「あんた、本当に芝居が上手いよな」

 グリート・ノーブルの冷ややかな声音が店内に冷たく響いた。



絆 5




「そうやって『自分は努力してるのに受け入れてもらえない』『こんなに一生懸命してるのに報われない』って見せ付けてるだろ?」
 せせら笑うように言い放つグリートに、客達は息を飲んだ。

 いつも、歳のわりにお調子者で、妹や従兄弟に呆れられたり怒られたりしている馴染みの青年が、まるで別人のようだ。
 それはクラウド達セブンスヘブンの住人も同様だった。
 これまで、グリートがこうして人を蔑んだことは一度もない。
 良い家柄に生まれた彼が、こうして庶民の暮らしを選び、庶民と馴染んで生活している姿は、本当に好感が持てて……心許せる人間だった。
 それなのに、こうしてローグを嘲笑するグリートは、『大財閥』が『庶民』を蔑んでいるように錯覚しそうになる。

 言葉を無くして見守る多くの視線をまともに受けながら、グリートは余裕を失わない。
 足を優雅に組みなおすと、膝の上に肘をついた姿勢で頬杖をつく。

 ゾクリ…。

 客達の…特に女性客達の背筋に電流が走る。
 これまで見たこともないグリートの『色気』とも言える気迫に、誰も何も言えない。
 数人の強面の客達が今にも殴りかかりそうな顔をして睨みつけているが、それでも黙って事の顛末を見守っていた。

 そんな中、ローグだけは違った。
 怒りのあまり、拳を握り締めてワナワナと震えている。
「なんだってそんな酷いことを!!」
 カッとなって怒鳴り声を上げる青年に、幾人かが驚いた顔をする。
 大人しい印象受けていた青年が、臆する事無く怒りという感情を露わにしたのだから…。
 ギラギラと睨みつけているローグに、ティファと子供達はそれまで分からなかった彼の一面を垣間見た気がした。


 ― ただのお人好しではない ―


 勿論、人間なのだから幾つもの顔を持っているだろうし、こうして大衆の面前でバカにされたら怒りもするだろう。
 だが、この二週間でローグから受けていた印象は『どこまでも穏やかに受け流す』というものだったので、その違いに驚きを禁じえない。
 クラウドもローグの様子に目を見張っている。

「へぇ…酷いこと……ね。じゃあ聞くけど、アンタが今までクラウドさんにしてきたことは『酷いこと』じゃないんだ?」

 あくまでも見下した態度に、ローグの怒りはますます募る。
 一部の客達も、不遜な態度をとり続けるグリートに剣呑な眼差しを突き刺した。

「僕が一体クラウドさんに何をしたって言うんだ!?」
 声を荒げる青年に、グリートは「やれやれ…」とわざわざ声に出しながら肩を竦めると、
「だから、さっきも言っただろ?『自分を被害者に仕立て上げる事で特定の人間を悪者にする』ってさ」
 そう応えた。
 グリートの端整な顔には冷たい微笑が浮かんでいる。

「クラウドさんはアンタのこと苦手だって分かってただろ?それをとことん付きまとってさぁ、一体何がしたいわけ?」
「だから!僕はクラウドさんと仲良く…」
 一際声を張り上げたローグだったが、グリートの鋭い眼光に言葉を切った。


「知ってるか?そういうのを『独りよがり』って言うんだよ」


 冷たいその言葉に、ローグはグッと言葉を喉の奥で詰まらせた。
 グリートを睨みつけていた客達も、何と言って非難して良いのか分からずギラギラと睨みつけるばかりだ。

 カウンターの中では、店主たるティファがこの事態をどう収拾して良いのか…、そして、目の前で馴染み客である青年が一体なにを目的としてこんな『目立つこと』をしているのか……、更には怒りに真っ赤になっている『新米店員』に助け舟を出すべきなのか……。
 グルグルと頭の中は大混乱で、どうして良いのか分からずに突っ立っていた。
 驚いた顔をしていた子供達は子供達で、ジッとグリートを見つめている。

 一体どれ程の時間が経っただろう。
 客達が固唾を飲んで見守る中、ようやくローグが口を開いた。

「じゃあ……僕はずっとクラウドさんと仲良くなれない……そういうことになりますね……」

 顔を伏せ、震える声でそう言う青年に、客達のほとんどが同情を寄せる。
 それと同時に、グリートへの非難が一気に高まった。

「そうだぜ…」
「ああ、アンタの言い分だと、この兄ちゃんはいつまで経っても旦那と一線引いた関係でないといけない…ってことじゃねぇか!」
「アンタ、自分はクラウドさんと良い関係を持ってるからってその言い草はないだろうが!?」
「そうだそうだ!」
「さっきから聞いてりゃ、アンタ、最低だな!」

