がどんよりと落ち込んだ。
 ティファと子供達がハッと息を飲む。
 常連客達が笑みを掻き消す。
 そして…。
 クラウドの胸に残されたのは言いようもない……『不快感』。

 まるで自分が悪者になったかのような気になる。
 グッと言葉に詰まって固まったジェノバ戦役の英雄の頭の中は、意味もなさない言葉で埋め尽くされた。


 お愛想でも
『そんなことはない、お前とリトは俺にとっては変わらないさ』
『俺は人付き合いが苦手だからな…。不快にさせていたのなら謝る』
 とでも言えば良いのだろうか?
 だが…しかし…。

 どうしても…そんな言葉、口にしたくない!
 ギュッと拳を握り締めて腹に力を入れたクラウドに、店内にいたほとんどの人間が非難するような視線を浴びせる。
 そんな針の筵(むしろ)のような状態の中、ローグが再び口を開いた。

 が…。


「そりゃ、いきなり『仲良くしろ』って言ってこられても、普通は無理だろ?」


 言葉を発したのはグリート・ノーブル。
 出鼻を挫かれたようになったローグは目を丸くしてWROの隊員を見つめるばかりだった。
 そして、シンと静まり返った店内に、グリートの明るい声がとてもよく響き、客達とティファ達と……。
 なによりクラウドの胸に染み渡ったのだった。

 しかし、当然『新米店員』には面白くない発言なわけで…。
 何とも言えない表情でグリートを見るクラウドと、どこまでも明るく茶目っ気たっぷりに笑っているグリートに、流石のローグの『無邪気』な笑顔にヒビが入る。
「僕は別にそんな意味で言ったんじゃ……」
 悲しそうに俯きながら弱々しく反論する。
 その姿はどこからどう見ても『被害者』だった。
 クラウドは視界の端でそんな青年を捉えていたが、当然、心中は穏やかではない。
 自分を庇ったが為に、今度はグリートが『悪者』になっている。
 ローグに同情する客達の感情が、そのままグリートに非難の視線となって突き刺さっていた。
 だが、グリートは全く気にしていないようだった。
 どこまでもあっけらかんと受け止め、且つ、茶目っ気たっぷりに笑っており、少しも余裕が失われていない。

「そ?でも、俺がこの店に来てからそんなに時間経ってないけど、事あるごとに絡んできたじゃん?」
「か、絡んで…って…。僕はただ、クラウドさんとも仲良くしたいから……」
 グリートの言い様に顔を上げて訴えるローグに、客達が同情の視線を、そしてグリートに軽蔑の眼差しを送る。
 WROの隊員は茶目っ気たっぷりの笑顔をそのままに、真っ直ぐ『新米店員』を見据えた。

「ふ〜〜ん、『仲良く』ねぇ……」

 せせら笑うようなその口調に誰もが目を剥き、そしてハッと息を飲む。
 ティファと子供達も同様だった。

「リト……」
 クラウドが思わず呼びかけたが、グリートは青年を見据えたまま目を逸らさない。

「仲良く…って意味、分かってる?それとも、分かってて『わざとしてる』わけ?」
「なにを…」


「そうやって、『自分を被害者に仕立て上げる事で特定の人間を悪者にする』ってことに決まってんだろ」


 笑った口元はそのままに…。
 スッと瞳を細めて見据えるグリート・ノーブルに、クラウド達は驚きで息を飲む。

 初めて見る青年の姿に、ただただ圧倒されるのだった…。