グリート・ノーブルが去った後のセブンスヘブンは、どことなく薄ら寒い雰囲気に包まれていた。



絆 6




「な、なんだよ…あの野郎……」

 固まっていた客達のうち、誰かがそう呟いた。
 それを引き金として、次々と他の客達が…特に、グリートの言い様に反感を持っていた客達が一斉に非難の声を声高に叫び始めた。
「そうだぜ!」
「まったく、ふてぶてしいったらありゃしねぇ!!」
「割といい奴かと思ってたが、とんでもねぇ野郎だったな!!」
「いっつも愛想良く笑ってやがったのによぉ!」
「芝居が上手いのは自分じゃねぇか!!」

 怒りを露わにする客達。
 だが、その一方では、
「でも、あの兄ちゃんの言う事も…一理あるよな…?」
「そうだな…。だって、ローグの兄さんは『働きに来てる』んだから……」
「ん〜…でもさぁ、やっぱり『働きに来てる』からって『一線以上は親しくなれない』って…なんか寂しくないか?」
「いやまぁ…そりゃそうなんだけどよぉ…」
「でも、やっぱ…クラウドさんの気持ちも考えるとだなぁ……」
 ヒソヒソと声を潜めて囁き合う客達がいる。

 ひっそりと静まり返っていた店内が一転。
 あっという間に耳障りなオヤジ達の不平不満の言葉と、何となく腑に落ちない…と言う囁き声で騒々しくなった。
 女性客達も、ガッカリした顔、軽蔑した顔、そして……悲しそうな顔。
 実に様々な表情を浮かべてヒソヒソと話している。

 そんな客達を前に、ティファはまだカウンターの中で固まっていた。
 それは、去り際のグリートの言動と子供達の行動。
 自分が非難した言葉をあっさりと受け止め、清々しいほどさっさと去ってしまった…あの青年の後姿が目に焼きついて……胸が苦しい。

 ……少しも引き止める間を与えずに……。
 引き止めるか否か、考える隙を与えずに……。

 ティファはグッと唇をかみ締めると、改めて先程のグリートを思い起こした。

 非難した自分の言葉に対して、全く釈明もせずに飄々と受け止めた…青年。
 いつもいつも、妹と従兄弟に囲まれて楽しそうに笑っていた…金持ちの子息。
 全く気取った所のない彼に、子供達も自分も…そしてクラウドも好感を持っていた。
 その彼が、思いもかけずに『信頼する新米店員』を非難した。

 ここ数日、クラウドがそうだったように……。
 いや、それ以上にグリートはローグを冷たくあしらった。
 それが……悲しかったし悔しかった。
 自分がローグという青年を信頼していることを非難されているようで…。
 クラウドだけでなく、グリートまで!
 なんだか…妙に裏切られたような気になって、ついローグを庇い、グリートを非難した。
 それなのに、グリートは全く気にしてないかのように一言の弁明すらしなかった…。

 その彼の態度に、カッとなっていた頭が急速に冷えた。
 まるで


 ― 『ティファさん達に嫌われてもどうって事ないですよ』 ―


 いつもの明るい口調で、あっさりとそう言われた気がして…。
 だから、余計にグリートを引き止めることが出来なかった。
 あんまりにも……ショックが大きくて。
 頭が一瞬、真っ白になってしまって…。
 グリートの言葉を受け止められず、その態度を認められず、戸惑って何も行動出来なかった自分。
 それなのに、子供達はなんと素直だったことか…。
 グリートのすぐ傍にいたクラウドでさえ、引き止めることは叶わなかったのに、駆け出してしがみついて…。


 ― 「絶対また来て!!」
   「また…絶対に来てね!?」 ―


 真っ直ぐにグリートに思いをぶつけた。
 そうして、グリートにその声はしっかりと受け止められた。
 いつも見せてくれるちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべ、子供達を抱きしめた姿にハッと息を飲んだ。

 いつもなら絶対に言わない言葉を……台詞を口にした彼の真意。
 それが一体何なのかまだ分からない。
 分からないけど、それでも『言葉にしたことの全てが本心じゃない』と思える。
 そう思える大きな理由は、出会ってから今夜までの時間の中で自然と育った信頼と…。
 グリートが今夜店に来てくれた瞬間から、ここ数日ぎこちなかったクラウドといつの間にか自然に話せるようになっていた事実。

 本当に……本当に嬉しかった。
 肩に力を入れずに話しかける事が出来て…。
 自然に言葉を交わせることが出来て…。
 子供達が嬉しそうに…楽しそうに笑いかける姿を見ることが出来て…。
 それはこれまで全部自然と出来ていた『当たり前』のことで…。
 いつの間にか『当たり前』でなくなってしまった…大切なもの。
 それを全部グリートが運んできてくれた。