 これまで押さえつけられていた不満が噴き出したかのように、客達が一斉に抗議の声を上げた。
 ティファと子供達、そして誰よりクラウドがその客達の反応に慌てる。

「ちょ、ちょっと皆!」
「おい、待って…」
「あの、皆さん、落ち着いて」
「って言うか、ダメだって、それは店のグラスだろ!?」

 興奮した客の一人が、どこまでも余裕しゃくしゃくのグリートにグラスを投げようとする。
 元々、ある程度アルコールが入っている者ばかりだ。
 あっという間に興奮して収拾がつかなくなる。

 とうとう…。

「お前、いい加減にしろや〜!!」

 切れたオヤジがグラスを思い切りグリートに投げつけた。
 しかし…。


 パシッ!


「「「「「ゲッ!!」」」」


 片手であっさりとそれを受け止めると、何食わぬ顔でカウンターにそっと置く。
「たかがグラス…って思ってるかもしれないけど、このご時勢でグラス一個も粗末に出来ないのは知ってるでしょ?器物損壊で引っ張っちゃうよ?」
 横目で流すように見やるグリートに、いきり立っていた客達が後ずさる。
 ローグも驚いたように目を見開いて青年を見ていた。

「チッチッチ。バカにしてもらったら困るな。一応、これでもWRO隊員なんだからさ」

 人差し指を立てて軽く振る。
 完全にグリートに気を呑まれた客達は、怒りのやり場をなくしてソワソワと視線を彷徨わせた。
 そうだった。
 目の前のふざけた男は、曲がりなりにも一応WROの隊員だったのだ。
 それも准尉という階級を持つ。
 昔の軍隊制度と若干違うとは言え、普通の隊員なら『准尉』という階級を手にするには十年は勤務しなくては、手に入らない階級だ。
 という事は、目の前の青年はかなり『腕の立つ』人間であるということになる。
 その隊員に向かってこちらがいくら攻撃したとしても、敵うはずがない。

 そして、客達はハッと思い出した。
 これまで、グリートがこうして『自分の持っている力』や『実家』の事を、自分達の前に曝け出したことはなかった……ということに。

 いつでも『ただの客』というスタイルを崩す事無く、自分達日雇いの人間にも歳が上の人間が相手だときちんとそれなりの礼をもって応対していた。
 そう、ずっと……。
 彼は……いや、この場にいない彼の妹と従兄弟もそうだった。
 そんなグリートが今、こうして嫌悪感も露わに『新米店員』へはっきりと語っている。

 客達の大半はまだ、グリートに対して怒りを燃やしていたが、それでも一部の客の心に小さな変化が起こりつつあった。

『もしかして…』
『この大騒ぎは…』
『なにか……裏がある…?』
『何か…あの兄ちゃんは……考えがあるのか……?』

 いつしか、ローグをただただ同情する気持ちから、グリートが一体何を考えてこんな大衆の前でこのようなことをし始めたのか…。
 そっちに意識が傾き始めたのだった。


「ちょっとアンタに聞きたいことがあるんだけど…?」
「え……な、なんです?」

 グリートがあっさりと片手でグラスをキャッチしたのを見て度肝を抜かれた青年が、おどおどしながら視線を彷徨わせる。


「アンタがセブンスヘブンに来る目的って…なに?」


 何とも間の抜けたその質問に、客達ばかりでなくクラウドも目を丸くした。
 ローグがセブンスヘブンに通っているのは、無論、仕事をする為だ。

 グリートに未だに腹の虫が治まらない客の一人が、バカにしたように
「そんなの決まってんだろ?この店を手伝ってんのさ」
 そう言って「な?」とローグを励ますように笑いかけた。
 ローグはその客に感謝の意を込めて微笑を浮かべる。
 だが…。

「手伝い……ねぇ…」

 何とも腑に落ちないその言い草に、その客は眦(まなじり)を吊り上げた。
「おい、なにか文句でもあるのかよ!?」
 いきりたつその男を、周りの彼の連れが「まぁまぁ…」と言いながら抑える。

「ねぇ、ティファさん」
「え!?な、なに!?!?」

 突然グリートに話しかけられてティファはドキッとし、声を上ずらせた。
 グリートはいつものおどけたような笑みを浮かべ、
「『新米店員』さん…って皆さんが読んでるのを聞いたんだけど、本当は『店員』さんじゃなくて『ボランティア』なんですか?」
「え……ううん、日雇い……みたいな形になってるわりには安くて申し訳ないけど……」
「じゃ、『ボランティアで店を手伝ってる』わけじゃなくて、ちゃんと『報酬を渡して雇ってる』わけなんだ」
「え、ええ……でも、報酬とは言えない額で本当に申し訳ないんだけど……」