 ローグの事を悪し様に言ったことは今でもやはり理解出来ないし、腹も立つ。
 だが…。

「あの野郎、今度来たらただじゃおかねぇ!」

 そう息巻く客達が……もっと許せない。

 ティファはキッと眦を上げると、カウンターからツカツカと出る。
 その勢いに、客達の数人がギョッと後ずさった。
 女店主の怒った顔を見るのは……そんなに経験することじゃない。
 また、その滅多にない場面に遭遇したことがある客は、女店主が怒りを抑えに抑えた結果、その堤防を越えた時以外に自分達『客』の前で怒りを表すことは決してないと知っている。
 と、言うことは…。

 彼女の中の『堤防』を上回る怒りに達したということ。

 ティファのその状態を正確に分析した数名の客達は、口を噤んだままソロソロと店の中央から端の方へ避難を始めた。

 問題のグリートを非難している客達の中心には、ローグが照れたような…はにかむような笑みを浮かべながら励ましの言葉を受けたり、肩を軽く叩かれたり、背中をポンポンと軽く叩かれたり……。
 とにかく、ローグを贔屓している客達から激励されていた。
 その姿に……ティファは思わず足を止める。
 グリートを非難する言葉は相変わらず耳に届いている。
 子供達も悔しさと悲しさがない混ぜになった顔をしながら、黙々と空いた皿を下げたり汚れたテーブルを拭いたりしている。

 ティファは腹に力を入れると大きく息を吸い込んだ。



「悪いが、今夜は店じまいだ。皆、また明日来てくれ」



 客達がびっくりしたような…キョトンとしたような顔をし、クラウドを見た。
 出鼻を挫かれた形になったティファも同様だ。
 目を丸くして金髪の恋人を見る。
 クラウドは戸惑っている客達をグルリと見渡すと、もう一度はっきりと言い渡した。
「今夜はもう閉店だ。皆はまだ飲み足りないだろうけど、悪いがこれ以上、酒も料理も出せない。また明日来てくれ」

 有無を言わさぬ迫力。
 魔晄に染め上げられた瞳が強い意志に輝いている。

『ああ……これがジェノバ戦役の英雄達のリーダーか……』

 客の誰かが…いや、数名が妙に納得したのは彼らだけの胸に収められ…。
 素直に帰り支度を始める。
 一人が自分のテーブルに戻って財布を取り出したのをきっかけに、他の不満そうなオヤジ達もクラウドの眼光を前に渋々引き上げる準備に取り掛かった。

「ちょ、ちょっと待って下さい、クラウドさん!」

 全ての客達が帰り支度を始めてしまったのを見て、ローグが声を上げた。
 ギョッとしてオヤジ達と女性客が顔を向ける。
 ローグは必死な表情でクラウドの真正面に立った。

「クラウドさん。いくらなんでもお客様に失礼です。皆さん、先程の事で凄くイヤな思いをされているのに…」
 言葉を切って少し顔を伏せる。
「お店を営む側としては、イヤな思いをさせてしまったことをお詫びするのが『筋』じゃないんでしょうか…?」
 おどおどとした口調ではあるが、内容は非常にはっきりとしている。
 彼の言っていることは真っ向からクラウドと対立している。
 その事に、ローグを贔屓している客達がパッと満面の笑みを浮かべた。
「よっし!良く言ったぜ!!」
「そうだよなぁ!普通はこんな風に客を追い出したりしないよな!?」
 帰り支度を放り出して、『ズカズカ』という表現が良く似合う歩き方でローグの元へ行くと、
「まったく、ローグの兄さんはしっかりしてら〜!」
「本当だぜ!客の立場に立ってものを考えられてるからなぁ!」
「うんうん、経営者としての心得がしっかりついてるじゃねぇか!」
 肩を抱かれ、背を叩かれ、髪をクシャクシャと撫でられて、ローグははにかんだ笑顔をこぼした。

 その光景はまるで…。
 クラウドの存在を完全に否定している様で…。

 グリートの発言にも一理ある…と、考えた客達の脳裏にグリートの台詞がまざまざと思い起こされた。


 ― 『自分を被害者に仕立て上げる事で特定の人間を悪者』にしてる ―


 今がまさにそうなのではないか?
 ローグの言葉は確かにもっともなのだが…。
 だが……。


「悪いが、この店はティファの店であって、ローグの店じゃないんだ」

 盛り上がる一向にクラウドが冷たく言葉を浴びせる。
 途端、客達とローグの顔が強張った。
 それは怒りからではなく、底冷えするほど冷たい声音の英雄の迫力に気圧されてのこと…。

「そして、忘れているかもしれないが、ティファの店であると同時に俺の『家』でもある」

 有無を言わせない…その迫力。
 ティファは久しぶりにクラウドのそんな姿を見た気がした。
 そのクラウドがチラリと自分に視線を投げた。
 思わず胸が高鳴る。

 クラウドはドキッとして頭が真っ白になりかけているティファに、
「ティファ。悪いが今夜は閉店だ、いいな?」
 有無を言わさぬ口調で言い渡した。


 拒否権はない。


 そう言外に宣言している。
 ティファは込上げてくる笑いを押し殺した。

 なんて久しぶりなんだろう!
 しり込みする『自分達』を叱咤激励しつつ、前へ前へと引っ張ってくれた……かつてのリーダー。
 その姿を『今夜』再び見ることが出来るとは!!