 ティファの言葉を聞いたグリートは、満足そうに顔を元に戻すと、
「ま、そういうわけだから、ローグさんがクラウドさんと仲良くなりたい…という思いを叶える為にクラウドさんに付きまとうのは本末転倒だね」

「「「「は…?」」」」

 グリートの言葉にその場の全員が首を捻る。
 そんな人たちの前で、同じ様に呆けているローグにグリートは口を開いた。

「アンタはさぁ、この店に『クラウドさん』と『ティファさん』と『子供達』の役に立つ為に通ってるんじゃない。『生活の糧を得るため』に『働きに』来てるんだ」

 この台詞に誰よりも反応したのは、日々きつい仕事をしている日雇い労働者。
 グリートが何を言わんとしているのか、気付いたのだ。
 WRO隊員は辛らつな口調で言葉を続ける。

「だから、アンタが必要以上に『雇い主』の家族と『家族並み』に仲良くなるのを望む……って言うのは、本末転倒。『雇われ人』の分際でそんなの図々しいだろう、分かる?」

 これには他の客達も反論のしようがなかった。
 そして、意外にもこの言葉はティファと子供達にとって痛恨事だった。

 確かに…。
 一般的観点から見たらグリートの言う通りだろう。
 そして、その一般論を逸脱するような結果になったのは、他ならぬ自分達の『接し方』が原因の一つ。
 ローグの生い立ちを聞いてすっかり同情し、彼の人柄に好感を持ち、彼の働きぶりに印象をますます良くした。
 その為に、自分達が『雇い主』で彼はあくまで『自分達が雇った人間』だということを失念していたのだ。

『雇い主』と『雇われ人』という関係は、本当は好きではない。
 だからこそ、これまでにもセブンスヘブンで仕事をしたい…そう言ってきた人達を断ったのだから。
 それなのに…。
 いつの間にか、ローグと共に働いている内に……いや、彼の生い立ちを聞いているうちにすっかり彼に対して親身になり過ぎ、『身内の一人』という気持ちが根付いていた。
 そうして。

 自分達がローグ・ラハを気に入っているのに、何故クラウドは認めようとしないのか…?

 その不満に行き着いてしまったのだ。
 本当は……本当なら、別にそれでも一向に構わない関係のはずなのに…。

 クラウドは配達の仕事でローグと接する機会は少ない。
 それでなくても、人と深く関わることを苦手としているクラウドにとって、ローグは『他人』以上にはなりにくい。
 そのことを……忘れていた。
 なんということだろう…!
 誰よりもクラウドを理解していたはずなのに……!

 ティファは情けなさで一杯になった。

 だが、そんな女店長の目の前で、まだ騒ぎは収まる気配を見せない。
 ローグの肩を持つ客が、尚も怒りをグリートにぶつけている。

「いいか?他の仕事なら『雇い主』と『雇われ人』っていう関係はそうかもしれねぇ…。でもな、ここは違うんだよ!セブンスヘブンは温かくて誰にでも親身になってくれる。心の憩いの場なんだ!そんな一般的な観点で勝手にまとめんじゃねぇよ!」

 この台詞がグリートとローグの間で迷っている他の客達の心に響いたらしい。

「お、おお…そうだよな」
「ああ、確かにセブンスヘブンなら…他の職場とは違うよな」
「そのとおりだ!」

 ティファはカウンターの中で焦った。
 自分達のモットーである『誰にでも心安らぐ場所』が、こんな風に裏目に出るとは…。
 クラウドもグリートの隣に突っ立ったまま、何とフォローして良いのか分からず困惑している。
 子供達は客達とグリートを見比べてオロオロしている。

 だが、そんな新たな非難の中でもグリートの余裕は失われていなかった。

「それってさぁ、アンタ達の勝手な解釈だよな?」
「「「なに!?」」」
「『誰にでも優しい』『心の安らげる場所』。確かにこの世界に二つとないすっげぇ場所だと、俺も思ってる」
 だからこうして通ってるわけだし?

 笑いながらそう言うグリートだったが、目が笑っていない。
 反論した客達の背筋に冷たいものが伝う。

「でもそれは、あくまでも『店に来てくれる客達』に対してであって、『雇い人』にまでそうじゃないだろ?そもそも、これまでこの店が『家族以外』で正式に雇ったことなんか一度もないはずだしさ。それなのに『雇い人にまで優しく、心安らげる場所』だなんて言い切るのはおかしくないか?」

 ぐうの音も出ない。
 全てがグリートの言う通り。
 押し黙ってしまった自分を応援してくれている客達に、ローグはこの時初めて小さく…本当に小さく舌打ちをした。
 それはあまりにも小さ過ぎて、ほとんどの者達が聞き取ることは出来なかったが、比較的近くにいたクラウドと、グリート、そして耳の良い周りのほんの一握りの客達に聞えたのだった。
 しかし、客達はあまりにも悲しそうな顔をしているローグに、『聞き間違いか…』と思いなおした。