 ティファは縋るような目を向けるローグと、彼の周りの客達へ『取ってつけた』ように申し訳なさそうな顔を向けた。

「ごめんなさい、そういうわけだからまた明日来て下さい」
「で、でもよぉ……」
 なおも言い募ろうとする客に、
「それに、私もクラウドと同じです。『私達の友人』を悪く言う方々にこれ以上、この店にいてほしくありません」
 凛とした声で申し渡す。
 オヤジ客達だけでなく、その言葉にローグまで身を竦ませた。

 クラウドは軽く目を見張ってティファを見た。
 その魔晄の瞳に、彼女の茶色い瞳が緩やかに合わさる。

 どちらからともなく甘やかな笑みを交わすと、オヤジ客達は口の中モゴモゴと何やら呟きながら、そそくさと帰り支度を始めた。

 そうして。
 あっという間にセブンスヘブンの店内には取り残された形のローグと、セブンスヘブンの住人だけとなった。

 ローグは、初めて目にした客達の一斉退場にポカンとしていた。
 が、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 仕方ない…。
 とりあえず、空いた皿の片付けでもするか…。

 そんな風に考えているかのような、緩慢な動き。
 いつものきびきびした彼はどこへやら…。
 いや、それともこれが本当の『彼』なのかもしれない…。

 クラウドはフッと口元に自嘲の笑みを浮かべた。
 こうしてまともに『彼』を見ようとしなかったから、二週間もの間、『家族』にイヤな思いをさせていたのか……。
 まったくもって、情けない自分に溜め息が漏れる。
 こんな自分と比べ、今夜さっさと帰ってしまった……いや、『引いてくれた』親友の鋭い観察力には頭が下がる。

「いつもはヘラヘラしてるただのお調子者なのにな…」
「え?」
 思わず呟いたその声が、目の前の青年に届いたらしい。
 目を丸くして顔を向ける。
 クラウドは、「いや…なんでもない」と、言葉を切ると、真っ直ぐ目を逸らさないでローグを見た。
 そして、
「今夜はローグさんも結構だ。気をつけて帰ってくれ」
「え……でもまだ片付けが…」
「片付けくらいは俺でも出来る」
 そうスッパリと言い切ると、ローグが持っていた食器類の乗った盆を軽々取り上げた。
「え…あ、でも……」
 おどおどとしながら、青年はカウンターの中に視線を走らせる。
 彼にとっての最後の砦。
 この店の女店主に応援を求めたが…。

「ローグ。今夜はもういいわ。クラウドもいるし、後片付けもデンゼルとマリンがいつの間にかほとんどやってくれてたからあと少しだもん」
 ニッコリと笑いながらクラウドの意見を支持した。

 ピクリ…。

 一瞬、『新米店員』の頬が引き攣った……ように見えたのは、クラウドの気のせいだろうか…?
 チラリとティファを覗き見るが、別段いつもと変わらず、
「ごめんなさいね、気を使ってもらって。また明日お願いしてもいい?」
 可愛らしく(本人は無自覚なのだが)小首を傾げてローグに語りかけている。
 青年は、まだなにか言いたそうだったが、
「じゃあ、今夜は失礼します。色々…お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした」
 吹っ切ったようにいつものはにかんだ笑みを浮かべ、深々とティファに頭を下げた。
「デンゼル、マリン、また明日」
「うん、また明日ね!」
「おやすみなさい!」
 頭を上げた青年はいつものことなのだろう、子供達の髪を一撫でしながら帰る時の台詞を口にしている。

 …こんなことも知らなかったな……。

 笑顔でローグに頭を撫でられている子供達の姿に、苦い感情がじわじわと胸に溜まってくる。
 だが、大丈夫だ。
 これまでのように目を背けることは…しない。

「じゃあ…クラウドさん…」
 ちょっと怯えたような……それでいてどこか探っているような目で最後にクラウドへ顔を向ける。
「ああ、お疲れさん」
「………」

 これまでにない『余裕』を持っているクラウドに、ローグは作ったような笑みを残してセブンスヘブンのドアをくぐり、夜の闇の中に消えて行った。



「じゃ、俺達も寝るな!」
「おやすみ〜!クラウド、ティファ〜!!」

 ローグが帰った後、店内を『家族』できちんと片付け、労働の後の『一服』を楽しみ、子供達はココアの入っていた自分達のマグをシンクに運んで……。
 満面の笑みで親代わりの二人へ挨拶をした。
「うん。今日も二人共、本当にありがとう。助かっちゃった!」
 ティファは温かな言葉と笑みに加え、二人のおでこにお休みのキスを贈る。
 デンゼルとマリンが嬉しそうに首を竦めながらそれを受け、期待に目を輝かせて『家族の姿』を椅子に座って見ていたクラウドに駆け寄る。
 クラウドは真っ直ぐ自分に駆け寄ってくれた可愛い子供達に思わず頬を緩めて微笑むと、そっと二人を膝の上に抱き上げる。
 キャッキャッ、とはしゃぐ子供達を軽く抱きしめ、頭の後ろをポンポンと叩きながら、
「ご苦労さん。それと……悪かったな、色々と……」
 少し気恥ずかしそうに謝った。
 そんなクラウドの姿に、ティファは胸にグッと熱いものが込上げてきて思わず涙腺が緩まりそうになる。
 子供達はクラウドからの謝罪にパァッと顔を輝かせ、ギューッとクラウドにしがみ付いた。

「クラウド、また明日も早く帰ってこれる?」
「絶対に早く帰ってきてくれよ?」
「ああ……明日中に帰れるように精一杯努力する」
「「約束?」」
「約束だ」

 落ち着いた声音ではっきりと『約束』してくれた父親代わりに、子供達は満面の笑みを浮かべ、
「「おやすみ!!」」
 クラウドの両頬にお休みのキスを贈り、膝から飛び降りた。
 そして、足取り軽く子供部屋に駆け上がって行ってしまった…。


「なんか……『台風が過ぎ去った後』って感じね」
「ふっ……。そうだな」

 子供達の小さな背中が消えて、二階から子供部屋のドアが閉まる音に耳を傾けていたティファが、その音を確認してホッと軽く息を吐いた。
 やんわりと微笑みつつクラウドも軽く息を吐き出す。
 そのまま静かな時間が二人の間に漂った。
 昨日までは沈黙が気持ち悪かったのに…。
 昨日まではこのような何も音がしない空間に二人でいるのが苦しかったのに…。

 今夜は……とても安らぐ。

『我ながら…現金だよな…』
 自分の味方となってくれる心強い友人がいる。
 その事実にグンと強く気持ちを保つことが出来る自分に苦笑する。
 だが…。
 その友人は今、隣に腰を下ろした愛しい人に快くない印象を与えたまま、一言の弁明もせずに身を引いてくれた。
 恐らく、あのまま店内にい続けたとしたら、ティファはますますローグを庇っただろう。
 そうして、ますます彼女は『新米店員』を良く思ってない人間に『敵意』を持つだろう。
 それが分かっていたのかどうかは…ちょっと謎だが、それでもグリートはあっさりと引いてくれた。
 そう。
 あまりにもあっさりと引いてくれたので、拍子抜けしたくらいだ。
 拍子抜けするほどの潔さ。
 拍子抜けしたことで、『ローグを庇う』という意識がティファの中でリセットされたんだと分かった。
 何故なら、サッサと背を向けてドアに向かったグリートに、彼女が浮かべた表情が全てを語っている。

『衝撃』と『焦燥感』

 グリートがあっさりとティファの非難を受け止めてしまったのには、クラウドも驚いた。
 クラウドを庇って……クラウドの味方をしてくれたがために、あのような『非難』の言葉を客達の面前ではっきりと口にしてくれたのだから。
 その一種の『誤解される』言動をわざととってまでして、自分の味方をしてくれたグリート・ノーブルに、恐らくティファは『どうしてクラウドだけでなくアナタまで私の気持ちに反対するの?』と思った事だろう。
 だが、ガチガチに『ローグは良い人間』と信じていたティファも、飄々と全てを受け止め、反論しなかった彼の姿に『半歩引くゆとり』を取り戻せたのではないかと思う。
 だからこそ、ティファは『新米店員に仕事の途中で帰宅するよう言いつけた自分の意見を支持』してくれた……そう思えるのだ。
 きっと昨夜までのティファなら、ローグの『片付けをしてから帰る』という意志を尊重しただろうから。
 そうして、きっとそんなティファに苛立ちが募ってぶつけてしまっていたかもしれない。


「このまま…リトばっかりに頑張らせるのはカッコ悪いよな」
「え?」
 大きく息を吸い込んで声に出すと、ティファが少し驚いたような顔をして茶色い瞳を向けた。

 二人共…目を逸らさない。
 クラウドはゆっくり立ち上がるとティファの傍らで片膝を着いた。