 だが…。
 クラウドはこの時、初めて…本当に初めてローグ・ラハに対して警戒心を持った。
 これまで、この青年に対して持っていたのは、あくまで『違和感』と『苦手意識』、そして『家族をとられたというヤキモチ』だけ。
『警戒心』は持ったことがなかった。
 じぶんがどんなに冷たくあしらってもニコニコと話しかけてきて……。
 素っ気無い態度に落ち込んだ顔をして…。
 そうしてティファと子供達に慰められて嬉しそうな顔をする。

 そんな一見、ひ弱そうなイメージを抱いてしまう青年。

 しかし……。


『こいつ…本当にリトが言うように『芝居』だったのか!?』


 幸いと言うべきか、今の舌打ちはティファと子供達には聞かれてないようだ。
 変わらず心配そうな……困惑したような顔をしていて、警戒心や驚いた顔を見せていない。


「確かに……僕は『雇われ人』のクセに、身に過ぎた望みを持ってしまっていたんですね」

 悲しそうな声音、寄せられた眉、伏せられた瞳。
 第三者が見たら同情を寄せずにはいられない彼の姿が、何故か今は白々しく見える。
 もっとも、そう思っているのはクラウドだけであろうし、恐らくグリートは最初から『うそ臭い』と思っていたのだろう。

「じゃあ……僕が報酬を受け取らないでこの店でお手伝いをする……となったら……話しは違ってきますか?」
「「「え!?」」」

 思いもかけないローグの言葉に、ティファと子供達がビックリして声を上げた。
 客達もポカンと口を開けている。
 ローグはグッと拳を握り締め、悲壮な顔をして顔を上げた。

「僕は…本当にティファとデンゼル、マリンが大好きなんです。だから、そんな人達と『雇い主』『雇われ人』という関係でしかいられない事が……とても辛い!そんな関係じゃなくて、もっと近しい関係になりたいんです!!」

 必死に訴えるローグに、
「ちょ、ちょっと待って!」
 声をかけたのはそれまで何も言えずにいたティファだった。

「そんな、無報酬でなんか働いてもらえないわ」
「でも、そうでもないとグリートさんもクラウドさんも、僕を認めてくれないじゃないですか!?」

 必死になってそう言い放つ青年に、ティファが再び口を開く。
 だが、
「ほらな、そうやって『自分を被害者に仕立て上げる事で特定の人間を悪者』にしてるだろ?」
 グリートがティファを遮るようにして皮肉る。
 あまりの言い草にティファは思わずグリートを睨みつけた。
「リト君!今のはあんまりだわ!」
 だが、いつもならティファがこうして相手を怒る時に賛同の声を上げる子供達は、黙って口を閉ざしていた。

 ジッと、賢しい目でグリートとティファ、そしてローグとクラウドを見つめる。

 グリートは「やれやれ、嫌われたか」とぼやくと、懐から財布を取り出してカウンターの上にギルを置いた。

 勘定にしては多すぎるそのギルに、ティファとクラウドが困惑してWRO隊員を見る。

 グリートは茶目っ気たっぷりにウィンクすると、
「ほんっとうにごめんね〜。ちょっと本音を言い過ぎちゃった。お店を騒がせた上に不快な思いをさせちゃったお詫び。とっといて?」
 そう言い残して「それじゃ!」と、片手を上げるとサッサとドアに向かって歩き出した。

 客達がザァッと身を引いて道を作る。
「リト…、ちょっと待…」
 追いかけようとしたクラウドだったが、それよりも早く小さな影が二つ、去ろうとしている青年に体当たりした。


「おわっ!!!」

 ゴン!!!!

 なんとも……聞くだけで痛くなるような音を立てて、グリートはもろにつんのめって額をテーブルの角で強打した。
 額を押さえて苦悶の呻き声を漏らす青年の足には、それぞれデンゼルとマリンがガッシリとしがみ付いている。
「お、お〜い……二人共何する…」
「絶対また来て!!」
「また…絶対に来てね!?」

 足にしがみ付いたまま、必死にそう訴える子供達に、グリートは涙目で額をさすっていたがニッと笑うと、二人をギューッと抱き締めた。

「おう!また来るな〜。明日から任務だから、まぁ、順調にいけば一週間後にまた来るよ!」
「「約束だぞ(ね)!!」」

 嬉しそうに笑う子供達に、グリートは「おう、約束だ〜!」と満面の笑み見せて子供達を床に下ろした。
 そして、ドアをそっと押し開けると、チラリと振り返り、クラウドに「じゃ!」と人差し指をピット立てて一振りする。

 そうして…。
 青年はエッジの闇の中に消えていった。